A-1 それからパチンと前触れもなく目が覚めた。体を起こすと白いシーツがはらりと落ちる。上半身は素っ裸、下半身はパンツ一丁だった。「ここどこだ……?」少し古びた狭い板づくりの部屋に才人はいた。ベッドと椅子が三脚あるだけで室内はガランとしている。日差しが埃雑じりの空気をキラキラと照らしていた。「妖精亭だよ相棒」「そっか。あ、おはようデルフ」ベッドに立てかけられていた愛剣はカタカタ震えてあいさつに返した。次になんでマッパで寝ているのか考えた。考えても勿論答えは出ないので起き上がってぐっと背伸びをした。「……っくぁあ!」首をゴキゴキ鳴らしてみる。どうも長い間寝ていたようで体中の筋肉が固まっているみたいだった。「いやー今日も元気だな!」ズギューン! となっている部分をちらっと見て体調チェック。「枕元の服とっとと着た方がいいぜ」おせっかいな相棒の助言に才人は大人しく従うことにした。いつまでもパン一でいると何かに目覚めてしまいそうだ枕元の着替えに手を伸ばし。――ガチャ――「あ」「え」ノックもせずに入ってきたのはルイズだった。まず才人の顔を見て、少し視線が下がって一か所でとどまった。「ちゃうねん」思わず関西弁で言い訳してしまう才人。なにが違うのかは彼にも説明できない。「こ、こここ」「朝だからって鶏のマネしなくっていいんだぞルイズ~」ルイズは顔を俯かせてぷるぷる震えだした。才人はあはは、と冷や汗をかきながら無理やり笑いに持っていこうとする。無駄な努力だった。「このバカ犬ぅぅうう!!!」「ぐぼはっ!?」ルイズのマッハパンチが才人のみぞおちに突き刺さった。「娘っこ、そりゃねーぜ」再び才人の意識は暗転する。*少しだけ日が傾いてから才人は起こされた。ジェシカ、シエスタは不安げに見守っているが、ルイズはぶすっとしていた。「サイトさん着替えです」はい、とシエスタは草色の甚平を手渡した。その目は少しギラついているようにも見える。肉食獣みたいなシエスタさんからそっと目をそらして才人はもぞもぞと甚平を身に着けた。ようやく人心地ついた才人は遅ればせながら言った。「えっと、おはよう」『おはようじゃない!!』叱られた。「ごめん、てか今何時くらい?」三人は顔を見合わせて、息がぴったりあったため息を披露してくれた。「なんだよそのリアクションはっ」「あんたさ、今日がいつかわかってるの?」才人の抗議をさらっと流してルイズが問いかけた。彼はバカにするな、とむっとした顔になってこたえる。「そんなもん虚無の曜日に決まってんだろ」「今日はユルの曜日よ」「うぇ!?」ルイズの答えに才人はびっくり仰天した。一日ちょっと寝ていた計算になる。なんで俺そんなに寝まくってたんだ、と自分に問いかけて甚平に下駄の後ろ姿を思い出した。「っそうだ! あの野郎どうなったんだ!?」「あの野郎って誰よ」「ジャン・ジャックだよ!」「ジャン・ジャックって、ひょっとしてワルド!?」今度はルイズが驚かされる番だった。面識のないジェシカとシエスタは顔を見合わせて疑問符を飛び交わせている。「言われてみれば外見も一致するわ。そのくらいの使い手じゃないとサイトを傷つけるなんて無理ね」「その言い方だと捕まるどころか見かけてもないみたいだな」くっそー、と才人は呻いた。少しだけ友情を感じた気もするけどそれはそれ、これはこれ。脇腹を斬られてかつ貴重な休日を奪った罪は重い。「ま、主犯の方は捕まえたわ。わ・た・し・の活躍で」「まじぽん!?」――てことはルイズもあのドラゴン隊の中にいたのか。新たな虚無魔法である瞬間移動を知らない才人はそんなことを考える。無論真相は違う。司祭の風竜の上でルイズは確かにエクスプロージョンをぶっ放した。が、対象はタルブ上空の時と同じく動物を除外していたのだ。それでも太陽のような光と耳をつんざく轟音は人と竜の意識を刈り取るのに十分だった。