私が最初に知った感情、それは<恐怖>だった。
それは私の生まれながらにして持つ能力で見ることが出来た、私と関わった全ての人が持っていた感情の“色”だった事。 その意味を理解したのは、その色を読み取ってから少し後の事だった。
他人の思考を読む能力、それは普通の人達には夢のような力なのかもしれない。 他人の心を読み取る事で、つながりが消えてしまうのが私は怖かった。
だけど、ESP能力者と知った上で私と出会い、恐怖の色を見せなかった人達も確かに居た。
一人は私を選んでくれた香月博士。
もう一人は異世界から来たサギサワ大尉と、異世界で出会ったフーリエさん。
そして、最後の一人は・・・
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#25 精錬
・ 2001年 10月10日 PM12:45 横浜基地 A-01専用ブリーフィングルーム
「・・・以上が香月博士と共同開発中の、無人戦術機の概要です。 使用機体の詳細は渡した書類に記載されていますので、各自確認してください」
武達がのんきに屋上で昼食を楽しんでいた頃、ブリーフィングルームのデスクに座っているみちる達は、各々手に取った書類の内容を目でなぞって行く。
衛士の犠牲を最小限に抑えつつ、戦闘の高効率化を目指すと言う戦術機の無人化計画。 厄介事が持ち込まれるのはヴァルキリーズの性か、みちるはふとそんな事を思い苦笑しながら、書類を読み続けた。
無人機のベースとなるのは、XG-70の護衛機として開発された戦術機F-108 “レイピア”だ。 XG-70同様、G弾の実用化により開発が中止されていたそれをオルタネイティヴ計画権限で接収し、現存している機体を元にデータ収集用の有人試作機を作り、その後無人機の量産を行うという。
そんなケイイチの話に対し、真っ先に突っかかってきたのは他ならぬ水月であった。
「お言葉ですがサギサワ大尉、無人機なんて何の役にも立たないと思うのですが」
「ならば速瀬中尉、無人機が何故役に立たないか説明できますか?」
「うぐっ・・・! そ、それは・・・その~」
「ほう? 速瀬には少し難しい質問だったようだな」
「ぐぬぬ・・・!」
みちるに更に駄目だしされ、ぐうの音も出ない水月は小声で唸りながら黙り込む。 ケイイチが言うに無人機が役に立たないのは、搭載されるAIが人間のように柔軟な思考能力を持っていないからだという。
つまり人間の衛士の場合は『与えられた任務に加え、その場に最適な行動や対応が出来る』のに対し、AIの場合は『与えられた命令をこなす』位しか出来ないのだ。 その無人による制御の限界、利便性や運用が疑問視され無人型の戦術機は普及していない。
「僕が考案する無人機システムは『ある程度の自律機動が行え、更に母機となる戦術機と連動して行動する』という具合です」
「つまり部隊連携の一端として、無人機を組み込むと言うわけですね?」
「ええ、反応速度はMX3用の演算装置で十分なパフォーマンスが得られますしね」
遙の的を得た発言に、ケイイチは話を続ける。 通常は有人機部隊に追随し、戦術データリンクと連動した自律的な戦闘を行うというのが、ケイイチの思い描く無人機システムの概要だった。 一通り自己流の解釈を見出したところで、みちるは
「しかしサギサワ大尉、AIの思考パターンのモデルは誰になるのです?」
「AIに関しては、ヴァルキリーズ全員の戦闘データも勿論使用します。 後の基本となるAIパターンの開発は、社君からのデータ提供で作成する予定です」
ケイイチの口から霞の名が出た瞬間、みちる達が驚きの声を上げる。 衛士でもない霞が無人機のデータ収集を行うなど無謀、いや愚行にも等しい。 流石の彼女もこれだけは我慢出来ないとばかりに、みちるは声を荒げてケイイチに講義した。
「ちょっと待ってくれサギサワ大尉! 彼女は衛士でもないし、ましてや戦術機にも乗った事が無いんだぞ!?」
