24-1 ダエグ曜サスペンストリスタニア城下街、詰所の一角、いつぞやの牢の中でシュヴァリエ・マントを外した才人はまったりしていた。丸椅子にどっかと腰を下ろし、お茶を啜る。ちょいちょい顔を出す機会も増えたので緑茶葉は常備してある。舌がヒリヒリするほど熱い、気温も暑い。――でもこのだんだら羽織のせいか、そこまで暑く感じないんだよな。俺の前世って実は、壬生狼?それともご先祖にいたとか、そうだとしたら、なんつーか、イイよなぁ……。才人の新撰組に対するイメージは「カッコよくて強い侍集団」程度でしかない。彼が大河ドラマや、歴史小説を読む趣味があればまた違っただろう。彼自身はカッコいいつもりだろうが、トリスタニアでの一般的評価は勿論違う。『なんか変な服の変なヤツがいる』『でもアレ、アルビオンの英雄じゃね?』『いやアレはないだろ』残念ながら幕末最強の集団も異世界までその武名は轟かなかった。才人自身は今の自分をすごく気に入っている。鉢がね、鎖かたびらにだんだら羽織、ジーンズとスニーカー。なんというか、映画村に来たはいいけどフルセットを着るのはちょっと……、という中途半端な観光客といった外見だ。そんな彼が控えていた一室にアニエスとミシェルが入ってきた。「あ~もう、なんでアニエスさん教えてくれなかったんだよ」「無茶を言うな、貴様がいきなり言い出したもんだから私も焦ったぞ」開口一番才人は文句をぶつけた。思い出してまた恥ずかしくなってきたらしい。微かに表情がゆがんでいるのは照れ笑いというヤツだろう。対するアニエスは浴衣からいつもの軽鎧姿に戻ってほっと一息、といったところだ。いつも通りの軽い笑みを顔に浮かべている。「まーあんだけ盛大に笑われたらそれはそれでいいや。姫さまだって大変だろうし、どっかで発散しないとな」「貴様は、なんというか、すごいな」「これがサイトだ。諦めろミシェル」上に立つものの心情を慮れるものは少ない。特に女王陛下ともなれば雲の上の人だ。そんな立場の人間の心境に思い至る才人は、やはりどこか日本人的だ。ミシェルは驚き、アニエスは笑う。「アニエスさん、浴衣似合ってたのに、なんで脱いじゃったんですか?」「そうですね、すぐ魔法学院に戻るならあのままでもよかったのでは?」「……言うな」才人が逆襲と言わんばかりに、ニヤけながらアニエスに問いを投げかける。意外なことにミシェルがそれに追随した。アニエスは、若干悔しげな顔で吐き捨てる。まだ羞恥が残っているらしい。「それよりもだ、良かったのかサイト?」「何がですか?」真面目な顔を作ってアニエスが問いかける。「ジェシカとかいう、妖精亭の娘だ。祭りともなれば色々相手が動きやすくなるぞ」「げ!?」才人はやっぱり抜けていた。日本から遥か彼方、トリスタニアで夏祭りを再現できることに浮かれきっていた。「お、俺がずっとジェシカと一緒にいます。ルイズに後でボッコボコにされるかもしれませんけど」「ファイト、貴様が主役みたいなもんだぞ?そんな抜け出せるわけないだろう」「そうだ、主役不在の演劇など許されるわけないだろうが」これには才人も呻いてしまう。アニエスのいつもの軽口にも反応を返せない。――言われてみれば、祭りなんて誘拐のチャンスじゃねぇか。なんで気づかなかったんだよ俺のバカ!いや、それよりもどうすればいいんだ?……なんも思いつかねぇ。「ど、どうすればいいですかね?」「知るか、言っておくが銃士隊からもそこまで人数は回せんぞ。当日警護もあるし、店とは違って同じ顔がうろついていれば怪しまれるからな……私も出禁を喰らったし」「誘拐の防止なら同じ顔がうろついているのも抑止となろう。だが我々銃士隊としては、早急に犯人を捕縛せねばならん」城下で不穏なことに勤しむ輩は斬ってすてねばならん、と鼻息の荒いアニエスさん。副隊長のミシェルさんは先日の失態を思い出してか、どんよりと影をまとっている。ふと、ここで才人は思いついた。「じゃあじゃあ、ジェシカを俺の隣に立たせておくとか?」「……正気か?」アニエスからすれば、才人の提案は頭の具合を疑われるほどぶっ飛んでいた。公式な場で英雄の隣に立つ女性。民衆はどう思うだろうか。一つしかない「ああ、あいつが嫁か」しかし才人はそれに思い当たることもなく自分の中で話をどんどん進めていく。「いや、思ったよりもありじゃんか。ほら、俺の隣だったら水精霊騎士隊もいるし、ルイズもいる。シエスタもついでに一緒に立ってもらおう、うん決定!」「Oh……」「コイツは……」アニエスもミシェルも才人に恋愛感情は抱いていない。せいぜい生きのいい弟子、弟っぽい抜けた男程度だ。だからと言って、そいつに向けられる視線に気づかないほど彼女らも女を捨てきってはいない。なので容易に予想がつく。それを黒髪の女性たちに伝えたときに何が起きるか。そしてそれを誰かに聞かれた時の惨劇が。――まぁいいか。二人は同時にそう思った。――大体コイツは抜けすぎている。鈍すぎる、というワケではなさそうだが、ミス・ヴァリエールも苦労しているし。ここらで自分の鈍感さに気付いて、以降正すよう放っておいたほうがよかろう。女王陛下に対してもトドメを刺してもらわないと。――何が起きようとサイトの自己責任だろう。誘拐は確実に防止できるだろうし、動揺した誘拐犯の動きを誘発できるかもしれん。あれ、私今一文で「誘」って文字三回も使ったな。なんかいい感じだな、うむ。