季節は六月。本格的な梅雨の到来を前にして、埼玉県麻帆良市は、乾いた暑さの中にある。
暑いと言えば、確かに暑い。気温は三十度を越える日もあるし、もはや暑さを通り越して“痛み”を感じる日差しが、容赦なく降り注ぐ。
しかし、本格的な夏の空気は、未だ春の名残によって押しとどめられたまま。何処に逃げても追いかけてくるような、あの湿り気を帯びた暑さの季節には、まだ幾ばくかの時間がある。
少し足を止めて、何処かの店の軒下や、あるいは街路樹の落とす木陰に身を隠せば、それだけで涼しい風が頬を撫でていく。
あるいは一年の中で、最もこの時期が好きだ、と言う者も居るのでは無いだろうか。肌寒さも蒸し暑さも感じることはなく、目に鮮烈な透き通った青空。しかし季節は、これから訪れる最も激しい時間を予感させ、同じように風に涼しさを感じる秋口のような寂寞感はない。
また、ここは学生によって構成される“学園国家”麻帆良である。夏にはまた、学生時分にのみ許された、長いお祭り騒ぎの時間――つまり“夏休み”がある。そして祭りはその時そのものよりも、その準備期間の方が、概して胸の高鳴りは大きいものなのだ。
――そんなわけで、中間考査を終え、暫く後に訪れる特別な時間に思いを馳せ。麻帆良学園都市は、いつも通りの活気に満ちあふれていた。
「夏とか――夏、とか。具体的には、カップルとかみんな爆ぜて死んだら良いと思う」
その麻帆良市の郊外に建つ、一件の日本家屋。
表札に「横島」とあるその家の縁側で、一人の少女が、今この街を包むさわやかな活気を真っ向から否定するような言葉をこぼしていた。
麻帆良学園本校女子中等部、三年A組――朝倉和美、その人である。
普段はそれこそ、頭に“美”を付けても構わないだろう、明るく快活な少女である。ただ、タンクトップに短パンという自宅でくつろぐような格好で縁側に転がり、天井から吊された電球を眺めながら、死人のような表情で物騒な事を呟く彼女に、その面影はない。
「あんたはいきなり何を――あー……午前中さよちゃんの所に行ってきたんだっけ?」
地を這うように耳に届いた声に、卓袱台にノートを広げて唸っていた、亜麻色の髪の少女――神楽坂明日菜は、鬱陶しそうな目線を和美の方へ向ける。
クラスメイトの相坂さよと、麻帆良学園学園長である近衛近右衛門の関係が因縁浅からぬものであることは、明日菜も知っている。そして他ならぬ和美自身、二人の因縁に巻き込まれた紆余曲折を経て、さよと友人に――親友と言い換えてもいい関係になったのだ。
だから和美は――口では色々と言っているが、結局はさよの幸せを願っている。
学園長の事にしても、納得は出来無いながらも、頭の何処かで理解することは出来ているのだろう。そうでなければ、そもそも彼が相坂さよに近づく事自体を、何としてでも阻止するはずだ。
麻帆良のパパラッチと呼ばれる割に、自称ジャーナリストが聞いて笑うだろう。だが、朝倉和美とは結局、そう言う少女なのである。
「あんたもいい加減、学園長に突っかかるのやめなさいよ。近頃学園長と見ればちょっかい出しに行く和美の方が、見ててどうかと思うわよ? ――木乃香のお爺ちゃんだし、間違っても悪者ってわけじゃないし。そりゃまあ、私も正直、さよちゃんの趣味って最悪だと思うけど」
「あんたもその学園長に学費援助して貰っておいて、酷くない?」
天井を眺めていた和美は、ごろりと半回転してうつぶせの姿勢になり、顔を上げて明日菜を見る。だが相変わらず体の方は脱力したままであり、べったりと地に伏せって顔だけを上げた様は、まるでアザラシか何かのようだった。
そのままの体勢で、和美は盛大にため息をつく。
「チクショウ、あたしとあの娘の何が違うってーかな。あたしだってこう、花も恥じらう年頃の乙女だってのに」
「花も恥じらう年頃の乙女が、そんな格好でモテない引きこもりの男みたいなこと言ってるかしらね」
「明日菜の格好だって大して変わんないじゃん」
「言いたかないけど、あんたブラもショーツも全開で見えてるわよ。いくら横島さんが出張で居ないからって、人の家でくつろぎすぎじゃない?」
「横島さんなら逆に喜ぶんじゃない? ホラあの人、自称“永遠の煩悩少年”とかって」
「否定はしないけど、そういうのシロちゃんに聞かれたら殺されるわよ?」
「拙者がどうしたので御座るか?」
突然開かれた襖に、明日菜と和美は思わず背中を跳ね上げる。見ればそこには、話に登ったばかりの犬塚シロの姿。今日はいつもの和装ではなく、ラフなポロシャツとカットジーンズを身につけて、汗を掻いたグラスとスナック菓子などお盆に載せて立っている。
「あ、いや、何ね――今日は暑いなあって話」