「彼女はオルタネイティヴⅢで生み出された存在です。 香月博士の元に居なければ、いずれ彼女も衛士として戦っていたでしょう。 それに彼女もひょっとすると、白銀君と同じ才能を持っているかもしれません・・・」
そう言うと同時にケイイチは電脳暦世界で霞が見せた、VR同士によるシミュレーター戦の映像をみちる達に見せる。 霞が操作するエンジェラン『化鳥』が敵VR2機を翻弄している光景、それは普段は物静かな梼子と美冴でさえも、目の色を変えてスクリーンを凝視させる程だった。
「これがあの子の能力って、冗談でしょ・・・!?」
「機動も照準も、なんて速さ・・・」
あれほど異を唱えていた水月、そして何かと夕呼に、ひいては霞と接する事が多い遙も彼女が秘める能力に驚愕する。 ケイイチが言った武と同じ才能、だが霞のそれは彼のように熱く激しいものではなかった。
相手を高速かつ的確に補足し、攻撃する際の躊躇いが一切無い。 そして相手を追撃も、慈悲の欠片すら見当たらなかった。 普段は感情を表に出さないだけに、その冷酷とも言える霞の戦いぶりにこの場に居る誰もが身震いする。
「『重力異常を起こすG弾に頼らず、BETAに有効な戦法を確立させる』 伊隅大尉、あなたはそう言いましたよね?」
「そうだ。 G弾の運用させない、つまりはオルタネイティヴⅤをさせない為に、地球上のBETAを駆逐する方法を世界に見せ付ける。 それが我々ヴァルキリーズの使命だ」
「ならばありとあらゆる手を使って、それを見出さなくてはならない。 そうでしょう?」
「それが例え、異世界由来の技術でも・・・」
みちるの問いに、ケイイチは力強く頷く。 00ユニットやG弾も、元を辿ればBETA由来の技術を研究解析した結果誕生した物だ。 ならば銀鶏やカイゼルのように、電脳暦世界を初めとする異世界の技術を導入した機体が生み出された事も必然の様にみちる達は思えた。
圧倒的な物量で迫るBETAに対抗するならば、我々人類は圧倒的な性能を持つ兵器を開発して立ち向かう。 00ユニットとメガドライヴは、それを実現できる一つの回答なのかもしれない。 だからこそそれらがBETAに対し有効である事を、自分達の手で世界に掲示しなければならないのだ。
そして先程の映像を見て活気を取り戻したのか、水月が声を張り上げながらケイイチに言う。
「良いじゃない、その話乗ったわ!」
「ほぉ? 速瀬、さっきまで無人機は使えないと言っていた割には、随分乗り気じゃないか?」
「手柄を横取りされるのが、ちょっと癪ですけどね。 でも、これでBETAをぶっ潰せるのなら、何だってやってやりますよ!」
みちるの横槍に、苦笑いを浮かべながら答える水月。 確実に近づきつつあるBETA反抗作戦、それに備えた彼女達の戦いは既に始まっていた。
・ PM6:47 横浜基地 地下90番ハンガー
「凄ぇ、横浜基地の地下にこんな空間が・・・」
「どう? 横浜基地最深、最大規模のハンガーの空気を吸った気分は?」
「機械油と鉄の臭い、ケイイチさんが好きな空気ですね」
そう夕呼に言われた武は、自分が居るハンガーの巨大さに改めて息を呑む。 横浜に所属する者なら誰もがその存在を噂し、真偽無き情報に恐怖する幻の場所。 選ばれた者のみが足を踏み入れる事を許される聖域へ立ち入った事に、武は興奮冷めやらぬ状態だった。
「これに、純夏が乗るのか・・・?」
「そうよ。 あれが人類の切り札、XG-70。 改装後は『凄乃皇』と呼ぶことになったわ」
夕呼が指差した先には、とりわけ巨大なハンガーの奥にこれまた巨大な機体が、神輿のように鎮座していた。 武御雷と同様に、古来より語られし日本の神の名が付けられたそれは、G段が実用化される以前に行われていた“HI-MAERF計画”と呼ばれる対BETA決戦兵器開発計画によって生み出された物だった。
