――また私は夢を見る。
――最強の魔女に対峙するあの子。
――永い眠りについた先輩と、その傍らで涙を流す黒髪の少女に背を向ける。
――……じゃあ、行ってくるね――
――自分にしか止められないから。
――必死にあの子を止めようと訴える黒髪の少女。
――たとえ、死んでしまうとわかっていても、戦わないといけないとあの子は大切な友達に背を向ける。
――さようなら――
翌日、私達はまどかを霊体化して私達の護衛に、そして、緊急時のためにセイバーは校外で待機させて学校に向かう間、今朝見た曖昧で断片的な夢を思い出していた。
またまどかの記憶なんでしょうけど……人の最期の瞬間なんか夢に見てしまうとはなんかいやな感じがする。
と、考えていて……学校を見た瞬間、それまでの思考を切り捨てて私は頭を抱えた。
なぜなら、昨日は気づかなかったけど、いつの間にか校内に結界が張られていたのだ。
以前、学校は安全とか言っていたけど、あれ、撤回するわ。
「凛さん、これ、結界張られてませんか?」
言わないでまどか。
サーヴァントの言葉に涙が出そうになる。だが、
「ん? 遠坂どうした?」
なんて、のほほんと衛宮くんが尋ねてきた瞬間、本気でぶん殴ってやりたくなった。
こいつ、本当に魔術師?
「……学校に結界が張られてるのよ」
投げやり気味に答える。
「がっ?!」
叫びかけた衛宮くんの口を塞ぐ。このバカ、敵に気づかれたらどうするつもりよ!
「後で、詳しく話すわ」
それだけ言って、私は衛宮くんを連れて怪しまれる前に校舎に入った。
そして、昼休み。衛宮くんを連れて屋上に出て、お昼を食べながらわかったことを説明する。
「まあ、詳細に調べるのは放課後だけど、おそらくろくでもない代物よ。発動すれば中にいる人間の命はないと思うわ」
「なっ、は、早くなんとかしないと!」
目の色を変えてガタッと衛宮くんが腰をあげる。
今すぐにでもセイバーを呼びそうな雰囲気だった。
はあ、沙条さんもさっさと解決してくれと言いたげにこっちを見てたし、私だって早く解決したい気持ちはわかるけどね。
「落ち着きなさい衛宮くん。まだ、結界の正体はわからないし、今私達が騒いで敵のマスターに気づかれたら、逃げられるか、もしかしたら襲撃してくるかもしれないわよ?」
後者の方は神秘の秘匿を常とする魔術師なら可能性は低いが、あり得ないことではない。それに、なんか隠し方が素人くさいしこの結界。ちゃんとそのルールを守る気があるのかも怪しい。
私の言葉を理解したのか、渋々衛宮くんは腰をおろす。ん、よろしい。
「行動は生徒がいなくなった放課後。それなら何かあっても被害は小さくなるわ」
例の事件のおかげで部活もほとんど活動を自粛してるし、あまり生徒はいないはず。
それでも、ゼロにはならないかもしれないが、不安を煽るようなことは言わない方がいいだろう。
「わかった」
不承不承に衛宮くんは頷いた。
そして、放課後。私達は結界の調査に乗り出したんだけど、
「ダメだ、これは私の手に負えない」
校舎内の各所にあった基点を調べた結論だった。
「遠坂にも無理なのか?」
見ていただけの衛宮くんが問いかけてくる。
本当にこういった魔術的なことには役立たずだった。
「ええ、基点にあった魔力は打ち消せても、張った本人が魔力を流せば再生するわ」
そうか、と残念そうに肩を落とす衛宮くん。
そこから、さらにわかったことを説明する。
この結界は内側の人間の体を溶解させ、その魂を得る魂食いの結界であること。
魂なんて言うものの使い道は非常に限られていて、聖杯戦争の期間だから思いつくのは、霊体であるサーヴァントを強化するために無差別に魂を手に入れるためのものと思われることを説明した。
「なんで、こんな無関係の人を……」
説明を聞き終わるとまどかは悲しそうに顔を伏せてぽつりとつぶやく。衛宮くんも「くそ」っと毒づく。
「とりあえず、基点を見つけて私が無効化すれば、少しは発動を遅らせられると思う。それまでに結界を張った張本人をどうにかすればなんとかなるはずよ」
しかし、これを張ったのは何者だろう? 魔法なみに高度な術式、使用されている文字は見たこともなく、いかなる方法で描いたのかわからない。
この術式を破壊するのは困難この上極まりない。例えて言えば、中身のわからない時限爆弾をありあわせの道具だけで解除するようなものだ。
これだけの術式なのだからキャスターかもしれないが、まだ断定できない。
「衛宮くん、学校の外にいるセイバーを呼んできて。もしかしたら、基点を打ち消したら、気づいて敵が現れるかもしれないわ」
罠を警戒して現れないかもしれないが、これだけ大がかりなら準備一つとっても大変な労力。無視もできないだろう。
それにしても、一流の術者なら発動されるまで隠すのが定石というものなのに、結界の隠し方が粗雑ね。これだけの高度な術に対し、どこかアンバランス。
いったいどういうことなのかしらね。もしかしたら、これ自体が罠とか?
まあ、だからといってこちらだって無視することもできない。私のテリトリーで好き放題できると思わせるわけにいかないわ。
「わかった。ちょっと行ってくる」
と、答えて衛宮くんが校外に待機しているセイバーを呼びにいく。
こういう時って霊体になれないのは不便ね。
そして、しばらく待ったがなかなか衛宮くんは戻ってこない。
「どうしたのかしら?」
私は首を捻って、同時に感じた。
「凛さん!」
まどかの呼び掛けに頷く。この魔力、サーヴァント!
セイバーとあと一人別にいる!