だいぶ遅れてやってきた水精霊四天王とともに司祭をふんじばって王都に凱旋したのだ。当然泳がせる予定だったアンリエッタとタバサにはしこたま怒られた。セイザ・スタイルでたっぷり二時間怒られた。サイトのためならわたしなんでもやってやるわ! と怒りで開き直った心もしゅるしゅるとしぼんでしまった。それでも災い転じて福となすか、すっかりルイズに怯えてしまった司祭から情報は問題なく搾り取れた。ロマリア上層部との関与は今回は認められず、名前の知らない共犯の青年以外には思いつく限りのことを聞き出した。「あの、ところでいいですか」すっかり会話についていけないシエスタが手を挙げた。ルイズはなによ、と視線で先を促した。「起きたサイトさんがミス・ヴァリエールに卑猥なモノを見せつけたってわたしたち聞いたんですけど」「はぁ!?」ぎぎぎ、と才人はルイズを睨んだ。忘れかけていたがしっかりと腹にめり込んだ拳を思い出した。「もともとお前がノックしねーから悪いんじゃんか!」「下着一枚で部屋をうろついてる方が悪いわ!!」「だからってみぞおち殴るこたねーだろ、三途の川をクロールしちまいそうになったよ!」「ご主人様にそんなもの見せる使い魔が悪いのよ!!」「それにいっつもいっつも人にノックしろって言っといて自分はしないのかよ!!」「そもそも起きてるなんて思うわけないじゃない!」「大体見せつけたんじゃなくってそっちがガン見してきただけじゃねーかよ!」「が、ががガン見なんてしてないわよ! ちらっと見ただけ……じゃなくてあんたが腰を突き出してたからいけないのよ!」「腰なんか突き出してねぇ! ちょっともっこりしてただけだろ!」「大体わかりました」菩薩のような顔でシエスタは口げんかを遮った。そして親指でドアを指し示す。「ルイズさん、表に出ましょう」強大なプレッシャーにルイズは逆らえなかった。恐怖に顔をひきつらせ小声で了承の返事をした。シエスタはルイズの首根っこをつかんでずるずる部屋の外へ引き摺って行った。メイドの意外な姿に才人はなにがあったんだろう、と疑問を覚える。「シエスタ、変わったわよね」「うん……」最初はもっとおしとやかなはずだった。何が彼女を変えたんだ、と才人は嘆いてみたけど現実は変わらない。だがジェシカは嬉しそうに微笑んでいた。「あの子貴族様に口答えなんて! って素で言うような子だったのよ」「あー出会ったばっかの時はそんな感じだった気がする」ハルケギニアにおいて貴族は絶対者だ。大体のケースで歯向かうことは死を意味する。「サイトのおかげかもね」「なんもしてねーよ」それきり二人は黙った。部屋の外からも音が聞こえない。「……」気まずい沈黙に才人は唾をのみ込んだ。そんな小さな音すら部屋中に響き渡ったような気がする。デルフリンガーは気をきかして物音ひとつ立てなかった。「あ、あのさ!」沈黙に耐えかねたようにジェシカがやけくそ気味に叫んだ。才人は肩をびくっとふるわせて向き直る。「な、なにかな」そのまま二人は見つめ合って、何も言えなかった。無言のまま時間が過ぎていく。ジェシカは照れ隠しもしなければ大胆でもなかったので話しかけたもののどうすればいいかわからなかった。才人も才人で女性からのアプローチの方が多いのでこういう沈黙の対処方法は知らなかった。遠くから教会の鐘が響く。鐘の音が終わったとき、ようやくジェシカが切り出した。「あの夜のこと」「うん」じっと黒い瞳を交わす。「冗談じゃないから、あたし本気だから」「……」ジェシカの中では丸一日考えたことでも才人にとっては聞いてすぐのことだからだいぶ感覚が違う。それでも才人は才人なりに考え、真摯に答えた。「俺はルイズが好きだ」「知ってる」ずばっとジェシカは切り返した。むしろそれがどうした、という開き直りすら感じる。「それにあたしはただの酒場の娘。