「トリックオアトリート!」 バタンと扉を開けて満面の笑みを浮かべたタバサが部屋に飛び込んできた。 服装は、いつか才人が夢で見たようなフライトアテンダントのものだ。「トリックオアトリート!」 ルイズと才人はポカンとしたままリアクションを返せない。「トリックオアトリート!」 それでもタバサは笑顔のまま叫んだ。 しかしたっぷり十秒近く二人は固まったまま。「トリック、オア……トリート……」 とうとう顔を赤らめながらいつものタバサに戻ってしまった。「た、タバサ?」「どうしたのよ」 ここでようやく現実に回帰した二人がタバサに駆け寄る。 少女は若干涙ぐんで、女のルイズでさえたじろくほどの小動物っぽさがあった。 とある属性持ちの人ならイチコロに違いない。 そしてここには最近兄属性を持ちはじめた男がいた。「よしよし、どうしたんだいきなり?」 ぽふぽふとタバサの髪を軽く撫でる才人。 タバサはすかさず才人に抱き着き、ルイズに邪悪な微笑を送った。――タバサ……恐ろしい子! 登場からすべて計算済みだったのか、と戦慄くルイズを放置してタバサと才人が喋っている。「それで、なんでハロウィンなんだ?」「はろうぃん?」「ありゃ、知らずに使ってたのか」 才人は左手をタバサの背中にまわしたまま、右手でぽりぽり頬をかく。「トリックオアトリートっていうのは、俺のいた世界のハロウィンって行事の、合言葉みたいなもんなんだ。タバサは誰から聞いたんだ?」「家臣のキスクとハンセン」「うんそれは違うハロウィンだな」「?」「タバサは知らなくてもいいことだよ」 ぽんぽんとタバサの頭に手を置く。 彼女はぐりぐりと才人に顔を摺りつけている。 外では気持ちよさそうに鷲が飛んでいた。――にしても、ハロウィンか。 今日は虚無の曜日でケンの月は三十一日、丁度地球で言う十月三十一日にあたる。 純然たる日本人の才人はハロウィンについてあまり詳しく知らない。 せいぜいが「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」とかコスプレして街を練り歩くこと、カボチャの提灯ことジャック・オー・ランターンくらいだ。――ハルケギニアでも似たような行事はあるのかな。「ハルケギニアにも仮装行列、でいいのか。今日はそういうのってないの?」「ガリアでは収穫祭なら丁度今日」「収穫祭かぁ」 才人には今一つ想像がつかなかった。 そんな彼の様子を察知したのかタバサが言葉を連ねる。「村や町単位でお祭りをする。食べたり飲んだり踊ったり」「へぇ、てかこの服どこで手に入れたんだよ」「リュティスの宝物庫にあった」 勿論発掘してきたのはカステルモールだ。 最近タバサは、彼の言うままに操られている気がすると感じていた。 だがそれも才人をゲットするためだ、と耐えて彼の持ってくる本を片っ端から読破している。「すばら、いや、変なモノがあるんだな」「……きらい?」「そんなことない!」 ぐっと才人はタバサと視線をかち合わせる。「男のロマンだ!」 叫んだ。至近距離で叫んでから才人ははっと我に返った。――お、俺にそんな趣味はない、よな……? 三羽烏の影響か、趣味嗜好がアレになりはじめた才人。 タバサはそんな彼ににこっと笑いかけて。「うれしい」 なんて言ってくれる。 その笑顔は“シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”の面々が見れば身もだえして魔法がワンランクあがるほどの威力だった。 タバサのことは基本的に妹としか思っていない才人も少しドキッとした。「あ~ん~た~ら~」「ルイズ!?」 地の底から響いてくるようなルイズの声に、才人は違う意味でドキッとした。 先ほどまで硬直していたルイズは悪鬼もかくやという形相で叫ぶ。「いつまでくっついてんのよ!」「うわっ」「……ちっ」 才人は慌てて飛びのいたが、タバサは彼に聞こえない程度に、それでいてルイズに聞こえる非常にハイレベルな舌打ちをかました。「あんた、ホントいい根性してるわね……」「つーん」――つーんって言った。この子口で言った。「ぷいっ」――こいつありえねぇ……。 ルイズが色んな意味でぷるぷる震えだす。 どこか邪悪な笑みでタバサはそれを見守っていた。「まぁまぁ、折角だし地球のハロウィンっぽくやるか」*「親方~」「あん? どうした我らの剣」「カボチャくださいなっ」 カボチャ提灯を作るため、才人は厨房を訪れていた。 