※これは何というか「つなぎ」のための苦し紛れ投稿です。読まなくてもまったく支障はありません。
アルヴィ・マクレーンの場合
ねえ、あなたはどこの世界にクリス・スクワイアのプレイを模倣しきれる五歳児がいると思うかしら?
このことを話すと誰もが「そんな子供がいるだなんて嘘に決まっているじゃないか」って言うの。
「アルヴィは相変わらずだな」とか。失礼よね。だから実際に聞かせてみるでしょ。すると、顎が外れてしまったのかしらってくらいに大口あけて驚くから最高よね。あの顔、大好き。
中には、まるで悪魔の子だとか真剣に罵倒されたこともあって……まあ、その人には然るべき処置が下されたけど。うちの子はロバート・ジョンソンじゃないってのね。
ああ、そう。
「模倣しきれる」って表現したけど。
その人のベースを完全にコピーできるという訳じゃなくってね。まったく同じプレイをする人なんていないもの。
その人が出す特有のエッセンスを抽出して、自分のものにする。言葉通りに自分のモノにするってこと。
それって既にコピーとかの域を超えていて、既にその人のオリジナルの音に組み込まれているってことなの。
コピーして、その音を体内に取り込む。血肉になり、その肉には個人の魂が染み渡っているのよ。これって食事みたいじゃない?
動物の肉を食べて、自分の肉体の維持と成長のためにそれを取り込むの。彼のプレイを表現しようとして、何十年もかける人もいるのに。それをただ食事するみたいに、わずか数ヶ月でモノにしてしまう。
それが私の息子。
カノンは私たちの宝。この子を世の中に誕生させることができたこと、それが私の人生の意味じゃないかって思うの。言い過ぎじゃなくてね。
唯一の不満はあるけど。外見は少しくらいジョージに似てくれてもよかったのにー、って。ジョージの目許とか、耳の形とか。ちょっとくらい、ねえ。
私のママに言わせてみると、どうやら私の小さい頃に瓜二つらしいわ。将来、一緒にショッピングしたりするのが楽しみ。姉妹みたいに思われるかしら。
話がズレたけど、私が言いたいのはカノンがとんでもない子供だってこと。誰よりも早く気づいたのよ、この私が。今ではもうみんな知っているけど。
音楽の申し子っていうのかしら。神童? おそらく、モーツァルトが生きていたらこういう感じだったと思うわ。
みんなが何でも甘やかしてペットにえさをあげてしまうみたいに、次々と「音楽」をあの子に食べさせたわ。やればやるだけ吸収していくから、面白いみたい。
すでに何百というスケールがあの子に染みついている。インド音楽なんてジャズのスケールより数が多いのに。悪ふざけで教え込んだ人がいたみたい。まさか吸収するなんて思っていなかったでしょうけど。
つまり、何が言いたいって?
うちの子ったら、本当に天才なのー!!
もう宇宙一!!
あ、宇宙一はジョージだから銀河系一、かしら?
でも宇宙といってもSWみたいにいくつも銀河があるはずだから銀河系って小さいかしら………ねえ、どうしようかしら?
え、宇宙一に決まっている? そうなの。あなた、あの子が好きなのね。崇拝しているの? え、お姉様?
よくわからないけど、あの子もモテモテねー。
クレイジー・ジョー(立花譲二)の場合
どうも、息子の父だ。
譲二って言うんだ。
アルヴィが息子の自慢ばかりって? あれはいわゆるイントロダクションだから。コースで前菜だよ。必要だろ? 前菜。
俺は実際に夏音が見せた最高にキュートな思い出の一つでも語ろうかな。
夏音が六歳の時だ。
俺が集めたバンドのライブがあってね。俺がリーダーだってもんで、そのライブのゲストに夏音を呼んだんだよ。
本番でさ、俺がステージにあいつを呼ぶだろ? ほんのり緊張しつつ、あの体に不釣り合いな大きさのベースを抱えて……、
走ってくるんだ。
こう………トコトコーって。
思わず抱きつきたくなったね。いや抱きついたんだけどさ。ついでに脳内シャッターも押したよ。連写したよ。
夏音を抱いて俺の息子だオラァ! って言うと会場がどっかんどっかんなもんでさ。でもあいつら正直ナメきってた。
どこのお人形さんが現れたんだろーって。かわいーでちゅねーって。傑作なことに、そいつがベース弾き出した瞬間見る目が変わるのよ。
何だこの小さい生き物は? って。人間か? なんてな! ハハハハハッ!!
