3-1 特攻野郎Oチーム(Ondine)その晩、アルヴィーズの食堂では前菜として珍しいものが供されていた。「そこのメイド君、そう、君だ。これは一体なんだい?」ギーシュはそばを歩いていたメイドに疑問をぶつけた。両手で覆えるほどのガラス容器にキラキラ輝く小さなカケラが小山のように盛られており、そのてっぺんには薄紅色のソースがかけられている。日本の諸氏には夏の風物詩として馴染み深いがここ、トリステインでは真新しい料理としてうつるようだ。「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理で、『カキゴォリ』というらしいですわ。なんでも細かく砕いた氷にジャムを薄めたソースをかける、夏ならではのものだとかスプーンでお召し上がり下さい」ありがとう、とギーシュはメイドを見送った。ハルケギニアでは氷を食するという習慣は一般的ではない。冬場の行軍で雪を食べれば腹を下す、ということが経験則的に知られており、好き好んで食べようという気は起きないのだ。一部の例外が貴族の中の貴族、もしくは夏でも雪には困らないアルビオン人である。彼らは夏場に高山地帯から万年雪を取り寄せ、ワインに雪や氷を入れて楽しんだり、果汁を氷室で凍らせ、それをギザギザスプーンで砕いて食すのだ。そんな例外を除けば、夏に雪や氷を間近で見る者は少ない。夏に観られる氷といえばウィンディ・アイシクルをはじめとする攻撃魔法ばかりで、まさかそれを砕いて食べようなどと考えた人間は、おそらくハルケギニアでは才人がはじめてだろう。始祖より授かりし魔法を食するとは!!とロマリアさんから怒られるかもしれない。ちなみに氷はタバサが提供した。好意を寄せる彼のためなら例え変なコトでも応えようとがんばる子なのだ、タバサは。「ふむ……」ギーシュは感嘆した。やはり、彼は違う、と。――少し大きな雪、といった大きさだろうか、この氷は。この暑いときにどうやってこのようなものを作ったんだろう?しかしこれは見た目にも涼しいな。すっと一すくい、目の高さへ持ってくる。赤く染まった氷と透明な氷とのコントラストが美しい。周りは食事時の喧騒があるにも関わらず、ギーシュは一人の世界に篭っていた。氷がじっとりと室温に融かされる様を観察し、徐に口へ運んだ。――これはッ!!ギーシュの精神は十年ほど前に飛んだ。――当時、魔法を教えに来ていたメイジの先生。丁度今の僕らほどの年齢だったか。金色のロングヘアーに厳しい目元が特徴的な女性だった。あの頃の僕は魔法が今よりも下手で、中々上達しなくて。だから焦った父上は半年ほどで家庭教師を変えたのだ。初恋だった。僕は先生に思いを伝えたくて、駆け寄って、躓いて……。『先生、小さいんですね。』ああ!子どもだったとは言え僕は何て残酷なことをレディーに言ったんだ。そして何て無謀で命知らずだったんだ!!僕はあの後何週間ベッドの上で過ごしたのか……。「ギーシュ、おい、ギーシュ?」「はっ!?」「どうしたんだよ、食事中に固まるなんて」左隣に座ったレイナールが少し心配そうな目でギーシュを見ていた。正面に座るマリコルヌはそんなギーシュにお構いなく、かき氷を味わっていた。幸せ一杯!といった面持ちだ。「いや……あまりにこのカキゴォリが素晴らしくてねなんというか、そう、甘酸っぱい初恋の味がしたよ」髪をかきあげながらレイナールに応えるギーシュ。幼少期の彼は当時頭までしこたま殴られあまり記憶が鮮明ではない。噂によれば、さる大貴族が長女に『もう少しおしとやかになって欲しい』と知り合いのグラモン家へ家庭教師として紹介・派遣したのだとか。その経験が実を結ばなかったことは言うまでもない。