11-1 続・炎の食材神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の鍋。左に握った大鍋と、右に掴んだ包丁で、選ばれし食材を捌ききる。神の右手はヴィンダールヴ。心優しき神の斧。あらゆる獣を操りて、選びし食材を屠るは地海空。神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の舌。あらゆる知識を溜め込みて、選びし食材に調味を呈す。そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。「ゲーッハッハハ!!」絶好調である。強力な炎の上で中華鍋が乱舞する。宙を舞う褐色のソースは弧を描き、再び鍋に収まっていく。「ホント厨房は地獄だぜぇぇっ!!」今日は週に一度の虚無の日。はじまりはこんなこと。「おぅ、どうした我らの剣」厨房に一人立ち尽くす才人の背中。「マルトー親方……!」振り向いたその顔には滂沱の涙。「料理がしたいです……」そのままがっくり膝をつく才人。意味は良く分からなかったが、マルトー親方は快く一つの竈、器具、少々のスペースを貸した。それが大体昼食直後のことである。才人はまず皮袋からタマネギを取り出した。さっと水洗いして皮を剥き剥き。そしてまな板の上に置く。「厨房は戦場、食材は敵兵。ならば、包丁は敵を打ち倒す武器!フライパンは攻撃もできるバックラー!!」ぴかーんと厨房を満たす神々しい光。ガンダールヴの無駄づかいにもほどがある。「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」七万の敵兵に突っ込むかのような、雄々しい咆哮を上げながら、彼は両手の包丁を振りかざした。それは嵐のような調理風景だった。まな板の上で煌く銀閃は豪雨、間断なく生み出される音は軒先を叩く雨音、あまりに素早いその包丁撃は厨房に風を巻き起こした。「あ、ダメだ。だけど涙が出ちゃう、だってオトコノコだもんっ……。いや、これは辛い、痛い痛い」だが、アルビオン兵七万人を止めた男もタマネギには勝てなかった。すぐにヘタレて動きが止まる。まな板の上ではみじん切りにされたタマネギがつやつやと輝いていた。それをフライパンにうつし、強火の竈にかける。「ゲーッハッハハ!!タマネギどもよ!我が力によって狐色になるがいい!!」フライパンを振るう必要もないのに振りまくっている英雄。先ほどの光景とは違って実にアレだった。こんがり色づいたことを確認し、フライパンの底を水につけた。「よーしっ、次だ」次に皮袋から出てきたのは、何かの葉でくるまれた牛肉と豚肉だった。「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」川の中州で歴戦の兵どもに挑むかのような、猛々しい雄たけびを上げながら、彼は両手の包丁をくるりと一回転させ、振り下ろした。それはダンスのような調理風景だった。二振りの刃がまな板の上を踊る、踊る、踊る。小刻みな包丁音はプロが踊るタップダンスを連想させた。最後に才人は包丁をくるくる回し、カカンッとまな板に打ち付けた。「ふぅははははははぁ!!」続いて卵を手にとり、小鉢へ流星の如く叩きつける!一切の殻を紛れさせることなく艶やかな中身が現れ、黄身と白身を選り分けた。ミンチになった肉、狐色のみじんタマネギ、卵の黄身、パン粉。これらを一つのボウルに入れ、袖をまくり、手を突っ込む!――俺が作ろうとしているのはなんだ?ハンバーグだ。でもそれだけじゃない。左腕でボウルを抱え、一心不乱に肉をこねる。――最終目標を想像しろ。俺が作るのはなんだ?ルーンが仄かに輝きはじめた。――これはなんだ。ハンバーガーだ。ハンバーガーとはなんだ。日本どころかを世界を制圧するファーストフードだ。ならば、これはただの料理なんかじゃない。俺が作るのは、胃袋に対する武器だ。天下無双の攻撃力をもつ武器なんだ!!再び厨房を満たすルーンの光。始祖ブリミルも草葉の影で泣いているに違いない。竜巻のように荒々しく、しかし乙女のむ、いや肌に触れるように優しく、彼は肉を蹂躙した。