23-1 才人の野望魅惑の妖精亭厨房。お昼のここは才人とジェシカの秘密基地になりつつある。ニョロニョロした魚をズバンズバンと捌きながら才人は不敵な笑みを浮かべる。非常に危険な光景だ。「ふ、ふふふ、ふふふふふ。整ってきたじゃねぇか環境がよぉ」「サイト……だいじょうぶ?」最近の彼はこれが平常運転だ。ニョロニョロさんのはらわたを除いて背開きにする。まさかガンダールヴのルーンで魚を捌けるようになるとは、と才人はブリミルに感謝した。「醤油、ニホンシュモドキ、砂糖、この三つさえあれば完璧だ……」なおも昏い表情でニョロニョロさんに串を通し、金網にのせる。ジェシカはいつもより遠い距離で彼を見守った。滴り落ちる脂に才人は魅入られていた。そして、特製のタレを刷毛で塗りこむ。「ウナギを焼け! タレをつけてジューシィに焼け!!」次第にじゅわじゅわ煙が立ち上がってきた。ジェシカは浴衣に匂いが付くことをきらい、たまらず厨房から避難した。「な、なんなのよもー! 店に臭いついたら承知しないんだから!!」ぷりぷり怒って自室に戻る。才人はその足音にほくそ笑んだ。――愚かな、かば焼きさんの旨さを知らず撤退するとは!ハルケギニアにもウナギは広く生息している。折角タレがあるのだし、とはじめてのお魚調理に才人は挑んだのだ。焼きあがったウナギを皿に、才人は手を合わせる。「いただきます!」ふわっ、と箸をいれれば身が切れた。てらてらと褐色の輝きは今はまだできないお米の存在を渇望させる。思いのほかいい感じに仕上がったようだ、と自身のことながら才人は感心する。そして一口。――旨い!やっぱり日本のとは違うけど旨い!タレもっと甘めにしとくべきだったなー。美味しい、けれど焼き鳥や照り焼きバーガーほどの感動はない。思ったより上品な味になってしまった、と才人は思う。彼が強く求めていたのは現代特有の、ジャンクな味付けの食べ物だ。このウナギのかば焼きはそれから離れている気がした。これなら魔法学院での食事の方がよっぽどアリだ、と。「んー、でもヤキトリが変わった味付けで受けてるならこれもアリだよな。一応スカロンさんに報告しておくか」地球料理ができれば才人は欠かさずスカロンに報告する。その料理が客を呼び、魅惑の妖精亭は毎日大繁盛だ。「いやーホント、醤油とニホンシュモドキと砂糖、三つのコラボレーションが生み出すタレ!ホント佐々木武雄さんありがとうだよ、俺あんたならひいおじいちゃんって呼んでもいいよ」遠くでメイドがハッとした。ハルケギニアには地球にない植生も数多い。その一つに武雄氏命名、コメモドキが存在する。この穀物はそれ単体では食べられたものではない。もっぱら家畜の飼料にされることしかなかった。しかし、日本食に飢えていた武雄氏は驚異の執念で、この穀物の煮汁を放置して発酵させれば日本酒に近い風味を生み出すことに気が付いたのだ!でも味はやっぱりなんか美味しくない。というわけでハルケギニア版料理酒を才人はスカロンから譲り受けて愛用していた。三つ三つ、と歌いながら才人はウナギを頬張る。ふと、彼の脳裏によぎるものがあった。――醤油、ニホンシュモドキ、砂糖、この三つさえあれば完璧だ……。三つ、三つ、環境が整ってきた……。気のせいか、とかば焼きに向き直る。そしてしばらくもぐもぐ口を動かす。「ああ! そうか!!」今度こそそれに思い当たり、勢いよく立ち上がった。23-2 ござる「女王陛下におきましてはご機嫌麗しゅう。本日はお願いの儀があって参りました。なにとぞ、お聞き届けくださるようお願い申し上げる」「さ、サイト殿?」この人変だわ、とアンリエッタは思った。王宮は女王陛下の執務室兼寝室、アニエス隊長とともに才人はやってきている。あのあとシルフィードを頼って速攻で魔法学院に戻り、着替え、アニエスを剥き、着替えを押し付け、王宮へ文字通り飛んできた。