放課後の第2アリーナ。
そこで私は、鬼と対峙していました。
「誰が鬼だ」
「ひでぶっ!?」
ISスーツに着替えて千冬教官の前に立っていた私の頭に、鋭いチョップが飛んできました。
何で考えている事がわかったんだろう……
「さて、では打鉄に乗れ」
「え? い、いきなりですか?」
「早くしろ」
有無を言わさず、用意されていた打鉄に搭乗させられる私。
IS学園でISに乗るのは、これが初めてだ。
「んしょ……と」
「飛んでみろ」
「……はい」
カツアゲですか、と心の中で突っ込んで、起動中のISに浮上命令を出した。
けれど、『予想通り』ISは微動だにしなかった。
「……駄目か」
「うぐぐっ……」
千冬教官は、ため息交じりにそんな言葉を呟いた。
そう。何を隠そう、私はISを動かせない。
いや、最初は動かせたんだけれど……最初の起動以来、何をしてもISが反応してくれない。
「ドイツで最後に見た時と同じだな。あれ以来、一度も動かせて無いのか?」
「お恥ずかしにゃがら……」
私は千冬教官がドイツで指導をしている途中でブラックラビット隊に加わったけれど、一度もISを起動することは出来なかった。
そしてそれは今も変わらず。
ドイツ軍の他の教官は全員諦めたけれど、千冬教官だけは最後まで諦めずに教えてくれた。
結果、私はIS操縦者を離れてブラックラビット隊の技術班として整備を担当することにした。
私を拾ってくれたラウラさん、私の事を最後まで見捨てなかった千冬教官の為に、私はISについて深く深く勉強した。
お陰で、ISの知識だけならば随分と詳しくなった。
けれど、そのままだとラウラさんに付いて日本に行くことが出来ませんでした。
だから私は、自分の特性を使って無理矢理IS学園に入学したのです!
「お手数をお掛けします……」
「やれやれ……無茶な事をする。軍では戦闘できないのならば整備に回ることは出来る。だが……」
千冬教官は言葉を切って、少し考える仕草をした。
たぶん、言葉を選んでいたんだと思う。
私を傷つけないための、言葉を。
「ここはISの操縦及び戦闘を学ぶ場。ISに乗れないことが知れ渡れば立場が悪くなるのは解るだろう」
「解ってます。それでも、私はラウラさんの側でお守りしたかったんです! あと、出来れば一緒の部屋でお話したり食事したり、同じベッドで寝たり……」
「そこまでだ。もういいから降りろ」
私の夢を語らせてくれない千冬教官。
少し残念だったけれど、とりあえず打鉄から降りて一息つく。
……正直、ISに乗るのは1年ぶりだったから、何か変化があるかな~とちょっと期待していたんだけれど……駄目だった。
「やはりお前の性格が原因なんじゃないか?」
「ひ、酷いよ千冬教官!? 私のラウラさんへの愛が原因と!?」
私があまりにもラウラさんを愛している為、ドイツのとある教官が「ISがお前を女と認識していないのでは無いか」と仮説を立てた。
そのお陰で私は何故か料理やら掃除やら、洗濯やら……果ては茶道やら、花嫁修業的な事をさせられまくって女子力を上げさせられた。
まぁ、男でもISを使えるという前例が出た以上、この特訓が全くの無意味だったと解ったわけだけれども。
「まぁ、あの仮説は冗談だとしてもだ……」
「その冗談を真に受けて料理を習うように指示したのは誰でしたっけ……?」
「今だから言おう。あれは私が手料理を食べたかったから覚えさせただけだ」
「にゃ、にゃんと!?」
「まぁ、ISが何故女性にしか反応しないのかは解っていない。それが解らないことには、お前がISを動かせない理由も分からないだろう」
「ちょ、ちょっと待って下さい!? 掃除は!? 洗濯は!? 茶道は!? んで修行の成果とか言って毎日私に千冬教官の家事をさせたのは!?」
「まぁ、とりあえず来週のトーナメントは……」
「ちょっと千冬教官ー!」
「私の事は織斑先生と呼べ」
「では織斑先生! ドイツに居た頃の……」
それから1時間ほど押し問答が続いたけれど、結局千冬教官の口から真実を聞き出すことは出来なかった。
まぁ、何となく騙されていることは解っていましたよ?
意外と楽しかったし、役立たずだった私にも出来ることがあったのは嬉しかったけれど……
納得できなぁぁぁぁぁぁぁい!
