・ 9月11日 AM5:31 帝都某所
「集まったのはこれで全員か?」
「はっ、他の者は大尉の合図に呼応すると答えました」
夜の闇が晴れつつある帝都の片隅で、数多くの者達が一人の男の前に集まっている。 彼の名は沙霧尚哉、帝国本土防衛軍帝都守備連隊所属の衛士である。 日本の現中枢である帝都、東京を守るべき衛士の筆頭である彼が、なぜこのような場所で部下達を呼び集めているのか? これからその理由が、本人の口から集まった者達に語られようとしていた。
「皆、私の我侭に付き合ってくれた事に、本当に感謝する。 先に始まった異界の者達との接触、帝国政府は煌武院殿下や国民の意思を伺う必要が無いかのように、即座に受け入れを表明した。 このような暴挙が許されて良いのか!?」
そのように沙霧が集まった者達に問いかけると、それに対する同意や政府に対する愚痴、彼に同調する声が沸いてくる。 その熱い志を感じた沙霧は、目尻に涙を浮かべながら彼らに答えた。
「有難う・・・! さあ、今こそ立とう。 我々が果たせずとも、後に続く者達を信じて!」
『おーーーっ!!』
沙霧の言葉に同志たちが雄叫びを上げ、行動を起こすべく散り散りにその場を去る。 その動向に気付く者は、その時には誰一人として存在していなかった。
・ 同時刻 横浜基地 B19エリア 香月ラボ
今まで何時間ほど熟睡した事があるのだろうか、そう考えながら夕呼はキーボードを叩き続ける。 ヨーロッパで始まった大規模な共同作戦、その見返りとして向こう側の連中が要求してきた戦術機のデータだった。
既にXM1は完成し、その後継といえるOS『XM2』の開発をヴァルキリーズも動員して行っている。 各国は向こうの兵器であるVRについて躍起になって解析しているようだが、所詮無駄な足掻きだと彼女は思った。
「(笑っちゃうわよね。 アレを使っている連中でさえ、その本質を完全には理解出来ないでいるっていうのに)」
もっともG元素というBETA由来の物質を用いた兵器を開発している自分達も、そういった意味では同じかという結論に、夕呼はタイピングを停めて苦笑する。 双方のパワーバランスは始めから決まっているような物だし、余程のバカではない限り迂闊に手出しする事は無いだろう。
「(もっとも、そうなった場合は一方的な虐殺が待っているわね・・・)」
そのようなバカが現れないよう祈りながら、夕呼は今後のプランをキーボードで書き綴る。 こちらの技術で作れるような物はさっさとパクってしまい、基地全体の戦力の底上げを図る。 そして鎧衣を通してオルタネイティヴ4完遂に必要な機材を米国から取り寄せて、頼みの綱である00を完成させる。
ここで夕呼は、00ユニットの素体について考えを馳せる。 この横浜を取り戻した明星作戦の後、自分がいる最下層のエリアで発見された、シリンダーに閉じ込められた人間の脳髄達。 その中でひとつだけ生体反応を放っていたのが、霞が度々立ち寄る部屋にあるシリンダーの脳なのだ。 そして彼女によるリーディングの結果、ある重大な事実が霞の口から知らされる。
-あの生きている脳は、ある人物を呼んでいる-
それが異世界からきた男である白銀武。 更に彼は、この世界と同じ状況だった前の世界で、ある人物を探していたという。
鑑純夏。 リーディングによって判明した、只一つ生きていた脳の名前。 更に自分は彼女を使って00ユニットを完成させなくてはならない。 鬼になり人類の未来のために計画を遂行するか、それとも人間のまま指を咥えながら地球が滅ぶのを待つのか。 葛藤に苦しむ夕呼の耳に、けたたましい警報音が入り込む。
<デフコン2発令! 基地の要員は速やかに持ち場に着き、指示あるまで待機せよ! 繰り返す・・・>
