13-1 Apocalypse Now悲惨な光景だった。地面は抉れ、男たちは倒れ、風音しか聞こえない。太陽だけが平等に大地を照らしていた。「ルイズ」平賀才人はその小さな女の子を見上げた。ピンクブロンドの髪には天使の輪が光臨している。その顔は逆光で、よく見えない。「サイト」その声はどこか虚ろだった。温度がない、と言ってもいい。「ルイズ、あのさ」「サイト」ご主人様は使い魔の声を遮った。ぎらつく太陽に雲がかかる。才人は、少女が笑っていることを知った。「いいの、何も言わなくても」楽しげだった。才人は、どこか頭の奥から、カチカチという音が響いてくるのを聞いた。自分の歯の根がかみ合わない音だった。しかし、と彼は腹に力を込める。ここで彼が退けば、今以上の悲劇が起きる。それは確定された未来だった。「ルイズ、聞いてくれ」「いやよ」あどけない、笑みだった。まるで赤ん坊がその母親に向けるような。ルイズは、才人からつい、と目を離した。視線は彼の後ろに向かっている。『……』膝をつき、手をつき、頭をこすり付ける。その屈辱はあまりあるが、命にはかえられなかった。しかし、女神は時に非情だ。「あんたら」にっこりと笑い「全員」杖を振り上げ「バカ犬よぉぉーーー!!!!!」光と音が世界を満たした。際限なくバカになっていく男たちを止めるのはいつの時代だって聖女だ。そして魔法学院にも聖女は存在する。水都市の聖女こと、ルイズ・フランソワーズだ。彼女は伝説にある戦乙女のように勇ましくヴェストリの広場へ現れ、一撃の下彼らを薙ぎ払った。サイトがいない状態で精神力がたまりやすい彼女は景気よくエクスプロージョンを放ったのだ。「もう、バカ!ホントバカ!!バカバカバカ!」トリステイン魔法学院生徒による女王陛下直属の近衛隊、水精霊騎士隊。クルデンホルフ大公国が誇る栄えあるハルケギニア最強竜騎士団、空中装甲騎士団。爆発でノびている数名をのぞいてみな正座をしている。日が傾き始めているとはいえ炎天下、汗がだらだらながれていた。そんな彼らの前で有頂天ルイズ。「あんたたちねぇ、流されすぎなのよ!それでも貴族なの? ねぇ答えなさいよ!!」「そ、そうです」「黙ってなさい!」ボン、と顔面真ん前でエクスプロージョン。あわれマリコルヌは意識を失ってしまう。なんというか、理不尽の極みだった。「この調練言い出したの、サイトでしょ?犬の言うことを聞くなんて、あんたたちもう人間じゃないわね。ナニか切ない生き物だわ!」怒鳴るルイズの後ろにはタバサ、キュルケ、ティファニアがパラソルの下で紅茶をたしなんでいる。シエスタは三人のお世話をしていた。この四人がルイズに向ける目は、ナニか切ない生き物を見るようだった。「ねぇ、ルイズって……」「テファ、言わないであげて。あの子も可哀そうな子なのよ」「ミス・ヴァリエールは、その、サイトさんと同じで少しアレですから」「バカばっか」四人の会話をしっかり耳に入れていたルイズが怒った。「なんなのよアンタらも!」「なんなの、って……」「ミス・ヴァリエールの方が……」「なんなのよ、って感じ」怒られた四人は困惑した。そしてテファ以外の三人はお互いの顔を見て、きっちり反撃した。キュルケ、シエスタ、タバサの三人は宝探しも一緒にした仲である。そりゃもう息もぴったりだった。ルイズに向ける気の毒そうな目もほとんど形だった。見かねたテファがフォローに回る。「だ、だいじょうぶだよルイズ。夢の中だもん、深層心理が出ちゃうのはしかたないよ。心の底からサイトといちゃつきたいんだって」「結局、あなたはサイトといちゃいちゃしたいだけ。できないからすぐ怒る、欲求不満?」フォローじゃなかった。