・ PM12:05 電脳暦世界 日本国 東京都千代田区 国立量子力学研究所
「なるほど、それで私が作ったあの数式が必要なわけね」
「はい。 お願いします、岡崎教授」
研究所の一室にて、ケイイチがその部屋の主に頭を下げる。 その頭の先には彼より少し年上の女性、量子力学の権威である岡崎は少々渋るような仕草をした後こう答えた。
「あの式は、基本的な部分があるだけで全体としては未完成なの。 だから、今のままでは数式は渡せないわ」
「そうですか・・・ 数式の最適化には、どれ位かかりますか?」
「1週間、時間を頂戴。 それである程度完成に近づけて見せるわ。 後は、向こうの世界にいる香月って博士のがんばり次第って所ね」
そうケイイチに告げると、岡崎は研究者らしい不敵な笑みを浮かべる。 学会の中ではそれなりに名を馳せている彼女だが、その本名や素性は一切分からず、ケイイチでさえも『岡崎教授』と呼ぶしかない始末である。
それでもケイイチはフーリエを作った際に用いた量子転送技術を彼女に請い、対する岡崎からは各種機材の調達や修理の依頼をされたりと、相互的に助け合っている関係なのは確かだ。
「さあ、後の事は全部私に任せなさい。 外で待っている子と一緒に、他にもやる事があるんじゃないの?」
「そうですね。 では教授、後はよろしくお願いします」
施設の外で待っている武の事を思い出したケイイチは、足早に研究室を後にした。
・ PM2:07 神奈川県横須賀市 国連軍横須賀基地
「ヨーロッパへ向かう?」
「数式の事はもう教授に頼んでおいたからね。 その間僕らは、新型戦術機の開発をするのさ」
数式の一件を岡崎教授に任せた後、即座に横須賀へとトンボ返りして来た2人。 その基地社屋の屋上にて、ケイイチが武に次の予定を伝える。
夕呼に渡す数式が出来上がるまで一週間、その間に武とケイイチはBETAの物量に対抗しうる性能を持つ戦術機の開発のヒントを、世界中jから集めて回らなければならないという。
ケイイチの持つ人脈の深さに感心しながら、武は詳しい話を聞きだす。
「ヨーロッパって事は、ケイイチさんはそこに心当たりが?」
「うん。 君と同じ境遇の人がアイスランドにいてね、その人に協力してもらうのさ」
「俺と同じ境遇? それってどういう・・・」
「それは行けば分かるよ。 さて善は急げ、早速現地へ行くよ!」
ケイイチの一言に、武はその意味を直ぐには理解できず首をかしげる。 そうこうしている内に現地へ出発となり、そして武はケイイチの言葉が本当であった事を思い知らされる。
マブラヴ 壊れかけたドアの向こう
#20 雷翼
・ PM8:54 アイスランド レイキャビク近郊 国連軍基地 滑走路
「そろそろか・・・」
寒風吹き荒ぶ中、滑走路に立つ一人の女性士官、セネス・クロフォードはそう呟きながら夜空を見上げる。 横須賀から入ったケイイチの連絡から約6時間、そろそろ彼らの乗るマイザーがここへやって来る筈なのだが、依然として彼女の目には星の海で瞬く星しか見えていない。 骨折り損かと社屋に戻ろうかと彼女が思ったその時、端末に管制官からの連絡が飛び込んでくる。
『少佐、サギサワ大尉の機体を確認しました。 着陸許可を求めていますが・・・』
「彼に伝えてくれ、『貴官の来訪を心より歓迎する』とな」
そう管制官に伝えた後、セネスは星空の彼方を眺める。 そして甲高いコンバーターの駆動音と共に、武とケイイチを乗せたマイザーナブラがガイドライト煌く滑走路に降り立った。
・ PM9:21レイキャビク近郊基地 中央ブリーフィングルーム
「・・・と言うわけで、今回僕達らに協力して貰うセネス・クロフォード少佐だ」
ケイイチに紹介してもらったセネスの顔を見て、武は本当にこの人が女性、いや人間であるか疑ってしまう。 彼女の中性的な顔立ちや体格、更には制服に男性用のボトムを着用している。
そして白人より白く、まるで生気の無い肌や髪の色。 そんな武の心境を読み取ったのか、セネスは武に問い質す。
「どうした? 私の顔に何か付いてるのか?」
「い・・・いいえ! そうではありませんが・・・」
「気にするな。 私と初対面の人間は、皆お前のような顔をする。 私の肌と髪の色は、生まれつきのもの。 いや、“蘇った”時のものか・・・」
