<唯>
音楽ってなんだろう。今までの私はそんなのこれっぽっちも深く考えたことはなかったけど、最近はちょっとだけ考えるようになった。
私の中にある音楽なんて子供プールくらいの浅さしかないと思う。その浅いプールにはぷかぷかとレコードが浮かぶ。本当にそんなの見ちゃったらきっと悲しくなる。私の音楽ってこれだけなの?
小学校の時は、まず長女の私にお父さんのラジカセが下がってきて、妹と一緒に家にあるカセットを聴いていた。妹の憂の方が音楽に興味津々って感じで、よく一緒に寝転んで流れてくる川本真琴の曲とかを口ずさんでいたり。そのうち、私のより立派なMDコンポが憂の部屋に置かれてからはそっちで音楽を聴くようになったけど。
いつの間にかMDなんてものができていて、そのうち気が付けば何万の音楽が手のひらに収まるようになった。私は同級生が新しいプレーヤーに手をつける中で、それをぼーっと眺めていただけ。
中学校の時なんかテレビに出てくるJ-POPばかり耳にしていた。後は和ちゃんが紹介してくれるCDとかをぽつぽつと聴いていただけ。
そんな私も、このままじゃいられない場所に来てしまった。昔の自分が知ったら絶対びっくりする。
私、軽音部に入りました。音楽をやる部活。
音楽。音を楽しむと書く。ただの音じゃなくて、人間が組織づけた音。
生まれた時から、ううん、それこそ生まれる前から耳に入ってきて、受け入れて、馴染んで。たまに口ずさんで。けど、それは真っ正面から向き合っているのとは違って。
音楽はいろんな角度から私に触れてくるのに、こっちから応えることができるなんて思ってもいなかった。
近頃、そういうことが少しずつわかってきた。
アンプからずっと変な音が流れている。私がギターを弾いていない時、かすかにジャーって感じになるのが面白い。弦に触れたらぴたっと止まる。
おもろい。
夏音くんがこれはホワイトノイズっていうんだって教えてくれたんだけど、そこから先の「たいいき」がどうとかはよくわかんなかったけど。ノイズにも色があるのかな。ピンクとか、ブルーとか?
「唯、ぼーっとしてないで言われたコードをおさえてよ。プリーーーィズ」
凛とした声に私はハゥっとなる。目の前には色白の女の子……失礼。みたいな男の子がギターを構えて座っている。どうやらまたやってしまったみたい。集中力が続かないで、すぐに他の事に気が散ってしまう私のいけない癖。面目ないです。
夏音くんが困ったように眉を下げてこっちを見ているのであわてて頭を下げた。
「ご、ごめんですー!」
「ヤレヤレ。唯ちゃん、いいですかー? もう少し集中力をつけようねー」
「はーい!」
「まったく……一度集中したらすごいのに……」
夏音くんは溜め息まじりに俯いた。こめかみを揉んで瞳を閉じている。だいぶお疲れの様子。私のせいなので、何も言えない。
へへへ、と頬をかいて誤魔化し笑う。出来の悪い生徒でさーせんね。ひとまず教えてもらったコードを押さえて右手を振り下ろす。
ジャーー。あれ、何か違う。絶対チガウ。
「一音ずれてるよー……薬指はここ! ひとつズレただけで、その音じゃなくなるんだから。唯は音感しっかりしてるんだから、わかるでしょ?」
「せ、先生。薬指が動きませんー!」
「そりゃぁね。一番神経が少ないから、薬指は頑張らないと動いてくれないんだよ。練習あるのみさ」
最後の一言でばっさりと完結されるのも困る。その一言に尽きるのだとしても。
「これがGM7…A7…Bm7…えっとD…」
「そこはDonA。こう動くの」
「あ、そっか! それで、そこからGadd9。Gに9thのこの音を加えているの」
「あ、指つる……あぁ~~」
もう指の限界だった。弦を押さえる指が痛いし、ずっとコードを押さえているうちに指がつった。
「ま、最初のうちは仕方ないよね。休憩にしようか」
夏音くんは私の醜態にも頬をぴくりとさせずに静かに言い放った。そのままギタースタンドにギターを置いた夏音くんが皆のテーブルの方に向かう。置いてかれた私は今おさえていたコードの形を手で再現してみる、けど急に虚しくなった。
ふぅ、と溜め息一つ。幸せ三つ逃げていった。滅多に溜め息はつかないけど、教えてくれる夏音くんに申し訳なくて、自分が不甲斐なくて。
