7-1 夏★しちゃってるGandalfr照り返しのせいで、石畳の上は土や芝生の上よりもかなり暑くなる。また、体感温度というヤツは人ごみで跳ね上がる。何が言いたいかというと、トリスタニアはブルドンネ街、非常に暑かった。「かゆ、うま……」才人の頭はいつも以上に茹っていた。いつものパーカー、ジーンズの上から、フードを目深にかぶったローブ姿は、贔屓目に見ても犯罪直前だ。デルフをフードの外に背負っているのでより怪しさマシマシである。――暑い。朝日が昇って一時間もたっていない。なのにどーしてこんなに暑いの?おしーえてーおじぃーさんー♪暑い、寝不足、身体痛い、いいことなんて一つしかない。隣にいる女の子が可愛いだけだ。心の声が少し漏れたのか、隣のジェシカがちらっと才人に目をやった。ブルドンネ街朝市、昨日の約束どおり二人は買出しに来ていた。才人のフード姿は人気フットー中の彼を守るためだ。魅惑の妖精亭の食材消費量は多い。ジェシカは毎朝市場にやってきては、自分の目で品物を確かめ取り置きを頼み、道が空く時間帯に厨房の野郎どもと、一気に荷車で荷物を運ぶ。その鑑定眼、および価格交渉力はスカロンに勝るとも言われ、妖精亭の台所を切り盛りする若女将といっても過言ではない。市場の人からも人気があり、取り置き商品のすり替え(粗悪品とのすり替えが横行している)などは行われない。ジェシカで無理ならスカロンが出るしかなく、街商人は彼(あるいは彼女)に難癖つけられたくないからジェシカに親切だ、という噂もある。――すっげー人ごみ。これじゃ中々難しそうだな……。顔を振り、暑さでショートしかけた頭をリセットする才人。昨日に引続きシリアスモードに入った。道の両端、ジェシカと話す商人、不自然に近づいてくる輩。油断なく目を配るが、皆一様にジェシカのお隣の謎の人物に注目していた。――ちっ、やっぱいつも一人のジェシカがお供を連れてりゃ怪しまれるか。シリアスモードの彼はやる時はやる、しかしやれない時はとことんダメだった。ジェシカがお供を連れているとかではなく、暑い中フードを被って長剣背負ったヤツがいれば否応なしに目がいってしまう。必然、彼の周りは人が少ない、というか混雑しているのに半径1メイル以内にはジェシカしかいなかった。「そこの怪しいヤツ、止まれ!!」誰かが呼んだのか、人ごみの中をかきわけて銃士隊が現れた。フードをかぶっていようが、長剣ひっさげていようが、現代日本と違って通報されることはまずない。しかし才人はフードかぶってなおかつ長剣背負って、しかもぶつぶつ呟いてハァハァしながら周囲を観察しているのだ。商人達は薬物中毒者、多分平民が凶器をもってうろうろしている、と詰め所に通報した。衛士隊は「暑いし相手平民らしいから銃士隊に投げるか」と気の毒で生真面目な銃士隊副隊長にマル投げした。そこのけそこのけ銃士が通る、と言わんばかりにミシェルさんがやってくる。無論才人は自分が怪しい、という自覚がない。――早速ひっかかったか!?と自分の左右、後ろを振り返る。その姿は不審者が今にも逃げようとしている、としか見えず、銃士隊は加速し、才人を捕縛した。「お前、詰め所まで来てもらおうか?」「え? 俺!?」青い髪が涼しげな銃士隊副隊長にがっちり捕獲された。周りは銃士隊に囲まれている。相手は官憲まで動かせるのか、と驚き、その考えが的外れなことにようやく気づいた。ジェシカは隣にいたが、精神的には置いてけぼりである。――俺、不審者。相手、警察みたいなモン。てか俺って気づいてミシェル副隊長。「とりあえずフードをとれ。凶器も全て没収する」この件が桃色貴族なご主人様に知られたら……とプルプルしながらフードをめくられた。露になった黒髪に、青いパーカーに、幼い顔立ちに周囲がどよめいた。「あれ、アルビオンの英雄じゃねぇのか?」「アルビオンの、って……七万殺しのヒリーギルか!?」「嘘、そんな風には全然見えないのに」「間違いねぇ、王宮のお触れ見たことあるけどそっくりだ」「てことは虎街道の英雄ヒリガル・サイトーンか、あんなちんちくりんが!?」「ああ、ガリアの100人抜きをやってのけた風の剣士サートームだ」「マルトー親方の『我らの剣』だ!!」彼らは正しく間違っていた。情報はおおよそ正しいのに名前だけはなんか違っていた。しかし、みな物見高きトリスタニア人だ。包囲の外から才人を覗こうとし、その圧力に若手ばかりで構成された銃士隊は若干たじろいでしまう。自然、包囲の中のジェシカ、才人、ミシェルは密着する形になる。「なんですって!私のサートームがここに!?」「あら、何を言っているのかしら。彼はワタクシにこそ相応しくってよ!」「ふざけんなよ!ヒリーギル様を養うのはあたい以外いねーな」「いーえ!サートームには私の屋敷で執事と絡み合い、それを油絵にしてもらうわ」「ワタクシの次回作のモチーフには彼こそ相応しい。地下室に監禁して弱る様を観察します!」「アレだけの題材の方向性を縛るなんて、愚かしいな。あたいなら男も女もなんでもござれな状況に放り込むぜ!」「おいおいお前ら。『走れエロス』の作者であるこの俺を差し置いて見苦しいじゃないか。いっちょ、アイツの所有権を決める勝負。や ら な い か?」「「「望むところよ!」」」