「あー、一時はどうなるかと思ったけど、これで万事オッケーですね。じゃあ警備のスケジュールとかについて話しましょうか。俺の国で夏祭りは……」才人は一人盛り上がる。二人は少年を生暖かい目で見守る。果たして彼は生き残れるのか、ブリミルのみぞ知る、といったところだろう。24-2 闇に棲むもの「やれやれ、トリスタニアは変わらんな」チクトンネ街の一室、口髭凛々しい青年が窓から通りを見下ろしていた。家具はベッド、椅子が二脚、丸テーブル、本が少々とランプ、軍杖にサーベルとワンド。必要最低限のものしか置いていない部屋は薄暗く、まさに隠れ家といった様子だ。――少し歩いておくか。入国当初は追手などを警戒して部屋からほとんど出ていない。しばらくは風メイジの特徴の一つ、耳の良さを生かした情報収集に徹していた。潜伏しはじめてからそろそろひと月近くたつ。ここらで実際に動いて街の変化を確かめておくのも悪くない、と彼は思った。軍杖を手に窓から降り立つ。久々に吸う外の空気は、たとえ臭いがひどくてもかび臭い部屋よりはマシに思えた。そのまま通りを歩いてブルドンネ街へ向かう。途中、二度衛兵とすれ違ったが、貴族のマントと目深にかぶった羽帽子のせいか気づかれることはなかった。「終戦に浮かれているのか、それとも変化がないだけか」己に問いかけてみるが答えは出ない。しばらく進めば大通り、ブルドンネ街に突き当たった。そのまま人の流れに乗って周囲を観察しながら歩いてみる。珍しい屋台が目に付いた。「店主、これはなんだ?」「へい貴族の旦那!これはシュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の味、ヤキトリでございます。一本五スゥでいかがですか!」あの少年の、と一瞬目を見張った。しかし、遠く聖地を越えたロバ・アル・カリイエの味に興味がわき起こる。何よりやけにドスのきいた声ではあるものの、貴族に対して必要以上に怯えない店主が気に入った。「よし、では一つもらおう」「へいどうぞ!」かじりついた鶏肉はどこか変わった風味がした。「ところで、店主」「なんでしょうか」「ここ最近僕はトリスタニアに来たばっかりでね。なにか変ったことはないかい?」「変わったこと、ですかい。今度のダエグの曜日に終戦パレードがあるってことと、ユカタ、いやこれは平民の噂でした」「いや、些細なことでもかわまないんだ」「でしたら、魅惑の妖精亭って酒場があるんですがね。ここのスカロンってのが、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様ゆかりの血を引いているとか。それで酒場のくせにユカタやらジンベイやら故郷の服の販売を商人と組んではじめたんでさ!ま、あっしもヤキトリでヒトクチのせてもらってるから文句は言えやせんが」ヤキトリをもう一本注文し、もみ手をしながら畳みかけてくる店主の話から必要な情報を引き出す。目新しいのは酒場の一件くらいらしい、と彼は整理した。「では、ヤキトリは旨かったよ。また足が向けば寄らせてもらおう」「へい、旦那もお達者で!」青年は手を振りながら屋台を後にした。背後の「デル公、元気してるかねぇ」という店主の呟きを聞きながら。青年が隠れ家に戻ると、協力者も戻ってきていた。「おや、君が外に出るとは珍しい」「……少し、足が向きましてな」「懐かしのトリスタニアだ。遠慮せずもっと出歩いたらいいだろう」この男の話し方には多分に毒が含まれている、と青年は感じていた。だから極力話したくはない。それになによりこの男の趣味が気に食わない。「上級貴族が接触を持ってきた。副業でやっている商人もバカにはできんな!」これも始祖のお導きかもしれん、と男は笑った。ロマリア風の地味な服を身にまとい、肥えた腹を揺らしながら声をあげるその様子は、オーク鬼が服を着て笑っているように滑稽だった。――だがこれも僕が試されているのかもしれん。聖都ロマリアの闇は深い。一介の司祭に過ぎないこの男も、青年よりは謀略に長けている。彼は名目上司祭の監視の任についていたが、どうもそれは逆でこちらが信用できるかを見定められている気もする。二十歳まで魔法の訓練ばかりしていたからだな、と青年は心中で苦笑した。「次の標的は黒髪の娘だ、決行はパレードの日。シュヴァリエ・ド・ヒラガのおかげで今までのヤツらよりはよっぽどいい値がつきそうだ!」――これが、気に食わないところだ。男は金のためならば人身売買を厭わない。それは始祖のためである、と男自身が純粋に信じている。リッシュモンのような拝金主義者ではなく、始祖への信仰を遂げるために金が必要だと考えていた。そのためならば、始祖の血をひかない平民などどうなってもかまわない、とも。この家は牢獄だ。地下室には今まで誘拐してきた娘が幽閉されている。乱暴はされていない、食事も与えられている。それも金のため、始祖のためだ。青年が控えているのは万一の脱走、そして官憲の襲撃のためだ。スクウェアの風メイジである彼ならどれほどの手練れが来ようと時間稼ぎは十分できる。いい加減男の上機嫌に気分が悪くなってきた青年は、自室へ戻った。軍杖を枕元に立てかけ、ベッドに倒れこむ。――僕はどこまで堕ちるんだ。いや、かまわないか。聖地、ただ聖地へ。それだけが残る。ふと、別行動をとっているパートナーを思い出した。「彼女は、無事妹に会えたかな」