2-1 平賀家の食卓完全無欠な英雄はこの世に存在しない。いや、ひょっとしたらいるのかもしれないが圧倒的少数派だろう。某フォースと共にあらん人は一度ダークサイドに堕ちているし、落ち込んでいて教官を殺された上に逃げた先でまで運命がまとわりつく男だっている。世界を救った男女平等パンチを放つ男子高校生も普段は不幸で鈍感だし、中国拳法を極め、多すぎる仲間の死を背負ったからくり大男だって子供の頃は貧弱で泣き虫だった。指輪を捨てに行くだけの簡単なお仕事に見せかけた壮大な冒険に巻き込まれたホビットもいれば、一見渋くて超強いのに声が意外と高くてちょっとがっかりしてしまうコックから警察官、特殊部隊までこなしてしまう沈黙の男もいる。しかし、彼らは紆余曲折しようとも、トラウマを持っていようとも、最後には成し遂げるのだ。勝利を!平和を!!そして新進気鋭の英雄足るヒリーギル・サートームもご多分に漏れずトラウマを克服して現実に帰ってきた。ちょっぴり視界が滲んでいても彼も数多の英雄と同じく成し遂げたのだった。――帰ってきた。俺、帰ってきたんだよ、コルベール先生。くどいようだが炎蛇氏は生きている。キュルケ嬢と、若干一方通行気味ではあるものの、きゃっきゃうふふあははとしながら光輝く頭脳をフル回転させ、研究に励んでいることだろう。さて、なんだかんだ言いつつも才人は最近ストレートな罵倒を、より具体的にはキモがられることはなかった。才人はアレだがルイズもアレなのは言わずもがな、二人が組み合わさると逆に無敵で素敵なフィールドが形成されるのだ。その絶対領域を中和・侵食できるのは今のところ汎用冥土型決戦兵器ことシエスタさんと、風の妖精マリコルヌさんに限られている。そしてタルブ村のシエスタさんも、曾祖父の教育の賜物か、男性をたてることを美徳としており、アレ状態の才人にも罵声を浴びせることはなかった。オルレアンさん家のシャルロットちゃんも、アレな才人には、見てはいけないものだけどどうしよう、教えてキュルケ!といった有り様で具体的な対処はしてこなかった。そこに、ジェシカの究極魔法「キモッ」である。才人にとって、十年間溜めに溜めたエクスプロージョンよりも効いた。そのせいで現実への回帰が遅れ、気が付けば木陰にいる。しかもシエスタの膝枕だった。困惑が混乱になりつつもがばっと起き上がる。「サイトさん、気がつきましたか」「お、よーやくしゃきっとしたわね」湿度のせいか、木陰に入ると大分涼しい。そこらへんは日本よりもマシかなぁ、と考えながら疑問を口にした。「えっと、ジェシカ、なんでここに?」「もー、さっき言ったじゃん。マルトーおじさんとサイトに用があったのよ」マルトーとスカロンが旧知の仲らしく、ジェシカはマルトーのことをおじさん、と慕っている。シエスタが魔法学院に奉職しているのもそのツテを頼ってのことだ。そして才人の中でさきほどのことは封印されたらしい。トラウマを乗り越え英雄になる日は遠そうだ。「ふーん、そうだっけ?暑さのせいでまだぼんやりしてるや」「ま、それはいいわ。サイト、あなた確かひいおじいちゃんと同じトコ出身だったわよね?」「ああ、そうだけど」会話の合間にもシエスタが団扇をぱたぱたと扇いでくれる。この団扇は武雄ひいおじいちゃん直伝だとか。トリステインにも何故か竹っぽい植物はあるのでそれから作るのだ。「実はマルトーおじさんにも相談したんだけどさ、この暑さで店の売り上げが落ちてんのよ。それでちょっと風変わりなイベントとか、料理を出したいんだけど、サイトの故郷でそれっぽいの、ないかな?」お願いっ、と両手を合わせるジェシカに才人の胸はちょっぴり高鳴る。日本人の血のせいか、ジェシカもシエスタも親しみやすく、しかも可愛い。そんな娘にお願いされちゃえば否応なしにがんばるしかねぇ!と、戦場でもないのに才人のココロは震えた。同じく木陰に転がされていたデルフはそれを微妙な気持ちで見守っていた。――夏っぽいイベント、か。才人が真っ先に思い付いたのは花火大会だ。ここ、トリステインでは色鮮やかな火を夜空に打ち上げるなんて誰も思い付かないだろう。しかし、魅惑の妖精亭単体で考えると少し弱い。――甲子園、お盆、海水浴、山登り、七夕、他にはっと……。「マルトー親方も料理に苦心してますよ。どうにも残す人が多いみたいで」「今年は暑くなるみたいだしね~。おじさんも大変だぁ」「今年は暑くなるって、なんでわかるんだ?」ハルケギニアのお天気事情を知らない才人が問い掛ける。するとジェシカとシエスタは顔を見合わせて苦笑した。「いえ、テンキヨホウシュっていう職業を自称されている貴族様がおられるんです」「要はお天気を占っているらしいのよ。ヨシュズミィ・ド・イシュハァラっていうお貴族様なんだけどね。