人間どんな状況に置かれても“面倒臭い”と思ってしまうときがある。
きっと極限の状況下に於いて、生きるために足掻くことが“面倒臭い”と思ってしまったとき――それが、致命的な瞬間なのだろう。
そうは言っても、足掻くというのはしんどいことだ。
あるいはどぶ沼のようなどん底で、ろくに呼吸すら出来ない状態で。人間という物はいつまで、そこから抜け出そうとあがき続けることが出来るのだろうか。
『コイツはクロドクシボグモ――別名をバナナ・スパイダー。間の抜けた名前の割ニな、毒蜘蛛の中でも最強の毒を持ってるってウワサだ』
広げられた小さな少女の手のひらの上を――同じくらいの大きさがある巨大な蜘蛛がゆっくりとはい回る。その少女の言葉が正しければ、素手でその蜘蛛に触れるのがどれだけ危険であるか。いや、仮にその蜘蛛に毒が無かったとしても、これだけの大きさの蜘蛛を涼しい顔で触れる少女など、そうそういない。
『マア、ここは御主人の魔力で作られた“箱庭”だ。コイツが実際に存在している“バナナ蜘蛛ちゃん”と何処まで同じカ――おい坊や。試しに噛まれてミルカ?』
「え、遠慮しておきます」
青い顔でその様子を見ながら、ネギは首を横に振る。ローブを着た緑色の髪の少女は、にやにやとした笑いを顔に貼り付けたまま、ゆっくりとその蜘蛛を木に捕まらせる。
『慣れれば可愛いもんだゼ。こういう生き物は自分が這ってる場所を地面と感ジル。まさか地面に噛みつく馬鹿はいねえ――手を地面だと思ってそっと扱ってやりゃ、そうヤタラと噛みつくもんじゃネエんだよ』
「そ、そう、ですか……勉強になります」
隣に立つのどかが蒼白な顔をしているのを横目で見つつ、ネギはかろうじて返事をする。その返事が相手にとって愉快な物であるかどうか。もはや考える余裕はない。
唐突に現れて彼らを攻撃した挙げ句、自分は彼らの「家庭教師」だと名乗る少女に連れられ――ネギとのどかは、鬱蒼としたジャングルの中を歩いていた。
『実はコイツは蛇やサソリにも言える。この水晶球とは別に、御主人が持ってるボトルの中ニハ、砂漠っぽい箱庭もあってダナ。そっちには確かサソリが居たと思うが』
「勉強になりますが、僕らはその……“魔法使いの修行”をしに来たのであって。有毒生物の扱いは、またの機会に」
『マアナ、今のは暇に飽かしてため込んだ無駄知識ダ。俺もそんな事で教師ヅラしようとは思ワネエ――馬鹿馬鹿しすぎるダロ』
だが、と、少女は言った。
『じゃあテメエの言うところの“修行”っつうのは、何ダ?』
「それは――魔法使いとしての戦い方を身につける事です」
そう。そのはずだ。ネギは反芻する。
犯人の要求は、ネギが魔法使いとして、犯人自身と戦うこと――そのはずである。だから少なくとも、それが出来るくらいの強さを身につけなければならない。だからこそ、自分たちはここに来た。
結局それが、誘拐事件で言うところの“見せ金”であっても――いや、それはもう考える必要はない。今はただ、戦うための強さを手に入れる、それ以外のことは考えなくて良い。
『……坊や、そのテメエが言う戦いってのはアレか。お互いにリングに上がって“お願いします”から始まっテ、勝負はテンカウントで決まるのか』
「……」
『“参った”と言エバそれで相手は止まるノカ? “もう打つ手がありません”で、攫われたっつう奴は無事にモドッテ来るのカ?』
「そ、れは……」
『ナア小便臭エ坊や。テメエは戦うって事がドウイウ事か、わかってネエんだヨ』
ああ――と、少女は首を横に振る。
『あのボケ御主人からテメエの事前情報はモラッテル。テメエがそれなりに苦労して生きて来たって事は、まあ、俺も汲んでヤル。たかが十歳のガキ相手に、えらそうな事言ってる俺も相当滑稽ダロウよ』
腕を組み、彼女は言った。
『だからテメエらにとって、それが無理も無茶も承知で言う。テメエらは――戦い方云々以前に、“戦う”って事がドウイウ事か、理解出来てネエ。まずは、ソコカラダ』
「ま、待ってください」
『アン?』
「確かに――理解というのは、出来てないかも知れないです。でも――今の僕が、そうしなくちゃいけないなら」
『……』
ネギは拳を握りしめる。思い出すのは、京都での戦い。何も出来ず、ただ己の無力を噛みしめるしか出来なかった、苦い記憶。
しかしそれを悔いても始まらないのである。
