8-1 赤土の錬金術士
(筆者注:シュヴルーズ・ルールはこのSS限定の設定です。
金属に格がある、などは原作で明言されていません。)
シュヴルーズ教諭はとかく基礎を重んじる。
戦働きも大事だが、豊かな国を作ることこそ貴族の本懐と心得ている
その授業は錬金、固定化にはじまり、効率的な精神力の用い方、土壌の改良など地味な魔法に重きを置き、自分の成果など語りたがる他の教授陣とは傾向が違う。
貴族らしからぬスタイルは、極一部の傲慢な教師の蔑みを受けている。
――戦働きで国を守らずして何が貴族か。
穏やかなシュヴルーズ教諭は反論することもなく「戦働きも大事ですわね」とニコニコ笑うだけだった。
また、彼女は一切家柄で生徒を区別しない、平等に自らの甥か姪かのように教える。
男爵家から公爵家の子女まで揃うこの魔法学院でも、そのように接しているのは珍しい。
そんな性格もあってか、彼女は教え子に、特に女子に好かれている。
わざわざトリスタニアから魔法学院まで、シュヴルーズに挨拶をしにくる卒業生も後を絶たない。
そんなシュヴルーズ教諭は授業中でも、積極的に発言・質問を受け付けている。
「先生、質問です」
「はい、なんでしょうか。
ミスタ・グラモン」
――またはじまった。
大多数の生徒はそう思った。
水精霊騎士隊の面々のみがワクワクテカテカ顔を輝かせている。
「錬金で、見たことのない金属を生み出すことはできますか?」
これはまた、とシュヴルーズは呻いた。
「理論上は可能です。
ですが、達成したメイジはおそらく存在しません」
彼女は説明を続ける。
まず、イメージが足りない。
見たことも触れたこともなければその金属を具体的に思い浮かべることができない。
そして、これはシュヴルーズの意見だが、"格"が分からない。
「錬金は、各金属に対して必要な精神力量が異なります。
これを私は金属の"格"と呼んでいますが、金属によって大きく違います」
チョークで黒板に長い縦線を書く。
そしてその横に短い線を書き足し、金属名を追記した。
「この縦線がこめる精神力量、横線が必要な精神力量です。
ゴールドは必要精神力量が多く、ミスタ・グラモンの得意な青銅は少ない。
この法則は、シュヴルーズ・ルールと呼ばれています」
自分の名前が使われるなんて恥ずかしいですが、とシュヴルーズ先生。
魔法は個人の感覚によるところが大きく、系統立てて考えるメイジは希少を通り越して珍獣に近い。
もし理論立てて順序だてて考えることができるメイジがもっと多ければ、ハルケギニアはもっと発展している。
このシュヴルーズ・ルールにしても、真鍮は大体青銅の何倍くらいの精神力量、と大雑把なものだが発表当時は波紋を巻き起こした。
すったもんだの末、正しいことが分かり、各国で広く用いられている。
「未知の金属を錬金することは大きな危険を伴います。
大昔のことで製法は失われていますが、ソジウムという金属は水に触れると爆発した、とも聞きます。
決して行わないように」
ギーシュは項垂れ、他の水精霊騎士隊の面々はひそひそと内緒話をしている。
ここでマリコルヌが手を挙げた。
「先生、砂からの金属錬金、金属からの砂錬金は広く知られています。
では金属から同じ種類の金属の細かな粉を錬金することは可能ですか?」
「非常にいい質問ですね、ミスタ・グランドプレ。
その金属粉末に対するイメージをしっかり持っていれば問題ありません。
砂からでも青銅粉末などは錬金できるでしょう」
「では、粒の大きさは制御できますか?」
「ミスタ・グラモンのワルキューレは常に同じ大きさ、形をしていますね。
それが答えです」
ありがとうございました、とマリコルヌは着席する。
水精霊騎士隊の連中は、ニヤニヤしていた。
意外とマトモな質問に拍子抜けした生徒達は、自分たちが染まりつつあることを自覚して愕然とした。
8-2 むしろコイツらがリトル・バスターズ
学院の外れにあるコルベールの研究室。
その隣にコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は建っていた。
「諸君、良く来てくれた。
掛けたまえ掛けたまえ。
丁度一段落したところだ」
ボロ小屋の中のさらにボロい椅子に腰掛ける水精霊・四天王。
マリコルヌは、潰れやしないだろうか、と心配しながら腰をおろす。
他の三人は、コルベールが奥の机からもってきた編み籠の中に釘付けだ。
「これが、例のアレですか」
「そうとも!