「左様で御座るな。まだ湿気がないので助かるが、これで本格的に夏になればどうなることか。それで和美殿は、暑さに参って勉強が出来ないと申すつもりか?」
「いや、単なる休憩中。この世の格差って奴を嘆いてただけッス」
悪びれる様子もなく、和美は腹筋に力を入れて起きあがる。
シロは苦笑しつつ、麦茶が入ったグラスを、明日菜と和美に手渡してやる。礼を言ってそれを受け取った二人は、ふとお盆の上、シロの分のグラスの隣に置かれた物体に気がつく。
「……シロちゃん、それって」
「あー、いや。こう暑いと……水物ばかり腹に入れていては体調を崩しかねない故」
「だからって今出してくるかねえ。あたしあの時はもう、シロちゃんの頭がおかしくなっちゃったんじゃないかと思って、本気で心配したんだよ」
彼女のグラスの隣に置かれていたのは、一個の缶詰だった。ただし、それは人間が食べるためのそれではない。缶のラベルには、鮮やかな文字と共に、一頭のゴールデン・レトリバーの写真が踊っている。
話は暫く前のこと。学校帰りにふとコンビニに立ち寄ろうとした和美は、偶然シロがそこから出てくるのを見かけて、声を掛けようとした。
その時のシロは妙にソワソワと言うか、わくわくした様子で、ビニール袋の中から何かの缶を取り出すところだった。あの彼女がああも興奮した様子で、一体何を買ったのだろうと近づいた和美は――思わず、固まった。
シロが袋の中から取りだしたのは、果たしてドッグ・フードの缶詰だった。
……これは何だ? どういう意味だ?
割合聡明である和美の頭脳を持ってしても、容易に答は出なかった。はて、彼女の家では犬など飼っていなかっただろうし、何処か余所の犬に餌でもやっているのだろうか。そう言えばクラスメイトの絡繰茶々丸は、時折公園で猫に餌をやっていると聞いた。
あの期待に満ちた――ともすれば初めて見るほどに期待に満ちた表情は意識の外に置き、和美はとりあえずシロに声を――掛けられなかった。
喜々としてその缶詰を開けた彼女が、躊躇うことなく――その中身を、口に運んだから。
まさに、至福の表情。
そんな顔で犬の餌を貪るクラスメイトに、果たして普通はどうやって声など掛けたものか。いまだ十五年ほどしか生きていない少女には、いささか難しすぎる問題であった。
「ついあのコンビニで新商品を見かけてしまって――拙者、和美殿にはいつか話す時が来るだろうとは思っていたで御座るが――ああもくだらない原因で、自分の出自を明かす事になろうとは、夢にも思わなかったで御座るよ……」
遠い目をして、シロは呟く。
結果、和美はそうして、シロが純粋な人間ではなく――狼の血をその体に宿す特別な存在――“人狼”であることを知ったのだ。
シロは自身の血統に誇りを持ち、以前までの桜咲刹那のように、それを隠そうとしていたわけではなかった。だが、だからといって、こんなきっかけで友人にそれを打ち明ける事になろうとは。
その時シロは、京都で涙ながらに友情を確かめ合ったと言うクラスメイト二人が、無性に羨ましくてならなかったという。
「いや、刹那さんみたく、“自分が人間じゃない云々”みたいな理由で悩み抜くよりはよっぽど良いと思うけどね?」
苦笑しながら、そう言ったのは明日菜だ。彼女としてはフォローしたつもりなのかも知れない。和美としても、その言葉には同意であろうし。
「……ねえ、シロちゃん。それって美味しいの?」
馬鹿馬鹿しい思い出に浸って、生暖かい視線をシロに向けていた和美は――ふと、唇に指を当てながら、そんなことを言った。
「ちょっと、和美?」
「いやいや、あたしも別に進んでドックフードが食べたいわけじゃないけどさ。シロちゃんがあんまり美味しそうに食べるもんだから、つい」
「……拙者そこまで顔に出ていたで御座ろうか?」
「や、今更自分で言っててわからんかなって、突っ込み入れたくなるくらいにはね?」
「ふむ――普通の人間の味覚に合うかは、正直微妙で御座るよ? 薄味と言うにもアレで御座るし――拙者もコレに関しては、味覚より本能が求めているのでは無かろうかと、時々思うくらいで御座るし」
「そう言えばシロちゃんって、普通に料理も出来るんだもんね」
「まあ、気になると言うのなら、一口つまんでみるで御座るか?」
「え? いいの?」
「和美! よしなさいよ!」
「いいじゃないの。別に毒じゃないんだから。単なる知的好奇心だって――」
何だかんだと言いつつ、皆が皆、年頃の少女である。三人寄れば姦しい、などと、彼女らの年頃の少女に対しては、今更言うような言葉ではない。
ただ――馬鹿げた談笑に興じる彼女たちは、気がつかない。開け放たれた襖の向こう側。たまたま廊下を通りかかった、緑色の髪の少女が――形容しがたい表情を浮かべていた事に。