「ああ、確かに初恋は甘酸っぱいって言うよな」「そうさ、僕の初恋もご多分に漏れず甘酸っぱかった……はずなんだけどあまり記憶が定かではないな」右隣のギムリが茶化すように言うが、ギーシュは首をかしげる。ナニカあったような気がするんだけどな……とぼやいているがその思い出は封印しておいた方が良さそうだ。「シャーベットは食べたことがあるけれど味わい・見た目ともに大きな違いがある。しかし、これはすごい発想だね。氷の欠片に少し酸味の強いベリージャムを使ったソースをかけるだけ。そんなシンプルで、誰にでも思いつきそうなものなのに今までなかったなんて。やはりサイトの故郷、ロバ・アル・カリイエには一度行ってみたいな」「出たよ、レイナール先生のお料理評価が。美味いモンは美味い、それだけでいいじゃねーか」「いや、それは作り手に対して失礼だ。舌の上でとける氷の涼しさと残る甘酸っぱい風味。いや、ギーシュじゃないけどまさに初恋の味といっていいんじゃないかな」「レイナールの初恋か、想像できねーな!でもこれは美味い!!発想はサイトだがソースを仕上げた親父さんも相当なモンだな」ハルケギニアには果物を冷やしたデザート余談ではあるが、ギムリは美味しい料理を作り上げるマルトーの腕に惚れ込み『親父さん』と呼んでいる。これも水精霊騎士隊が結成されてからの話なので才人の、平民でも貴族でも気にしないというスタンスが彼にいいきっかけを与えたのかもしれない。一方、ギムリとレイナールのやり取りを聞き流しながらギーシュはかき氷に見入っていた。――この料理は美味で、味わった人々を魅了するだけではなく何かがある。そう、他にも豪華な料理はいくらでも味わってきた。中には金粉をふんだんに散らしたキャビアや、トリュフを贅沢に使ったパスタなんかもあった。でも違う。このカキゴォリは違うんだ!!誰もが見つけられるものではなく、じっくりと眺めてわかる。輝くシャンデリアのような煌き、ああ、素晴らしい。この美しさはそう、モンモランシーのようだ!盛大にトリップしているギーシュを挟みながらギムリとレイナールの議論は続く。「こいつに名前をつけてやりたいんですが、かまいませんね!!」「いいだろう、先手は僕だ。シンプルに『カキゴォリ・初恋味』というのはどうだろう?」「待てよレイナール、カキゴォリって発音はトリステインに馴染みがない。なんとか詩的に捻ってやろうじゃないか」「なかなか難しい注文をする……」「『始祖の惠・初恋味』ってーのはどうだ?」「それはロマリアにケンカ売られても仕方ない名前だね。色合いを考えて銀や白といったフレーズを入れたほうがいいだろ?『銀の恋人達・初恋味』という名前はかなりキテると思うよ」「それなら白いこい……いや、違うな。この名前はマズイ気がする。そうだ!『銀の降臨祭・初恋味』はどうだ!!」「なるほどな、悪くない気がする。しかし冷静に考えれば初恋が甘酸っぱくなかった人も要ると思うんだ。『銀の降臨祭・初恋風味』と少し灰色にした方がいいんじゃないかな?」「決まりだな、レイナール」「ああ、ギムリ」「「魔法学院名物『銀の降臨祭・初恋風味』だ!!」」結局宗教がらみなのでロマリアからのクレームは避けられない可能性が高い。そもそもこのかき氷はタバサががんばって氷を作り、才人が伝説の力を遺憾なく発揮してガシガシ氷を削った一夜限りの料理だ。ロマリアあたりからかき氷器が流れてこない限り、再びかき氷が日の目を浴びることはないだろう。ここでギーシュ、レイナール、ギムリの三人はマリコルヌが会話に加わらず、またぷるぷるしていることに気付く。「どうした?マリコルヌ」メガネをクイッとレイナール。「何かあったのかい?」薔薇をフリフリギーシュ。「俺達でよければ力になるぜ!」歯を光らせるギムリ。「おまぇらぁ……初恋初恋うるさいんじゃボケェエエエ!!!!僕の心の傷をえぐってそんな楽しいか?ああ!