・ 電脳暦世界 AM10:37パラオ共和国 国連軍ペリリュー島基地より東150キロ地点
雲一つ無い青空と、それに染まったかのような景色が広がるミクロネシアの海。 見渡す限りの“蒼”の中を、2機のVRが水しぶきを上げながら、追いつけ追い越せと言わんばかりの熾烈なデッドヒートを繰り広げている。
前を行くのは武のテムジン747、だが今回は海上での空中戦と言う事でフレックス・アーマーを装着したF型となっている。
刺々しいシルエットをした武のテムジンを追いかけるのは、これまた刺々しい機体デザインをした空中戦型VR、YZR-8000H マイザーイータだ。 濃紺に塗られた機体を操る対戦相手の傭兵、オッツダルヴァが武に対し罵る様に話しかける。
「ハッ! 噂を聞いて手合わせしてみれば、ただ逃げるだけの臆病者か!」
「っ! 誰が臆病だって・・・!」
彼の言い分を否定するように、747Fの武装であるマルチ・アンカーMk2のビームバルカンを叩き込む武。 だがオッツダルヴァのマイザーはそれを軽やかに回避、反撃とばかりに装備するパワー・ランチャー“レブナント16”で牽制射撃を行う。
高機動戦闘が主軸のマイザー、それも実戦経験が豊富な傭兵相手では流石の武も分が悪い。 だから彼は相手の挙動やクセ、ひいては相手の弱点を見抜こうと今まで回避一点張りの戦いを行っているのだ。 何時終わるとも知れない追いかけっこの中、遂に武はこの試合の決め手となる一筋の光明を見つける。
「(もしかしてこいつ、後ろは全く警戒していない・・・?)」
VR同士の試合、“限定戦争”は1対1の真剣勝負が基本スタイルだ。 だが通常のスポーツ競技とは異なり、協力者による乱入や待ち伏せが発生するケースも珍しくない。
幸いここは武にとってはホームと呼ぶべき場所なのでそういった可能性は低いが、オッツダルヴァはそれらを警戒すること無く、ひたすら目の前に居る自分を倒そうと夢中になっている事に武は気付いたのだ。
「(残り時間も少ない、一か八かやってみるか!)」
武はスロットルを全開、747Fの機体が限界まで加速されて行く。 対するオッツダルヴァのマイザーも逃がさんとばかりにスピードを上げ、パワー・ランチャーの砲口を向けながら追いかける。 空中機動におけるテムジンとマイザーの速度の差は歴然であり、案の定直ぐに追いつかれてしまう。
「悪いがこの勝負、俺がもらっ・・・ 何っ!?」
照準が定まり、止めの一撃をお見舞いしようとトリガーを引こうとしたその瞬間、目の前に閃光。 そして、いつの間にか武のテムジンが視界から消えていた。 そして、焦りを隠せないオッツダルヴァの耳にロックオン警報。 後方には武のテムジンが、チャージが完了したマルチ・アンカーを構えていた。
「当たれっ!!」
青白い拡散レーザーが、水の飛沫のようにマイザーに向けて放たれる。 後ろを全く警戒していなかったオッツダルヴァのマイザーは回避のタイミングを完全に失い、その一撃をモロに食らう羽目になる。 爆発と濛々と立ち込める煙、勝利を確信していた武だったが、思いもよらぬ通信が舞い込んでくる。
「ふっ、急減速を活用して俺の後ろを取るとはな・・・ だが起死回生の一撃も、この俺の前には役に立たなかったようだなぁ?」
「くっ! ここまでなのか・・・!」
余裕が見えるオッツダルヴァの言葉に対し、敗北を覚悟する武。 だが決着をつけようと構えるマイザーに、ある異変が起こった。 マイザーの背面に存在するブースター、それが爆発音がしたと思ったらもくもくと黒煙を立ち上らせているのだ。
そして先程の威勢は何処に消えたであろう、オッツダルヴァの焦りに満ちた声が聞こえて来た。
「くっ! 出力低下だと! 今の攻撃でメインブースターがイカれたのか・・・!」
オッツダルヴァの言葉通り、彼のマイザーは見る見るうちにその高度を落として行く。 VRの力の源であるVコンバータ、そこから発生する過剰エネルギーを排出する機構“マインド・ブースター”が、先程の武の攻撃により破壊、または不調を来たしたのだろう。