物見高き貴腐人どころか大御所まで現れて、もはや現場の収拾はつきそうにない。ジェシカは才人の顔と正面から向き合い、残り20サントという距離まで押し込まれた。即座にフラッシュバックする昨日の記憶。おまけに、才人は才人で寝不足だわ暑いわで目がトロンとして、顔が赤い。流れる汗で黒髪の毛先はしっとり濡れており、それがいっそう彼の元々持ち合わせていたコケティッシュさを引き立てていた。才人の顔の一部、少しだけ開いている口元にジェシカの目は寄せられた。ゴクリ、と意味もなく唾を飲んでしまう。「サイト、大丈夫?なんかしんどそうよ」「んぁ、うん、ダイジョブ、かな」ジェシカは才人の唇から目に視線を移したが、しっとり輝く黒い瞳にまた魅入られた。――サイト、案外睫毛長いんだ。ぼんやり考えながら、周りからの圧力に任せてさらに身を寄せる。ほとんど正面から抱き合うようなカタチになった。――ダメ、これはダメ。かんがえちゃダメしえすたごめん……。周りに押し込まれているのか、自分から身をあずけているのか、ジェシカにはもう判断できなかった。それは一瞬にも感じられたし、長かったようにも思えた。「えぇい!貴様ら、散れ! 散れぃ!!拘置所にたたっこむぞ!」ミシェルさんがようやくキレた。彼女はアニエスさんよりもかなり穏やかな人柄だったがそれでもキレた。一瞬蜘蛛の子を散らすように包囲を解いた人の壁を押しのけ押しのけ、ジェシカと才人を囲んだまま詰め所に戻った。7-2 ひょうたんから黒王号「どうしてこうなった」才人は拘置所で、ベッドに腰掛けながら一人頭を抱えた。粗末ながらも壁かけベッドもあり、先ほどまでそこで寝かされていた。パーカー、ジーンズは脱がされTシャツにパンツ一丁だ傍らにはボロい椅子と机、その上には水差しと杯がある。――額に濡れたハンカチ置いてたし、この待遇はヤバいことになったんじゃないだろうけど……。額のハンカチは可愛らしい赤のチェック柄だった。ジェシカの趣味である。とは言え才人には途中からの記憶がなかった。「確かミシェルさんが来て……」「呼んだか、ファイト」最後の記憶、ミシェル副隊長が鉄格子の外から声をかけてきた。それ、アニエスさんの持ちネタっす、とジト目で才人は睨みつける。それにミシェルはニヤリ、と笑い返すと鉄格子の鍵を開け、牢内に入ってきた。「なに、貴様が余計な仕事を増やしてくれた意趣返しというヤツだ」「んなこと言われても、俺途中から記憶ないっすよ」ほう、とミシェルは目を丸くした。ボロ椅子にどかっと腰を落ち着けて居座る気満々だ。「おそらく熱中症だな。この暑い中あんなヘンテコな衣装身に着けてるからだここにはお貴族様もめったに来ないし、上着は剥いでおいたぞ」拘置所の中で、最も風通しが良いところがこの牢屋だったらしい。私も休憩時間だから涼みに来た、とミシェルは言った。水差しから杯に水を入れ、一息に飲み干す。無駄に男らしかった。そのままもう一度水を注ぎ、飲め、と才人に差し出した才人は素直に礼を言う。水を一杯、それだけでもじんわり身体に染み渡って、活力が溢れてくるようだ。そして気になっていたことを聞いた。「あの、ジェシカは?一緒にいた黒髪の平民の子なんですけど」「ああ、貴様を連行する時一緒に着いてきた娘だな。特に用もないから帰したぞ。買出しが終わればまた迎えに来るそうだ。それと、そのハンケチはその子のだ。礼を言っておけ」情けなさに才人は肩を落とした。――守る、って言ったそばからコレかよ。うわー、恥ずかしー。ミシェルが見ていなければゴロゴロのた打ち回りたい気分だった。そんな内心を察したのか、ミシェルは意地悪な顔で問いかけた。「『せっかく荷物持ちを買って出たのにあんなことになって恥ずかしい、うわー』と、いったところか。貴様は貴族になったというのに顔に出やすすぎるな。アニエス隊長を見習え」ぐうの音もでなかった。しかし、はっと表情を改めるとミシェルに質問をぶつけた。「ミシェルさん、最近トリスタニアで事件ってないですか?」「そんなもの、年がら年中ことかかん」「えっと、そう、人攫いとか人買いとか」才人は『ジェシカ事件』の手がかりを銃士隊に求めたのだ。これはスカロンの想定外の出来事だった。ミシェルはふむ、と腕を組んで考えはじめた。「スラムではそういったことは珍しくない。ただ、最近か……待てよ、あった、あるぞ」「ホントですか!?」「ああ、少し待て。あの案件はまとめてあったはずだ」ミシェルは「お前はまだ座っておけ!」と言い残し、牢を出て行った。才人は三等星のように暗い点と点が繋がりはじめている、と感じた。――やっぱり俺とスカロン店長の勘違いじゃない。その思いはミシェルが持ってきた報告書の束でより強くなる。『商人の子女失踪の件について』報告書によればガリア戦役直後から起きている。集中的に起きているので、最近連続事件として正式に調査員が置かれることになった。十件にも満たないが、共通点は以下の通りである。・いずれも平民の見目麗しい女性が失踪している。・失踪直前、家族は普段と様子が違うと感じている。・不安感を訴えていたモノも三件。・失踪は日常的に一人で出歩いていた時に起きている。ビンゴだ、と才人は息をのんだ。「ミシェルさん、俺、この件について心当たりがあります」ミ・マドモワゼルもビックリだった。