まあ、外れじゃない。
人間じゃなくて、天使だからな。まじ天使。
とりあえず一曲あの子が参加しただけで、会場もヒートアップ。
別にロックをやっていた訳でもないのに、あの異常な熱狂ぷりはヤバかったね。
とてもクレイジーな雰囲気だった。あの空気だったら何やってもイケそうだぜ、って感じがした。バンドのメンバーもずいぶんとご機嫌で、ノリにノっていたよ。
トロンボーンのデイヴィスなんて、おいおいお前それツッコミすぎだろ殺すぞってくらいだったしなー。テンションあがりすぎたんだな。
ごめん汚い言葉が、ね。つい、ね。
とにかく。息子の力によって舞台が一億倍にも輝いてね。
最高な一夜だったと思う。途中まではね。
けどなー。夏音に影響されたメンバーの中で、特にバンドの花形。サックスのロニーがひどかったんだ。
演奏中からべたべたと夏音に体を寄せてさ。
傍から見たらこれこそミュージシャンのセッションだ! ってんだったろうよ(確かに格好良いとは思ったけど)。インプロヴァイゼーションの迫力がある? 俺からしたらオイオイ、てめー近すぎじゃね? ってなるだろう? 当然だろう? 激しくうなずいているけどわかってくれるんだね。
こっちも暢気にスイングしてる場合じゃなかったんだ。まあ、ちょっぴりカチーンとしたけど曲は通したさ。
ロニーがサックス吹いていない瞬間に、夏音の後ろまわってカメラ目線でキメ顔していたのも我慢したさ。
けど、やりやがったよ奴さん。
演奏が終わる瞬間にキスしやがった。
おでこに、チュッって。いや、ブチューッってしやがった。そのタラコ唇で。
その瞬間のことはよく覚えていないんだけど。
気が付けば、ドラムのスティックが俺の手から消えていてロニーがステージ下の地面に頭から突き刺さっていたんだ。ガキん時に見たあの映画のワンシーンがよみがえったね。何だっけ、犬神家の一族? 観たことないかな。
まあ、ともかく後で映像を見て確認したんだけど。ちょうどロニーがアップになった時、後ろからとんでもねー速さで飛んでくる物体が「スコーン」って奴さんの頭にぶつかったんだ。
最高に笑える映像だよ。あれは俺のスティックだったんだ! 我ながらナイスなコントロールだよね。
会場がシーンってなってさ。とりあえず他のメンバーも「目の前で逆さ一転倒立しているこいつに何があったんだ?」って驚いた顔をしていた中、俺に近づいてきた夏音が言うんだよ。
「ロック以外の音楽でもこういうパフォーマンスするんだね! ロニーはプロなんだ! すごい!」
ってな。
どうだいこの邪気のなさ。普通に考えればどこの世界に好きこのんで自分から地面に一本差しになりにいこうとするバカがいるんだって思うだろ?
天使に地上の下らない理は必要ないってことだよ。
もちろん「いいか。これは変態にしか使えない技だから、絶対に真似してはだめだ」と教えたよ。「変態になったら刑務所行き」だってな。音楽だけじゃなく、教育もきちんとしていたんだ。
え、ロニーがどうなったか? あいつが起き上がった瞬間、目の前に心配そうな夏音がいたからヤツは微笑んだ。
「天使がいるな」
って微笑んだ。さっきまで腹立たしく思っていた相手でも、その反応には俺も微笑ましくなってね。
すかさず、
「俺の天使に気安く障るな」
って言ったよ。
最高にキメてやったと思うんだ。息子も父を尊敬し直すはずだったんだ。
ところが、キメ顔でポーズまでとった俺に何て返したと思う?
