25-1 元・盗賊は見た!――ガサゴソちっ、あの坊やは何を考えてるんだ。こんな人目の多いところにテファを置くなんて……。学院かぁ、はぁ……。待遇も悪くなかったし、ひょっとしてここで働いてた方がよかったかね。いやいや、くそじじいのセクハラはダメだ。うんやっぱり破壊の杖を盗みにかかって正解だったね!それになんだかんだで貴族のぼっちゃん嬢ちゃんの相手は疲れるし。とはいえ、あの旦那は生活能力に欠けているし……はぁ。わたしってなんでこんなに男運がないんだろうね。あ! テファ!!お姉ちゃんだよーおーい!!……ま、気づくわきゃないか。にしてもあの坊や、どんな魔法を使ったんだ?テファが耳を隠してないじゃないか。まさか、ハーフエルフのあの子が受け入れられているっていうのかい?……なら、わたしはきっとあの子に悪いことしてたね。あんな陸の孤島で、閉じ込めて。おっと、落ち込むのは後だ。テファが元気そうなのも見た、高飛車そうに見えるけど友達もできた。お姉ちゃんとしては言うことないじゃないか、うん。ちょっとあの女の子の目が気になるところ。少し危険な気配を感じるね。……やっぱり、少し寂しいね。声をかけたいけれど、そういうわけにもいかないか。お、ありゃあの坊やじゃないか。みょうちくりんな格好してるね。って、なんでいきなり逆立ち、え、金髪ツーテールの子の前で地面に手をついて。うわぁ情けないわありゃ。旦那もアレだけどあの坊やも相当なアレだね。何が楽しくて膝ついて手ついて額まで地面につけてるんだか。テファ、そんな男ほっといてさっさと向こう行きなさい。大体あの坊やからは邪なオーラが漂ってるんだよ。あ! あの野郎今テファの胸見てやがった!!お、よーしよし。金髪ツイン子わかってるじゃない。テファに近寄る虫どもはそうやってあしらえばいいんだよ。……踏んだ足に縋り付いてやがる、なんて危険な男なんだい。おっと、アレはグラモンの坊ちゃんと……その他大勢だね。なんだいあの集団は。!アイツらも地面に這いつくばりだした!!なになに、ドゲザ、だって?よくわかんないけど無様なカッコだね。でも三十名からの集団にあのカッコでにじり寄られると……怖いね。なんか変な大人どもまで……アイツらまでドゲザした!?あの金髪ツイン子ひょっとしたらとんでもない子じゃなんじゃ……。いえ、今のわたしがテファにできることは何もないわ。テファ、いざとなればこんな学院ぶっ壊して連れ出してあげる。よし、今はあんなやつらもうどうでもいい。そういえばセクハラじじいは大丈夫なのかい!?テファのあの胸は危険すぎるからね……。「呼んだかの、ミス・ロングビル」25-2 クルデンホルフ金融道「ああ……それにしても金が欲しいっ……!」才人はがんばって顎の骨格を変えようとしたが、無理だった。いざとなれば顔の整形をしてマンション賭博とかに飛び込めば、と考えていたが福本絵になっても幸運になるとは限らない。時間はコルベールの研究室を訪ねた頃に遡る。『いや、わたしも量産したいのはやまやまなんだが。先立つものがなくてね……少し試行錯誤しすぎてしまったのだよ。それでその格好はなんだい?』お金がない、とコルベールは恥ずかしそうに頬をかきながら言った。もともと彼は財産にこだわるタイプではないのであまり貯蓄しない。しかし、今回は花火の研究にお金をかけすぎてしまった。戦争が一段落した今、火の秘薬は少し値が落ち着いたとはいえ高価な代物だ。さらに風石までなんとなく彼は突っ込んでいる。貯蓄があったとしてもすっかり溶けてしまっていただろう。才人が肩を落として、とぼとぼ研究室から出ていくのをコルベールは心苦しく見送った。――夏祭りか、わたしも手を貸したいが……流石に打ち上げ花火千発は無理だ。そもそも才人の要求が無茶すぎた。