「ブログはここがいいよ。テンプレートやプラグインが充実していて、今はまだ考えていないけどアフェリエイトだって認められている。アダルトの場合、一番上と一部にちょこっと広告でるけど、気になるようだった月額料金を支払えばいい。アップグレートしたら消せるから」
「パソコンは人並みに使えるつもりだったけどさっぱり意味がわからないの」
「えと、こういうサイトになるっていうこと」
翔はUSBメモリに入れていたいくつかのショートカットを開いていく。
美女というには程遠い、けどドキっとするようなポーズをしてている裸の女性たちの画像に動悸が激しくなる。
こういうのを見て回ったことはあるけど、翔の後ろから覗いているっていう現状が信じられなくて頭がおかしくなりそうだった。
もう一人の澄ました横顔にイラっとするくらい緊張してしまう。
「いいと思うの」
「じゃ、どういうデザインにするかあとで話し合おうよ。粉ちゃんのほうがセンスいいからね」
「任せとくの。だから、パソコンの操作は任せるの」
携帯を操作しているけど、ついついモニターに向き合って何かをしている翔に視線がいってしまう。
私のはじめてをもらうと言っていたのにあれからアクションがない。
こっちは毎回、お風呂に入ったり香水つけたりと大忙しだというのに――だ。
乙女を振りまわしてどういうつもりだろうか?
今、携帯でやっているのは『モリー』というCMをばんばんやっている携帯での利用がメインになっているSNSだ。
これまでやったことのあるのは実名登録タイプだってので、ハンドルネームのはちょっと勝手が違っていた。
第一にアバターに悩む。
この『モリー』はライバル企業のアバターを吸収してきたらしく、デフォルトのマネキンみたいな裸の絵を十数タイプから選ぶことになる。課金して買うことになる服は、すべてのタイプに互換性があるわけじゃないのでどれを選ぶのかたいへん迷ってしまう。リアルっぽいのからデフォルメされているもの、二頭身のものにぬいぐるみみたいなもの、太っているのにエルフ耳の。モーションをつけられるタイプから胴体がない顔だけの目や鼻のパーツを課金購入していくタイプ。あまりに選択肢がありすぎて、選ぶのにとても時間をかけてしまった。
いつでもタイプを切り替えられるとはいえ、他は課金するというのならどれか一つに絞っておきたい。
大金はあるからって、引きこもり生活以外にはあまり浪費する気にはなれなかった。
結局、翔の意見を聞きながら女子高生に一番人気だというタイプにする。
ブランド服とかとの提携が一番多いものらしい。
この『モリー』は翔に勧められたけど、ネットアイドルの聖域と呼ばれているくらいその手の人間に好まれているサイトらしい。
コミュニケーションしやすい機能が充実しているのはどこのSNSでも一緒だけど、ここは通販サイトとの提携が凄いとか。
プレゼントしたい商品を選んで、贈りたいプレイヤーを選択するとその相手から承認してもらった場合のみ、代金自分持ちで相手の住所に届くというサービスがあることには驚いた。住所をバラすことなくギフトを貰える画期的なシステム。元々は下着会社のやっていた男性に欲しいものを記したメールをしておねだりするという営業方法を取り入れたものらしく、最近始めたみたいだ。だからか世界一ネカマの多いSNSと言われているらしい。うまく男を騙して貢がせている人たちが山ほどいるとか……。
社会人にはネットでの付き合いの人にまでお歳暮を贈らないとならなくなったと不評らしいけど。
超大手動画サイトの実況放送によって活躍していたネットアイドルたち(男の人気者もけっこういる)が、『モリー』のサービスによって現品とはいえ収入手段を手に入れた今、ネットアイドルは爆発的に増えていっているとか。テレビのニュースではあまり語られることのない流行。その中にはアダルト方面に進出している人たちもけっこういて、ほっとするやら、なんか寂しいやら。案外翔はこのことを知っていたからすぐに私の性癖を受け入れてくれたのかもしれない。
だからなのか、『モリー』にはネットアイドルをやる上での注意点が記されていた。
具体的には書いていないけど、ストーカー被害やレイプの危険性を指し示すような文章が踊っている。他にはリアルバレからのイジメ問題や炎上騒ぎから発展した自殺まで。そういえばそういった事件はときたま耳にすることがある。午後六時からのニュースではあまり見かけないけど、昼下がりのワイドショーでの特集が組まれていたことがあったような気がする。
注意点のほとんどはやってはいけないことやリアルバレしないための方法だ。
けど、バレてからは親御さんと相談しましょうとかストーカーは警察に相談しましょうとかそういうものだけ。
基本的には自己責任だと冷徹に書かれているようだった。
こうやって改めて文章にされているとやはり不安になってくる。
まだアダルト業界に踏み込んではならない年齢。
ネックになっている学校と就職の問題はないとはいえ本当にやっていいものなのか?