◇
液晶の光以外の光源の存在しない、狭い部屋の中央の椅子の上でウサ耳がピコピコ動いている。
時折、「うーん」とも「むーん」とも付かない呻き声が聞こえるが、それ以外に音は無い。
「……見えた!」
と、椅子から突然立ち上がった束は液晶の1つを叩く。
すると、その液晶の映像が切り替わり、ロボットアームのような物体が陳列されている倉庫のような場所が映し出された。
「これにしよう! そうしよう! さぁて忙しくなるぞー! 先ずはぁ~……」
と、何事か始めようと椅子から離れた瞬間、椅子の手すりに置いてあった携帯から着信音が流れた。
ゴッド・ファーザーの曲……と、この説明はいいか。
「もすもす? 終日? 皆のアイドル束ちゃんだよー。やっほーちーちゃん」
「その挨拶はどうにかできないのか?」
「やー、この挨拶は私のテンプレートなのだよ。たった今決めたんだけどね」
「……」
ぶつっ。
切れた。デジャブだった。
「わー、待って待ってってばぁ~!」
再びの着信音。
電話の向こうから、心底疲れた様子の千冬の声が再び聞こえてきた。
「毎度このやり取りをするのは、疲れるんだが」
「やー、めんごめんご」
「……まぁいい。今日は以前話したフィリーネについて聞きたい」
「ふぃりーね? はて?」
「……以前、データを渡しただろう。適正率が極端に高いにも関わらず、ISに乗れなかった女性操縦者だ」
「あー、確かそんなデータがあったような……」
束は相変わらず、千冬・一夏、妹の箒と両親のことしか認識していない。
なので、千冬はフィリーネについてでは無く、データについて尋ねた。
案の定、その手の問題点については記憶していたらしく直ぐに話をすることが出来た。
「あぁ、これかぁー。うんうん、データが残ってたよ」
「そいつの症状、原因は判明したか?」
「やー、ちーちゃんの頼みだから解決させたかったんだけどねー」
束はデータを表示させた液晶を指で突付いて、残念そうな表情をする。
「どうやらISの自己進化プログラムの中に原因があるっぽいんだよ。調べるのは難しいかなぁ」
「そうか……」
心なしか、電話越しの千冬の声も沈んでいた。
その声を聞いて、束は焦る。
「あ、あ、でもでも、その代わりと言っては何だけれどもとあるマシーンを開発してプレゼントするよ!」
「マシーン?」
「そう! 名づけてIS対策兵器『ちーちゃんズ』! 臨海学校の時の情報端末アタックを受けてピーンと来たよ! あの鋭い突っ込み技術を流用して……」
ぶつっ。
切れた。またもやデジャブだった。
「わー、まだ話してるのに……いいもん! 束さん、勝手に作って勝手に送るからね!」
携帯に向かってあかんべえをして、椅子の上に放り投げる。
その後、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
◇
「み、皆さん。落ち着いて下さい」
「ね? ね? いいでしょ? 見せてよー」
読者の皆様、こんにちは。フィリーネです。
今は学校での授業が終わり、放課後の自主練の時間。
場所は第3アリーナの更衣室です。
読者の皆様はご存知の通り、私はISに乗れないのでアリーナに来ること自体、場違いなのですが……
そこにラウラさんが居ると聞けば行かないわけには行きません。
もちろん、観客席に居ても悶々するだけなのでISスーツに着替えてお隣でその勇士を眺めようと思ったのですが……
予想外の事件が起こりました。
クラスメイトによる執拗な『見せて攻撃』です。
「フィリーネさんのISって、専用機なんでしょ? 見せてよー!」
「い、いえ、私のは量産機に自分で装備を追加したカスタム機で、専用機では……」
「ぇえ!? 自分でISパーツを作った!?」
「凄いじゃん、それ!?」
「い、いや、ドイツ軍の技術部でちょっと仕事を……」
しまった。状況が悪化した。
ちなみに、どうしてこういう状況になったかと言うと……
『ボーデヴィッヒさんのISと織斑君のISって、どっちが強いのかな?』
『なんで?』
『ほら、前の学年別トーナメントの時。ボーデヴィッヒさんが織斑君のISを倒した後、エネルギーを充電した織斑君がボーデヴィッヒさんのISを倒したって』
『あ、そういえば聞いた。ボーデヴィッヒさんも織斑君も、エネルギーの残量はほとんど無かったらしいし、織斑君の粘り勝ちなのかな?』
ラウラさんの性格が柔らかくなるきっかけとなったらしい学年別トーナメント。
その試合で、何とラウラさんはあの一夏に負けた。
と、ラウラさん本人が言っていた。
そんな事があるはずが無いけれど、ラウラさんも言っているし、こうしてクラスメイト同士の世間話で出てくるくらいなのだ。
事実なのだろう、と認めざるを得なかった。
それを知った私は、ラウラさんの名誉を保つ為……と言うか、自己満足の為に口を滑らせた。
『まぁ、ラウラさんをサポートする為に作った私のISとタッグを組んでいたら負けなかったけどね!』
その一言で、女子更衣室に居た全生徒が私を取り囲むこととなった。
「そ、その、確かに下着姿の女子生徒はそそるけれどそんなに大勢で詰め寄られると恐いと言うか……」
「え? 何て言ったの?」
「い、いや、何でも……」
見知らぬ生徒同士の世間話に入っていった勢いはどこへやら、私は縮こまって否定を繰り返すだけでした。
とほほ、実はチューンしただけで乗れないなんて言えない……
「ところで、貴方のISは? 待機状態なんだろうけど、どこにつけているの?」
「え? あ、これだけれど……」
私は鞄の中から、普段使わないISを取り出した。それは……
「……猫耳です」
「きゃーーーーーーー可愛いーーーーーー!」
詰め寄っていた女子が、更に詰め寄る。ちょ、圧殺される……!