しかも彼が求めたのは先日の花火の五倍ほどの大きさのものだ。彼はお日様を浴びながら考える、まずお金が必要だと。そういえば、ルイズの実家のヴァリエール家はお金持ちだ、と思い当たるもすぐに否定した。――最近あまり仲良くできてないのに、こんな時だけ頼るなんてダメだ。そんなヒモみたいなことできない。それにどうせならびっくりさせてやらないとなっ!彼は少年らしい純粋な心でルイズにサプライズを仕掛けるつもりだった。そしてさらに金策について考える。――水精霊騎士隊の野郎どもはしょーじき、貧乏だよな。他に頼れるのは……モンモン、無理、金ない。シエスタ、テファも無理だろ?タバサ……はお金あるよなぁ。でもダメ、妹に頼る兄貴はカッコ悪い。現実的な線でいえば、キュルケかなぁ。兄という存在に対して無駄に高い理想をもつ才人は、一番の大口であるタバサを回避し、キュルケを訪ねた。「あら、ごめんなさいね。オストラント号とかで出費が激しくて、そんなにお金を貸してあげれないのよ。にしてもその服どうしたの?」「そ、そっか。うん、ありがとうキュルケ、他をあたってみるよ」ダメでした。オストラント号はゲルマニアの最新技術を結集した高速船である。勿論その建築費用はバカ高く、面白いことには金に糸目をつけないキュルケにすら節制を意識させるほどだった。才人は火の塔の階段を降りながら考える。――騎士隊と、応援団からカンパを募るか?いやいやそんな大々的にやったらルイズの耳に入るに決まってる。何かいい手はないもんかなぁ。火の塔を出た才人はティファニアと、ベアトリスを見つけた。取り巻きもなく丸いテーブルで二人向き合いながら、優雅にお茶会を楽しんでいる。その時……! 圧倒的閃きっ……!!「ベアトリスーー!!」「サイト? その服は……?」「あら、先輩?ってなんですその服」だんだら羽織を身に着けたまま、才人は走る。二人の下に駆け寄る。そして徐に倒立!その勢いを殺さず地面に背をつけ一回転!「「へ?」」二人が見たときには綺麗な土下座を決めていた。才人の必殺技ことダイナミック倒立前転土下座である。「金をくれ!」「いやです」にべもなく断るベアトリス。彼女から見たら意味がわからない。敬愛するティファニアさんとのお茶会にいきなり乱入してきて、しかも土下座。挙句の果てには金をくれ。彼女がどれだけ穏やかな性格だったとしても、OKな要素が見当たらなかった。「頼む!」「無理です」ここで才人はバッと顔を上げた。そしてしっかりベアトリスの目を見る。「お願いします!」「不可能です」ダメだった。才人はベアトリスの対面に座るテファに視線を向けてアイコンタクトを試みた。彼もSOSのモールス信号くらいは知っている。左目の瞬きでテファに信号をおくりはじめた。――S・O・S!「サイト……目にゴミでも入ったの?」まったく通じていなかった。テファはきょとんとした顔で小首を傾げる。――可愛い、いや違う。今ここで考えるべきはベアトリスからお金を引き出す方法だ。つい先ほどまでヒモはダメとか考えていた才人。この行為がヒモどころか強盗に近いとかは一切思い当たっていない。「ティファニアさん、変な先輩はほっといていきましょ」「でも、でもなんか必死だよ?」ベアトリスは椅子から立ち上がり、テファを連れて行こうと声をかける。彼女は立ち上がりながらもベアトリスをなだめる言葉をかけた。――ナイスフォローだテファ!!才人はアイコンタクトでテファに感謝しようとした。と、ここで彼は余計なことに気づいてしまう。――こ、これはァ!?今の才人はゲザっている最中だ。当然視線も下から見上げる形になる。そんな折に胸革命と称される、超巨大なブツがあればどうなるか。――なんて迫力だ……コレがリーサルウェポンってヤツか。才人は倒立前転の勢い余って二人の極至近距離でゲザっていた。