お前らみたくモテるヒトタチはさぞかし楽しいんだろうなぁあああああああああ!!!!!!初恋?初恋だって??僕の初恋なんて鼻で笑われて終わりさ、ええっ!!?近づくこともできずに終わったよ!!!甘酸っぱい想いなんてする暇もなかったさ!!!!」もはや彼の独壇場だった。怨嗟の声はアルヴィーズの食堂中に広がり、一切の音を奪った。誰も動けない、動いてはいけない。肩で息をするマリコルヌと、同様の思い出があるのか数名の男子生徒が流す涙。それ以外の動きは一切無く、世界中の時が止まったかのようだった、と後になって遠くの席にいたケティ嬢は語った。「俺達が悪かった、マリコルヌ……」「そうだな……軽率だったよ」時計を動かし始めたのはギムリとレイナールだった。彼らは立ち上がり、マリコルヌに向かって頭を下げた。頭を下げる、という謝罪方式は才人が騎士隊に持ち込んだものだ。その行為はマリコルヌに、水精霊騎士隊の絆を思い出させた。「いや、僕もちょっと取り乱しただけで……」と、頭をかきながらマリコルヌ。ギムリとレイナールは頭を上げると微笑みながら手を伸ばした。マリコルヌは二人の手をとり、硬く握った。小さいながらも食堂に喧騒が戻り始める。「そうだな……『銀の降臨祭・初恋風味』ではなくて……」「『銀の降臨祭・失恋風味』にしよう!!」「やっぱりお前ら死ねぇえええええええええええ!!!!!!!」この日マリコルヌはラインメイジに昇格したとか。3-2 特攻野郎・Zチーム(Zero)「男子がうるさいわね」ルイズ(中略)ヴァリエールはその可憐な眉をひそめ、不機嫌そうに言った。マリコルヌフィーバーがウザい、蹴りたい、黙らせたい。授業の後、鞭打ちを目論んでいたルイズだが彼女の飼い犬はとうとう晩に至るまで見つからなかった。いつもどおりなら彼は授業終了後、ルイズと合流し、水精霊騎士隊の訓練をこなし、一緒に夕食をとる。ところがここ一週間急激に暑くなり、騎士隊の訓練は休みがちになり、才人はふらふらと出歩くことが多かった。それがルイズの癇に障る。――もう少しご主人様と一緒にいたっていいじゃない……。普段ならもーーちょっと許してもいいかなぁ、なんて思うんだけど今日はダメ。お昼にジェシカとシエスタとあーんなに楽しそうにおしゃべりしていたんだから。ご主人様である私はさらに楽しませる必要があるってこと、あの使い魔はわかってないのかしら。昼の一件もあり、若干理不尽スイッチが入っている。当の才人はマルトー親方にかき氷を説明し、タバサと共同作業に励み(アレな意味ではない)、かき氷と賄を貪り喰らった後、ジェシカとシエスタを伴ってどこやらに消えてしまった。才人を探しに厨房を訪れたルイズは丁度入れ違いであったようで、表情の変化に乏しいタバサに、それとわかるほど自慢げな顔をされた。そこに来て男どものバカ騒ぎである、きっとルイズじゃなくてもいらっとくるはず……くるかなぁ、きっとくる。そんなルイズの両隣を固めているのはタバサ、モンモランシーだ。左隣のタバサはちらっとルイズが見るたびに勝ち誇った顔をする。モンモランシーはシレッと「あら、これ美味しいじゃない」とかき氷をパクついていた。彼女達の前にはキュルケ、ティファニア、アニエスが陣取っていた。アニエスは水精霊騎士隊の訓練で魔法学院に十日ほど前から滞在している。当初、食事は使用人たちとともにとっていたが、オールド・オスマンに「是非食堂を使いたまえ」と請われて食事場所を変えた。オスマン校長的には教員席でそのむ……いや、ふとも……まぁ、世間話に興じたかったようだがアニエスはルイズを見かけるとあっさり席を移った。――これは、何か悪意を感じるわ。ルイズのシックス・センスは始祖の見えざる手、あるいは悪魔による精神攻撃を敏感に察知していた。