・ 2001年10月2日 AM10:57 旧サウジアラビア アンバールハイヴ勢力圏内
熱狂が、戦場を支配していた。
『サンドサイズ・セカンド』が始まって2日。 その戦いに参加するRNA所属の兵士達と、彼らが駆るVRの連日に渡る活躍。 それは共に戦っている中東連合の将兵達でさえ、誰もが凄惨な光景に目を疑い、口を揃えてこう呟いた。
『我々でさえ、ここまでエグイ真似はしない』と・・・
一つ、また一つとその鋼の手に握られた刃を振るう度、火器の銃口が火を噴く度に醜悪な“モノ”の欠片と体液が機体に付着。 それでも構わず、ただ獲物を求めてBETAを食い尽くすRNAのVRたちの姿があった。
地べたに群がる戦車級や小型種はボムやグランド・ナパームで容易く焼き払われ、要塞級に対してはお返しとばかりに集団で包囲し、それぞれが持つ獲物で一斉に切り刻むという、まるで市場で行われる大型魚の解体ショーさながらの様相を呈している。
特にBETA側の中核戦力である突撃級と要撃級は格好の標的であり、アファームドが装備するビームトンファーやマチェットで原形を留めないほどに切り刻まれたり、ドルドレイによるドリルやファイヤーボールの洗礼を受けたり、ライデン(ここではRVR-75 ライデンⅡの事を指す)のレーザー照射を受けて消し炭にされたりと、その容赦の無い仕打ちに衛士達も哀れむほどだった。
また連日の戦いによるのかロクに機体洗浄もしておらず、赤色を貴重としたRNAのカラーリングが判別出来ないほど汚れながらも戦闘を継続している機体もある。
それほどまでにRNAが激情的な戦いを見せるのは、オラトリオ・タングラムが始まる以前から、物量に勝るDNAに対抗するべく構築された近接戦闘主軸の戦術と、それに見合ったVRの開発思想が生み出した結果だった。
「こちらマルコ5、Vアーマー21%減衰! まだまだやれますぜ!」
「その意気だ! 他の連中も自分の機体を棺桶にしたくなければ、ステータスチェックを怠るな!」
『了解っ!!』
部下達の状況報告が次々に舞い込む中、スコードロンの隊長を努めるマルコ1は目の前で殴りかかろうとする要撃級目掛けて右手に持つダキアス・ガン・システムの弾丸を叩き込む。 弾丸は要撃級の中央部に被弾し、被弾の反動でひるんだ所を更に左手に握られたマチェットの刃を、その頭とも尻尾とも付かない部位目掛けて振り下ろす。
それは“斬り付ける”と言うよりも“叩き付ける”と言った方が相応しく、事実その一撃をモロに食らった要撃級は車に轢かれたカエルが如く、豪快に内部器官と体液を辺りに撒き散らし沈黙した。
「マルコ2、ここは任せる! マルコ5!ラルフ3と4は俺について来い! ゲテモノ共の後続を足止めに行くぞ!!」
『YES! BOSS!!』
そして更なる獲物を仕留めるべく、マルコ1はライデンⅡ1機と第2世代アファームドの中でも近接格闘に秀でたアファームド・ザ・バトラー2機を引き連れ、未だDNAのボック部隊による支援砲撃が降り注ぐエリアへと突入する。
それはVアーマーと言う特殊装甲を備える、第2世代VRだからそ出来る荒業だった。 その様子を目撃した中東連合の旧式戦術機、MIG-23『チボラシュカ (NATOコード:フロッガー)』に乗るシリア軍所属の衛士は、その行動に思わず声を漏らす。
「く、狂ってやがる・・・!」
彼も神が与えた聖なる大地を汚し続けるBETAに対し、我が命と引き換えにしても戦う覚悟がある。 だから彼は、余所者がこの地を守るためにそうまでして戦うなど信じられなかったのだ。 だが彼らとVRの活躍によって、自分達の被害や消耗が最小限にとどまっているのは事実なのだ。
「(神よ、彼らの前に武運と祝福が訪れん事を・・・!)」
そう心の中で彼らに祈りを捧げながら、衛士は36ミリのトリガーを共に戦う仲間と共に、倒すべき相手であるBETAに向けて引き続けた。