「あ~まったく! 言った傍から、もうその馬鹿が現れるなんて!」
そう吐き捨てながら夕呼は白衣を翻し、中央司令室へ足早に向った。
2001年9月11日AM6:00 :日本帝国、沙霧尚哉率いる部隊が決起。 電撃的奇襲により、各中枢機能を掌握。 榊首相以下、官僚達を拘束。
同日 AM7:04 :米国、日本帝国でクーデター発生を察知。 直ちに第66戦術機甲大体を始めとする鎮圧部隊を横浜基地に向け派遣する。
同日 AM7:43 :横浜基地、米軍受け入れを検討開始。 同時期に仙台臨時政府発足。 国連に援助要請。
マブラヴ~壊れかけたドアの向こう~
#14 反乱
・ AM7:51 横浜基地 中央司令室
「指令、遅くなりました」
「香月副指令か。 ピアティフ中尉、彼女に状況を説明したまえ」
「了解しました」
何時にも増して騒がしい司令室を訪れた夕呼に気付き、ラダビノッドは傍に居たピアティフに現在の状況の説明を頼む。 沙霧率いる決起部隊は既に帝都の主要施設を制圧し、城下町に戒厳令を敷いて完全に支配化に置いている。
このままの状態が長く続けば極東の防衛体制に大きな空白が生まれてしまう。 その隙を付いて米国を始めとする他国の介入が行なわれ、そうなってしまえばオルタネイティヴ4も取り潰されるかもしれない。 最悪のパターンを考慮しながら、夕呼は残る疑問についてラダビノッドに尋ねる。
「指令、フィルノートの連中は何か言ってきましたか?」
「いいや、横須賀にいるフィルノートを初め、電脳暦側の軍は沈黙を守っている。 巻き込まれるのを嫌っているのか、それとも我々が声をかけるのを待っているのか・・・?」
依然として異世界側の反応が無い事に唸るラダビノッドを見ながら、夕呼は今後自分達がどうのように立ち居振舞うべきかを考えていた。 特にこの横浜基地は、武を始めとする異世界の人々が少数ながら生活している。 今回のクーデターで、敵意の矛先が彼らにも向けられないとも限らない。
それに左近の情報によれば、帝都城には向こうの日本からやって来た使者が滞在中と聞く。 決起した連中の理由が将軍の事を重んじてとなれば危害は加えないと思うが、過信するのは危険だ。 今出来る事を行なうべく、夕呼はラダビノッドに進言する。
「とにかく今は事情を彼らに説明して、早期解決に協力してくれるよう進言しては如何でしょうか?」
「そうだな、フィルノートに直接回線を開け! 大至急だ!」
ラダビノッドの言葉に、オペレータ達は大急ぎでフィルノートへの連絡を取り始める。 その間にも更新されてゆく戦況モニターを、夕呼は鋭い目線で睨み付けていた。
・ AM8:04 横浜基地 第6ブリーフィングルーム
「・・・と言うわけで、今回のクーデター事件が俺達207小隊の初陣になってしまった。 ここからはA-01隊長の伊隅大尉と神宮司軍曹から説明してくれるので、良く聞いておいてくれ」
『はいっ!』
武の簡潔に言い終えた後、207メンバーの返事が一斉に彼の耳に入る。 最初はまりもによる状況説明が始まった。
既に政府の各施設を制圧した決起部隊はその範囲を広げようと、戦術機まで用いて首都圏に点在する帝国軍各基地に対し攻撃を開始。 決起部隊の気迫に押され、帝国軍側はジリジリと追い詰められている。
また帝都城では斯衛軍が鉄壁の防御を固めているものの、一触即発の状態で何時戦闘が始まっても可笑しくない。 そこまで聞いた時点で榊が、曇った表情でまりもに質問を投げ掛ける。
「軍曹、拘束されたと聞く閣僚達の身柄はどうなっていますか?」
「仙台臨時政府の発表によると、東京拘置所にてその身柄を拘束されているようです」
