――ガチャ――「たっだいまーおき」「今夜はあなたがご主人様ぴょんっ!」……。――バタン――――あ、ありのまま今起きたことを話すぜ。ルイズがばにーが――ガチャ――「な、ん、で、あんたはそっこう逃げてんのよ!!」――バタン――「わたしが何のためにこんな恥ずかしいカッコしてると思ってるのよ。そもそもあんたが月にウサギがいるとかそんなこと言うからじゃない。サイトがウサギを好きだろうとかそんなことは一切考えてないわ。元々わたしはウサギ好きだもの。ほらあの白いふわふわの毛もいいし、寂しくて死んじゃうところもまるでわた、じゃないわ、どこかの誰かさんみたいじゃない。ちいねえさまが飼っていたウサギもかわいかったわ。でもウサギの鳴き声をわたし聞いたことないの。ぴょんだなんてウサギが鳴くはずないからそれはきちんと覚えておきなさい。それにキュルケに聞いたらこんな衣装があるっていうからそりゃ、まあ公爵令嬢たるわたしも前のワンピースのこともあるし、一度くらいそでを通してもおかしくないわ。むしろ自然、そう自然な出来事。決して超自然的な出来事ではないの。わかるでしょ? ええわたしは落ち着いているわ。べ、べつにサイトのために着たんじゃないわよ。あくまでわたしの……学術的というか、そう、民俗学的好奇心に基づいているのよコレは。で、とりあえずあんたはわたしに言うことあるんじゃない?」ルイズは今日も絶好調だった。白いうさ耳に黒いレオタード、網タイツまで装着してなのに足元は学院指定のローファー。才人をベッドに放り投げてからウサギなのに馬乗りになってそれはもうまくしたてた。才人は自分がいかがわしい店にまぎれこんだ、というよりこの光景を夢であることを疑った。むに、と自分のほっぺをつまんでも痛い。現実はいつだって非情だ。「その、ルイズ?」「なによ今更褒めようって言うの? 遅い、遅すぎるわ。いつだったかあんたも言ってたじゃない。文化の基本法則は早さだって。大体あんたには情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さすべてが足りないのよ。何よりわたしを褒める言葉が足りないわ。あんたもっとわたしを褒めなさい。女は褒められてきれいになるって知らないの? そう知らないの、じゃあ今すぐその足りない脳みそに書き込みなさい。なんだったら痛みとともに植え付けてあげてもよろしくてよ。いやわたしがサイトに褒められたいっていうわけじゃないわよ、勘違いすんじゃないわ。ただあんたもシュヴァリエをいただく貴族の一員として女性の褒め方くらい日常的に練習しておく必要があるの。でもほかの女はダメ、サイトに甘いからどんな褒め言葉でも素直に受け取ってしまうわ。ご主人様たるこのわたしがあんたをきっちり躾けてあげる必要があるの。これからあんたは十回に一回はわたしを褒めること。わかった? わかったらワンと鳴いてご主人様を褒め称えなさいこのバカ犬」何かに取りつかれたようにルイズのマシンガントークは止まらない。目はなんだかぐるぐるまわっている。とりあえず才人はちょいちょい、とドアの方を指さした。「あによ」「その、お客さん」いいところで……とぶつくさ文句を言いながらルイズは才人の上から身をよける。そのまま今現在の衣装も忘れてドアを勢いよく開いた。「お久……へ、部屋を間違えたのかしら。もうサイト殿ったら」「ひ、姫さま……」ルイズはあごが外れるそうになるほど驚き、急いでアンリエッタをひきこんだ。「ちょ、ちょっとやめてくださいませんか見知らぬ人」「違うんです姫さま、これは全部そのサイトが悪くってわたし違うんですぅ!」「いや、俺のせいにされても困る」全力で部屋の外へ逃げようとするアンリエッタ。バニーガール姿で泣きながら縋り付くルイズ。呆れて二人を眺めるしかできないサイト。ひたすらになんだかなあ、といった光景だった。*才人はルイズほど紅茶を淹れるのがうまくない。それでもアンリエッタは嬉しそうに香りを楽しみ、才人を褒めた。