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#22 交差
・ 2001年10月4日 AM8:37 国連軍横浜基地 A-01専用ブリーフィングルーム
「戦術機とVRの融合、ですか・・・!?」
「そう。 それがサギサワ大尉と、白銀君が考えている『プロジェクト・バルジャーノン』の最終目的よ」
朝一のブリーフィングルームにて、菫はヴァルキリーズの面々に自分らが行っている『プロジェクト・バルジャーノン』の真相を明かす。 菫自身もこの結論に至ったのはつい先刻の事であり、皆をここに呼んだのもそれを一刻も早く伝えるためだった。
事の詳細を聞くべく、茜が質問を投げかける。
「どうしてあの2人は、そんな事を思い付いたのでしょうか?」
「まあ本人に聞くのが一番だけど、皆も薄々気付いているんじゃない?」
「今の戦術機の性能では、BETAに勝てない・・・?」
壬姫の呟きに頷く菫を見て、彼女達は自分達が乗る戦術機とVRの相違を改めて思い返す。 見かけは大体同じな人型兵器、だがその開発経緯や設計思想、運用法も全く異なる。 そして両者には、決定的と言える違いが存在する。 それは紛れも無く、戦術機とVRの“性能差”だった。
現在中東で行われている作戦『サンドサイズ・セカンド』や、先のリヨンハイヴ攻略戦もそうだが、圧倒的なスピード、火力、装甲を発揮し、この世界の人々にVRという全く異次元の兵器の存在と力を見せ付けた。 そしてそれを見た人々は異世界の人間達が持つ技術に恐れはしたが、同時に誰もが同じ感情を抱いていた。
『あの技術と力があれば、人類はBETAをこの地球から駆逐できるのに』と・・・
VRに及ばないとしても、この世界に存在する技術の粋を集めて最強の戦術機を生み出して見せる。 そう思って計画に取り組んでいた矢先の一報に、流石のみちるもただ困惑しているようだった。 これまで行われた計画の推移を纏めながら、菫は話を続ける。
「皆も実機演習で何度も味わったと思うけど、神宮司中尉の銀鶏も元々はVRの機動を再現できるか、検証するためにあるのよ」
「じゃあ、今ボク達が作っているXMシリーズもそうなんですか?」
「あのOSの概念は、白銀君が暮らしていた“元の世界”で培ったものらしいから、厳密には違うわね」
それを聞いて、冥夜は武から聞いた“彼が救えなかった世界”の話を反射的に思い出す。 ただの遊びにまで、コンピューター技術が使われていると言う元の世界で武は生まれ育っており、そして彼はループする前の世界でBETAとの絶望的な戦いを繰り広げていた。
この世界、そして電脳暦の世界と全く異なる人型兵器の知識や特性、操縦概念を持つ彼ならば、その概念を用いて戦術機とVR、そのどちらとも異なる兵器を開発することを思い付いても不思議ではないと冥夜は思った。 そして菫は部屋の照明を落とし、何時ものようにプロジェクターを用いた説明に切り替える。 スクリーンには作っている本人である武ですら見たことも無い、人型兵器の姿が映し出される。
それを目にしたみちるは今までの沈黙を破り、皆が思っていることを口にした。
「これは・・・! 霜月少尉! この機体は一体何だ!?」
「VRとも戦術機とも異なる、次世代の人型機動兵器。 私達や白銀中尉が目指す、
BETAと戦う新たな力。 私は『ガーディアン・レギオン』、略して“GR”と呼んでいます」
菫の放った呼称を聞いた後、ヴァルキリーズの面々は呆然とスクリーンに映る機体を見つめる。
- GR-01 『カイゼル』 -
皇帝という名に相応しいデザインをした、白と青のカラーに色塗られた機体。 それは武が元の世界で散々遊びまくっていたゲーム、『バルジャーノン』で慣れ親しんだ愛機そのものだった。
・ 同時刻 電脳暦世界 南アフリカ 禁制領域『シバルバー』
「こちら白銀、ワイルド・クリスタルを確認。 回収作業に入ります」
