29-1 ハチ公「ハァイ、サイト。雨やまないわね」「お、キュルケ。狭いところだけど入ってくれ」翌日の夕食後、キュルケは才人を訪ねた。彼はヴェストリの広場でテントを張って、そこで寝泊まりしている。水精霊騎士隊の部屋に転がり込めば、とキュルケは言うが。「いや、マリコルヌはリア充は入れねぇとか言うし。ギムリもキュルケと仲いいやつはダメだとか言うし。レイナールに至ってはプライバシーの尊重とか言い出すし。ギーシュが一番ひどくてモンモンに追い出された」「あら、それはご愁傷様」テントの中は湿気でじっとりしている。雨漏りはない。部屋の真ん中に置いてあるカンテラと外からの光で中はうっすら明るい。才人は必要最小限のものしか持ってきていないらしく、荷物は少ない。毛布と枕代わりの丸めた布きれ、そして枕元に一かためにされた着替えと瓶。テント内は立っているには狭く、キュルケは才人が手渡したクッションをしいて座った。才人は胡坐をかいてぼんやり入り口を見ている。「でもテントで寝てると昔のことを思い出してさ。こーいうのもたまには悪くないな、って」彼は昔シエスタと誤解されたときのことを思い出していた。いつかきっと誤解は解けると信じてルイズを待つことにしよう、と決意していた。ご主人様を信じて待つ忠犬のような顔をしている。一方キュルケは気の毒そうな顔をしている。才人はその顔に事態の悪さを感じ取った。「……状況はよくなさそうだな」「そうね、ルイズはカンカンよ」「俺なにやったんだよ……今回は全然心当たりないのに」頭を抱えて才人は悩みだす。――やっぱり、サイトは自分が悪いとは欠片も思っちゃいないわ。詳しい話を聞き出しておく必要があるわね。キュルケは昨夜の時点で原因にアタリをつけていた。彼女はお昼にルイズへ助言をしたとき、自分も才人と出会ったときのことを思い出していたのだ。――あのときのサイトは貴族も平民も意識の中にまったくなかった。ということは、少なくともサイトの故郷はハルケギニアの常識が通じるところではないわ。なら、パレードがそもそもあるかどうかも疑わしい、と考えた方がいいわね。コルベールの研究を隣で見てきた時間がキュルケを鍛えた。物事を筋道立てて考える力がついたため、昨日の話を聞いた時も感情的にはならなかった。むしろそれはおかしい、と頭の片隅でもう一人の自分が囁いているようだと感じている。両方の意見を聞いてから判断する、という結論に至った。「ルイズにも聞いたんだけど、サイト何言ったのよ?」「んっとだな……」才人はきっちり説明した。レイナールにしたよう、詳細を余さず説明した。失踪事件の件からパレードの件まですべて説明した。それを聞いたキュルケは呆気にとられる。――ルイズから聞いてない話がぽんぽん出てくるんだけど……。っていうかあの娘、この話知ってるの?「ねぇサイト、その失踪とか、ルイズに話したかしら?」「えっと、話し、てないかなぁ?どうだったっけ、おぼえてない、うん!」――ダメだコイツ……はやくなんとかしないと……。一瞬キュルケは新世界の神のような顔をしてしまう。とは考えたものの彼女は早く何とかするつもりはなかった。ふと、思いついたことを聞いてみる。「そういえば、サイトの故郷ってパレードあるの?」「パレードくらいあるよ」「あら」これは意外、と彼女は思った。パレードがあるなら隣に立たせる人の意味くらいわかってもよさそうだ。「でも戦勝パレードなんか知らねー。軍隊と遊園地のパレードくらいかな。外国の軍事パレードすごいんだぜ? 脚をそりゃ無理だろって角度まで上げながら歩くんだ遊園地のもキラキラテカテカしてて感動できる」「脚……キラキラテカテカ……」キュルケは想像してみる。金銀宝飾で全身着飾った人々がバレリーナみたいに脚をあげながら行進する様子が思い浮かんだ。きっと違う、と思考を破棄する。