ルイズは部屋の隅っこで布団をかぶってさめざめと泣いている。「で、姫さまは一体どんな用事で? というよりお城を抜け出して大丈夫なんですか?」「執務は最近片付くのが早くなりましたわ。最上位の決済が必要なものが減ったのと、文官の作業効率が上がったのが大きいわね」仕方ないから才人がアンリエッタとお喋りに興じている、というより用件を聞いていた。アンリエッタは窓の外を見つめ、わざとらしいため息を一つついた。風が轟々と森の木々を揺らしていた。「こんなところに着てまで執務の話ばかり、サイト殿はもう少しレディーの喜ばせ方を知るべきだわ」「う、す、すんません」そんなこと言われても、と才人はすごく焦ってしまう。あくまで彼の感覚は現代日本の高校生のもの、しかも彼女なし。会話のハードルをもんのすごくあげたアンリエッタに渋々答えるため、彼はなけなしの知識を振り絞る。――さっきルイズがヒントをくれた。喜ばせるには褒め言葉、これしかない。では女性を褒めるにはどういう言葉がいいか、これまた才人には荷が重い。じっと考え込み始めた才人をアンリエッタは楽しそうに見つめていた。――まず褒めるポイントを考えろ、見た目、性格、特技くらいか。姫さまの特技なんか知らねーしこの流れで性格もおかしい。となると見た目一択! 姫さまの見た目と言えば!!顔を見る。あらあら、とアンリエッタは頬に手を当てる。ちょっと視線を下げる。――これしかない。だが才人は慣れない褒め言葉、というキーワードにとらわれすぎていたのだ。女性を楽しませるのに容姿を褒める必要はあんまりない。すぅっと息を一吸い。アンリエッタの瞳は希望できらきら輝いて。「姫さまのおっぱい素敵だと思います!」死んだ魚のようになった。――あれ? これ以上ない褒め言葉、じゃNEEEEEE!!!!刹那、才人は自分の失態に気付いた。「あ、ん、た、はほんとナニ言ってんのYOOOOOO!!!」ずどんとルイズの飛び蹴りが才人のほっぺたにめり込んだ。*「で、姫さまの用件を聞きますわ」再び仕切り直し。ロープでぐるぐる縛られた才人は「エロ犬」と大きく書かれた紙を貼って廊下に放り出された。ルイズはきっちりマントで前を覆ってからアンリエッタの対面に座る。コホン、と咳払いした女王の頬はほんの少しだけ赤い。「王宮内ではどこに耳があるかわかりません」「内密の話ですね」否応なしにルイズの緊張感が高まる。ロマリアからはまだ動きがない。次なる戦争の火種は見えないところで着々と育っているはずなのだ。が、話は予想外のところから飛んできた。「ガリアのことです」「ガリア!?」真剣なアンリエッタの言葉にルイズは驚きを隠せない。あの小生意気で邪魔ばっかりしてくるとはいえ、タバサことシャルロット女王はこちら側の人間だ。それがどんな問題に係わっているのか、全く予想がつかなかった。「まず、トリステイン内のことを言いましょう」「はい」「サイト殿に領地ならびに男爵位を授けようという動きが活性化しています」「は?」ぽかんとルイズはマヌケ面をさらす。そのくらいありえないことだった。ゲルマニアならいざ知らず、トリステインは伝統を重んじる国家だ。いくら戦果をあげたとはいえ、一平民に爵位を授けようとは思いもつかないはずだ。「信じられない、という顔をしていますね」「……ええ、正直な話」「これは事実なのです。軍閥と一部の貴族の支持をとりつけられたのが大きいですね」マザリーニの『サイト広告塔作戦』によって優秀な平民が増員したトリステイン軍。アルビオン撤退戦の殿、虎街道の攻防、これらの戦果もあいまって「これはいれなきゃ損だ」と好意的な貴族と「貴族になるべき人間だからできたのだ」とあくまで貴族主義な貴族の大きな支持を受けたのだ。他の一部の貴族はアレな趣味を持つ人たちである。「今までの情勢では無理でした。わたくしがお仕事をがんばってもマザリーニは認めてくれなかったし……」「は、はぁ」こんなところは子供っぽい、即位前のアンリエッタのままだ。「ですが、ここにきて流れが変わったのです。