- 時を、少しだけ遡る。 クーデターが終息し、悠陽が帝都へ戻った頃の時間に・・・ -
どれ程の時間が経過したのだろうか。 戦闘による銃砲の演奏はとうに止み、跳躍ユニットの轟音さえ聞こえない。 装甲はズタズタに切り裂かれ、各種部位はもはや原型をとどめていない1機の戦術機が、静寂が戻った伊豆の山中にその骸を晒している。
「どうやら私は、死神にすら拒まれたようだな・・・」
火花燻る管制ユニットの中で、シートに体を預けている沙霧がぽつりと呟く。 神の加護か悪魔の悪戯かは分からないが、あれだけの銃撃を受けたにもかかわらず生存していたのだ。
しかし生きていたからといって、もう彼には帰る場所も無い。 それに致命的なものではないものの、手傷を負っているのは確かだ。 このまま愛機の不知火と共に朽ち果てようかと、沙霧が思っていたその時だった。
『まだ死んでないわね? 沙霧大尉!』
「(女の声?)」
銃撃によって空いた隙間から、自分に向けて外部スピーカーで呼びかける女性の声が聞こえてくる。 もうこの国にとって用済みである自分に、何の用があるのかと沙霧が考えていると、突如期待が大きく揺れる。
『通信が使えないのかしら? 仕方ない。 月詠中尉、手を貸してくれますか?』
『無論だ。 巴達は散開して周辺警戒に当たれ。 我々以外の誰一人、このエリアに入れるな!』
『『『はっ!』』』
どこかで聞いた声が僚機に指示を出すと同時に、機体の揺れは徐々に大きくなる。
そして金属がひしゃげ千切れる音と共に、目の前に無い筈の外の風景が広がっている。 こじ開けられた不知火の前部ハッチから、淡く輝く2機分のメインセンサーの燐光が沙霧の目に入った。
「やっぱり生きてた! 月詠中尉、傷の手当てをするから降車の準備して!」
額から血を流しつつも、呆気にとられた沙霧の顔を確認した少女、秋月椿はさも嬉しそうな声を上げたのだった。
マブラヴ ~壊れかけたドアの向こう~
#7.5 幕間
「一体何のつもりだ? 私を助けた所で、何の特にもならないというのに・・・ぐっ!」
「何時までもグチグチ喋らない! そして動かない!」
予め持ってきた救護セットを使い、強化装備姿の椿が沙霧の手当てを行う。 傍らでは斯衛軍の衛士である月詠真那が椿の手助けをし、更に周りでは彼女の部下である神代、巴 、戎の3人が乗る白い武御雷が周辺の警備に当たっている。
「(月詠中尉も来ているとは、この小娘は何者だ・・・?)」
満身創痍の自分の前に突如として現われ、真那と共に介抱してくれている椿に沙霧は淡い興味を抱いた。 逆賊となった自分を殺す訳でもなく、かといって政府に引き渡すつもりも無いらしい。
「まったく! 貴方のお陰で、あと少しだった殿下との交渉が中断されちゃったじゃない!」
「交渉・・・?」
「ええそうよ! まあ、大凡の事は話し終えちゃったから、そう気にするほどじゃないけどね」
蜂起する前に異世界の日本から使者が派遣され、政府首脳および悠陽と会談を行っていると聞いたが、その人物が悠陽と同い年くらいの娘だったことに、沙霧は驚きを隠せないで居た。
「月詠中尉もいるとは、逆賊となった私を討ちに来たのか?」
「私は椿殿の付き添いでここにいる。 別に大尉を討ちに来た訳でも、責めるつもりも無い」
同じ日本を愛するもの同士でも、行く道を違えばこうも変ってしまうのか。 治療が終わり、持参した医療用シートに横たわる沙霧を見ながら真那は思った。 未だに残る痛みに耐えながら、沙霧は自分を助けた理由を改めて椿に尋ねる。
「もう一度聞く、何故私を助けた?」
「う~ん、一つは殿下との約束を守るためね」
「約束だと?」