こういう状況に於いてなお、戦いは忌避されるべきだとネギは思う。のどかのような少女が危険な目に遭うことなど、本来あってはならないことである。けれど、それでももし“こんな事”が起きてしまったなら。
何も出来ないなら、悔やむしかない。けれど、何でもいい、何かが出来るなら。
自分にも、何かが出来るというのなら。それこそが“戦うこと”ではないのか。彼はそう思うのだ。
『……思った通りダ』
だが、少女は冷たい声で言った。
『戦うッツウのは、そうスッパリ割り切れるモンじゃネエ』
「わかってます。怪我をするかも知れないし――もしかしたら、死ぬかも」
ネギは言った。
「その事に覚悟を持つことも、慣れてしまうことも――どちらも、間違っているのかも知れない。でも、いざ戦うという」
『黙れよ、坊や』
果たしてネギの言葉を、少女は遮る。
『俺はそんなお題目を聞いてルわけじゃネエ。戦いがわかってネエってノハ、もっと単純な問題だ。俺は哲学者に足し算を問う趣味はネエ。まあ――今のテメエらにそれを説いた所で、意味ハねえか』
小さく嘆息し――彼女は言った。
『今はこの話しは、テメエらには難しすぎるようダナ――だが悲しいことに時間もネエ。御主人の言いつけもアル――何とか形にして見せラアナ』
不意に、少女がネギに向かって手を伸ばす。
『その杖をよこせ』
「……」
ここで拒否しても仕方がない。ネギは黙って、彼女に杖を渡した。
『……まあ、情ケは掛けてヤルか……おい坊や、チビ女もだ。荷物をそこに置いて、ソコカラ十歩、右に動ケ』
「――?」
少女の意図は、わからない。だが言われたとおりにするしかない。
ネギとのどかは荷物を地面に下ろすと、彼女の指示に従って移動する。
『よしそこでじっとシテロ――氷結・武装解除(フリーゲランス・エクセルマティオー)』
「えっ!?」
少女の口から紡がれたのは、紛れもない呪文。
相手の武器や防具を凍り付かせ、粉々に砕いて破壊してしまう術である。至近距離から不意打ちを受けた状態で、ネギにそれを防ぐ術はなかった。たちまちネギとのどかの服は凍り付き――
「わわわわっ!?」
「い、いやあああっ!?」
極寒の冷気を伴った風に、全て吹き散らされてしまう。いくらこの場所が、お互いの“パートナー”と目の前の少女以外に誰も居ない場所であるとは言え――全裸にされてしまったのどかは体を隠してうずくまり、ネギもネギで真っ赤になって手で前を押さえる。
「い、いきなり何をするんですか――!!」
『……まあ、そうなるわナ――これ以上虐めても今はしかたネエ』
少女は小さく呟く。ふわりと、その体が宙に浮いた。
『感謝シロヨ? 御主人なら雪山で同じ事をやりソウダ』
裸にされてしまった二人を見下ろして――彼女は楽しそうに笑う。
『それじゃまずは、あそこに見えてる城までたどり着きナ――頑張れば今日中には何とかナルだろ――“今自分たちがドウイウ状況にあるのか”――しっかり考えて忘れンなよ』
「ちょ、ちょっと待ってください! いくら何でもこのまま――の、のどかさんだけでも!」
『あと念のため言っトクが――そんなカッコだからって、盛ルなよ?』
「さか……?」
「へ、変なこと言わないでください! え、ちょ、この状態でどうしろって――ちょっと待って――!?」
そのまま飛び去っていく少女の姿を――二人は呆然と見送る事しかできない。やがて彼女の姿が完全に見えなくなり、ネギはのどかの方を伺おう――として、慌てて顔を逸らす。
「ど、どうしましょう――のどかさん、その、着替えとか」
「エヴァンジェリンさんが必要な物は一通りあるからって……探検部の装備以外には。ネギ先生は?」
「あ、はい……実は、僕も」
「……」
「……」
「「あっ、あの!」」
沈黙には耐えられない――そう判断はしたのだが、結局二人の気持ちは良くも悪くも同じだったようだ。
まくし立てるように、ネギが言う。
「こ、この状態で、あのお城まで行くのがその、修行の一環だって言うなら――」
「は、はい……考えてみたらここはジャングルだし、一種のサバイバルというか――かも、知れないですね?」
「ええと、のどかさん」
「あのネギ先生――その、こ、こっち見てもいいですよ? さすがにこのままじゃ何も出来な」
「だ、駄目です! 絶対、駄目です! ぼ、僕は男だし子供だからのどかさんの方がその――いや決して見てくれと言うワケじゃないんですけどね!?」
