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No.29423の一覧
[0] 【完結+オマケ】トリスタニア納涼祭 (原作準拠・日常系ほのぼのSS)[義雄](2012/05/13 17:35)
[1] 第零話 スーパートリステイン スクールキッズ[義雄](2011/09/22 20:27)
[2] 第一話 白い夏と緑のデルフ、青いパーカーと黒い髪[義雄](2011/08/23 16:40)
[3] 第二話 ランナーズ・ハイ[義雄](2011/09/04 18:02)
[4] 第三話 ICE PICK デルフリンガー[義雄](2011/08/27 13:00)
[5] 第四話 彼女は今日。[義雄](2011/08/27 01:41)
[6] 第五話 Wonderful 才人[義雄](2011/08/26 08:00)
[7] 第六話 LITTLE BUSTER (悪ガキ、でも可愛いから許す)[義雄](2011/08/26 07:59)
[8] 第七話 Swanky Bourdonnais Street[義雄](2011/08/26 22:21)
[9] 第八話 Fools in the MAGI School[義雄](2011/08/27 13:06)
[10] 第九話 酉州峪亜の女性ジェシカ[義雄](2011/08/27 22:38)
[11] 第十話 Get drunk, Frenzy! [義雄](2011/09/03 07:54)
[12] 第十一話 スマイル [義雄](2011/08/28 16:26)
[13] 第十二話 They have a theme song[義雄](2011/08/28 20:21)
[14] 第十三話 Please Old Haussmann[義雄](2011/08/28 20:21)
[15] 第十四話 Thank you, her twilight [義雄](2011/08/28 21:07)
[16] 第十五話 モット・ゴーズ・トゥ・バビロン[義雄](2011/08/29 21:49)
[17] 第十六話 バビロン~妖精の詩~[義雄](2011/08/30 08:27)
[18] 第十七話 Go! Go! Tristain [義雄](2011/08/31 19:01)
[19] 第十八話 月のまーがれっと[義雄](2011/08/31 14:38)
[20] 第十九話 Beautiful evening with you[義雄](2011/09/01 18:04)
[21] 第二十話 嘘吐きガイコツ[義雄](2011/09/03 04:31)
[22] 第二十一話 Hot Hot Kiddie[義雄](2011/09/02 22:20)
[23] 第二十二話 BOYS BE PYROTECHNIST [義雄](2011/09/01 22:29)
[24] 第二十三話 I think You can [義雄](2011/09/05 00:19)
[25] 第二十四話 Skim Hell [義雄](2011/09/08 00:30)
[26] 第二十五話 OUR FEET[義雄](2011/09/03 19:53)
[27] 第二十六話 天使みたいに彼女は立ってた [義雄](2011/09/04 21:09)
[28] 第二十七話 ワカレノ詩[義雄](2011/09/06 00:22)
[29] 第二十八話 バカ犬、雨粒の中で [義雄](2011/09/06 23:49)
[30] 第二十九話 Back yard dog [義雄](2011/09/08 00:38)
[31] 最終話之前 Another morning, Another world [義雄](2011/09/12 23:49)
[32] 最終話之後 LOSTBOY GOES TO HALKEGINIA[義雄](2011/09/19 01:47)
[33] 後日談 Ride on our Halley's comet[義雄](2011/09/22 20:30)
[34] 【オマケ】 後々日談 小舟に乗って[義雄](2011/09/30 21:00)
[35] 【オマケ】 後々日談 ゆかいなウサギちゃん[義雄](2011/10/02 01:01)
[36] 【オマケ】 後々日談 日々の唄 [義雄](2011/10/31 23:41)
[37] 【オマケ】 後々日談 Come On, Jack[義雄](2011/10/31 23:42)
[38] 【オマケ】 後々日談 この世の果てまで[義雄](2012/05/13 17:33)
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[29423] 最終話之前 Another morning, Another world
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/12 23:49
F-1 生まれ変わった朝

朝日が昇り、鳥の鳴き声が聞こえる。
今日は魔法学院所属、水精霊騎士隊のめでたい日ということで授業は中止になっていた。
隊員はみな遅くに開催されるパレードに備えてゆっくりと眠っている。
才人も例外ではなく、いつもより二時間ほど遅い起床だった。
起きてからテントの中で身支度を整える。
甚平を改造した白い上衣を着、トリスタニアで無理言って仕立てた黒い馬乗り袴、白い足袋をはく。
だんだら羽織を身につけて、鉢がねを額に締める。
最後にシュヴァリエ・マントをまとえば準備は完了。
ここ最近のお気に入りスタイルだった。
気分が引き締まる、と才人自身が感じている。
服装のチェックを終えたころに、テントの入り口が開いた。

「おはようサイト……ってまたその服かい」
「おはようギーシュ、この格好はゆずれねぇ」

なんでこの良さがわからないかな、と才人はぼやく。
いつも通りの服装にシュヴァリエ・マントを羽織ったギーシュは、上から下までその服装を検分する。

「君の故郷のお祭りだっていうならそれが正しいんだろうけど。
女王陛下からダメ出しを受けたら脱いでもらうよ」
「大丈夫だ、すでに根回しはすんでる」

無駄に準備がいいのは日本人の証だと才人は信じている。
呆れた顔でギーシュはテントから離れる。
才人も続いて雪駄を履いて外に出る。
久々の太陽だった。

「晴れてよかったな」
「ああ、これも僕らの日ごろの行いの賜物だろうね」

快晴とまではいかない。
空には白い雲がぽつぽつ浮かんでいる。
だが雨の心配はなさそうだ。

「そろそろいこうか」
「まだ時間はあるだろ?」

ギーシュはいつも通りに薔薇を一振りする。

「応援団のみんなが待っている。
トリスタニアではなくアルヴィーズの食堂さ」

それと少し遅い朝食だね、とギーシュは続けた。
なるほど、と才人は頷いて歩き出す。
ふと、青空を見上げた。

「どうしたんだい?」

動く気配のない才人を訝しんで声をかけるギーシュ。
それに対して才人は思うままを答えた。

「いや、召喚された日の空に似てるなって」



アルヴィーズの食堂はごった返していた。

「す、すごいな……」
「話題性たっぷりだからね。
ほら、君は副隊長なんだからしゃきっとしないと」

色とりどりの人だかりに向かってズンズン歩いていくギーシュは隊長らしく堂々としていた。
その背中を少し猫背でついていく才人は副隊長のくせに雑用係に見える。

「隊長! 副隊長!!」

レイナールの叫び声に食堂中の視線が二人に突き刺さった。

「ギーシュさま!」
「サイトさま!!」

次の瞬間には二人の周りにゴンズイ玉のように女子生徒がたかってきた。
シュヴァリエを授与された二人の人気は水精霊騎士隊の中でも特に高い。
人ごみに飲み込まれた才人は、レイナールのあからさまにほっとした顔を見た。

「ちょ、どさくさにまぎれて髪をつかまないで!」
「どいてどいて! てか飯食わせろ!!」

ちょっとしたアイドル気分だ、しかも嬉しくない方向での。
二人は折角ビシッと決めた服装をよれよれにしながらも食卓についた。
折良くオスマン校長が食前の祈りの合図を出した。
水精霊騎士隊応援団はしぶしぶ自分たちの席に戻っていく。

「やれやれ、酷い目にあったよ」
「レイナール、俺らを売ったな」
「まぁまぁ、女性にもみくちゃにされる機会なんてめったにないじゃないか」
「そうだよ、ぼくには全然近寄ってこないくせにさ……!」

マリコルヌの言葉に会話が途切れる。
そして食前の祈りをささげ、朝食をはじめた。

「で、このあと王宮行くんだよな?」
「ああ、昼前に隊長と副隊長はマザリーニ枢機卿と最終打ち合わせがある。
僕らは夕方に王都行きかな」
「パレード後は王宮か……緊張するぜ」
「それまでぼくらも最終確認をしようよ、火の輪くぐりなんてはじめてだしさ」

他の隊員たちも思い思いにお喋りしながら食事をすすめている。
みな一様に緊張の色が顔に浮かんでいた。

「なんか、みんなすげー顔固まってるな」
「無理もないさ、こんな栄誉にあずかれる機会は滅多とない」

異世界事情にはまだ疎い才人にはよくわからない感覚だった。
ただ体育祭の旗手から夏祭りの神輿の上の人、くらいに認識をあげておく。
それでも全然足りていないことに若き英雄は気づくはずもない。

