― 世界は並んでいる ―
その事を電脳暦の人類が始めて知ったのはVCa4年に勃発した戦役“オラトリオ・タングラム”がきっかけだった。 『無数に存在する平行世界を因果を引き寄せ、この世界の未来を思うがままに変えられる』という時空因果律制御機構“タングラム”の存在が、第8プラント『フレッシュ・リフォー』盟主リリン・プラジナーと第4プラント『TSCドランメン』盟主アンベルの2人による開戦直前の対談の中で公の物とされた。 こうして人々は“未来”という賞品を求め、何時終わるとも知れない戦いを続けたのである。
時は流れVCa9年末、ムーンゲートに巣食う負の思念体“ダイモン”によって囚われの身となっていたタングラムを開放するという偉業を成し遂げた英雄“チーフ”、彼と共にダイモン戦役を走り続けたイッシー・ハッター軍曹が、突如発生した時空の歪みに飲み込まれて行方不明になってしまう。
だが慌てて2人の後を追ったオリジナル・フェイ・イェン『ファイユーブ』の力を借りて無事に帰還。 その時彼らが目撃した歪みの向こう側にあった異世界の体験談は、平行世界という存在を改めて電脳暦の人々に認知させる事になったのである。
「どうして・・・私の理論は間違っていない!間違っていない筈よ!」
薄暗い部屋の片隅で、研究者らしき1人の女性が悲観的な声を上げ、怒りと悲しみ、そして悔しさに任せて振り上げた拳をデスクに叩きつける。
デスクにあるコンピューターには、常人には到底理解できない数式や文字の羅列が延々とモニターの中を泳ぐように流れている。 悔しさに打ちひしがれるのも疲れて椅子にもたれかかった時、その女性は部屋の中に誰かがいることに気付いた。
「ああ。 そこに居たのね、社・・・」
自分の名を呼ばれ、1人の少女が無言のまま女性の前に姿を見せる。 社と呼ばれた少女の頭には、ウサギの耳を模したカチューシャを付けている。 そしてそれがピコピコと動くのを見て、女性はハッと我に返った。
「待たせて悪かったわね、行きましょうか」
そして彼女の手を取り、先程まで死んだ魚のような目に輝きを吹き込ませながら部屋を後にする。
「(絶対に私の理論を完成させる・・・! そう、世界は繋がり、並んでいるのだから・・・)」
助手の少女、社霞と共に国連軍太平洋方面第11軍、横浜基地副指令である香月夕呼は横浜基地の最深部へ向かう。 彼女もまた、この世界で平行世界の概念を知る人物であった。
マブラヴ -壊れかけたドアの向こう-
#1 出会い
・ AM10:32 横浜市某所
「ん・・・ ここは、元の世界に帰れたのか?」
何も無い筈の空家の一室、そこで1人の少年が目を覚ます。 そしてその身を起こし、窓の景色をぼんやりと眺める。 窓の外に見えるのは、何の変哲も無い閑静な住宅街の一角だった。
「良かった・・・帰って来られたのか」
それを見た少年、白銀武は何かから解放されたかのようにホッと胸を撫で下ろす。 どこにでも居そうな少年である彼が、窓の外の風景を見ただけで安堵の表情を浮かべるのか、それには理由があった。
― そう。 彼は1度、世界を渡った経験がある。
白銀武。 私立白陵大学付属柊学園の学生である彼は、幼馴染の鑑純夏やその仲間達と共に、何不自由無い生活を過ごしていた。 しかしある日、いつもの様に登校しようと家を出た瞬間、状況は一変する。
― 人一人見当たらない、瓦礫だらけの街。
― 純夏の家を押し潰している、ゲームから飛び出したような巨大ロボットの残骸。
― まるで特撮かSF映画に登場する秘密基地の様な、物々しい装飾が施されている柊学園。
ようやく正門に辿り着いた武だったが、門番に拘束され牢屋に閉じ込められてしまう。 そしてその時、柊学園にて物理教師を務めている香月夕呼と出会い、彼女によって、自分が元居た世界から、未知の地球外生命体“BETA”と戦争をしているこの世界に飛ばされたという事実を知らされる。
幸いにもこの国連軍横浜基地の副指令であった彼女の計らいにより、武は第207訓練部隊に編入。 そこで彼は、元の世界ではクラスメイトであった人物達と出会い、人類側の主力兵器“戦術歩行戦闘機(略称:戦術機)”のパイロット“衛士”になるべく、共に訓練に励む事になる。