王宮内のガリア派の貴族が、サイト殿をガリア貴族として迎える計画を練っていることが判明しました」「はぁ!!?」今度こそルイズは意味わかんないと叫んだ。「サイト殿ほどの戦果を持つ方をガリアにとられるわけにはいきません」「それはそうですが」むしろわたしの使い魔なんですけど、とは言えなかった。ガリアの思惑がまったく読めない。「それはひょっとして、シャルロット女王の御意向ですか?」タバサは幼いところもあるとはいえ、アンリエッタよりも女王として優れている。才人が好きだから、というだけで貴族として迎えるとは思えない。「違います」違った、よかった、ルイズはほっと一安心した。「“シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”が暗躍しているのです」違った、全然よくなかった。今度こそルイズはあごが外れそうになった。*ガリア王城にて開かずの間として知られる部屋、そこでは布で顔を覆った人々が円卓をかこっていた。唯一顔を明かしているのはカステルモールのみ。『シャルロット女王陛下は我々の娘!!』「では、本日の議題をどなたか提示してください」「アルビオンの英雄が我らのシャルロット女王を妹呼ばわりしているらしいですな」「けしからん、許しがたいな」「でも明らかに女王陛下はかの英雄に思いを寄せられておりますぞ」「娘の思い人……父としては悩まざるを得ない」「ではみなさん、逆に考えましょう」「どういうことかね、カステルモール代表」「シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿がシャルロット女王陛下を妹と呼ぶなら、我々は彼を息子と呼べばいい」『その発想はなかった!』「流石代表、目の付け所が違う」「陛下ほどの年ごろなら兄を思い焦がれていても不自然ではない」「つまり娘+妹で我らがシャルロット陛下はさらなる栄光の道を歩むわけか」「では、早速かの英雄をガリア貴族として迎えねば」「適当に大嘘ぶっこいて王家として受け入れましょう」「いや、それはいかん。真に娘を思う父なら選択の余地を残すべきだ」「なら公爵家でいいのでは?」「決まりだな」「ああ」「トリステインのガリア派に至急連絡を」「次の会合はまた鳩で知らせましょう」「では本日はこれにて閉会!」『すべては娘のために!!』ガリアは魔法だけでなく色々と先進国だった。*「会の名前こそ間抜けではありますが、彼らはすべて優秀です。放置していればトリステイン王国はサイト殿をガリアに引き渡さねばならないところまで追い込まれるでしょう」「……いみがわかんないです」ルイズには彼らを動かす熱意がわからない。きっとヴァリエール公爵ならわかってくれるだろう。「布告はまだですが事前の通告だけ、ということです」「承知しました」わからないことだらけでも真実は一つ、サイトが爵位領地もちの貴族の仲間入りをするということだ。「今日は以上です、見送りは結構」「姫さま、わざわざありがとうございました」「何を言うの」アンリエッタは女王らしくない、年相応の少女の笑顔を浮かべる。「あなたとわたくしはおともだちでしょ?」同じ女性でもはっとするような綺麗な笑顔だった。「ええ、姫さま。ごきげんよう」ルイズもふんわりと微笑む。アンリエッタはドアを開き。「おともだちは、色々なものをわかちあうべきでしょ?」「へ」バタンと閉じた。猛烈に嫌な予感を覚えたルイズはドアを開けると才人の姿はなく。『というわけでサイト殿は借りていきますね by あなたのおともだち』なんて置手紙がひらひらと風に舞った。「あ、の、女王は~~!!!」ルイズは駆ける。瞬間移動のことも忘れて駆ける。どこまでも続く地面をを蹴って駆ける。自分が今どんなトンデモない格好をしているのかも忘れて走り続ける。*数日後、魔法学院では風の強い日に現れるピンクのウサギちゃんの話題で持ちきりになる。なんとかアンリエッタから才人を奪還できたルイズは、その噂が消えるまで布団から出たがらなかった。