18-1 酒場で格闘ドンジャラホイ「ちょ、ちょっとぉ、困ります~!!ミ・マドモアゼル困っちゃいますぅ~!」酒場の華とは何か。人は言う、多様な酒だと。またある人は言う、多岐に渡る料理だと。さらにある人は言う、見目麗しい妖精だと。しかし、ここトリスタニアでは、現代日本では想像もできないようなモノが華となる。喧嘩だ。「青髪に五スゥだ!」「なら俺は茶髪に六スゥ出すぜ!!」魅惑の妖精亭、ここで喧嘩をするヤツらはほとんどいない。喧嘩をすれば次から出禁を食らうし、腕っぷし=モテると直結しないことをよく理解しているヤツらも多いからだ。しかし、今は実際に客が喧嘩をしている。「よくもやったな!!」「あんたいっつも固すぎるんだよ!チョームカつく!!」平民がもみ合っている。ヤツらの服の下には鍛え上げられた筋肉がある、ということを皆直感的に理解していた。直接的な殴り合いには発展していない。いかに関節をとるか、相手をねじ伏せてマウントポジションを取るか、ということに終始している。それでも観客にとっては十分で、すでに金を賭ける者までいた。むしろガチ殴りじゃなく終始有利な体勢をとろうとしているため、逆に動きがぬるぬるしているというか、こう直線的ではなくって曲線的な動きがアレだというか。二匹の蛇が牙を使わず戦っているようだった。当然そんな動きをしていれば色んなものがめくれたりしてくるわけで。パンツルックなミシェルちゃんと違って、ステフちゃんはスカート装備なのでさらにピンチ!すでに幾人かの紳士が床に這いつくばってすんごくがんばっていた。彼らは時折もみあった二人に踏み抜かれるが、イイ笑顔で沈んでいく。二人の格闘が続く中、ヴァイオリンの音が近づいてくる。「話は聞かせてもらった!」いきなり妖精亭のウエスタンドアが蹴り開かれた。現れた男は異様な姿をしていた。まずヴァイオリン、なぜか腰だめで弾いている。そして髭も髪も黒く、伸びるに任す、といった風情でボサボサだ。黒髪はタルブ村出身の証と言っても過言ではない、ないけどそんな定説をこの時ほどスカロンは恨んだことがない。あんな異様な男は親戚にいない、というかタルブでも見たことがない。次にデコが広い、コルベールより結構マシ目程度。何より服装が不思議だった。大都会、トリスタニアでは見たこともないような衣装。田舎の農民がしているかな……いや農民でもしねぇよあんなカッコ。一番正しい表現は「森の妖精(っぽいもの)」だ。腰だめのヴァイオリンをゆらゆら揺れながら弾き狂っている。しかも無表情。正直関与したくない手合いだった。その男の登場で酒場の空気が変わる。最初は気まずげにみんな固まっていた。ぬるぬるもみ合っていたミシェルとステフもかたまっている。だが、男のヴァイオリンが奏でる旋律のせいか、次第に熱気があふれてくる。「なんか、なんかこう、やべぇな……」「ああ、やべぇ、ダメだってわかってるのにやべぇ」それはいかなる魔法だったのか。森の妖精(仮)はその音楽をもって、酒場に狂気を降臨させたのだ!「やっぱあんたチョームカつくんだよぉお!!」バキッ、と今までにない音が響く。ステフがミシェルの顔を殴った。これに、ミシェルがキレた。「てめぇもオゴリって言った瞬間高い酒頼んでんじゃねぇよ!!」ボグッ、とミシェルが腹に強烈な一撃をいれる。吹き飛ばされたステフは周りの客を巻き込んで派手に倒れこむ。酒場にカオスが顕現した。『ヒャッハァーー!!!!』机に飛び乗ったり椅子を振り回したりジョッキを投げつけたりやりたい放題である。誰かが最終兵器お父さんであるスカロンをブッ飛ばした。なぜ暴れるのか。誰も知らない。ただ彼らは後日きっとこういうだろう。『むしゃくしゃしてやった。今は反省している』「ちょっとアンタらナニやってんのよ!!?」あまりにうるさいので厨房からジェシカが飛び出してきた。『……』酒場の時が止まる。ジェシカは絶世の美人、というわけではない。