BETA由来の物質である、G元素を燃料に用いた抗重力発生装置“ムアコック・レヒテ機関”による慣性制御機動と、それによって発生する力場である “ラザフォード・フィールド”による防御力。 そして莫大な過剰出力を利用した荷電粒子砲による、在来兵器とは桁違いの火力を有している。
これをもってHI-MAERF計画の基本コンセプトである『単独侵攻、単独制圧』という、夢のようなスペックを発揮する筈だった。
「まあ、ラザフォード場の制御不足による事故が相次いで、挙句にG弾が作られちゃった事で結果的にお蔵入りされちゃったけどね」
「それがどうして、こんな所で組み立てられてるんです?」
「00ユニットが完成したからに決まっているでしょ。 量子電導脳を持つ鑑なら、自分の身体のように扱えるわ」
そう話している内に、見上げるほど近くまで凄乃皇に近づいた二人。 そして武は広大なハンガーの一角に、純白に色塗られた戦術機を見つける。 その傍らにはXG-70の専属スタッフと共に作業を行う、コバルトブルーのツナギを身に纏ったケイイチの姿があった。
「ケ、ケイイチさん!? それにその機体は、戦術機・・・なんですか?」
「ちょっとヤボ用でね、今から色々と説明するよ」
キリの良い所で作業を終わらせた後、軽快にタラップを降りて武と夕呼の元へ向うケイイチ。 凄乃皇もそうだが、武は彼が整備していた機体に激しく興味を抱いていた。
兵器とは言い難いほどの“白”に満ちた機体のカラーリング。 吹雪のような流麗さと無骨さを併せ持つ骨格。 そして本来は兵装担架システムがある背中には、天使や神話の翼人を思わせる翼、それを模したようなパーツが備わっている。
「へぇ、もうここまで仕上げたの。 流石、時空を越えた整備士ってだけあるわね」
「こっちのメカニック達と仲良く慣れたお陰で、戦術機の構造について色々と教わりましたからね。 後は背中のフローターの調整が終われば、何時でも出せますよ」
報告を織り交ぜながら、ケイイチはあの機体のデータが記載されているであろうクリップボードを夕呼に渡す。 武は2人の会話であの機体について何か分かるかもしれないと思ったが、そのような高望みは叶う筈も無かった。
やはり正攻法で行くしかない、武はケイイチから直接聞き出すことにした。
「あの~ケイイチさん、結局あの機体は何なんです?」
「あはは、無視してごめん。 あれはF-108/ANG“エンジェリオ”、無人機データ収集用に開発された、メガドライヴ搭載型戦術機さ」
「無人機データ収集、それにメガドライヴ搭載機って・・・!」
純白のカラーリング通りの名前、そしてカイゼルと同じメガドライヴ搭載機だと分かり、武は更なる胸の高鳴りを感じる。 ケイイチは事情を知らない武の為に、無人機システムとこの機体の概要について説明を始めた。
G弾の実用化によって中止されたHI-MAERF計画にて開発されていたのは、何もXG-70だけではない。 エンジェリオのベースとなった戦術機F-108“レイピア”も、XG-70の護衛機として開発され、XG-70と同時に開発が凍結されてしまうという悲しき運命を背負った機体だった。 だが00ユニットの完成、同時期に持ち上がった無人戦術機開発計画に伴い、そのベースとしてレイピアに白羽の矢が立ったのだ。
凄乃皇という神の名前が付けられたXG-70、そしてそれを守護する機体であるとして“エンジェリオ”の機体名が与えられ、さらにデータ収集のモデルとして霞がこの機体に乗ると言う事実を知り、武は何かの宿命だろうかと感じてしまう。
「フローターが天使の羽っぽく見えるし、悪くないネーミングだと思うけどなぁ?」
「悪くは無いですけど・・・」
そう言ってケイイチに苦笑いを浮かべながら、武は改めてエンジェリヲの機体を眺める。 恐らく背中のスラスターは、跳躍ユニットでは実現しきれない姿勢制御、つまり本来衛士ではない霞が戦術機を動かしやすいように設けられたのだろう。