「……たまたま通りかかって見れば――女子中学生が三人、ドッグフードをつつきあっていたのです……私は一体、何を思うべきなのでしょうか?」
「大体自分がカップル爆発しろだとか、学園長もげろだとか言う前に――そもそもあんた、好きな人がいるの?」
「う」
暫く後――今日の勉強会はとりあえず一段落だと、麻帆良の街をぶらつく少女達の姿があった。ヨーロッパの古都に迷い込んだような錯覚を受ける麻帆良の町並みは、ただ散策するだけでも目を楽しませてくれる。
散歩には少々五月蠅いと自称するシロをして曰く、故郷の山々や、東京の騒がしいながらもどこか安心するような町並みも嫌いではない。しかし、一見して真新しさと懐かしさが混在するようなこの不思議な町並みを散策する事は、こちらにやってきてから既に楽しみとなっている、と。
“散策”というくだりに、彼女の保護者である白髪の青年が、何やら疲れたような淀んだ目で遠くを見ていたという事実は、さておくとして。
ドッグフードの口直しにと称して、コンビニで買ったアイスを口にしつつ、明日菜は和美に言う。ちなみに味の方は、意外にも食えたものではないということはない。が――進んで口にしたいと思うものではなかった、とのことである。
閑話休題。
「私もインターネットとかで、今のあんたみたいなこと喚いている人がたくさん居るのは知ってるけどさ。アレ見る度思うんだよね。そりゃ、恋人の居ないバレンタインだとか、クリスマスだとかは寂しいかも知れないけどさ、カップル妬む前に、あんたら好きな人がいるのかって」
好意を寄せる相手が居て、その思いが届かない。あるいはもっと単純に、容姿や性格や趣向の問題で、異性にモテないのだと言うのであれば、まだ同情は出来る。だが、明日菜にはそうは思えなかった。そういう理由を持った者も、連中の何割かは居るのかも知れないが、その大半は、自分が誰かに思いを寄せる――その大前提を吹っ飛ばして、ただ単に仲むつまじい恋人達に嫉妬しているだけではないか。
言っては何だが――矛盾していると、彼女は思うのだ。
「そ……そうは言うけど、ウチ、女子校じゃん? そりゃ、ちょっとばかりみっともない事言ってた自覚はあるけど、あたしだって憧れるわけよ。愛だの恋だのって奴に」
「だったら世の中のカップルを呪う前にすることあるんじゃない? もっと建設的な事がさ」
「馬鹿レッドのくせに“建設的”なんつう難しい言葉を……」
「喧嘩売ってんならいつでも買うわよ?」
額に青筋を浮かべて肩に手を置く友人を前に、和美は首を横に振って白旗を揚げる。相手も本気ではないのだろうが、“あの”三年A組でも上位に食い込む身体能力の持ち主に、喧嘩をふっかけて勝てる気はしない。口喧嘩なら話は別だが。
「和美殿、そのような事を言うものではないで御座るよ。明日菜殿は先の中間テストで、それなりの結果を出している故に。もはや“馬鹿レンジャー”という汚名を返上する日も近いと」
「ま、まだまだ赤点に怯えずに済む程度ではあるけどね」
少し照れくさそうに、明日菜は言う。だが、その言葉は純粋に驚きだ。彼女がこの数ヶ月で地道な努力を続け、これ以上ないほどの低空飛行を続けていた成績が徐々に上向いて来ているのは知っていた。
「明日菜殿は元々、単純に頭が悪いわけでは無いので御座るよ。綾瀬殿と同じで、“勉強”という行為が嫌いなだけで」
「そりゃまあ……中学の勉強レベルで、頭が良い、悪いっつったって、結局はそういうことなんだろうけど――」
しかしだからこそ、と、和美は思う。
彼女ら時分の年頃で、学校の成績が良いとか悪いとか言っても、結局それは、多少要領よく勉強が出来るかどうかと言う程度の差しかない。難しい学問を修める学者になろうと言うのならまだしも、中学生レベルの勉強などその程度のものである。つまりは“誰にでも出来る”のだ。
とはいえ――だからこそ、彼ら彼女らには、差が出来てしまう。
勉強の要領が悪いから、勉強が嫌いになる。そうすると余計に、授業に追いつけなくなり、他人よりもやるべき事が増えてしまい、それを処理しきれないうちに、ますます勉強が嫌いになる。
そう言う悪循環を繰り返すうちに、成績が悪くなり、“馬鹿レンジャー”が生まれてしまうわけである。
「何て言うかその――シロちゃん見てると、勉強が嫌だ嫌だって逃げてた自分が馬鹿らしくなるっつうか……」
頬を掻きながら、明日菜は空を見上げる。本人を目の前には、言いにくいのだろう。
「謙遜をなさるな。それは拙者がどうこう言うのでなく、単純に明日菜殿の努力の賜で御座るよ」
「よせやい」
そう言って腕を振る明日菜の言いたいことが、和美にはわかる。
何と言えばいいのだろうか――犬塚シロという少女は、とにかく純粋なのだ。何事にも一生懸命だし、正直だ。