「ええ。 クーデターの首謀者となれば、確保された後に死ぬのは目に見えている。 それなら生きている内に、私が暮らす電脳暦の世界へ亡命させようと殿下は考えたのよ」
クーデターなどという大罪を犯し、鎮圧され捕まってしまえば首謀者である沙霧はその責任を問われ処刑される。 だが彼がBETAと戦う刃である戦術機の技量が1、2を争うほど高く、このような人材は他にいないと言われているのも確かなのだ。
「情報省のおじ様たちは、貴方が事を起こす前に捕まえるつもりだったらしいの。 でも私がこの世界に来たせいで、それが出来なかった・・・」
「せめてもの罪滅ぼし、それが2つ目の理由か?」
「いいえ、それは違うわ」
そう言いながら椿は立ち上がり、菊一零式にくるりと振り向きながら話を続けた。
「私が貴方を助けたもう一つの理由。 それは単純に、貴方に興味を持ったからかな?」
「興味だと?」
「殿下の言う通り、確かに貴方は日本を愛するが故に、クーデターというとんでもない方向へと道を進めてしまった。
私はそこまで日本に・・・殿下に対して純真になれた貴方が、とても羨ましく思うの」
何故羨ましいだと沙霧が聞こうとしたが、椿が最後に見せた寂しげな表情を見て思い止まった。 同じ民族、同じ国家だからと言って、政情や国民性まで全く同じとは限らない。 彼女も異世界の日本で生まれ暮らし、そうした深く黒い内面も見てしまった一人なのだろうか。
ましてや自分と違って椿は女性だ、絶対的な発言力や権限では男性に打ち勝つ事は難しく、それで味わった苦しみも多いだろうと沙霧は思った。 秋の風に促されて彼女の紅く長い髪がふわりとなびく。 そして沙霧の方に向き直った椿は、彼に手を差し伸べながらこう告げた。
「だから私と共に来て。 貴方がこの世界で出し切れなかった勇気を、私に分けて欲しいの!」
自分はこの国を窮地に陥れた反逆者、もう必要とされていない筈だった。 だが彼女は自分を、沙霧尚哉という人間を心の底から欲している。 それに気付いた時、沙霧は彼女の手を力強く握っていた。
「いいだろう。 殿下への忠義、しばらくの間貴様に預ける!」
この世界を離れ、遠き異界の地へ赴く事が決まった沙霧の姿を見て、真那は彼に生きる目的が出来た事に少なからず安堵した。
「(次に会う時は、共に背中を合わせて戦う時だ。 沙霧大尉・・・)」
しばしの別れを噛み締めながら、真那は星が瞬く夜空を見上げた。
2001年 9月13日:日本帝国、異世界の日本との交渉終了。 同日中に特使が異世界に帰還する。 (特使と共にクーデター首謀者である沙霧尚哉大尉、極秘裏に異世界へ亡命)
・ 9月14日 AM9:12 横浜基地 食堂
「『プロジェクト・バルジャーノン』?」
「XMシリーズを作る前、君が『戦術機バルジャーノン化計画』って言うのを話していたと、香月博士から聞かされてね。 新型機の開発もあわせて、正式なプロジェクトとして始める事にしたんだ」
「技術大尉に感謝しろよ白銀? 貴様が編み出した新OSが、早く世界に広まる事になるんだ」
クーデター事件も表面上は一段落し、平穏が戻りつつある横浜基地。 その食堂にて武、ケイイチ、みちるの3人がテーブルの一角を占拠し、外から見るには何やら妖しげな話を行っている。
「俺のOSが、世界に・・・!」
「貴様だけじゃないぞ。 私達A-01の皆で作ったOSが、BETAを駆逐する原動力になるかもしれないんだ」
「それに最初に言った通り、VRの技術を使った戦術機の開発も同時にやるんだ。 あのXMシリーズの機能を最大限生かすには、それなりの性能を持った機体が必要だからね」