ぁああぁぁぁぁあ、目の前におっぱいが……い、いかん、ここで騒ぎを起こしたらラウラさんの側に居れなくなる……うおおお生き地獄ううううう!
「ねぇねぇ、早くアリーナに行こうよ! 起動した状態見せて!」
「や、あ、あの……ごめんなさい! 今日はやっぱり調子が悪いからパス!」
私はISスーツのまま鞄を引っつかんで更衣室から逃げた。
うぐぐ、ここが普通の学校だったら……迷わずに手を出していたのにぃ!
え? それもそれで問題? はは、何を言っていますのやら。
「ふぅ、死ぬかと思った……性的な意味で」
「ちょっと、アンタ何してるの? こんな所でそんな格好して」
教室棟の更衣室で制服に着替えようとした所、丁度教室棟から出てきた鈴と鉢合わせした。
鈴とはここ1週間、千冬教官の手伝いに連れまわされている時に出会った。
どうやら千冬教官の事が苦手らしく、出会う度に逃げるように立ち去っていた。
「あ、鈴たん」
「……アンタ、ナチュラルにその呼び方止めなさい」
「だぁってぇ、こんなラブリィな子を前にして正気を保つために仕方ないじゃない」
鈴は、ラブリィだ。
私が男だったら速攻でお持ち帰りしている。
スカートが短く、肩が露出した制服がいい味を出している。殺人的ですね。
「まぁ、呼び方なんてどうでもいいわ。それよりも、どうしてそんな格好してるの?」
「おっぱいから逃げてきました」
「……もういいわ。アンタと話すと時間を浪費している気がする……」
睨むような蔑むような目線を送りつつ、鈴はアリーナへ向かおうとする。
すれ違いざま、私は鈴に声をかける。
「そうだ。鈴たん、ちょっといい?」
「何?」
「一夏って男子知ってる?」
「……知ってるけど?」
あれ? さっきまで飽きれた顔だったのに、いきなり目が鋭くなった気がするよ?
「あ、いや、その……ラウラさんが好意を寄せているって聞いたんだけど、それって本当なのかなぁ~……って」
「え? そんなの本人に聞きなさいよ」
「そ、そんなの聞けないよぉ! 聞いたら認めないといけないじゃん!」
「……私の口から言っても同じだと思うんだけど……まぁ、一言で言うと『ベタ惚れ』よ」
「お、男の方が!?」
「ラウラの方が」
「ォオーノォー!」
砕けました。最後の望み、男の方の片思いと言う推測が。
しかも、片思い……ん? ラウラさんの片思い?
「ってことは一夏が誰かとくっつけばラウラさんは自動的にフリーに戻る!?」
「ん? まぁ、それは合ってるかもね」
「よぉーし! 私の次なる目標は決まった! 待ってろよ! 一夏ぁ!」
「ちょっと待ちなさいよ」
「うにゃ!?」
私がラウラさんを悪漢から救う手段を見つけた瞬間、鈴に胸元を捕まれました。
痛い痛い、今私ISスーツ……
「私もその作戦に入れなさいよ」
「……うぇ?」
「ふふふふふ……ラウラだけと言わず、みんな蹴落としてやるわ……!」
り、鈴が今まで見たこと無いような悪女の微笑みを浮かべている……
何かまずいスイッチ入っちゃったのかな……あれ、もしかして私、巻き込まれてる?
つづく