22-1 燃えよ杖・下「隊中法度、イチャつく男を許さず。の条文に抵触。以上の罪によりギーシュ・ド・グラモン隊長の処罰を行う!」「ちょっ、意味が分からな過ぎるんだけど!!」水精霊騎士隊、それは鋼鉄の規律で結ばれたトリステイン狼(略してトリ狼)たちの集団。その隊中法度は以下の三つ。一、女王陛下に背きまじきこと。一、隊を脱するを許さず。一、イチャつく男を許さず。これに抵触せしものには厳罰をもって処分する。「シュヴァリエ・ド・ヒラガ副隊長、このような場合どういった罰が適当かと」「ハラキリ、ですな」ノリノリのレイナールと才人。ただその表情に遊びの色は一切見えない。ハラキリ、という言葉を聞いてギーシュは青ざめた。ちなみに才人は隊中法度の存在を今の今まで知らなかった。それでも肯定的なのは生来のノリか「ハ、ハラキリって死ぬじゃないか!」「隊規に背きしは厳罰をもって処す。十分かと私は考えます」叫ぶギーシュに、至ってマジメな表情でギムリは返した。さて、ここでギーシュの格好について説明しよう。まず青銅製の十字架、これに鎖で括りつけられている。遠く地球の聖人と同じ格好だ。勿論いつもの薔薇杖は没収されていた。足元には大量の木材がくべられている。控えめに見ても火刑の準備だ。「副隊長、待っていただきたい。この者、ギーシュ・ド・グラモンは隊規を破ったものの、今までの功績には目を見張るものがあります。そこで、別の罰をもって処分と成すのはどうでしょう」これもまたいつもより引き締まった顔のマリコルヌだ。彼らは真剣だ、真剣に演じ切っていた。整然と並んだまわりの水精霊騎士隊は沈黙を保っている。夕刻の山吹色が彼らを染め上げている。「マリコルヌ、お前がこの者の罪に相応しい罰を提案する、と。つまりはそういうことだな?」「はっ、左様にございまする」才人に向けて静かに頭を下げるマリコルヌ。こんなこと一年前の彼では想像すらできなかっただろう。良くも悪くも才人はみんなを変えた。そしてフルメタルな調練はさらに変革をもたらした。こうして部下に驕らず、上司に媚びない、トリステイン最強の士官たちが今年度羽ばたいていく。それはさておきギーシュの処罰である。「許す」「では、僭越ながらわたくしめが。わたくしがこの者と旧知の仲であることは、みなさんご存知かと思われます。そこで、このようなものを用意しました」ここでようやく、マリコルヌは真面目な顔を崩した。崩された表情は、邪悪で、おぞましく、虫けらを見るような眼差しでギーシュを見上げていた。そして懐から、ノートを取り出す。「そ、それは、まさか!!」「そう、君のノートさ。しかもいつのだと思う?四年前のノートだよ!!」「やめろぉぉぉおおおお!!!!!」ギーシュは懸命に叫ぶ。己を拘束する鎖を千切ろうと腕にすべての力をこめる。それは無駄な努力でしかなかった。ゆっくり、ゆっくりとマリコルヌはノートを開き、朗読しはじめた。22-2 砂糖、スパイス、素敵な何か「というわけで、わたしもギーシュを認めることもやぶさかではない、って思いはじめて……。って、ルイズ、あなた聞いてるの?」「はいはい、聞いてます聞いてます」自分がうまくいっていない時ほど他人のノロケがうざい時はない。この女はそれに思い至るべきだわ……! とルイズは拳を握りしめた。さて、すでに月が見える時間が近づきつつあるここは火の塔ルイズのお部屋。律儀に約束通りモンモランシーはルイズに惚気に来たのだ。「で? ギーシュがいつ裸踊りをしたっての?」「そんなことするわけないでしょ!まったく、サイトとうまくいってないことはわかってるけど、いつまでもそうしていられないわよ」そういってカップを手に取り紅茶の香りを楽しむ。