夏音くんに何回も言われている、肩の力を抜くってことがなかなかできない。普段の唯をそのまま出せばいいって言うけど……普段の私ってどんなの。最近はこのせいで肩凝りがひどかったりして急に何歳か老けたみたいに感じる。
「うぅ~、ごめんねー。せっかく教えてもらってるのに……」
「気にしないで。だんだん余計な力を入れないで押さえられるようになるから」
そして椅子に腰掛けた夏音くんがお菓子を貰っているのを見て、私もギターを置いて立ち上がった。
「お疲れサン。唯の上達の程はどう?」
ドラム雑誌を読みながら茶菓子をつまんでいたりっちゃんが隣に座った夏音くんに訊ねた。
「んー、まずまず?」
ぎくってするよね。こうやって目の前で下された評価にどう反応したらいいのでしょう。絶対に褒められる要素なんかないし、聞かなかったフリでもすればいいかな。私は椅子に座ると会話に参加しないで、そっとその会話に耳を偲ばせてみた。
あ、今日のお菓子は大福餅。わーい。
「だって一度は覚えていたものなんだよー?」
夏音くんは湯のみをまわしながら、お手上げーって感じで肩をすくめた。
「だよなー」
それに肩を揺らして同意するりっちゃん。二人とも、本人を目の前にしてひどいよ。そこまで言われると、いくら私だって何か言わなきゃと思って重い口を開くよ。
がっと椅子を引いて立ちあがった。
「私はやればできる子だと……」
あれ。部室から音がなくなっちゃったよ。
「和ちゃんが以前に言っておられまし………た……」
澪ちゃんの方を向くと、音速で目をそらされた。やっぱり、夏音くんの反応が気になるよね。勇気がいるけど。えい。
青い青い双眸を限界まで見開いてこっちを見上げる夏音くん。ふいにその表情が崩れて笑顔になった。
「まぁ、唯だからなー」
「あぁー、そっかー唯だもんなー」
「そ、そうだなー唯だからな!」
急にほわーんと空気が崩れて、嬉しそうに同意するりっちゃんと澪ちゃん。これは馬鹿にされている気がする。
「まぁ、座りなさい」
夏音くんが促すと、すかさずムギちゃんがお茶のおかわりを注いでくれた。それで私は大人しく椅子に落ち着く訳ですが。あれ、今の空気はなんだったんだろうと。納得がいかない。ああ大福が美味しい。
「あと十分くらいしたら再開するよー」
間延びした夏音くんのもの言い。リラックスしきっている。腑に落ちないよ。
「さて、再開しますよー」
「はい」
改めてギターを構えてアンプの前に座った夏音くんのレッスンが再開された。
「ギターをやっていくうえで唯が覚えることは山のようにあるんだけど、まずコードを押さえられないと話になりません」
「はい」
「ただ、曲としてやってみるのも上達の道でしょう」
「はい」
「ということで、二つしかコードを使わない曲があるんでそれをやってもらうね」
そう言って夏音くんは「C」と「G7」だけ使って例を見せてくれた。
「ね、簡単でしょ? アップテンポな曲で、弾いていて楽しくなるよ」
さぁー、やってみてと言われて私はギターを構える。流石に押さえるのが簡単なコードだし、詰まらずに弾けた。コードチェンジも初歩中の初歩のもの(かつて完璧に覚えていたのだから)。
たどたどしいリズムで曲になっているか怪しいけど、何回も同じコード進行を繰り返す。すると夏音くんが足踏みで私のリズムを整えてくれる。あ、曲に入る前はまず足でテンポを作ってからって教えてもらったのを忘れていた。
それでも助け舟(足?)を出してくれた夏音くんの足に合わせてだんだんと私もノッてきた。
でも、ここからがすごかった。夏音くんのギターがそれに参加してきた瞬間、もうそれは魔法みたいに変身した。ギターが縦横無尽に歌い、高鳴る旋律を部室に響かせている。
顔を上げたら目が合った。そして気づいちゃった。彼のメロディーを支えているのは、今の私が弾いているギター。私がズレたらいけないんだ。こんな簡単なコードでこんなに素敵な演奏に立派に加わっている。
すごいよ。私、今音楽やっているよ。
夏音くんの音が甲高く伸びていく。表情で、もう終わりって示されているのがわかる。大げさにギターを掲げた夏音くんに合わせてジャカジャカーンと適当なストロークをかき鳴らして曲が終わった。