「ところで、僕は誰だ?」
呆けた顔でヨダレ垂らしながら言うんだ。俺の発言なんて瞬時に埋もれたよ。おいしいところ持っていきすぎだろう。
それから二時間後くらいにロニーは自分を取り戻したんだけど。誰にでも優しい夏音が心配そうにあいつの頭を撫でてやったのが効いたに違いないと思う。
世話をかけるヤツだって全員が呆れていたがな。
まだまだ数え切れないくらいのエピソードがあるな。
とにかく、うちの夏音は天使だってことを話せばよかったんだよね? こんなもんでよかったかな?
ところでコレって何の取材だったのかな?
そもそも君は誰かな? その巻き髪すごいねーアニメみたいだよね。どうやって巻いてるの? ちょっと触っていいかな。
ていうかさっきから恍惚な表情でお姉様お姉様って連呼してるけど……その写真、うちの夏音っぽいんだけど気のせいかな?
ソレ女の子の格好している気が……そうじゃなくても焼き増しとかお願いできるかな。
ファンクラブ? 入らないとだめなの?
どうしようかな………どうしよう。
『憂と夏音』
「本当に無理いってごめんなさい」
「いいんだよー賑やかで楽しいから」
「あ、夏音さんは座っていてください!」
「いやだよー。俺だってこれが趣味なんだから。それに家主が座ったまま客人に料理させるなんて流儀に反するよ」
「は、はぁ……」
思わず苦笑もしちゃうよ。流儀に反する……だなんて。この言葉を使ったことのある日本人ってどれだけいるかな。この人はたまにおかしな日本語を使う。
古くさかったり、どこか外れていたり。今時の若者が使うような言葉じゃないのが飛び出たりも。
お姉ちゃん曰く、夏音さんが日本語が達者なのは日本のアニメとか古い映画とかを参考にしているからなんだって。夏音くんはオタクだからーって言っていたけど、オタクってすごいんだなーって思う。
どっちにしても私の意見、たぶん聞いてもらえないんだろうな。
それで案の定、夏音さんにも手伝ってもらうことになっちゃった。
夏音さん………あの、馴れ馴れしくするつもりはないんだけど、夏音さんって呼んでいるのは「立花さんなんて呼ばないで!」って前に言われたから。
あまりに激しく頼むものだから驚いちゃった。
何でも、友達の妹に他人行儀にされたくないから、なんだとか。
ちなみに。そうやって自分の意見とか希望とかをストレートに伝えるところがちょっとだけお姉ちゃんに似ているかも……って思ったのはナイショです。
似てない部分はハッキリしているけど。
この人は私に楽ばっかりさせてくる。
私ってもしかして気遣われるのが苦手なのかな? とか自分の知らなかった一面に気付かされた。
苦手、ってことはないと思うけど。どうしてなのか、この人のお世話になってばかりで何もしないのは嫌かも。
「で、今日は何風で責めますかシェフ!?」
おどけた動作で両手を広げた夏音さんがおかしくて声をたてて笑っちゃった。すると夏音さんもにっこり目を細めた。
「憂ちゃんはまったく唯に似てないなー」
「え、そ、そうですか!?」
お姉ちゃんに似ていない……って久しぶりに聞いたかも。似すぎ、とか平沢姉妹双子説! とかならよく言われるけど。似てないって言われるのは珍しい。
「外見は似ているんだけどね。中身的な問題」
ああ納得。中身で似ているって言われたことは、ないものですから。
「笑う時とか、こう……口に手をあててお淑やかに笑うところとか。唯だったらありえないしねー」
「お、お姉ちゃんは笑ったら可愛いです……よ?」
「可愛いけど、こう……犬を見ている気分になるよね」
「い、犬!?」
それはあまりの言い草。だって……よりによって、犬。
私はムキになって言い返さなくちゃ、って思ってしまう。
「犬、可愛いじゃないですか!」
「犬は可愛いねー。グレートピレニーズとか好きだなー」
「は、はあ……」
「大きくて白い犬が飼いたいんだよねー。あ、唯は子犬かなー。柴犬って感じだね」
「お姉ちゃん、柴犬ですか?」