テファがいくらゆったりとした服装を好んでいる、といっても隠せるモノには限度がある。つまり、彼は見上げる形で理想郷を臨んでいた。そのまま崩れている顔に、足が入れられた。「ちょっと先輩。可憐なティファニアさんにどんな目を向けてらっしゃるの?」「す、すびばぜん……」めこっと入った足は痛み耐性に定評のある才人にもキツかった。そのままグリグリ踏み抜かれてもっと痛かった。このままではマリコルヌと同じ道を歩むことになりかねない! と才人は乾坤一擲のバクチを打つ。「お願いしまぁす!!」「ぅなっ!?」叫びながらまだグリグリしていたベアトリスの脚に組み付いた!彼女は才人の拘束から脚を引っこ抜こうとするが、タコのように絡み付いて離れない。げしげしキックをかましても才人は決して離そうとしない。「助けてください!誰か助けてください!!」「ちょ、ホントっ、離してくださいっ!!」「サイト……がんばって」テファは信じていた、才人が何かのために戦っていることを。たとえ年下の少女にキックをかまされようとも彼のことを信じたのだ。だからこそ彼女は彼のことを応援し、祈った。そしてその祈りは、魔法学院全体に広がった。「サイト、君ってヤツはなんで一人で抱え込むんだ!」「君一人には背負わせないさ、副隊長!!」「俺らも手伝わせてもらうぜっ」「なんで君はご褒美をいただいているんだ!!」水精霊騎士隊一同が整然と駆けてきた。方角はコルベールの研究室から、どうやら師匠にワケを聞いたらしい。それに救いを見たのか、ベアトリスはパァッと顔を明るくする。「丁度よかった先輩方!この人をとっとと引きはがしてください!!」客観的に見ればか弱い少女に縋り付く近衛隊副隊長。誰から見ても少女を助けようとするだろう。しかし、彼らの行動はベアトリスの斜め上を行く。彼らは今から七万の兵に突っ込むかのように、覚悟を決めつつある少年のように固い顔をしていた。そして、決行した。『助けてください!!』「はぁ!?」「お前ら……」水精霊騎士隊三十名、一斉の土下座である。テファは目を丸くした。才人は感動に目を潤ませた。ベアトリスは絶望した。新・水精霊騎士隊の伝統にこういうものがある。『サイトが何かし出したら、とりあえずノッておけ』粛々と土下座を行うトリ狼の集団。そこに新たな集団が走り寄ってきた。「姫殿下!」「あなたたち!!」ハルケギニア最強の竜騎士団、空中装甲騎士団だ。今これほど頼もしい存在はなかった。それに救いを見たのか、ベアトリスはパァッと顔を明るくする。しかし、彼らもまた染まっていた。『助けてください!!』大の大人、二十名による土下座である。彼らもフルメタルな調練以降きっちり染まっていた。ベアトリスの顔はさっと青くなった。――お前らだけにはいいカッコさせねぇぞ、水精霊騎士隊!――流石、頼れる存在だぜ、空中装甲騎士団!土下座のままちらちらアイコンタクトで通じ合う男たち。ちなみに土下座は全然いいカッコじゃない。「ほぅっ……」それを見て、ベアトリスはとうとう気を失った。才人はそれを慌てて抱き留める。「疲れてたんだろうな……」「ああ、ぼくらも少し急ぎすぎたのかもしれない」「あとで私からも姫殿下へ謝っておこう」「わたしがベアトリスさんを部屋まで送るわ」はしゃぎすぎて寝てしまった子どもを見るかのような表情。つい一瞬前まで土下座をしていた輩のようには見えなかった。遠くから、土トライアングルメイジの女性のような叫び声が聞こえた。結局この後、水精霊騎士隊は金子の確保に成功する。この日よりパレードまで魔法を使った訓練は中止となり、打ち上げ花火職人となった少年たちが学院各所で見受けられた。がんばれ水精霊騎士隊!いけいけ空中装甲騎士団!!一週間で打ち上げ花火千発はきっと無理だ!!