ましてやエンジェリオは、VRに凄乃皇、カイゼルと同じ慣性制御能力を持つメガドライヴ搭載機だ。 XMシリーズの完全版と言える専用OS“マスターシステム”ならば、旧来のそれと比べて遥かに操縦し易いだろう。
出来る限り霞に負担を掛けたくはないというケイイチ達の心意気に、武は言葉に出さぬまま彼に感謝した。 そしてケイイチは凄乃皇のほうを向きながら、夕呼にとんでもない事を言ってきた。
「そうだ博士、凄乃皇の方も手を加えたいんですが。 やらせてもらえますか?」
「ん~・・・ やっても良いわよ」
あの腰が重たい事で有名(?) な夕呼が即答した事に、それを目の当たりにした武は驚愕する。 だがそこは夕呼と言うべきか、凄乃皇の改装を許可する条件をケイイチに伝える。
「但し! あんた達の世界の技術詰め込みすぎて、原形留めない程の大改造をするのだけは止めて頂戴! 後、必ずその仕様を鑑と私に伝える事。 良いわね!?」
「イエス、マム!」
早速XG-70のスタッフを招集するケイイチを見て、本当に承知したのかしらと夕呼の呟きを耳にした武であったが、後の火種になりそうなので聞かなかった事にする。 魔女の釜と呼ばれるこの横浜の地下深くで、反撃と言う名のスープが徐々に煮詰まり始めていた。
2001年 10月10日:F-108/ANG“エンジェリオ”ロールアウト。 社霞臨時曹長による、AIユニットのサンプリングを開始。
ケイイチ、XG-70に対する、補助動力系統の新設及び小規模の武装化を夕呼に提案。 改装後はXG-70c“凄乃皇参型”と改名される予定。
・ 2001年10月11日 AM9:07 横浜基地 第1演習場
「システム、ブート完了。 メガドライヴ、正常稼働中。 エンジェリオ、起動しました」
『社臨時曹長へ、そのまま指示あるまで待機よ』
「・・・了解」
菫からの指示に復唱し、初めて袖を通した専用強化服の着心地に戸惑いながらも、霞は網膜に投影される演習場の風景を眺める。 武達は何時もこのような殺風景な場所で、訓練を行っているのだろうか。
そんな事を思い浮かべながらシートに霞が身体を預けていると、再び菫が今回のテストの概要について説明を始める。
『今回は当基地に所属する、衛士2人と模擬戦を行うわ。 使用機体はF-4J“撃震”、メガドライヴは搭載されていない通常の機体よ』
「はい・・・」
霞に説明をして行く内に、菫はこの感覚がどこかで感じた事のあるものだなとデジャブを感じる。 ああそうだ、これは自分と会って間もない頃の武と同じだ。
彼と出会い、彼を導き、そして彼は自分を追い越し、再会した純夏と共に遥かなる高みへと駆け上がろうとしている。 彼女もそうであって欲しいと願いながら、菫はインカムの向こう側にいるに霞へ言葉を送る。
『余り緊張しないで。 白銀君達の真似でもいいわ、思いっきり飛び回りなさい!』
「はいっ・・・!」
彼女から少しだけ勇気を受け取り、霞を乗せた白き天使が横浜の空へ舞い上がった。
「俺は左から行く、ミハルは右を頼む!」
「了解だカイ! 新型だか何だか知らないが、叩きのめしてやろうよ!」
模擬戦開始の合図と同時に、UNブルーに色塗られた撃震2機が演習場の廃墟を縫うように進む。 それを操る衛士2人は、武がいた“前の世界”にて彼らに突っかかってきた人物だ。
この世界では今回に至るまで武らと面識が無かった彼らだったが、統合仮想情報演習システム、通称“JIVES”を用いた模擬戦には快く引き受けてくれた。 だから相手がルーキーであろうと新型だろうと、全力で相手をする。 カイとミハルの2人は模擬戦の前にそう心に決めていたのだ。
そして、ほぼ同時に2機のセンサーが霞の機体を補足する。
「捕らえた! ミハル、仕掛けるタイミングを合わせろよ!」
「そっちこそ、ヘマしないでよ。 カイ!」
カイとミハルは訓練生時代からの付き合い。 それだけに衛士として互いの癖は全て知り尽くしていると言ってよい。 こうして軽口を交わせながら攻撃を仕掛けられるのも、2人の間に強固な信頼関係が成り立っているからなのだ。 水平跳躍から歩行に切り替え、街路に建ち並ぶ廃ビルを背にしながら徐々に接近する。