「……甘ったれには良い薬かも知れんが、相変わらず零の奴は性格の悪い――」
「? エヴァンジェリン殿、何か仰ったか?」
「いいや、ただの独り言だ」
麻帆良市郊外、エヴァンジェリン宅。
ソファに腰掛けたまま何事か呟いたエヴァンジェリンに、シロが聞いた。彼女は何でもないと、顔の前で手を左右に振る。
明日菜と木乃香、茶々丸は、助力を申し出てきた「自称・傭兵」を出迎えに行き、横島とあげはは学園長と指揮に当たっているというピートに連絡を取ると言って席を立ったから、この場には彼女とシロしか居ない。
「……エヴァンジェリン殿、この事件、犯人は一体何者で御座ろうか?」
「ふん、私もそれを考えてみたが――現状で解答が導き出せるほど、ピースは揃っていない」
ただ、と、彼女は言う。
「あの坊やに因縁のある人物であることには間違いなかろう」
「京都の一件のように、明石殿自身が狙われていたと言う可能性は?」
「ゼロではないが、その可能性は薄い。明石裕奈の父親は麻帆良の“魔法先生”だと言うが、それ以上でもそれ以下でもない。とりわけ名が通っているワケでもない凡庸な魔法使いだ。さらに明石裕奈はその父親の方針により、どうやら魔法の存在すら知らんらしい」
「……木乃香殿の御尊父様といい――人間の世界に暮らす魔法使いとは、そういうもので御座ろうか?」
シロは首を傾げた。
時代が変わったとは言え、魔法が秘匿されるに至った理由など、簡単に想像が付く。誰しもが扱える、人智を越える超常の力である。それこそ世界に広まれば、中世の魔女狩りが復活していたか、現代の文明の有り様を変えていたか――それが良いか悪いかは別として。
しかしそれは、内側の人間にとっても同じなのだろうか?
「誰しも力の暴発というのは恐れる事態だろう」
「木乃香殿や明石殿が原因で、何か大事が起きるとは、拙者には思えぬが」
「あるいはその原因は魔法使いの歪さか。以前も言ったが、魔法使いは己を、人間とは違う存在だと自称する。ただの人間でなく、魔法使いだと、高慢に」
「……」
「魔法という技術が存在するだけなら、あるいは秘匿も何も馬鹿げた話しかも知れん。だが、魔法使いにしか魔法を扱わせる事は許さない――その言葉の裏にはそういう考えが見え隠れする。そうなると、どうだ? ただの技術でしかない魔法と、それを扱える人間でしかない魔法使い――そこには、思惑が生まれてくる」
「……拙者はそれほど頭が良くない故に、難しい話までは理解出来ぬが――」
「単純な話だ。近衛木乃香や明石裕奈を“魔法使い”に仕立てれば、その瞬間から否応なしにその“思惑”の中に、奴らは放り出される事になる」
いかにもくだらない――エヴァンジェリンはそんな風に言った。
「最初からそれを知っていれば、それが“当たり前”になってしまう。選ぶことさえ許されん。自分もまた、魔法使いであることが当たり前になる」
「……」
「“魔法使い”でなければまだマシだろう。たとえば貴様は人狼だ。生まれた瞬間からもはやその事実を変える事は出来ん。しかし貴様の場合、自分が人狼だから何だというのだと、そう開き直る事も出来る」
「魔法使いにはそれが出来ないと?」
「そういう事だ。近衛詠春や明石教授が、どの程度の事を考えて真実を伏せて居たのかは知らんが――何もしない限りは問題がない筈だった。何せ魔法使いは、その存在を秘匿しているのだからな。あるいは今の世界に於いては、そういうものを知らずに生きていく方がいいと思っての事かも知れん。何せ魔法使いというのは」
「……“思惑”で動いている」
「実にくだらん話だろう?」
肩をすくめてみせるエヴァンジェリンに、シロは首を横に振る。魔法使いではない彼女に、それを“くだらない”などと言い捨てる権利はない。
「ともかくそう言うわけで、明石裕奈が人質に選ばれた事に、とりわけ理由などないだろう。私はそう考えている」
「では」
「犯人にとって彼女は単なる手段――目的はあくまであの坊やだ」
とはいえ、と、彼女は続ける。
「英雄ナギ・スプリングフィールドは、魔法世界では知らぬ者の居ない魔法使い。その息子であるあの坊やの知名度は実のところそれほどではないようだが――ここで飼い殺しにされていた私でさえ、あっさりと目を付けるに至ったんだ。坊やのことは調べればすぐにわかるし、それを“どう”扱いたいかは別にして、目を付ける人間などごまんといる」