「すごいすごーい!! 夏音くん、私すごいよ!」
「うん、きちんと形になってたね!」
私が興奮冷めやらぬ勢いでいると、夏音くんも満足そうに微笑んでいた。
「ちょっとはつかめたでしょ?」
「うんっ! 私、こうやってもっといっぱい曲弾きたいと思ったよ!」
「そう? なら、次はあの有名な曲にしよう。カントリーロードっていって、使うコードは今より増えるけど、ポジションチェンジが割と簡単だから……」
ああ、楽しい。うん、楽しい。こんな風に音楽をやっている瞬間は楽しくて仕方がない。
軽音部に入らなかったら、こんな感覚知る事はなかったと思う。
だから私は今日も明日も、どれくらい指を痛めたって楽しいに違いないんだ。
<澪>
残響が消える。一瞬前には少し低音がブーミーな音がアンプから漏れていた。サスティーンがゆっくり消えていく時、呼吸と似ている。ゆっくり息を吐き出すような感覚。
私は演奏を終えて指板を手のひらでおさえて夏音の言葉を待った。夏音は腕を組んだ姿勢で目を閉じている。やっと開かれた口からは思わぬ一言が飛び出た。
「チューニングがズレてる」
「え?」
よりによってそこ? と思わなくはないけど、まず言われた言葉に反応してみよう。おかしいな。これを弾く前に合わせたばかりなのでチューニングがズレたとは思えない。弾いていても気にならなかったし。
「ちょっと貸して」
私が目を丸くして愛器を見詰めていると、夏音がベースを寄越せと身を乗り出した。素直に渡すと、彼は色んな場所でハーモニクスを鳴らしてペグをいじりだした。ネックを横から見たり縦から見たり。
「んー、うん。若干だけどネックが反ってるね。ここのところ湿気がすごかったからね」
「反ってるの!?」
それは大変な事だ。いや、一大事だ。夏音の言葉にどうしようもなく焦ってしまう。それより、何て不甲斐ないんだと落ち込んだ。ネックが曲がっている事に気が付かなかったなんて!
「言っても少しだよ。ほら、オクターブが狂ってるでしょ?」
ほら、って聴いてもわからないけど。
「どうしよう」
「どうしようといっても、どうしようもないよ。テンション緩めたまましばらく放っておこう。たったこれだけでロッドをまわしたくないし」
その言葉にほっとする。何だ、大事にとってしまったと胸を撫で下ろした。実はネックというものは案外簡単に反ってしまうものだ。季節によって湿度の影響を受けてしまう。乾いたり、潤ったり。日本、忙しないから。とにかく楽器は生き物。 すごく繊細で、持ち主の管理がかなり重要だ。愛しの楽器が悲鳴をあげているのにも気が付かないような人間にはなりたくないものだ。
意図せずネックが反ってしまえば、チューニングが揃わなかったりしてしまう。さらに言えば、弦がフレットに当たりすぎてしまったりすると演奏していられない。弦をビビらせる事も手だけど、そこは程度の問題。夏音が言ったように、ちょっと反ったくらいだとテンションの駆け具合で修正できてしまう。
それにしても、夏音の耳はどんな造りをしているのだろう。私は音のズレがわからなかった。少しの音のずれが気になる、というより気にすることができる耳というのはうらやましい。
「澪はもともとロウを出し過ぎて何の音かはっきりしない時があるからな。力入りすぎて音上がってる時あるし」
音感はしっかりつけた方がいいでしょう、と夏音は語る。しかしながら、コルグの安物のチューナーでは計測できないくらいのズレであったことは私の名誉のために言っておきたい。それでも他人に指摘されるのはやっぱりいたたまれなくなる。
夏音の自宅で行うベースのレッスンは毎週の恒例行事になっている。頭を下げて夏音に見て貰う事になって、しばらくは私の方が萎縮してしまって身が入らなかったりした。二つのベースが向き合っていると、普段の彼の面影がすっとどこかに行ってしまう感じがしたのだ。同級生、部活仲間、という枠組みから外れたプロのベーシストとしての夏音を前に圧倒してしまった。
それでも何回か続けていると人間、慣れるもの。すっかりこの環境に順応してしまった今ではこのプロ御用達スタジオ、みたいな自宅スタジオに居ても余裕しゃくしゃくでいられる。幸い、夏音以外の家族に遭遇する事もないし。