霞の機体は現在カイの撃震が背にしている廃ビル、そこを曲がった主街路に居る。 反対側に位置しているミハルも、同じように突撃砲を構えながら攻撃のタイミングを伺っている。
チャンスは一度、攻撃のタイミングは2人同時。 それを逃せば自分かミハル、どちらかが撃墜される。 手に汗握る緊張感、それで居て心地よい感覚を2人は感じる。 そして・・・
「いくぞっ!!」
「喰らえっ!!」
そしてほぼ同時のタイミングで、ビルから機体を乗り出す2機の撃震。 だが同時に2人を待っていたのは、地獄の穴のように見える銃口が、こちらを向いている光景だった。 そして間髪入れず、ロックオンアラートがカイとミハルの耳に入る。
「何っ!?」
「ちっ・・・!」
長年に渡る衛士の本能がさせたのか。 2人は即座に機体を廃ビルの陰に戻し、そして安全圏まで退避させる。 相手が発砲しなかったのは、初心者ゆえのミスか、それとも引き金が引けないと言う甘さが残っていたのだろうか。
「どういう事だカイ! 私達のタイミングは完璧だった筈なのに!」
「俺が知るか! だがあそこで奴がトリガーを引いていたら、俺達は今頃蜂の巣だったぜ」
だがあそこで撃たれていたら、自分達は確実に撃破され敗北していただろう。 体温調節が効いているはずの強化服を着用していても、カイとミハルは寒気を感じずにはいられなかった。
「こういう時は慌てたら負けだ! 一度体勢を立て直してもう一度・・・」
「カイ! レーダーを見ろ!」
切羽詰ったミハルの声に押され、網膜に映し出されるレーダーを見たカイの顔が青ざめる。 敵を表す赤い光点が、尋常ではない速度で此方に近付いてくる。
そしてカイとミハルの耳に再び、あの忌わしい警告音が届いた。
「撃震2機、また二手に分かれました」
『二兎を得て一兎も得ずよ。 まずは狙いを片方に絞って!』
ここまでは上手く行っている。 そう思いながら霞は菫の指示通り、2機いる撃震の内の片割れ、ミハルが乗る機体を標的に定める。 あの時、カイとミハルの撃震の挟み撃ちを予測出来たのは、霞が他人の心に介入出来るESP能力が備わっていたからに他ならない。 そして迎撃に成功し、トリガーを引かなかったのも、短時間で模擬戦が終わってしまうことを防ぐ為だった。
結果的に彼らを挑発してしまった事になってしまったが、むしろ本気になってくれた方が好都合だ。 カイゼルと同様にメガドライヴを搭載しているエンジェリオ、その性能をもってすれば第1世代機が徒党を組んできたとしても血祭りに上げられるだろう。
だが霞の目的は、カイとミハルの2人に勝利する事ではない。 彼らと戦う事で機動や回避、攻撃の特性をAIに自らの手で覚えこませなくてはならない。 だからこそもっと彼らを追い掛け、追い詰め、足掻いた末に見える高みへと辿り着かなくてはならない。
右手に専用武装として用意された、88ミリビームガンポッド『ラッシュアワー』、そして左腕には87式突撃砲を構えながらミハルの撃震に迫る。
「く・・・来るなぁーっ!!」
いくら逃げても、霞のエンジェリオは執拗に追いかけて来る。 その恐怖に耐えられなくなり、ミハルは36ミリを浴びせ掛ける。 だがいくらトリガーを引き続けていても、シミュレーターで再現された仮想の弾丸は一発も命中する事は無かった。
「どうして、どうして当たらない!?」
まるで此方の動きを読まれているようだ、霞からの反撃を必死に回避しながらミハルは思う。 そして彼女の言うとおり、霞はリーディングによってミハルの射撃を見切っていた。
そしてそれを的確に回避出来たのは、エンジェリオの背中に装着された“イナーシャル・フローター”がもたらす驚異的な運動性の恩恵によるものだった。
「(フローター正常稼動中、ラザフォード・フィールド安定度許容範囲内)」