そう言いながら過去を振り返るような表情をするセネスに、武は何か彼女と通じる
物があると感じた。
「サギサワ大尉、しばらく白銀中尉と話したい。 すまないが暫く席を外してくれないか?」
「分かりました、部屋の外にいるので終わったら言ってください」
セネスにそう促され、ケイイチはやけに素直に部屋を出て行く。 もしかしたら彼は、自分とセネスをあわす為にこの地を訪れたのかもしれない。
「(もしかして、少佐は・・・!)」
そう武が悟ったその時、セネスは己の記憶が持ちうる、すべての思い出を武に語り始めた。
私は、電脳暦世界の人間ではない。 それが話しの最初に、セネスが武に告げた一言だ。 そして彼女自身、真っ当な生まれ方をしていない人間だという。
彼女の居た世界は“ヴァスティール”と呼ばれる、冥王星軌道で回収された異性人が作ったであろう兵器。 それを解析したオーバーテクノロジーによって、繁栄の絶頂にある世界で暮らしていた。
「“ヴァスティール”から得られたオーバーテクノロジーは、それは凄いものばかりだった。 0/1相転移エンジン、モノポール超導体理論、時空ポテンシャル連結理論。 それまで人類が知りえなかった技術を用いて、私は“死ねない兵士”としての道を歩む事になった・・・」
エースパイロットの思考と記録をトレースし続け、本人が戦死した時点でクローンを培養してその者を蘇らせる技術。 セネスもまた軍でそれを志願した者の一人であり、オリジナルの彼女は当の昔に戦死し、現在は2回目の再生を得たクローンの身体なのだという。
「どうして私がこのような肌の色をしているのか、分かっただろう?」
「オーバーテクノロジーを用いても、クローニングは完璧では無い・・・?」
「未知の技術を手に入れて、少し弄くっただけで制御出来たと驕るのは人間の業なのかもしれない。 そして私がいた世界の西暦2150年、全てが始まった・・・」
そしてセネスが居た世界でも電脳暦世界と同様に、人類が手にしたオーバーテクノロジーを発端とする戦いが始まった。 ヴァスティール・テクノロジーを解析する為に生み出された人工知能“ガーディアン”が、自ら生み出した兵器群と共に突如として人類に対し宣戦布告をして来たのだ。 電子機器を操るガーディアンの能力と戦力により、最初の戦役にて人類は総人口の1/3の犠牲者を出してしまう。
「自ら生み出した罪は、自らの手で償うしかない。 絶望的な状況の中、私は第222特殊部隊“サンダーフォース”の部下達と共に、ガーディアンを破壊する作戦に出撃した」
セネスの口から語られる、彼女自身が体験した戦いの話を、武は食い入るように聞いていた。 ガーディアンの拠点である人工島“バベル”への突入。 宇宙での追撃戦とヴァスティール・オリジナルとの対決。 ガーディアンの居城である戦艦『ジャッジメント・ソード』中枢への突入と、ガーディアンとの邂逅。
そうして全ての戦いを乗り越え、大破した機体と共に宇宙を彷徨うセネスにガーディアンからの最後のメッセージが送られる。
「ガーディアンは、ヴァスティール・テクノロジーを手に入れた人類が、その力に溺れて自ら滅びの道を歩むのではと危惧していた」
「じゃあガーディアンは、人間にそれを捨てさせる為に自ら悪者を演じたということですか!?」
「今考えれば、シロガネ中尉のいう通りなのかもしれないな。 事実、あれだけの戦いを行った地球圏には、ヴァスティール・テクノロジーは痕跡程度の物しか残らないだろう」
そして最後のヴァスティールの欠片であるセネスの機体にも、再び人類の手に渡らぬように封印を行わなければならない。 セネスは機体のシステムと共に人工冬眠に入り、行く先も分からず宇宙を眠りながら放浪し続けた。
そうしている間に何時しか時空を越え、ダイモン戦役が終わった直後の電脳暦世界に流れ着き、MARZに保護される。 機体と共に保護されたセネスは、機体に秘められた技術を守らせてくれと頼んだ。
そうしてセネスの願いを受け入れたMARZ司令部は、再び発足した国連軍にセネスを在籍させ、電脳暦世界で広まるであろうヴァスティール・テクノロジーの監視を任命した。
「結局、私はガーディアンの願いを叶える事は出来なかった。 だが過ちを繰り返さないように、ヴァスティール・テクノロジーを拾ったこの世界の行く末を見守る。 それが、私に与えられた使命だと感じているよ」