時刻は昼前、料理人たちはせわしなく動き回っていてマルトーはテキパキと指示を出している。「カボチャならそこに積んであるが、今度は何を作るんだ?」 マルトーが指さした先にはごろごろとこげ茶色の物体が山を作っていた。 両掌ほどのサイズが大半を占めるそれにカボチャ色の物体は見えない。「あんな色じゃなくって、こう、オレンジ色っぽいというかカボチャ色のヤツないんですか?」「ないぞ」「……え」「いや、あの色以外のカボチャは仕入れてないぞ」――な、なんだってー!!「がっくりしてどうしたんだ?」「なんでもないっす……」 とりあえず才人は手ごろな、蝋燭が一本なかに立てられそうなサイズのカボチャを持って厨房を去っていく。 マルトーは怪訝な顔でそれを見送った。 さて、色は気に入らないものの才人はカボチャを手に入れた。 この間トリスタニアで手に入れた小さなナイフでざくざくカボチャを彫っていく。 鼻と目は逆三角形、口はデコボコで歯を表現したお決まりの形。 普通カボチャはかなり硬いので彫るのにも時間はかかるが、ガンダールヴのルーンがうまく作用して三十分もかからず仕上げることができた。「完成ッ!」 こげ茶色だが、どこからどう見てもジャック・オー・ランターンだ。「うん、いい出来だ」 軽くたたいてみれば少々頼りない音が響く。 くりぬいた頭から蝋燭を入れて金属の取っ手をつければランタンとして使えるだろう。「ルイズとタバサは準備できたかなー」 るんるん気分で才人は火の塔の階段を駆け上る。 ノックをして、返事を待たずにドアを開ければそこにはルイズとタバサが待ち構えていた。 厳密には、マントで体を覆ったルイズとフライトアテンダント姿で読書にいそしむタバサが座っていた。「あっれー、なんでマントで体隠してるんですかー?」「うざっ」 悪態なぞどこ吹く風といった様子で才人はカボチャ片手に彼女をじろじろ眺める。 彼女の頭にはいつかのウサ耳、マントの下は言うまでもない。 かく言う才人もだんだら羽織を身に着けて、気分はすっかり時代村だ。「というわけで、レッツゴーハッピーハロウィーン!」「れっつごー」「……この犬うざい」 意気消沈しているルイズをずるずる引っ張って才人とタバサは意気揚々と男子寮に向かった。*****――今日はいい日だった。 魔法学院の表にシルフィードを待たせているタバサは、今にもスキップしそうなほど上機嫌だ。 才人と共に過ごした一日は彼女にほわほわと幸福感をもたらしていた。――カステルモールの意見も馬鹿にできないわ。 それが自分の服装のためか、家臣のアドバイス通りの行動のためなのかはわからないが、今日の才人はいつもよりタバサにかまってくれた、と彼女は感じている。 才人だけではない、特攻した男子寮でもレイナールはじめ水精霊騎士団の面々は女王即位前とさして変わらぬ対応をしてくれた。 普通ならばかしこまった態度をとらねば不敬罪だと文句をつけるかもしれない。 だがタバサにとってはむしろその気安い雰囲気が束の間の平穏を思い出させてくれて嬉しかった。 久しぶりのキュルケとの会話も楽しかった。姉のような彼女を前にすると「やっぱり妹路線は間違いじゃない」と確信を抱かせてくれる。 そんな楽しい一日を送ったタバサ、少し怖い夜道も全然へっちゃらだ。 ふと、彼女は前方に灯りを見つけた。 五メイルほどの距離、位置は人の腰くらい。 宙に浮いているようにも見える。――お、お化け!? 思わずびくっと震えたが、よくよく観察すると違う。 その灯りはカボチャをくりぬいた、才人が昼間作ったようなランタンだ。 黒いマントを身に着けた人が持っているせいで浮いているように見えただけだった。 タバサに背を向けて影のように佇んでいる。――まぎらわしい。 カボチャ提灯なんてものを作るのはサイトくらいだ、とタバサはその人物にアタリをつけた。 きっと自分を驚かせようと待ち構えていたに違いない。 ぷくっと頬をふくらませて駆け寄る。 だが、違った。 才人の彫ったランタンはこげ茶色のものだった。 なのにこの人影が持っているのはカボチャ色。 それに才人は三角のとんがり帽子なんて持っていない。 人影がゆっくりと振り返る。 その顔は、人間のものではなかった。 タバサはふらっとよろめいて、意識を手放した。 カボチャ男はそれを見てケタケタ笑っていた。*****「どしたのタバサ?」「……」「ちょっと、ナニひっついてるのよ」「……」 翌日、ルイズに毒を吐くこともせず才人にしがみつくタバサの姿が魔法学院で見られたとか。