もっともそれを感知していたのはルイズだけだったので、周囲の五人はそ知らぬ顔で食事を進めている。そしてルイズはいよいよ悪意の源泉、あるいは勘違い、を見いだした。――これがサイトの言ってた南北問題ね。テーブルを赤道とした、南半球(ルイズ側)と北半球(ティファニア側)での貧富格差は大きかった。ルイズは俯いた。視界を遮るものはテーブルくらいしかない。左右を見る。相変わらずドヤ顔のタバサは言うまでもなく、右隣のモンモランシーだって自分と大差ない。憎むべきは貧困(貧乳)だ、という言葉が地球には存在するが、ルイズは異なる答えを知っている、持っている。前を見る。己の敵をしっかり見据えた。――ブリミル様。この世界が貴方の作ったシステム(成長予定)どおりに動いているって言うなら、まずはその幻想をぶち殺す!突き出した右手を勢いよく握り込むと同時に、ギラッと目が光を放った。ひょっとしたら極小のエクスプロージョンだったのかもしれない。ティファニアはそれを見て「ヒッ!?」と脅えて両腕でその実をかばった(誤字に非ず)。その姿にルイズは弾力の強いババロアを幻視した。大きなババロアをスプーンの腹で抑えれば当然形が歪む。それと同じことが目の前で起こっていた。それを見たルイズさんはさらにその目に焔を灯し、掌を自分に向けるよう、肘を折り曲げた。そしてもう一度、小指から順にゆっくりと折り曲げ、握りこぶしを作る。遠目に見ると「あの人はガッツポーズなんかして、いいことあったのかしら」程度にしか思われない。事実、シュヴルーズ先生なんかは「あらあら、ミスタ・ヒラガの考えたカキゴォリがよっぽど美味しかったのね」なんて考えている。しかし、平然としていたキュルケ、アニエスにすらルイズから発せられる威圧感は重かった。キュルケは呻き、アニエスは冷や汗を流した。「これが虚無か……」とアニエスが呟いたかはいざ知らず、ルイズのかき氷はすでにタバサとモンモランシーによって分割統治されていた。――今なら杖がなくたって、虚無を放てる。詠唱だって要らない。心を解き放てば世界を平坦に、いえ、平等にできる気がするわ!!言うまでもなく、そんな虚無のスペルは存在しない。あったとしたら『乳崩壊』<デストラクション>とでも名前がついていたのか。あったとしても何故ブリミルがその呪文を残したか、大いに議論されることだろう。そんな闘志を燃やすルイズのお腹が小さく「くぅ」と鳴る。同時に、威圧感は消え、崩壊の危機は去った。我に帰ったルイズは才人謹製のかき氷が南半球の仲間に奪われていたことに気づいた。親友だと思っていたクラスメートが実は魔術師だったかのような衝撃、そのクラスメートに肉体的に痛めつけられ、裏切られたかのような気分だった。持たざる者同士、鋼の結束で繋がれていると信じていた。特に今日のルイズは才人との触れ合いが少なかった。授業中も、授業が終わってからも才人と会えず寂しさが少し、ほんのすこぅし積もっていた。このかき氷のことをタバサから聞いたルイズは「ふふっ、ご主人様にだけ奉じれば良いのに。ま、皆に喜んでもらいたいとか、そーいう子犬みたいっていうか、純粋で健気なところもサイトの良いところなんだけど」とタバサに語った。 そのルイズは才人との絆のように感じていたかき氷を失い、モグラのように沈みこんでしまった。ルイズがそんなにしょんぼりするとは思っていなかったタバサとモンモランシーは謝った。それはもう誠意を込めて謝った。それに対して、ルイズは「いいの、どうせほっといたら溶けちゃうんだし。またサイトに作ってもらうわ」と寛大な態度を示し、淑女らしく優雅に食事をとった。その後五人に別れを告げ、部屋へ戻り、ルイズは2時間眠った。そして、目をさましてからしばらくして、せっかく才人が作ってくれたかき氷を食べられなかったことを思いだし、泣いた。