「使命ですか・・・」
全てを語り終えたセネスに対し、武はどのような言葉を掛けたら良いか分からなかった。 同じ時空を越えた者の間に、ここまでの差があるとは。 前の世界でも仲間が支えてくれた自分とは違って、彼女はずっと一人で幾度となく戦火に身を投じ、そして今も彼女だけの戦いを続けているのだ。 そんな武の哀れむような顔を見て、セネスは笑顔を見せながら武に言う。
「中尉、たった一人で宇宙を彷徨い続けた私が、こうして笑顔を見せていられると思う?」
「自分の運命を、受け入れたからですか?」
「ああ。 そうで無ければ私はとうに自分を見失い、壊れていただろうな」
そう自信無く答える武に、セネスは笑顔のまま頷く。 武自身、“前の世界”に飛ばされた当初は現実を否定し、ひたすらそれから逃れようとしていた。
だが、ひとたびそれを認め受け入れた途端、彼は類まれなる素質を持った戦士としての道を歩み始めていた。 そして今度こそあの世界を救いたいという一心で、多くの仲間達に支えられてここまでやって来た。 あのシリンダーに封じ込められた脳が、純夏だったという受け入れがたくも残酷なる真実。 逃れる事の出来ない現実を突きつけられ、自分はまた逃げるのか。
「(いや、俺はもう逃げる気は無い・・・!)」
そう心の中で呟いた後、武はニヤリと口元を緩ませる。 あの世界を救う、それが自分に与えられた使命。 BETAの牢獄に捕らえられている純夏を助け出す、それが自分に与えられた宿命。
それを実現するには更に多くの人々の協力を請い、強大な戦力でBETAや人類を相手にしなければならない。 武がそう考えを巡らせていたその時、セネスは懐から何かを取り出しそれを武の手のひらに乗せる。 それは、何らかのデータが入っているだろう、光学ディスクが収められたケースだった。
「少佐、これは?」
「私がこの世界に来て研究を始めた、無人機に関するデータだ。 向こうの世界では、それが一番必要になるだろうと大尉が言っていたからな」
30年以上BETAと戦い続けている向こうの世界では、総人口約10億にまで激減している。 人類がBETAに対抗しうる戦術機、それに適応出来る人間や衛士に対する 教育や鍛錬には多大な時間がかかり、なによりBETAの物量の前ではその数は風前の灯に等しい。
そこでケイイチは戦術機の操縦を、AIに任せてしまおうと考えた。 そう、彼はXMシリーズとそれに対応する戦術機の開発と同時に、戦術機の無人化を推し進めようと画策しているのだ。 その技術の根源は、他でもないセネスがいた世界の物、すなわち“ヴァスティール・テクノロジー”に他ならない。
だがBETAが生体タイプの機械であるという菫の仮説がある以上、BETA各個体を統括する上位のBETAに無人機のコントロールを奪われるという可能性も否定できない。 それは、元居た世界にて“ガーディアン”にコントロールを乗っ取られた無人兵器達と戦った経験を持つセネスが、一番危惧していることだった。
「ケイイチさんも、この事を?」
「自ら人工知能を作り上げてしまう程の彼なら、もう気付いているだろう。 確かに無人化を行えば、向こうの世界で行われている戦いがより楽になる。 だがどんな状況や困難でも、必ず打ち勝ち乗り越える力を持つのは、他でも無い人間だということを忘れるな」
「はいっ!」
セネスの忠告に、武はディスクを手にしたまま敬礼で答える。 そして武達はセネスが手配してくれた部屋で、一夜を明かした。
・ AM10:03 レイキャビク近郊基地 第1演習場
「どうした? 君の実力はその程度では無いだろう!」
「くっ、なんて速さだ・・・!」
演習場に響き渡る轟音と共に、武が乗るテムジン747Aが尻餅の体勢で地に付く。 HMD越しに見える武の眼前には、セネスが駆る既存の機種と全く異なるシルエットを持つ機体が槍のような兵装を向けている。
レーダーにはただ『PHOENIX』とだけ表記されている光点が彼女に居る場所に表示され、はたしてあの機体をVRと分類しても良いのかと武は距離を取りながら思う。
そもそも何故この2人が模擬戦を行っているのか? それは早朝、セネスが朝イチで武に模擬戦を申し込んだからなのだ。 当然階級が下である武に断る権利などあるわけが無く、何より今回の模擬戦をセネスが申し込んだのも、武が真にその技術を渡すに相応しいのか見極める為だった。