テファのパスを拾ってタバサが追撃する。ルイズは逆ギレした。「え~そうよ!私だってサイトといちゃいちゃしたいわよ!!なのにコイツときたらあっちへフラフラこっちへフラフラ。夢の中でぐらい好きにしたっていいじゃないのよ!!」「ルイズ……」才人は立ち上がり、ルイズの手を取った。「ごめん、そんな寂しがらせてたなんて」「いやよ! 離してよ!!」「やだ、あんなこと聞いたら離せない」「離してって言ってるのに!」「だったら、いつもみたいに魔法でもなんでも使えばいい」「……」才人はまっすぐルイズを見つめた。ルイズは赤くなってそっぽを向いた。正座しているヤツらは「あれ、俺らとばっちりじゃね?」と思った。テファは嬉しそうに二人を見ていた。キュルケはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていた。タバサとシエスタは般若にジョブチェンジした。「サ、イ、ト、さんっずいぶんと、ずいぶんと女性の扱いがうまくなられましたね」シエスタは二人の手をほどき、左腕をとった。そして魅惑の果実を押し付ける。「うっ!?」「ジェシカに教えてもらったんですか……?もう、ホントに、い・け・な・い・人」「ひぅっ!」やわらかな感触に、ガンダールヴの槍を構えかけた才人。しかし、ガンダ君は目だけ笑っていないシエスタの威圧感で槍を折られてしまった。次いで、背中にぽすっと軽い音。「サイト……」「タバサ……??」「好き……」変化球など必要ない! と言わんばかりの直球剛速球だった。背中に抱きつき、つま先立ちになって耳元で愛の言葉を囁く。これにはさすがにサイトの顔も赤くなった。赤くなったが、すぐ青くなった。「へぇ……魔法でもなんでも、ねぇ」――ジーザス!!彼はキリスト教でもなんでもない。そもそも、ハルケギニアまで助けが及ぶことはないだろう。「あんたたち」正座をしていた男どもはびくっと肩を震わせた。その声は低く、地獄の底よりなお昏い場所を連想させる。シエスタとタバサはさっと飛びのいた。「演習、目標、バカ犬。制限時間なし、兵装自由、魔法自由。かかりなさい」『Oui、Mademoiselle!!』過酷な演習が幕を開ける……!13-2 トリステイン三羽烏「ワシ、思うんじゃよ」長い白ひげをしごきながら老人は言う。ふと、窓の外に目をやりたっぷり十秒は何も語らなかった。「何をですかな」「もったいぶらずともよいでしょう」白を基調とした豪奢な部屋に、男三人。トリスタニアは王宮である。オールド・オスマンはこの日、新年度の宣伝へやってきていた。魔法学院は入学こそ春ではあるが、入学手続きはいつでも行っている。貴族からお金をいかに巻き上げるか、と画策するオスマンは宮廷工作に余念がない。「表向きは平和になったじゃろ?」「そうですな、ガリア戦役も無事終わりました」「魔法学院の生徒が活躍したと聞きますぞ」オスマンは宮廷に来たとき必ずこの三人でお茶を飲む。一人は王宮の勅使、ジュール・ド・モット伯。そしてもう一人はデムリ財務卿。いかにしてこの三人が友誼を結んだか、それは余談になるのでここでは置いておく。ただ一つ言えることは、類は友を呼ぶ。「なーんかのぅ、物足りないんじゃよ……」紅茶で満たされたカップを見ながらオスマン老は呟く。去年まではよかった。ミス・ロングビルがいた。なんというか、お色気方面の補充は十分だった。しかし今はいない。新入生であるティファニア嬢に目をつけようもんなら、虚無の担い手とその使い魔がやってくる。あしらえないわけではないが、めんどくさいので今彼はナニか別方向を模索していたのだ。「物足りない、ですか」モット伯はうぬ、と考え込む。言われてみればそういう気もする。