「ま、いいや。それより今は飯だ飯」
「うむ、がっつり食べて英気を養おう」

黙々と才人とギーシュは目の前の料理を片づけていく。
今日は色々と、あつくなりそうだった。
エネルギーを蓄えておくにこしたことはない。
水精霊四天王マイナス一は食べながらも打ち合わせに余念がない。

「問題はブリジッタが綺麗に飛び蹴りかませるか、だよな」
「その点は問題ない、彼女はマリコルヌ限定で非常に攻撃的になる。
あの状態ならきっちり決めてくれるだろう」
「ふふ、ぼく限定か。いい言葉だ。となると、馬車上まで飛べるかだね」
「抜かりはない、応援団に援護は頼んでいる。
数人の風メイジにレビテーションをかけてもらい、勢いよく押し出してもらうんだ」
「ああ、それだったら姿勢制御と攻撃に全力を傾けられるな」
「! でもスカートの中がどこの誰とも知らない平民に見られるかもしれない!」
「抜かりはない、と言っただろう?
レビテーションはスカート自体にもかけてもらう」
「おお、じゃあどんな体勢をとっても大丈夫、なのかそれ?」
「す、スカートにレビテーション……はぁ、はぁ」

本当に大丈夫かな、と才人は思った。



F-2 ファントム・ジェシカ

街の空気が浮ついている。
住民全員が心ここにあらず、といった様子で活気もあるにはあるが、どこか上滑りだ。
勿論それはジェシカも例外ではなかった。
買い物をすれば品数は余分に注文してしまう。
つり銭はこぼす。
何もないところで蹴躓く。
そして今。

「うわー、どうしよ……」

彼女は両手で頬を覆いながら自室をうろうろ歩いていた。
ややうつむいたその顔は困惑半分恥じらい半分だ。
今朝、才人は朝の買い出しに来なかった。
ジェシカは二日前からそのことは聞いていたが、それがかえっていつもと違う朝だということを強調している。
身体を動かさずにはいられない気分だった。

「あ~……もー」

服装はいつものエプロン姿、浴衣を着るのは本番直前だ。
壁に掛けてある藍色の浴衣をぼんやり眺める。
胸元には大きな白百合が、他にはところどころに白い朝顔が生地の上に咲いていた。

――お祭りとはいえ、白百合なんか使っちゃっていいのかしら?
いやサイトのことだからもうとっくに許可とってるんだろうなぁ……。

現在流通している浴衣、甚平は、それはもうさまざまな工夫が施されている。
だが、一つだけ禁止事項があった。
白百合をどのような形であれ使うことを禁じている。
トリステインの象徴を身にまとうのは不敬である、という理由からだ。
だが、パレードで主役に近い場所に立つジェシカだ。
特別に白百合を、しかも大きくあしらうことが許されていた。
これは勿論違う意味も持っている。

――パパからは寝てなさいって言われたけど……。

こんな調子では眠れそうにない、とジェシカは結論付けた。
いつものように、才人が来ていたときのように厨房で時間を潰そうと階段を下りる。
厨房にはスカロンがいた。

「あらジェシカ? 寝てなさいって言ったのに」
「ごめんパパ、緊張しすぎて寝れないわ」

ジェシカは魅惑の妖精亭でトップをはっているとはいえただの平民である。
大衆を前にすることが多い貴族とは肝の太さが違う。

「ふぅん、やっぱりサイトくん素敵だものね。
恋は若者の特権だわ、トレビアン!!」
「ちょ、ちが……」

不安げな一人娘に、スカロンはわざと違う解釈をしたような答えを返す。
ジェシカは噛みつくように言おうとしたが、できなかった。
スカロンは茶化すような言葉とは対照的に、眼差しだけは真剣だ。
それに対して彼女は嘘をつけなかった。
後ろ手を組んで左下を見ながら、ぽつりとこぼす。

「……違わないけどさ」
「トレビアン」

満面の笑顔で娘を褒める。
性別的には父だが、成長を喜ぶ母のようだった。

「でも正直サイトのことがわっかんないのよ!
あいつルイズのことが好きだったんじゃないの!?」

むきーっと一転頭をばりばりかきながらジェシカは叫ぶ。
スカロンは事情を才人から聞いており、すべてを知っている。

「あーなんか見えないくらいちっちゃい棘が指先に刺さったみたい!
微妙に痛いけどがんばってもとれなくって気持ち悪い感じ!!」

そして喚いている愛娘の魅力も十分よく知っている。
才人の流されやすさと節操のないところも知り抜いている。
今夜、ことを万全に運べば略奪愛も不可能ではない、ということも。

――ルイズちゃんは比較的まともな貴族、正々堂々奪い取っても横暴なまねはしないわ。
今夜一気にたたみこんで、サイトくんをジェシカに落とさせる!

ぐっと目の前で呻く娘には見えないところで握り拳をつくる。
ハルケギニアの平民は貴族の気まぐれで手折られることも少なくない。
娘の幸せを願う父は狡猾だった。
スカロンは少し高めのワインを二つのグラスに注ぎ、片方をジェシカに手渡した。

「ジェシカ」
「なによ……」
「今夜だけ、今夜だけは思いっきり素直に甘えて、楽しみなさい。
なんたって、お祭りなんだから!」

人差し指を立てながらバチコン! とウィンクを決めるスカロン。
見慣れたジェシカならまだしも一般人が見たら卒倒しそうな顔だった。
少しの間、沈黙が厨房に訪れる。

「……うん」

散々悩んだジェシカは結局素直に頷いた。
受け取ったワインはぐっと飲み干す。

「決めた! もーサイトの思惑なんて知ったこっちゃないわ!!
今日だけは好き勝手やってやろうじゃない!!」

ジェシカはふん! と鼻息荒く闘志を沸かせた。

「じゃ、部屋に戻って休みなさい。
今ならなんとか寝れそうでしょ?」
「ええ、おやすみパパ」

ぱたぱたと階段をのぼっていく。
スカロンもワインをぐっと飲み干してからよし、と気合を入れた。
サイト・ジェシカ・パレードの三重効果で客足は凄まじいことになるだろう。
夕方を見据えて、大量の料理の仕込みにかかるのだった。



F-3 そんな風にすごしたくない

遅い朝食後、才人、タバサ、ギーシュの三人は先行して王宮へ向かった。
残りの水精霊騎士隊とルイズ、ティファニアは夕方前にトリスタニアに着く手筈となっている。

「では、トリスタニア外周からブルドンネ街を通り、王宮へということで。
銃士隊隊長、魔法衛士隊隊長も警備体制の確認はよいですな?」

普段より比較的マシな顔色のマザリーニおじいちゃんが打ち合わせを締めにかかる。
会議の参加者は皆一様に頷いた。

「では、打ち合わせはこれで終了です。
各自、トリステインのためにも万全の態勢で臨んでください」

解散、とデムリ財務卿が号令をかける。
なんせ今回はガリア国女王、シャルロットが直々に参加する終戦パレードだ。
それだけでなく、クルデンホルフ大公国からはベアトリス公女の参加も決定している。
失敗は国としてのメンツを痛く傷つけられる。
ロマリアからの謀略を警戒しなくてはいけない今、国内外の不穏派に付け入られる隙は作るべきでない。

「おお、シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿。
その節はお世話になりましたな」
「モット殿、もはや我らは同士と言っても過言ではありますまい。
ここはヒラガ殿、と呼ばせてもらってもいいかね?」
「え。え、ええ、いいですけど」

しかしそんな謀略知ったこっちゃねぇ! と言わんばかりの笑顔でモットは才人に話しかける。
そんなモットをデムリが諌めるかと思いきや、同じようないい笑顔でフレンドリーに話しかける。
才人は正直意味が分からなくて引いていた。
隣のギーシュも唖然としている。

「いやはや、では私もヒラガ殿と呼ばせてもらおう。
私もモット、でかまいませんぞ。
卿には以前は失礼をしましたな」
「では私もデムリ、と呼んでくだされ。
しかし、モット殿は以前からヒラガ殿と面識が?」
「恥ずかしい話ですが、女の取り合いですな。
ま、彼が男を見せて私が譲ったかたちになりますが」
「おお! ヒラガ殿がモット殿から女を奪い取れるほど剛毅だったとは。 
やはり英雄は違いますな、なにより若さが違う」