安全装置が働いた事でコンバータの出力が激減し、もはや地球の重力に抗えぬほど慣性制御機能が低下しているのだ。
「馬鹿な!? この俺が、こんな結果で負けるだと・・・! 認めん、絶対に認めんぞ・・・!」
なおも高度を下げるマイザーから、オッツダルヴァの叫びが聞こえてくる。 VRが戦闘不能になったと見なされれば、それは即ち彼の負けとなる。 彼のマイザーの色と同じ青色の海へと墜落する様子を、武は追撃をする事無くそれを見届けていた。
マブラヴ –壊れかけたドアの向こう-
#23 前夜
・ AM11:06ペリリュー基地 第9ハンガー待機所
「いや~流石白銀君だ! 最近の強豪揃いの一人だった彼相手に、あんな方法で勝っちゃうなんて!」
「ただのまぐれですよ。 あそこで決着が付いていなかったら、あの時海に落ちていたのは俺の方でした・・・」
「まあ運も実力の内だと思って、素直に喜びなよ。 それに今回の賞金で、開発資金のノルマはめでたく達成されたんだからさ」
試合が終えて武を待っていたのは、基地で試合を見ていた隊員達の笑顔と賞賛の嵐だった。 一躍スターとなった事で取材やらなにやらで揉みくちゃにされた後、武はハンガー待機室にてデブリーフィングをケイイチと行っていた。 何故白銀があのような試合に臨んだのか、それはメガドライヴや新型戦術機開発に必要な資金を確保するためであった。
ダイモン戦役後、それまで“殺し合い”を見世物としていた限定戦争という存在は大きく変革を遂げ、かつて菫がしてくれた説明通り明確なルールとMARZによるジャッジが存在する。 その激しくも紳士的な戦いは、見る人々全てを魅了する。 そしてこれまで注目を浴び続けた武がその世界に足を踏み入れたとなれば、誰もが彼の活躍を見逃す筈は無かったのだ。
「今までの試合でトップクラスの相手達ともやり合えた訳だし、白銀君は相当強くなって来てるよ」
「そうですね。 ですがケイイチさん、まだ俺達にはやるべき事がありますよ」
武の言葉に、ケイイチはそうだねと笑顔で答える。 武に挑んだ人物は先刻相手をしたオッツダルヴァのような傭兵だけではなく、文字通り世界各国からその挑戦状が叩き付けられた。 だが武が“バルジャーノン”で築き上げた対戦根性は半端ではなく、世界中のエース達と戦った事でその操縦テクニックは、向こうの世界に帰る前日となった今ではもはや別次元と呼べるレベルまでに昇華していた。 そしてその原動力は、あの世界で待っている純夏にある。
どのような結果になろうと彼女に会い、自分の思いを伝える。 それが彼女に対する愛情なのか、それとも別の感情なのかは分からない。 ただ彼女に会わなければならないと言う事が、今の武を動かしているのだ。 デブリーフィングも一通り終ったので昼食に向おうとする武達の前に、ここまで走ってきたのか息も絶え絶えなフーリエが現われる。
「白銀さん! 霞さんが・・・!」
「どうしたフーリエ! まさか、霞に何かあったのか!?」
彼女に何か大事があれば、夕呼に会わせる顔が無い。 武はケイイチと共に、フーリエが案内する場所へと走った。
「なあ、あの霞って子、シミュレータもこれが始めてだったよな?」
「ああ、その筈だが」
「じゃあ何でその子がエンジェランを使って、俺達2人を相手に引けを取らない戦いをしてるんだ?」
「俺が知るかよ・・・」
そう言葉を交わした2人の国連軍パイロットは、シミュレータ越しに対峙する1機のVRを見つめる。 仮想空間に再現されたのは、ミクロネシアの海と少々の島々。 そんな常夏の雰囲気に似つかわしくないVRが、優雅に海上を浮遊している。
TA-17B エンジェラン『化鳥』。 リリン・プラジナーの父であり、オーバーテクノロジー研究の神様とまで呼ばれた、プラジナー博士自ら生み出したVR『エンジェラン』と呼ばれる系列の一つである。
本来エンジェラン系は遠距離からのサポートを行うのだが、この『化鳥』は近接戦闘能力を改善し、単独での戦闘もある程度対応する。 そしてそれを動かしているのは、紛れも無い霞だった。