今の彼はシュヴァリエ・マントを着用している。着用しているが、その下にはシエスタが繕っていた途中の甚平を、頼み込んで無理やり仕立てた羽織。袖口は白のダンダラ模様、色は浅葱色。額には急ごしらえで少し歪んでいる鉢がねを締めている。誰がどう見てもトリ狼だった。でも下はジーンズだ。正座で頭を垂れながら、握り拳を床に着けながら控えている。隣で立ち尽くすアニエス隊長はシュバリエ・マントを全身包むように羽織っており、その下は見えない。明後日の方を向きながらやけに気恥ずかしげな顔だ。「あの、その口調は、いったい?」「我がことはよいのです。それよりもお願いの儀を聞き届けていただきたい」――ああ、今日も太陽が眩しいわ。窓際に佇むアンリエッタは地面を焦がすアンチクショウを睨みつけた。「女王陛下?」アニエスの怪訝そうな声に、諦めたような表情でアンリエッタは振り返った。「用件を、聞きましょうか」「はっ、ことは終戦パレードについてでござる」――ござるって言った!この人ござるって言っちゃった!!ありえないものを見るように才人の顔を凝視してしまう。彼が何故ハルケギニア公用語を不自由なく使えているか。それはサモン・サーヴァントのゲートがいい感じにがんばったおかげである。彼自身は日本語を話している。では、ござるな日本語はハルケギニア公用語ではどのように聞こえるのか。「さ、サイト殿、その、口調はね?」「某のことなら心配無用にござります。今はそれよりも大事なことがありますゆえ」――某! ありますゆえ!!アンリエッタは俯いて肩を震わせはじめた。人によっては泣いているようにも見える。「女王陛下? 某、何か御無礼をいたしたでござるか??」「あはははははははは!ござる! ござるって!!サイト殿、笑わせるのはやめて!」麗しき女王陛下はとうとう執務机にバンバン手をついて大爆笑した。アニエスはなんとか顔をひくひくさせて耐えている。才人は筆舌に尽くしがたい顔をした。「女王陛下、無学な某にもわかるようお教えいただきたい」「ソレガシ!?ソレガシなんて今時誰も使わないわよ!!」なおも笑いながら女王陛下は返す。才人はここにきて、ハルケギニアにおいてござる言葉が相当面白いモノだと認識したようだ。正座をしながらくそ真面目だった顔がどんどん紅潮してくる。「ちょ、姫さま……。せっかくお願いがあったからマジメにやったのに」「……貴様のマジメはまったく意味が分からん」ハルケギニア公用語からの翻訳では、ござる言葉は公家言葉に聞こえるようだ。想像してほしい。年も近く、プライベートなことすら話せるような仲のいい部下、後輩がマジメな顔で、正座をしながら相談してくる。おじゃるおじゃると言いながら。真顔で正座しながらのおじゃる言葉である。関西人なら絶交のパスだと理解するだろう。関東人ならさらっとスルーするかもしれない。一方トリステイン人は爆笑した。白百合と称されるアンリエッタ女王陛下はその麗しき瞳から涙まで流して大爆笑した。しかも追い打ちに麿(=某)とか言い出した。さらにツボって大爆笑である。そんな正座したヤツの隣にいるアニエスは、気恥ずかしいやら気まずいやら、そんな顔をするしかない。才人も自業自得ではあるものの、黙って顔を赤く染めるしかない。ようやく発作がおさまったアンリエッタは、うっすら浮かぶ涙をハンカチで拭い、才人に向き直った。「はぁ、はぁ、ここ最近で一番愉快な出来事でしたわ。あら、サイト殿。顔が赤くってよ?」「うぅ……ちぇっ、締めようとしてもやっぱ全然決まらねぇ。もーいいよ、姫さま、俺ふつーに喋るからな」「ええ、それで構いませんとも。たまにはそんな口調で話していただきたいですが」「それはもう勘弁」才人はゆっくり立ち上がり、慣れない正座で足が痺れていたので少しぐらついた。