20-1 調理法・不明「というわけで、昨日は大変だったのよっ!」「へいへい」「あ、聞いてなかったなこいつっ」魅惑の妖精亭厨房、今日も今日とて才人はジェシカの買い物に付き合っていた。昨夜大変だったのは才人も同じだ。結局あのあとタバサの部屋で寝ることになったが、なんだかいつもと違う匂いにくらくらしてあまり眠れなかった。今日も寝不足だ、と才人はひとりごちた。「それに、昨日は銃士隊の副隊長なんて人が来て、暴れて行ったんだから。あんまりにもひどかったから出禁にしちゃった」「マジぽん!?」――ミシェルさんなにやってんだよ~!いや、あの人そもそも短気っぽいし……もともと無理系だったのかな?まぁ、でも違う人が来るよな、きっと。きっとミシェルさんはあんまり悪くない。派手になった元凶は森の妖精さんだ。妖精さんのメロディは酒飲みを狂暴化させる作用があるのだ。あとで詰所によることを決意して、才人は皮袋から食材を取り出す。黄色の粒粒した野菜。にょろにょろした魚。そして、ずっしりと手に重い麻袋。「あら、また料理?」「ん、今日も料理、あのタレ使って作れそうなもんはいろいろ試してみる」「あ、昨日ヤキトリってヤツすっごいウケたわよ。その銃士隊副隊長が一人で十本も二十本もむしゃむしゃ食べてたわ。あの冷えたエールとあうみたい、エールも五杯は飲んでたかな」「へぇー、ウケたんなら何よりだ。今度はねぎまとか、塩味も作るべきかな」「あと、モット伯が来てたわ」「モット伯!?」シエスタの件を思い出した才人は冷や汗を垂らす。――あのおっさんが例の犯人じゃないだろうな?「でもなんか噂ほど女にギラギラしてなかったわ。あたしのユカタ見て、二百エキューで仕立ててほしいって。前金で百エキューも置いてったわ」「に、にひゃくえきゅぅ!?」浴衣一枚にポン、と出せるような金額ではない。流石にモットは金持ちだった。ふと、才人は疑問に思ったことを聞く。「ユカタって、シエスタと同じヤツ?」「あら、知ってたんだ。そうよ、色合いも何もかも一緒」「へぇ、昨日見せてもらったんだ。あ、甚平もらったんだよ!もーすっげー嬉しかった、俺シエスタ大好き!!」「そ、そう……」――サイトって、確かまだルイズの恋人よね?あの子、意味を教えてないんだ。ジェシカの好きな、すごいキラキラした瞳で笑う才人。そんな彼を見ても彼女は冷や汗しか浮かばない。浴衣や甚平は、シエスタさん家でしか作れない。売るものでもないのでそんな頻繁に仕立てたりはしない。そして他人においそれとあげるようなものでもない。では、どのような時に渡すのか。――未来の旦那に渡せ、って言われてるんだけど。教えてあげた方がいいのかなぁ。佐々木家の血族に連なるのだから、甚平くらいは持っておけ、とはひいおじいちゃんの言葉らしい。タバサの黒さに感銘を受けて、シエスタさんは家族の力を使って外堀を埋めに来たようだ。もしタルブ村で甚平に袖を通す機会があれば、才人はすごく歓待されるだろう。婿的な意味で。「それに、スカロン店長の持ってないレシピも見せてくれるって。今度タルブ村にいってくるよ。折角だから、箪笥の肥やしになってる甚平も何着かくれるって」――ああ! シエスタに何があったのかしら!?誰の影響を受けたのか、どんどん強かになっていく従姉妹を思ってジェシカは戦慄いた。「でも甚平はホント嬉しい、寝巻にしてたから、懐かしい」「ユカタは着ないの?」「うん、温泉行ったときにアメニティであったヤツ着たけど、甚平の方が好き」「あら、そうなの。昨日の騒動のあとで衣服屋にユカタ量産しないか、って言われて受けたんだけど。サイトには関係なさそうね」「え、マジで!?トリスタニアで浴衣が見れる、ってうれし……。いや、なんかガイジンがユカタ着てるちぐはぐな感じになるのか?」天女としてなぜか拝まれたジェシカにあのあと近づいたものがいる。