去年手に入れ損ねたメイドのことを思い出した。――珍しい黒髪をもつメイドがいれば、何か違ったか。その節は、友人オスマンともだいぶ揉めたし、結果的には異世界の本も手に入れたので文句はない。ないが、もしものことを考えてしまう。どうやら彼も満たされていないようだ。「わからんでもないですな」デムリ財務卿はカップ片手にそう返す。彼は非常に気が利く男だ。今はトリステインの英霊となってしまたド・ポワチエに元帥杖を送ったこともある。またアンリエッタが売り払うよう指示を下した風のルビー、これを確保しておいたこともあった。そんなスーパーサポーターとして高い実力を持つ彼は、やはりモテる。モテるが最近は少しご無沙汰だった。「「「ぬぅ……」」」つまり、彼らはエロスの固い絆で結ばれた仲だった。「あとアレ、ウチのサイト君の本、アレはないわ」「あの使い魔の少年ですか。私も趣味ではないですね」「シュヴァリエ・ド・ヒラガは確かに幼い顔立ちをしている。しかし、そんな持て囃されるものとは、世間はわかりませんな」文官はソッチ系の趣味をほとんど持たない。そういう性癖が必要になるのは武官だからだ。オスマンは若いころあちこちの戦場でぶいぶい言わせたものだが、ワンマンアーミー状態だったので一人で勝手に戦場を離れ、娼館に入り浸っていた。「何か新しい境地を求めたいものですが……」「ガリア、ロマリア、トリステインのことはあらかた調べましたしな」「残るはゲルマニアかの、たまには褐色の肌も悪くないじゃろ」オスマンはそう言いながらもあまり気乗りのしない顔だった。先ほど述べた三国の人はいずれも肌が白い。その白さに慣れきったオスマンからすると、ゲルマニア人の奔放な性格こそ好ましいが、少し躊躇してしまう。「難しいのぅ……」「乳、尻、太ももについても語りつくした感がありますし」「改めて性格の話をするのも、その、ナンですな」むむぅ、と再び呻く三人。場所が場所なので、傍目には国政について論じ、悩みぬいているようにも見える。だが残念ながら彼らはただの男だった。いい年したおっさんたち、一人は老人、が中学生のような会話をしているのを他人は何と思うだろうか。「そうだ」ガタッ、とデムリが席を立つ。「どうしたのですかな」紅茶を飲みつつモットさん。「何か思いついたのかの?」クッキーをつまむオスマンさん。「今まで我らの語ってきた議題、何か足りんと思いませぬか?」「なにか、か。いや、私には思いつきません。オスマン老はいかがですかな?」「ふむ……若さ、かの」ある意味彼らは超若い。デムリは、ノンノン、と人差し指を振り、言い放った。「衣装ですよ」む、と二人は目をむいた。「我々は今までいかに脱がせるか、ということは存分に議論しました。しかしどうです。着衣のまま、というのはまだ話しておりません」デムリは得意げな顔で、王宮に見合わない最低なことをのたまう。「いやはや、素晴らしいのぅデムリ君。魔法学院時代から君はいつか、素晴らしい功績を残すと思っておったよ。その瞬間に立ち会えるとは」オスマンは教え子の成長に涙した。デムリはそんな彼の手をとり、固く握りしめる。「オールド・オスマンの教えあってのことです。貴方と出会わなければ、今の私はなかった」出会わなかったほうがよかった、という意見もある。「スカートが翻った瞬間、白い太ももが見える。ワシも昔はそんな情景にドギマギしたもんじゃ。議論が煮詰まった暁にはその現象に名前をつけようで」「いえ、オールド・オスマン」モットがオスマンの言葉を遮った。「私は東方からやってくる商人に、その現象名を聞いたことがあります。確か、エルフの言葉で……」モットは一拍置き、呟いた「チラリズム」