「親方、空いてる竈もいっこ借ります」「お、ぉういいとも」肉を円形に整え、熱したフライパンに優しく並べる。我が子の旅立ちを見守るような眼差しで蓋をし、地球製リュックサックから底の丸い、中華鍋のような鉄鍋を取り出した。そして舞台は冒頭へ戻る。「ゲーッハッハハッ!!」醤油、砂糖、武雄印の日本酒モドキを混ぜ合わせた液体が飛び立ち、鉄鍋と言う名の巣へ帰る。勿論、ソースを作る際に虚空を踊らせる必要は一切ない。才人に言わせるならば、様式美だ。「親方!マヨネーズとレタス、ありましたよね!?」「あるにはあるが……」こりゃ一体なんだ、とは口に出せなかった。目がギラついている。三日間何も食べていない人間のようだ。マルトーは素直にその二つを差し出した。そうしている内にも才人はフライパンのハンバーグをひっくり返し、皮袋からバンズを取り出す。そして右手に構えたナイフを一閃。見事な技術だがやっぱり無駄だった。やがて肉は焼き上がり、ソースが完成した。ハンバーグをたっぷりとソースに絡める。皿の上にバンズ、レタス、 ハンバーグ、マヨネーズ少々、レタス、バンズを重ねる。崩さないように両手で持ち上げる。「ゆ、夢にまで見た照り焼きばぁがぁ……」すべての食材に感謝の意を示し。「いただきます」かぶりついた。――美味しい。美味しい美味しい美味しい!だけどなんでだ。なんで涙が止まらないんだろう。厨房の面々はさっきからドン引きしてたが、マルトーが代表して話しかけた。「どうした……我らの剣」「メインディッシュ、決定だ」今なら十連くぎゅパンチも打てる。彼は、答えを得た英霊のような、満ち足りた笑顔で呟いた。11-2 メタ・ナイツ「サイト、サイトじゃないか!」「んぁ、ギーシュか」あの後、武雄レシピをマルトーへ託し、一品だけ料理を依頼して才人は青空の下に出てきていた。そこに駆け寄ってくる水精霊四天王。この暑い中、しかも貴重な休日、額に汗をにじませながらナニかをしていたようだ。「いや、久しぶりだな副隊長。なんというか、はじめて会ったような気がしないでもない」「そりゃどういう意味だよレイナール」「はっはっは、三日前にも会った、いや、会ったっけ?言われてみれば僕もはじめて会った気がする」「いやいやいや、おかしいだろお前ら!」「実は俺も……はじめて会ったような」「僕も僕も」これは新手のイジメだろうか、と才人は嘆息した。「いーよもう、折角訓練前に旨いモン食わせてやろうと思ったのに」「サイト、僕たち親友だよな?」「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」「君が泣くまで近寄るのをやめない」「ココロの中ではもう泣いてるよ!」「まぁまぁ、ここは僕に免じてお互いおさめたまえよ。というか見てるだけで暑くなってくるから離れてくれよ」後で十連くぎゅパンチをお見舞いすることを決意する才人。渋々マリコルヌは距離をとり「あとで絶対食べさせてくれよな」と念を押した。「にしても、こんなくっそ暑いのにナニやってんだ?」「いや、ナニ。昨日ヴェストリの広場を散らかしてしまってね、その片づけさ。まぁ僕のワルキューレのおかげで一瞬で終わったがね」「ギーシュ、最初制御に失敗して余計散らかしたじゃないか」「サイトがいない夜も楽しかったぜぇ?コルベール師匠も大興奮だった」「コルベール師匠が興奮するのは珍しくないけど、確かに心躍ったね」途端、顔を見合わせてニヤニヤしだす四天王。「なんだよもったいぶらずに教えてくれよ」「本当に、教えて欲しいのかい?」「そりゃ勿論」「「「「だが断る!」」」」キレイに唱和されて逆にいらっときた。そして、ギムリやレイナールの言葉に街での出来事を思い出す。――こいつらは戦友だ。俺も信じたい、信じたいんだ。でも、でも……怖いんだ。灰色卿の陰謀は、才人の心を着実に削っていた。尻方面をかばい、才人は思わず後退してしまう。そんな彼を若干不審気な目で見ながら、ギーシュは薔薇をふりふり説明した。「なにせこの暑さだ。他の隊員のやる気は落ちている。士気を保つのも隊長の仕事、ということで色々画策しているのさ」「ま、訓練に来ない副隊長にはナイショだナイショ」薔薇を振って、ああ、僕って素晴らしい隊長だ、と自己陶酔するギーシュの横でニヤニヤする三人。