父が事実上の軟禁状態にあることを知り、俯いた状態のまま榊は何も話そうとしない。 元から仲が悪いとは言え、やはり血を分けた親子なのだなと感じながらまりもは感じた。
そして途中からまりもに代わり、今度はみちるが今後の行動についての説明を始める。
「そういった事情から、貴様ら207小隊も出撃の可能性がある。 初めての実戦と言う事になるが臆する事は無い。 貴様らに与えられる任務は極簡単な物だし、我々A-01以外のエスコートが付いているしな」
それに加えて、フィルノートを始めとする異世界の助っ人も居る。 これだけの人員が自分達をサポートしてくれる事に、207の衛士達は彼らの施しに感謝するともに己の未熟さを噛み締める。
「作戦の詳細は、今後は私か神宮司軍曹を通じて伝えられる事になる。 貴様らはこのブリーフィングが終了次第、完全装備の上待機するように。 以上、解散!」
時間も切迫している。 みちるはそれだけ言うと解散の号令を告げて武達を連れて部屋を去り、冥夜達も強化服の着用のために足早に更衣室へと向った。
・ AM8:31 横浜基地 戦術機ハンガー
「全機実弾装填急げ! サギサワ大尉!207の97式はどうします?」
「A分隊は換装が間に合わないからC装備で出そう! B分隊の97は変更無し、このまま実戦に出す!」
「了解!」
出撃に向け衛士や将兵達が気を引き締めている間、ハンガーでは一足先に戦場と化していた。 ハンガーに立ち並ぶ戦術機の足元やキャットウォークには、ガリバーを捕獲した小人よろしく整備員達が群がり、各機体の最終チェックを行なっている。
特に207小隊の吹雪に関しては、改造を行なったケイイチ自ら陣頭指揮を執り、万全の体制で臨んでいる。 そんな彼の元に、強化装備姿の武が声を掛ける。
「ケイイチさん、あの・・・」
「『こんな出来事、俺の記憶に無い』って言いたいんでしょ?」
「ど、どうしてそれを!?」
「君の顔にそう書いてあるよ。 それに僕らがこの世界に来た時点で、君の知る前の世界の記憶は殆んど役に立たなくなっただろうしね」
スパナをクルクル回しながら話すケイイチに、武は素直に頷いた。 確かに彼らが来た事で、この世界の人類が救われる可能性が高まったであろう事は確かだ。 だが、その強大な力を持つ彼らに対し、不満を抱く勢力や人物もこの世界に存在するのも間違いない。
事実今回の帝国で起こった動乱も、それに起因して発生した物であることは武も理解しているつもりだ。 先程まで器用にスパナを躍らせていた手を止め、真剣な面持ちでいるケイイチの口が開く。
「心配しないで、僕らの意地に掛けても207の皆を守るよ。 変な形で出会ってしまったけど、彼女たちも大事な仲間だからね!」
「ありがとうございます、ケイイチさん!」
万全のサポートを受けられる事に感謝し、武はケイイチに深々とお辞儀をする。 そしてこの直後、A-01及び207小隊に、遂に出撃命令が下った。
・ AM8:48 江ノ島近海 フィルノート VRカタパルト
「(厚木基地にクーデター部隊を確認、現地の帝国軍が交戦開始。 隊長達は箱根に警備任務へ出動が決定か。 いよいよね・・・)」
コクピットのコンソールに表示されてゆく戦況を眺めながら、菫は静かに出撃の時を待つ。 沙霧居率いる決起部隊の襲撃から逃れるべく横須賀を離れたフィルノートは、江ノ島近海で陣を張りつつ、横浜基地から来るであろう協力要請を待つ。
それさえあれば菫を始めとする実働部隊はこの海上を浮遊する鋼鉄の箱舟から一目散に飛び出し、窮地に立つ帝国軍の将兵達に手を差し伸べる事が出来る。 もう何時間もコクピットに缶詰にされている感覚に、菫は焦りと苛立ちがじわじわと込み上げて来るのを感じていた。
「(仕方ない。 もう一度、見直してみるか・・・)」
