0-1 夏祭り空は群青色、双子の月と輝く星々、雲は見えない。月明かりよりもずっと眩しい王都、トリスタニア。街は歓喜に沸いていた。口々に英雄たちを讃え、酒杯をかわし、肉を食らう。民衆の一割近くが異国風の衣装を身に纏い、屋台で財布の紐を緩ませる。五分ほどのインターバルを置いて空には一輪、二輪、三輪と大輪の菊が咲く。夜空の花に照らされ、痺れるような音を浴びてまた市民は喝采をあげる。歓びに満ち満ちた都市の大通り、ブルドンネ街を水精霊騎士隊がいく。急ごしらえの屋根開き馬車、日本でいうところの神輿のような乗り物で、四人一組で乗って王宮へ進む。隊員は胸をはって、笑顔で手を振る。その先頭には笑顔麗しいトリステインの白百合、アンリエッタ・ド・トリステイン。そして新しきガリアの女王、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。豪奢な装飾を施した屋根開きの馬車をユニコーンにひかせ、二人は控えめに手を振る。一つ後ろの馬車にはシュヴァリエ・マントを身に着けた少年二人、その隣には少女が二人。水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモンと副隊長、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。そしてギーシュの隣にモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。才人の隣には……。「コルベール先生には悪いことしちゃったな……」「だいじょーぶよ、楽しそうに打ち上げ花火いじってたし」魅惑の妖精亭の店主、スカロンの一人娘、結い上げた黒髪に肩を大きく肌蹴た藍の浴衣姿のジェシカだった。才人は新撰組のだんだら羽織に馬乗り袴、鉢がねを締めている。髪の色も相まって二人以外を抜き取れば、ここは幕末の京都だ、と言われても信じてしまいそうな出で立ちだ。周りの隊員は魔法学院の制服を着ているが、モンモランシーは白いマーガレットが咲き乱れる山吹の浴衣を着崩している。「しかし、一週間でよくここまで街が変わったなぁ」「サイトが色々ひっかきまわしてたからね」「え、どっちかっつーとモット伯と商人のおっさんたちだと思うけど」「ほら、喋ってないでちゃんと沿道に手を振りなさい!」ギーシュが喋ればジェシカが茶化し、才人が首を傾げてモンモランシーが締める。そこに身分の差はなく、ただ友人がじゃれあっているだけだった。「じゃ、パフォーマンスといきますか隊長」「任せてくれたまえ副隊長、イル・アース・デル、錬金!」ギーシュが薔薇杖を振れば、馬車の後ろに載せていた百合の花束が青銅に変わる。それをジェシカとモンモランシーが手に取り、一本ずつ沿道に投げる。祭りで浮かれた人々はそんなモノにも飛びつき、押し合いへし合い奪い合った。「うーん、ちょっとだけ、カ・イ・カ・ン、だね!」「いや、貴族っぽいっつーか、趣味悪いぞギーシュ」「まぁまぁ、次は君の番だよ副隊長」「よーし、見てろよ。この日のために特訓した奥義を!」才人はこれまた積んでいた小さな丸太を取り出した。それを宙に放り投げ、背中のデルフリンガーを一息に抜き斬った。「ふっ!!」街の明かりにきらめく銀閃は目で追えないほど早く、幾度刃を連ねたかは誰にも見えない。気づけばデルフは鞘の中、才人の手のひらには木製のリンゴがあった。万雷の拍手を期待した才人だが、むしろブーイングの声が上がった。「えぇっ!? なんでさ!!」「いや、百合の後にリンゴって……サイトらしいっちゃらしいんだけどさ」「君にはトリスタニア市民のエレガントな感覚がわからないらしいな」「やるならもっとすごいのをやりなさいよ」うーむ、と才人は顎に手をあて、もう一度丸太を手に取った。「せいっ!」再び抜かれる伝説の魔剣、続いて現れたのは木製のカエルだった。「作品名、ロビン」「地味」「地味だね」「わたしが言うのもアレだけど地味だわ」ぐおーっと頭を抱えてうずくまる。その姿に酔っ払いどもは大喝さいだ。むしろ剣技よりも受けたかもしれない。「曲線を作るのは難しいんだぞぉ……」「はいはい、しょげないしょげない」ジェシカがぽんぽん肩を叩く。それがまた大爆笑を起こした。無粋な男からはヤジも飛んでくる。「嫁さん大事にしろよー!!」「ジェシカは嫁じゃねえっつの!」「……いや、ここに連れてきている以上文句言えないよ、きみ」「憤ッ!」「ぐはっ!」酔っ払いのからかいにジェシカは全力で青銅の百合を投擲する。花弁の部分がうまく頭にヒットし、男は転げてさらに笑う。みんながみんな上機嫌だった。「手伝う」「「へっ」」前方に目をやればこちらを見ているタバサさん。杖をしっかり握って詠唱まですませていた。「ウィンディ・アイシクル」「「ノォォオオオ!!!?」」――ガン!ガン!ガン!――三つの氷柱を才人は砕き落とした。氷のかけらを浴びた馬が迷惑そうにぶるる、と嘶く。それを見ていた民衆は今度こそ万雷の拍手を彼に贈った。