それを見ていると――子供のように駄々をこねているだけの自分に気づかされるのだ。
勉強が出来ないのは、頭が悪いから仕方がない? そんな筈がない。やれば誰もが出来る事をやっていないのは、単なる己の怠慢だ。
自然と、そういう風に思ってしまうのだ。
「そう考えたら、シロちゃんって結構完璧超人だよねー……可愛いし、スタイルいいし、勉強も家事も出来て……シロちゃん日頃から悩んでるみたいだけどさ、焦る必要ないんじゃない?」
「褒めすぎで御座るよ明日菜殿。所詮拙者とてただの小娘。至らない所など山ほどある。焦る必要――とは?」
「だから、横島さんのことよ」
明日菜の言葉に、シロは足を止める。同じく和美も――何と無しに、シロの方を見る。
「横島さんって自分で、可愛い女の子が大好きだ、みたいなこと言ってるじゃない? そしたら、普通シロちゃんみたな子をほっとかないでしょ。年の差の事を結構気にしてるみたいだけど、そんなのシロちゃんが成長するまでの時間の問題でしょ。横島さんっていくつ? 二十代半ばくらいでしょ? 十歳違いの夫婦なんて、ザラにいるよ?」
「あ、明日菜殿」
「大体シロちゃんの言い分じゃないけどさ、あの人変なところでカタいよね? 自分のこと馬鹿でスケベで、とか言ってる割にさ。そりゃあげはちゃんの手前、あんまり露骨な事すんのもどうかと思うけど、それでも横島さんって、シロちゃんのこと、嫌いだってわけじゃないんでしょ?」
「あ、う……そ、あの、それは、そうだと、思いたいで御座るが」
「なによー、そこはもっと自信持ちなさいよ。さっきの話じゃないけど、そう言うのってシロちゃんらしくないよ? “どうせ拙者には”とか“今はまだ”とかって、全っ然!」
「いや、明日菜、殿――その、目が、怖……」
何やら何処かのスイッチが入ってしまったらしい明日菜は、シロの両肩を掴んで、鼻先が触れ合いそうな距離にまで顔を寄せる。
「よしなさいよ」
「あたっ」
そんな明日菜の後頭部を、和美が軽く叩く。
それで我に返ったらしい明日菜は、わざとらしく頭をさすりながら、目を細めて和美を睨んだ。
「だってさ……私から見たら、シロちゃん幸せすぎるもん。まぶしすぎるもん」
「高畑先生の事言ってんの?」
「……」
口をとがらせ、僅かに頬を染めて、明日菜はあさっての方を向く。
彼女がかつての自分たちの担任――高畑・T・タカミチ教諭に好意を抱いているのは、クラスの皆が知るところである。
無理もない、孤児である彼女をここまで育てたのは、他ならぬ彼であるのだから。さしずめ彼は、明日菜にとっての“足長おじさん”と言ったところか――別に正体がわからないわけではないが。
その気持ちもわからないではないが、それは幼子が父親に抱く気持ちと大差無いのではないだろうか? 一瞬そんな考えが、和美の脳裏を過ぎる。
(……でもそれを言ったら、さよちゃんと学園長も似たようなモンか。シロちゃんと横島さんにしてもそう――)
結局は、と、和美は小さくため息をつく。
(この娘らの気持ちが、何処まで本気で、何処まで強いのかって――そういうことなんでしょうけど)
顔を赤くして言い合う二人の少女の姿は、見ているとこちらの力が抜けていきそうである。だが――彼女たちの気持ちが本気でない、とは、間違っても言えない。
所詮、自分たちはまだまだ子供なのだろう。彼女らが仮に、それぞれの思い人を振り向かせることが出来たとしても――それは決して近い将来の事とは言えないだろうなあ、と、和美は一人、彼女たちには聞かせられないような事を思った。
「好きな人、かあ」
そこに戻れば。
自分はまだ、憧れる世界のスタートラインにも立っていない、ただの子供。気弱な言葉の一つも出ようかと言うものだ。
それに気がついたのか、シロが和美に言う。まだ少し、その顔は赤い。
「和美殿――このようなことで、焦る必要は無いで御座るよ。和美殿は拙者から見ても魅力的な女性。必要のない焦りを感じて、自分の安売りをするような真似はよしてくだされ」
「ん? まさか、そこまではね。自分で言うのも何だけど、“朝倉和美”はそこまで安い女じゃないわよ」
ただね、と、彼女は言う。
「あんたらみたいなの見てると、単純に羨ましいって思っちゃうのは仕方ないじゃない? 出会いがないことをずるいとは言わないけど――なんて言うか、さ」
絵になる出会いなど望むべくもないが――結局自分は、やがて進学して、合コンだとかサークルだとかで知り合った異性と恋に落ちるのだろうか? それが薄っぺらなものだとは言わないが――目の前の少女達を見ていると、何だか、そう、言いようのない羨望のようなものを感じるのだ。
この際、隣の芝は青く見えるだとか、そう言うことがあるかも知れないにしても、である。