「やはり――今はまだ何も言える段階ではない、と」
「……貴様はどう思う。まあ、貴様に名探偵を名乗れと無茶を言うつもりはない。せいぜいが“迷”探偵止まりだろう」
「う……拙者頭脳労働は専門外というか――事務所でも美神殿や先生の指示に従っていただけで――その」
「サムライが聞いて呆れる。ゴースト・スイーパーは腕っ節だけで務まる職業ではないと聞いていたのだがな?」
「いやその拙者、見習いで御座ったし? 結局試験も受けておらぬし――」
「私に見栄を張っても仕方あるまい」
シロは視線を宙に彷徨わせる。
彼女は昔ほど、猪突猛進の考え無しというわけではない。だが、本質的にはそう言う人間であることは否定しようがないとも思っている。
ある程度成長した、とは思う。けれど、結局犬塚シロは犬塚シロなのだ。正々堂々と真正面から、己の思いを相手にぶつける――そう言うのが一番似合っている。
「……だが、一つ引っかかっている事がある」
エヴァンジェリンはそんな彼女に目を細めて見せた後、天井を仰いで呟いた。
「貴様の所の雌ガキが言っていたことだ」
「あげはの事で御座るか?」
「そう。貴様らのところに、何故脅迫状が届けられたのか」
「しかしあれは……」
一度結論が出たはずだ。シロは思い出す。
望んでいたわけではないが、結局今の自分たちは、麻帆良ではある程度目立つ存在なのだろう。ネギとエヴァンジェリンの喧嘩に首を突っ込み、京都の事件を力業で終息に導き――“魔法使い”としてみれば、目を付けない方がおかしい。
「そんな拙者らの出方を窺うと言うか――あわよくば、拙者らの立ち位置や実力を見ておきたかったのではと。そこに大した意味が無いと言ったのは、他ならぬエヴァンジェリン殿では御座らぬか?」
「それなんだがな……どうも一致しないんだ。今回私がイメージできる犯人像と」
「……と、申されると」
「貴様らの出方を窺う――まあ、それはありだろう。それ自体は不自然ではないが――脅迫状の文面を覚えているか?」
「今週末に凶行を行うのを、ネギ先生に止めて見せろと」
「まるであの坊や以外に興味はない。そう言いたげな文面じゃないか」
シロの動きが止まる。
確かに――そうだ。
相手はある程度のリスクを冒してまで、この状況を楽しんでいる。その目的は、あくまでネギにある。
そうでなければあの脅迫状に意味はない。麻帆良でもなく、魔法使いでもなく、ネギ個人。彼が“足掻く”事こそが、犯人の望みである。
「それが、どう動くかもわからん貴様らの“出方を窺う”――仮に、そういう事があったにしても、だ。私にはその犯人の像が見えてこない」
もしかすると――と、エヴァンジェリンは言った。
「今回あの坊やを名指しできた犯人とは別に――別の思惑を持った何者かが居る。私にはそんな風に思えてしまうのだがな」
『おいおい――それをわざわざ僕に聞くのかい。君も色々あってからこちら、ただの突撃馬鹿から多少成長して賢くなったと、そう思っていたのは僕の買いかぶりか』
「うっせえよこの道楽公務員。あと俺が馬鹿なのはこの際認めるが、何処の誰が突撃馬鹿だ。さすがに雪之丞だとかうちのシロだとか、そう言うのと一緒にされたくはねえぞ」
『そう言うな。伊達――いやさ“弓”君はともかく、シロちゃんは随分とお淑やかになったじゃないか。君の周りではしゃいでいた彼女を知る僕らからすれば、あれはもはや別人だよ』
「……あいつもTPOっつうか、そう言うのをわきまえただけだ。中身は一切変わってねえから安心しろ。非常に不本意ではあるが」
『そうかい? いやはや全く――彼女が何処かの馬鹿白髪以外眼中に無いと言うのでなければ、是非食事でもご一緒したい程だがね』
「おいそこのロリコン野郎あいつに指一本触れてみろ。その暑苦しいロン毛を文珠で『不』『毛』ってしやるからな。絶対やるぞ、おお? テメエのような女の敵にウチの娘は――」
「あの馬鹿犬が誰かとお付き合い出来るとはとても思えませんから。話を先に進めてください」
エヴァンジェリン邸の庭先で、オープンマイクにした携帯電話に向かって口汚く罵る白髪の青年――もとい、横島忠夫に、あげはは疲れたように口を挟む。
『あげは君か。全く君も苦労するね。そんな奴の側にいたのでは、折角の君の人生が台無しになってしまうよ?』