そしてあんたはトリステインが誇る英雄サマ、貴族相手じゃないと相応しくないかもね」「ジェシカ」そんな風に言わないでくれ、と困った視線をジェシカに送る才人。だが事実は変えられない。彼女は気にする風もなく続けた。「でもね」ふわりとジェシカは微笑む。「本気で好きになったら、そーいうのどーでもよくなったわ。好きな人がいるとか相手の地位に相応しいとか」あっけらかんとジェシカは言い放つ。才人はジェシカから立ち上るオーラに息をのんだ。今の彼女と斬り結んだらガンダールヴ全開でも負けそうな、それくらいの覇気に溢れている。「だから!」ピッと人差し指を才人に突きつけた。そして。「虚無の曜日は毎週ココに来ること! たっぷりサービスしてあげるわよ」ジェシカはとびきりの笑顔を咲かせた。*「ひどい目にあったわ……」「……」それから、説教を終わらせた二人と合流して馬車で魔法学院に向かう。才人に御者をやらせるとすごいことになりそうなのでシエスタが手綱を握っていた。馬車の中で二人っきり、でも二人とも空気はどんよりしてた。――あのあと毎週来るって言っちまった……俺最低かもしんない。あの胸が、あの胸が悪いんやー! てかふつー断れねぇよ!! と頭の中で才人は叫ぶ。いくら死線を超えても女性のあしらい方は上手くなれない。「そういえば」ぽつりとルイズがこぼした。「噴水広場」ギクッと才人は思い当たった。「皆から聞いたけど、ずいぶんジェシカと親密になったみたいね……」大地を揺るがすような轟音を響かせそうなオーラを身にまとい、ルイズはゆらりと立ち上がった。ひきつり笑いを浮かべて後ずさる才人を一歩、また一歩と追い詰めていく。不意に馬車が小石に乗り上げ大きく揺れた。その振動でルイズは才人の腕の中に倒れ込んでしまう。才人も無意識にルイズを迎え入れていた。『……』久々のスキンシップに二人の顔は真っ赤になった。二人はなんとなく息を止めてしまう。そして同時に「ぷはっ」と呼吸を再開した。思わず触れ合いそうなほど近くで顔を見合わせ、くすくす笑う。「いいわ、特別に許してあげる」――る、ルイズに何があったんだ!?才人はちょっぴり恐怖した。彼女としては、ジェシカと良い雰囲気になったのは自分のためのセッティングによるもので、すごく嫉妬はしているけど今回だけはその心意気をかって見逃してやろう、という気持ちだ。ルイズは才人によりいっそう密着した。お互いの心臓の音がバクバク聞こえる。「暑いな……」「そうね……」二人とも距離をとることなく、少しだけ離れた心の距離を埋めるようにじっとそのままでいる。「夏本番が近いな……」「そうね……」お互い耳元で囁く、その声が心地よかった。「そろそろ学院につきますよ!」あまりにも馬車内が静かなことを不審に思ったシエスタが声をかけた。二人はパッと離れて、もう一度顔を見合わせて笑った。「そういえばね」「ん?」ルイズはクッションの上にぽすっと腰を下ろした。「あんたの世界のお祭り、ギーシュたちに聞いたんだけど、ワッショイワッショイって何よ?」「あー、あれか」――この世界にはおみこしなんてないからわかんないだろうな。「説明がむずかしい」「なによそれ」ルイズはころころ笑う。その笑顔に才人は考える。――コイツに日本風のお祭りっていうのも見せてやりたいな。タルブ村では武雄氏が残しているかもしれないが、折角だから今回みたいに一丸となってやりたかった。「夏本番が終わったらさ、みんなで俺の国のお祭り再現してみようか」「そういうのもいいわね。トリスタニア中とはいかないけど魔法学院中でやりましょうか」才人が悪戯小僧みたいな笑顔で提案すればルイズもにやにやしながらそれに乗る。ふと、才人はその時期にやるお祭りをなんていうんだっけ、と思い返す。しっくりくる言葉が思い当たった。「みんなで楽しもうぜ、納涼祭をさ」