これがまた当たらない当たらない」「最初の頃はみんな少しは信じてたんですけど、今となっては、『占いと逆になると考えれば良い』って」「そうなのよ。なんでか知らないけど占いとまぎゃくになるのよねー。で、今年は冷夏になるっていうからきっと暑くなるのよ」「スクウェアクラスで平民にも偉ぶらない、家柄も良いと他は完璧なのにこの趣味で他の貴族様には笑われているとか」「先週うちに来たけど『台風二号が来れば……』ってぼやいてたわよ」「なにそれこわい」これも元の世界との奇妙な類似点なのかもしれない。とりあえずイシュハァラさん家のヨシュズミィさんのことは思考の隅に追いやって、才人はさらに夏らしさを追い求めた。――ジェシカの悩みもマルトー親方の悩みも料理さえあれば解決するんだ。考えろ、夏に食ったものを思い出すんだ!そうめん、そうめん、そうめん……。才人の母親は存外ずぼらなところがあったらしい。毎日のようにそうめんを食べていたような気がした。しかも才人は素麺の作り方など知らない。――他の他の他のッ!!そうめんサラダ、茄子そうめん……。哀しいまでにそうめん尽くしだった。「ホントはそうめん、っていう小麦粉から作る麺を使うんだけどさ。きゅうりを細く切って、トマトをざく切りにして、マヨネーズで和えたやつは美味しかったかなぁ……」「ふんふん、パスタでも出来るかしら」「たぶん、細いパスタだったらできると思う。豚肉とかいれてもいいと思うし」シエスタから団扇を受け取り二人を扇いでやる才人。ついでに、剣って暑いとかあるのかしら、と思いながらもデルフも扇いでやった。――夏っぽいと言えば他にもざるそばかな。たっぷり盛られたそばを、まずは香りをかいで、そしてつゆにつけてずぞぞっと啜るとたまんねぇーよなぁ……。トリステインにも蕎麦の実ってあるのか?あ、冷やしうどんもアリかな。ねぎを散らして、鰹節をたっぷりまぶして、半熟卵はやっぱ欠かせないよな。ずるずる啜って、ある程度箸を進めたら卵を割るか、それともそのままちゅるっといくか、それが悩むんだよな~。いやいや、冷やし中華っていう手もあるぞ。錦糸玉子、きゅうり、ハムは鉄板として、トマトなんかもいいしミョウガ、オクラも美味かった。そうめん祭りが終わっても才人はドコまでも麺類だった。このままではSSの主旨がどんどんそれていってしまう。それほどまでに才人は郷愁を覚えていた、主に食料方面で。しかし、ここで才人に電流走る。――枝豆……圧倒的枝豆!!たっぷりの塩水で湯がいた枝豆がビールに合うって父さんも言ってた!そして冷奴だ!醤油だけ垂らしてもいいしねぎ、しょうが、鰹節、ミョウガ、ラー油系に走ってもまたアリだってばっちゃも言ってたはず。待てよ、確かあの漫画ではホカホカの焼き鳥とキンキンに冷えたビールの組み合わせが……。才人は遠く彼方、地下帝国に思いを馳せた。彼は未成年なので知る由もないが、この季節キンキンに冷えたビールは極上である。才人は沼に囚われそうになりつつ、必死に考えをまとめる。筆者も残念なのだが、トリステインではワインの方が圧倒的支持を受けているのでこの案がうまくいくかは不明だ。――だんだん頭が回ってきたぞ。暑い中食うカレーは最高だ。でもおそらくスパイスが足りない。そもそもガラム・マサラがよくわかんねぇ。ゴーヤー・チャンプルーか?ゴーヤが手に入る可能性は低そうだ……。考えろ平賀才人。お前ならできる。男なら、誰かのために、強くなれるんだ。女の子のためならお前は英雄にも天才にもなれるんだッ!!2-2 授業は踊る、されど進まず才人が脳内でクライマックスを演出している頃、そのご主人様は授業中だった。窓際の席に陣取り最早進まなくなった授業と呼べない男の意地の張り合いをぼんやり眺めている。ギトー教諭の授業でこのような事態は珍しい。みんなの太陽ことコルベール先生の講義は大いに脱線し、しばしば休講になる。しかし、このくそ真面目で嫌みな教師はきっちりかっちり修業を行うことでも有名だった。何がいけなかったのかは誰も知らない。きっと才人ならこう答えるだろう。「太陽のせい」吹っ掛けたのはグラモンさん家のギーシュくんだった。例によって絶好調で有頂天なギトー風最強授業で彼はこう言った。――先生、先生の講義で風が最強であることはよくわかりました。ギトーはニヤリと笑いながら、数量限定のアンリエッタ女王陛下の写し絵をゲットしたかのように、満足げに頷いた。――しかし、先生の講義では最強である以外、何も示されておりません。我が土の系統のように人々の役に立つようなところを見せていただけないでしょうか。この挑発にギトーはちょっぴり頭に来た。風は最強であるがゆえに庶民の生活とは密接しないと言うのが彼の意見だった。