「ヨコシマと一緒なら、それもまた良し、です。西条さんがうちの馬鹿犬をご所望ならば、のしを付けてお渡しいたしますが――どうせ後々あぶれるのは目に見えていますから」
『まあ、僕はこういう事に関してはそこの馬鹿白髪に張るほどの馬鹿だと思っているがね――それでも外道に落ちたくはない。ふむ、そこの彼も同じ事を言いそうだが』
「ほっとけ!」
電話口の相手は愉快そうに笑う。
国際警察オカルトGメン東京支部、主任管理官――西条輝彦。紛れもなく一つの組織のトップである、その男は。
「……色々無理を通して、ピートをこっちに回してくれた事には感謝してる」
『その辺りを君が気に病む必要はない。こちらの業務の範囲であるし――実際僕らにとって、“魔法使い”という連中はゴースト・スイーパー以上に厄介なんだ……まあ、この辺りは君に愚痴りたくはないから、この辺りにしてくれ。ピート君は上手くやっているか?』
「今のところはな。“魔法使い”さんの総体がどうだか知らんが、俺が見たところ麻帆良の魔法使いってのはそう馬鹿でも無能でもねえ。その辺学園長のジイさんが上手くやってるのかも知れんが……今のところは上々だろうよ。まあそこにピートをねじ込めたのは、エヴァちゃんに感謝だがな」
『“闇の福音”エヴァンジェリン・マクダウェルか――事前情報とは随分違うようだが』
ともかく話を元に戻そう、と、電話の向こうで西条は言った。
『まあ君が何を思って僕にそう言うことを聞くのか知らないが』
「……うっせえ。こちとら金勘定以外の頭脳労働は専門外だ。俺がいくら頭絞ったってたかが知れてる。正直テメエなんぞに死んでも頼りたくはねえが――生憎俺は美少女の為なら死ねる男だ。“専門家”の意見ならありがたく拝聴するさ」
『なら僕も、君が目の敵にしている“西条輝彦”ではなく、一人の刑事として述べさせて貰う――恐らく、君の直感は正しい』
その言葉に、横島とあげはは、小さく反応した。
『あげは君は違和感を覚えたようだが――そもそも、脅迫状が送られた場所が妙だ』
「本命のネギのところ、学園長の所――そして俺の家か」
『そして犯人と思しき人物が、直接接触を図ったのは、本命のネギ・スプリングフィールド君の所ではなく、近衛近右衛門学園長のところだった。状況を考えれば不自然ではない――だがやはり、妙だと言わざるを得ない』
まず一つ、と、西条は言った。
『まず――君の所に脅迫状を送るのは、本当に自然なことか?』
「……あの吸血鬼は、麻帆良に入り込んだ異物であり、それなりに目立つ行動をしてきた私たちの出方を見るのは不自然ではないと」
『不自然ではない――“闇の福音”もまた、“おかしい”とは思っていると言うことだ』
あげはの言葉を、彼は否定する。
当然彼は――今は隔てた場所で、シロとエヴァンジェリンが交わす会話など、知るよしもないわけである。
『確かに、横島君――君は少しばかり、麻帆良で目立ちすぎた。それは確かだ――魔鈴君があれだけ忠告してくれたというのに、全く何をやって居るんだこの馬鹿は』
「……ちっ、うっせえな、反省してまーす」
『だが、それは単純に君の身内――犬塚君がそこに関わっていたからに過ぎない。彼女はその体にアルテミスの血脈を宿す稀少な人狼だが――』
「わかってます。シロは、ただの馬鹿ですから」
あげはの言葉に、電話の向こうから押し殺した笑いが聞こえる。
『その通り――いや、彼女が馬鹿と言って居るんじゃないが。結局犬塚君は“それだけ”だ。彼女は元々何かの思惑を持っているわけではない。横島君の側で尻尾を振っているのが一番の幸せだとそう言うだろう、そんな彼女が――“魔法使い”の思惑に絡む筈がない』
「……シロをネギのクラスに放り込んだのは、ある程度の思惑があったのかも知れねーけどな。事実、学園長は俺をスカウトに来た」
『時間の無駄だったと言っておこう』
まったくだ、と、横島は言う。その言葉に、暗い感情は無い。
『そう――君は実際、麻帆良の魔法使いとは“関係がない”んだ』
「……」
『魔法使いが統べる、麻帆良という土地――ハッキリ言ってゴースト・スイーパーには旨味がない。そこに敢えて君が来た事を邪推する――なるほどそう言う考え方も出来なくはない。実際、君はそこで起きたいくつかの事件に関わった』
だが、と、強い調子で西条は続ける。
『そんなものは、ただの偶然だ』
「それはわかってます。けど、偶然にしても目立ちすぎて」
