28-1 鈍感力「さて、どうしよう」シエスタに、ルイズの部屋へ紅茶を淹れに行ってもらうよう頼んだ後一人考える。雨はしとしと降り続いている。さっきよりは弱まってるかな、と才人は思った。――水精霊騎士隊に顔出すか。あんま近寄るな、って言われてるけど。よし、と勢い込んで雨の中走り出そうとするが、やってくる人影に才人は力を抜いた。「お、副隊長じゃないか」「レイナール」学院の渡り廊下に駆け込んできたのはレイナールだった。濡れたメガネをハンカチで拭いている。「流石にのび太じゃないか……」「ノビタ?」レイナールは非常に真っ当な目つきをしていた。どうがんばっても3には見えそうにない。それどころか裸眼としっとり濡れた髪のせいでいつもより男前っぷりがあがっている。才人は心の中で舌打ちした。――けっ! メガネ外せばイケメンとか流行らねぇんだよ!!メガネ外せば美少女はむしろアリだけど。「まぁいい。先ほどアニエス隊長宛に書簡が来たんだ。例のパレードのことだ」「なんか問題でもあったのか?」首を振るレイナール。その拍子に水しぶきが飛んで才人はちょっとだけイヤな顔をした。レイナールは胸元から一通の手紙を取り出す。「隠し芸だ」「え?」「マザリーニ枢機卿直々の書簡だった。パレードで行進中きっちり盛り上げろ、とのことだ」「マザリーニって、あのおじいちゃんだよなぁ」才人は白い口髭をはやした白髪なおじいちゃんを思い出す。――確か、ロマリアから来た人だったよな。案外ひょうきんな人なのか?姫さまも頼りにしてるくらいだし、実は頼れて面白い人なのかな。頼れる面白い人はアニエス宛の伝書鳩を飛ばした直後、面白い顔で泡を吹きながら倒れてしまっている。マザリーニが隠し芸をやれ、というのはただ彼がひょうきんだから、というわけではない。例によって平民アピール大作戦だ。貴族というのはこういったパレードでも平民に愛想を振りまくということは滅多にしない。それでは困るのだ。才人やまだ若く偏見に固まっていない水精霊騎士隊がアクションをとることで、平民はよりいっそう盛り上がる。財布も緩む、税が増える。戦役が続いたトリステイン財務省はワリといっぱいいっぱいだった。「でもレイナール、こういうのキライじゃないのか?」「なに、水精霊騎士隊の宣伝になるならなんでもやるさ」レイナールはしれっと答えたように見える。だが男というのは時に異常なほど勘がよくなる。才人の目はごまかせなかった。「あ、アニエス隊長!」「な!?」「嘘だよ」確定だ、と才人はにんまり口元を歪める。レイナールは苦虫を噛んだかのような顔で視線を逸らした。「そっかそっかー、ふーんなるほどねー」「……」珍しくレイナールの顔が赤く染まった。才人はより一層面白がる。「手渡された時触れ合っちゃったりしたのかなー」「……なにがのぞみだ副隊長殿」ふむ、と才人は腕組みした。特に要求はない、というかレイナールは事態を無駄に重く見ている気がする。大体水精霊騎士隊は全員このことを知っている。秘めた恋だと思っているのは彼一人だった。「んー、なんも思いつかん」「そうか、貸しということか」――コイツ勝手に追い詰められて自爆するタイプだな。俺みたいに地雷もへったくれもなく気楽に生きればいいのに。才人はものすごく自分のことを棚上げして思う。そして考えが閃いた。「あ、そうだ」「ん、どうした?」「ちょっと聞きたいことがあるんだ」そして才人はルイズの部屋でのことをレイナールに説明した。ただし彼女に説明していないこと、トリスタニアに蔓延る失踪事件のことからジェシカがターゲットになっている可能性まできっちりと話した。