ただ、多少の不満は何点かある。夏音という男はとかく自室か地下のスタジオにこもって大きな音に埋もれていることが多い。だからチャイムの音が届かないで三十分も玄関で待たされた事もしばしば。金持ちの豪邸の玄関先でじっと動かない少女を近所の主婦が怪しげに睨んできた事もあって、大変居心地が悪い気分を味わったりしたから。
その辺についてつぶさに文句を言うこともできない。所詮、時間を削ってもらっている身だから。どうせ不平を漏らしても「あーごめんごめん」って簡単に謝るだけだし。それでも、それはそれで憎たらしい気持ちが湧かないっていうのはズルイ。それが立花夏音という人間で、幸か不幸か私はこの短期間ですっかり立花夏音という人間に慣れてしまった。
もちろん慣れないことも確かにあるけど。主にカノン・マクレーンというアーティストについて。
目の前にいるのは確かに夏音だけど、カノン・マクレーンでもある。ベースを弾いている時の彼を同級生として意識することはなかなかどうして難しい。
桁が違い過ぎる。毎回、彼が走らせるグルーヴに圧倒されるし、打って変った幽玄な調べに心が揺れてしまう。フレーズが歌うのに合わせてこっちの心が揺り動かされる。なんといっても、毎度彼のベーシストのコンサートの特等席に座っているようなものだから。
まだ両手で数えるほどしか行われていないレッスンだけど、たったそれだけで私はだいぶ成長したと個人的に思う。まだまだって笑われるかもしれないけど。自分の成長は自分が一番分かっているつもり。だから、胸を張って私は言う。少しだけ上手くなりました、って。
「澪は教えがいがあるよ。教えたことをすいすい覚えてしまうんだもの」
夏音は前にそう言ってくれたことがあった………あったんだ。そのあと、頭が真っ白になった私がどう返したか記憶にないんだけど。彼は本当に真剣に教えてくれる。細かい所まで相手の立場になって疑問に答えてくれたり。ただ、真摯に教えてくれるのはいいけど。これまた頭が痛い問題が。
「ハハハッ! ヨレてるヨレてるー。何それ三連符になった時の澪のリズム気持ち悪い……あーキモイ!」
「はっはぁー、シャッフルつっても適当ってことじゃないんだよ。頭の中がシャッフルするんじゃないよ?」
「今のは、裏なの表なの?」
「ごめん、いまの曲だった?」
等々の手厳しい言葉が飛び出る。なんというか、音楽に関しては鬼のように厳しくなるのだ。それも、レッスンが始まって最初のうちはまだいいんだ。
興がのりだすと、だんだんと笑顔を顔面に張り付けたまま心は鬼軍曹と化す。
あまりの言葉に気絶しそうになったことも……。気のせいではないと思うんだけど、メンタル面の耐久力も徐々についてきている気がする。
とにもかくにも。色々あるにせよ、この時間はとてもタメになるし大切なものだって事は間違いない。
「俺のベース貸すよ。弦が激死にだけど」
どうにもこれ以上、私のベースの音を聴きたくないそうだ。ひどい。けど仕方ない。そう言って、彼はスタジオに置いてあったベースの一つを貸してくれた。現れたベースを見て、腰を抜かしそうになった。
リッケンバッカ―……到底、私には手が出せない代物だ。万が一でも壊したらどうしようとベースを持つ手が少し震えてしまう。
「何でレフティーのがあるんだ……?」
「これ、知り合いのなんだ。前にプレゼントされた。レフティーのだからいらなかったけど、役に立つ日がくるとは……」
ベースを受け取ってから、早速チューニングをすませてアンプで音を鳴らしてみた。
「あ、すごい」
弦が死にかけといったが、良い感じに抜ける。綺麗に抜ける、というより重低音がイブシ銀に駆ける感じ。
「案外丸い音も出るだろ? ホローボディだしフロントのピックアップも特注、プリアンもこだわり抜いて造ったものらしいから。つまりオール特注だからスケールも澪のベースと違和感ないと思うよ」
何だその至れり尽くせり。これ、正規の値段なんかじゃ図れない程のスペックじゃないか。
「うん……弾きやすい……弾きやすいけど、おそろしい」
「そー? よかったよかった!」
