きっかけは、きっと小さな物だったに違いない。
ほんの少し、あの時の「彼」とは違う行動を誰かが取った。あるいは、取らなかった。そんなほんの些細な事だったに違いない。何故ならば、彼もまた「彼」であることに違いはないのだから。
けれどそんな些細なことで、歩く道先は大きく変わってしまうのだろう。
それは確かめようのないことだ。選ばなかった未来を、誰しも知ることは出来ないのだから。
けれど何となく、そう言うことはわかる。
だからあの時、彼女は言った。
「何があったのか知らないけれど――こんな女は私とは別人よ」
決して思い出すことの出来ない、消し去られた記憶の中で、彼女は確かに、そう言った。
あるいはその事を彼女が覚えていたとしたら、彼が覚えていたとしたら。
彼らの歩く道は、また違った物になっていたのだろうか。
彼らの歩く道が分かれたのは、一体いつのことだったのだろうか。
一日目。月曜日。
東京都内某所、美神令子除霊事務所。
今日も今日とて、業界に名声を響かせるその一流ゴースト・スイーパーの事務所では、変わらない日常が流れていた。
一度の依頼で億単位の金が動く、そしてその金額に似合うだけの素晴らしい成果を残す――業界に於いて知らぬ者の居ないその事務所は、一見してそのように見ることは難しい。都内の某所に立つ、赤煉瓦の古びた建物。しかしその実は耐震・対火・対霊建築技術の粋を集めた、人工霊魂によって管理される、一種の砦である。
元・渋鯖男爵邸、現・美神令子除霊事務所――その、地下ガレージ。
地上の外見から受ける印象よりもかなり広いその場所には、所員達の愛車が収められている。
持ち主の如く、その艶めかしく大胆なフォルムをこれでもかとばかりに誇示するシェルビー・コブラ。
エッジの効いた、自動車というよりもはや戦闘機を思わせる凶暴なシルエットのランボルギーニ・ガヤルド。
見た目は愛らしいコンパクトカーである筈なのに、そこに佇むだけで異様な存在感を放っている新型フィアット500。
存在感と言う意味ではそれらの車に及ばないが、細部にまで手が入れられた事が一見して伺える、凛々しいたたずまいを見せる日産、R34スカイラインGTターボ。
そう言った堂々たる(一部何かがおかしいにせよ)車が整然と並ぶ空間の片隅に蠢く、怪しげな人影がある。
並べられた所員達の車や、メンテナンス用の工具が所狭しと並ぶガレージの中で、その一角は妙にすっきりとしている。それも当然である。このスペースには、所員達の愛車の中では唯一の二輪車が収まっている。
精悍な漆黒のフルカウルを纏う、リッタークラスのスーパー・スポーツ。カワサキZX-10R初期型。
近づいてみればその黒は塗装ではなく、実はカーボンの地肌が剥き出しになっている事に気づく者もいるだろう。当然ながら――純正品ではなく、そもそもが国産量産車のボディに使われる事などあり得ない素材である。それも当然だ。ものが二輪車レースの最高峰――MotoGPに於いては、外装だけで数百万円の費用がかかると言われる最高級の素材である。
そんなよく見れば明らかに普通ではないバイクの側には、よく見なくとも明らかに怪しい人影が、二つ。大きいのと、小さいの。どちらも薄汚れた作業ツナギに身を包み、手をオイルまみれにしながら、何やら作業に没頭している。
「ああもう――ケイお兄ちゃん、また適当にいじったでしょ。同調おかしくなってるし、変なバイブレーション起こしてるよ」
「そう? この間京都に行ったときに変な息付き感じたから、それを直そうとしただけなんだけど」
「もう」
そう言って、小柄な方が腰に手を当てて立ち上がる。
年の頃は七、八歳と言った所だろうか。背中の真ん中程まである特徴的な赤毛を、無造作に一つに束ねた髪型の、眼鏡を掛けた可愛らしい少女である。その整った顔立ちは、彼女がやがて多くの衆目の視線を集めるだろう未来を予感させるが――エンジンオイルに汚れ、大きな瞳を分厚い眼鏡の奥に隠したこの状態では、それも台無しである。
「何度も言ってるでしょ? この子は、並のエンジンじゃ無いんだから。この間暖気サボってオイル漏れ起こしたでしょ。これで何度目?」
「う……反省してます、ひのめちゃん」