ヴァリエール家が贔屓にしている茶葉で、シエスタが入れてくれた紅茶だ、マズいわけがない。ルイズもじっとカップに目を落とす。赤みがかった琥珀色がゆらゆら揺れている。飲む。心境のせいか、いつもより渋く感じた。「わかってるもん……」「いいえ、わかってないわ」先輩風を吹かすモンモランシーをルイズは睨みつける。やばいときのオーラは一切なく、ただ可愛い生き物がそこにいた。「はぁ、いつもその調子で甘えられればいいのにね」「甘えるなんてしないもん、わたしご主人様なんだから」「そんなこと言ってると、誰かに取られるわよ」「あのメイドしかり、タバサしかり、ケティとかいう子もなにかあったらころっといくかもしれないわ。大体ね、あなたの魅力ってなによ?」「……あふれ出る大人の色香?」「……」切ない生き物を見るような眼差しを向けられるルイズ。最近一日一回はこの視線を感じるようになってきていた。「冗談よ、冗談」「一切冗談に聞こえなかったわ」「それはそうと、わたしの魅力ね。顔と、高貴さと、家柄と、虚無魔法?」「逆に欠点は」「ないわ」強いて言うなら胸、かもしれないわね。とルイズは胸中で呟く。その答えにモンモランシーはいよいよ大きなため息をついた。「あなた、今挙げた魅力なんてどうとでもなるものよ。顔は好みによって違うし、高貴さ・家柄ならタバサなんてガリア女王じゃない。虚無魔法だって、私たちならともかくサイトはそんなこと気にするタイプじゃないでしょ。それに女の勝負する土俵じゃないわ」それに、とモンモランシーは続ける。「あのメイド、ずいぶんサイトと仲が良いわよね。あなたの挙げた魅力であの子が勝ってる点はある?ないでしょ、つまりサイトは別の場所にナニカを感じているはずなのよ」ぐむ、とルイズは呻いた。モンモランシーのくせに生意気な、とより強く睨んでみる。「そんな顔してもダメよ。あなたはもっと、あなたの使い魔について真剣に考えるべきよ。貴族として、よりも女の子として、ね」夜がはじまろうとしている。22-3 白いベリー「さて、サイト。そこで死んでいるギーシュは放っておいて、君に話がある」「お、おう」マリコルヌの演説、あるいはギーシュの闇の吐露、は三時間も続いた。最初は大声で打ち消そうと努力していたギーシュも十分を越える頃には疲れ果て、その後はマトモな反応を返さなかった。マリコルヌは、ハラキリよりも恐ろしい処罰を下したのだ。そんな彼がこれ以上ないほど穏やかな笑みを浮かべている。才人は本能的に後ずさりした。「そう怯えないでくれ、なんだか新しいモノに目覚めそうだ」「お前一度死んでくれよ」無駄に爽やかなマリコルヌの笑顔が怖い、才人は背筋がぞわぞわするのを感じた。すでに双月の明かりが夜空を支配する時刻になっている。その時間帯のせいか余計に危機感をあおられる才人。「まぁ、付き合ってくれよ副隊長」「例によってヴェストリの広場だな、師匠呼んでくるぜ」ギムリはコルベールの研究室へ駆けて行った。レイナールは魂が抜けたギーシュをぺちぺち叩いている。それに反応してギーシュも呻きながら体を起こす。マリコルヌは相変わらず裏の見えない笑顔を浮かべている。――こいつら何のつもりだ?ちょい前に言ってた秘密のナニかか??才人は密かに冷や汗を垂らす。あまりよくない予感がする、という錯覚を抱いていた。「やあサイトくん、君がいるということは、とうとうお披露目かい」「その通りですとも、師匠」「副隊長、悪いが後ろを向いていてくれ」――お、お披露目って俺は何を披露されるんだ!?性癖、とか言わないよな、俺の仲間はそんなヤツらじゃないよな!!微妙に信じきれない才人はこっそりデルフを握った。鞘からは抜いていないので声があがることはない。後ろで五人は何か作業をしているらしいが、とくに大きな音もたたないのでその様子はうかがえない。