戦術機の操作性を大幅に上げる次世代OS、XMシリーズは確かに画期的だ。 だが既存の戦術機で出来るのは、性能の底上げ程度が限界だという。
ならばXMシリーズの搭載を前提に新規設計した機体ならば、驚異的な性能を発揮するとケイイチは考えているのだ。
「そういえば伊隅大尉、オルタネイティヴⅣの内容は香月博士から聞かされてますか?」
「すみませんサギサワ大尉、それについては絶対に他言無用と副司令から釘を刺されているんです」
極秘の計画だから当たり前か。 みちるにオルタネイティヴⅣの説明をあっさり断られたケイイチは、粗末なパイプ椅子に体を預けながら周りを眺める。
まだBETAがそう呼ばれる前に計画されたオルタネイティヴⅠ。 BETA大戦が始まり、彼らの生態調査を行ったオルタネイティヴⅡ。 ESP能力者を用いて、BETAの思考を読み取る試みが行われたオルタネイティヴⅢ。
これまで3つの計画が行われたものの、どれも満足な結果を出せずにいるオルタネイティヴ計画。 その4段階目であるオルタネイティヴⅣは、夕呼の指揮の元に行われている。 女狐と陰口を言われる彼女が、どのような計画を推し進めているのか。 ましてや武もその計画の最重要項目に位置づけられているらしく、彼が見たというシリンダーに入れられた脳髄も関係しているのだろうか。
「(結局、あの気まぐれ博士が話してくれるのを待つしかないか・・・)」
ぬるくなり掛けた合成緑茶が入った湯飲みを手に取り、声に出さずに夕呼に毒づきながらケイイチは溜め息を吐いた。
・ 横浜基地 地下19階 ケイイチの部屋
自室に戻り、脇目も振らずにデスクにある端末の電源を入れるケイイチ。 システムが立ち上がった端末の前に座り、キーボードを黙々と叩き作業を始める。
「(BETAの最大の脅威は無限とも思える物量、伊隅大尉はそう言ってたね・・・)」
食堂を去る間際、みちるが告げた言葉をケイイチは思い出す。 現在確認されている8種類のBETAの能力は、対処法をきちんと知っていればそう恐ろしい相手ではない。
だがいくら銃でミンチに仕立てようが、剣でスライスしようが、クラスターで粉微塵にしようが、気化弾頭で吹き飛ばそうが、核で焼き尽くそうが一向に減る事の無いその数。 ハイヴから無限に出現し、地平線を埋め尽くすほどの物量がBETAにとっての武器なのだ。
かなり大雑把な言い方だが、互いに使う兵器の性能が同じ場合、数の多い方が必ず勝利するという“ランチェスターの法則”というのがある。 だが人類側の戦力数は絶対的に少なく、このまま従来の消耗戦を行っていれば人類滅亡は確定だろう。
「となると僕らの世界の技術を使って、この世界の戦力を徹底的に増強させるしかないのか・・・」
第2次世界大戦におけるドイツ軍は、圧倒的な性能を持つ兵器を開発するというコンセプトを持っていた。 所謂『一騎当千』の考え方であるが、物量に勝る連合軍側に徐々に押し戻され、結局は敗北という末路を辿っている。
ならばVRを始めとする電脳暦世界の技術を用いて、この世界の戦力を驚異的に向上させようとケイイチは思っていた。 それこそ『英雄』と呼ばれて久しいMARZの戦士、チーフが異世界で目撃した、勇気ある者達が駆る巨人達の様に。
「(それに僕達はそれを実現できる扉を開く、カギを既に持っているしね)」
そう心の中で呟くケイイチの口元が緩み、キーボードを打つ指をピタリと止める。 バックライト特有の輝きを放つモニターには、計画の概要と戦術機らしい兵器が表示されていた。
PROJECT VALGERN-ON PLAN#01
CODE NAME:Kaiser...
次回に続く・・・