アニエスのマントをしっかり掴んで体勢を整える。彼女にしては珍しく、マントを内側からしっかりおさえて才人に手を貸すことはなかった。「で、お願いなんですけど。今週末にパレードをやるって話らしいじゃないですか」「ええ、ガリア戦役も、多大な犠牲はありましたが終わりました。ここらへんで民衆の慰撫の意味も込めて、終戦パレードを行います」「慰撫、ですか?」「ええ」アンリエッタはあいまいな表情で頷いた。決してこの行事の裏側にある駆け引きを教えることはない。そういった陰謀にこの純粋な少年を係わらせたくはなかった。一方の才人はパッと顔を輝かせた。「つまり、みんなで楽しめればパレードにこだわる必要、ないんですよね?」「そうですね、わたくしはそのように考えております」ここで才人は隣のアニエスさんを見た。彼女はその視線の意味に気付いたのか、恥ずかしげに俯く。しかし、才人はノンストップなときは沈黙のコックですら止めることは難しい。そのシュヴァリエ・マントに手をかけ、一気に引きはがした。あらわになるアニエスの装い。「……まぁ」「女王陛下、その、まじまじと見ないでください」アンリエッタはその異国情緒あふれる服装に目を丸くした。アニエスは抗議の言葉をあげて、より恥ずかしそうに身を竦ませる。アンリエッタはさらっと聞き流して上から下までじろじろと、普段は凛とした銃士隊隊長の姿を無遠慮に眺める。そんな二人を後目に、才人は自信満々に頷く。「俺にすべてを盛り上げる策があります」23-3 逆襲のトリステイン三羽烏王宮の庭園の一角、パラソルの下、丸いテーブル、椅子が三脚、三人分の白いティーセット。それらはすべてが白く、降り注ぐ日光を強く反射してきらめきを返す。そこに集まるのは三人の男。「では、各々の宿題を見せ合いましょうか」「よかろう、私は自信がありますぞ」「ふむ、では儂からいこうかの」デムリ、モット、オスマンの三人だ。相変わらず傍目には国政について論じているように見えるメンツである。「モット伯が急に今日開催というから、十分な調査は不可能でしたよ」「これは失礼した、だが鮮度は高ければ高いほどいい、というではないですか」「よほどご自分の衣装に自信があるようですな」ははは、とデムリは機嫌よさ気に笑う。女王陛下(+枢機卿)のデスマーチによって滞っていた内政は堰を切ったように動きはじめた。忙しくはあるものの、今の城内は活気にあふれている。その状況を彼は好ましく思っていた。女王陛下大丈夫か、とは思ったものの事態は好転している。さらに自分が楽しみにしている賢人会議の開催。不機嫌になれという方が無理な話であった。さて、オスマンは懐に手を突っ込み、ぺらりと頼りない布きれを取り出した。絹の艶やかな光沢が触れずともその手触りを想像させる。「やはりこれじゃろぅ」「……これはまた」「策を弄さない、オスマン老らしい選択ですな」下着、一択。ある意味清々しいほど男らしい。レースを多用して隠すよりも魅せることを主眼に置かれた、黒の下着だった。「あれから考えたんじゃがの、やはり儂はシンプルがよい」「流石オスマン老、選んだ逸品も素晴らしい」「ええ、基本にして奥義ですな」うむうむ、と頷きあう野郎三人。「議論は最後にして、まずはそれぞれの逸品を披露しましょう」「それがよいの」「では、次は私の逸品を」これまたデムリが懐からずるりと衣装を取り出した。オスマンのそれとは異なり、普通の服装のようだ。黒を基調として白のフリルやレースがあしらわれている。「はて、デムリ君にしては普通なような……」「真新しくはありませんが……」「いえ、日常にこそエロスが含まれているのです。考えてもみてください、オシオキ、という言葉に心震えるものを感じませんか?」ミニスカメイド服。現代日本ならまだしも、ハルケギニアの貴族階級では一般的なものだ。