9-1 スーパーサイト人才人はグレた。「へぇ、あんまり、っていうか……。ないわね、これはない」「あぁ、これはないな」女性陣からのダメ出しに才人は泣きそうだった。すっげー!と思って水に濡らした髪を逆立てて遊んでいたハイテンションも、今は地平すれすれを飛んでいる。「クリリンのことかー!!」とニヤけながら叫んでいた姿は見る影もない。「サイトって、黒髪以外ありえないのね」「なんというか、貧相さがより際立つな」フルボッコだった。るーるーるーと静かに涙した。彼は今、金髪である。「ま、いいわ。これで街に出てもダイジョウブでしょ」「またあんな騒ぎは起こしてくれるなよ」とにかく才人は目立つ。特に黒髪が目立つ。トリスタニアで黒髪を見れば、タルブ村出身だな、と分かるくらいに希少な髪色だ。さらに不可思議な服装、とくれば個人特定は余裕である。ジェシカは一計を案じ、才人のイメチェンに成功した。二人で通りを歩いても注目される気配はない。「にしても、コレどうなってんだ?」「さぁ? 水メイジの知り合いにでも聞いてみたら」ハルケギニアでは派手派手しい髪色の人が多い。そんな人たちが互いに見て「コイツの髪、良い色だ」とか「俺もこんな色合いだったらなぁ」と思ったのが魔法染料のはじまりだとか。今ではかなりの数が作られており、才人が使ったのは30分お試し瓶だ。安価な代わりに効果もすぐ終わる。これで髪色の具合を見て効果の長いモノを買うのだ。――なんつーか、髪の色でファッションっていうのは日本と同じなんだな。やべ、なんか涙出てきそう。母親にメールを送ってから、才人は日本を懐かしむことが多くなった。ふとした拍子にこみ上げて来る郷愁に、視界がうっすらと滲む。ジェシカはそんな才人を少し心配気な顔で見ていた。――いきなり涙ぐんでどうしたんだろ。よっぽどダメ出しが効いたのかしら?才人を慰めるために、えいっとジェシカは彼の左腕に抱きついた。――や、柔らかい!!昨夜タバサに転びかけた彼は、改めて巨乳の偉大さを知った。さっきまでは寂しさで苦しかったのに、今ではなんともない。むしろ元気ハツラツゥ!!と叫びたいほどだ。「よっ、ジェシカ!そんな冴えない男より俺にしとけよ!!」「おあいにく様、私は良いトコ知ってんのよ!」ジェシカはハゲ頭の店主のからかいも軽くあしらっている。それでも少しは恥ずかしかったのか、抱きついていた力が弱まった。そのタイミングで才人は現実に回帰した。――ルイズは可愛い。でもやっぱりおっぱいは偉大だ。これは早急に対処しないといけない問題だ……。回帰しきれていなかった。巨乳と可愛さがあわさって最強に見えるルイズを想像しかけて、才人ははっとした。――違う!早急に対処しないといけない問題は『ジェシカ事件』だ!!一気に体温が下がる。ふらふらしていた今朝と違って周りが良く見えるようになった。やはり怪しい人影は見えない。腕に抱きついているジェシカも不安げな感じはしない。むしろ少し楽しそうだ。だが顔の右半分はシリアスで左半分はでれっとしている才人は非常に怪しかった。才人は周りを気にしていないアピールとして、歌を口ずさみ始めた。「マリーって誰よ?」「さぁ……巴里に住んでる金持ちの子、かな?」「自分で歌っといてなんで疑問系なのよ」「そういう歌なんだから仕方ないじゃん」「それにあんた町外れじゃなくて魔法学院に住んでるし、絵描きじゃないし」ジェシカのお気には召さなかったようだ。歌には自信あるんだけどなー、と一人ぼやく。この時代の歌は、麦踏歌や英雄譚が主なので、某イタリアの狂想曲なメタルバンドの歌は受けるだろう。――妖精亭に戻ったらスカロン店長に報告しよう。と、ここで才人はかいだことのある匂いに気づく。露店が立ち並び、様々なスパイス、香水の匂いでいっぱいだった。しかし、彼がこの匂いを嗅ぎ間違えるはずもなかった。あー匂いにも幻ってあるのか、幻臭とか、と考え、ようやく振り向く。その露店では蝋布で密封された壺詰が大量に並んでいる。何人か客が並んでいて、栗色の髪の店主がそのうち一つの壺の中身を小皿に移し、客に味見を勧めていた。「ジェシカ、あの露店見ていいかな」「え、いいけど、どしたの??」許可を求める、というよりも確認だった。ふらふらと露店に近寄る。「これなるは私の故郷、ロマリアの味、ガルム!素晴らしい調味料だ、是非味見をしていってくれ!!」才人も指を伸ばし、黒々とした液体を指先につける。舌で味わえば、懐かしさに再び涙が零れ落ちた。「しょうゆだ……」周りの客も店主もドン引きだった。調味料を舐めたらいきなり泣き出した金髪の男。店主は慌ててガルムの味を確かめ、腐っていないか確認する。