「いくわよまどか!」
「はい!」
すでに魔法少女に変身した状態でまどかは現れる。
そして、私達はすぐに校舎から飛び出した。
学校のそばの雑木林でセイバーがそのサーヴァントと戦っていた。
長い髪の長身の女。それを見た瞬間まどかが矢をつがえ、射る。
咄嗟にそのサーヴァントは矢を回避する。く、惜しい!
「遠坂! 鹿目!」
私達は衛宮くんたちに並んで、敵のサーヴァントと対峙する。おそらく、こいつが結界を用意したのね。
しかし、なんのクラス?
今の身のこなしといい、遠目からセイバーと戦っていた姿からはとてもじゃないが、キャスターには思えない。そして、暗殺を得意としてるような感じではない。
となると、ライダーか。でも、こんな大規模な結界を用意できるとは……
「二対一ですか。仕方ありません。ここは引かせていただきます」
そう言って身を翻し逃げに走る敵のサーヴァント。は、早い!
「待て!」
「待ってください!」
衛宮くんとまどかの制止も空しく、サーヴァントは闇に消えた。
そして、ライダーが去った後、すぐに情報交換を開始した。
「なんで、あんたたちはここに来たの?」
それが不思議だった。ここには先のサーヴァントの結界の重要な基点となるところだった。
まあ、例え見つけたからと言って、ここもまた術式を壊すのは私には無理だが。
「いや、なんか甘い匂いというか、なんか感じて来たらライダーに襲われたんだ」
ふーん? 私は特になにも感じないが、ここを見つけたというなら、そうなのだろう。
しかし、彼は何者だろう? 強化くらいしかできず、私すら気づけないへっぽこ魔術師だと思ったら、偶然とはいえセイバーを召喚し、今度はライダーの結界の基点を見つけ出した。
なにかあるのかも。
「って、あいつライダーなんだ」
スルーしかけたけど、重要なところね。
「ああ。自分でライダーだって名乗った」
そうか、ライダーがこんな結界を用意したとは。少しクラスに対する認識を改める必要があるかもしれない。
残ったクラスはキャスターとアサシンだが、この二つもその名に囚われないものを持ってる可能性がある。警戒しなければ。
もしかしたら、前線が得意なキャスターやアサシンだっているかもしれない。想像できないけど。
「まあ、クラスがわかっただけでも儲けものと思いましょう。セイバー、次あったらあなた勝てると思う?」
私の問いにセイバーは頷く。
「ええ。能力においては、彼女よりも私の方が上です。普通に戦えば私が勝つでしょうが……宝具によってはわかりません」
まあ、そう答えるしかないわね。
英霊の強さは私たちの常識を超える能力とともに、その宝具にある。
最強の切り札にしてサーヴァントの象徴。伝説に語り継がれ、格上である幻想種すらも打倒せしめる兵器。
確かに宝具を使われたら一発逆転なんてこともあるわね。
「あー、あの宝具ってなんだ?」
……それすらわからないんだこいつ。
私は呆れながら衛宮くんに宝具とはなんたるか、そして、その危険性を説明した。
「なるほどな。宝具ってそんなに危険なのか」
うーんと衛宮くんが考え込む。
宝具の危険性、強力さと同時にその相手がどの伝承に現れる英雄かを晒す行為であるということを理解してはくれたみたいだ。
「でも、メデューサさんの宝具ってどんなのですかね?」
と、まどかが零して……ちょっと待て。あまりに自然でスルーするところだったわ。
「あんた、今なんて言った?」
え? と、まどかは首を捻ってから、慌てて口を塞いだ。だが、もう遅い。
「マドカ、あなたはライダーのことをメデューサといいましたか?」
「は、はい。確かにメデューサさんでした」
セイバーの言葉にまどかが答える。
「えっと、メデューサって、あれだよな。目を見たら石になるって」
と、衛宮くんがつぶやく。
うん、伝承にあるメデューサって名前なら、あのギリシャ神話に登場するゴルゴン3姉妹の末妹のことよね。
「なんでわかるのよ」
私の問いに、えっとと言いよどみ、
「その、会ったことがあるので」
会ったことがある?
私はちらっとどこかまどかを警戒しているセイバーを見てから、そっとまどかの耳元に顔を近づける。
「見たことあるって、メデューサも魔女だったりしたの?」
でも、夢に出てきた魔女って人の形をしてなかったと思うけど、それが特別だったとか?
「あ、いえ、メデューサさんは魔法少女でした」
魔法少女って、この子、確か私たちと同じくらいの時代の人間って言ってたと思うんだけど。
「その、ソウルジェムを浄化し続ければ、人の何倍も長生きできるので」
私の疑問を察したのかフォローするまどか。いや、ギリシャ神話の時代から存在していたとしたら、長生きってレベルじゃないと思うけど。
まあ、いいか。細かい詮索をしている場合じゃないしね。
「まあ、よく似た相手かもしれないけど、相手の正体がわかったのは助かったわね」
「だな。つまり目を見ないようにすればいいんだもんな」
と、衛宮くんが頷く。まあ、それだけじゃないかもしれないけど。
私と士郎の言葉にセイバーが少しむっとしてから、息をつく。
「そうですね。詳しいことは詮索しませんが、正体がわかれば対策のしようもありますしね」
と、納得してくれるのだった。
まったく、一度説明してはもらったけど、本当に何者なのかしらねこの子。
ライダーの正体という思わぬ収穫以上に、まどかの正体に対する疑問がまた強くなる私だった。
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ライダー登場です。
彼女も一応魔女の範疇かなあとみなさんのコメントで思ってますが、今の状態は黒化というか反転してないし、どちらかというと、魔法少女?
今回、まどかの矢は当たっていません。
板移動予定です。