『魔鈴君が――と、僕はさっき言った。けれど実のところ僕は――恐らく隊長も令子ちゃんも、そして魔鈴君本人でさえも、“そのこと”はそれほど気にしていなかった』
「……ヨコシマ?」
あげはが不安そうに、彼の方を振り返る。
そんな彼女の頭を撫でてやりながら――横島は応えた。
「まあ、あの人達の事だからな。ホントに心配してるなら、何か別のやり方を無理矢理編み出してでも、俺たちを麻帆良には行かせなかったろうよ――美神さんってアレで俺に甘いからなあ、ふふ――これはきっと痛ってえええ!?」
『よくやったあげは君――寝言は寝て言うと良いよ。ま、今の君がどういう状態にあるか――それがあまりにも、明白すぎる』
「い、今こいつ、肋骨を」
『君が既に霊能力者として“終わって”いる――そんなことは、見ればわかる』
「……」
腹を押さえつつ――彼は言葉をつぐむ。
『君の明確な思惑は、知らぬ人間にはわからないだろう。だが実際に“思惑”と呼べる物はない。麻帆良という場所が君にとって都合が良かった――それが全てだ』
「――」
『確かにそれを証明する術はない。何だかんだと犬塚君も事件に関わっている――だが、それがどうした? 今の君に、この麻帆良で、何が出来る? 何をする必要がある? そこで魔法使いの思惑に絡む何かなど、逆さに振っても出てくる筈がない――だから魔法使いは“ゴースト・スイーパーの横島忠夫”に声を掛けたが、それ以上は何もしなかった。当然だ。君にそれほどの価値は、もはや無い』
「……どうにもイラッと来る言い方だが、まあ、いい」
『そんな男の所に今更脅迫状を送りつけて、出方を見る――何のために?』
「やっぱり、そうだよなあ……」
横島は頭を押さえて空を仰ぐ。エヴァンジェリン邸のログハウス――その軒先から、雨の滴がしたたり落ちている。麻帆良に降る雨は、未だ止まない。
『その上犯人は英雄の息子、ネギ・スプリングフィールドにご執心だという。その事実が――どうにも、一致しない。ただ――学園長の所に現れた“悪魔”とやらを鑑みるに、その犯人が、君の所に脅迫状を送った――それもまた事実だろう』
「犯人が俺や学園長の所に脅迫状を送りつけたのは間違いない。けど、あくまでそれはついでだった?」
『問題はその“ついで”は、何故もたらされたのか、だ』
「……」
『少し調べれば君が人畜無害で――しかし下手に手を出せば我々のような仲間がいる。そう言うことはすぐにわかるだろうに――この軽率さは、犯人の余裕だろうか? そのくせ、状況からして犯人のネギ君に対するご執心振りは、本物だ』
西条は言った。
『君も薄々気づいているのだろう――犯人には妙な二面性がある。あるいはこの事件の犯人は――“悪魔”の他にも、居るのかも知れない』
『ん? オオ――意外と早かったナ』
時間を遡り、エヴァンジェリン邸水晶球内部――その中での一日は、外での一時間にしかならない。時間は潤沢とは言えないが――それでもその中にいる彼らは、外からすれば足踏みするような時間を過ごしている事になる。
ともかく、その内部――とても魔法によって作られた世界、ただそれだけの物とは思えないような場所――密林に立つ城砦の門の前。ビーチチェアに寝ころんで、何処から調達してきたのか女性向けの雑誌を眺めていた緑色の髪の少女――エヴァンジェリンからは“零”と呼ばれていた彼女は体を起こす。
見ればジャングルの中から、ドロドロに汚れた、裸の少年と少女が現れる。別に狼少年だとかそういう野生児的なものではない。他ならぬ零に、身ぐるみを剥がされたネギと、彼の従者のどかである。
『いい年して電車ゴッコか? 俺が言うノモなんだが馬鹿ミテエだぞ?』
「ほ、ほっといてください!」
ネギが前を歩き、その両肩に手を置くようにしてのどかが続く――二人で考えた苦肉の策である。何のために、とは言わない。主に、ネギの名誉のために。
確かにこうしていれば、直接のどかの裸を見てしまう事はない。そして自分の裸も――少なくとも前側は。男の自分が何を馬鹿なと言われそうだが、彼にとっては切実な問題であった。むろん自分が男である事も子供であることもネギはわかっている、見られるだけなら別にそれはそれでいいと割り切ることも。ただ――両肩に触れるひんやりとしたのどかの両手。どうしても時折触れてしまう柔らかな肌の感触。