ここでギーシュはさらに畳み掛けた。――しかし、いくら最強たる風の系統でもいきなりは難しいでしょうね。元々沸点の低いギトーだ。これには負けておれぬ、と声を張り上げる。――調子に乗るな。風に不可能はない!頭に来ていたギトー教諭は風最強、から風に不可能はない、と持論が変わってしまった。一瞬、ギーシュの瞳が妖しく輝く。――ならば簡単に。この講義時間中教室を涼しく保ってください。我が土の系統でもドットスペルで達成できることです!言うや薔薇を一振り、現れた七体の青銅の戦乙女たちはその手に巨大な団扇を携えていた。ワルキューレの自立稼働で団扇を扇がせ、ギーシュはギトーに向かってニヤリと笑った。対するギトーはウィンドを唱えた。ギーシュのワルキューレが巻き起こす風よりは強く、されどモノは吹き飛ばさない程度に弱く。タバサですら及ばないほどの絶妙な力加減がギトーの高い実力を示している。しかし、一分もたたないうちに風は止んでしまう。さらにギーシュは勝ち誇って嘲った。――このやろう!ギトーは大人げなく偏在まで繰り出して交互にウィンドを唱えはじめた。そんな状態で授業を進められるはずもなく、男達は不適に笑いあいながら意地を張り通していた。そして場面は冒頭に戻る。――はぁ、オトコってホントバカよね。ギーシュもあのバカ犬の影響でもっとバカになってるし。ルイズの知る限り、ギーシュはこのような愚行に走る人間ではなかったはずだ。ちらりと見たモンランシーも溜め息をついている。ギトー教諭ですら、今でも融通が効かないが、もっともっと頑なだったはずだ。彼女の使い魔は方向性はどうあれ、みんなに変化をもたらしているようだ。――にしても、サイトはどこにいるのかしら。ご主人様がマジメに授業を受けているというのに……。既に授業の体を成していなかったが、一応授業中である。男たちのやり取りになぜかマリコルヌ、レイナールなど水精霊騎士隊の面々も加わりはじめている。お堅いレイナールが参加するなんて……とルイズは戦慄いた。外から聞こえてくる声にルイズはピクリと反応し、顔を伏せた。――あ、ああああの犬はご主人様の授業中にナニ大声で騒いでくれちゃってるのかしら。しかもこれあのメイドだけじゃなくってジェシカの声も混じってるじゃない!あとで鞭打ちね、とまるで卵を割るかのような気軽さで非情な仕打ちを決定した。ギラリと光った眼に遠くからルイズを眺めていたモンモランシーはビクッと肩を震わせた。外からの声はいよいよ大きくなっていた。「だからエールを冷やせば良いんだよ!俺の国のギャンブラーも言ってた。キンキンに冷えたエールは犯罪的で、強盗すらやりかねないって!」その後もあーだこーだと続く声。ルイズは怒りがだんだん羞恥に変わりつつあることを感じていた。――もー!ホントにあの犬ナニやってんのよ!?バカバカバカ!もう知らないもん!!羞恥に頬を染めて、前をキッと睨めばそこには男たちの輪があった。もはや学級崩壊と言うレベルじゃない。教師が進んで破壊しにまわっていた。今の議題はエレガントな涼しさの演出法。ここはあえて火を使うべきだ!と主張するギムリがレイナールとタッグを組んで、水の円柱内で燃える炎を実現していた。そこにギーシュが錬金で作った銅粉末を撒き散らし、マリコルヌが巧みに風を操り、炎色、形を制御している。無駄に洗練された高度な技術に流石のギトーも感嘆した。外の声なんて誰も気にしちゃいない。――ふふ、そう。そういうことなの。ならいいわ。教壇の近くで水精霊四天王が、燃える水柱の前で顔をぐるぐる大きな円を描く運動をしていた。アレも才人の入れ知恵だ。垂直だった円柱はゆっくりとひしゃげはじめ、やがて円形になった。その中では十字型の炎が時折色を変えながらくるくる回転している。ルイズの頭の中ではすでに決着がついていた。――罪人、犬。だから、私がむかむかして教壇を吹っ飛ばしたとしても、私何にも悪くないの。あとで犬に鞭打ちでも食らわせれば、皆きっと笑って許してくれるわ。ええ、皆笑顔でにっこり笑ってくれるわ。羞恥が一周して再び怒りに戻ったとき、ルイズはエレガントに立ち上がり、涼しげな声でルーンを唱え、淑やかに杖を振った。きちんと椅子に座っていた女性陣は長年の経験からサッと机の下に滑り込んだ。一方男性陣は先ほどのオブジェにどのような名前を討議しており、ルイズの暴挙に気がつかなかった。迸る閃光、響く爆音。その爆発はバカどもを飲み込み、軒並意識を刈り取った。一年ほど前とは違い、誰もゼロのルイズと囃し立てない。いや、できない。ルイズはこの世のものとは思えないほどの綺麗に微笑んでいたのだ。話しかければ次は自分がやられる!という確信のもと、女性陣は爆発をなかったことにした。男たちの屍を残しつつ真夏日は過ぎていく……。