「つまり、その子は誘拐の危険性があるから副隊長の隣にいてもらう、と」「うん、そうだな」「うーん、僕では力になれそうにない。彼女が怒った理由が皆目見当がつかないや」「頭の良いレイナールでも無理かぁ、じゃあギーシュとかに聞いても一緒だな」「だろうな。それに彼女はティファニア嬢と二人、巫女姿でパレードに参加するんだろ?結局のところきみとは一緒にいられないよ」「だよな、俺なんで怒られたんだろ……?」やっぱり男子と女子って感覚違うのかな、と呟く才人。残念ながら男連中からフォローを受ける芽を完全につぶしてしまった。ちなみにルイズは巫女姿でパレードに参加することをまだ知らない。――まぁ、パレードまで熱を冷ませばなんとかなるか。ジェシカ事件も片付くだろうし、花火もある。仲直りにはちょうどいいじゃん!「ま、それはそれとしてきっちり練習しておいてくれよ」「へいへい、レイナール先生の顔を潰すマネはしないさ」「……ホントに言うなよ」「言わない言わない」雨はまだやまない。今日は久々に厨房で飯を食おう、と才人は思った。28-2 マッド・ティー・パーティー才人が部屋を去ってからしばらく。ノックを一つ、返事はない。「ルイズ、入るわよ」キュルケはエレガントにドアを開ける。鍵はかかっていない。ドアノブを吹っ飛ばす必要はない。「なに布団にくるまってるのよ」「うるさい」ルイズは布団でかたつむりになっていた。いくら雨が降っていていつもより涼しい、とは言っても夏場であることに変わりはない。このまま放っておけば汗だくになってそのうち顔を出すだろう。それでも引っ張り出してやろう、とキュルケは思った。「とっとと起きなさい。シエスタが来るわよ」「なんでよ」布団の中からでこもっているが、すぐわかるほど不機嫌な声だ。「そりゃ呼んだからに決まってるじゃない。じっとり暑いんだからアイスティーもなしにお喋りなんてできないわ」「はなしたくない」けんもほろろな返答だ。キュルケはぎしっとベッドに腰掛ける。「駄々こねないの」「やだ」まるで子どもだ、と彼女は苦笑した。事実、ルイズは幼い。「はいはい、起きまちょうね~」「……」ルイズの返事の代わりに硬質なノック音が部屋に響いた。「はい、どうぞ」「失礼します、ミス・ヴァリエール、とミス・ツェルプストー?」「ええ、お邪魔してるわ」ワゴンを押してシエスタが入ってくる。ワゴンには汗をかいたガラスのティーポット、三つのティーカップ、クッキーが載っている。「あら、サイトさんは?」「ぅぅう!!」「ほらほら怒らない」シエスタの疑問にルイズは唸った。まるまったままの布団をポンポンとキュルケは叩いてめんどい娘をなだめる。それを横目にシエスタはテキパキお茶会の準備を進めていく。「特に指定がなかったのでカモミールティーと、食事前ですので甘さ控えめのクッキーにしましたが、よろしかったでしょうか?」「ええ、よくってよ」「……いらないもん」ティーセットを配置したシエスタとベッドに腰掛けるキュルケは目を合わせて、同時にため息をついた。微かに動く布団娘をどうしようか、と二人とも考えをめぐらせる。ピン、とキュルケの頭に豆電球が灯った。「ねぇシエスタ、綱引きって知ってる?」「綱引き、ですか?聞いたこともありません」「そう……綱の両端を引っ張りっこする競技なのよ、こういう風にね」キュルケはむんずと布団の端っこをつかんだ。その顔は悪意のかけらもなく、ひどく楽しそうだ。もちろん布団の中にはルイズがこもっている。それを見てシエスタも気づいた。そしてキュルケと同じような笑みを浮かべた。逆側の布団の端っこをむんずとつかむ。「そうですか、楽しそう。やってみたくなっちゃいました」「あなたならそう言ってくれると思ったわ、シエスタ。