・ 2001年10月9日 AM10:23 横浜基地 B19フロア 香月ラボ
「賽は投げられた、か・・・」
昼か夜か、時間の感覚すら曖昧になる薄暗い研究室。 モニターの薄明かりに照らされた夕呼が呟いたのは、戻った武から数式を受け取り、彼らに00ユニットの事を伝えた後だった。 BETAに捕らわれ脳髄だけの姿となった、純夏の新たな器にして人類の切り札。
その完成の目処が立った事で、夕呼は始めて武とケイイチにオルタネイティブⅣの全容を話したのだ。 数式の編纂と自分用に最適化するための作業で、彼女は現在まで寝ていない。 だが天才と称される夕呼と言えど、これ以上脳細胞を消耗させたくは無かった。 タイピングを止め、おもむろにデスクに上半身を預ける。
「私も馬鹿ね。 オカルト染みた研究は、向こうが上だって事を忘れてたわ・・・」
そう再び呟きながら、夕呼はデスクの上に置かれているカプセル状の入れ物を虚ろな目で見つめる。 その中には淡い輝きを放つ、正八面体の結晶が収まっている。
この世界を訪れる直前に武が月面遺跡“ムーンゲート”で発見し、そのまま肌身離さず持ち歩いていた小さなVクリスタル。 00ユニットの概要を聞き終えたケイイチは、それを活用して欲しいと夕呼に提案してきたのだ。
Vクリスタルには活性化した時に周囲に居る人の精神力を吸収するという、所謂“バーチャロン現象”が存在する。 ただ武の持っていたこのクリスタルは純度が低く、それほどの現象を起こす事は無かったのだが、それでも武が興奮状態の時に彼の精神を逐一吸収していた事が、ケイイチの調査により明らかになった。
「つまり今のこれは、白銀の記憶が詰まった一種の『メモリー』。 あのメガネは、確かそう言っていたわね」
Vクリスタルに封じ込められている武の記憶を用いて、00ユニットに移植された純夏の人格安定を行う。 何より00ユニットと同じく平行世界とリンクする能力を持つ、Vクリスタルを使わない手は無い。 そう思った瞬間、もう枯渇しきっていた筈のアイデアの泉が、再び湧き始めるのを夕呼は感じた。
「(白銀達はアタシに、希望と言う名の贈り物をくれた。 だから、アタシはアタシの成すべき事をするだけ。 そうよ、こんな所で立ち止まるような女じゃないでしょう!? 香月夕呼!!)」
武達に託された希望の欠片を、ここで無駄にしてなるものか。 そう自分に渇を入れるように言い聞かせ、夕呼は根性と言う名のエネルギーを燃焼させ作業を再開した。
マブラヴ -壊れかけたドアの向こう-
#24 安息
・ 同時刻 横浜基地 第1演習場
「A03、エンゲージ! MD搭載型吹雪、2機確認!」
「02珠瀬! 狙撃位置にはもう移動した?」
「こちら02 移動完了、何時でも撃てます!」
「03! どっちでもいいから敵を誘い込んで! 敵を02の斜線上に誘導するのよ!」
銃声と機械音、そして跳躍ユニットの轟音が鳴り止む事の無い演習場。 Aチームリーダーである菫が、ナンバー02の壬姫、そして03の光に矢継ぎ早に指示を出し、自身も乗機であるテムジン『霧積』でビル街から銃撃を繰り返すBチームの吹雪に対し牽制射撃を加える。 武とケイイチ、そして霞の3人が戻って早2日、ヴァルキリーズの207組はその帰りを祝う暇も無く、早速メガドライヴを搭載した吹雪による実機訓練を行っていた。
戦術機の性能をVRと同等に引き上げる魔法の筒“メガドライヴ”。 その力を目の当たりにした彼女達は初めこそ動作はぎこちなかったが、今までのXMシリーズ開発の成果もあり、時間が経過するごとに見違えるほどの操縦テクニックを見せ付けていた。 そして光の誘いに乗ってしまった哀れな獲物が、珠瀬の射線上に入る。
「02今よ!」
「当たれっ!!」
珠瀬機が手にする狙撃ライフルから、突撃砲とは比べ物にならない初速でペイント弾が放たれる。 緻密な照準と光による的確な追い込みにより、標的となった美琴の吹雪に見事命中した。 2人の連携が美味くいった事に、菫も舌を巻いた。
「ビューティホー・・・!」
「菫さん、今のは?」