まだ出撃許可は当分下りない。 そう考えた菫は暇潰しよろしくコンソールを立ち上げ、乗機のステータスチェックを行なった。
MBV-747A/Mst-97 テムジン747A『霧積』。 それが今回、菫が乗り込んでいるVRの名である。
あらゆる戦況に応じて基本フレーム(テムジン747T)に装甲と武装を施すというテムジン747系の特長を生かして、標準機の747Aをベースにケイイチが菫のためにチューンした機体である。 その最大の特徴は何と言ってもその外観、機体各所に装着された装甲パーツのデザインだ。
そう、この機体は94式『不知火』のそれを元にしたデザインが施された装甲を装着し、戦術機のそれに外見を似せているのである。
「(戦術機に魅了されたのはいいけど、部下の機体を実験材料にしないでほしいわ・・・)」
ステータスに表示された機体のシルエットを眺めながら、菫は機体を改造した張本人であるケイイチに対し、憤りを通り越して呆れてしまう。 だがあの戦術機のデザインを再現した機体に乗れたことに、菫は感謝していた。 自分もまた、ケイイチと同じく戦術機に魅入られた人間なのだなと苦笑したその時、遂に発進許可を告げる通信がコクピットに流れてくる。
<横浜基地及び、仙台臨時政府の協力要請を受諾しました。 VRパイロットは直ちに出撃、クーデター派の襲撃を受けている厚木基地への救援に向ってください>
アナウンスが流れた瞬間、沸騰したかのように艦の各所や通信が慌しくなる。 発進シークエンスが再開され、定位リバースコンバート式のカタパルトが、静かな駆動音を上げながら菫の機体をフィールドで包み込む。
どうやら直接現地へ転送して、連中の出鼻を挫くつもりらしい。 それを理解した菫は、ツインスティックを握りしめながら管制室に向って声を上げた。
「ガントレット1、霜月菫・・・行きます!」
背部マインドブースターを輝かせ、菫のテムジンが戦場へと繋がる、虚空の扉を潜り抜けていった。
・ 同時刻 神奈川県厚木市 帝国軍 厚木基地
「くそっ! 同じ機体だというのに押されている!?」
「馬鹿な、これが本土防衛軍の実力・・・!」
そう相棒からの言葉が聞こえた直後、隣で奮戦していたF-15J『陽炎』の脚部が爆ぜ、黒煙を上げながら地面に転倒する。 僚機を失い、残った94式『不知火』は怒涛の勢いで攻めて来るクーデター派の衛士達が駆る戦術機達に対し、そのプレッシャーに押されながらも奮戦していた。
同じ人間、同じ日本人のはずだというのに何故戦わなければならないのか? だがそうした輩が敵となり、この基地を襲撃しているのは事実だ。 36ミリのトリガーを引きながら、衛士は葛藤に苦しむ。 そしてそれが、彼らの付け入る隙となってしまった。
「しまっ・・・!」
いい加減な照準の影響で敵機の接近を許してしまった事に、不知火の衛士は己の甘さを強く責める。 クーデター派の駆る不知火の長刀で突撃砲が両断され、次は自分が同じ運命を辿ろうとしたその時、太陽とは違う別の輝きが辺りに降り注ぐ。
「な、なんだこの光は?」
照明弾かと思ったが、こんな朝からそんな物を使う馬鹿は居ない。 敵機もそれに気付いたらしく、見る見るうちに膨れ上がる光の球体に注意が逸れてゆく。 そしてその球体から閃光が走ったかと思うと、そこには鋼鉄の電脳騎兵-VRの姿があった。
「戦術機、なのか?」
確かに戦術機は音速に迫る速度を発揮し、戦場に駆けつける事が出来る。 だがあの不知火に似た機体はそれとは明らかに違う方法で、この厚木基地へ現れたのだ。 通信では彼と同じ心境に陥った仲間達が、何だアレはと口を揃えて言い合っている。