サイト君の故郷は実に素晴らしい!!
ミス・ツェルプストーではないが、実に情熱的だ!」
「で、コルベール師匠。
今からコイツを試すんですかい?」
「そうせっつくなよギムリ。
美しいものは万全の状態で見てこそだろう?」
「でも、こんな見た目よくわからないモノが……」
四人は何故か知能輝く教師を『コルベール師匠』と呼んでいる。
籠の中にはハルケギニア人が見れば「ナニコレガラクタ?」としか思えないものが詰まっていた。
太い紐をこより、丸くしたもの。
手のひらほどの小さな筒。
棒の先端が太くなり、そこに包帯を巻いたもの。
才人がいれば、思い当たって叫んだかもしれない。
「何にせよ、サイトにはまだ内緒だな」
「ああ、アイツ絶対仰天するぜ?」
「感動して泣き出すかもしれないね」
「訓練に来ない副隊長にはいいオシオキさ」
四人が四人、ニヤニヤしながら籠の中を見る。
コルベールは穏やかな笑みでそれを見守っていた。
「コルベール師匠
ミセス・シュヴルーズに、未知の金属の錬金は非常に危険なのでやめなさい、と言われました」
「錬金に詳しい彼女が言うなら止しておいた方がいいのだろう」
「もうひとつ。
ミセス・シュヴルーズにお願いして緑青を頂いてきました。
あと、粉末の錬金はできるけど、粉塵爆発に注意しなさい、とのことです」
「ふむ、そうですか。
可燃性の金属粉なら確かに危ない」
このコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は、爆発物を使いまくるので隔離されている。
レイナールから皮袋を受け取り、中の緑青を取り出す。
「これで青ができますな。
それでは、私は研究に戻ります。
君たちも訓練、がんばりなさい」
「「「「はい!」」」」
8-3 フルメタルなヤツら
授業終了後、日がかるく傾きはじめてから水精霊騎士隊の訓練ははじまる。
「全隊、整列!!」
ザザッ
「アニエス隊長に、敬礼!」
ザッ!
「敬礼、やめ!」
ザッ!!
「貴様らはなんだ!」
『水精霊騎士隊であります!!』
「水精霊騎士隊とはなんだ!」
『女王陛下の盾であります!!』
「貴様らの仕事はなんだ!」
『祖国の礎となることであります!』
「今の貴様らはなんだ!」
『甘ったれた小僧であります!!』
「そうだ、私の仕事は、甘ったれた鼻垂れ小僧な貴様らを使い物に仕上げることだ!
いいか! 今の貴様らは地中でうずくまるモグラにすぎん!!
そんな貴様らに求められることはなんだ!!」
『鍛え、人となることであります!!』
「それはなんのためだ!」
『女王陛下のためであります!!』
「よし、訓練開始!
