親愛なるお父様夏も盛りをすぎ、秋めいた空気も感じられる今日このごろいかがおすごしでしょうか。あと一月ほどで収穫期を迎える領地では領民たちが活気づいていることでしょう。この時期になると家臣が慌ただしく動き回り、お父様も執務室にこもりっきりになるのを今では懐かしさすら覚えます。忙しさにかまけてお母様をないがしろにしていないか、少し不安です。さて、わたしの方はつつがなくすごしております。この夏にありましたトリスタニアの終戦パレードでもクルデンホルフ家の者として責務を果たしました。お父様がいればきっと褒めてくださったに違いありません。そんなベアトリスに二つだけご褒美が欲しいのです。別に欲しいものがあるとか、そういう話ではありません。ほんのささやかなお願いです。一つは新しいわたしの友だちを、ティファニアさんを冬季休暇にクルデンホルフに招待すること。きっとお父様はティファニアさんを見て驚くと思います。ですが彼女は素晴らしい人です、わたしはこの年になってようやく「人柄に惚れる」という言葉を実感しました。アンリエッタ女王陛下やマザリーニ枢機卿と面識があるだけでなく、水都市の聖女として名高いラ・ヴァリエール家三女とも親交のある社会的にも地位のある方です。この手紙で素性を明かすわけにはいきませんが、お父様も彼女のことを気に入るとわたしは確信しています。是非わたしの友だちを紹介させてくださいまし。それともう一つ、こちらは緊急というか、可及的速やかに処理していただきたい案件です。その、お父様の好意を無碍にするつもりはありません。ただわたしも限界なんです、わかってください。一刻も早く、空中装甲騎士団を―――。「お嬢さまー!」「もー! とっととクルデンホルフに帰ってよぉ!!」「訓練をしますぞー!」「もぅいやぁーっ!!」 ベアトリスは若干涙目になりながら懇願した。* 空中装甲騎士団、それはアルビオン亡き今ハルケギニア最強の竜騎士団である。 その事実に疑いを持つものはかなり多い。 大体がプライドの高い貴族だ、「俺のところが強い」「いや我らこそが」と押し合いへし合い自己主張しまくるので最強という称号は中々手にしがたい。 アルビオン軍は名実ともに認めざるを得ない精強さだったので、皆しぶしぶ口にしていただけだ。 軍閥貴族はいつも、いつか俺たちの軍が、と胸中で決意していた。 さて、戦力的に最強であるかは棚に上げても知名度ではハルケギニア最高の竜騎士団である。 特にこの夏あったトリスタニアでのパレードでその強さというか、色々とアピールしたので一般民衆の層にはかなり広く知れ渡った。 空中装甲騎士団という名前だけは知っている、というトリステイン国外の平民も増える一方だ。 誇りについて口やかましい一部貴族の間では苦々しく思っているものも数知れず。 平民に媚びを売るなど、と吐き捨てながらも無視はできない集団に成長しつつあった。 そんな彼らはお世辞にも行儀のいい集団とは言えない。 自己顕示欲が強く、むしろ迷惑を周囲にまき散らすほうだ。 春先には平民から一部貴族子女まで声をかけたり威圧的であったり。 この夏にはアダルティさを勘違いした訓練風景で魔法学院に阿鼻叫喚の地獄絵図を呼び起こしたほどだ。 だが彼らとてシメるところはきっちりシメる。 主君であるクルデンホルフ大公の長女、ベアトリスには忠誠を誓い、それが態度でも示されていた。 それが最近では、どこかの誰かさんのおかげで最近騎士団は彼女にまでちょっかいをかけるというか、遠慮がなくなってきた。 何かにつけて彼女の権力を活用して楽しもうというあたりが非常にずうずうしい。 一番無礼だと感じたのは「お小遣いください!」だ。 流石にそれは酔っぱらった団長が先走っただけだったが、彼女の反応を見てニヤニヤ笑っていたりもするのだ。 そして「忠誠にはむくいるところが云々」とアンリエッタから少しだけ教わり、なおかつ自覚していないながらも若干染まっているベアトリスにはそれを上から抑え付けることはできなくなっていた。「というわけでなんとかしてください」「いや、そんなこと言われても……」 ずいぶんと長い前置きをエレガントかつ婉曲的にベアトリスから語られた才人。 すでに話しはじめてから一時間近くたっている。 