「戯言なんか気にしないで前を見る! まだ戦闘は終わってないわよ!」
「はいっ!」
まるで外人のような菫の褒め言葉に、壬姫は思わず首を傾げる。 だが今は訓練の最中、うかうかしていたら自分が敗因を作りかねない。
後でこっそり聞いてみようと思いながら壬姫は片目を閉じ、新たな獲物を仕留めるべく照準のサイトを睨み付けた。
・ AM10:41 横浜基地 戦術機ハンガーエリア
「ん? どうしたの2人して、成果は上々だったじゃないの?」
「あの~菫さん、さっきの喋り方はなんだったんですか?」
「そうですよ、何か外人さんの真似っぽい感じでしたけど・・・?」
演習の一回戦を終えて、テムジンの機体を降りた菫の元に真っ先にやって来た壬姫と光。 あの時菫が褒めた言葉の口調が、よほど気になって仕方なかったのだ。 それを知った菫は、ふと思い出し笑いを浮かべながら口を開いた。
「実はあの言葉はね、ある人の受け売りなのよ」
「受け売り、ですか?」
「休憩ついでに、少し私の昔話を聞いてくれる?」
そこまで言われたからには聞かないわけには行かない。 壬姫と光の2人は、菫の体験談を聞くことにした。
それは菫がケイイチの部隊に配属される前、電脳暦世界の横浜基地に居た2年ほど前に遡る。 ダイモン戦役の後、蘇った世界各国の軍隊が相互的に協力することで組織されている、電脳暦世界の国連軍。
だが地域ごとにその規模や戦力はまちまちであり、特に兵士の錬度はほぼ雲泥の差と言って良いほどに開ききっていた有様だった。
「そこで各国軍に在籍している実戦経験や軍歴の長い人が、各地方から来た国連軍兵士に教練を施すシステムが導入されたの」
「それって、一種の交換留学みたいなものですか?」
「そんな所ね。 で、横浜に居た私は一人身でイギリス陸軍の特殊部隊、通称『SAS』の教えを請う事になったの」
当時の菫はVRの技能は問題なかったのだが、陸戦における戦闘技能に関しては多少気がかりな部分が残っていた。 まだ人手が多いとは言えない国連軍では、VRパイロットでも生身の状態で警備任務に赴くことも少なくない。
ましてやVRを脱出する状態に陥った場合、生き残るためには陸戦の技術や知識が求められるのだ。 壬姫と光は、訓練生の時にまりもから教わった知識や技能、そして総戦技演習の意味を改めて思い知る。
そこで陸戦のスペシャリストと言える特殊部隊、それも世界各国に存在する特殊部隊のモデルとなったイギリスのSASに白羽の矢が立ち、菫は彼らに世界最強と謳われる職人技を直に教わる事になったのだ。
「その時の教官が、SASの一小隊長を勤める“キャプテン”ことプライス大尉よ」
「それ・・・神宮司中尉よりも厳しいんですか?」
「勿論よ。 とにかく訓練が厳しくてね、何度へこんだか分からないわ・・・」
「ひえ~・・・」
当時の光景を思い出したのか、光の問いに菫は苦笑いを浮かべながら頷く。 特殊部隊だけあってその訓練カリキュラムは非常に厳しいものばかりであり、女性である菫に対しても容赦が無いものばかりだったと言う。
菫の口から語られる数々の無いように、壬姫は思わず涙目で声を上げた。
「でもあなた達みたいに、一緒に過ごした仲間がいたから乗り切れたのかもしれないわね」
プライスから叱責を貰う度に挫けそうになった菫であったが、一緒に教練を受けていたSASの新入り隊員であるソープ准尉(当時)の励ましもあり、彼との協力で訓練をこなす事が出来たのだった。
「菫さんが言った言葉は、その人達の受け売りなんですか?」
「残念だけどハズレ。 あの言葉は、訓練の最後に出会った人の、いわば口癖みたいな物ね」
菫の話によるとあの喋り方は、訓練カリキュラムの最終段階の教官として出会ったプライスの師匠とも言うべき人物、マクミラン大尉の喋り方を真似たものだと言う。
ギリースーツを纏って身を潜め、確実にターゲットを捌いていく彼の姿を目の当たりにした菫は、子供の頃見たテレビ番組の気ぐるみマスコットの事を思い出してしまったと、笑いながら壬姫と光に話した。