直接見ていないから、逆に想像をかき立てられてしまう。まだ異性に対して免疫などあるはずのない彼には、もはやそれは――
『ほほう――ガキでも立派にオトコはオトコ、って事カ? その股の間の粗末なモンが精一杯の自己主張』
「わ――っ!? わ――っ!? 違うんです僕は決して! 決してっ!!」
『何、坊やもしっかり成長シテルって事ダロ? 良かったなア、従者のチビ女』
「ね、ネギ先生が、ネギ先生が……その、私の、私で――あわわ」
「いや、違っ――いえそののどかさんはもちろん魅力的だと思ってますが、僕はそういう――そういう――ッ!」
『……焚きつけた俺モ俺ダガ……まあ、コイツらある意味大物カモなあ――』
苦笑いをしつつ、零は指を鳴らす。
小気味の良い音と共に――ネギとのどかの体が黒い影に包まれた。驚く暇もなくその影は形を変え――いつしか二人は、影がそのまま布地になったような、漆黒のローブに身を包んでいた。
『臨戦態勢の所を悪いが坊や。そのままおっ始めラレルとさすがに困るんでナ。そいつの出番はまたの機会にトットイテくれ』
「り、りんせ――あの、ネギ先生、私はその……い、嫌じゃないんですけど今は非常事態ですし!? そういうのはやっぱり、その段階があって!」
「落ち着いてくださいのどかさん!! いやだからっ! そう言う事実はっ! と――ともかく変なことを言わないでください! 大体、こういう物を用意しているなら、何でわざわざ僕らを裸にする理由が!?」
『大した意味はネエヨ――つっても、俺にテメエらのナニを鑑賞する趣味があるト思われるノモ御免だしなあ』
すたすたと、軽い足取りで零は二人に近づき――何気なく、のどかの向こうずねを蹴飛ばした。
と言ってもそれはごく軽く――つま先が触れる程度のものであったが。
「痛っ……!」
だが、彼女は足を押さえ、その場にうずくまってしまう。はっとしてネギが振り返ると――彼女の足は、その部分が紫色に腫れていた。
『まあ、ンな格好で、あの中を歩いてくれば当然ダワナ』
「のどかさん!? ど、何処かにぶつけたんですか?」
「へ、平気ですっ! 歩けない程じゃ……ちょっと段差を越えたときに、石にぶつけたみたいで」
『地面の状態が悪いジャングルだ。何があっても不思議ジャネエ。そのくらいで済んで良かっタナ? もっと足をざっくりイッちまうか――そうでなくても肌が露出してンだ。草木で切れるカモ知れネエし、毒虫に噛まれるカモ』
彼女は何処からか試験管のような物を取り出し――中に入っていた液体を、のどかの足に振りかける。すると、まるで絵の具を水洗いするような簡単さで、彼女の足の腫れは引いていった。
『面白エ話をしてやるよ。世の中には何でソンナモンがアルンダヨって言いたくなるような植物がアッテナ? たとえばニュージーランドには、触れただけで二年は痛みがツヅク葉っぱがあるんダト。うっかりソレでケツを拭いチマッタ奴は、自殺したソウダ』
「――ッ!」
『スタート地点から大体六時間カ――一度くらいは“ブッシュ”のお世話にナッタダロ? 良かったなア、ショットガンが無い事を悔やむ事態にナラナクテよ』
踵を返し――零は言った。
『コイツはテメエの落ち度ダゼ、チビ女のご主人様ヨ?』
「……」
『テメエらお互いの状態もろくにワカラネエのに、夢中で歩いてキタってカ? ある意味、褒めてヤルヨ。普通そうも言ってラレネエだろうに――無駄に初期スペックだけは高エのな、テメエら』
「そ、それは――」
『あの時――テメエらに武装解除仕掛けた時ダッテそうだ。テメエ何で俺をむざむざ見送っタ?』
「ッ! それは、あなたが僕の杖を取り上げて――おまけに服まで」
『“武装解除”は立派な魔法ダロウヨ? ごく戦闘向けのナ。それは坊やだってワカッテんダロ? ああ確かに、俺は優しい優しい家庭教師ダ。だがそうじゃない時はドウスル? 杖を奪われた、服をはぎ取られた――テメエがするべき事は、股の粗末なモンを隠す事カ?』
彼女はネギの額に人差し指を当て――強く押す。
『ソノ選択肢は、バッドエンドだな。テメエの目出度い頭でもわかるダロ?』
ネギには反論は出来ない。彼女の言葉は非常に乱暴で、理不尽だ。けれど、この場でその言葉尻を捉えて反論が出来るかと言えば――それだけは、否である。
『そこのチビ女も同じダ。この状況で乳だの尻だの、後生大事に守って何にナル。でなきゃソノ貧相な乳がデカくなる希望すら持てず、テメエあの世行きだぜ?』