言い合っているのは彼らだけではなかった。 正体不明機が現れたその光景を目撃したクーデター派の衛士達も、何事かと混乱している。 だが今の時点において、1つだけ分かっている事がある。
「この場で銃口を向けられた方が、アイツにとって“敵”だって事だ・・・」
不知火に乗った衛士の呟きを聞いた仲間も、会話ウインドウ越しに頷く。 そして彼の元に、目の前で中に浮く機体のパイロットから通信が入る。 ウインドウに映し出された顔は、今時衛士として動員されても珍しくない年齢の少女のそれだった。
「帝国軍の人?」
「あ、ああ・・・そうだ。 俺達は、帝国軍厚木基地の衛士だ」
「なら早く仲間を下がらせて、連中は私一人で相手をするわ」
「馬鹿な正気か!? ここを襲っている分でも中隊規模(戦術機14機)だぞ! それを・・・」
そこまで言って、不知火の衛士はこれ以上の発言を止めた。 その少女の目付きに、『それでも戦ってみせる』という姿勢と気迫が伝わってきたからだ。
それに自分達もこれ以上戦闘を行なって、クーデター派の部隊に勝てるかどうかの状態だ。 ここで逃げるにしろ戦うにしろ、彼女が囮となってくれる事で時間稼ぎは出来る。 そう判断した衛士は、深呼吸をした後少女に話しかける。
「わかった、奴らを頼む。 ただし、やばくなったら逃げろ。 良いな!?」
「了解! 軽くあしらってやるわ!」
そう告げた直後、菫の駆るテムジン『霧積』がクーデター部隊に吶喊。 それに気付いたクーデター部隊も応戦を開始する。 たった一人の戦術機もどきに何が出来る。 そう思っていた不知火の衛士は、先程の会話で菫が言った一言を思い出していた。
「(あの少女VRとか言っていたな。 確かそれって・・・っ!)」
そう不知火の衛士が思ったその時、後方から閃光と爆発音。 彼女が撃ち漏らした敵機の追撃かと慌てて後方のセンサーに切り替えると、そこには信じられない光景が広がっていた。
『何をしている! 敵は戦術機一機だけだぞ!』
『ダメです、奴の動きに追随するどころか、捕捉さえ出来ません!』
『数はこちらの方が有利なのだ。 囲んで仕留めろ!』
回線をうっかりオープンにしてしまったのかそれとも暗号化を忘れていたのか、不知火の衛士のレシーバーにクーデター派の衛士達が恐れ戦く声が聞こえて来る。
クーデター部隊のF-4J『撃震』3機が長刀を構えながら、徒党を組んで菫の霧積に切りかかろうとする。 彼らの長刀が振り下ろされた瞬間に、霧積はその場で後退。 見事に空振りした撃震3機は、霧積の持つ長刀らしき武器で戦術機の弱点である胴体と腰部の付け根を切断され、重厚なシルエットを持つ上半身がドスンと地面に落下した。
間髪入れずに霧積は、突撃砲を構えて近付いてくる陽炎に対し、先程撃震3機を片付けた武器の先を向ける。
そしてそこから夥しい量の光の弾丸が吐き出されたかと思うと、陽炎の両手両足が無くなっていたではないか。 達磨となった陽炎は続いて跳躍ユニットも破壊され、爆風に煽られた速度で地面と熱いキスを交わした後、霧積の足元でようやく止まった。
「何がどうなってやがる、それにあの動き、戦術機が出来る動きじゃないぜ。 あれが・・・」
仲間達との連絡と合流を急ぎながら、不知火の衛士は後方で繰り広げられている戦いに夢中になっていた。 クーデター派の連中が障害物を利用して挟み撃ちを行なうものの、霧積は曲がり角で直角に水平噴射跳躍を行って、あざ笑うかのようにそれらを切り抜けてしまうのだ。 そして長刀と突撃砲が一体になったような兵装は、接近戦から銃撃戦まで切り替え無しで行なう事が出来る。
欧州で行なわれた異世界の軍隊による、ハイヴ攻略の映像もインパクトのあるものだったが、生でそれを見せ付けられてしまうのでは話が違う。 正に戦術機の理想体型があそこにあり、それを実演しているかのようだと思ったその時、一段楽した菫から再び通信が入る。