ははは、と笑いあう重鎮二人。
才人とギーシュはどうしよう、と顔を見合わせた。

「おっと、あまり話し込んではなんですな。
後日オスマン老も含めて四人、膝詰で語り合いましょうか」
「ええ、ではヒラガ殿、しっかり勤めてくだされ」
「は、はい! がんばります!!」

それ以外才人には何も言えなかった。
王国でも偉いはずの大人二人ははっはっは、と笑いながら廊下へ消えていく。
どっと疲れがやってきた才人は肩の力を抜いた。

「さ、サイトすごいね。
昔やりあったモット伯と仲直りするどころかすごい仲良しさんじゃないか」
「いや……俺もしょーじき意味が分からねぇ」

才人はトリステイン三羽烏から浴衣の一件が非常に高く評価されているとは知らない。
ひたすらに首を傾げるだけだった。

「失礼、よろしいかなシュヴァリエ・ド・ヒラガ殿」

そこにまた凛々しい声がかかった。
二人が振り返ると長身の年若い貴族が佇んでいた。
ギーシュも才人も見覚えがある顔だった。

「カステルモールさん」
「お久しぶりですな」

青年貴族は涼しげな笑みを浮かべた。
才人とギーシュもつられて笑う。

「水精霊騎士隊にはシャルロット女王陛下がお世話になっていると聞く。
ガリアを代表して礼を述べさせていただく」
「いえ、僕らは当然のことをしているまでです」

あつくお礼の言葉を言うカステルモールにギーシュは軽く返した。
そして才人は余計なことを言った。

「そうですよ、タバサは妹みたいなもんだし」

ピシ、と空気が凍った。

「……卿は今なんとおっしゃったかな」
「え、タバサは妹みたいって」

才人は空気が読めなかった。
ビキッと大気が固まる。

「……シュバリエ・ド・ヒラガ殿」
「あ、はい?」

ここにいたってようやく才人は場の空気に気付いた。
なんかカステルモールさんがオーラを発している。
地響きがどこからともなく聞こえてきそうなほどの威圧感だった。

「卿は何もわかっていない」
「わかってませんすいません」

才人はペコペコ頭を下げた。
こういった手合いに対して真っ向からはむかうと相当痛い目に合う。
関係ないのにギーシュまでペコペコ頭を下げだした。

「いいですか、心して聞いてください」
「はい聞きますすいません」
「傾聴しますすいません」

コメツキバッタのように頭を下げる二人の前でカステルモールは大きく息を吸う。
そしてゆっくりと吐き出し、キッと大真面目な顔を作った。

「シャルロット陛下は娘みたいなのです!」

――なのです、なのです、なのです……――

人がいなくなりはじめた会議室に奇妙なエコーが響いた。

「よろしい、この機会を利用して卿にも理解を深めていただこう。
我らガリア王国の”シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”代表バッソ・カステルモールが僭越ながら教授を務めさせていく。
時間はよろしいですか? まぁなくてもとっていただきますが。
ではまず第一章、陛下の外見から」
「え、ああ、はい」

――ハルケギニアのイケメンってロリコンばっかなんだ。
だってあの髭ワルドもロリコンだったし。

才人は現実逃避に走った!
しかしカステルモールは追撃をはじめる。

「陛下の身長はご存知ですか?
そうです、142サントです。まず、このほどよい大きさが実にいい。
これが高すぎると悲惨なことになってしまいます。
人によってはもっと低い方がいい、という意見もありますがこれ以上の成長をのぞめるか、それともとまるか、というハラハラ感があの高さにはあると私は考えています。
なのでその意見に対しては否定的意見を取らざるを得ません。
外見と言えば髪も重要ですね。目の覚めるような青髪はガリア王家の正統であることを示し、どこか物静かな印象を与えます。そしてショートボブというのがまたいい。たとえばロングヘアーならどうなるか。
髪色と相まって物静かすぎる印象を与えてしまいます。というわけでショートボブは女王陛下にとって最適な髪形と言っても過言ではないでしょう。
ここまではよろしいですね?
では次にその胸のサイ「黙れ」」

ズゴン、とワリとやば気な音が響いた。
ガリア女王らしい青いドレスを身にまとったタバサがカステルモールをその王杖でぶん殴っていた。

「迷惑をかけた」
「いや、なんというか、助かったよ」

タバサはそのままカステルモールをずるずる引き摺って行った。

「……すごかったな」
「ああ……」

ガリアは前途有望なようだ。
あの様子なら例え入れ替わりを仕掛けられても次の瞬間には気づきそうだ。
さて、ずいぶんと時間がたっているため会議室は閑散としていた、というか才人とギーシュ以外には一人しかいなかった。

「あれ、姫さま?」
「アンリエッタ女王陛下、どうなされたのですか?」

アンリエッタは一人、椅子に腰かけたまま動いていなかった。
視線は一点に固定されていて身じろぎひとつしない。

「すぅ……すぅ……」
「……」

二人は本日何度目になるかわからないが、顔を見合わせた。

「俺ら、結構大声で喋ってたよな?」
「まぁ普通なら目覚めるだろうね」

じっとアンリエッタを見つめる。
目は開きっぱなしだ、瞬きする様子すらない。

「起こす?」
「僕にはとてもできない」

果たして座りながら目を開きながら、おそらくすんごい疲れて眠ってしまった女王を叩き起こすことができる人材がどれほどいるだろうか。
ご多分に漏れずギーシュにはできなかった。
才人にもできなかった。

「……そっとしておこう」
「ああ……」

マザリーニ枢機卿に声をかけておこう、と二人は決めた。
そして静かに会議室を後にした。



F-4 Spicy Goose

「っつあ~、なんか疲れたー」
「そうだね、流石に王宮は少し緊張するよ」

さて、静かに城を出た二人は魅惑の妖精亭に来ていた。
詰所なんかよりもよっぽどくつろげる店内でぐだぐだ時間を潰していた。

「そういえば、ここで君は料理を練習しているとか?」
「おう、厨房借りて色々やってるぜ」
「実は僕も料理に興味があるんだ、ヤキトリの作り方を教えてくれないか?」

この提案に才人は目を丸くした。
貴族は料理なんかしない、男ならなおさらしない。
コイツは何を言い出すんだ、という顔をしてしまう。

「そんな意外そうな顔をしないでくれ。
少し思うところがあってね」

ギーシュはちょっとむくれながら言う。

「アルビオンのときにね、ニコラという優秀な副官を得たんだ。
彼が言うには簡単なものでもいいから、指揮官が料理を振舞えば士気が上がるそうだ。
特に陸軍付きの平民はね」

旨ければなおいいそうだ、とギーシュは続ける。
貴族は料理をしない、という大前提がある。
その前提に逆らって平民に料理を振舞えばどうなるか。
バカにされる可能性もあるが、大抵は距離感が縮まる。
例えそれがマズくても円滑な部隊運営につながる。
料理が旨ければ信頼さえ得られる。

「というわけで、ソースさえあれば焼くだけのヤキトリを学びたい、と思ってね」
「ギーシュ……マジメに考えてたんだな」
「それはそうさ、卒業すれば僕もグラモン家の一員として従軍するのだから」

ああ、と才人は心中で呻いた。
この楽しい時間があと半年しかないということを思い出してしまった。

「わかった、そういうことならきっちり教えてやる。
ソースを作るのは材料調達が難しいから塩のねぎまにしようか」
「ああ、まかせるよ」

二人で厨房に忍び込む。
才人はスカロンに断って竈を一つ借りた。

「男のてりょーり!
ではギーシュ君、鶏肉をさっくり切ってください。
一口サイズくらいで」
「よしきた、イル・アース・デル、錬金!」

わざわざギーシュは錬金でマイ包丁を作り出して調理にかかった。

「いや、なんつーか無駄じゃないかそれ?」
「何事も修練さ」

意外と慣れた手つきで鶏肉を切るギーシュ。
自分の指をさっくりやる心配はなさそうだ。

「次、ネギをさっくり一口サイズに切ります」
「よしこい!」

ころころ転がるネギをさくさく切り刻む。

「次、串にさします!」
「ふっ、この瞬間を待っていた……。
覚えているかいサイト?
数日前のマリコルヌを、生焼けだった彼のヤキトリを!」

才人はほわほわと第十二話あたりのことを思い出した。
確かに、マリコルヌだけ生焼けだった。

「そこでこのギーシュは考える。
串を金属製にすれば熱が伝わる、と!
というわけでイル・アース・デル、錬金!」

ギーシュは竹串から青銅の串を生み出す。
なんというか、本当に魔法の無駄遣いだった。
そのままさくさく交互にネギと鶏肉を刺していく。

「……まぁいいか、塩を振って遠火にあてる!」
「Oui、Capitane!」

そのままじっくりねっとり火にかける。
やがて鶏肉から脂が浮きだし、ネギもしんなりしてくる。
厨房中に焼けた肉の匂いが立ち込める。
それを感じ取った才人はゴーサインを出す。
青銅の串が熱くなっているだろうから、ギーシュはキッチンミトンを装備した。