ジェシカは潤んだ瞳の才人を見てちょっとだけドキッとした。「大丈夫……?」「うん、ダイジョウブおっちゃん、そこの壺全部しょ、ガルムってヤツ?」「ああ、そうだが……」「どのくらいで腐るかな?」「保存の仕方によるな。上手くやれば一年近く保つ。不安なら、解除の手間は増えるがメイジに依頼して固定化をかければ良いだろう」「これで、買えるだけ全部下さい!」皮袋から30枚ほどの金貨を無造作に差し出す。平民一人が暮らすのに一年120エキューなのでこれは大金だ。店主は慌てて、しかしゆっくりと金貨を数えて言った。「24エキューあるな。私が持ってきたガルム20壺の対価として、とてもではないが釣り合わない。5エキューで結構だ」昔は高級な香水より高かったらしいがな、と店主は笑う。これにはジェシカが驚いた。商人の基本は安く仕入れ、高く売る。さっきの才人の様子を見ればどれだけふっかけても買い占めるだろう。「あの、そんなんでいいの?あたしが言うのもなんだけど、もっとお金とれるのよ?」「私は、商売とは誠意である、と考えている。人を騙して得た金は往々にして失いやすいものだ。それにロマリアで買った分、輸送費、旅費など元は十分以上にとれている」それに私の本業は商人ではなく温泉技師だ、と店主は言った。才人は店主の人柄に感極まって、ジェシカの腕を振り解いて抱きついた。「おっちゃんありがとーー!!」「ははは、何をする。いや、やめてくれ、本心からやめてくれ」違う、私は違うんだ、と店主はホント嫌そうな顔をしていた。何か嫌な思い出があるのか、冷や汗を流しながら腰が引けている。その様子にジェシカは、サイトってホントにそっちのケがあるのかしら、と衝撃を受けている。しばらくその一方的な抱擁は続き、詰め所を出てから30分がたっていた。「あ」「「「「え?」」」」9-2 もしトラ(もし虎街道の英雄が異常に広い交流関係をもっていたら)才人は物見高き貴腐人、タニアっ子、ガチっぽい人たちの追撃を、デルフ片手に縦横無尽に駆け抜け振り切った。ジェシカを背負っているのでココロの震えは3倍増しだ。デルフリンガーは、俺最近こんなのばっかだ、としょげている。「さ、さっすがアルビオンの英雄サマは違うわね。すっごく速かったわ」「ま、半分ズルみたいなもんだけどさ。あとその『英雄』ってやめてくれ」こっ恥ずかしくて顔が赤くなる、と才人。実際彼の顔は、二つの果実のおかげで紅くなっていた。一方ジェシカも昨夜に引続き才人の背中に抱きつき、首筋に顔をうずめていたせいで耳まで赤い。魅惑の妖精亭裏口を使って店内に滑り込む二人、ここでようやくジェシカは才人の背中から降りた。「ありがと、お疲れさま」「いえいえ、どーいたしまして」むしろ買い物の邪魔しちまったしなぁ、と言う才人にジェシカは笑いかける。「いいのよ、サイトって見るからにトリスタニア慣れしてないし。何事もなく買い物が終わるなんて思ってなかったわよ」「げっ、元々信用なかったのかよ」ちぇー、と口を尖らせて才人は厨房奥の事務室に向かう。彼の背中を見送った彼女はため息をついた。――ダメだわ、近づきすぎた。どんどん惹かれていってる気がする。少し距離をとらないと……。心の中で反省する。優しい彼女は従姉妹と男の取り合いなんてしたくなかった。――シエスタのほうが絶対良い子なんだから。あたしなんかがでしゃばってもいいことない。よし、と力を込めて、ジェシカは自室に引っ込み、一眠りすることにした。「スカロン店長、今大丈夫ですか?」一方才人はマジモードだった。帳簿をつけていたスカロンは顔を上げる。「何かあったのかしら?」おかしい、とスカロンは感じる。才人の表情が真剣すぎる。――ひょっとして、運良く、いえ運悪く酔っ払いにでも絡まれたのかしら。いつもよりかなり時間もかかってたみたいだし。スカロンはニヨニヨしながら話を聞くつもりだったが、度肝を抜かれてしまった。「やっぱりジェシカが狙われている可能性は高そうです」そして詰め所で得た情報を才人は説明した。トリスタニアは広い、商工会は存在するが、東西南北の区によって独立している。ブルドンネ街はちょうど西区に存在しており、失踪が起きた他の区の情報がまだ入っていなかった。「失踪は西区ではまだ起きてません。おそらく次狙われるのは西区、もっと言えばジェシカだと思います」「えぇ……トリスタニアでこんな事件がおきていたなんて」情報を制する酒場の商人らしからぬ失態だった。スカロンは急いで考えをまとめる。――これは、ちょっとやっちゃったかしらね。実際に事件が起きているとなると、あら?そうでもないかしら??元々才人の協力はとりつけてある。