(好きな人――かあ)
和美はもう一度、心の中で呟く。
何気なく、洋服のポケットに突っ込んだ手の先が、硬いものに触れる。それは彼女の携帯電話だった。昔のアニメのキャラクターをかたどったストラップがついた、使い慣れた携帯電話。
滑らかに塗装されたその表面を撫でる指が――僅かに、引っかかる。
それは、小さな傷だった。特に機能には影響のない、ただ塗装の一部が剥げ落ちただけの、小さな、傷。
「……」
和美は、携帯電話の表面を撫でた指が感じた違和感のように、心に小さな引っかかりを感じた。
そして――ただ黙って、手をポケットから、引き抜いた。
「そう腐らないでよ。麻帆良学園本校は、高等部から共学だし、それなりに出会いってやつもあるんじゃない?」
「何かその言い方、すっげえムカつく。何その余裕。自分だって高畑先生に相手にされてない癖に」
「何だとこの野郎」
麻帆良学園女子寮からもほど近い公園。そのベンチに並んで腰掛けた明日菜と和美は、相も変わらず不毛な言い合いを続けていた。それをやんわりと止めてくれるだろう犬塚シロは、公園の隣にあるコンビニにトイレを借りに行ったため、この場には居ない。
「大体そんな理由で進学を決めるかっての――あたしはそこまで馬鹿じゃない」
「女にとっての学校は夫を探す場だって――とある恋愛映画で見たわよ?」
「どこのイギリス貴族の話だっての。明日菜、あんたは本気でそう思ってるわけ?」
「そうじゃないけど、オトコとの出会い云々で言いたいように言われるのは、私としてもあんまり愉快じゃないのよ」
口をとがらせてそう言う明日菜に、和美は少しやりすぎたかと、素直に詫びる。
「で、どーなの、実際」
「何が?」
「高畑先生と。ちょっとは進展あったの?」
「……」
明日菜の表情を見てみれば、その答は聞かずともわかる。そもそも、かの高畑教諭はと言えば、現在研修の名目で、海外に出張中だという。もともと彼の出張が増えることで、担任としての役割が果たせなくなる事を理由にしての、ネギの三年A組着任であった。表向きの理由ではあるが、そう言った面も実際に、いくらかは存在している。
「さよちゃんはどうやって学園長を落としたんだろうね」
「……いやあ、あの子の場合なんてーのかな、落とした、って言っても良いのかな」
考えてみれば彼女の境遇は、明日菜に似たところがある。親の顔も知らない孤児で、教師に引き取られて育ち、その教師に恋心を抱いた。けれど――
「高畑先生と学園長じゃ、キャラ違いすぎない?」
「どうかな。あれはあれで――ああいうキャラ演じてる節もあるんじゃない? アレで昔は――その――腕利きの“魔法使い”だったんでしょ?」
多少言いにくそうに、明日菜は言う。和美はもはや、麻帆良の裏の顔と、魔法使いの存在を知っている。だから今更、何を隠す必要もないのではあるが。
とはいえ、自分がそういう事を口に出すのに、何の抵抗も無いわけではないのだろう。自分とて、そうだ。相坂さよの一件や修学旅行での騒動がなければ、まるで現実感のない話である。
現実に存在する“魔法”に“魔法使い”。自分とは文字通り、住む世界が違う人間達。
「何にしても、私にはさよちゃんみたく振る舞うのはちょっと無理」
「恥ずかしいの?」
「和美に言ってわかって貰えるとは思わないわよ」
苦笑混じりに彼女はこぼした。
あれだけ大好きで、いつも一緒に過ごしていた相手だというのに――自分の心の中に芽生えた気持ちに気がついた瞬間、どうして自分はこうも臆病になってしまったのか。
さすがにこの年になって、一緒に風呂に入ったり一緒のベッドで眠ったりと、そう言う真似は出来ないだろう。だが手を繋ぐことにすら、どうして躊躇う気持ちが生まれたのか。あまつさえ、恥ずかしくて彼の顔を直視することすら出来ないとは。
そんな風にこぼす明日菜の気持ち。その気持ちは実感を伴っていないまでも、理解は出来る。そう、和美は思う。
「その辺複雑な乙女心って奴じゃないの? 思春期の、さ。あんたも順調に成長してるってことでしょうよ、女として」
「微妙に上から目線っすね」
「他人事だからね。さよちゃんの言葉を借りれば、こちとら恋もしたことのないお子様だから――はぁ、何かアレだなあ。自分の安売りするつもりはない、っつっても、周りがこんだけ幸せそうだと、やっぱ独り身は寂しいっつーか。長瀬さんとかホントうまくやったよね? 横島さんの友達にさ、イケメンで性格良くて稼ぎもいいオトコとか居ないのかしら」
「それ横島さんが聞いたら発狂するわよ。あと私の現状をシロちゃんとか長瀬さんと同列に語らないで。何か悲しくなってくるから」