街を歩いていればたまーに見かけるかな、俺でもなんとかがんばればいけるかな、という容姿である。しかし、今の彼女は日本の最終兵器・YUKATAを着用している。頬は厨房の暑さで上気しており、うっすらかいた汗で肌がいつもよりしっとりしているように見える。いつもは下ろしている長い黒髪をポニーテールにして結い上げ、髪の生え際は雫となった汗で輝いている。若草色の浴衣は確かに地味だが、白い帯が清楚さを引き出している。異国風の和装はどこか高貴な印象すら与えた。『天女だ……』「は?」男どもは拝みだした。よくわからないけど拝みだした。酒場を満たしていた混乱は去り、後には酔っ払いの死体だけが残る。ヴァイオリンを弾いていた男はいつの間にか姿を消していた。あ、あとミシェルとステフは出禁食らいました。18-2 才人の豆知識桃黒さんたちにのされた才人は、ルイズのベッドに気が付いた。あたりはすでに暗くなりはじめており、魔法のランプがゆらゆら部屋を照らしている。何も声はしない。体を起こした。「サイト、起きたの?」心配そうな声がかかる。ぼんやりと顔を向ければこれまた不安げなルイズの姿があった。すでに入浴をすませたようで、パジャマに身を包んでいる。「あぁ、今起きたけど、うん」才人が見た最後の光景は、二人の極上の笑顔だった。それから何があったのか……きっとひどい事件があったに違いない。「シエスタは今おしぼりを取りに行ってるわ。あんたが、あんまり寝てるもんだから心配してたわよ」心配するくらいなら、ツープラトンキックとかやらないでほしい、と才人は思った。――しかし、これはチャンスと言えばチャンスだ。最近ルイズとコミュニケーションをとっていない。コイツ、やきもちやきだからたまにはしっかり相手してやらないと。ふと、才人は考える。レモンちゃんやらにゃんにゃんやらをいれなければ、ルイズに愛の言葉を囁いたことは片手の指で数えられるくらいだ。ここは最近仲睦まじいギーシュ・モンモンペアを見習って、それらしい言葉をかけてやれば、ルイズも喜ぶのではなかろうか。そう思い至った彼は、心の中で頷く。「ルイズ、話があるんだ」才人は床の上に正座をする。石で造られた部屋で正座は、正直痛い。でも彼はマジメな話をするつもりだった。真剣に思いを伝えようと思った。だからこそ、きっちりした格好をしたかった。「な、なによ、サイト。いきなりあらたまって」ルイズはそんな彼の姿勢を見て身構える。何か真剣な話があることを本能的に感じ取っていた。頬がだんだん赤らんでくる。期待が胸を満たしていく。「実はさ……」「うん……」――ルイズに好きだって言いたい。でも、恥ずかしい……冷静に考えたら恥ずかしすぎるッ!!ド直球な告白をかまそうと決意していたのに才人はチキった。彼は元々平凡な日本人高校生。告白なんてルイズにしかしたことないし、愛の言葉を囁くなんて恥ずかしすぎる。シャイボーイ・才人はノリとテンションと勢いがなければ一介の、ちょっと内気な男子高校生に過ぎないのだ。恥ずかしすぎて、誤魔化すことを選択してしまった。「俺のいた日本じゃ、月にうさぎが住んでるっていうんだぜ?他の場所だったら蟹とかバケツを運ぶ少女とか。ハルケギニアではそんなのない?」「はぁ?」今のわたしには理解できない、といった顔でルイズは聞き返す。――い、今才人はすっごい真剣な表情してたわよね。それが、なんだっていきなり月の話になるのよ!サイトのいた世界じゃ月の話ってそんなシリアスになるものなの!?著名な文人は愛の告白を「月が綺麗ですね」と訳している。そのくらい月というのは美しく、儚く、うつろいやすいものだと日本では評価されていた。もちろんハルケギニア代表ヴァリエールさん家のルイズちゃんにはわからない。「さ、さぁ……わたしは聞いたことないわ。タバサがそういうのに詳しそうね……」「そ、そっか」――あああああ! わたしのバカ!!なんでよりにもよってタバサにパスしちゃうのよ!?あの子ちっちゃいナリして最近は危険すぎるじゃない!