10-1 ファントム・ルイズ果たして、ドアを開けたのはルイズだった。「ミス・ヴァリエール、何か問題でも?」彼女はずいっと右手を突き出した。瓶の中は琥珀色の液体で満たされている。「ろむわよぉ」アニエスは額に手を当てた。――さて、『ろむわよぉ』と来たわけか。まずこの意味を理解する必要があるな。単語ごとに分解すると『ろむ』『わ』『よぉ』になるか。『ろむ』とはなんだ?ああ! 昔聞いたことがある。会議などに出席はしているが一切発言をしない人のことをそう呼んだ、と聞く。(Read Only Member)では、『わ』は?これは『は』ではなかろうか。最後の『よぉ』が難しい。よぉ、よぉ、よぉ。通常呼びかけに使われる言葉だが……。いや、ここは捻らず普通に解釈しよう。つまりミス・ヴァリエールはこう言いたいわけだ。『ROMはよぉ』つまり、ROMを行っている人に何か伝えるべきことがある、ということだな。うんうん、とアニエスは自分の考察に満足した。腕を組んで次の言葉を待つ。「ろむわよっれいっれんのよ!」アニエスは再度額に手を当てた。――前半はいい、先ほどと同じだ。つまり先ほどの言葉を補足しつつも新たに伝えたいことを発言した、ということか。『っれいっれんのよ』か。小さい『っ』は雑音だな、ミス・ヴァリエールにはたまにどもると聞いている。ということは『れいれんのよ』。これもまた分解してみようか、『れい』『れん』『のよ』『のよ』は語尾だな、間違いない。『れい』もおそらく『零』か、ミス・ゼロらしいというかなんというか。では『れん』はなんだ……。これは難問だ。れん、れん、れん……。わからん、さっぱりだ。『れん』の意味は、ああ!噛んだのか!!確かにミス・ヴァリエール主従は噛みやすい、という噂が一時立っていた。噛み様、噛み噛み王との異名をサイトも持っていたはずだ。何を噛めば『れん』になるのか、多分『てん』だな。となると『点』か。『零点のよ』うむ、のよ、というのはおかしいな。だからきっとこう言いたかったに違いない『ROMは零点なのよ!』きちんと意味が通るではないか。つまり、簡単でもいいから感想が欲しい、ということが言いたかったわけだな、彼女は。アニエス隊長は良い顔で額の汗を拭った。「わかった、確かに伝えておこう」「らから、ろむわよっれいっれんのよ!!」またか、三度手をやる。――『らから』まっとうにとれば、『ら、から』だ。つまり『ら、より』と同義語になる。『ら、からROMは零点なのよ!!』うむ、意味不明だ。『ら』に焦点を当ててみるか。『ら』つまり『RA』ないし『LA』なにか省略した、ということか?私に若者言葉の解読を求めないで欲しいんだが……。RARARA、う~ん。お、そういえば。『RA』には無作為に接続する、という意味があったはずだ。(Random Access)『RA、からROMは零点なのよ』ふむ。彼女が言いたいのは「SSを手当たり次第に読み漁っている暇があれば、お気に入りの作者さんのために感想書いてあげなさい、じゃないと零点なんだから!」ということか!!アニエスは異文化コミュニケーションに成功したことに手ごたえを感じていた。――私も召喚ネク、Thornsmancerの端くれだ、某SSの感想を今度書こう。分かる人にしか分からない、憎恐破三兄弟をボコるゲームをアニエスさんは想像する。「なるほど、確かに感想はやる気につながぼぉっ!!」「きぃぃぃいいい!!!」ルイズさんは酒瓶をぶち込んだ。なんというか、メタメタだった。10-2 苦労人の攻撃ルイズを探してシエスタがアニエスの部屋を訪れた。ドアから覗いて仰天した。――ミス・ヴァリエールが正座してる!!背中しか見えないが特徴的なピンク・ブロンドですぐにわかる。そのまん前にアニエスさんが椅子にどっかりと腰をおろしてナニかをラッパ飲みしていた。「メイド、貴様も入れ」「は、はい」目が据わっていた。シエスタは基本従順な子なので大人しく部屋に入り、威圧感に負けてルイズの隣に正座した。アニエスさんが語りはじめた。「何なんだ貴様らはよぉ。口を開けばサイトサイトサイトって。銃士隊なめてんのか、あァ!?」本職顔負け、というか本職だった。「だぁいたいそのサイトはどこいってんだこらぁー!!!ぁんであたいが来たとき見計らったみたいにトリスタニアいってんだぁ!!」アニエスさんは初弟子の才人を非常にかわいがっている、力士的な意味で。「ァアンリエッタもアンリエッタだ。な~に~が~気遣っていただぁ!!気違いの間違いだろうが!!!」不敬ってレベルじゃない。今のアニエスさんはさくっと斬首されても文句をいえなかった。ルイズはぷるぷる怯えている。シエスタもがたがた震えている。「あの女は男のために国政疎かにするタイプだ、間違いねぇ!!てかサイトのために国傾けるに決まってんだろぉがよぉおおおおお!!!!」ぐいっと瓶を傾ける。シエスタのメイドアイが、アルビオンモノの非加水ウィスキーであることを見出した。――アレってすごく強力なお酒だったはず……。「おい、メイド」「は、はいっ!?」「貴様もやれ」10-3 メイドの復讐タバサは珍しい客を迎えていた。