奇しくも、かつてエヴァンジェリンの“親友”が呟いたのと同じような言葉を、溜め息混じりに和美は呟く。むろん、明日菜がそのような事実を知るはずもない。明日菜の半ばげんなりとした返事が返ってくるのを何となく受け止め、彼女は小さく呟く。
「……だって今更……横島さんは、さ」
「何か言った?」
「いや、別に」
何となく気まずい沈黙が、二人を支配する。
「そこのお二人さん――今、暇してる?」
そんな二人に投げかけられたのは――酷く、軽薄な声だった。
埒が開かない、と、明日菜は思った。
二人に声を掛けてきたのは、若い男の集団だった。彼女たちより少し年上――高校生くらいの少年が、数人ばかり。髪を金色に染めた者や、耳だけでなく眉や鼻にピアスを付けた者、シャツの袖からタトゥーのような模様が覗くものと、一見して柄が良くない。
明日菜も和美も、町中を歩いていて男に声を掛けられる――いわゆる“ナンパ”されたことはある。だがこうまで、“酷い相手”は初めてだった。
「ですから、私たちは人を待ってるんです。この後の予定もあるんで、遊びに行くとか、無理です」
「あっれ、つれないの」
少年の一人おどけたように肩をすくめれば、何がおかしいのか、仲間の少年達も声を上げて笑う。
この手合いには、やんわりとした拒絶など帰って逆効果だ。それを知っているから、明日菜も和美も、割合遠慮無く拒絶の言葉を口にしているのだが――少年らはどうにも、その程度では引き下がらない。
先に限界を超えたのは、和美だった。
「いい加減にして。あたし、ナンパなんてしてくる男、嫌いなのよ」
「ははっ――俺らそんなんじゃないよ?」
「そうそう――タカちゃんとか、身持ちチョー硬ぇし」
「身持ちの意味わかってんのかよ」
「ああ? 少なくとも俺、前の彼女ン時から、女に手ェ出してねえし」
「二ヶ月しかたってねーだろ。しかも孕ませた挙げ句に捨てたとかって奴」
「マジウケんべ、はは」
面白くもない――嫌悪感すら感じる話に、いちいち声を上げて笑う少年達。その視線までもが、自分たちにまとわりついてくるようで気持ちが悪い。
「そういうトラウマ持ちが居るもんでよ、今の俺たち、マジ紳士よ?」
「紳士がナンパなんかするわけないでしょ。もう良いから早くどっか行ってくれない?」
「嫌われてんなオイ」
「だったらアレだ。アキくん呼ぼうぜアキくん。あいつこういう女がタイプじゃん?」
「マジかよオイやめとけよ。あいつ変態過ぎて俺でも引くべ?」
「そーゆーわけだからお姉ちゃん、よ。遊ぶなら紳士な俺らにしとくべきだと思うぜ?」
先頭にいた少年の手が――和美に伸びる。思わず明日菜は、それを横合いから振り払った。
「痛って、マジ痛って。やべ、骨折れたかも」
「明日菜――ッ!」
「暴力は良くないってよ、警察に教わんなかったか?」
和美は明日菜の前に立とうとした――が、少年の一人がその間に立ちふさがり、身動きが取れなくなる。
明日菜はまとわりつくような視線に耐え――強く、拳を握りしめた。
彼女は中学三年生の少女にしては、規格外の身体能力の持ち主である。しかし――それもあくまで、普通の人間としてみれば、だ。
当然彼女には、エヴァンジェリンのような魔法は使えないし、長瀬楓や古菲のような武術の使い手でもない。目の前の少年一人が相手なら、なりふり構わぬ取っ組み合いになれば何とか勝てるかも知れないが――
「……なあ、姉ちゃん。俺ら優しいからよ、オオゴトにはしたくねえべ? けどそれには――誠意って奴を見せてもらわねえと」
「――うっさい、黙れ」
「ああ?」
「さっさと帰れっつってんのよ! この変態共――同じ馬鹿のスケベでも、あんたらよか横島さんの方が千倍はマシだわ!」
「こいつ、何言って――誰よ、横島って」
「明日菜――挑発に乗んなっ! シロちゃんが戻ってきたら、こいつらくらい――」
和美の言葉が、そこで途切れる。少年の一人が、彼女の髪を掴んだからだ。
「痛ッ――こ、こら、離せ、この――」
「あんまお高く止まってんなよ? 良いか、俺ってキレたらわけわかんなくなるからよ」
「和美――あんたら、いい加減に」
明日菜は、視界が赤く染まるような錯覚に襲われる。もう、いい。自分にはこの不良少年達を圧倒できるほどの力はない。だが――時間稼ぎくらいなら、出来る。シロが戻ってくるまでの時間を稼げれば――いや、そんな思考より先に、体の方が動いていた。和美の髪を掴み上げる少年の肩を押さえ、振り向きかけたその顔に――
「やめや」
「えっ?」
明日菜の視界が、黒く遮られた。同時に響く、鈍い音。
端と我に返れば――和美の髪を掴んでいた少年は、膝から地面に崩れ落ちていた。その顔面は血に汚れている。よくよく見れば、彼の鼻がおかしな具合にひしゃげているのがわかっただろう。が、さすがに明日菜も、血だらけの相手――それも自分が殴ろうとしていた相手の顔を、まじまじと観察したくはない。