日はずいぶん高くなりつつあった。「お父さんに手紙送ったんだろ?」「出すのは明日の朝一郵便でです。それに、返事が来るまでどのくらいかかるかわかったもんじゃありません」 これまた優雅な仕草で彼女は冷めきった紅茶を口にした。 すっかり酸化してしまったようで、まずい。 それがベアトリスの現状まで示しているようで彼女は眉をひそめるしかなかった。 一方才人は何も気にせず紅茶を飲み干した。 彼はそこまで味覚が繊細なわけではない、飲めればなんでも飲む男だ。 ただ水分をとって少し気が抜けたのかぷしゅーと息を吐いた。 なんとなく彼は部屋を見回してしまう。 ベアトリスの部屋はいつも才人が過ごすルイズの部屋と違って、少し豪華さを重視した家具が多かった。 御主人がシックなものを好むならこの少女は華美なものを好むのか。 うむむ、と才人は意味もなく首をひねった。 巨大なツインテールが目立つ少女もつられて小首をかしげた。「何かいい案でも思いつきまして?」「うーん……」 部屋の違いについて考えていたなんて才人は言えず、言葉を濁す。 ついでだから空中装甲騎士団にも思いをはせた。 脳裏によぎるのは一番はじめ、彼女と出会ったときの記憶。――そういえば、こいつ最初ティファニアいじめてたんだよな。 空中装甲騎士団とのいざこざのとき、彼女はルイズに精神的シゴきを受けていたはずだ。 そしてティファニアに許され助けられ、気づけば彼女を慕っている。――人は変わるもの、か。 そういえば才人も当初は平民扱いだった。 今でこそ先輩としてちょっとだけ上においてくれている。 魔法学院の学生でもない才人としては先輩扱いせずともいいのに、と思うが彼女の心境は察せない。 ちらとベアトリスの様子をうかがう。 不安そうな表情だった。――後輩のために一肌脱ぐのも先輩、だな。「よし」「?」「いっちょやってみましょうか」***「というわけでどうすればいいですかね?」「なぜ私に聞く」 ところ変わってトリスタニアは衛士の駐在所、才人はアニエスを訪ねていた。 本来なら彼女は王宮でなんだかんだと働く予定だったが急遽現場というか、王都巡回の任が割り振られた。 ド・ゼッサールが快く彼女の仕事を奪ったせいである。『花は外で咲いてこそ!』『今の時期は書類より外回りへ、民衆の人気は稼ぐにこしたことはないですからな』 余計なお世話だ、とアニエスは歯噛みしながら、マザリーニ枢機卿からも追い出されてふてくされていたのだ。「むずかしいなぁ……」「仕事をさせろ仕事を、私にもヤツらにもだ」 アニエスの言葉をスルーしながら才人はうなる。 才人はマイブームが過ぎ去ったのかいつものパーカーを着ている。 それでも問題なく駐在所まで着けたのは例の世紀末救世主(義兄)な鉄仮面のおかげだ。 特徴的すぎる服装に声をかけようとする人はいたが、周りの人間に制止されて踏みとどまっていた。 アニエスも浴衣姿なんかではなく、いつも通りの軽鎧姿で頬杖つきながら机をコツコツ叩いている。 表面上はちょっぴり不機嫌そうな様子だ。 だが実際のところ彼女はそこまで不機嫌ではなかった。 なんたって才人は彼女の初弟子だ、今は微妙に仕事をサボっているのだし、暇つぶしができる分には問題ない。 復讐も終えてアンリエッタもはっちゃけてなおかつ夏祭りで散々さらし者にされてロマリアの尻尾をつかめなかった。 アニエスさんは少しお疲れモードで癒しを求めていた。「仕事……」「働かざるもの食うべからずといったか? お前が昔言っていたことだ」 むむむ、と腕組みしながら考えこむ。 残念ながらそんな記憶はでてこなかった。「でも訓練して、それ以上はやることがないらしいし」「もっと訓練すればすむことだろう」「そりゃ無茶だぜ姉ちゃん……」 デルフリンガーの声にもバカバカしいと言わんばかり、アニエスは手をひらひら振った。――訓練を一日中……。 むさくるしい男どもがひたすらに学院を走り回る光景を才人は想像する。 想像するだけでイヤになった。「それはちょっと、ていうか学生の情操教育的にもアウトです」「? 何を言いたいのかよくわからんが……」「なんか銃士隊の仕事まわしたりとかできないですかねー」「まさか、できるはずないだろう」 他国の騎士団を王都の警備に駆りだすなど聞いたこともない、と鼻で笑う。