宝探しの時から思ってたけど、やっぱりあなた素敵だわ」「あら、貴族様から褒められるなんて恐れ多いです」うふふ、あはは、と淑女的に笑いあう二人。一方布団の中のルイズはまったく状況がつかめていなかった。――この二人なんでいきなり笑ってるのよ……。ていうかとっとと出ていきなさいよ。キュルケとシエスタは頷き合う。「掛け声はサイトの故郷にならいましょう」「サイトさんの故郷のですか? ますます素敵!」「ええ、そうでしょう」二人して息を深く吸い込む。――いくわよ。――がってんです!「はっけよ~い、のこった!」「のこったのこった!!」雨降りの夕方、部屋の中。美少女二人が「のこったのこった」と叫びながら布団を引っ張り合う。しかも布団の中には人がいる。実にシュールな光景だ。はたからみればシュールの一言で終わるが、巻き込まれたルイズはたまったもんじゃない。「やややや、やめ、やめなさいっ」「のこったのこった!!」「のこったのこった!!」ルイズは思う、きっと絞られた雑巾はこんな気分だ。今度からメイドに雑巾はもっと優しく絞るよう言っておかないと、と現実逃避気味に思考を飛ばす。美少女二人はそうすることが唯一の正義であるかのように、布団を引っ張り合う。一分もしないうちに彼女は布団から文字通り絞り出された。「ふぅ、ふぅ、楽しいですねミス・ツェルプストー」「はぁ、はぁ、キュルケでよくってよシエスタ」「ふぅ、あら、恐れ多いですわ」「はぁ、気にしないでいいわよ」共同作業は二人の友情を深めた。目的だったはずのルイズはなぜか疎外感を覚えた。「さて、ようやく出てきたわねルイズ」「拗ねてむくれてサイトさんにかまってもらおうなんて甘いです、ミス・ヴァリエール」「……あんたらねぇ」そして何事もなかったかのように標的にされる。ルイズは肩の力が抜けるのを感じた。「もう、いいわよ。あんたらには負けたわ」「あら勝っちゃったわよシエスタ」「勝っちゃいましたねキュルケさん」くすくすと笑いあう二人。同い年でかつ若干苦労人なところがあるせいか、不思議なくらい気が合うようだ。それがルイズはちょっぴり気に食わない。――なによ、わたしを引っ張り出すのに四苦八苦してたくせに。めんどい娘は自分が中心じゃないと寂しくなってしまうのだ。その気配を感じたのか二人は同時にルイズへ向き直る。あまりの息の合いっぷりにルイズは少しびびった。『話を聞きましょうか』*「なるほどね。だからあんなに怒鳴ったわけか」「サイトさん、ひどいです!っていうかジェシカいつの間に……!!」キュルケは腕を組んで考え込み、シエスタは黒いオーラを迸らせた。ルイズはあれからできるだけ客観的になるよう努め、二人に事情を説明した。その結果がこれである。「どちらが上か、教えてあげないといけませんね……」ゆらり、とシエスタが椅子から立ち上がる。目元に髪がかかっているわけでもないのにその瞳は暗くて見えない。「うぐぅ、妖精亭で食い逃げしまくってやる……!」とオーラの割に考えていることはセコイ。背中から白い羽が見えている気もする。「まぁ、待ちなさい」キュルケはシエスタを制した。途端オーラが消失して目元もふつうに判別できるようになる。「この件はあたしにあずからせてもらうわ」「で、でも!」「いいから」ルイズは話し終えてからずっとティースプーンをぐるぐるかき回している。ティーカップの中で澄んだ褐色の渦がぐるぐる回っている。「ルイズも、少しだけ我慢してちょうだい」「わたしは別に、どうでもいいわよ」――あー、せっかく解きほぐしたのに。サイトったらホントにバカねぇ……。ルイズはつんと澄ましている。それを見てキュルケは、さてどう攻めようかしら、と頭を働かせた。