「あれは・・・!」
何時もより騒がしい食堂、そこに置かれた大型モニターに映し出される光景を目撃した武は、余りの衝撃に言葉を失った。 戦闘に関しては全くの素人である霞のエンジェランがフィールドを疾駆し、相手のボックスタイプ2機をいとも容易く翻弄しているからだ。
エンジェランは装備する杖から氷で形成された竜を召還し、相手に向って体当たりを命じる。 そしてボックスが氷竜を回避した先に向けて、これまた杖から氷弾を放ち的確にヒットさせて行く。
その光景は豪快さの欠片も無いが、堅実な最小限の動作で相手を追い詰める霞の戦闘スタイルは、別の意味においての美しさと怖さを感じさせる。
「ケイイチさん、何故霞がシミュレータに!?」
「ぼ、僕だって知らないよ・・・ フーリエ、社君に何があったんだい?」
「えっと、実はですね・・・」
ひょっとしてケイイチの仕業かと思って彼に問いただそうとするも、当のケイイチもこの事態については知らないらしい。 ケイイチの言葉に促されて、フーリエがこれまでの経緯を武達に話し始めた。
そもそもの発端は昼食前、霞がフーリエに告げたある一言が原因だった。 霞に感化されて注文するようになった鯖の味噌定食に、フーリエが持つ箸が触れようとした瞬間、霞がある頼みをしてきたのだ。
『自分も、VRに乗ってみたい・・・』
武の今までの活躍に触発されたのだろうか、これまで物静かな面持ちで居た彼女がそんな発言をした事に、フーリエも驚いたと言う。 確かにVRの操縦自体は簡単なのだが、各パイロットの個性に合わせて最適化が施されていたり、乗り込む機体の系列によって操縦レスポンスが左右されたりする。
それならばとフーリエは霞をシミュレータールームに案内し、動かす機体を自ら選択するように告げた。 そして霞がシミュレータで選択したのはエンジェラン、それもMARZといった一部の組織にしか配備されていない『化鳥』と呼ばれるタイプの機体だった。
そして事もあろうにトレーニングに来たパイロットと鉢合わせしてそのまま模擬戦へとなだれ込み、現在の状況が出来上がってしまったという。
「一応基本操作は教えたんですけど、まさか霞さんがあそこまで動かせたなんて」
「同感だね。 それにあの動き、まるで・・・」
「人形か、機械みたいだ・・・」
自分が思っている事を武が先に呟いた事に気付き、ケイイチは静かに頷く。 彼女もオルタネイティヴⅢの過程で生み出された存在、言わば生まれながらにして戦う事を宿命付けられているような物だ。 夕呼に出会うまでに刷り込まれただろう戦闘衝動が、今の彼女を動かしているのかもしれない。
「フーリエ、今の戦闘は記録に残るのかい?」
「えっ? はい、一応シミュレータ内のレコードには残りますけど」
「後でそれを回収して僕の方に持ってきてくれ、これは香月博士の良い手土産になりそうだ・・・」
そうフーリエに告げたケイイチは、再び武と共にモニターを眺める。 モニターには依然として、2機のボックスを翻弄し続ける霞のエンジェランが映っていた。
・ PM11:30 ペリリュー基地 第9ハンガー
「(時間は間違ってないと思うけど、何処に居るんだ・・・?)」
すっかり人気が無くなったハンガー街、その内の一つに忍び込むようにして入る影が一人。 あの後武は指定した時間にこのハンガーへ来るようにと言われ、こうしてコソ泥よろしく足を運んでいるのだ。
「まさか霞に、あんな才能があったなんて・・・」
照明も付いておらず真っ暗なハンガーの中で、昼の出来事を思い出した武が呟く。 霞の素性については夕呼から既に聞かされていたが、まさかあれ程の力を秘めていた事には武も素直に驚いていた。
VRの原動力が人の精神力ならば、人の心を読めるほどのキャパシティを持つESP能力者、つまり霞ならばあれだけの芸当が出来ても不思議ではない。 そう武が納得していたその時、ハンガー内の照明が一斉に点灯する。
眩しさの余り視界が白1色となり、次に武の視界に飛び込んできたのは、ハンガ