「騎士団、騎士団かぁ」 才人もそんな話聞いたことなかった。 ただ、頭にかすかにひっかかるものを感じる。――ちょっと違うけどなんかあったような……。「そんなことよりサイトも巡回にいくぞ」「へいへい」「師匠より高給取りになりそうな弟子は何をおごってくれるかな」「げ、あんま持ち合わせないですよ」「剣を新調するのもアリだな」「ムリです!」* 早速才人は後悔していた。「見たくなかった……」「ま、まぁよく似ているんじゃないか?」 泣く子も黙る銃士隊隊長も彼にかける声が見当たらない。 アニエスには珍しいほどうろたえて、手もわたわた宙をかいている。「世の中って、残酷ですよね」「あ、ああ」 ほろりと左目から涙一筋。「相棒、お前は今、泣いていい!」「もう泣いてるよ……」 以前彼自身がデルフリンガーに教えた台詞も心の回復には効果がない。 常の彼ならその言葉だけで奮い立っただろう、叫んだだろう、燃えただろう。 だがしかし、それも「もし」の話。 今の彼には一切効き目を示さなかった。 大きな建物の前でがっくりとひざをつき涙する。――何をしていても目立つのにさらに目立つことをしてどうする。 内心で舌打ちしたいやら慰めたいやら複雑なアニエスはとりあえず才人の背中をポンポンと、幼子をあやすように叩く。「アニエスさん!」「ひわっ!?」 才人はアニエスに抱きついた。 金属製の軽鎧ごしで豊かな感触など全くわからない、それでも彼は誰かにすがっていたかった。 いやらしい気持ちは欠片もなかった。 奇声をあげたアニエスは一瞬硬直して、今度は才人の頭を撫でてやる。 ごわごわした感触が少しだけ愛おしく感じた気がした。 そこではっと気づく。 石造りの建物前はそこそこ人通りが激しい。 そんなところで抱きあう金髪美女と黒髪の変わった服装の人物。 しかも銃士隊は夏のパレードで空中装甲騎士団と並んで広く知られた女王陛下の近衛隊、その隊長の顔とあらばタニアっこに知られていないはずもない。「あれ銃士隊隊長だよな……」「え、華の銃士隊の?」「うわあれ別れ話かな」「イビリかもしれないよな、厳しいって聞くし」 そんな人々の遠慮ない視線にアニエスは真っ赤になって。「ち、違う! とっとと散れ!!」 なんて叫んだが、かえって逆効果だった。「マジかよ、ちょっと憧れてたのに」「男泣かせなのね……」――くっ、どうしてこうなった……! ギリと奥歯を強く噛み締めるが右手は才人の頭を撫でたまま、行動と表情が全然一致していない。――かくなる上は!「アニエス隊長?」 ナニかを決意しかけていたアニエスが振り向けば、そこには銃士隊副隊長、本日休暇中のミシェルが建物から出てくるところだった。 ここはタニアリージュ・ロワイヤル座前。 トリスタニアで一部の層にブームを巻き起こした『走れエロス』を公演している劇場だ。 アニエスもミシェルもお互い少し気まずくなって顔をそらした。*「で、ミシェルは何をしていたんだ」「隊長こそ、なんでサイトを抱きしめながら泣かせていたんですか」 む、とお互い言葉に詰まる。 あの後二人で才人を担ぎ上げて衛士の駐在所まで駆け戻ってきたのだ。 いまだにめそめそいている彼を適当な一室に放り込んで、机を挟んで二人向き合っていた。「私はサイトがいきなり泣き出して……」 いや理由はわかるんだが、とごにょごにょアニエスは口の中で転がす。 はっきりとした物言いを好むアニエスらしからぬ態度だ。 彼女はちっとも悪くないけれどなんとなく説明しづらくて、しかも泣き出したあとの行動についてはこれっぽっちも説明になっていなかった。「わ、私のことはいいんだ!」「よくないです」 声を荒げながら立ち上がるもこの副隊長には通じない。 ミシェルはある程度アニエスと付き合いがある。 今のは「誤魔化したいときの叫び」ということを見抜いていた。「まさかとは思いますが……」 じとっとした視線で隊長の内心を見抜こうとするも果たせない。「そんなことはない!」「あやしいです」「私はあいつの師匠だぞ」 まったく、と再び椅子に座るアニエス。――師匠とか弟子とか関係ないと思うんですが。 ミシェルはその言葉を胸の中に押しとどめた。 アニエスは混乱しているだけに違いない、と様子から見てとれたからだ。「貴様こそ何をしていた!」