ロマリア系の衣服屋だ。どうやらユカタを売れると踏んで、今度仕立て方を買いたい、と言ってきたのだ。モット伯とは関係のないところで着々とトリスタニア時代劇村化計画が進んでいく。才人は鍋に少し茶色いアンチクショウをぶちまけた。「ん~、ちょっと色がくすんでるというか、玄米系?てか一合の量り方も、水の量すらわかんねぇ」そう、彼が手に入れたのは米だ。東方からやってきたらしい。非常に高価で、一掬いで同じ量の黄金と等価、と言われた昔のコショウほどではない。しかし中くらいのコップ一杯で三十スゥもした。これは大体平民一人の食費二日分にあたる。それを才人は気前よく袋で購入した、三エキューである。最近の彼は食道楽になりつつある。「よし、米は食いたいけどよくわかんねぇ!ちょっと保留だな」「あら、折角買ったのに食べないの?」「うん、調理法はわかるけど具体的な水の量がわからないから。高かったし、食べ物で遊ぶともったいないお化けが出るっていうしさ」「お化け?」ビクン、と厨房の奥で座っていた青髪の少女の肩が揺れる。今日は珍しくタバサも同行していたのだ。「ああ、もったいないお化け。モノを無駄にしたり、食べ物を残したりすると出るんだって」「……ウソ」「や、ホント。俺の国では毎年何百人ももったいないお化けに出会ってる。すんげー怖くて気絶しちまうらしいぜ?」才人は懐かしい気持ちでいっぱいになった。――召喚当初はこうやってルイズをからかっていた気がする。それにタバサはリアクションが小動物系で、なんか可愛いんだよな。今もなんかぴくっぴくっ、てなってるし。才人はほっこりした。――もったいないお化け……!わたし、モノを無駄にしたり、食べ残しとかしてない、だいじょうぶ!大丈夫だよね……?タバサはガクブルした。そんな二人を見てジェシカは、やれやれ、とため息をついた。「ま、ウソだけどな」ニカッと才人は笑う。まさに悪戯が成功した子供の笑顔だ。タバサはむっとして杖を振り上げ、ゆるゆると力なく下ろした。――怒っちゃダメよシャルロット、あなたは強い子。それよりもこの機会を利用することを考えなさい。ほら、目の前に敵がいるのよ?タバサはジェシカを見る。胸元をじっと見る。明らかに敵だった。――タバサ、出る!!才人の胸元にしがみついた。そしてちらりとジェシカを盗み見る。――アレは明らかにむっとしてる。やっぱり胸だけじゃなくわたしの騎士様を狙う敵だわ。この泥棒おっぱい! むしろおっぱい泥棒!!タバサは、ガリア王族の発育が悪いのは誰かに吸い取られているせいだ、と信じていた。考えてみてほしい。女系の王族は現在ガリア、トリステイン、アルビオンにそれぞれいる。ガリアの王族はシャルロット、イザベラお嬢様の二名。残念ながらぺったりしている。トリステインは白百合ことアンリエッタ女王陛下。Ohモーレツ! というレベルのお胸様だ。では、アルビオンは……?そんな胸革命知りません! とタバサはキレた。これらの傾向を見ると、虚無を継ぐ王家の血筋はバインバインにならなければおかしい。つまり、それを邪魔する存在がいる、と彼女は結論付けた。王家の血を引くヴァリエール家の人たちのことは意図的に無視した。「ははっ、よしよし」「サイト……ずいぶんその子と仲が良いのね」才人がタバサを撫でてやれば、ジェシカがむすっとした声をかける。明らかに嫉妬している様子だ。タバサは胸中でほくそ笑んだ。「ああ、タバサって小っちゃくて可愛いじゃん。なんつーか妹みたいで」妹みたいで……。妹みたいで……。妹みたいで……。タバサは自分の足元がガラガラと崩れていくような感覚を味わっていた。そう、才人は抜けている。タバサは今まで味方がほとんどいなかった。それを体を張ってエルフまで撃退せしめた勇者が現れた。そんな存在がいきなり出てきたらどう思うだろうか?普通は好意を抱くだろう。それが男女の仲なら恋に落ちても仕方がない。