「その、サイトの故郷のパレードで男女ペアってあるのかしら?」「男女ペア……うーん、あるにはあると思うけど、よく覚えてないや」――やっぱりパレードへの意識が全然違うのね。これはまぁルイズたちにとっては朗報だわね。とにかくもう一度情報を確認しようとする。「まず一つ目、ジェシカって子とはなんでもない」「なんだよそれ、何かあるみたいな言い方だな」「良いから答えなさいって」「や、良くしてくれるけど何にもないよ。ただ最近風邪気味っぽいかな、よく顔赤くしてるし」なるほど、とキュルケは頷く。彼女の脳内でジェシカはリーチがかかっている、と認定された。「二つ目、ルイズのことが一番好き」「……なあ、それって言わなきゃダメか?」「言わなきゃダメよ」「……ああ」「ああ、じゃわかんないわよ」「好きだ」「誰がよ」「ルイズが」「ルイズがどうしたっていうのよ」「ああもう! わかってやってるな!!」キュルケはころころ笑う。才人は立ち上がって啖呵を切った。「なら言ってやらぁ!俺は、ルイズが、大っ好きだぁぁあああ!!!」「まぁ情熱的、でも叫ぶ必要なんてなかったわよ」この叫びをルイズに聞かせてやりたい、とキュルケは思った。あいにく雨が降っているので彼女の部屋までは到底届かないだろう。「ま、でも大体のところはわかったわ。あとはあたしに任せておきなさい」「サンキュ、キュルケ。すげー助かる」気の良い少女らしいおせっかいで、この機会に絆を強化してあげようと画策する。最高にドラマチックな仲直りにしてやろう、と。「パレードが終わるまでルイズと喋るのは禁止。辛いけどこれは守りなさいね」「う……わかった、がんばる」キュルケは立ち上がり、テントの入り口を開いた。「じゃあね、あとはキュルケおねーさんの手腕にご期待なさい」「頼んだよ」才人はやっぱり忠犬みたいな顔をしていた。29-2 キム・ディールタバサがルイズの部屋で本を読んでいる。そんなありそうで才人がいない限り滅多にありえない光景を見て、キュルケは固まってしまった。目をしぱしぱさせても椅子に座って本を読んでいるのはやっぱりタバサでしかない。「キュルケ、どうだった?」才人が犬ならルイズは子猫のようだった。その不安げな表情は普段の彼女からは程遠い。よっぽどジェシカに才人がとられることを恐れているようだ。そんなルイズに、キュルケは安心させるためにも穏やかな笑みを見せた。「大丈夫よ、ルイズ」ピクリ、とタバサの耳が動いた。実際動いたとしても極微かだったが、キュルケにはわかった。この娘もパレードの件をどこかから聞いて不安がってるな、と。「はぁ、収穫はきっちりあったわ。二人ともお茶にしましょ、シエスタは呼んであるわ」ご飯の後だから軽めだけどね、とキュルケはウィンクひとつ。ルイズはふらふらと勉強机の椅子に腰を下ろした。「とりあえず、大丈夫なのよね」「ええ」ルイズははぁ~、と脱力しきったためいきをついた。「よかった……ホントによかった」若干鼻声になっている。昨夜からよほど不安が募っていたようだ。「ま、飲み物もなしに喋るようなことじゃないわ。すぐ来るだろうし、シエスタを待ちましょ」つとめて明るくキュルケは言った。窓の外はまだ明るい。雨はやっぱりやまない。気象にも造詣が深いギトー教諭が言うには、この雨は長引くそうだ。キュルケはすとんとベッドに腰を下ろす。タバサは本に目を落としていてもページは進む気配がない。三人が三人とも何か考えを巡らせているようだ。雨音だけの部屋に、昨日と同じようにノックが響く。「失礼します、ってミス・タバサ?それにサイトさんがまだいないんですか??」メイド服姿のシエスタが、小さな金属製のバケツとワイングラスの載ったお盆を手に入ってくる。不思議なことにグラスは四人分きっちりあった。「キュルケさんが大丈夫、って言うからてっきり部屋に戻ってらしてると思ったのに」「そこらへんはまだ事情があるのよ。