「そりゃ観劇ですよ」「あの演劇を、か?」「ステフに誘われました。本人は時間通り待ち合わせ場所に来なかったのですが、折角話題になっているので観るのも悪くないかと」――許せ、ステフ。 心の中で謝れば「今度何か奢ってください」と返事が聞こえた気がした。 今度はアニエスがミシェルの胸中をさぐろうと訝しげな視線を送る。「ホントか?」「嘘をつく必要はないでしょうね」――恥ずかし気まずいからです。 才人は市井の人間にとって雲の上の存在に近い。 当然その活躍を、すごく改変しまくったストーリーで見ても非日常ということですますことができる。 だがミシェルは才人をよく知っていた。 しかも俳優はかなりがんばって探したのか、本当の才人に似た、ぼっちゃりした人物が起用されていた。 高等法院の審査もとおっており、そこまで露骨な表現などはなかったがなんだかミシェルは興奮して、そんな自分に軽い自己嫌悪真っ最中。 なんで見たんだろうと過去の自分を問い詰めたくなっていた。「……嘘をついている気がする」「それこそ気のせいでしょう」 ミシェルの背中は冷や汗でびっしょりだ。 ここまでして誤魔化したい自分が彼女自身謎だった。――さらっと「見たかったから行きました、えへ」と言ってしまえば楽になれるのに。 ちっぽけな自分のプライドが恨めしい。「どりゃああああ!!」 そんな中突然バタンとドアを蹴り開いたのはさっきまで泣いていた才人だ。 その瞳はめらめら燃えている。――こいつはどうしたんだ一体。 奇しくもアニエスとミシェルの思いが一致した。「……してやる」「は?」「復讐してやるぅぅうううう!!」 またもや吠えながら才人は駐在所から走り去った。 残された二人はしばらく呆気にとられ。「……仕事、するか」「私帰ります……」 それぞれの日常に戻った。***「というわけでなんとかなりませんか?」「それは難しい」 マザリーニ枢機卿の執務室、アニエスは律儀に今日あったことを報告していた。 それは師匠だから弟子を贔屓して、というわけではない。 彼は今やトリステインでもかなり重要人物と王宮内の一部で目されている。 その言動はマザリーニないしアンリエッタに報告する必要があるのだ。「彼はそういう風習を嫌っていたのか」「はい、毛嫌いしているようです」――少しやりすぎたか。 見た目は老域にさしかかった枢機卿は内心軽く反省した。 なんといっても才人は稼ぎ頭だ。 各国貴族に武名が知られており民衆の人気も高い。 彼を前に立てればそれだけで物が売れ、税金もたっぷり入る。 だからといって重用してはいけない、極力少ない報酬で最大限の働きをしてもらう。 アンリエッタをはじめ一部除く王宮内の総意はそういったものだ。 だが、あまり機嫌を損ねてやる気をなくされても困る。 ここでマザリーニは『ハナビ』や『ユカタ』が才人の故郷由来であることを思い出した。「ふむ……」――少しの譲歩なら問題あるまい。 すでにタニアリージュの演劇はそれなりの成功をおさめ、目標以上の売り上げを得たはずだ。 なら次なる催しに移る時期が少しくらい早まっても問題ない。 搾り取るだけ搾り取る、ではなく譲歩して彼に寛容さを示すことこそ重要だとマザリーニは判断した。 同時に新たな金儲けプランも立ち上がっていた。「演劇の公演期間をひきのばす、というのはこちらからあまり干渉できない」「やはりですか」「だが、彼が別の何かを行ってくれるというなら話は別だ」 ニヤリとマザリーニは笑う。 しかし、彼は才人のことを過小評価していた。* 同時刻。――人の噂も七十五日、というけど。 あんな噂は一日も早く消さなければいけない。 才人は必死に頭を回転させる。――脅してやめさせるとかはダメだ。劇団の人とかも生活があるはずだし。 思い出すのは妖精亭のみんな。――じゃあどうすればいいんだ。 沈みゆく太陽が目に沁みた。 世界が茜色に塗りつぶされる時間、遠くには魔法学院の本塔が見える。――塗りつぶせばいい、そうだ。 この夏を思い出す。――俺がもっと面白い劇を提供すればいい。 ここで彼はマザリーニと同じ結果に、まったく違う思考プロセスで至る。 さらに、すっと才人は脳内の何かがつながった気がした。「帝国華劇団だ……」 その言葉は夕焼け空に高く昇っていく。 