思わずのどかは、ローブの上から体を押さえた。やっと肌を隠すことが出来てひと心地が付けた筈なのに――零の視線は、そんなものを関係なく見透かしているようで。
『俺は御主人に、テメエに戦い方を教えるように言われた。少なくとも犯人に、少しはヤレルって所を見せラレルくらいには――だが、ママゴトを教えるのは、仕事の範囲外ダゼ?』
零は持っていた雑誌をビーチチェアに投げ捨てる。
『甘エ――とにかく甘エんだよ、テメエらは!』
もちろん――ここは平和な日本である。銃弾が飛び交う中東の戦地でなければ、ともすれば剣と杖が喉に突きつけられる魔法世界の辺境でもない。
だからその覚悟は、本来は無用の物だ。コンビニに買い出しに行くのに、まさか防弾チョッキを身につけて狙撃に備えるというのも馬鹿な話である。
『その辺は俺にダッテわかる――だが、テメエらは違う。テメエらが今から“やりてえ”ッツウのは、そう言うことダロ!?』
そう、その二つの常識は、相容れない。
極限状態での心構えを平和な日常で抱くことが馬鹿げているのと同じで、その逆にしても許されたことではない。ネギとのどかは、半ば無理矢理とはいえ、自分の意思でその一線を越えようとしているのだ。
『だから“そこ”は切り替えてモラウ。文句は聞かネエ――甘ったれのテメエが! フル××で敵に殴りかかれる暗いニハな!?』
「フル――のどかさん、それってどういう意味ですか? 日本語?」
「あ、いや、それはその――」
『おい聞いてンのかクソガキ共――これでまだ文句がアルなら、もう一回裸に剥いて今度は雪山に投げ落とすゾ、ああ!?』
「ひい!?」
「ご、ごめんなさい、あの話を聞いてなかったわけじゃ――と、とにかく、これからは気を引き締めますから――」
『そうする為の時間は十分与えてヤッタッツッテんだろ、マジでブチ殺すぞテメエら!?』
「「あわわわ」」
歯を剥き出しにして、零は凄む。ネギは必死に踏みとどまったが、のどかなど耐えきれずにその場に尻餅をついてしまったくらいである。
だが――ややあって、彼女は言った。
『おい坊や――テメエが一番“怖え”のは、こういうモンか?』
「え?」
『俺ミテエに大声上げて脅してくる輩が、テメエは一番怖いノカ? そう聞いてンダヨ』
「――」
問いかけの意味が――ネギにはわからなかった。
彼が言葉を探している間に、零は更に続ける。
『坊や。お前は人質の為に戦わなきゃナラねえ――ソレはもうどうしようもネエ。だから俺もテメエらのフヌケッぷりにはある程度目をつぶってやるし、あのボケた御主人の命令も聞いてヤル。その上で――当のテメエに聞く。テメエはそうやって戦う事を、どう思ってる?』
「ど――どう、ですか?」
『テメエの甘ったれは心配すんな。ドンだけ泣き喚こうが俺が“教育”シテヤルよ。だが――その後テメエは、どう戦う? 戦って、テメエはどうしたい?』
「もちろんそれは――裕奈さんを助け出す」
その質問には、よどみなく答えることが出来た。
今の自分が、目の前の少女を怒らせるほどに気が抜けていと言うなら、もはやソレに反論は出来ない。しかし、ことその目的に関しては、疑問など有り様がない。
『その言葉、忘れンなよ?』
「はい、決して――僕自身の、存在意義に掛けても」
『……フン。そう言う奴に限って、存外――ヲ取り違えてヤガル――』
「え?」
『まあいい、その辺りの事ハ追々教えてやる――いいか』
零はネギに振り返り、酷薄な笑みと共に、宣言した。
『そこまでの醜態を晒したテメエらに、失う物は何もネエ筈だ――テメエら纏めて、立派な“悪の魔法使い”にシテヤルよ。“悪の魔法使い”を相手に“戦おう”なんて考えがどんだけ愚かか――その悪趣味な悪魔のド低脳に、トラウマにナルまで刻み込め!!』
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ここまで書いて。
まあネット上でいろいろ小説を読んできたから、昨今の「戦う覚悟(笑)」のまずさはわかるつもりなんだけれど。
(※ただしそれを書ききる技量があれば何の問題もない)
技量がないほどそれにはまりそうになるというのはわかる。
あとどこまで踏み込んだら下品になるのか。
ただそういうことを考えてるうちは、まだまだ自分の技量が足りてないってことなんだろうなあ。