武の動向に対し、セネスのPHOENIXは再び槍を武機へ向ける。 その先端は銃口らしき開口部があり、その内部は光り輝くエネルギーの塊が今にも飛び出さんとしていた。 武はスライプナーMk6を、ニュートラル・ランチャーモードでバースト射撃。
セネスの照準を乱すための牽制として放ったが、それを嘲笑うかのようにセネスのPHOENIXは右にあるシールドらしい円盤、そこから発生させたフィールドで荷電粒子の弾丸をいとも簡単に防いだ。
「ちっ、攻防一体の装備って訳か!」
槍の先端から次々に放たれる光子の噴流を回避しながら、武はセネスの機体に対し愚痴を漏らす。 光線級が放つレーザーとは明らかに異なる、ラグタイム0の収束レーザー照射。 実戦出力ならばライデンのレーザー以上の威力を持つであろうそれを、武はVRの機動力とMSBSの即応性に物を言わせて、ギリギリのところで避け続けている。
加えて牽制射撃をあっさり受け流したシールド。 どちらもこの世界とは違う、彼女が元居た世界の技術、“ヴァスティール・テクノロジー”を用いて作られているのは間違いない。
『封印を解いてしまった者は、いつか再びそれを封印しなければならない』 もし“ヴァスティール”の技術がこの世界で暴走した時、自らの命を持ってそれを葬り去る覚悟がある。 セネスの覚悟に気付いた武は、スライプナーの切っ先を向けながら無意識に叫んでいた。
「俺にだって、あの世界に守りたいものや譲れないものがあるんだ!!」
「そうか・・・ ならば私に勝ち、その先へ進んで見せろ!!」
武はスライプナーをブリッツセイバーモードへ移行。 銃身に荷電粒子の刃が形成され、青白い光を放つ。 対するセネスもPHOENIXが装備する槍のような装備を翳し、光子で構成された刃が放電と雷鳴と共に砲身を包み込む。
それはもはや槍ではなく、巨大な剣と呼べる物だった。 セネスのPHOENIXが雷の剣『サンダーソード』を持ちながら突きの体勢で構え、武のテムジンもスライプナーを大きく振りかぶる。 泣いても笑っても、勝つか負けるかはこの一撃で決まる。 そして、セネスのPHOENIXが全速力で武のテムジンに迫った。
「はああああっ!!」
「うおおおおおっ!!」
距離計の数値が急激に減り、それに伴ってPHOENIXの機影が徐々に大きくなる。 迫り来る相手、振り下ろされる刃。 模擬戦といってもそのどれもが自分の機体を狙い、実戦であればその命を狩り取ろうとしているのは間違いないのだ。
そしてそれから逃れる術は唯一つ。 相手の攻撃を受け流し、必殺の一撃を相手に叩き込むしかない。 演習場に巻き起こる旋風、交差する剣。 そして一瞬の閃光の後に、ギャラリーの目に映ったのは腹部にセイバーの一撃を貰い崩れ落ちるセネスのPHOENIX。 その傍らにはサンダーソードが左肩に突き刺さり、力無く立ち尽くす武のテムジンの姿があった。
・ PM13:00 レイキャビク近郊基地 飛行場
「待ちたまえ、白銀中尉!」
「クロフォード少佐? おっと!」
模擬戦後、この基地を去るべくマイザーナブラが待機している滑走路へ向かう武に、セネスが声を掛ける。 後ろを振り向くと、彼女が何かをこちらに向けて投げるのが見えた。 反射的にそれをキャッチした武の掌には、昨日手渡されたディスクとは異なるデータチップ型の記録媒体があった。
「少佐、このチップは?」
「君は模擬戦で私に勝った、そういう事だ」
「ですが少佐、あれは俺が勝ったとは思えません・・・」
手渡されたチップを再度確認しながら、武はあの模擬戦が自分の勝利だったのか疑問を抱いてしまう。 あの模擬戦の終了時、互いに割り当てられた耐久値は双方共に0%。
早い話引き分けという結果至った訳なのだが、それに対して自分に褒章を与えるセネスに武は不思議でたまらなかった。
「終了時の被弾個所を思い出してみろ。 私はコクピットがある腹部に、君は左肩に攻撃を受けた」
あの時セイバーの刃が実戦出力ならば、PHOENIXのコクピットに居るセネスもろとも、機体の脇腹を抉っていただろう。 そしてセネスは、こうも付け加えて武に言った。
「それに、あの時フィールドに立っていたのは君のテムジンだ。 地に跪いた私に、勝者と呼ばれる所以も気品も無い」
