21-1 フレイムのお料理教室「俺は~ヒラガ・サイトー不死身なおとーこさー」時々のびちゃう、ってかのされちゃうけどな! と才人はウキウキしている。それもそのはず彼の背中には、今待ちに待った日本人には欠かせないアンチクショウがいる。これから厨房のマルトーを訪ねて炊飯方法を一緒に考えるのだ。「んっふっふっふっふ~、いやーテンションあがってきた!!」いぇーい、とノリノリで阿波踊りっぽいダンスを踊ってみる。廊下を歩くケティ嬢と目が合う。「あ、いえ……その、すいません」謝られた。死にたくなった。「でも大丈夫、お米があるもん!」再びノリノリで歩き出す。なんというか、懲りない男だった。さて、才人は焼きトウモロコシを振舞ってから魅惑の妖精亭を出た。勿論帰りには詰所に立ち寄った。ミシェルから詳細な話を聞くためだ。ところが、彼女の話は珍しく要領を得ない。『いや……モット伯が帰っただろ。そのあとステフと少し飲んでたんだ。でも、なんでだろうな、何でああなったのかはよくわからん。間接の取り合いに終始していたときは意識があったが……。ヴァイオリンが聞こえてからは正直、覚えてない』才人は「太陽のせいですよ」とすごくいい笑顔でミシェルをねぎらった。彼にもそうやって魔がさすことが多々ある。今度ヤキトリを好きなだけ焼くことを誓わせられ、逆に今夜も違う隊員を派遣することを約束され、詰所を出た。そのままシルフィードに乗って、魔法学院に戻ってきたころにはお昼前だった。タバサとはすぐそこで別れた。彼女は「戦略の見直しを……」と呟いていたが才人は首を傾げるだけだった。罪深い男だ。しかし、テンションのあがりきった彼は奈落の底に突き落とされた。「お、米か。ボイルしてサラダに使うくらいしかわからんぞ」「なん……だと……?」そこからの記憶はない。どうやってか、気づけば厨房を裏口から出て木陰に座っていた。「あ、っと夕食時だからまだ厨房忙しいか」生徒の使い魔がもさもさ裏口前に集まっているのに時間を悟る。先ほどのことはナチュラルにスルーした。――きっと親方も夕食前で忙しいからあんないじわる言ったんだ。ちゃんと暇なときに行けば一緒に考えてくれるっさ!!少し待つか、と空を見あげる。今日もまた、いい天気だった。茜に染まる空には、心なしか雲が多い気はする。一雨降れば涼しくなるかな、なんて才人はひとりごちた。その間、なんとなく麻袋の中に手を伸ばしてお米の感触を楽しむ。「むふ、むふふふふ」完全に変質者だった。口はだらしなく歪み、涎が溢れている。目は、ここではないどこか遠くの世界を見ているのか、焦点が合ってない。そんな才人にのしのし近づいてくる影がある。「どぅふふふふ……って、フレイムじゃんか。お前も飯待ちか~」ぽんぽんと自分の隣を叩く。のっそりとフレイムはそこに巨体を横たえた。「見てくれよフレイム~。お米だぜお米?羨ましいだろほれほれー」才人は両手いっぱいのコメをフレイムの目の前にちらつかせる。実にうっとうしい人間だ。フレイムがそう思ったのかはわからないが、彼はのっそり立ち上がる。そしておもむろに才人の手を、口に入れた。「あちゃーー!!?」サラマンダーは尻尾が燃えている。当然体温も高い。口の中もまた然りである。「あっつ! あっつぁ!!おま、フレイム、ナニしてくれてんだよ!?」才人は瞬時にフレイムの口中から手を引き抜いた。流石に大やけどを負いそうになってまでお米は確保できなかった。うう、俺の米が食われた、と嘆く。そんな才人を後目にフレイムは鼻から猛烈な勢いで蒸気を噴出していた。ふしゅーふしゅー、と蒸気とともに広がるにおい。「え、あの、フレイム先生?」ぎろり、と才人を睨むフレイム。爬虫類系の目は怖い。才人は思わず縮こまった。「いえ、なんでもないです、はい、ボクモグラなんで……」才人が勝手に卑屈になっている間にも蒸気は出続ける。一分ほど待ったか、フレイムはべろっと茶色い粒粒を吐き出した。「ま、マジぽーーん!!?」つやつやした玄米ご飯がそこにはあった。そこに、というのは芝生の上なのである意味もう台無しではあったが。「え、ちゃんと炊けてる。流石に食う気はおきないけどこの柔らかさは炊けてる!すげぇ! 意味わかんねぇ!! ファンタジーなめんな地球!!」ひゃっほーい、と天高く腕を突き上げて雄たけびを上げる。フレイムはやれやれ、といった面持ちで才人を見ていた。「ちょ、フレイム口の中見せてよ。どんな構造になってんだ?なんか遠赤外線とか銅とかそっち系なの??」フレイムの口をこじ開け中を見る才人。彼(彼女?)はすんごいイヤそうな表情をしている。才人は知る由もないが、サラマンダーの口中は熱い。そして彼らも当然水分、唾液を分泌している。