当然二人のリアクションも薄い。しかし、デムリは妄想力でそれをカバーする。「オシオキ、か」「ええ、オシオキ、です」「オシオキ、のぅ」もんもんと想像の羽をはばたかせる三人。たっぷり十分ほどたってからようやく議論を再開させた。「ふぅ……いや、流石デムリ殿、なかなかの着眼点」「ふぅ……時間がないと言いつつしっかり用意してきたの」「ふぅ……いえいえ、さぁ次はモット殿ですぞ」では、とモットは一言おき、持参した布袋から若草色の浴衣を取り出した。「これが、私の選択肢、ユカタです」「ほぅ、これは知らぬな」「私も知りません。これはどうやって着るもので?」む、とモットは呻いた。あの時は感動が先行していたが、確かにこれ単体を見せられてもその着方を想像できないだろう。その魅力は言うまでもない。そんな彼を救う男が現れた。「あれ、オスマン校長。こんなところでナニやってんすか?」「おお、サイト君ではないか。なに、この国の未来について少し、の」アニエスを伴って才人がやってきた。二人の服装を見てモットが勢いよく立ち上がる。「シュヴァリエ・ド・ミラン殿!そのマントを即刻外していただきたい!!」「え、いえ、その……わかりました」アニエスはアンリエッタの部屋から出たときにマントですっぽり隠れるような恰好はやめた。つまり、マントの間から浴衣が見えているのだ。モットはそれに注目し、彼女に命令をくだした。対するアニエスはモットのような上級貴族に、なんとなくいやだから、程度の理由で逆らうほど愚かではない。渋々マントを外し、その姿があらわになった。「ぉお……これは」「なんと、素晴らしい」アニエスは藍色が鮮やかな浴衣を身につけていた。帯は白、これはジェシカとシエスタと変わりない。何より二人と違うのは、白百合がところどころに点在している。その白百合はどこか霞がかっていた。ジェシカ同様肩が大きく肌蹴ているあたり才人はよく理解している。なにより普段は毅然としているアニエス隊長がうっすら頬を染めている。それだけでその道のプロならパン一斤はいけそうだ。「し、シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿!これは、私の持っているユカタと違う!!どうやってこんな色、模様を!?」「も、モット伯、これはですね……」唾を飛ばして掴みかかってくるモットに才人はドン引きした。今のモットは一言でいうと、必死だった。――若草色のユカタも素晴らしい。素晴らしいが、この目を見張るような藍色もアリじゃないか!しかしこのような色、模様、どのようにつけたのだ!?必死なモットに気圧されたのか、才人は解説をはじめた。「えっとですね、染色自体は簡単でした。髪を染める魔法の染料をふつーに使いました」「せ、染髪用の秘薬だと……」秘薬を服の染色に使うことはない。単純に、高いからだ。しかしハルケギニアに詳しくない才人はシンプルに物事を推し進めた。その結果色鮮やかな藍色の浴衣が出来上がる。「この白百合は、型紙をあててスパッタリング、って通じるかな。ブラシを白い染料につけて、霧吹きみたいな感じで、色をつけたんです」「ほぅ!」デムリとオスマンはアニエスを愛でながら紅茶を楽しんでいる。時折もじもじと体をよじる様がまた初々しくてよい、とはオスマンの言葉だ。「そういえば、ジェシカの話ではロマリア商人が交渉にきたとか言ってましたよ」「なに! こうしちゃおれん。お二方、申し訳ないが私は急ぎの用がたった今できた!今日は失礼します!!」「なに、かまわんよ。男には引けぬ時がある」「ええ、あなたの戦場にいくべきです」二人はいい笑顔でモットを見送った。モットは走る。その身に欲望を詰め込んで。残された才人とアニエスは、さてどうしようか、と途方にくれた。