「柴犬……日本犬も捨てがたい」
「……………」
そのまま真剣に悩み始めた夏音さんは本当に変な人だなって思う。変な人、ならまだしも変な美人なのが困るところ。
この人の美貌を言葉に言い換えることは難しい。
何百人もの小説家や詩人を並べて、夏音さんの美しさを表す言葉を考えさせてみたいな。
ありとあらゆる美辞が並ぶんだろうな。そして、それはとても美しい文字の羅列。
近寄りがたいレベルの美人さんなのに、エプロン姿がやけに板についていたりするのを見ると可愛いな、とも思う。もともと可愛いんだけど、可愛さのランクがあがったような感じ。ちょっとズルイよね。
「ふぅ」
「どうしたの?」
「………っな、なんでもないです!」
いきなり近かった。
目の前に醒めるような美人がいたもので、ぐって後ろに退いてしまう私。
「ゆ、夕飯ですよね。私、今日はイタリアンにしようかなって。でもここのキッチン使えるなら中華でもいいかなー」
「悩むね」
「悩みますー」
「なら、食べる専門の人に聞いてみるかな?」
「お姉ちゃんは……たぶん、どっちも食べたいって言うと思います」
「そうか。なら、両方作ってみよっか?」
「夏音さん、中華は?」
「俺はイタリアンを作ろうかな」
作ったことないんですね……かろうじて口にするところで止めた。
作るものが決まったところで、お姉ちゃんを残してスーパーに出かけることになった。
夏音さんと二人きりで。
何でこんな会話が発生しているかというと。事の次第はひょんな不幸から始まった。
今日は夕方まで友達とプールで遊んでくる日だったから、家にはお姉ちゃん一人だけ残すことになっていて、私は夕飯までには戻るつもりだった。
買い物して帰ろうか、いや冷蔵庫にはまだ余裕があったはずだと余り物で作れる料理の献立を頭に思い浮かべていく。真夏の夕暮れは見た目こそ安穏としているけど、常に身体中から汗が噴き出るくらい暑い。
オレンジ色に染まる風景が、まるでガスバーナーであぶられているみたいに見えてしまう。
最近、そうめん続きだし。冷たいパスタでも作ろうか。たくさん野菜を入れて、鶏肉も使った和風冷やしパスタにしよう。そう決めたらお腹を空かせてうだっているお姉ちゃんの姿が目の裏から離れなくなった。
そうして急いで帰ったのはよかったんだけど……ちょっとまずいことになっちゃった。
「え……冷蔵庫しんじゃってる……」
冷蔵庫を開けてみてびっくり。冷蔵庫はあまりの暑さに仕事をサボっていた……わけではなく。家中が停電していた。
ごろごろしているお姉ちゃんが何で気づかなかったのか。答えは簡単。お姉ちゃんはエアコンが苦手だから、日中どれだけ暑くても団扇だけで乗り切ってしまう剛の人。
アイスはとっくに食べ尽くしていたし、他に冷蔵庫の中身を確認する用事はないと思う。動物的な嗅覚で涼しい場所を探してじっとする。
ヴェネツィアのかの有名なカフェ・フロリアンの影追いみたいに影を追ってごろごろ。涼しい場所を見定めてはごろごろ………かわいいよね……じゃなくて。
冷蔵庫の中身が全滅していた。これが何より大事だったのです。
「野菜もだめ……はぁ……」
冷凍庫にお肉もあって、たぶん明日の朝か昼までにはなくなる程度の量だったのが救い。
これが買い物したばかりだったら間違いなく泣いていたと思う。
「どうしようお姉ちゃん……」
少しだけ涙声になった私の肩をぽんと叩いたお姉ちゃんは自信満々な顔つきでこう言った。
「私に任せて憂っ!」
お姉ちゃんは本当に頼りになる。こういう時におろおろしてしまう私を引っ張ってくれる頼もしいお姉ちゃん。
それが友達にすがりつくという手段であっても。お姉ちゃんはその時の状況に見合った最適の答えを見つける天才ってことなんだと思う。この時、誰よりも早くターゲットに指名されたのが夏音さんだった。
そして、平然とOKと頷いてしまう夏音さんもすごいと思う。
「そいつは大変じゃないか! オッケーすぐCome on girls!!」