だが、決定的に、タバサの外見はずいぶんと幼かった。――今までタバサはほとんど味方も、家族も心を狂わされていなかったんだ。こんなちっちゃい子なのに今まで苦労して。だから、きっと俺のことをお兄ちゃんみたいと思ってるんだ。なら兄貴としてその期待に応えてやらないと!惚れられる? そんなのイケメンたちの特権だろ??それにタバサみたいなちっちゃい子に何を考えてるんだ!残念ながら彼は抜けていた。さらに実年齢を知らず、大体十二、三歳くらいだと思っている。ここ最近のタバサのアプローチは激しくあわや陥落寸前にまで追い込まれることもあった。しかしその外見年齢が彼にストップをかけたのだ。そしてディフェンスに定評があまりなかった心の安全弁が「これ、兄に甘える妹じゃね?」と発動する。才人はあっさりそれを受け入れた。タバサがわなわな震えていると、ジェシカと目があう。ふっ、と勝ち誇った顔をされた。今まで自分がするケースばかりだったタバサは、非常にいらっときた。それを才人は勘違いした。「ほらほら、そんな不機嫌顔すんな。今旨いモン作ってやるからさ~」そういって才人は黄色の粒粒野郎どもを三本網に乗せ、火にかけはじめた。「それは、ナニ?」「んー、これなー。焼きトウモロコシってんだ。昔屋台でじっと見てて作り方覚えたんだ。なんか、くじびきとかよりもそういうのが好きだったんだよ」だから大体の屋台料理は作れる気がする、と才人は言った。鼻歌までしながら上機嫌だ。タバサはなんとなく、才人の背中にべちゃっと張り付いた。「はははっ、タバサは軽いな~」――ま、まったく意識されてない!この前の夕焼けのがんばりは無駄だったの!?その時のことは、不幸な事件によって才人の記憶から消し去られている。今の彼にとってタバサの張り付きは、まさに妹が兄に甘える図式だったのだ。タバサの肩がチョンチョンと叩かれる。振り向けば偉く勝ち誇った顔のジェシカがいた。「そういえばジェシカ」「なぁっ!? な、あによ?」そこに才人が声をかけた。顔はじっとトウモロコシに向けられている。そのままぽつりと何気なく話しかける。「俺、なんか迷惑かな?」「そ、そんなことあるはずないじゃないのっ」「いや、今日のジェシカから、なんか距離を感じてさ。俺の気のせいだったらいいや」んーもーちょい、と言いながらさらにトウモロコシをころころ転がす。ジェシカは意外なことを言われて少し固まってしまった。確かに、彼女は才人から少し距離をおくようにしていた。それはほかでもない、彼女の従姉妹のためだ。これ以上近づきすぎればおそらく完全に惚れてしまう、という確信をもっていた。だから辛くても今は少しだけ距離をとろう、と思っていたのだ。しかし、才人は思いのほか鋭かった。好きとか嫌いが関係なければ、人の感情の機微には多少勘づくようになったようだ。「ま、あんまりベタベタしてたらシエスタにも悪いでしょ。だから少しだけ距離をとってたのは認めるわ」「あ、なるほど。ごめん、俺そーいう距離感はすっごい疎いんだ。ジェシカが気を使ってくれると助かるかも。でも、俺はジェシカと仲良くしたいから、変に意識しすぎないでくれよな」いや、でも俺が好きなのはルイズなんだよ!? と才人はのたまう。ジェシカは自分の胸の痛みを感じた。ぽっかりと空いた胸に風が吹き込むような。あるいはチクリと刺すようなそれは、どうすれば治るのかはわかりそうにもない。タバサも腕に力をこめて、ひしっと張り付いている。「よーし、刷毛刷毛。このタレをどわーっと塗って、と」厨房内にタレの焼ける香りが立ち込める。タバサがくいくいと才人の袖を引っ張った。「もーちょい待ちなさい。あとちょっとでできるんだから。ウナギの方はよくわからんけど……いや、安かったし焼くだけ焼くか」――確かに匂いはいい、いいけれど。ジェシカはどこか、寂しさを覚えていた。