計器に表示された情報を暗唱しながら、霞は目の前で突撃砲を放ってくるミハル機に集中する。 エンジェリオの専用装備としてケイイチが開発したイナーシャル・フローターは、XG-70の動力源であるML機関、その燃料として使われるG元素“グレイ・イレブン”を用いた簡易ラザフォード・フィールド発生装置だ。
ML機関のようにG元素を直接反応させず、通常は結晶体であるそれを触媒として用い、メガドライヴとの共鳴作用により始めて動作する。
無論簡易の肩書きがあるとおり、ML機関のそれと比べると発生するラザフォード・フィールドの強度はそれ程ではない。 だが、姿勢制御として用いるには十分すぎる出力を有している。
そしてマスターシステムの操縦性。 ミハルの反撃を回避して行く内に、霞はあの時のシミュレータに乗った時以上の一体感を感じていた。
「くそおぉっ!!」
これは夢だ、何かの悪い夢だ。 そう言い聞かせながらミハルは、37式のトリガーを引き続ける。 目の前に迫る白い機体はこちらの攻撃を一方的に、しかも嘲笑うかのように回避し続ける。 そして向こうの攻撃は、まるで予知でもしているかのように先回りされ正確無比な射撃を当てて追い詰めてくるのだ。
これを悪夢と言わずどう例えればいいのか、ミハルは分からぬままひたすらに撃ちまくった。
「こうなったら近接戦だ。 サポートは任せたよカイ!」
「おうよ! こう言う時は臆病な方が丁度良いぜ!」
もう奴に射撃は通用しない。 そう悟ったミハルはカイに援護を頼み、自身は長刀による近接攻撃を仕掛ける。 それを見た霞は、インカムで菫に報告を行う。
「エネミー02、近接格闘戦に移行。 エネミー01は後方から支援を行うようです」
『ようやく本気になったわね、01の位置に気を配って!』
「はい!」
リーディングが出来るのは1人まで、多人数のリーディングを行おうものなら例えESP能力者でも精神に悪影響が出てしまう。 そのような状態でミハル機の近接攻撃を如何にかしながら、後ろで突撃砲を構えるカイ機をも相手にしなくてはならない。
霞は左手の突撃砲を手放し、担架システムの機能も有しているイナーシャル・フローターの収納スペースから折り畳み式のソニックブレードを取り出して、ミハル機の突貫に供える。
そして細めの路地からミハルの撃震が飛び出し、予想通りと言うべきか長刀を振りかぶってエンジェリオに向って突っ込んで来た。
「うわあああああっ!!」
そのミハルの雄叫びに、思わず霞はその闘志に圧倒されそうになる。 だが、彼女は屈するわけには行かない。 武のように強くなりたい、純夏のような快活さが欲しい。 そしてこのエンジェリオと共に、出来る事なら彼らと共に戦いたい。 霞はその目標の始点に立ったばかりなのだ。
「(だから、だから私は・・・!)」
右手にガンポッド、左手にソニックブレードを構える霞。 超振動によって対象を破断するブレードの刃はJIVESで再現されており、ミハルからはまるで蜃気楼の様に見えているだろう。 跳躍ユニットからロケットブースターの炎を輝かせ、ミハルの撃震が目と鼻の先まで近づいてくる。
そして近くにはカイの撃震も、狙撃のチャンスを伺っているはずだ。 霞はミハルの撃震に全神経を集中させる。
「だああああっ!!」
「っ・・・!」
吶喊時の加速と共に振り下ろされる撃震の長刀。 それを霞はソニックブレードで弾き、反対にブレードで胸部を水平に薙ぎ払った。 網膜に映し出されたミハルの撃震は、『コクピット被弾、大破』の判定を受けて沈黙する。 だがこれで終りでない事は、霞は十分承知していた。
「くっ、よくもミハルを!」
相方を撃破されて冷静でいられるほど、カイは出来てはいなかった。 突撃砲を放ちながら、霞のエンジェリオに捨て身の突撃を敢行する。 霞はガンポッドの照準を撃震に合わせ、無言のままトリガーを引いた。
・ PM12:37 横浜基地 PX
「いや~まいったね! まさか副司令にくっ付いている子が、あれを動かしていたなんて」