ーの中央に鎮座する1台のメガドライヴだった。
「待っていたよ白銀君!」
「ケイイチさん? それに、このメガドライヴは一体・・・?」
同時にハンガー内のスピーカーからケイイチの声が流れ、反射的に武はハンガーの中を見回す。 すると案の定2階にある詰所から、インカムを装着したケイイチが姿を見せた。
「何って、君へのプレゼントさ。 香月博士のお使い完了記念って事でね」
ケイイチの言葉に、武はもう一度目の前にあるメガドライヴをじっくりと眺める。 確かに見た目はヴァルキリーズ全員に用意されたドライヴと同じだが、その前面には人が乗れるよう戦術機の管制ユニットを模したコクピットブロックが存在している。 まるでVコンバータとコクピットブロックからなるVRの心臓部“CIS突入艇”と同じ構成なのだ。
これに乗れと言うのかと武が思っていたその時、ケイイチから今度は直接声が掛かる。
「いいから、早くそれに乗ってみてくれよ! その“オリジナル・ドライヴ”の起動試験が、向こうに戻る僕らに残された最後の仕事だからさ!」
「オリジナルだって・・・? まさか、これは・・・!?」
そう呟いた武は胸の鼓動が段々と強く、そして速くなっていく事に気付く。 そして彼の鼓動に答えるかのように、コクピットブロックのハッチが静かに開いた。 そのまま吸い寄せられるように中へと潜り込み、武はシートに身体を預ける。
ハッチが閉じ、静寂と暗闇が武を包み込む。 そして各種計器が淡い光を放ち、Vフライホイールの駆動音と共にそれは始まった。
- Reverse Convert Sequence -
Boot System… ok
V-Flywheel Access check… ok
Reverse Convert Sequence Loading… ok
GR-01 [Kaiser] Convert Ready?
正面のモニターパネルに、次々に浮かび上がる文字の羅列。 最後のシステムの問いに、武は迷わずYESと答える。 そしてそれを見守るケイイチは、2つの世界の人型兵器が融合した新たなる存在が生み出される瞬間、この目でしかと見届けようと武が乗るドライヴを凝視していた。
駆動音が一段と強くなり、慣性制御の力を得たドライヴがふわりと宙に浮き始める。 そしてある一定の高さに達した時、ドライヴとコクピットを中心に設計図らしき物がホログラフの様に映し出される。 その設計図からワイヤーフレームがせり出し、人型の形を作り出してゆく。
「この調子なら・・・いけるぞ!」
リバース・コンバート。 VRの心臓部であるVコンバータに負荷を掛ける事で発動する、VRが生まれる為の儀式と言える実体化現象だ。 そしてメガドライヴの構造や原理は、Vコンバータとほぼ同じ。 ならばVフライホイールの材料にVクリスタル質を使用すれば、コンバータ同様にリバース・コンバートが出来るとケイイチは考えていたのだ。
自分の仮説が正しかった事に、ケイイチは胸の高鳴りを抑える事が出来ない。 それは、ドライヴに乗り込んでいる武も同じだった。
「(この機体は、カイゼル!?)」
コンバートの真っ只中、パネルに表示される機体の図面を見た武は思わず我が目を疑う。 それは元の世界で散々やり込んで来たゲーム『バルジャーノン』、その中でも特に彼が愛用していた機体その物だったからだ。 武が驚いている間にも、コンバートは少しずつ確実に進行する。
虚ろなワイヤーフレームだった機影から、機体を構成するパーツが次々に実体化。 更に白一色だったパーツ達に色が付き、青と白を主軸としたカイゼルのカラーリングに染まる。
「さあ、最後の仕上げだよ」
ケイイチの囁きと同時に、実体化したカイゼルのパーツがプラモデルよろしく次々に組みあがり、遂にカイゼルのリバース・コンバートが完了する。 出来上がったばかりの機体が重量感の欠片も無く、ふわりとハンガーに着地した。
Reverse Convert Sequence -
All Complete!