「すげぇぞヒリガル・サイトーン!」「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様ぁぁあ!!」「アルビオンの英雄!」「虎街道の英雄!!」『我らの剣!!』照れくさくなった才人は軽くデルフを振り回して納剣した。花火の音がまた響く。才人の影に滑り込んだギーシュはようやく顔を出した。「にーちゃんしっかりしろよ!」「シュヴァリエ・マントは飾りか!!」「ぶ、ぶれいな!」「はいはい、祭りだから抑えなさい。大体みっともなかったのも事実じゃない」「ま、みんな普段はこんなこと言えないからね」同じく才人の背中に隠れていたモンモランシー、ジェシカも身を起こす。才人は袋に入れていた焼き鳥をかじり、蓋つきジョッキに入れていたエールをぐいっと呷る。そして馬車のふちに足をかけ、沿道に向かって叫ぶ。「お前らぁー! 花火は綺麗かぁー!」『おぅ!』「焼き鳥旨いかぁー!!」『おぅ!!』「エールは冷えてるかぁー!!!」『おぅ!!!』「浴衣の女の子はキレイかぁああ!!!!」『イェェーー!!!!』「俺の故郷を味わえぇぇえええええ!!!!!」『イェェェーーー!!!!!』右手に焼き鳥、左手にエール、完全な酔っ払いスタイルで才人は両腕を掲げた。若き英雄に人々は熱狂する。「水のレイナール!」「火のギムリ!」「風のマリコルヌ!」「「「我ら水精霊三本柱!!」」」「ちょ、四天王は!?」一つ後ろをいく馬車で、才人に負けじと隊員も声をあげる。ハブられたギーシュは抗議の声を挙げた。「……キミはヘタレだ!」やれやれ、と肩をすくめてレイナール。「ナルシスト野郎だ!」サムズアップしながらギムリ。「この青春薔薇野郎がぁぁああああ!!!」魂からの咆哮をあげるマリコルヌ。演劇のように入れ代わり立ち代わりギーシュのダメ・ポイントを指摘する。その様子に沿道からまた笑い声があがる。「というわけで水精霊四天王は解散だ!」「四天王の新規メンバーを募っているぜ!」「彼女持ちはダメ! 可愛い女の子なら無条件オッケー!!」少年たちの宣言に幼い子供が歓声を挙げる。そして黒髪の少女の足も飛ぶ。「このブタわたしがいるじゃねぇか!!」「ぐほっ!」綺麗なとび蹴りでマリコルヌは倒れ込んだ。ブリジッタはそのまま馬車上でゲシゲシ先輩を踏む。レイナールはくいっとメガネをあげる。「揃ったね」「揃ったな」「揃っちゃったね」「揃っちゃいました」「「「「というわけで今日から我ら、水精霊四天王・ドゥだ!!」」」」この寸劇にまたも人々はどっと笑う。追放宣言を受けたギーシュはしょんぼり肩を落とした。「というわけで再結成を記念して胴上げだ」「よし、がんばれよマリコルヌ」「え、ふつう一番軽い人がやらないの?」「わたしの体に触りたいだなんて……このセクハラブタ!!」「す、すミマセン!」ここでギムリが沿道の上空に炎の輪を作り出す。「さぁ、火の輪くぐりだぞ微笑みデブ」「キミならできるさ微笑みデブ」「いきますわよ微笑みブタ」三人はマリコルヌをつかみ、空へ放り投げる。「「「どっせい!!!」」」マリコルヌはそのまま火の輪をくぐり、沿道の群集に突っ込むかと思われた。「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ! フライ!!」寸前にフライを発動させ空高くマリコルヌは舞う。見た目とは裏腹の機敏さに、大衆は才人に対するのと同じくらい盛大な拍手を送った。「輝いてる、今ぼく輝いてるよブリジッタ!」「それはマリコルヌさまの脂です」「ほら、ティファニア。もっとにっこり笑って手を振らないといけないわよ」「ルイズ……その、青筋出てるわ」さらに一つ後ろの馬車。巫女姿のルイズとティファニアがたおやかに手を振る。タバサのフェイスチェンジでティファニアの耳対策はバッチリ、でもルイズの不機嫌対策はなかった。「もうっ、なに言ってるのよ。こ~んなにも笑顔じゃない」「なんだか声のトーンが下がってるわ」ルイズはひきつった笑顔をなんとか気合で維持している。その視線が極力前方へ向かないよう、首の筋肉に大きな負担を強いていた。「わたし、いろいろ相談して強くなったもの。サイトにも少しだけ、すこ~しだけ自由にさせてやらないとね!」「そ、そおなんだ……」巫女が乗る馬車なので二人で広いスペースを占有している。でもこんな特典欲しくなかった、とティファニアは心中さめざめと泣いた。「うふふ、由緒正しいヴァリエール家子女のこんな姿よ。見てみなさいティファニア、みんなありがたがって拝んでるわ」「……わたしも拝まれてる気がする」「そりゃ、ティファニアも巫女姿なんだから」男たちはルイズではなく、豊穣な実りを体現したティファニアを拝んでいた。ルイズはそれに気づかない。「ほぉら見てみなさい、みんな這いつくばってるわ!まるで人がゴミのようだわ!!」「ルイズ……」ティファニアはほろりと涙をこぼした。今宵は祭り、民の顔には笑みが絶えない。ただ一人ひきつった笑いしか出ないルイズはここ最近のことを思い出しはじめた。