そして元の世界で散々遊んでいたロボットゲーム『バルジャーノン』にて培ってきたテクニックを応用した事で戦術機操縦の才能を開花させ、仲間達から一目置かれるようになる。 その途中に降り掛かった様々な事件やアクシデントを乗り越え、いよいよ衛士になれると思っていたその時、武達に残酷な事実が告げられる。
『本日12月24日2359時を持って、極秘作戦『オルタネイティヴ計画』は次の段階に進む事になった』
―オルタネイティヴ計画―
人類がBETAに打ち勝つべく、遥か以前から計画されていた極秘作戦。 その第4段階である『オルタネイティブⅣ』の総責任者が、武が唯一“この世界”で頼りにしていた香月夕呼その人だったのだ。 慌てて彼女の元へ向う武。 そこでは研究に失敗し、酒に溺れていた夕呼の姿があった。
『あたしは聖母になれなかった、でも・・・それでも世界は並んでいる・・・』
『オルタネイティヴⅤ』発動によって地球を去る直前に夕呼が最後に言い残した言葉が、彼女と霞、そして武を支えとなってくれた少女、御剣冥夜を送り届けた武の胸に突き刺さる。 そして絶望的な戦いをただがむしゃらに繰り広げている最中に意識が途切れ、こうして“この世界”を歩き、柊学園のある場所へ向っている。
「(しっかし、本当に俺は“元の世界”に帰って来られたのか? 町並みは変わってないみたいだけど・・・)」
学校へ向う最中、それだけが武の頭の中を巡る。 家を出て反射的に純夏の家を確認したが、彼が目覚めた家同様、そこは誰も住んでいない空き家だったのだ。
『世界はあらゆる可能性で繋がり、無限に並んでいる』という夕呼の言葉の意味が正しければ、ここも“元の世界”とは違う別の世界なのかもしれないのだ。
あれこれ思考を巡らせている内に、武は柊学園の正門前に辿り着く。
「あれ・・・ ここって柊学園だよな?」
小高い丘を登り切って、その先に見える光景に武は己が目を疑った。 建物の屋上に設置されたレーダーらしきアンテナの数々、正門であった場所に設置されている検問所と頑丈なゲート。 そして門前には『国連軍横浜基地宿舎』と書かれている。 そして案の定、武が覗き込むような怪しい動作をしていたが為、それを見た警備兵2人に呼び止められてしまった。
「おい! そこのボウズ、さっきから何をしている」
「見たところ学生のようだが、見学なら身分証を見せてもらえないか?」
警備兵にそう問われた武は、もはや役に立たないと思っていた柊学園の生徒手帳を提示する。 それを拝見した直後、兵士二人は互いに顔を見合わせながら、目の前にいる武を凝視した。
確かに武がいる場所は、彼がいた”元の世界”ならば柊学園が存在している場所だ。 だがこの世界には、そのような名前の学校は存在しない。
それらがもたらす答えはただ一つ。 目の前にいるこの青年は、異世界から何らかの手段でやってきた人間だということになる。 このまま彼を放置しておく訳には行かない。 そう悟った兵士二人は己が持つ突撃銃の銃口を武に向ける。
セーフティが解除する音を聞いた武は、反射的に両腕を後ろに向け、無抵抗をアピールする。 そして兵士の一人が銃を突きつけたまま、武に近寄りこう告げた。
「悪いようにはしない。 しばらくの間、君の身柄を拘束させてもらう」
「(それにしても、連れて来られたのが牢屋じゃなかったのは意外だったな・・・)」
“前の世界”のように牢屋にぶち込まれると思いきや、宿舎の空き部屋に案内された事に武は拍子抜けする。 勿論、彼の持ち物は全て没収され、部屋の外にはさっき自分をここへ連れてきた門番が見張りをしているし、ここで暴れても何一つ得をしない。
そんな事を考えながら畳に大の字に寝そべっていると、急に部屋のドアが開く音が聞こえ、武は慌てながらも瞬時に起き上がって正座する。 開いたドアの先には、スカイブルーの国連軍制服を身に纏う、青紫色の長髪を靡かせた少女が立っていた。
「ここの居心地はどう? 白銀武君」
「は、はあ・・・ どうして俺の名前を?」
「あなたの身元を調べる為に、この生徒手帳を見たからね。 あ、持ち物は後で返すから安心して」
そう言って彼女は、柊学園の生徒手帳を武に返す。
「残念だけど、調べた結果あなたの身元及び“白銀”の姓の付く人間はこの国に存在しないわ。 コレは私の推測なのだけれど、あなたは・・・」
「俺が、この世界の人間じゃないって事でしょう?」
「あら、自分でも分かっていたの?」