「髪は女の命や――言うのを、知らんのかいな。全く、無粋な連中やで」
「えっ……え?」
明日菜も和美も、何が起こったかわからないままに、慌てて一歩引き下がる。
そして――ほぼ同時に、同じ言葉を叫んだ。
「「もう一人増えたっ!?」」
その言葉に――“もう一人増えた”と形容された相手は、困ったような顔をする。
切りつめたように丈の短い学ランに、ダボついたズボン、派手な柄のシャツに、ニット帽を被り、首や腕には髑髏をかたどったアクセサリー――
先の少年達と趣が違うまでも、間違いなく“不良少年”の出で立ちをした一人の少年。
「……一緒にすんなや。てか、あんたらとは一度顔合わしとるはずやろ?」
「え?」
「は?」
少年の言葉に、思わず顔を見合わせる明日菜と和美であったが、二人の疑問よりも先に少年に言葉を投げかけたのは――先に二人を取り囲んでいた“不良少年達”の方だった。
「おい、何だよてめえ。何チョーシこいてくれちゃってんの。ムカつくんだけどよ」
「……少しはそこでブッ倒れとる仲間の心配でもしてやりや」
「てめえに言われたくねえよ。つか何だよその格好。昭和のツッパリかよ。マジウケるわ」
「は――この美学がわからんとは情けない奴や。せやけど、群れんと吠える事も出来ん野良犬共には、当然かも知れへんな」
「意味わかんねえよ。つか――マジ、調子んのんなよ?」
タンクトップにカーゴパンツ、露出した肩にはトライバル模様のタトゥーと、こちらも“不良”と言うにはいかにもな格好の少年が、学ランの少年の襟首を掴む。
「お前どこの学校だよ。ああ、まあ応えなくていいわ。俺、お前のこと覚えたからよ。そのうち挨拶にでも行ってやるわ。俺らにちょっかい出した件については――まあ、そん時にゆっくり聞いてやること決定」
「何悠長な事言うてんねや。話やったら、今ここでしたらええやないか」
「寝ぼけたこと言ってんなよ。ここの詫びはここできっちりして貰うに決まってんべ。ただお前、俺らに手ェ出してよ、ここだけで済むと思ってんのか? ああ?」
「生憎、俺は男と待ち合わせする趣味はあらへん――言いたいことがそんだけなら離さんかい。このフケ顔が。口臭いんや。顔近づけなや」
その言葉に、入れ墨の少年は小さく眉を動かし、ほぼ同時に――
「――っがぁあぁっ!?」
奇声を上げて、地面に倒れ伏した。
学ランの少年はそれを、冷ややかな目で見下ろす。
「喚くなや、鬱陶しい。ちょいと小突いただけやろ。膝の皿砕くトコまではやってへんで」
今彼は――一体、何をした? 明日菜には、一歩を踏み出そうとした相手の膝を、学ランの少年が素早く自分の足で押さえ、そして強く踏み込んだ。そうしたようにしか、見えなかった。とてもああまで、相手が痛みに悶えるような事をしたようには――
「おいおい、そらやりすぎやろ」
学ランの少年の言葉に我に返った明日菜は、“不良少年”達の方に目をやり――息を呑んだ。和美が小さく、悲鳴を上げる。
金髪の少年が懐から抜いたもの――それは、小振りなナイフだった。グリップの中に刀身を折りたためる、いわゆるバタフライ・ナイフである。刃渡りこそ大したものではないが、喧嘩で殴りかかる勢いでそれを振り抜けば、下手をすれば相手を殺してしまう。
サバイバル・ナイフのような汎用性があるわけでなし、格好を付けて懐に持ち歩くとしても、ひとたびそれを抜けば、相手を傷つける事にしか使えない刃物。
その鈍い輝きに宿る殺意に、明日菜は思わず、目をつぶりそうになる。
「しゃあないな――あんな兄ちゃん――“相当痛いから、覚悟せえや”?」
その殺意を前に――学ランの少年は、淡々と言った。
「は――なんだてめえ、何か格闘技でもやってんのかよ。なら残念だったな、実は俺もな、喧嘩でナイフ持たせたら最強だって、この辺りじゃ――」
何が起こったのか、全くわからなかった。
先程まで、ナイフを突き出して口上の途中にあった少年は――いつの間にか、地面に倒れていた。
恐らく彼自身も、今、自分が何をされたのか全くわからなかったのだろう。彼から少し離れたところにいた明日菜でさえも、学ランの少年が何をしたのか、見えなかった。
わからなかった――ではない。“見えなかった”のだ。気がつけば、金髪の少年は、地面に引き倒され、そして――
「しばらくケツ拭くにも難儀するで。せやけど――悪う思うなや」
学ランの少年は、躊躇することなく、ナイフを握ったままの彼の手を、思い切り踏みつけた。
「い、一応助けて貰った――の、かな?」
「近寄らない方がいいわよ、和美」
少々青い顔色で、学ランの少年に手を差し伸べようとした和美を――明日菜は、背中に庇った。