こいつらニヤけっぱなしで気持ち悪い、と思いながら才人は弁解する。「いや、そりゃあ副隊長なのに訓練行かないのは悪かったけどさ。ちょっと色々あったんだよ。というか現在進行形で巻き込まれてる。ちゃんと証拠もあるぞ」ほら、と二枚の権限付与書を才人はリュックサックから取り出した。「何々、緊急時にこの者へ副隊長権限を与える?って、これ銃士隊だけじゃなくてマンティコア隊もあるじゃないか!!」「マジかよ!?」「ナニに巻き込まれてるんだよ副隊長!」「女性だらけの銃士隊の副隊長権限だって!?けしからん僕によこせ!!」マリコルヌは一人ずれたところに怒っていた。さらっと手渡された書類がそんなすごいものとは思っていなかった才人は、そのリアクションにむしろ驚いた。「え、コレそんなすごいもんなの?だって、俺も一応近衛隊の副隊長じゃん」「バカか君は!確かに水精霊騎士隊は名前こそ伝説になったものだが、現状では学生の寄せ集めだ!銃士隊は女王陛下が最も信頼なさっている部隊だし、マンティコア隊は言うまでもない!!」激昂したレイナールに続いてギムリが語りだす。「グリフォン、マンティコア、ヒポグリフと魔法衛士隊は三つあるが、一番強力なのがマンティコア隊だ。先代隊長の『烈風カリン』が鍛えた部隊は負け知らず。当代隊長のド・ゼッサール殿だってトリスタニア最強の騎士と言われているぜ」「つまり、君は王都最強と女王お抱えの騎士隊、両方の副隊長権限を一ヶ月とは言え与えられたわけだ」ギムリを引き継いでギーシュが締める。なんだかすごいなぁ、と才人はあまりよく理解していなかった。――ド・ゼッサール隊長なんてすごい気軽に渡してくれたのに、すごいモンなんだなコレ。てかあのヒゲ野郎も……。才人はワルドのことを思い出して渋い顔をした。そもそもグリフォン隊はタルブ村の攻防で壊滅的打撃を受け、ヒポグリフ隊はアンリエッタ誘拐事件で全滅している。つまり、才人は今王都で実質動かせる二部隊の副隊長権限を持っていた。その気になれば色々やりたい放題だが、地位欲に乏しい彼は軽く流した。「ま、すごいってことだけはわかった。でも多分、銃士隊はちょこっと借りるけど、マンティコア隊なんてお世話になることないぜ」「うぅむ、なにか上手いこと水精霊騎士隊の権威付けに使えないかな」レイナールは悩んでいたが他の四人はむしろ関わりたくなかった。王都最強騎士隊の手を借りるなんて恐れ多すぎて足が震えてしまう。「そんなことよりも、後でちゃんとナニ企んでるか教えろよな」四天王は顔を見合わせた。「「「「ひ・み・つ!」」」」才人の顔は凄いコトになった。※エキストラエピソードです。 某on the radioを聞いていないと一切着いてこれません。11-ex 十連くぎゅパンチ「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」「君が泣くまで近寄るのをやめない」「えぇいうっとうしい!これでも喰らえ! 十連くぎゅパンチ!!」『バカ!』「がっ」『キモッ!』「ぐっ」『うっぜーなぁ!』「げほっ」『なめんなよ~?』「ぐぁっ」『わかるわけないじゃん!』「つぅっ」『バカじゃねぇのかよぉ!』「ぇあこんっ」『告白とかされてみたい!』「がぼっ」『きゅんっ!』「キューン」『死んじゃえばいいよ!』「ぐぶぁあっ」『好きな人にしか言わないよ?』「がぐはぁっ!!!」マリコルヌはたっぷり十メイルほど空を翔け、地面にたたきつけられた。 パンチを放った才人もこれには驚き、慌ててマリコルヌに駆け寄った。「マリコルヌ!大丈夫かよおい!!」彼は幸せな笑みを浮かべていた。口元からは血が溢れ、顔は青あざだらけ、身体中無傷なところはなかった。それでも彼は満ち足りた笑顔で友に言った。「い、いん、だ……しあ、わせ、だから」「マリコルヌ!」「レイナール、傷はどうだ!?」ギムリの言葉にレイナールは静かに首を振った。もう間に合わない。「さい、ごにっ……一つ、だけ」「なんだ、言ってみろマリコルヌ」才人は太っちょな少年の手を握り締める。「ラジオ……再、開、おめ……で、とう」「マリコルヌゥゥゥゥゥ!!!!」一つの命が星に還った。風上の二つ名は以降水精霊騎士隊で語り継がれ、伝説になったという。