つまり、彼らの口は蒸し器のようなものなのだ。さらに唾液の消化酵素とか、火のエレメンタル的な何かがいい感じに作用し、驚異の速さで炊飯を実現できたのだ!吐き出したのは、消化しやすいようとりあえずアルファ化してみたものの、お口にあわなかったからだ。「んー、見た感じふつーの爬虫類系なのか?いや、ワニの口とか見たことないけど。ふつーに粘膜系だ、金属とかじゃないよな」でもこれ応用できねーなー、とぶつくさ言いながらさらにフレイムを弄り回す。才人はそのまま口内に顔を突っ込んで無遠慮に観察し始める。いい加減邪魔になったのか、フレイムはそのまま口を閉じた。21-2 燃えよ杖・上「サイトの声がしたような……?」「ルイズ、ここにいたのかい」「ギーシュ?」アルヴィーズの食堂、夕食時。自分の席へ向かうルイズを引きとめたのは、微かに聞こえたような気がする才人の叫び声、そしてギーシュ・ド・グラモンだ。彼はモンモランシーを伴ってルイズに話しかける。「サイトは見なかったかい?」「サイト……朝から見てないわよ」「あら、とうとう愛想つかされたの?」ギーシュの問いは、むしろルイズ自身が聞きたいことだった。モンモランシーの笑いを含んだ声にルイズはきっと睨みつける。「そんなこと、ないもん」「あらま、またいつもの恒例行事ね」「そう言わないであげなよ、僕のモンモランシー。彼らはこうやって絆を確かめあっているのさ」僕らのように確かな絆を作ろうとしているんだよ、と気障ったらしくギーシュは続ける。それに少し、ほんの少しだけ頬を染めるモンモランシー。少し前までの彼女なら軽くあしらっていた。「あら、あんたらなんか……雰囲気変わった?」「やはりわかるかい?」「そんなわけないでしょ!」さて、こういうケースではどう考えればいいか。ルイズは思考を巡らせる。あ、どうでもいいわ。「そ、じゃあ良いわ。わたしお腹すいてるの、じゃあね」「「少しくらい聞かないの!?」」「正直な話ね」自分の席へ向かおうとしていたルイズはくるっと二人に向き直る。「うん、ワリとどーでもいいわ」「そ、そう……」モンモランシーは意外と残念そうな顔をしている。仕方なく、心優しい貴族であるルイズさんはフォローしてあげた。「仕方ないわね。ご飯の後だったら聞いてあげるわ。でもあなたの、多分惚気話は、わたしにとって晩ご飯よりも価値のないものなのわかるわよね?」「「……」」フォローじゃなかった。むしろこれは挑発だ。でも仕方ない。彼女は王位継承権第二位とかヴァリエール公爵家とかそんな感じで偉いのだ!「ま、まぁルイズ。サイトを見かけたら水精霊騎士隊駐屯所で待っている、と伝えてくれないか」「見かけたらね。じゃあまたあとでね」モンモランシーとギーシュはすごく微妙な顔で尊大な少女を見送った。「アレは、いらついてるわね……」「そうだね、正直怖かった。見てくれよ僕のモンモランシー、足が震えて言うこと聞いてくれない」がたがた揺れる自分の足を指さして言うギーシュ君。そんな情けない恋人の腕を、モンモランシーは抱きよせた。「もう、シュヴァリエがそんなんじゃカッコつかないわよ。ただでさえ水精霊騎士隊はサイトが隊長、って言われてるのに」「いや……彼が実質上の隊長なのは僕も認めているんだが」「もうっ、しゃきっとしなさい男の子!」ばしん、とモンモランシーが強めにギーシュの背中をたたく。すると不思議なことに彼の足はピタリと止まった。「やっぱり、僕には君が必要みたいだよモンモランシー。見てくれ、さっきまでみっともなく震えていた足も、君が勇気をくれたおかげでなんともない」「はいはい、調子のいいことで。わたしたちもご飯食べるわよ」きゃっきゃ、うふふ、といった雰囲気で去っていく二人。その背後を窺う者たちがいた。「どう思われますか、カウボーイ」柱からひょっこりレイナール。「アレはいかんぞ、なぁ微笑みデブ」机の下からのっそりギムリ。「あんの薔薇野郎……く、くくくくく」天井からふわり、と降り立つマリコルヌ。水精霊四天王マイナス一名だ。周りの生徒はぎょっとした。「では、昨日思いつきで制定した『隊中法度』に従い処断を行おうか」「ああ、誰よりも隊長が規律を守るべきだ」「ふふふふふ、薔薇野郎の分際がぁ……!!」隊中法度とは、暇を持て余した三人が、なんとなく思いついたことを詰め込んだルールブックである。適用範囲は水精霊騎士隊のみ。一、女王陛下に背きまじきこと。一、隊を脱するを許さず。一、イチャつく男を許さず。この三つからなる簡潔な決まりだ。一番目はレイナール。これは水精霊騎士隊の存在意義だから、という彼らしい真っ当な理由だ。二番目はギムリ。