「よし、こんなところか」「サイト、こっちを向いてくれ」「お、おぅ……」恐る恐る才人は振り返る。五人の前には小さな筒が地面にたてられていた。その数は五、コルベールの前にだけは一際大きな筒がある。「ふふふふふ、いつだったか君に言ったね、隊員をねぎらうのも隊長の仕事だと!」「あ、ああ、言ってた気がする」「というわけで副隊長、今日は君のためのイベントなんだ」「目ん玉かっぴろげてよーく見やがれよ!」「君が都合よく学院にいなくて助かったよ」「では、はじめようか諸君」水精霊四天王はみんながみんな、にんまりと笑っている。ひどく幼い、というよりガキ臭い笑顔だ。コルベールが代表して杖を振り上げる。そして筒の根元めがけて魔法を放った。「ウル・カーノ!」発光。夜の暗闇に合ってその炎は昼のような明るさをヴェストリの広場にもたらした。レイナールは青。ギーシュは白。ギムリは赤。マリコルヌは緑。それぞれの前にある筒は火花を吹き散らす。「え……ええ!?ちょ、こ、これって、マジぽん!!?」「「「「マジぽん!!」」」」四人は悪戯が成功した悪ガキのようにサムズアップを決めた。「花火、花火じゃんこれ!え、なんで!? すげぇ!! ちょっとなんだよ!!デルフも見てくれよこれ! 花火だ花火!!」「おお、こりゃおでれーた!こんな風に火を見せるなんてはじめて見たぞ!!」才人は嬉しさのあまりかデルフを抜いて振り回しはじめる。デルフも才人の喜びに引き摺られて大声を張り上げた。「ノンノン、君はまだコルベール師匠というものを理解していないね」「そうとも、腰抜かすなよ」「ふっふっふ、ではいこうか諸君、ウル・カーノ!」ぼっとコルベールの前に合った大きな筒の根元に火が付く。ほんの少し時間をおいて、ぽしゅっという音とともにナニかが打ちあがった。「まさか……」ドン、と痺れるような爆音を才人は浴びた。夜空に描かれる少しいびつな菊の花。打ち上げ花火だ。「す、すげぇ。すげぇよコルベール先生!!」それは日本では二千円も出せば買えるレベルの打ち上げ花火だった。それでも、才人にとっては懐かしく、ハルケギニア唯一の花火だ。才人はコルベール教諭に駆け寄り、その手を握ってぶんぶん振り回した。今彼に尻尾が生えていればそれはもう激しく振られていただろう。「なに、ほんの少し工夫をしたまでだよ。発案は彼らだ、彼らに感謝したまえ」「お前ら最高ォーー!もーみんな大好きだーーーっ!!」今度は水精霊四天王の下へ走る。コルベールの言うほんの少しの工夫。それは聞くも涙な努力の結晶だった。彼はまず、火の秘薬を原料に花火を作ってみた。もっともスケールの小さいねずみ花火だ。それに発火の呪文をかける、爆発して消し飛ぶ。彼は考えた。爆発力を落とそう。次いで火の秘薬に乾燥した土を混ぜてみる。火をつける。消し飛ぶ。幾度かそれを繰り返す。失敗する。さらにアニエスさんを訪ねて必死に頭を下げる。下げた頭のまぶしさに根負けしたアニエス隊長から銃用の黒色火薬を受け取る。試みる。ここでようやくねずみ花火が完成した。打ち上げ花火に至っては才人が詳しい構造なんか覚えているはずもなく、話半分のことをなんとか再現したのだ。当初は打ち上げの機構すら思いつかず、高価な風石を仕込んでまで空を飛ばしていた。なのになぜ彼はそんなさらっと流したのか。それはコルベール教諭が教師で、才人は生徒だからだ。教え子にカッコ悪いところを見せたがる教師はいない。それに、水精霊騎士隊の面々に頼み込まれなければコルベールは花火を作らなかっただろう。四人そろって、才人に故郷の夏を再現してほしい、と頭を下げに来たのだ。「きみは本当に、良い仲間に恵まれた……」水精霊五巨星を見るコルベールの瞳はこれ以上ないほど優しかった。