夏音は私の呟きをガン無視してきた。庶民はこんな楽器をほいほい弁償できないというのに、理解していないのか。
それでも、私は磨かれた白黒のボディをたくましく感じた。滅多にこんな良いベースを弾ける機会はないのも事実だから、嬉しい。
それから指ならしのスケールを適当に弾きながら、うなずく。弦が死んでいるからあまり高い部分が出ない。イコライザーをいじりながら一弦でプルしたりしてそれを確認していると、ふと頭に浮かんだ事があった。
「私、きちんと教えてほしいことがあるんだケド……」
「なに?」
「スラップを……ね」
スラップ。ベースを始めたものなら、誰しもがやってみたいはず。そのはず。スラップとは、と訊かれてどう答えるかは人によると思う。大元を説明すると、ベースで打楽器の代わりをする、というのが正しいかもしれない。
先代の偉大なミュージシャンがスラップの道を切り拓いてきて、今ではその奏法もバリュエーションが豊かになった。要するに、なんだろう。とてもファンキーなグルーヴを作りだすことができて、弾けると格好良い。何を隠そう、この奏法で有名なベーシストの一人に目の前の彼がいたりする。
「そうか……スラップねぇ」
すると夏音は自分のアンプのつまみをちょいちょいといじってから、四弦に親指を叩きつけた。うねるようなグリッサンドから、バキバキとファンキーなリフが繰り広げられる。
私の苦手な三連のシャッフルが盛り込まれ(私へのあてつけ的な)、夏音の両手がめまぐるしく動く。というよりプルの連符……四つ音が聞こえた気がしたけど、幻聴だろうか。
本当に、魔法みたいな手だと思う。見とれる。そして圧倒され。遠くなる。
こんな人に追いつけるだろうかって。
すぐに手を止めた夏音は私の顔を真っ直ぐに見詰めて口を開いた。
「スラップは……まだ、澪には早いと思う」
「そ、そうかな?」
そう言われるとは思っていなくて、ショック。
「うん。まあ、見なさいな」
そして夏音は親指を四弦に叩きつける。
「これがサムピング」
次に、三弦を人差し指で引っ張って指板に叩きつけた。ベキッと音が鳴る。
「それでプル。この二つがスラップの基本です。けど、これを組み合わせてこういう音が鳴っていたらスラップって言うのかな」
夏音は単純なサムとプルを使ったオクターブフレーズを弾く。
「ずっとこれじゃあ、つまんないね。澪が想像するスラップは、もっとこうファンキーな感じじゃない?」
「うん」
「それには、実はいろんな技術が必要だし澪は普段弾いていてもゴーストが下手。ミュートができないとそれっぽい事しかできないよ」
「うっ……!!」
遠慮はなし。夏音の言葉は鋭い。
「だからスラップはもっと後でいい。サムやプルなんかの動きに慣れておく事はいいと思うけどね。今は他にやることがいっぱいあるからね!」
「うぅ、ハイ……」
私は返す言葉もなく、うなだれてしまった。
「まあ、そんなに落ち込まないでよ。いつか、必ず教えるから。俺は澪にはきちんとベースを教えて、上手くなって欲しいんだ。澪なら、できると思うから」
顔をあげると、真剣な表情で私の目をのぞく夏音。青い瞳は、嘘を含まない。たしかにボロクソ言われるけど、夏音は最後には必ず「澪ならできる」って言ってくれる。
そう言われると、今がどんなに未熟でも必ず上手くなれるっていう自信がつくんだ。
間違いない、って信じることができる。
「あぁ、確かに他ができていないのにスラップなんておこがましいよな……」
「うわぁ、おこがましいなんて日本語……澪ったらネガティブな子だね」
「こ、これは謙虚っていうんだ!」
「ハハハ! 冗談だよ。それに、そんなに遠くないうちに澪には教えることができると思うから安心して、な?」
な、って言われてニッコリほほ笑まれると言葉が出ない。心なしか顔が熱い。だめだ……やっぱりこいつには勝てない。
「なんていうか……よろしくお願いします」
顔は上げていられないから、頭を下げる。
「いいえー、こちらこそ」
※一話が短すぎたので、残りはまとめてみました。これで幕間、いったん終了です。こんだけ幕間つづかねーよと思われたら申し訳ございません。リッケン欲しいですなぁ。