セネスも戦士の端くれだけに、戦闘や勝敗に関しては彼女なりの流儀があるのだろう。 彼女の言葉を素直に受け止めた武は、セネスの思いが詰まったチップをグッと握り締めながら答えた。
「ありがとうございます少佐。 このデータ、大切に使わせて頂きます!」
「例はいらないよ。 さあ行け。 守りたい者が、君にも居ると言っていただろう?」
「はいっ!」
セネスに別れの敬礼をし、武はケイイチが待つマイザーナブラの元へ向かう。 そして、セネスを初めとする基地の将兵達が見守る中、武とケイイチを乗せたマイザーナブラが、天空の彼方へと飛び去って行った。
「あのクロフォード少佐相手に勝つなんて、流石白銀君だね」
「本当の意味で勝てなかったのが、唯一心残りですけどね」
レイキャビク基地に別れを告げて早1時間、2人はイギリスへ向けて大西洋の空を飛んでいる。 その最中、武はセネスから受け取ったデータチップの事をケイイチに伝えると、早速それを見てみようとケイイチは言い出したのだ。
「えっ、今ここでですか!?」
「僕の機体に不可能なんて無いさ。 さあ、早くデータチップを渡しておくれ~」
目を輝かせるケイイチに促され、しぶしぶデータチップを渡す武。 データチップは携帯端末の記録媒体として用いられているタイプの為、セッティングは難なく行われる。 武が座る後部座席、そこに設けられたモニターに内容が表示されると同時に、ケイイチが歓喜の声を上げた。
「これは凄い! 少佐も太っ腹な事をするもんだ!」
「俺が貰ったコレって、そんなに凄いんですか?」
「凄いも何も、少佐が以前から研究していたVコンバーターに代わる動力源の実証データだよ! もう完成させていたなんて・・・!」
興奮冷めやらぬケイイチはしばし放置しておく事にして、武は自分がモニターに映し出されるデータを再度眺める。 モニターには先程の模擬戦で、セネスが乗っていたPHOENIXの後ろ姿。 そしてその背中にはどの世代のVコンバーターと形状が異なる円筒形の装置が、機体とは別の色で強調して表示されている。 これがケイイチの言う、Vコンバーターに代わる、新たな人型兵器用の動力源なのだろう。
“メガドライヴ”。 それがセネスのPHOENIXに搭載されていた、Vコンバーターとは全く異なる動力源の名前だった。 Vコンバーターに内蔵されているVディスクに機体のデータを書き込み、強大な負荷を掛ける事で具現化する現象“リバース・コンバート”を用いて生み出されるVR。 正に魔法と言える手法で製造され、慣性制御を初めとする既存の兵器を圧倒する性能を持つ人型兵器だ。
だがPHOENIXの場合はその限りではなく、既存の技術を用いて建造された機体に、メガドライヴが装着されているという。 そしてPHOENIXと相対した武は、この装置が持つ機能にすぐに気付いてしまった。
「まさか、メガドライヴの機能って・・・!」
「『既存の技術で建造された人型兵器に、VRの特性を付加する装置』・・・と言った所だろうね」
VRでない人型兵器が、VRと対等に渡り合える力を持たせることの出来る禁断の筒。 もしこれが戦術機に搭載されたとなれば、その力を用いてBETAに一矢報いる事が出来るかもしれない。 だがそれは電脳暦世界と向こうの世界のパワーバランスを乱し、新たな争いの火種に繋がるかもしれない。
救いか滅びか、自分の選択で、二つの世界はどちらかの道に進んでしまう。 そんな事を武が心配していると、データを漁っていたケイイチが何かに気付く。
「白銀君、これって君に当てたメッセージじゃないのか?」
「えっ・・・?」
ケイイチの声と共に、モニターに映し出されるメッセージ。 それを読んだ瞬間、さっきまで武が抱えていた悩みが一気に消え去った。 おそらくあのデータを見た自分がこうなる事を予測して、セネスがこのメッセージを入れてくれたのか。 今となってはもう分からないが、最後まで自分を支えてくれた彼女に、武は感謝の念を抱かずには入られなかった。
「さあ、急いでペリリューへ帰ろう! この一週間、最後まで忙しくなりそうだ!」
「はいっ!」
- 人よ、戦士よ、あなたの前に祝福を・・・ -
人類の守護者にして、殺戮者たる機械が最後に残し、その遺志を受け継いだセネスの言葉を心に抱き、武は霞達が待つペリリュー基地への帰路へ付いた。