「うむ、なんかガントレットっぽいなコレは」
「お前がそれでいいならいいけどさ」

ひょいひょい串を回収して皿に並べる。

「というわけで、男の手料理完成!」
「完成!!」

二人はばんざーい、と両手を挙げた。

「さて、ここで問題に気付いたわけだが」
「どうしたかね、サイト副隊長殿」
「青銅って毒あったっけ?」

いやな沈黙が厨房を満たした。

「サイト、先いいよ」
「ギーシュ、料理人は味見の義務があるぞ」
「普段世話になってるから譲ってあげようというんだ」
「いやいや、隊長は何事も率先してやるべきだ」

譲り合いの精神を二人は発揮したが発揮しすぎてダメだった。
見かねたスカロンが言葉をかける。

「青銅に毒なんてないわよ。
平民は普通にお鍋に使ってるんだから」
「あ、そりゃそうか」
「まったく、君は何も知らないな」
「お前が言うなよ」

やれやれ、と互いに肩をすくめる。
自然に手が伸びて串を握る。
少し熱かった。

「じゃ、いただきます」
「むぐ……」

うん、と二人して頷いた。

「悪くない、どころか」
「いやはや流石僕だね。
多才すぎて自分の才能が怖いよ」
「言ってろ」

そのままもしゃもしゃ焼き鳥を食べる。
あっという間に一本食べきってしまった。
後片付けをしながら取り留めもなく話を続ける。

「これなら塩さえあればなんとか作れそうだね」
「ああ、ところでこの串どうするんだ?」
「……とっておきたまえ」
「なんじゃそりゃ」

と言っても才人はハルケギニアのゴミ捨て事情には詳しくない。
串は洗って、だんだら羽織に縫い込んだ内ポケットにしまっておいた。

「よっし、これでお料理はおしまい、っと」
「これからどうしようか?」
「流石にこんだけじゃ腹が不安だ、ブルドンネ街で買い食いしようぜ。
スカロン店長、ありがとうございました」
「ありがとうございました」

スカロンが熱心に仕込みをする中、二人は厨房を後にした。



F-5 Crazy Sunlight

才人とギーシュがブルドンネ街で食べ歩きをしていた頃、魔法学院では水精霊騎士隊が出発の準備を整えていた。
三十名程の大所帯だ、馬車も五つ用意された。

「レイナール! この丸太ははどこに置いたらいいんだ!?」
「三両目の馬車に載せてくれ!
でも副隊長の一発芸用丸太よりも邸宅のない隊員の荷物を優先だぞ!!
丸太なんて城下でも売ってる!」
「あいよ!」

トリスタニアに邸宅がある貴族子息はいいが、ない場合は宿をとるしかない。
その場合より荷物が必要になるのは後者なので、レイナールは配慮しながら荷物を振り分けていた。

「ああ! みんな見通しが甘すぎる!!
だからお坊ちゃま近衛隊なんて言われるんだ!」

ぶちぶち文句を言いながら、顔を生き生きさせながらレイナールは指示を飛ばす。
なんだかんだ言って楽しいらしい。
だが時間も迫っている。
そろそろ出発しなければマズいだろう。

「マリコルヌ、そろそろ点呼をとってくれ」
「おっけー、ルイズとティファニアにも声をかけてくるよ」
「頼んだ」

二人はきっとルイズの部屋で着替えを終わらせて待機しているはずだ。

「さて、ルイズたちは準備を終えたのかな」



レイナールの危惧などどこ吹く風、といった具合で二人は準備を終えていた。
ティファニアの耳は出発前にタバサがフェイス・チェンジで普通の長さに変えてある。
今はルイズの部屋で向き合いながら時間をつぶしていた。

「あの、ルイズ?」
「どうしたの、ティファニア」

にっこり。
そんな擬音がティファニアの頭をよぎった。

「な、なんでもないです」
「そう? 変な子ね」

うふふ。
ころころ笑う様はまさしく貴族のご令嬢といったところ。
額に張り付いた大きなバッテンさえなければ。

「……フゥゥゥゥゥ!」
「ひっ!?」
「何をびっくりしてるのよ」

――違う、今のは絶対違う!
ため息っぽかったけど全然違う!!

ご令嬢のため息、というよりは拳法家の呼吸法だった。

「……コォォォォォォ!!」
「ひゃっ!?」

吸血鬼ですら素手でやっつけられそうなオーラを醸し出している。
今にも座りながら大ジャンプしそうだ。
思わずティファニアは飛び上がった。

「まだ出発まで時間はあるんだから。
ゆっくり座ってればいいじゃない」

何食わぬ顔でティファニアに話しかけるルイズ。
先ほどよりは幾分落ち着いた顔をしている。

「……る、ルイズ。ひょっとして機嫌悪い?」

次の瞬間ティファニアは気づく。
自分が韻竜の尾を踏み抜いてしまったことを。

「……」

ぷるぷる震えている。
小動物的な可愛さではなく、全身に力がこもりすぎているが故だ。

「……っぅぅう~」

しかし、次にルイズの口から飛び出たのは泣き声だった。
目元からはだば~っと滝のように涙が溢れ出ている。

「不機嫌じゃないのよ!
不安なの、ちょっと見栄はっちゃったけどすごい不安なの!!」
「う、うん」

豹変したルイズにティファニアはざっと大きく距離を取ってしまった。
ルイズは気にした風もなくずんずん距離を縮めていく。

「だってジェシカよ?
あの娘すごい美人ってわけじゃないけど親しげで距離すぐつめてくるのよ!
サイトの基本的に高貴な血筋に惹かれるっていうのはわかってるけど、わかってるけどシエスタもいるし……。
それにあの、あの胸のアレが、ぐぐぐぐぐ」

明後日の方角を見ながら、落涙しつつぎりぎり歯を食いしばるルイズ。
すごく、ものすごく悔しそうだ。

「わかってるわよ、サイトがわたしを好きだってことは。
でも人の心って変わることもあるじゃない!?
特にジェシカとシエスタはサイトの故郷の血をひいてるから危険だわ……。
最近はタバサも危険だけど、あの娘はなんか妹フィルターかけられてそうだし。
ああそういえば姫さまもなんだか怪しかったのよ!!
あのバカ犬はいったいどこにどれだけ粉をかけまくれば気が済むのよぉっ!!」

ひとりきり心の闇を吐き出したルイズは、ぐるんとティファニアを向き直った。
あれほど流れていた涙もぴたっと止まっている。

「あんたも……あんたも怪しいのよ……その胸がなぁっ!!」
「ぃ、ひゃぁあああ!!!」

ひゅん、と猫のように身軽な動きでティファニアに迫る。
そしてたわわに実るその胸に右手を突っ込んだ。

――むに――

男なら歓喜にむせび泣いたかもしれない。
だが残念なことにルイズは女、しかも恵まれない女性だった。

――むにむに――

「やめっ」

何度か手をにぎにぎしてみてもその感触は変わらない。

「……いいわ」
「へ?」

――始祖ブリミル。
この世界が貴方の作ったシステムどおりに動いているって言うなら。

「まずはその嘘乳をぶち壊す!」
「ひぃっ!?」

――ぐにょ――

「……おかしいわね」
「な、なにがよ!」
「サイトが昔言ってたの。
決め台詞と説教かましながら右手でぶん殴れば幻想を壊せるって」

幻想殺しをもたないルイズでは異能の力を打ち消せない。
そもそもティファニアの胸は大自然の神秘ではあるが現実だった。

「わ、わたしの胸は現実よ!」

時が止まった。

「……ティファニア」
「……なに?」

にっこりとルイズは笑う。

「現実見ましょうよ」
「……」

――ああ、今日はホントいい天気だわ。

マリコルヌが訪れるまで二人は無言だった。



F-6 Take a Beautiful Picture

「日が傾いてきたね」
「ああ、そろそろだな」

がたっとギーシュと才人は立ち上がる。
水精霊騎士隊はトリスタニア郊外の臨時屯所に集っている頃だろう。

「あーなんか今から緊張してきたわ……」
「早すぎだろ、祭りなんだから楽しもうぜ」

藍の浴衣に身を包んだジェシカは胸に手をあてて深呼吸している。
才人は苦笑しながら気楽に言い放った。
それぞれ髪の色と同じ浴衣を着たアニエスとミシェルは、微妙な顔で二人を見守っている。