「(終わったのか・・・?)」
コンバートの終了を告げるモニターを見た武は、安堵の溜め息と共にシートに体重を預ける。 ここを出れば、間違いなくあの見知ったデザインが等身大の姿で存在しているだろう。
何故ケイイチがカイゼルの事を知っているのか、ここを出たら彼に聞く事が山ほどありそうだと思ったその時、突如として緊急事態を告げるサイレンが鳴り響く。
<国籍不明のVRが当基地に向けて接近中! 各員は速やかに持ち場についてください! 繰り返します・・・>
既にデータリンクの接続が確立されているのか、カイゼルのコクピットに居る武の元にも通達が届く。 そして外に居るケイイチから指示が届く。
「今直ぐに動けるのは君のカイゼルだけだ。 白銀君、先に行って不明機を足止めしてくれるかい?」
「了解! 言われなくてもそうしますよ!」
基地の居住区には霞とフーリエが居る。 仮にも非合法組織やならず者までもVRを保有しているご時世、もし不明機がそうだとしたら彼女達も巻き込まれる危険がある。 ろくに調整もしないままのとんだ初陣だと思いながら、武はカイゼルを発進させた。
星空が天に浮かぶ漆黒の海、その闇の中をそれと同じ色をしたVRが飛沫を上げながら水面を疾駆する。 星空のかすかな光に照らされた機影は、まるで時代劇か何かに出てくるような鎧武者の外見をしている。 その腰には1振りの日本刀を模した武器が装備されており、正に血に飢えた落ち武者に相応しい。
第六工廠八式壱型『景清』。 それが武達の居るペリリュー基地を襲わんとしているVRの名。 それも洗練された近接戦闘能力を持つ“火”と呼ばれるタイプだ。 景清がこの基地を狙う目的は何か? 何故ここまでの接近を許してしまったのか?
分からない事は山ほどあるが、唯一つだけ分かっているのはこいつを基地に行かせてはならないと言う事だ。 パラオの島々を抜け、ようやくペリリュー島の姿が見えようとした時、 景清に乗るパイロットの耳に敵の接近を告げる警報が入る。
「こちら白銀、不明機の存在を確認! 景清タイプです!」
『奴に接近戦は自殺行為だ! 中距離をキープして!』
「了解っ!」
ケイイチのアドバイスに復唱した後、武はカイゼルの右手にあるスマートガンの銃口を、黒い景清に向ける。 機体自体もロクに調整も行っていない、言わば“箱出し”の状態。 唯一の武器であるスマートガンも、どのような性能を秘めているのか分かるはずも無かった。
「(それでもやるしかない。 信じてるぜ、カイゼル・・・)」
操縦桿をグッと握り締め、新たな愛機が動いてくれる事を祈る武。 スマートガンの射程圏内まで後数秒、照準は依然として黒い景清を捕らえ続けている。
「(行けっ!!)」
照準を再三確かめ、武はトリガーを引く。 プラズマ粒子で構成された弾丸がスマートガンから放たれ、真っ先に景清へと襲い掛かる。 だが次の瞬間、景清は武の予想を遥かに超えた行動を行う。
カイゼルの射撃を確認後、景清は腰に備わった刀“焔乃剣”を抜く。 そして速度を維持したまま居合いの構えを見せ、すれ違い様にプラズマ弾を両断して見せたのだ。
「なっ・・・!?」
その常識を大きく逸脱した景清の対応に、流石の武も度肝を抜かれる。 これが中継されていたのであれば、視聴率は沸騰した湯のように湧き上がっていた事だろう。 だが初段による迎撃が失敗した今、武には中距離を維持したまま戦うしか選択肢が存在していなかった。
「こいつ、あの時のマイザーより速い!」
後退と牽制射撃を繰り返しながら、武は必死に目の前に迫る景清の対処法を模索する。 景清はかつて、平安時代末期に実在したと言う平家の武将“平景清”、その怨念を回収した第6プラントの技術者であるアイザーマン博士によって開発されたVRだ。
VCa8年辺りにロールアウトして2年ばかり経過した現在でも運用している部隊は多くは無く、その詳しい性能や特性などは不明瞭な部分が多い。