まずは学院の外周十週だ!!」
『Oui! Capitaine!!』
整然とした一隊が大声を張り上げてひたすらに走る様は、悪夢のようだった。
「アンリエッタ女王が大好きな!」
『アンリエッタ女王が大好きな!!』
「私が誰だか教えてよ!」
『俺が誰だか教えてよ!!』
「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」
『1, 2, 3, 4, Ondine!!』
「Mes Ondine!」
『Mes Ondine!!』
「Tes Ondine!」
『Tes Ondine!!』
「Nos Ondine!」
『Nos Ondine!!』
アニエスを先頭に、男どもはさらに声を張り上げる。
「魅惑の妖精、もういらない!」
『魅惑の妖精、もういらない!!』
「私の相手は銃一丁!」
『俺の女は杖一丁!!』
「もし戦場で倒れたら!」
『もし戦場で倒れたら!!』
「棺に入ってご帰宅さ!」
『棺に入ってご帰宅さ!!』
「シュヴァリエマントを飾りつけ!」
『シュヴァリエマントを飾りつけ!!』
「ママに教えて勲功!」
『ママに教えて勲功を!!』
「悪夢ね……」
「ええ……」
木陰でティータイムと洒落こんでいたルイズはキュルケに同意した。
8-4 隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン
「はぁ……」
火の塔一階、与えられた部屋でアニエスはため息をついた。
甲冑を外すこともなく、ベッドの上でへたれている。
――つかれた、じんせいにつかれた。
はじまりは女王陛下の一言だった。
『ロマリアもなにか企んでいるようだし、軍備を増強しておいたほうがいいわね。
でも下手に信用できない貴族たちを強化するのは……。
そうだ! アニエス、水精霊騎士隊の訓練に行ってきて。
さらさらさらっと。
これ命令書ね、アンリエッタがサイト殿を気遣っていたと伝えておいてね』
それが十日ほど前の話。
疲れているのか、かるぅーい感じで出された命令を受け、アニエスは訓練に来ていた。
最初の頃は軍隊式調練ではあるものの、こんな風じゃなかった。
フルメタルじゃなかった。
――全部、サイトが悪い。
大体、副隊長のくせにアイツが訓練に来ないとはどういうことだ!
たれアニエスさんは憤慨した。
たれた顔のまま目だけがクワッと見開かれる。
だがすぐに力を失うとよりいっそうへたれた。
はじまりは例によって才人の余計な一言だった。
『なんか思い出すなぁ……』
『ん、何をだい?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿』
『そういう意地の悪い言い方しないでくれよギムリ。
いや、俺の故郷の、んー、演劇でさ、軍隊をテーマにしたヤツがあったんだよ』
『へぇ、どんな?』
『こう、小太りな教官が出てきてさ……』
ギムリはその話を大変面白がった。
そして四天王に話を通した。
翌日から訓練風景が変わった。
それが一週間ほど前の話。
――自分達でやる分はいいが、私まで巻き込まないでくれ……。
それでも才人がいた頃は良かった。
彼を集中的に怒鳴りつけることで引き締めができたからだ。
しかしここ二、三日彼がいない。
大貴族の子女を怒鳴りつけ、時には殴りつける。
元・平民、銃士隊隊長とは言え、一介のシュヴァリエには新手の拷問だった。
しかも才人は余計ことをしていた。
『というわけで、訓練中のみ名前を変えよう』
『それはまた、一体どういう意味があるんだ?』
『うるさい、様式美だレイナール。
お前は、そうだな、ジョーカーだ』
『いいじゃねぇか、隊員の代表格の俺らはアニエス隊長に怒鳴られることが多い。
家名よりも、簡単なあだ名の方がアニエス隊長もやりやすいだろ』
『わかってるな、ギムリ。
じゃあお前はカウボーイだ』
『サイトは毎度毎度変なことをやらかすな。
まぁ怒鳴りつけられるのは、こう、クルものがあるからいいけどさ』
『マリコルヌは微笑みデブ』
『『『素晴らしいあだ名じゃないか!!』』』
『黙れ! どこが素晴らしいって言うんだ!!』
『想像してみろ、マリコルヌ』
『アニエス隊長がお前を「微笑みデブ!」と罵る様をよ』
『……トレビアン』
『で、僕のあだ名はやはりエレガントに』
『『『『お前は「薔薇野郎」だ』』』』
『ちょっ! モンモランシーに変な意味に取られたらどうするんだ!?』
特に素晴らしいあだ名をもらったマリコルヌの処遇に困った。
『何をやっている微笑みデブ!
貴様がノロノロしてると連帯責任でもう十周追加するぞ!!』
『あひん!
も……もっと!!』
始末に終えない、とまたため息を一つ。
最近彼は杖にシャーリーンという名前をつけて磨いているらしい。
もう色々と末期だった。
このままではアニエス隊長がトイレで殺されかねない。
――コンコン――
ノック音にアニエスは起き上がり、どうぞ、と声を掛けた。
ドアを開けたその者は……!!