「……私は何も知らん」
「私だって何も知りません、隊長」

もはや愛弟子の命を救う気はなかった。
衛士の詰所で待機していた五人はそろそろ屯所に向かうか、と顔を見合わせる。

「ではサイト、これをかぶれ」
「……なんだかなぁ」

むん、とアニエスは鉄仮面を突き出す。
才人は渋々鉢がねを外して仮面を装着した。

「俺の名を言ってみろ!」
「どうしたんだいサイト?」
「サイト大丈夫?」
「とうとういかれたか、ファイト」
「いつかこうなるとは思っていたぞ、サイト」

ネタが通じず才人はしょんぼり肩を落とした。
四人はよくわからない顔をしている。

「てかなんでこんな仮面が……」
「ああ、武器屋で売っていたからな。
なんだかすぐやられそう、という理由で安かったぞ」

そんなことよりさっさといくぞ、とアニエスは才人を促す。
彼の新撰組スタイルに慣れたのか、トリスタニアの人々はまた才人に群がるようになっていた。
パレードのときならいいが、屯所に行くには不便どころじゃない。

「……まぁこの鉄仮面なら誰もサイトと思わないだろうね」
「……そうね、なんかすごい格好だけど」

鉄仮面にだんだら羽織、非常にシュールだった。

「ま、行きましょうか」

ぴょんっとジェシカは才人の腕に飛びついた。

「っと、いきなりやられたらびっくりするだろ」

さしてびっくりした様子も見せず、むしろ幸せそうな声で才人は返す。
鉄仮面の下はでれっと崩れてそうだ。

――とばっちりだけは避けないと!

残り三人の意識が完全に一致した。



街はいつも以上ににぎわっていた。
日が傾きだすと人出は減るものだが、今日はそんな様子がない。
すでに通りで酔っ払いが騒いでいる。
そんな中を五人は粛々と歩く。
時たま浴衣美女三人にヤジが飛ぶ。
しかし――。

「俺の名を言ってみろ!」

才人が凄むと尻尾を巻いた犬のように逃げ去った。
継承者は伊達じゃない。
周りの人は気の毒そうな視線を向けている。
四人は恥ずかしそうに俯いていた。
才人は一人だけ楽しそうだった。。
人ごみを時に押し分けかき分け相手が避けたりで五人は臨時屯所についた。

「ふぅ!」

やはり相当蒸していた様子で、さっぱりした顔で才人は鉄仮面を外した。
その顔はほんのり紅潮している。
パタパタ手で扇いでいると隊員が駆け寄ってきた。

「やぁ、無事合流できたな」
「そりゃ当然だろ」
「何事も不測の事態というのはあり得るんだよ、副隊長殿」

くいっといつも通りメガネをあげるレイナール。
チラチラ視線が浴衣姿のアニエスと才人を行き来している。

――なるほど、ここはフォローしてやるかな。

「レイナール、アニエス隊長の浴衣も似合うだろ?」
「サイト!?」

才人の言葉にアニエスはぎょっとした。
一方レイナールは気の毒になるほど錯乱した。

「……え、ええよくお似合いです!
正直眩しすぎますっ!!」

普段のレイナールをよく知る人ほど考えにくい言葉が飛び出した。
アニエスも才人も、それどころか水精霊騎士隊全員がぽかんと口を開いてしまった。
二、三秒ほどかたまってから、気まずげにアニエスは咳払いした。

「ゴホン、ああ、ありがとう」

夕焼けに掻き消えるほど微かではあったが、頬が紅潮していた。
ミシェルは思った。

――やべぇ、隊長可愛い。

彼女はアニエス隊長を尊敬している。
そのストイックさ、実力、結果をもってくるところすべてをだ。
しかし同時にこうも思う。

――普段凛々しい人が隙を見せる瞬間。
これは素晴らしく、胸を滾らせる。

副隊長は冷静に才人に毒されつつあった。

「サイトくん!」
「コルベール先生!」

なんだかおかしな空気に染まりつつあった場を粉砕したのはコルベールだった。
その腕には大きな筒を抱えている。

「打ち上げ台の設置はもうすぐ終わりそうだよ。
空中装甲騎士団のみなさんもよくやってくれている。
後でお礼を言わないとな」
「それはよかったです。
俺もベアトリスとかにお礼言わないと。
ホントあのとき仲良くなっておいてよかったなぁ」

才人の脳裏にはルイズ主催の才人・ハントがアリアリと浮かんだ。

「で、結局打ち上げ花火は何発できたんですか?」
「ふふふふふ、聞いて驚いてくれたまえ」
「それはふつー聞いて驚くな、ですよ」
「まぁまぁいいではないか」

コルベールは不敵に笑う。
が、急に肩を落とした。

「実は五百発ほどなんだ……」
「五百!?」

才人は驚いた、勿論いい意味でだ。
ある程度の大きさの打ち上げ花火を五百発準備するのに、五十人がかりとはいえ三日間。
元の世界の花火事情には詳しくなかったがすごいがんばりが垣間見えた。

「それもすべて成功とは限らないからね。
うまくいっても四百発程度かもしれない」
「いいえ、十分ですよコルベール先生!」
「そ、そうかね?
十分か、そうかそうか」

コルベールは不良品が二割程度できている可能性を伝えたが、才人は喜びをあらわにした。
日本の小規模な花火大会並みの数だ。
それだけの数があれば異世界初の花火大会はなかなかのものになりそうだ。
才人につられてコルベールも笑みをこぼす。

「では設営に戻るよ。
打ち上げのタイミングはこちらで決めていいんだね?」
「お願いします。
それとすいません、はじめての花火大会がこんな形になってしまって」

才人はコルベールが打ち上げ担当をしてくれることに深く感謝した。
しかし彼は軽く笑ってこういった。

「なに、誰よりも近くから見れるというのはいいことだ。
それにほら、昔サイトくんには言っただろう。
破壊以外の火を演出することができる、素晴らしいじゃないか」
「そうよサイト、あたしもやるんだから」
「キュルケ」

いつの間にか近づいていたキュルケも口を挟んだ。
コルベールにしなだれかかって色気たっぷりに言い放つ。

「ジャン、二人っきりでトリスタニアに愛の証を打ち上げましょうね」

しかしコルベールは難色を示した。
すごい渋い顔をしている。
聖職者の鏡である彼はキュルケの猛プッシュにも負けない。

「それはいけませんぞミス・ツェルプストー。
きみも皆と一緒にパレードを楽しみなさい。
それにこういう裏方は大人が楽しむものだ」
「あら、あたしはジャンがいるならどこでも楽しめますわよ」

さぁさ設営に戻って、とキュルケはコルベールの背を押す。
そしてくるっと才人に振り返る。

「サイト」
「え、なに?」

キュルケは才人の耳元で囁く。

「パレードが終わったら、噴水の広場に行きなさい。
ルイズが待つようにいっているから。
彼女に会ったらまずは優しく抱きしめてあげなさい」

それだけ告げるとふわっと距離を取ってコルベールの後を追いだした。

――これでサイトの方も万全ね。
あとは待機する手筈の応援団とパレード後は暇になる空中装甲騎士団、妖精さんの手配次第かな。

今回のパレードでは水精霊騎士隊は郊外から進み、女王たちは王宮から出てくる。
噴水広場で両者が混ざり、ともに王宮へ戻っていくのだ。
その噴水、水メイジなら自在に起動することができる。
応援団と空中装甲騎士団のやんわりとした人払い。
そして魅惑の妖精亭従業員たちの力で、広場を囲む民家の灯火管制。
才人がルイズを抱きしめた瞬間、明かりを灯させ、噴水を起動する。
ロマンチックな音楽はあからさまなので断念したが、これだけあれば素敵な仲直りになるだろう、とキュルケは考えていた。
すでにルイズにもパレード終了後噴水へ向かうよう伝えてある。