このまま悪戯に逃げ回っていたら確実に追い詰められてやられてしまう。 そう唇を噛み締めながら思っていたその時、武の脳裏に先程景清が見せた居合いの光景がフラッシュバックする。
「(あの剣捌きは、もしかして・・・!)」
あの抜刀と居合いの構え、そして現在の立ち回り。 それは日本帝国軍の戦術機が見せる近接戦のそれとほぼ同一の物だ。
先ほどから全周波数帯で呼び掛けを行っているが、黒い景清は一言もこちらに返答していない。 だが武にはその景清のパイロットが、向こうの世界の日本と縁がある人物だという事に気付いた。
武も全周波数帯を使って、目の前に居る景清に向かって呼び掛けを試みる。
「景清のパイロット、聞えているんだろう!? 返事をしてくれ!」
数度に渡る武の呼び掛けも聞えないように、景清はひたすら武のカイゼル目掛けてひたすらに斬りかかる。 一か八か、武は自分の推論を使って景清に向かって再度呼び掛けを試みた。
「あんたが見せた構えや立ち回り、俺は心当たりがある。 あんた、向こうの世界にある日本と関わりがあるのか?」
その告げた瞬間、悪鬼が如く刀を振り回していた景清の手が止まる。 そして程なくして、武達に一通のテキストデータが送られる。 そのテキストには、非常に簡潔な文章で次のように書かれていた。
<白銀武との勝負を望む>
・ ペリリュー島 司令部
「不明機、依然として洋上で静止中。 武さんに攻撃をする気配はありません」
「マスター、一体あの景清の目的は何でしょうか・・・?」
眠い目を擦りながら手伝っているフーリエと霞の報告を聞いた後、ケイイチは景清が送ったメッセージの真意を模索する。 景清の目的がこの基地の襲撃ではない事に多少安心はしたが、国際戦争公司に申請も届けない状態で勝負を挑むなど、いわばボランティア感覚で試合を行うようなものだ。
「(だけど、それが奴の目的だったとしたら・・・)」
そう、あの景清は褒賞も名声も必要としていない。 ただ己の威信と誇り、信念をかけた戦いを武に望んでいるのかもしれない。 そう悟ったケイイチは、武のカイゼルに向けて回線を開く。
「この際だ白銀君、彼の願いを叶えてあげようよ」
『ケイイチさん、奴の言い分は信じられるんですか?』
「このまま断って暴れられたら困るしね。 それに、彼は確かな“武士道”の持ち主と見受ける。 僕らが勝てば、素直に引き下がってくれるさ」
ケイイチの言い分と景清が依然として待っている事に、武はその願いを叶えようと決める。 射撃の構えを解き、スマートガンを近接格闘戦モードにシフト。 煌々と輝く青白いプラズマブレードが、スマートガンの銃身を包み込む。
「勝負は一対一、相手に決め手の一撃を加えた時点でそのものの勝利とする! そ
れで納得してくれるかい?」
臨時の審判としてルールを告げるケイイチに対し、黒い景清から『了解した』とテキストで再び返事が来る。 そしてケイイチの号令が下り、カイゼルと景清はまるで磁石のように急接近。 互いの刃がかみ合い弾け合う度に、夜の海に稲妻のような閃光と轟音が鳴り響く。
かれこれ時間にして5分弱続けているのだろうか、当事者である武にとってはそれが何倍もの長さに感じる。 だが彼は、それを苦痛とは感じていなかった。
「でえいっ!!」
景清の斬撃を受け止め回避し、そして一撃を見舞うだけ、武の精神が研ぎ澄まされてゆく。
「そりゃあっ!!」
正直、目の前に居る景清は強い。 今までの試合で戦ってきた各国兵士や傭兵よりも、数段上を行く程だ。
だが、今の武の目に恐れや焦りの色は無い。 『俺より強い奴に会いに行く』という、ゲーセンで培った概念、バルジャーノンをやっていた頃の楽しさが今の武を支配しているのだ。 もっとあの景清と戦っていたい、もっと激しく全ての者を魅了する戦いがしたい。
そう武が思っていたその時、再び攻撃の手を止めた景清から、3度目のテキストメッセージが送られて来る。