とくに翔はまだ高校に通っているのだ。巻き込んで、迷惑にならないか心配になってくる。
「そんなにしかめっ面してどうしたの、粉ちゃん」
悩みまくったせいで、翔が一段落つけてこちらを振り向いていることに気付けなかった。不覚なの。
でも、せっかくなので訪ねておく。
返答は予想外なものだった。
「リアルバレのほうは、粉ちゃんが不用意に外出したときの危険以外はたいしたことじゃないよ。さいわい、うちの親も吹雪さんも稼いでいるのは海外だからね。僕たちのやったことで脅迫を受けるような業種じゃないし。家族にまで迷惑のかかることにまでは発展しないと思うよ。大丈夫、問題にはならないよ」
「わたしは未成年なの」
「警察だってそんなにヒマじゃないんだよ。大丈夫、大丈夫」
いつもの細目で、安心させるために言っているのか、本当に大丈夫なのか判断できない……
「僕が大丈夫だって言ったら大丈夫だよ。ほら、日本人は西洋人の顔の見分けがつかないって言うし、カラーコンタクトでもすれば」
「でも、万が一、翔くんの学校にわたしのことが噂になったらどうするの?」
「僕の学校? 別に地元だから通っているだけなんだから、留学しちゃえばいいよ」
「いなくなるのはダメなの!」
いなくなるのは嫌だった。小学一年生のときからずっと共に歩んできた翔がいなくなるくらいならネット露出なんてどうでもいい。
けど、あいかわらずの細目で翔はとんでもないことを言い出した。
「当然、コナちゃんは一緒に移住するんだよ? 吹雪さんが結婚しているときだったら楽に国籍を手に入れられるだろうから、そのコナちゃんと結婚したら、僕も住めるでしょ。それまでは留学っていうことで間に合うと思うし。せっかくだからそのときには同棲しようね」
――結婚。
――同棲。
「な、何を言っているの?」
「いやさ、ついこないだプロポーズしたばっかでしょ。いつまでも一緒だよ、粉ちゃん」
「あうあうなの」
「照れまくっているのは可愛いけど、あえて口にすることじゃない言葉だよ」
「うるさいの」
ソファーの片隅に置かれていたクッションに顔をしずめて絶対に見せないようにする。
今の顔は見せられるものじゃない。
二人掛けのもう片方のスペースに座られる気配――
「いい加減覚悟しておいてよ。僕と粉ちゃんは一心同体・一蓮托生なんだから。ブログをはじめる準備が全部終わったら粉ちゃんのすべてを見せてもらうつもりだし」
「!」
耳にかかっている髪をさらりとどけ、ささやいてくる翔に私は……私は…………
「香水かえたの? いい匂いだね――襲いたくなる」
「ひゃぅんっ!」
髪を撫でられるのは気持ちいいけど、耳はヤーなの。
最後のひと押しにぷつんと意識が遠ざかっていくのがわかる。
「大丈夫だから、安心してネットデビューするんだよ粉ちゃん。――――バレたときは責任とって僕をもらってもらうけど」
私は翔のささやきの最後の一言を聞き逃してしまった。
聞き逃してしまったの。
【まったく関係ない話ですけど、私は「サイモンの災難」という小説がとても好きです】
【作中の映画の、どこからどこまでが作為なのかそもそも作為はあったのか? という流れが妙に気に入っています】