「衛士さん! もう時間稼ぎは終わった?」
「ああ、君のお陰で態勢を立て直す事が出来た。 直ぐに救援に・・・」
「大丈夫よ。 あらかた数は減らしたし、私の方も救援を呼んであるわ」
そう菫が言った直後、彼女同様に次々に空中からVRが姿を現す。 フィルノートから新たにVOX A-300”Age”ボックス『エイジ』と、同系列の支援機VOX J-500”Joe”ボックス『ジョー』がそれぞれ2機ずつ転送され、計4機の増援が厚木基地に降り立つ。
「ガントレット2と4は右から、後の2人は反対側から攻めて! 泣いて降服するまでね」
『了解!』
上陸部隊が用いる強襲歩行攻撃機『海神』を思わせるずんぐりした図体と裏腹に、自分が乗る不知火と同等かそれ以上の速度でボックス達が展開し、菫の指示通りに残存勢力を炙りだす。
指示を出した菫の最後の言葉どおり、4機のボックス達は殲滅というよりも屈服させる態度で残り2/3となったクーデター部隊を圧倒する。 そこには助けられる敵は早めに降参させるという、菫の戦術思想が反映していた。
例え後に裁かれるのが待っていると分かっていても、沙霧に同調した者達を殺さず生け捕りにしようとする姿勢に、不知火の衛士や厚木基地の将兵達は菫達の行動に感謝した。
「衛士さん、そろそろ連中を燻り出すのを手伝ってくれますか?」
「無論だ、ここは俺達の基地だ。 自分の基地も守れないようでは、帝国軍人の恥曝しだからな!」
そう菫に答えた後、部下達とともに奮戦する菫達の下へ急ぐ。 そして襲撃部隊の最後の戦術機が撃破され、コクピットから脱出した衛士達が投降した事で厚木基地は難を逃れる事が出来た。
・ AM10:37 神奈川県 小田原市 国道1号線
「ライネックスより207B、リーフス各機へ。 厚木基地を襲撃していたクーデター部隊は、全員鎮圧したそうだよ」
「本当ですか!? サギサワ大尉」
「ああ。 まだ帝都でも戦闘は行なわれてないみたいだし、今のところは大丈夫みたいだね」
武とケイイチのやり取りを聞いて、207Bの面々は吹雪の管制ユニットの中でホッと胸を撫で下ろす。 既に出動した時には厚木で戦闘が行なわれており、迂回に迂回を重ねてやっとの思いで武達は東海道五十三次の1つ、小田原へとやって来た。 編成は武達207B分隊と孝弘達リーフス、そして情報管制を努めるケイイチのマイザーが、彼らの上空を飛んでいる。
更には夕呼の権限で臨時中尉の階級を与えられ、武の補佐としてまりもが加わっている。 無論彼女が乗る撃震もケイイチの手によってチューンされており、シミュレータで使用している『銀鶏』のスペックを時間が許す限り再現した機体に仕上がっている。
目的地である箱根まで一直線。 そうすればひと段落出来そうだと思ったまりもは、長時間の移動で既に疲労が溜まっている冥夜達に檄を飛ばす。
「20700より全機、このまま箱根まで一直線だ。 私との訓練を思い出せば、必ず達成できる。 いいな!」
『はい!』
冥夜達の復唱に多少懐かしさを覚えながら、まりもは207B全員に短距離の噴射跳躍を指示する。 吹雪と撃震改に装着された電磁推進ユニットが、通常のそれとは違う噴射炎を放出し各機体を飛翔させる。 このまま何も無ければいいが、まりもを始め、武や孝弘はその事だけを気に掛けながら一路箱根へと向った。
同日AM11:14:横浜基地、米軍の受け入れ開始。 207小隊、箱根関所跡に到着。 警備任務を開始。 同時刻に厚木基地へクーデター派による2次攻撃が敢行されるも、菫達ガントレット小隊及び同基地の部隊により撃退される。
15話に続く・・・