「大尉は狙撃と潜入のエキスパートでね、とにかく必要な時以外の会話をしないのよ」
「それで、いつの間にかその人の口癖が?」
「そうね。 今の私がここにいるのはあの人達に出会えたからなんだって、感じるようになったわ」
武を導き、そして今まで支えてきた菫にも、過去に同様の事があった。 その事実を知った壬姫達は、まりもやみちる達ヴァルキリーズの先輩達の事を思い浮かべる。
自分達も何時の日かヴァルキリーズの志を受け継ぎ、そうして後輩達を導き支える日が来るのだろうか。 そう2人が思っていたその時、ハンガー内にまりものアナウンスが響く。
<もう十分に休憩はしたな? 今度は私と大尉らも加わり、再度模擬戦闘を行う。 全機搭乗!>
「さあ、昔話はこれでおしまい。 次も全力で勝ちに行くわよ!」
「「はいっ!」」
菫の激励に、壬姫と光は快活な声で答える。 そして菫のテムジンに続いて、2人の吹雪がメガドライヴの甲高い駆動音を轟かせて発進した。
・ 翌日 10月10日 PM2:07 横浜基地B19フロア 香月ラボ
「先生・・・このドアの向こうに、本当に純夏が居るんですね?」
「本当に居るかどうかは、自分の目で確かめなさい」
「はい・・・!」
そう夕呼と軽く言葉を交わした後、武は彼女のラボからのみ行くことが出来る、あのシリンダーの部屋へと続くドアを開ける。 数式を持ち帰り、夕呼に渡した武に語られた真実。 やはりあのシリンダーに浮かぶ脳髄は、紛れも無くBETAの捕虜となった鑑純夏の成れの果てであった。
そして今、00ユニットとして復活を遂げた純夏に会える。 圧縮空気が開放される音がした後、ドアが横へとスライドする。 1秒ほどで開ききるドアだったが、武にとってはその動作すら何十倍にも長く感じる。 青白く輝くシリンダーの前に国連軍の制服を着た、武が探し求めた少女の後ろ姿があった。
「純夏・・・?」
胸の鼓動が更に速まるのを感じながら、武は恐る恐る声を掛ける。 擬似生体技術を総動員して夕呼が開発した00ユニットのボディは、端から見れば見紛うことなく人間のそれと同じだった。
それは移植された純夏が自分の身体が生身のそれと違う事にギャップを感じ、彼女の精神が崩壊する事を防ぐためだ。 ドアが閉まると同時に、武の声を聞いた純夏がくるりと彼の方を振り返る。
「タケル・・・ちゃん?」
やっと会えた、何度この時を待ちわびた事か。 だが武は緊張の余り、目の前に居る彼女に同言葉をかけてやればいいのか分からなかった。 その様子に気付いたのか、逆に純夏の方から話しかけてきた。
「まったく、タケルちゃんはとんだ恥ずかしがりやさんだな~!」
「う・・・うるせぇ! 俺がここまで来るのに、どれだけ苦労したと思ってんだ!」
「ふ~ん、どうせ夕呼先生に散々こき使われてきたんじゃないの~?」
「い、言わせておけば~!」
純夏の挑発に乗っている内に、武は今までの緊張が嘘のように解けている事に気付く。 やはり自分には純夏の存在が必要なんだ、そうして純夏と何度も軽口を交わすごとに、武はそれを強く実感していた。
「タケルちゃん、聞いてくれる? 私が、あんな姿になった理由を・・・」
「ああ・・・ 全部聞いてやる」
表情に陰りを見せながら、純夏は脳髄の姿になった経緯を武に話し始めた。
- この世界の武と過ごした日々の事 -
- BETAの横浜襲来と、この世界の武が自分を庇って死んだ事 -
- BETAに捕まり、あらゆる実験により散々弄ばれた事 -
- そしてその実験の果てに、脳髄だけの姿になってしまった事 -
純夏が全てを語り終えた時、武は溢れる涙を止めることが出来なかった。 暮らしている世界は違えど、幼馴染があのような仕打ちを受けて動じない人間など存在する訳が無い。
何より武は、そんな彼女の苦しみに、そして彼女の存在に気付いてやれなかった事を悔やみ、嗚咽を漏らし続けたのだ。
そんな武を純夏は責める事も無く、慰めている彼と同じく目に涙を浮かべながら話を続けた。