――ま、ここまでお膳立てしたんだから後はガンバリなさいよ、お二人さん。

おせっかいな少女は思う存分愛しい人といちゃつくことを考え出した。



夕日が山端へ吸い込まれていく。
世界の色が変わりはじめる。

「いよいよか……」
「やべぇ緊張してきたよ俺……」

水精霊騎士隊は口々に心境をもらす。
各自幌のない改造馬車に座りそわそわ時間を潰す。
唐突に教会の鐘が響いた。

「時間だ」
「いこう」

隊長と副隊長が力強く立ち上がる。
馬車上に二人のレディーをエスコートして。

「ばっちり決めようぜ」
「抜かりは、ない。ないんだ!」
「ぼくはドキドキしてきたよ」

水精霊三本柱も立ち上がる。
他の隊員も一斉に立ち上がる。

『パレードの時間だ!』



F-7 Hello, Welcome to Tristania's Happy Parade

夕日が山に沈んだ頃、トリスタニアに砲声が轟いた。
人々ははじめ、パレードを告げる祝砲かと思いワッと歓声をあげた。
それが四発、五発と続くと誰もがキョロキョロあたりを見回しはじめる。
砲声とともに散る光に誰かが目をとめた。
そして気づく、空に咲いた花を。

「おい、西の空、あれなんだ?」
「すごい……」
「あれが花火ってヤツか……」

興奮に頬を染める人もいれば、ため息しか出ないほど感動している人もいる。
王政府は花火を行う、とは発表した。
しかしそれが具体的に何を表すかは布告しなかった。

『パレードでサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガの故郷の催し、ハナビを行う』

アンリエッタが公表したのはこれだけだ。
それを聞いたトリスタニア市民が立てた予測は二つ。

『パレードの馬車に仕掛けがしてある』
『きっとハナビという演目の、大道芸のようなものだ』

新しいものには目がないタニアっ子はこぞってブルドンネ街でパレードを待つ。
居酒屋は小型の丸テーブルと丸椅子をたくさん用意し、店の表に並べる。
皆酒を飲み、料理を楽しみ、唄を歌いながら時間を潰していた。
そこに夜空を照らす花々が前触れもなく咲き誇る。
人々はそのスケールの大きさへ、予想もしなかった芸術へ口々に叫びだす。

『水精霊騎士隊万歳!!』
『トリステイン万歳!!』
『虎街道の英雄万歳!!』
『我らの剣!!!』



「な、なぁ」
「どうしたんだいサイト?」

王都に入る直前になってサイトはそわそわし出した。

「俺の予想と全然、ぜんっぜん違うんだけどなんだよコレ!?」
「なんだよって言われても……」
「パレードってこんなんでしょ?」

街の外に溢れだすほど人がいる。
彼らの口から出る言葉はすべてトリステイン、水精霊騎士隊、そして才人を褒め称えるものだ。
事前に才人が想像していたパレードと全く違う。
彼はもっと、日本のお祭り的にみんなで楽しく、という感じを想像していた。
断じて一方的に持ち上げられるものではない。

「こっち見すぎじゃね?」

注目度は百パーセントに近い。
縋るようなの問いかけに、返ってきた言葉は無情だった。

「パレードってこんなもんでしょ?」
「ふつーだろうね」

現代日本人とお貴族様では感覚が違った。
一般市民代表であるジェシカに救いを求めても。

「まぁ、みんなこっち見るでしょうね」

あえなく撃沈された。
うろうろ落ち着きなく狭い馬車の上をぐるぐる歩き回る。
そしてがーっと叫ぶ。

「ふつーもっとワッショイワッショイ的なヤツだろっ!!」
『ワッショイワッショイ?』
「あーもーこれがジェネレーションギャップ、いやワールドギャップってヤツなのか……」
「相棒は迂闊だねぇ」

ちくしょー、と才人はがしがし頭をかいた。
周りはキョトンとして彼が何を言いたいのか全く分かった様子がない。
デルフがとりなすように、そしてどこか楽しそうに言う。

「まあなんだ、どうせならかっこつけな」

ぶすっとした才人が返す。

「なんで」

その答えは決まっていた。

「もったいねえだろ」

ああ、と才人はため息を漏らした。
アルビオンの記憶がよみがえる。

――あのときは、こうなるとは思ってなかったな。

撤退戦の時自分はどんな顔をしていただろうか、自身に問いかける。

――強張っていたはずだ。
悲壮だったはずだ。
ただ涙だけはこぼさなかったはずだ。

集まっている人たちを見る。
笑っていた。
誰も彼もが嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
戦争で家族を失くした人もいるかもしれない。
それでも生きる歓びに溢れていた。
水精霊騎士隊に振り返る。
やっぱり、笑っていた。
少し緊張してぎこちない笑みだった。
だが全力で楽しんでやる、という気概に満ち満ちていた。
才人は決意した。

――開き直ってやる。

「よし」
「ん?」

才人は馬車に置いていた赤ワインの栓を手早く開ける。
高くもなく、安すぎもしない銘柄だ。
そして。

「んぐ……んぐ……」
『へ?』
「っぷはぁ!」

誰かが止める間もなく、ラッパ飲みで一瓶空にしてしまった。
見ていた隊員たちは唖然とした。
普段の才人は一気飲みなんてマネはしない。
本人は周りの様子を見ることなく、口元をだんだら羽織で勢いよくぬぐった。
街を睨みつける。
気勢の声を、花火の轟音に負けるものかと腹の底から叫ぶ。

「っしゃぁぁああああああ!!!!!」
『!』

いきなり叫びだした水精霊騎士隊副隊長に、隊員はびっくりした。
一方少し距離のあった民衆は大歓声でこたえた。
再び才人は隊員に振り返る。
目が少し、すわっていた。

「おまえらぁぁああああ!!!」

皆びくっと肩が震えた。
才人は一拍置き、ひどく楽しげに言った。

「楽しもうぜ!」

その言葉に隊員たちは顔を見合わせる。
そして才人と同じように、楽しげに笑った。

『おう!!』

「男って……」
「わかんないわね……」

ジェシカとモンモランシーは肩を竦める。

「不安だわ……!」
「た、楽しもうよルイズ!」

ルイズはギリギリ拳を握りながらも肩を落とし、ティファニアはわたわた慰めた。



水精霊騎士隊は万雷の拍手と野太い大歓声、黄色い悲鳴をもって迎えられた。
手を振れば称賛の声が返ってくる。
貴族でも滅多とない機会に隊員のテンションは跳ね上がった。
勿論酔っぱらいつつある才人のテンションもより跳ね上がった。
右へ向かって。

「うぉぉおおい!!」
『うぉぉおおい!!!』

左へ向かって。

「いぇぇええい!!」
『いぇぇええい!!!』

前を向いて。

「あういぇーー!!」
『あういぇーー!!!』

――やべぇ、超楽しい。

素面の時は小市民的な才人も酔っぱらえば天下無双だ。
状況を誰よりも楽しんでいた。
それに困ったのは平民の衛兵たちだ。
彼らはロープをもって三メイルほどの感覚で立っている。
馬車の進路を誰も邪魔しないように、という配慮からだ。
それでも才人が煽るたび絶頂状態な野郎どもがロープを突破しようと突貫してくる。
魔法を使えない彼らでは対処に限度があった。
ギーシュは考えなしの副隊長をフォローする意味で、衛兵を手助けした。

「ワルキューレ!」

シュヴァリエの魔法に民衆も大興奮だ。
さらにギーシュはごそごそと荷物を漁る。

「こんなこともあろうかと!」
「準備良すぎだろ!?」

取り出したのはキッチンミトンともふもふの毛皮。
ファンシーなそれらをキリッとした顔で握りしめる様は少しマヌケだ。
毛皮をミトンに詰め込んで、それをワルキューレに装着させる。
青銅の戦乙女ゴーレムにキッチンミトン、そのシュールさに酔っ払いどもは大笑いする。

「これで殴ったとしても大ケガはしない!」
「案外考えてるのね」
「祭りで怪我をするのはくだらないという配慮さ、僕のモンモランシー」

キッチンミトン・ワルキューレはロープ突破を狙う酔漢どもをワリと容赦なくぶん殴っていく。
見た目美少女なゴーレムに殴られた漢たちはどこか幸せそうに吹っ飛ばされた。
召喚されて間もないころ、ワルキューレにぼっこぼこにされた才人はそれを見て苦笑いする。

――さっきも思ったけどコイツもきっちり考えて成長してるんだよな。

時の流れを実感して少ししんみりする才人。
そこにジェシカが背後からのしかかった。

「こら、そんな顔してるんじゃない。
お祭りなんだから楽しんで、楽しませないと」
「ちょ、わ、わかったよ」

――やばいこの感触は嬉しい嬉しい顔がでれっとしちゃうけどけどけどッ!!