さ、お茶にしましょ」キュルケはシエスタに用意を促すが、彼女は気まずそうに照れ笑いを浮かべる。そしてたっぷりの氷と三本の瓶がはいった金属製バケツを突き出した。「えへへ、実は仲直りのお祝い、ってことでワインにしちゃいました」瞬間、部屋にいた三人の脳裏には別々の出来事がフラッシュバックする。――あなた、調子乗ってませんか?――――飲んで――――くらえッ! ルイズッ! 半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!――三人の顔が同時に、同じくらい青くなる。そんな淑女たちの顔色にシエスタは気づく気配もなく、グラスを並べだす。おつまみはクラッカーとクリームチーズ、スモークサーモン。夜食には少し重そうだった。「あら、皆さんどうしたんですか?」「その、お酒はやめとかない?」「やめるべき、特にあなたは」「そ、そうね、飲みすぎは成長に良くないって言うし」シエスタはきょとんとした顔をして、すぐにっこり笑顔をつくった。「まぁ、でもおめでたい席はやっぱりお酒が付き物ですよ。サイトさんと同じ国から来たひいおじいちゃんも言ってました。酒は飲んでも飲まれるな、って」あら、何か違ったかしら、と彼女は小首を傾げる。三人は思う。――お前がそれを言うな!*結局一本の瓶にはりんご果汁が入っていたのでそれを四人で分け合った。アルビオン産の高地栽培ってレベルじゃないそれは糖度が高い。とにかくそれを飲み物にして、キュルケは三人の乙女に才人の言い分を説明してあげた。「というわけらしいのよ。あ、あと今言ったようにルイズはパレードまでサイトと話すの禁止ね」「なにそれ」「理解できない」「許しません」乙女たちは冷静じゃなかった。いや、ルイズだけは幾分落ち着いていた、冷静じゃないのも嬉しさではしゃぎまわりたい、といった具合だ。それも才人がテントの中で何を叫んだかを聞いたからだ。「ふふっ、そう、まぁご主人様は寛大だから犬のすることくらい許してあげるわ」上機嫌で余裕綽々な発言までかましてくれる。巫女姿の件は朝食後レイナールから聞いていたし、パレード後にはきっとロマンチックなことが待っている。有頂天状態になりつつあった。「納得できない」これにぶすっとむくれているのはタバサだ。彼女はアンリエッタの隣で愛想を振りまく役目が待っている。そこに才人が来る余地はない。それどころかパレード中はカステルモールがはるばるガリアから来て、過保護な父親のように世話を焼くことが決まっている。そんなタバサを見てルイズは、ふふん、と高貴な笑いをもらす。じとっとした目で睨み返すタバサ。そんな視線今のルイズには痛くも痒くもなかった。が、シエスタの反撃がはじまる。「でも、結局パレードはジェシカとなんですよね」ぴく、とルイズの顔面が凍る。「サイトの考えはどうあれ、民衆がどう思うかは結局変わらない」口元が引きつる。「そういえばそうよね」目元に涙が浮かんでくる。「サイトさんってスケベで雰囲気にも流されやすいですよね」わなわな全身が震えだす。「夜のパレードは雰囲気も満点」口元があわあわ波立ってくる。「ジェシカって子、危ない気がするわね」「どどど、どうすればいいのよっ!?」ルイズはキュルケに泣きついた。タバサとシエスタは意地悪そうな顔をしている。キュルケは、仕方ないなぁルイズくんは、と言いたげな顔でのたまう。「諦めたら?」タバサとシエスタはそれに激しく同意し、力強く何度も頷いた。「ぜったいやだ!!」ルイズは子供みたいにわめく。「と言っても、実際のところどうしようもないわ。サイトはあれでルイズ最優先に見えるけど、言い出したことは結局曲げないし」「ぐぬぬ……」ルイズは呻く。そのあともあーだこーだという議論は続き、ワインに手が伸びて、結局気づけば翌朝になっていた。具体的な打開策を見出すことなく、パレードの日を迎えてしまう。