この機会によりジェシカと近づいてもらってそのままゴールインできるんじゃ、と楽天的に考えた。――話が大きくならなければ問題ないわね。一応サイト君に釘を刺しておかないと。しかし、最近の才人は電光石火の素早さで色々やらかしている。「店長、安心してください。銃士隊にも話は通してますし、衛士も二時間に一回はこの付近に来てくれるそうです。あ、それからたまたまゼッサール隊長にも会って、色々手を回してくれるみたいですよ」本来銃士隊は近衛であって、女王陛下の権限なく動かせない。だがゼロの使い魔こと、平賀才人は女王陛下の歓心を得ている。ミシェルはそのことを良く心得ていて、一筆したため鳩でアンリエッタに書簡を送り、緊急時に権限を彼に与えることが承諾された。ゼッサール・マンティコア隊隊長も、ワルド裏切り事件から才人のことを、元平民とバカにせず高く評価している。今回のきな臭い件も二つ返事で協力を約束し、非常時の命令権限を書にしたためてくれた。嬉しそうに二つの権利書をスカロンに見せる才人。ミ・マドモワゼルは意識を飛ばした。9-3 炎の食材才人はスカロンが倒れたのを見て「スカロン、あなた疲れてるのよ」となんとなく呟き、彼をベッドまで運んであげた。さて、親切な店主が妖精亭までガルムを運んできてくれた。才人は小躍りしながらそれを受け取り、厨房にこもった。まず彼は考えをまとめる。――醤油、待ちに待った醤油だ。日本のヤツとどう違うか、確認しないと。一つの壺を開封し、小皿にあける。――色はいい、ほとんど変わらない。においも、魚を原料にしてたってワリにふつうだ。じっくりと皿を睨みつけ、鼻を近づける。続いてゆっくりとスプーンでガルムをすくい、舐めた。――なんだろ、ちょっと違う。甘みがあるっていうのかな?日本の醤油とは違うものの、おおむね納得できる味だ、と才人は満足した。――コイツで何を作るか、それが問題だ。これだけは、これだけは俺がやらないと。マルトー親方やシエスタに投げたくない。ハルケギニア流日本料理第一号は独占したいし、せっかくだから完成品を賞味して欲しい。才人は決意を新たに再び皿を睨みつけた。――でも、俺は難しいことはできねぇ。しっかりと思い出さないと……。とりあえず自分ひとり味わうのもなんなので、デルフに味あわせることにした。裏口を出てデルフにとぽとぽとガルムをかける。嫌がらせ以外のなにものでもなかった。デルフは一言も発しなかった。――むぅ、デルフにはあわなかったか、この味。ロマリアの人はよく使ってるみたいだから、ハルケギニア人の味覚にあわない、ってことはないだろうけど……。才人はデルフをただの剣とは思っていなかった。相棒だと胸を張って言える。ただ相棒のねぎらい方は最悪だった。暑さと醤油が手に入ったテンションで、彼の頭は冷静に沸いていた。時間も忘れて考えにふける。彼が気づいた時にはすでに日が傾き始めていた。「やべ、今日も訓練サボっちまった」今頃みんな外周を走っていることだろう。そのとき、起きたジェシカが厨房にやってきた。「あら、サイト。厨房こもってなにやってんの」「いや、朝に買ったガルムでちょっと。故郷の料理を作ろうと思ってるけど、なかなか良いのが思いつかなくってさ」「へー、一口もらうね」ジェシカは才人が止める間もなくガルムを指にとり、舐めた。「んー、なんというか、独特な味よね。魚にも肉にもあいそうって言うか」「ワリと万能の調味料だから逆に悩んじゃうんだよ。あ、でもコレ使った料理第一号は俺が独り占めしたいんだ。ジェシカは手出ししないでくれ」「はいはい、じゃーパパを起こしてくるわ」ジェシカが去った厨房で、再び一人考え込む。――味噌とか、みりんとか、日本酒がない。純粋な和食を作るのは多分難しい、そんな腕前もないし。素材勝負なら刺身だけど、流石にガンダールヴでもそれは無理だろうな。「あらあら、サイト君。こんなところで何してるの。あら、それってガルムかしら?」ジェシカとスカロンが厨房にやってくる。スカロンは局所的記憶喪失にでもなったのか、ショックで気絶したとは思えないほど元気に見えた。「おじいちゃんが長年欲しがってたけど、昔は高くってついに買えなかったのよ。アレがあればヤッコもサカムッシュも、テリヤキもできるのに、って肩を落としてたわ」故武雄氏は豊富な料理の知識があったようだ。何かに気づいた才人は、スカロンの顔を食い入るように見つめた。「いま、テリヤキ、って言いましたよね」「え、えぇ……。お魚の切り身にガルムから作った調味料を塗って食べるんでしょ?おじいちゃんは『将来ガルムが手に入れば味わってくれ』って、色々レシピを残しているけど」才人の心が燃え上がった。