才人は感じていた。
前方からの暗黒のオーラを、後方からの虚無のオーラを。

「うふ、うふふ、うふふふふふふふふ!!」
「るるるるるるいず!?」

名状し難くおぞましい表情のルイズさん、慌てるほか何もできないティファニアさん。
巫女姿なのにありがたみもへったくれもなかった。
才人が煽り、水精霊三本柱がさらに盛り上げ、ルイズが色々と落とす。
完全なサイクルがここに完成していた。
さらに暗黒オーラの持ち主、草色の浴衣装備シエスタさんが参戦する。

「サ・イ・ト・さんっ」
『し、シエスタぁっ!?』

ワルキューレがロープ際で待機していた彼女をエスコートしたのだ。
語尾に音符でもつきそうなほど軽やかに話しかけるシエスタ。
ジェシカと才人、二人そろって驚きの声をあげる。
そのユニゾンがまたシエスタをいらっとさせる。

「ジェシカぁ……ずいぶんサイトさんと仲良くなったのね」

ジェシカは慌てて才人から飛び降りる。
ギーシュとモンモランシーはさりげなく後ろの馬車に乗り換えていた。

「べ、別にどうだっていいでしょ!」

ジェシカはどもりながらもシエスタに言い返す。
女同士の争いに沿道はハラハラワクワクしている。

「まぁ、今はいいです。それよりサイトさん」
「へ、なに?」

いきなり自分に話が来ると思っていなかった才人はマヌケ面をさらした。

「おしおきですっ!」

――ブシャァッ!!――

シエスタが持っていたエール瓶が勢いよく噴き出した。
才人はエールも滴るいい男にランクアップした。

「……ハイ、スミマセンデシタ」

ぺこり、と頭を下げる。
今まで静まっていた沿道が大爆発した。
誰も彼もが笑っている。

「情けねぇぞシュヴァリエっ!」
「ねーちゃん俺に乗り換えろよ!!」
「わたしもいれてヒリガル様っ!!」

酔っ払いもここぞとばかりにヤジを飛ばしまくる。
歓声の中シエスタはカバンの中のタオルを才人に手渡した。

「今日はこれで許してあげます。
はい、タオルですよ」
「ありがとな、シエスタ」

才人は英雄として見られることは好まない。
一時のマルトーがあしらったような、貴族と平民の距離感が好きではないのだ。
そこでシエスタに頼んで距離を感じないよう、一芝居うってもらったのだ。

そしてこの一芝居はシエスタの利益にもつながる。
パレードでジェシカを隣に立たせる、ということには変わりがない。
なのでこのお芝居で嫁候補はたくさんいる、ということをアピールしたのだ。
さらにこんな無体を英雄に働いて許されるほど自分は親しいのだ、と王都に宣伝したのだ。
順調にシエスタさんは策略家への道を歩んでいる。

「皆さ~ん、冷えたエールよぉ!」
「げ、ミ・マドモワゼル!?」
「普段は店から出てこないのに!!」
「ば、化け物ォ!」
「早く逃げないと!!」

混沌を生み落しながらスカロンが妖精さんを引き連れて冷えたエールを持ってきた。
ギーシュが衛兵に目配せしてロープの中に入れさせる。
隊員ひとりひとりに蓋付きの大ジョッキがいきわたる。
ルイズとティファニアだけは蜂蜜入りのリンゴ果汁だった。
妖精さんたちとともにシエスタも沿道を後にする。
その前にくるっと才人に向き直った。

「今日はこれで許すって言いましたけど、やっぱりもう一つオマケです」
「?」

――ちゅ――

『ぉぉおおおおおおお!!!?』

ほっぺたにキス。
才人が反応する前に、シエスタはスカロンとともに人ごみに消えた。
あとには呆然とした才人とジェシカ、大興奮の民衆が残る。
そこにギーシュとモンモランシーが戻ってきた。

「なんというか……」
「ホント迂闊だね、君は」

二人は呆れ顔だ。
才人はまだ固まっている。
ジェシカは少し悔しさを感じ、燃え上がった。
シエスタは去り際にジェシカに笑いかけたのだ。
優越感たっぷりの笑顔で。

――上等ォ……やってやろうじゃない。
相手がシエスタだからって遠慮しないわ!!

後方のルイズさんはギュインギュイン虚無の波動を高めている。
隣のティファニアは途方に暮れるしかなかった。



F-8 After Carnival

噴水広場で水精霊騎士隊はアンリエッタ、シャルロット、ベアトリスと合流する。
魔法衛士隊、銃士隊、空中装甲騎士団を従えた一行は美少女たちの魅力をもってしても威圧感を消せない、はずだった。

「……ミシェル副隊長、やっぱ恥ずかしいっす」
「……黙って給料分働け」

銃士隊は実に百名ほどが浴衣を身にまとっていた。
しかもトリスタニア元祖のジェシカと同じ着こなし、肩がはだけて鎖骨全開、お色気たっぷりだった。
もはや浴衣ファッションショーにしか見えない。
モット、デムリ、オスマンのトリステイン三羽烏がいなければこんな光景はありえなかっただろう。

「夜空の花もいいですが、地上の花こそ素晴らしい」
「所詮空に咲くものなど手の届かぬ幻よのぅ」
「彼が言うにはミコフクというものもあるらしいですな。実に興味深い」

貴族御用達の高級酒場で語り合う三人がいたとか。
一方銃士隊の華やかな様子は市民の見方をガラッと変えた。
普段は恐ろしい、強そうといった印象しかなかった。
それが恥じらいに頬を染めていたり、普段よりもじもじとした仕草だったり、お兄さんお父さんたちは大満足だ。
女性も同じようにおしゃれに興味があると思われて、幾分親近感をもった人たちが多いようだ。

さて、パレードはアンリエッタ、シャルロットが同乗する馬車を先頭に再び進みだす。
次いで才人たち、水精霊三本柱、ルイズたち、隊員、最後にベアトリスとゆかいな空中装甲騎士団たちといった構成になった。
これはベアトリスのワガママによる。

「正直今は先輩たちに近づきたくないです……」

五十人集団土下座はレモン色のドレスを纏った少女にトラウマを残したようだ。
クルデンホルフ大公国は金貸しの国、とあまり好かれていない。
しかしパレードでは空中装甲騎士団が斜め上の方向で奮闘し、大好評だった。

「いくぞ、人間大車輪!!」

むんずと隊員の脚をつかむ騎士団代表。
そのままジャイアントスイングをかましはじめる。

「うぉぉぉおおおおお!!」

その回転速度たるや並ではない。
ハルケギニア最強の竜騎士団の名は伊達じゃなかった。

「いまだ!」
「うぅぅぅる・かぁぁああああのおおお!!」

ぶん回されている団員もかなりの兵だ。
回転しながら発火を唱え、維持する。
ぐるぐる回る炎の人間大車輪が完成した。
さらに違う団員が呪文を詠唱する。

「フル・ソル・ウィンデ、レビテーション!!」

ふわりと、代表が浮きはじめた。
炎を燃やしながら、宙に浮きながら、ぐーるぐーると人間をジャイアントスイング。
五メイルほどの高さでふわふわ漂っている。

『これぞ炎の空中人間大車輪!』

やんややんやと喝采をあげる沿道の観衆。
だがやってる本人たちが一番楽しそうだった。
ベアトリスはパレードに似つかわしくない暗い顔でため息をついた。

「どうしてこうなったのかしら……」

勿論日本代表平賀才人のせいだった。



終戦パレードも佳境である。
わいわいがやがやと一向は王宮へ近づいていた。
とうとう先頭のアンリエッタたちが敷地内に入る。
それに才人、四天王、ルイズたちの馬車が続いていく。
最後にベアトリスの馬車が門をくぐる。
空中装甲騎士団代表が空に向けて大きな火球を放った。

「ジャン、合図だわ」
「よし、皆さんこれが最後ですぞ!」

すでに四百発近くの打ち上げ花火を消費していた。
ブルドンネ街に対して垂直に、十メイルほどの間隔をあけて大筒群が設置された打ち上げ地点。
空中装甲騎士団あぶれ組がそれぞれの大筒に最後の花火を投下していく。
九の打ち上げ地点に設置された大筒はそれぞれ十ずつ、コルベールとキュルケのポイントだけが二十本の大筒を担当していた。
全員が仕込んだことを確認し、コルベールは杖を掲げる。