『至って順調だね白銀君。 そのままベースまでよろしく頼むよ』
ケイイチに了解と返答しながら、武はテムジンの左手で褐色の結晶“ワイルド・クリスタル”を掴む。 鬱蒼と生い茂るアマゾンのジャングル。 かつて南米一帯は第4プラント『TSCドランメン』の支配領域であり、現在もこの地域だけはその管理が任されている。 その理由はこの地域に、地球に存在するVクリスタルの一種“アース・クリスタル”が存在しているからなのだ。
クリスタルの影響下にあるこの地域は、アース・クリスタルを介して出現する幻獣『ヤガランデ』の遭遇や強力な精神干渉に見舞われる確率が高い。 それを恐れた物達が警告の意味を込め、いつしか武が居るこの場所を『禁制領域』と呼んで立ち入りを硬く禁じているのだ。
それらを自由に操ることが出来たダイモンは倒された後は、シバルバーは安定を取り戻している。 しかしそれらの災厄が全く無くなったと言えず、現在も厳重な管理が必要な場所である事には変わりは無い。 周囲を警戒しながら、武はケイイチが示した回収ポイントへと、乗機であるテムジン747Aを移動させる。
ポイントに移動した武の視界には、古代文明の民が築き上げたであろう巨大な遺跡。 そこでキャンプを設置している国連軍の隊員達の姿が見えると共に、インカムを付けたケイイチから通信が入る。
『これで10個目、ヴァルキリーズは15人だから2/3はクリアしたね』
「これなら、今日中にはドライヴの材料は集まりそうですね」
『そうだね。 だが油断しちゃ駄目だよ。 このワイルド・クリスタルも、今になっては貴重な資源になり始めているからね』
「えっ? こいつって、Vクリスタルの出来損ないってわけじゃないんですか?」
『時間も余裕があるし、詳しい事はフーリエと社君が教えてくれるよ』
休憩時間のついでとして、武はフーリエと霞からワイルド・クリスタルの説明を受ける事にした。
ワイルド・クリスタルは武が想像していたVクリスタルの出来損ないではなく、正確には亜種という推測がなされているらしい。 チーフの記録によると、これは禁制領域に展開されている結界から脱出する為に必要なアイテムらしく、ワイルド・クリスタルを複数回収した時にアース・クリスタルと共鳴を起こし、ヤガランデの幻影が出現。 救援に駆けつけた白虹騎士団のテムジンと共に撃破したとある。
「まさかチーフの時みたいに、これを沢山集めていたらヤガランデが出るんじゃないのか!?」
『それは心配ないと思います。 チーフさんの時はダイモンの介入もありましたし、現在はそう心配する程じゃないですよ』
フーリエによる説明を更に聞いたところ、ダイモン戦役後、シバルバーに張られていた結界が急速に弱まり、現在のようにある程度自由に行き来する事が可能となった。 これもVクリスタルに纏わる負の事象を操るダイモンが、チーフによって倒されたと言われているがその原因は定かではない。
結果的にヤガランデが出現した記録はダイモン戦役後一度も確認されておらず、無用の長物となりかけていたワイルド・クリスタルも、資源としての活用法が模索され始めているのだ。
『だから気を付けてください。 私達が集めたクリスタルを、奪おうとしている人達も居るみたいですから』
「分かった。 このままクリスタルを集めて、皆でペリリュー島に帰ろう!」
『はいっ。 白銀さんを信じて居ます・・・』
必ず目的を果たして、あの世界に数式と完成したメガ・ドライヴを持って帰る。 霞の囁きに頷きながら武は、再びテムジンをジャングルの奥へと走らせた。
・ AM11:08 横浜基地 屋上
「帰る? 電脳暦世界にですか?」
「ああ。 通知が来たのはクーデターの後、今までのゴタゴタが災いして、今まで話せず仕舞いさ」
元の世界では武達が昼食でよく集まっていた基地の屋上。 そこで孝弘が冥夜に、自分達がもうすぐ電脳暦世界に帰らねばならぬと言う事実を告げる。 そもそも孝弘達がこの世界に派遣された理由、それは特使である椿に万が一の事態が発生した場合、その救出の為にケイイチや菫達に付いて行ったのだと言う。