「ええ。 “前の世界”でも、一番世話になった人に同じ事を言われましたから」
武に自分がどんな状況に置かれているか理解している事を言われてしまい、それを説明するはずだった少女―霜月菫は少し驚いた表情を浮かべた後、自己紹介と今後の予定を武に伝える。
「それなら話が早いわ。 私の名前は霜月菫、今後の処遇が決まるまで、あなたの身柄は私が引き受ける事になったわ。 よろしくね」
「はあ、よろしくお願いします・・・」
菫のペースに載せられるがまま返事をする武。 そんな彼を見て、菫は部屋に入る前に外の門番から受け取ったバッグを武に渡す。
「その格好じゃ怪しまれるからコレに着替えて。 私は外で待っているから、終わったら言ってね」
それだけ言うと、菫は得意気に微笑んだ後に部屋を出る。
「(考えても埒が明かない、夕呼先生の時みたいに、今はこの人に付いていこう!)」
とにかく行動をするしかない。 そう覚悟を決めた武は柊学園の制服を脱ぎ、菫が用意してくれた国連軍の戦闘服に袖を通した。
・ 翌日 AM9:01 国連軍横浜基地 正門通り
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
「ええ何とか・・・ これから俺はこれからどうなるんですか?」
「しばらくはここで訓練生として生活してもらうわ、他に行くあてもないでしょ?」
「はい。 それに“前の世界”では、霜月さんと同じ国連軍にいましたから、軍隊生活には慣れっこですしね」
「それは好都合じゃない、なら余計頑張ってもらわないとね。 後、私の事は名前で呼んでも結構よ」
春の暖かな日差しと共に桜の花びらが舞い散る横浜基地、その正門から真っ直ぐ伸びる道を歩く菫の後を、スカイブルーの国連軍制服を着た武が受け答えしながら後を追う。 あの唐突な出会いから一夜明け、武は菫と彼女の上司であるケイイチ・サギサワ技術大尉の計らいで、元の世界に返る手段が見つかるまでこの横浜基地の訓練生として生活することになった。 優々と先を歩く菫に、武が話しかける。
「それで菫さん、これから何処へ行くつもりなんですか?」
「あなたが居た“前の世界”がどんな物か私の上司が興味を持ってね、その話をあなたにして貰いたいのよ」
「要するに事情聴取って事ですか?」
「正解。 でも安心して、ブリーフィングルームの1室を貸し切ったから、あなたが話す事は私以外誰にも聞かれないわ」
この世界でも大いに利用されてしまうのか、そう思った武がため息をついた瞬間、彼らの上空を巨大な何かが通り過ぎて行く。 耳をつんざく轟音に耐えながら見上げた瞬間、武は思っていた事を無意識の内に声に出していた。
「嘘だろ・・・? まさか、この世界にも戦術機があるのか!?」
「戦術機?」
「はい。 『戦術歩行戦闘機』、俺が“前の世界”で乗っていた人型兵器の名です」
「ふぅん、それがあなたの世界で使われている人型兵器なんだ」
そう言いながらほくそ笑む菫を見て、僅かながらに恐怖を感じる武。 そんな彼に、菫は優しい口調で話しかける。
「予定変更よ。 あなたの話しの前にまず、この電脳暦の世界の事を一からあなたに教えてあげるわ」
「電脳暦、それがこの世界の年号なのか?」
「その通りよ。 ようこそ、異世界の来訪者さん・・・」
1.5話へ続く・・・
-あとがき-
改めて始めまして、『マブラヴ 壊れかけたドアの向こう』をArcadiaに投稿させて貰っている麦穂です。
本SSの武は2ループ目と言う状況に加え、何の因果かバーチャロンの世界に放り出された事から始まりますが、実はこのテンプレは、先にstr(すてあ)氏が投稿されたクロスSS、『MUV-LUV/O.M.R.second』で先に用いられている物なんです。 そして私が本SSを書いたのも、str(すてあ)氏の作品を読んだ事が切っ掛けでした。
そうしている内に自分にもチャロンとのクロス物が書けないかと思い、序盤は2番煎じながらそのテンプレを拝借して書いている内にここまでのボリュームになってしまいました。 それもこれもstr(すてあ)氏の作品と出会わなければ、自分はこの作品を書いていなかったでしょう。
2010年1月の時点でようやくこの物語も半分を越える事が出来ました。 str(すてあ)氏の今一度感謝の意を送り、このまま完結まで突き進みたいと思います。