――なんで俺はいきなり月の話なんてし出すんだ!?違うだろ! 愛の言葉だろ!!いつものレモンちゃんとかじゃない、真剣なヤツ!ギーシュを思い出せ……。「ルイズ」「ひゃぃっ!?」――跳ねた。このピンクっ子超跳ねた。すごい、まるで釣り上げてすぐの魚。鮮度抜群、もー刺身でいただくしかないね!才人にカニバリズムな趣味はない。いただくとは勿論レモンちゃん的な意味だ。彼はルイズの両肩へ手をやり、そのまま窓の外、夜空を見上げる。「月が、綺麗だよな」「え、えぇ、そうね」――あれ、通じてないのか?「え、えっと、ルイズ?」「な、なによさっきから。月の話ばっかりしちゃって」まったく通じていなかった。それもそのはず、ハルケギニアにかの文豪は存在しない。才人は何を思ったか、意味を説明しだしてしまう。「俺の世界って、言葉がいっぱいあるんだ。「うん……」「それでさ、俺が使ってたのは日本語ってヤツなんだけど。英語っていう、多分世界で一番使われてる言葉があったんだ」「なんで、それに統一しないの?」「わかんね、多分歴史とか、そういうのだと思う。まぁ違う言葉を自分の使う言葉になおすことを翻訳っていうんだ。それで、その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」ここまで言っておいて、彼は猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じた。――って、なんで俺はこんなこと説明してんだよ!?自分のはずしたギャグを解説するよりきっついぜ!!知らず顔が紅潮していく。今なら額でお湯を沸かせそうだ。「それで、『月が綺麗ですね』ってどういう意味なの?」ルイズはなんとなく、うっすらと才人の意図を理解した。それは赤くなった彼を見て確信に至る。でもフォローはしない。せっかくの機会だから、彼自身から甘い言葉を囁いてほしかった。にゃんにゃんとかじゃない、全うな言葉が欲しかった。「その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」ぬぐぐぐぐ、と才人は呻く。ルイズは彼の様子を見て胸を満たすナニかを感じた。――やっぱり、なんのかんの言ってサイトはわたしが好きなんだ。大丈夫、きっと信じていられる。才人がすっと目を合わせてくる。吸い込まれそうなほど深い、黒い瞳だ。「『月が綺麗ですね』っていうのはっ!」「ミス・ヴァリエール、おしぼりとついでに紅茶も持ってきました」「きゃぁぁああああ!!!!」「べぶらっ!?」才人、叫ぶ。シエスタ、入室する。ルイズ、殴る。才人、吹っ飛ぶ。「えぇっ!ミス・ヴァリエール何をなさるんですか!?」ルイズははっと気づき、後悔した。才人の愛の言葉に胸が高鳴り、顔が近づいているときにいきなり入室してきたシエスタ。照れ隠しに思わずパンチを叩き込んでしまった。あんたは空気読め!! とルイズは彼女を睨みつける。しかし、逆にシエスタにぎろん、と睨み返された。「ミス・ヴァリエール、ミス・タバサじゃありませんが、あなたはサイトさんを殴りすぎです!サイトさんがこれ以上頭弱くなっちゃって、女の子に節操がなくなったらどうなさるんですか!!」「うぅ……すいません、ごめんなさい」今のシエスタはマンティコアを従えそうなくらい怖い。ルイズは貴族なのにごめんなさいと謝ってしまった。「もう今夜は任せておけません!サイトさんはわたしと一緒に使用人の部屋で寝てもらいます!!」「そ、それはダメ!」「あぁ!?」シエスタ睨む、超怖い。ルイズはチワワのようにぷるぷる怯えて縮こまってしまった。その隙にシエスタさんは才人の首根っこつかんで部屋から出て行ってしまった。「なんで、どうしてこうなっちゃうのよー!?」キィーッ! とハンカチを噛んで悔しがるルイズ。「そりゃ娘っこが悪いと思うぜ」カタカタデルフが震える。空に輝く双月は、綺麗だった。