「この身体で目を覚ました時、『タケルちゃんを殺したBETAに復讐する』事だけ考えていた。 でも夕呼先生にこのクリスタルを渡された時、タケルちゃんの記憶が私の中に流れ込んで来て、そんな考えがふっと無くなっちゃったの」
そう言いながら純夏は、夕呼から受け取ったVクリスタルが入ったカプセルを武に見せる。 そのクリスタルには、武の記憶とも言うべき残留思念が封じ込まれている。 そして夕呼やケイイチの予測通りに、純夏がそれをリーディングした事で彼女の人格が劇的に改善したのだ。
「私、全部知っちゃった。 タケルちゃんが前の世界で頑張ってた事、タケルちゃんが個々とは違う別の世界に飛ばされた事。
タケルちゃんが・・・今まで私を必死に探してくれて、私に会う為に頑張ってくれて・・・ だから、だからっ・・・!」
「純夏・・・」
武を慰めていた筈なのに、何時の間にか純夏は泣きじゃくりながら武に自分の思いを伝える。 先程とはうって代わり純夏を慰めながら、武も思いの丈を口にした。
「俺さ、2つの世界を見て、いろんな人達に出会ってここまで来た」
「うん。 タケルちゃんがここまで頑張ってきたのは、私が知ってるよ」
「今になって思う、これは俺の人生に与えられた運命だって。 だから、俺はこれから自分に訪れる出来事全てを受け入れるって決めたんだ」
“前の世界”の悲しき別れ、滅びの道を行く人類。 “電脳暦世界”の新たな出会い、異世界の介入。 そして“この世界”の純夏の真実と再開。 大きな力の中で振り回され、自分の力ではどうする事も出来ない。 だから武は目の前の事実から逃げず、全てを受け入れながら前に進む事にした。 そう彼に教えてくれた、一人の気高き女戦士のように。
「だからどんな世界にいようと、機械の身体になったって構わない。 俺はお前を愛している! 俺には純夏が・・・お前が必要なんだ!!」
武の口から告げられる事実上の告白、それを聞いた純夏は再び大粒の涙を流す。 そして堰が切れて声を上げて無く純夏を武は力の限り抱きしめる。
互いの存在を確認するように、もう二度と離れ離れにならないように・・・
2001年10月9日:00ユニット完成、XG-70のレストア完了。 香月夕呼、佐渡島ハイヴ攻略作戦案を国連総会に極秘で提出。 ヴァルキリーズ、シミュレーターによるハイヴ突入訓練開始。
無人戦術機開発計画、F-108 レイピアをベースに行う事が決定。 データ収集機及び各種オプションの開発を開始。
・ 2001年 10月10日 12:30 横浜基地 屋上
「はい! タケルちゃん、あ~んして!」
「あ~ん・・・」
今頃食堂が人でごった返しているであろう、横浜基地の昼下がり。 その屋上にて純夏から差し出された合成ウインナーを、大口を開けていた武はそれをほお張る。 奥歯で噛むごとに肉汁が口内に広がり、その味覚が舌を介して武の脳に伝達される。 そして武は、純夏の手料理の評価を、
「うん、美味いじゃないか」
「でしょ! 京塚のおばちゃんにお願いして、食堂の厨房で作ったんだよ!」
武の評価が好評だった事に、純夏は満面の笑みを浮かべる。 純夏は朝一番に京塚に頼んで厨房を使わせてもらい、今武と共に食べている弁当を一生懸命に作っていたのだ。
流石に材料は培養野菜と魚肉を元に作られた合成肉が主だが、京塚の指導と純夏の技量によってとてもそれらで作られているとは思えないほど武は感じたのだ。
「こうしていると、皆でお弁当食べてた時を思い出すね」
「ああ。 今は忙しくて、皆でこうする事が出来ないのが残念だけどな」
武の言葉に、純夏はうんと答えて頷く。 やっと純夏と再開出来たと思ったら、どう言う訳だか急に訓練の頻度が増えたのだ。 それに内容もハイヴ突入といった、よりBETAとの実戦に近いものばかりだった。 それに夕呼やケイイチも、なにやら忙しそうな雰囲気を醸し出している。
オルタネイティヴⅣの中核となる存在である00ユニット、つまり純夏の完成によって計画は更なる段階へと進んでいのだろうか。 BETAとの決戦の日が近づいている事を薄々武が感じていた中、屋上に出るドアの隙間からいくつかの鋭い眼光が2人を覗いていた。