と一切の躊躇なく。こうして私達は夏音さんの家に招かれて夕食をとることになったのでした。
けど、お世話になるのだから食材くらいはこちらで何とかするべき。
そう意気込んだ私にも「俺も食べるんだから半分出すよー」と言って私の言い分を全くきかなかった。
どれだけ説得しようとしても。
一度決めたことは何が何でも貫く頑固な人だって思った。新しい発見。
それで何を作ろうか相談した結果、イタリアンと中華に決まったというのがさっきまでの流れ。
カートを押して店内を歩く。野菜なんかをじっくりと見繕ったりしていると「あ、虫くってら」とか「こっちの方がゼッタイ中身が詰まってる!」とか主張する夏音さんがおかしかった。
「これくらいなら、虫に食べられてる方が美味しいですよ?」
「えー、そうなの?」
「そうなんですよー」
「憂ちゃんは物知りだね」
「田舎のおばあちゃんのお庭で野菜を栽培しているんです。たまに野菜の世話を手伝ったりするんですけど、その時におばあちゃんが教えてくれて」
「素敵な人だね。俺のグランマは全然そういうの教えてくれなかったなー」
夏音さんのおばあちゃん。私の中の好奇心がむくりと立ち上がった。
「どんな人なんですか?」
「んー。憂ちゃんは知らないと思うんだけど………わりと有名な女優だよ。正確には、だった、かな」
「女優さん……映画とかですか?」
「そうだねー。映画が中心だなー」
それから夏音さんがいくつか挙げた映画の名前の中には、聞き覚えのあるものが確かにあった。名作紹介とかでよく登場するようなやつばかり。
「あ、その映画は観たことあります。たしかすっごい綺麗な女の人が十人くらいの男の人と同時に交際する話ですよね。それで、次々に『あなたに私はもったいないわ』っていう決めゼリフでふっちゃうやつ!」
「よく知ってるね。あれも相当古いけど……その女の人ってのがうちのグランマ。すごい悪女してたでしょ」
「え?」
「あの時のグランマは綺麗だったなー。あ、過去形にしたら殺されちゃうな。でもすっごく光輝いていたよねー。まさにマドンナって感じかな」
「えー!? あの人が夏音さんの!?」
どれだけすごい事か逆にわからない。それなら夏音さんは超有名人の孫?
「そんなにすごいことでもないよ」
そんなにすごいことなんですけど。そんなしれっと言われても困ります。
さらっと度肝を抜かれたまま、カートを押して店内を練り歩く。
「あ」
「うん?」
別にあうんの呼吸とかじゃなくて。
お菓子コーナーを通り過ぎた時につい声を出してしまったら夏音さんも振り向いて立ち止まった。
「お姉ちゃんにおやつ買っていかないと」
「あぁ、そういうのも管理してるんだ」
「これ、お姉ちゃんが好きなんです」
「それ、たまに部室でも食べてるな」
いちご味のポッキー。二つ手にとってカートに入れた。
「この代金はちゃんと払いますから」
「はいよー」
別会計にするのも手間だから。きちんと断っておく。
カートが再びゆるーく発進する。
「そういえば、家だと唯はどんな感じなの?」
「お姉ちゃんですか? いつもテレビみてごろごろしてます」
ごろごろするのがお姉ちゃんという生き物だから。
「ギターはどれだけ弾いてるの?」
やっぱり気になるのはそこだよね。
「お姉ちゃんはすごいんです。ギター始めてから、ずっと弾きっぱなしですよ。私もたまに練習に付き合うんですけど、気付いたら四時間くらい弾いてる時もあって!」
私がいかにお姉ちゃんが真剣にギターをやっているかを説明すると、夏音さんは嬉しそうに笑った。その笑顔が少し得意気に見える。
「そ、よかったー。唯には二時間以上は弾くように言ってあるからね」
「夏音さんがお姉ちゃんに言ったんですか?」
あ、そういえば夏音さんに教えてもらっているってお姉ちゃんが言ってた。
「うん。唯は教えれば教えるだけ、まるでスポンジみたいに染みこんでいくからね。たぶん人の三倍の速度で上達してるんじゃないかな」