「ねえ、何処で戦術機の操縦を教わったんだい? やっぱり副司令から?」
多くの将兵で賑わう食堂のテーブルの一角に、あの模擬戦で戦ったカイとミハル、霞と両者のオペレーターを勤めた菫が、笑顔を交えながらランチタイムを楽しんでいた。 あの後白い機体、エンジェリオを操っていた霞と対面した時、カイとミハルは驚愕するしかなかった。
だが副司令である夕呼は自他共に“魔女”と呼ばれている。 そんな彼女が保護者なのだろうから、霞も唯ならぬ人物である事に違いないと2人は思った。 そして菫が無人機開発の剣に付いて話すと、カイはなるほどと悟ったような顔を見せながら口を開いた。
「そうか、俺達もBETAと戦う為の手助けになったって事か・・・」
「ですが今回だけではデータは十分なものにはなりません。 実機、シミュレータ問わず、AIのモデルとなる社さんの戦闘データがもっと必要なんです」
菫の言葉に、カイとミハルの2人は互いに見合わせた後同時に頷く。 彼らも詳しい事までは知らないが、特殊部隊であるヴァルキリーズが数多くの過酷な任務を遂行している事は理解しているつもりだ。 その目的はBETAの駆逐、ひいては人類の勝利に繋がる。
自分達もそれを目指して国連軍に入隊した。 だが刻々と悪化するBETAとの戦いに、絶望と憤りがこみ上げて来たのだ。 どうせ自分達の力では如何する事も出来ない、人類の勝利など蝦夷らごとに過ぎない。 武が前の世界で経験した出来事とは彼らの鬱憤が限界に達し、そのはけ口を特別扱いされる207Bの訓練生を相手に求めた結果だったのだ。
「もし俺達で良ければ、データ集め手伝うぜ」
「本当ですか・・・!?」
「ああ。 ヴァルキリーズのお譲ちゃん達ほどじゃないけど、今回見たいなヘマは見せないつもりさ」
恐る恐る尋ねる霞に対し、ミハルは微笑みながら頷く。 一度は諦め掛けた、人類の勝利という夢。 それをこのような形で叶えられる事が2人にとっても予想外の事だったのだ。
後は夕呼達がOKを出せば、2人の協力によってデータ集めが大いに捗るだろう。
思いもよらない人物が味方になってくれた事を武が知ったら、一体彼はどんな顔をするだろうか。 霞と菫は楽しみで仕方なかった。
2001年 10月11日:F-108/ANG エンジェリオによる無人機データの蒐集開始。 また模擬戦闘に参加した衛士2名が協力を上申、香月夕呼により受理される。
またエンジェリオを元に無人戦術機の機体開発開始。 生産は電脳暦世界で行われ、各戦術機メーカの技術者達が監修の為に現地入りする予定。
-あとがき-
『正に、鬼神の如しだな・・・』
委員長の声の人が「スクライド」のシェリスの声を演じてた事に驚き、更に「ガン×ソード」にてその人が演じるキャラが、武ちゃんボイスの子を(性的な意味で)喰っていた事に更に驚いた事がある麦穂です。25話投稿しました。
今回は無人機システムの開発話、無人機が否定される理由は『やはり人間の思考を持たない故に、的確な状況判断が行えない』という理由に尽きると想うのです。
「戦闘妖精雪風(OVA版最終話)」のフリップナイトや、「グラディウス」、「R-TYPE」におけるオプション、フォース&ビットデバイスのように、有人機を追随しその支援を行うと言うのが、私の思い描く無人戦術機のスタイルです。
そしてAIのサンプルとなる霞と、データ収集機のエンジェリオの模擬戦。 機体のモチーフはかつてテックジャイアンに連載されていた『ASSAULT ARMOROID Angelio』の後半に登場する主人公機がモチーフになっています。(原作の機体名は”オ”じゃなくて”ヲ”です!)
そして模擬戦の相手となる、カイとミハル。 ULでもALでも不憫な扱いだった彼らを、どうにかしてプラス面に持って行きたい! と言うわけで、本SSでは衛士として、データ収集の協力者として登場させました。 この2人も沙霧同様、今後もちょくちょく出す予定です。