「白銀中尉、食堂に来ないと思ったら、こんなところで2人きりとは・・・」
「鑑純夏、彼女は一体何者なの・・・?」
2人で昼食を楽しむ光景に対し、ドアの隙間からそれを覗く光と直美は嫉妬の念を抱く。 突如としてヴァルキリーズに編入し、現在進行形で武といちゃついている純夏に対して、嫉妬の炎をメラメラと燃やしているのだった。
「まあ、任務に支障が出ない程度にしてもらいたいけど」
「ふっ、自分もああして貰いたいくせに・・・」
「な、なんですって~!?」
「ちょっと千鶴さん、気付かれちゃうから騒がないでよ・・・!」
それは元の世界ではクラスメイトだった千鶴達も例外ではなかったが、唯一冥夜だけが冷静だった。
気付かれない程度に騒ぎ立てている他のメンバーを他所に、冥夜はハンガーでの武の話を思い出す。 彼にとっては異なるこの世界、自分を始め武の身近に居た人々が存在していたのに、唯一それを確認出来なかった人物がいると、武は最後に語っていた。
「(よかったな、タケル・・・)」
彼が探していた想い人と再会した事に、冥夜は祝福の言葉を心の中で唱える。 このまま武は、自分達が踏み入れる事の出来ない領域へと行ってしまうのか。 そして何時か、元の世界に帰ってしまうのではないか。
別れの日が確実に近づいている事を冥夜が感じていたその時、後ろから声が掛かる。
「あら? お昼も食べずに、皆してなにやってるの?」
「す・・・菫さん!? うわあっ!?」
声がした方へ皆が振り向いた先には、この世界とは違うデザインの国連軍制服を身に纏った菫の姿。 それに気を取られ美琴が、誤ってバランスを崩して屋上へ続くドアに手をかけてしまった。
「バカ! ドアは完全に閉まってな・・・」
千鶴が静止しようとするが、もう手遅れだった。 よろめいた美琴が全体重をドアに預けてしまい、更にそのドアは所謂“半開き”の状態。 そこに後ろ背にしていた慧、そして光と直美を巻き込んでドアが外に開いてしまった。 そして、ドアの外には・・・
「何やってるんだ? お前ら?」
「え・・・いや、あははは・・・」
「鎧衣、早くそこをどいて・・・」
押入れにしまい損ねて、雪崩れ込んだ布団のような様相を呈しているドア付近。 そこで仰向けに倒れた慧に覆いかぶさっている美琴が、武と純夏に愛想笑いを浮かべる。 勿論、さっきから皆で武を覗いていたなんて本人に言える訳が無い。
互いの間に漂う沈黙、それを打ち破ったのは他でもない菫だった。
「いやね、白銀君達が楽しそうにお弁当食べているって、柏木さんから聞いたのよ。 ねっ?」
「は、はい! 皆を連れてドアの前まで来たのは良かったんですが、出るに出られなくて・・・」
ヴァルキリーズのメンバー中、場の空気を読む事に関しては天下一品の晴子。 そんな彼女を信じて菫はこの状況を打開する一言を放つ。 2人の掛け合いが功を奏したのか、純夏がタケルにこう言った。
「な~んだ、そうならそうだって言えばいいのにね。 ねぇタケルちゃん!」
「ああ、皆も昼食ってないんだろ? なら一緒に食べようぜ、純夏の奴多く作りすぎて困ってたんだ!」
「あ~! タケルちゃん『これくらいの量俺ひとりで平らげてやる!』って言ってたくせに、嘘付いたな~!」
純夏の願いが一つ叶った事を嬉しく思いながら、武は誘いの言葉を冥夜達に掛ける。 元の世界で見慣れた、クラスメイト達との屋上での昼食。 武と純夏の目の前で蘇ろうとしている、皆と楽しく語り合った懐かしき日々。
この時を大切にしようと思いながら、武は騒がしくも楽しいランチタイムの続きを満喫する事にした。
-あとがき-
『人と機械が融合した00ユニットは、新たな生命と呼べるのか・・・?』
どうもこんばんは、設定集買ってヒャッホイ読みながら年を越した麦穂です。 24話投稿しました。
今回は遂に純夏との再開。 シリアスなシーンを書く時は、いつも筆が遅くなるのは何故なのだろう?
そして菫の昔話にCoD4ネタが入っているのは、書いている時にプレイ動画を見たからに違いない。