確かに結果を見れば、自分たちは助けられたのかも知れない。
だが、あの少年はどう考えても、まともではない。何せ躊躇無く、他人の手を踏み砕く事が出来る人間である。ナイフのグリップごと、おそらく手首から先を粉砕骨折しただろう金髪の少年の絶叫は、未だに明日菜の耳に残っている。未だに和美の顔色が良くない理由もまた、それだろう。
不良少年達は、必死の様子で散り散りに逃げ去った。が、果たして危機が去ったと言ってもいいものだろうか。
「で――あんたは、何。私らと顔を合わせた事があるって? あの単細胞の仲間じゃないの?」
歯を剥き出しにして、まるで猫のように威嚇をする明日菜に、少年は苦笑して、勘弁してくれ、と、言った。
「しゃしゃり出るつもりもなかったんやけどな。さすがに黙って見てもおれんっちゅうか――あんたらと顔を合わせた事があるのは、嘘やないで? あん時とは格好も違うし、コレかぶっとるから、わからんでも無理はないけどな」
そう言って、彼は被っていたニット帽を脱ぐ。目の上辺りまでを目深に隠していた帽子の下から現れたのは――無造作に跳ねたような、少し長めの頭髪。
明日菜は、はたと気づく。確かに、彼の顔には見覚えがある。あれは、確か――
「明日菜殿、和美殿――お待たせして申し訳ない。そこのコンビニのトイレが思いの外混んでおって、仕方ないと店内で――?」
そこにハンカチで手を拭いながら現れたのは、シロだ。
明日菜が安堵するより先に、学ランの少年は彼女に向かって、悪戯っぽい笑みを浮かべながら手を振ってみせる。和美の方もわけがわからず、少年と彼女の両方に、視線を行き来させている。
「え? え? 何――こいつ、シロちゃんの知り合い?」
「知り合いっちゅうか……久しぶりや、な、ゴースト・スイーパーの犬塚シロ」
「……お主は――」
シロはハンカチをポケットにしまい――目を細めて、少年を見た。
「お主は、京都で、天ヶ崎千草と――」
「せや。やっと思い出したか――……って、な、何やその目は? 何で、顔を赤くするんや? ちょ、こ、こっちに目ェ合わさんかい!」
「……シロちゃん? 何その反応。ねえ、こいつ一体誰なの?」
「いや……何というか――修学旅行の騒動の折りに――この男は、その――ケイ殿と――何というか――」
「え? な、何で言葉濁すの? ちょ、え? 待って、もしかしてその、パルが大好きな展開的な、あれ?」
「ちょっと待てやそこの姉ちゃん!? 何か今、ものごっつ妙な勘違いされとるような――そっちの姉ちゃんは何で吹き出してんねや!?」
ただしその視線は、少年を捉えないように宙を彷徨い――その頬は、僅かに赤く染まっている。
そこで彼女の口から、とある長身の青年の名前が出となれば――和美の一言に、思わず吹き出してしまった明日菜を、誰が責めることが出来ようか。
「いやその――拙者らも天ヶ崎千草の事情はあれから知るところであるし――お主のことも、その、同情はしているでござるよ?」
「同情とか――お前はわざと言っとんのかいな!? 何やそこの二人、ドツボにはまっとんねんで!?」
「……うら若き乙女の前で、あのような戦いを繰り広げるのが悪いので御座るよ」
「何被害者ヅラして言うとんねん!? あのような戦いってどのような戦いになっとんねや!? ああもう、そこの二人、耳かっぽじってよう聞けやっ!!」
学ランの少年は大きく息を吸い込み――そして、言った。
「俺は犬上小太郎――あんたらが京都に旅行に行った時に、千草の姉ちゃんと組んでちょい悪さをしてもうて――そこの銀髪のお仲間に、金的――はぶぁ!?」
彼のあまりにもといえば、あまりにもな絶叫は、唐突に途切れる事となる。
「女の子の前で、何大声でとんでもないこと叫んでんのよこの子は」
いつしか彼の背後には、一人の女性が立っていた。
後頭部を押さえてうずくまる彼に向かって、拳を振り抜いたまま――そんな体勢で。
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楓編の時と登場の仕方がかなりカブっている小太郎君と謎の女性(仮)ですが。
言い訳じみたものにはなるんですけど、とあるスキルアップのための布石になってもらいました。内容的に、どうしても流れが似てしまうんで、それはもう、謝るしかない。最低限、シチュエーション的なものは変えたんですがね。
そのスキルアップの内容自体とはあまり関係ないんですが、新たな問題点も浮き彫りとなる。自分、「モブキャラ」を書くのが苦手みたいです。今回のチャラ男君達なんて単なる舞台装置の一種なのだから、もう少しそれらしく振る舞ってくれたらいいのに。
どうも脇役に余計な事を考えすぎている模様。日々精進。