「へ、へー! やっぱりお姉ちゃんすごい!」
「ただ、前に教えたこととかすっかり忘れていたり……」
「はは……」
「なのに次の日にあっさりできてたりしてさ。あれ、できてるじゃんって。ちゃんと復習したんだなーって感心してると、『あれ、夏音くんに教えてもらったっけ?』とか平然と言うんだ。むかつくよね」
「そ、そうなんだ……」
たやすく想像できて、お姉ちゃんらしいの言葉に尽きる感じ。夏音さんに申し訳ない。
「後はメンテナンスをしっかりやるように口すっぱくして言ってるんだけど……なかなかギターをいたわらないんだよねー」
「え? かなり大切にしてると思いますけど?」
「まさか、まだギターと一緒に寝たりしてる?」
「それはもう毎日………あっ」
これって言ったりしたらまずかったかも。と思った時には遅かった。
「ゆ~~い~~~」
ぎらぎらと燃えさかる真っ黒い炎が夏音さんの瞳の中に見えた。美人が怒るとこんなにもおっかない。お姉ちゃん、ごめんって心の中で謝る。
「あれだけ言ったのにわからんとは……お仕置きだな」
「お、お仕置き!? ごめんなさい! お姉ちゃんには私がしっかり言っておくので許してあげてください!」
「憂ちゃんがそうやってかばうから唯が……」
「お姉ちゃんは言えば聞いてくれます!」
「言っても聞かなかった時は?」
「う……何度も言います!」
「ふーん。それで憂ちゃんは唯をしつけてきたのか……」
「し、しつけだなんて!」
お姉ちゃんはペットじゃない。しつけなんて……しつけなんて……当たらずとも遠からずかもしれない。
「まぁ、今回は勘弁しましょうか。けど、今度はちょっとスパルタな練習にしてみよっと」
これが限界みたい。お姉ちゃんがしごかれる未来を用意してしまった。こんな妹でごめんなさい。
「お、お手柔らかにお願いします」
「ふふん。それは唯次第だね」
ウインク一つ。何故か機嫌がよくなってしまった夏音さんはずんずんとカートを押していってしまった。
「うぅ、ごめんお姉ちゃん……」
おいしい中華、作るから。
「憂ちゃんは本当に唯が好きなんだね」
買い物も済んで、夏音さんの家へ向かう途中に呟かれた言葉がすっと頭に入った。
「はい、大好きです」
恥ずかしい、とかを感じなかった。他意はなく、ただ事実を確認するみたいに放たれた言葉だから。私も言葉の用意とかしてなくても、当然の答えを出した。
「俺もこんな妹が欲しかったなー」
「え? そ、そうなんですか」
「上ばかりでさ。下に弟も妹もいなかったんだ」
「それ、意外です。夏音さんって面倒見が良いからすごくおねえさ……お兄さんオーラ出てますよ」
「それは年上だから気をつけてるの」
口をとがらせて言う夏音さんがちょっと可愛かった。
「よし。憂ちゃんは今日から俺の妹だ」
真剣な表情で真っ正面から言われた。
数秒の間。
「エーーーーーッ!!?」
私、お姉ちゃんの妹なのに。嫌ではないけど……反応に困る。
「冗談なのに……そんなに嫌だとは思わないじゃん……」
夏音さんは夏音さんで変な勘違いで落ち込んでいる。
「い、嫌ではないです!」
「また、そうやって……」
「嫌ではないですけど……夏音さんをお姉ちゃんって呼ぶのはちょっと……」
私にとって、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから……。
「俺、お兄ちゃんなんだけど」
冷たい瞳とぶつかった。
「あ………」
やってしまった。
その後、すっかり機嫌を損ねてしまった夏音さんをなだめるのに苦労した。でも案外、お姉ちゃんの機嫌を回復させるための手段がそのまま通用したりしておかしいよね。
やっぱりあの二人って似ているかも、なんて。
私の勝手な思い込みかもしれないけど。
前から仲良くなりたいなあ、って思っていたけど。今回のことでちょっとだけこの人との距離が縮まった気がした。
※最後、なんか憂夢っぽくなってしまったことはご愛敬。