<礼を言う、白銀武。 武運を祈る・・・>
「えっ・・・? あっ!」
メッセージに目を通していた後、武の目に映ったのは景清の姿が、徐々に夜の闇へと溶けて行く光景だった。 そして微弱な放電を残して、景清の機体は完全にその姿を消す。 それを観察していたケイイチは、そのカラクリが何であるかを見抜く。
「光学迷彩!? フーリエ、各種索敵は!」
「駄目です! 景清の反応ロスト。 完全に見失いました・・・」
“試合を中継し、観客を魅了させる”事が最優先される限定戦争の世界では、各種ステルス技術はほぼナンセンスな無用の長物と言って良い存在だ。 だが中にはアファームドJ(T)typeXやボックス“ユータ”のような、特殊作戦に参加する目的でステルス技術を盛り込まれ開発されたVRも存在する。
あの黒い景清も、そのようにして作られたのだろうか。 だが、それを知る術はもう無い。 基地を襲う脅威が消えた事は確かだ。 ケイイチは警報解除を要請すると同時に霞に指示を出す。
「社君、白銀君を呼び戻してくれ」
「・・・分かりました」
「最後の最後で、後味の悪い勝負をしたね・・・」
帰還する前夜に起こった小さな騒動はこうして幕を閉じ、カイゼルと共に基地へ戻った武を待っていたのは、再び歓声と祝福の嵐だった。
そして完成した数式と少々の手土産と共に、武達はフーリエと基地の人々に見送られながら電脳暦世界を後にし、皆が待つ世界への帰路に付いた。
2001年10月7日:Vクリスタルを材料に用いたオリジナル・メガドライヴによる、GR-01“カイゼル”のリバース・コンバートに成功。 翌日8日未明、所属不明の景清『火』の基地襲撃に実戦投入。 交戦の後、景清は撤退。
回収した数式データと各種備品を携え、武、霞、ケイイチの3名は同日中に電脳暦世界より帰還。
・ 夜明け前 太平洋某所
『どう? 上手く撒けた?』
「ああ。 しかしこの世界の技術は、つくづく驚かされるな」
『そのステルスシステムは河城技研が開発したばかりの自信作よ、効果は抜群だったでしょ?』
北マリアナ諸島に浮かぶとある無人島。 ロクに人も寄り付かない島の上で膝を落として待機状態にある、あの黒い景清の姿があった。
武のカイゼルとの一騎打ちの後、各種センサージャマーとセットになっている光学迷彩システムにより、この地まで撤収していたのだ。 そして通信モニターの向こうで微笑む秋月椿が、景清を今まで操っていた沙霧尚哉に話しかける。
『それで、菫のお気に入りの子はどうだった?』
「成長している、クーデターの時よりずっとな」
そう答えながら、沙霧はクーデター戦で相対した緑色の機体を思い出す。 武の居場所に関しては彼の試合の中継を把握していたし、カイゼルに乗っているパイロットはあの時と声が同じだったため、特定は容易いものだった。
だが乗っていた機体や条件が異なっていたにも関わらず、終始武に一太刀入れる事すら出来なかった。 それは武の成長の度合いが、自分の予想を遥かに超えていたのだと沙霧は悟る。
「彼なら、あの世界を変えられるかもしれんな・・・」
自分はあの日本を変えることが出来なかったばかりか、逆に貶める様な行動を行ってしまった。 だが武なら、その力を持って正しき道を人々に示してくれるのかもしれない。
『他の人に見付かると厄介だわ、急いで戻ってきて!』
「そうだな、これより帰還する」
椿に急かされ、景清が夜明け前の空に舞い上がる。 一度は生まれ育った国と世界を捨てた、憂国の烈士。 しかし現在は、帰る場所とそれを待つ人がいる。
何時しか新たに守るべき者が出来ていた事に、沙霧は嬉しさで口元が緩む。 今の自分とこの表情を、彼女が見たら何と言うだろうか。
「(白銀、慧の事を頼む・・・)」
この戦いが終わったら、何時か彼女に会いに行こう。 そう心に誓いながら、沙霧はペダルを全開に踏み込む。 新たな一日を告げる朝日が昇り、その光が朝瀬を跳ぶ景清の機体を優しく包み込んでいた。