結局クーデターでは守るべき対象である椿が活躍してしまい、彼女が無事に帰った事で孝弘達の任務は終了。 お役御免となった4人は残された時間を、冥夜達207組の戦闘指導に回そうと決めていたのだ。 全てを話し終えた孝弘に対し、冥夜は何故自分にその事を告げた理由を問いかける。
「そうだったのですか・・・ ですが苗村1尉、何故私だけにその事を話したのですか?」
「御剣だけじゃない。 今頃他のメンバー達にも、皆から説明がされている所だろう。 君をここに読んだのは、白銀が気に掛ける程のパイロットがどんな人物なのか、じっくり見たかったから・・・かな?」
「なっ・・・!?」
孝弘が放った突拍子も無い理由に、冥夜は顔をほんの少しだけ赤らめながら声を上げる。 突然武の前に現われ、彼を取り巻く全ての環境を変えてしまった財閥のお嬢様、そしてそれを切っ掛けに武と純夏、そして皆の絆を深めてくれた存在。 それがあの時武が語ってくれた、“元の世界”における御剣冥夜という存在だった。
「君の事については、後で白銀から聞いたよ。 大変だったな・・・」
「ええ。 たけ・・・白銀中尉が帰ってきたら、礼を言わねばなりませんね」
悠陽の双子の妹という身分に関係無く、一人の人間として見てくれる武が冥夜は何よりも嬉しかった。 そしてここにも、そんな縛りに捕らわれずに接する異世界の人間が居る。 そして自分も、一人の衛士としてこの国を守る為に戦うと誓った。 滑走路に降り立つ大型輸送機の姿を眺めながら、孝弘は帰還のスケジュールを冥夜に話す。
「おそらく白銀とケイイチさんがここに戻る頃には、もう俺達は向こうに帰っているだろう」
「じゃあ白銀中尉達とは、擦れ違いという事に?」
武と別れの一言も交わせぬまま孝弘達が去ってしまう事実に、義を何より大事にする冥夜は後ろめたそうな顔をする。 だが孝弘は眼下に広がる荒野を見ながら、冥夜にこう言った。
「そんな顔をするなよ。 これが最後の別れって訳じゃないし、戻った後の任務については未だ聞かされてすらない」
つまり戻った後に与えられるだろう任務の内容によっては、孝弘達が再びこの世界を訪れる可能性があるということだ。 電脳暦世界の国々がこちらへの進出を行おうとしている中、日本だけが何もせず指をくわえ見ている訳が無い。
「まあ、残りの時間で俺達が持つ技能全てを教える事は出来たから、それだけは満足かな。 御剣、白銀の事を頼んだぞ」
「はっ!」
「もしかするとアイツは、双方の世界にとって本当に“特別”な存在なのかもしれない。 これまでのことを考えると、本当にそう思えるよ・・・」
そう呟いた孝弘は、廃墟の向こうに広がる海を名残惜しそうな表情で眺め続けていた。
2001年10月5日未明:苗村孝弘以下、機動自衛隊メンバー4名、電脳暦世界へ帰還。 以降は次の指令が下されるまで、富士駐屯地で待機となる。
10月6日:香月夕呼の元に、電脳暦世界に向かった武達から数式回収及び、ヴァルキリーズ全員分のメガドライヴの調達が完了したと報告が入る。 XG-70の横浜基地搬入完了。
同日:企業連、異世界への本格介入を開始。
アラスカ、ユーコン基地で実施中の新型戦術機開発計画『プロミネンス計画』に、電脳暦世界由来の技術導入を提案。 兼ねてより電脳暦の技術を欲していた各国は、即答に近い形でこの案を受諾。 技術監修はエムロード社、バレーナ社が中心となって行う事が決定。
また基地にて日本帝国、米国共同の『XFJ計画』に対しては、キサラギ重工と有沢重工が優先的に協力すると発表。
同日:霜月菫、GR-01“カイゼル”のデータをケイイチの下へ転送。 帰還直前にVクリスタルを原料とするVフライホイールを搭載した“オリジナル・メガドライヴ”による、リバースコンバート試験を予定。