「では、着火用意!」
『ウル・カーノ!』

杖に火が灯る。
祭りの最後を飾る火だ。

「北一、南一より中央へ!
時間差は三十、着火!!」

まず、南北両端の大筒群が花火を打ち上げる。
三十秒の時間をおいて次の大筒群が、さらに三十秒後、といった具合で打ち上げはコルベールたちが陣取る中央へどんどん近づいていく。

「ジャン、これで終わりね」
「ミス・ツェルプストー」

コルベールはキュルケに向かって柔らかく微笑む。

「これからがはじまりなのです。
サイトくんからもっと色んなことを聞いて、火を有効活用しませんとな」

――ああ、ジャンなら花火みたいにキレイな世界をきっとつくれるわ。

キュルケは思わず愛しい人のほっぺたにキスをした。
コルベールはひどく赤面し、誤魔化すように咳払いをした。
そして二人で大筒に火をつける。
黄、赤、青、緑、白、トリスタニアの夜空に百発の花火が散る。
それはまさに百花繚乱だった。
花々が夜空にとけて人々は理解する。
今のでこの祭りが終わったということを。
気づけば誰もが拍手をしていた。
才人に、水精霊騎士隊に、トリステインに、方向性は違えど思いは一緒だった。
楽しいひと時をありがとう、と。



「終わったな~」
「……ああ、なんだか寂しくも感じるね」
「祭りは準備が一番楽しい、って言うしな」
「それは君の故郷の言葉かい?」
「そ、目標に突っ走ってるときのが楽しいってことだろな」

アンリエッタ、マザリーニからお褒めの言葉をいただいた水精霊騎士隊。
速やかに解散、というわけでもなく彼らは王宮で少し休んでいた。
と言ってもくつろいでいたわけではない。
ほとんどの隊員がパレードの時以上にガチガチで心休まる隙は一切なかった。
冷静なレイナール、豪放磊落なギムリ、アレなマリコルヌもそれは一緒だった。
ただ才人、ギーシュ、ルイズの三人だけが落ち着いている。
ちら、と才人はルイズと目があった。

――あ、このあと噴水に行かなきゃなんだよな。

キュルケの言葉を思い出す。
ルイズもパレード真っ最中はあれほど機嫌が悪かったのに、今は少し穏やかだ。
隣のティファニアも安心している。

――でもコイツら飲みに行く気満々だぞ。
なんとかどっかでまかないと。

間違いなく今がチャンスだった。
王宮の雰囲気に圧倒されている今しか抜け出す機会はない。
飲みに行った先で抜け出せば絶対に尾行されるに決まっているのだ。
才人は平静を装って抜けた頭を巡らせる。

――そうだ!

ここ一番で彼の頭はある意味冴え渡っていた。

「もう遅いし、俺ジェシカを送ってくる」
「え?」
「そうだね、僕はもう少し皆の回復を待つとするよ」

隊長に断りを入れてこの場の誰よりも緊張しているジェシカの手を引っ張る。
出口へ向かう最中、再びルイズと目があった。

――あ、と、で――

才人は口の形でそう伝えると王宮をさっさと抜け出した。
勿論ジェシカの手を握ったままでだ。
さて、才人は日本語を普段喋っている。
それがハルケギニア公用語に自動翻訳されるのだ。
口で「あ、と、で」なんて言っても正しい意味が伝わるはずがない。
しかし、珍しくいい意味でルイズに伝わった。

――さささ、サイト、こんなところで……。
す、き、だ、なんて言うだなんて!?
もぅ、やだわサイトったら。
この後の噴水も一応すっごい期待してあげるわよっ!

不機嫌気味から一転上機嫌になったルイズ。
ティファニアはそんな彼女を不審そうな目で見ている。

――ルイズ、最近情緒不安定かも。

とりあえずそっとしておこう、と優しい眼差しのティファニアは決意する。
そしてこの時、ルイズは二人を追いかけなかったことを後悔する。



「もー、強引なんだから」
「んなこと言ってもジェシカかたまってるだけだったじゃん」

王宮を出た二人は気楽に話していた。
花火も終わってかなりたつ。すでに日付が変わりそうな時間だった。
沿道に出ていた屋台もすべて撤収していて、ブルドンネ街をいく人たちは足早に家路か、さもなくば居酒屋を目指している。
月を雲が覆いあたりはだいぶ暗い。
これなら才人の顔を隠す必要もなさそうだ。

「あー、ギーシュも言ってたけど祭りの後はなんかさみしーな」
「そう言わないの、はじまりがあれば終わるもんなんだから」
「そうだけどさ、やっぱりなんか、な」

ぐっと伸びをしながら言う才人にジェシカは軽く答える。
二人とも、才人は特に、酒を飲んでいたが足取りはしっかりしていた。
王宮を出る前、アニエスにジェシカを送ることも伝えてある。
他の隊員が妖精亭で客のフリをして待っているということは聞いていた。
送り届ければ今日のところは安心だ。
ちらちら周囲に目をくばっても怪しい人影は見当たらない。
まっすぐにブルドンネ街を進んでいく。
しばらくの間二人は無言だった。

「そういえばさ」

噴水広場に差し掛かったころ、ジェシカは足を止めた。
人の気配はまるでない。
水音すらせず静かだった。

「なんであたしを選んだの?」

む、と才人は考える。
パレード終了後にアニエスをつかまえて話をしたが、騒ぎに乗じて動いた者は皆無だった。
城下にはまだ誘拐犯が潜んでいる可能性が高い。
だからまだジェシカに真実を告げるわけにはいかなかった。
才人が悩んでいるとジェシカが言葉をつなぐ。

「やっぱり言いにくいわよね、いいわよ」

ジェシカは儚げに笑う。
今にも消え入りそうな笑みだった。
才人は胸に微かな痛みをおぼえた。

「でもね」

次の瞬間胸元に衝撃を感じた。
ジェシカが真正面から抱き着いていた。

「ぇ?」

喉からは掠れたような疑問の音しか出なかった。
仄かな明かりが広場を照らす。
噴水が静かに水を噴き上げる。

――ど、どういうことだ!?

才人は理解が追い付かなかった。
胸に感じたよりもずっと強い衝撃を心に受けた。
ジェシカが抱き着いていたのは三十秒もなかった。
しかし混乱した才人には永遠にも等しい時間だった。

「サイト……」

はっと才人は胸元のジェシカを見下ろす。

――ちゅ――

ジェシカは不意打ち気味に才人の唇を奪った。
そしてとんっとジェシカは軽く距離を取った。

「あたしのファーストキスなんだから、大事にしなさいよ」

――やっぱり、言うのは無理だよパパ。
サイトとあたしじゃ全然釣り合わない。
それにシエスタの好きな人を奪うなんて無理よ。

才人は軽く口を開いてポカンとしていた。
それがジェシカのツボに入った。

「アハハハハハ! あんた英雄なんだからもっとシャキッとしなさいよ!」
「え、あ、うん」

――そのマヌケ面。
あんまりにもおかしくって。
こんな笑いすぎちゃって。
涙がこぼれてくるじゃない。

「ここまででいいわ。
妖精亭はすぐそこだもの。
じゃあねっ!」

最後にジェシカは一方的に捲し立てて走り去っていった。
才人は呆然としてその場を動けなかった。

「……ど、どういうことなんだ!?」

――ジェシカ、俺のことキモイって、あれ、きらい、てか好きでもなんでもなかったんじゃ!?
キスってあいさつ程度、いや、ファーストキスって言葉があるんだったら、でもなんでさ!?

才人はひどく混乱していた。
唇に手をやる。

――柔らかくて、痛かった。

はっと気づく。
痛かったのは胸だったことを思い出し、ギーシュの串を取り出した。

「これ、いい加減捨てないとな」

――とりあえずジェシカを追いかけよう。
青銅を捨てる場所を聞いて、話をして今まで通りだったら気にすることはない。
祭りの雰囲気に流されただけ、ってことにすればいい、うん。

普通の人ならすぐに追いかけたりはしないだろう。
しかし才人は青銅の串を言い訳にすることに決める。
走ってジェシカを追いかけることにした。
しかしどれほど走っても彼女の姿はなかった。
すぐに魅惑の妖精亭につく。
だがスカロンに聞いてもジェシカの帰宅は確認できなかった。

――やられた。

才人はこぶしを強く握りしめた。


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