「ミス・タバサ、ちょっとよろしいでしょうか」黙って部屋に迎え入れた。頬を染めて目がトロンとしたシエスタには妙な色気がある。「あなた、調子乗ってませんか?」タバサは早速後悔した。「ちょっとちっちゃくて可愛いからってなんですか。なんなんですか。温厚なわたしだって怒りたくなります。てか横から入ってきてるんじゃねぇこの泥棒猫がぁ!!」シエスタは噴火した。顔も怒りで真っ赤に燃える。「サイトさんが高貴な血筋に弱いからって!なぁにが『わたしの騎士様』ですか。ずっと前からサイトさんは『我らの剣』なんです!!むしろ『わたしの剣』です!」そしてわたしは肉の鞘です、とシエスタは真顔で最低なことを言った。「だいたいあなたの体型、ミス・ヴァリエールとかぶってるんですよ。怒った? 怒りました??でも言います。あなたみたいなちんちくりん、もう必要ありません!!」タバサはここでシエスタの左手に酒瓶が握られていることに気づいた。「ちょっと妹的立場を利用してサイトさんに甘えちゃって。昨夜のアレもなんですか、マーキングですか、発情期の猫ですか。やっぱり泥棒猫じゃないですか!!ああやらしい!」シエスタはいよいよ有頂天だ。「あなたたくさん本を読んでますよね。きっと恋愛小説もたくさん読んでるんでしょ?恋の駆け引きとか略奪愛のススメとか読んでるんでしょ??それともアレですか。バタフライ伯爵夫人も真っ青なぬちょぬちょぐちゃぐちゃなヤツですか!まぁやっぱりいやらしい!!今度貸してください!」タバサは酒瓶を奪おうと手を伸ばす。しかしシエスタはそれをかわす。「どんなことが書いてあるんですか。あとで借りますけど教えて下さい。さぁ、早く、今すぐ語ってください。あなたの欲望を解き放ってください」タバサは「ダメだコイツ、早く何とかしないと……」と思いながらレビテーションを唱えた。宙を舞う酒瓶を左手でキャッチする。「そぉい!!」シエスタが、よせばいいのに飲み口をタバサの口内へダンクシュートした。10-4 新たなる犠牲「あら、珍しいわねタバサ」キュルケはちょこんと青いナイトキャップをかぶったタバサを見て驚いた。彼女は幽霊やらお化けやらが怖いので夜間に火の塔内部を移動するのは珍しい。「いれて」タバサは珍しくキュルケをぐいぐい部屋の中に押し込んだ。さらにぐいぐい押し続け、キュルケをベッドに押し倒した。――え、この子どうしちゃったの?サイトを好きになったんじゃなかったの??タバサはマウントポジションをとった。頬が染まっている。目も垂れ下がっている。キュルケは百合百合しい気配を感じた。「あのね、タバサ。あなたの気持ちは嬉しいけどッ!?」「ん」タバサは酒瓶を突っ込んだ。「飲んで」「飲んで」「飲んで」「飲んで」「飲んで」10-5 微熱の逆襲ルイズはようやく部屋に戻ってきた。――なんで私あんな目にあったのかしら。気がつけばアニエスの部屋で正座していた。しかも部屋の主は椅子に座ったまま寝ていた。体内の毒を吐ききったかのように、穏やかな顔で眠っていた。何故か痛む頭を抱えながら自室へ帰ったのは、もう日付が変わる頃だった。――早く寝ましょ、明日に響くわ。うつぶせにベッドへ倒れ込んだ。ごろんと仰向けに転がる。――ベッド、広いな。横に転がる。外から水精霊四天王の声がする。――あいつらまだ騒いでるんだ。サイトもいないって言うのに……。ため息を一つ。窓の外が不自然に明るい。きっと何か燃やして遊んでいるのだろう。「サイト……」彼は功績を上げすぎた。それがルイズの不安を煽る。彼に思いを寄せているのはシエスタ、タバサ、ティファニア、たぶんジェシカ、そして、おそらくアンリエッタも。「バカ……」枕を抱きしめる。――確かに今日はもう帰ってくるな、って言ったわよ。それでも誠心誠意謝れば許さないでもなかったわ。なのにサイトったら……。寝返りを打つ。――やめよう。高圧的に出るのはよくないわ。もっと、心の底から素直にならなきゃ。誰かにとられちゃう、という言葉が部屋の空気に溶けた。そのときドアをノックする音が鳴り響く。――サイトだわ、やっぱり帰ってきてくれたんだ!!ルイズは跳ね起き、ドアを開けた。「るいずぅ、水をちょぉだぃ……」サイトじゃなかった。ルイズは静かにドアを閉めた。強く叩かれる扉。「なに、私、もう寝るの。おやすみ」「その前にお水……ぅうっ!」『くらえッ! ルイズッ!半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!』10-6 才人の帰還明け方、シルフィードに乗って才人は魔法学院に戻ってきた。「……なんだこれ」ヴェストリの広場に点在する燃えカス。「……なんだこれ」ドア開きっぱの上、椅子に座りながら眠るアニエス。しかも顔がニヤけている。「……なんだこれ」キュルケの部屋もドアが開いている。何故かベッドにはタバサが倒れていた。「……なんだこれ」ルイズの部屋の前にはナニカが散乱していた。それを避けて部屋に入ればルイズとキュルケが一緒に寝ている。「一日で何があったんだよ……」明確な答えをもっている者は誰一人いない。