なんとなくコレつけときゃカッコよくね、という雰囲気重視の彼らしいてきとーな理由だ。無論最後の一つはマリコルヌが付け足した。では、ブリジッタという彼女がいる彼自身はどうなるのか。『ブリジッタとぼくはね、何か違うんだよ。イチャつくとかイチャつかないとか、そういう次元じゃないんだ。ぼくはね、ただ、あんな風に青春っぽく……爽やかにラブってるヤツが許せねぇんだよぉ!!』とのことである。ただの僻みだった。しかし、隊規は隊規だ。これが隊長、副隊長を通さず、昨夜なんとなく暇つぶしに決定されたものでも隊規なのだ。「さて、処罰内容を決めていなかったが、どうする?」「決まってるだろ、ジョーカー。こういう時は微笑みデブが決めるもんさ」そう言ってマリコルヌを見る二人。「そうかい?ぼくが決めちゃっていいんだねやっちゃっていいんだね……!!」ああ、ギーシュの運命やいかに!?次回に続く!21-3 夢の国から「お、ギーシュにモンモンじゃん」「おお! 探したよサイト。水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ。あとモンモン言うな」ルイズの力を借りることなくギーシュは才人を発見できた。なぜか才人の顔は赤面とか、甘酸っぱい系ではなく非常に赤かった。「ちょっ、サイト、君火傷してるじゃないか。しかも、こんな広範囲の顔って……なにをしていたんだい?」「いや……好奇心に負けたというか、好奇心は猫を殺しちゃったんだよ」「? 意味わかんない。まあお金もらうけど手当してあげるわ」そのままモンモランシーがペタペタ秘薬を塗るに任せてぼーっとしている才人。気を取り直したギーシュは意味もなく薔薇を振りかざしていった。「水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ!」「さっき聞いたよ」「なに、仕切り直しというヤツだ」「ちょっと動かないでよ」ニヤリ、と笑う。才人はギーシュの機嫌がいいことを見抜いた。そして、この分だとコイツの名誉やら何やらを満たす任務だ、と推測する。「いや、任務はいいけど安全なんだろうな?前みたくいきなりロマリアで聖戦とかイヤだぜ」「安心したまえ。これは重要だが、危険性はほとんどないといってもいい。何より、水精霊騎士隊の名を知らしめるのにピッタリな任務だよ」ああ、女王陛下はぼくたちのことを考えてくれていらっしゃる、と陶然とした表情で語るギーシュ。才人の手当てを終えたモンモランシーは、やれやれ、と肩をすくめた。「……あれ、モンモンってそんな感じだっけ?」「だからモンモンって……あなたもルイズと同じこと言うのね」「やはりわかってしまうんだよ、ぼくのモンモランシー」「いや、どうでもいいから流してくれ、任務の話しろ」「「そんなとこまで同じ!?」」がびーん、といつぞやの財務卿のようにショックを受ける二人。才人は心底どうでもよさそうな顔をしていた。「まぁ後でたっぷり時間を取って、お互いの理解を深め合う必要がありそうだね」「ない、はやく、しろ、おれ、ねむい」「そんな片言で言わないでくれよっ」よよよ、とギーシュが才人に泣きつく。モンモランシーは「さっさと話を進めなさい」と言わんばかりの顔だ。ギーシュは気を取り直して薔薇を振りかざす。「今度の任務は、パレードだ。月の輝く美しい夜に、ブルドンネ街を行進する。先頭には女王陛下、その次にはぼくと才人が並ぶんだよ!」「パレード?」才人はエレクトリカルなパレードを連想した。「電飾なんて持ってないぞ?」「デンショク??」「よくわからないけど、この話題はやめたほうがいいわ」夢の国から徴税官がやってくるわ、と金銭に関しては抜群の嗅覚を誇るモンモランシー。電飾ではない、ではなんだろう。「パレードって、歩くだけ?」「……どうだろう、実はぼくも詳しいことは聞いていないんだ。先ほど伝書鳩が来てね、詳しくはラーグの曜日(虚無の曜日の四日後、平日のど真ん中)に王宮まで、とのことさ」「へぇー、季節がら花火大会でもやればいいのにな」「花火大会?」「前に花火、って話しただろ?その中の空に丸い火を打ち上げるっていったヤツ、打ち上げ花火を何百発も、多いのだと何万発かな、打ち上げるんだ。それを見るときは浴衣とか甚平って服着て、屋台が出て、すっげー楽しんだぜ。花火は綺麗だし、この季節のデートって言ったら多分それだ」「へぇ……なるほど」ギーシュは才人に見えないよう、表情を歪めた。「まぁ、パレードの話はまたラーグの曜日ってことだな」「ああ、というわけでぼくとモンモランシーの話になるんだけど」「それは心底どうでもいい」「「なんで!?」」なんてひどい主従だ、とギーシュランシーは思ったとか。