才人はぐっと拳を握りしめた。*「ベアトリスゥゥウウウウ!!」「きゃぁっ!?」 ズダンと扉を押し開き才人は部屋に飛び込む。 突然の物音、侵入者にびっくりしたベアトリスと、たまたま一緒にいたティファニアは思わず跳ね上がった。「レディーの部屋にノックも」「そんなことはどうでもいい!」 入室の許可も何も得ず部屋に押し入り、才人はベアトリスの肩をつかんだ。 顔が近い。 ベアトリスはさほど狼狽しなかったが、隣で見ていたティファニアがもうこれ以上ないほどドキドキしていた。――え、なにこれ。サイトってベアトリスが好きだったの? 非常に情熱的なアプローチのように見える。 才人から迸る熱意がハンパない。 野望に燃える男がそこにいた。「手紙は!」「ま、まだあります」 よくよく眼を見ると血走っている。 普段は強気なベアトリスは思わず椅子についたまま後ずさろうとした。 しかし才人ががっしり肩をつかんでいるため一サントたりとも動けない。――な、なんですのよ!? 心の中では半泣き、表面上はあくまで強気な表情を崩さずにベアトリスは彼を睨みつけた。「出すな」「はい?」「手紙はまだ出すな、空中装甲騎士団は俺がもらう」「ハァ!?」「へ!?」「そういうことだ!」 言いたいことだけ言って、やってきたときと同じく暴風のように才人は去って行った。 ポカンとした二人はしばらくすると正気に返って才人の言葉を考える。『手紙はまだ出すな、空中装甲騎士団は俺がもらう』 才人が一切の他意を含むことなく告げたのは間違いない。 彼には騎士団、厳密にはイケメン集団が必要だった。――動けて声が大きければなおよし、空中装甲騎士団が一番適任だな。 たったそれだけの考え。 それが金髪ツイン子にどうとられたのか。『空中装甲騎士団は俺がもらう』 空中装甲騎士団はクルデンホルフ大公国所属、 それはどうあがいても変えようのない事実だ。 ならば彼らをもらうとはどういうことか。 自分がクルデンホルフのトップに立つという意思表示に他ならない。――え、え、え? あの人ラ・ヴァリエール先輩の、でも!? 現実的手段でクルデンホルフ大公国の主におさまるためには婿入りするしかない、ベアトリスと結婚するしかない。 ベアトリスは少し冷静になって、一気に頬を紅潮させた。 彼女は大公国の娘、アプローチをしかける貴族は少なくない。 だがいずれの男もクルデンホルフに何かしらの形で借りを作っているので機嫌を損ねないよう、遠回しなものにとどめていたのだ。 彼女は生まれてはじめて、男性から超積極的に迫られた。 という風に勘違いした。『手紙はまだ出すな』 さらに考え込むベアトリスはこの言葉の裏も想像した。 これは「手紙を出さず俺が直接あいさつにいく」という意味にとれる。――そういえば朝も、父のことを「お養父さん」って言ってた気が!?「あ、あの元平民ナニを考えているんだか! 恐れ多くも大公令嬢に「お前が欲しい」というなんて!」「その飛躍はおかしいと思う……」 この夏、才人の勘違いを振りまく言動をこれでもかというほど叩き込まれたティファニアは冷静に突っ込む。 ベアトリスはティファニアに静かにさとされ、色んな意味で怒り、落ち込んだ。*「お前らぁっ!」 嵐を呼ぶ男、平賀才人が空中装甲騎士団の屯所に殴り込みをかけた。 学生が夕食をとる少し前、彼らはこれくらいの時間帯にいつも晩飯を食べる。 食事にはワインがつきもので、ほんの少し彼らも酔っていた。 ギランと才人の目が光る。「夜になるってのに飲んだくれて……」「いやそれはいいだろ」 団長はツッコミを入れたが、才人はやれやれと肩をすくめた。「それでいいのか」 瞳は真剣そのもの、語気は静かだが猛々しい何かを秘めている。「それでいいのかって聞いてんだよ!」「よ、よくない気がする」 空中装甲騎士団の面々は呑まれた。 才人の放つよくわからない「お前らはダメだ」オーラに呑まれてしまった。「そうだ、よくない」 軽く酔いの回った頭で「何がよくないんだろう?」と考えた団員もいたが、空気を読んで場の推移を見守る。 こうなるともう才人の独壇場だった。「俺にすべてを任せろ、今日から空中装甲騎士団改め大公国華劇団だ!」 トリスタニアに真夏の夜の幻を作り上げた男の逆襲がはじまる。~後編に続く~