美神ひのめ――世界最高のゴースト・スイーパーと名高い、美神令子の実の妹。
何でも彼女が生まれたとき、彼女の母親である美神美智恵は、長女である令子の失敗を繰り返さぬ事を心に決め、夫である美神公彦と共に育児に専念したという。
むろんその「失敗」に関して、とうの美神令子は反論したそうだが、果たして孤立無援であることに気がつき、やけ酒に走ったという経緯には触れるべきではないだろう。
その結果次女、ひのめ嬢の教育に関して、美神夫妻が成功を収めたかと言えば――作業ツナギを着て仁王立ちする彼女と、その年端もいかない少女に向かって頭を下げる藪守ケイ――その光景に集約する。敢えて、それがどうだとは言うまい。
「タイヤも結構いってる感じだし――これ、ちゃんと曲がるの?」
「まあそこは強引にねじ込んで言ってる感じで――だってこの間換えたばっかりだし、そんなにお金無いし……」
「ふん――いい? ケイお兄ちゃん」
オイルが眼鏡のブリッジに付くのも構わず、ひのめは人差し指で眼鏡を押し上げてみせる。
「近頃のバイクってのは、走るだけなら相当頑丈に出来てる。けど、全部を使い切ろうと思ったら、そうはいかない。美味しいところは――」
中途半端に下げられていたケイの額を、その人差し指で小突く。
「ほんの、少し」
「……」
「忘れちゃ駄目だよ? 悪魔のように繊細に、天使のように大胆に――魔性の女を扱うかの如く、ね?」
「それなりに……善処します」
ケイのその返答は、彼女にとって満足するものだったのか。ツナギの袖を大きく捲った細い腕を組み――ひのめは首を振る。
「ま、ケイお兄ちゃんなら、そんなもんか」
「……あれ? 何か僕、馬鹿にされてる?」
いつからこんな風になっちゃったんだかな、少し前まで、普通に可愛い赤ん坊だったのにな、と、ぶつぶつ呟き始めたケイを見遣って、ひのめは言う。
「ほうら、そこで腐ってないで、早く作業終わらせちゃうよ! 私は今日学校お休みだし、ケイお兄ちゃんも仕事が入ってないし――“この子”のメンテ代代わりに、午後は“デート”に連れてって貰うんだからねっ!」
「はいはい」
「よろしい、それじゃ――」
満足そうにひのめが何かを言いかけた、その瞬間だった。
けたたましい音と共に、事務所からガレージに通じるドアが開け放たれる。ともすれば蝶番が外れたのではないかと思う間もなく、その中から転がり出てくる金色の影。
もとい――美神除霊事務所所属ゴースト・スイーパー、千道タマモその人である。黙って立っていれば誰もが振り返るであろうその美貌は、今は見る影もない。スーツを着崩し、汗を拭こうともせずに立ち上がるその姿に、ケイもひのめも、何も言えない。
「よしこれで少しは――あ、ケイ、ひのめっ! 丁度良いところに、あんたら――」
「――何処に行くおつもりですか?」
「げっ!? もう追いついて来たっての!?」
呆然と立ちつくす二人に何やら勝手なことを言いかけて――次いで響いた、ぞっとするほどに冷たい声に、タマモは慌てて踵を返す。すぐ側にあった自分の車に急いで乗り込み、イグニッション・オン。
五リットルもの排気量を持つガヤルドのエンジンが目を覚まし、凶暴な排気音がガレージの中に木霊する。
「人工幽霊壱号! シャッター開けなさい!」
『はあ……しかしタマモ様、何処に逃げたところで結局は先延ばしにしかならないのでは』
「だからって座して死を待つのも御免よ! いいからさっさとなさい!」
『……』
半地下のガレージから、地上に繋がるスロープの先にあるシャッターが、誰の手も触れずに巻き上がっていく。当然、この古めかしい建物に、電動シャッターが備え付けてあるわけではない。
渋鯖人工幽霊壱号――この館そのものに宿る、作られた魂である。館に存在する全てのものは、彼の手足も変わらない。
駐車には十分なスペースがあるとはいえ、広いとは言えないガレージである。さらに大柄なタマモの車には窮屈な空間である。しかしそんなことはお構いなしとばかりに、派手にタイヤを滑らせながら、ガヤルドは急発進――
「それで逃げられるおつもりですか? 喰らいなはれ、京都大文字焼――」
膨大な熱気が、辺りを支配する。その熱量に、“とある理由”からひのめは目を丸くし、ケイは純粋な恐怖から思わず手で顔を庇う。車両用の燃料や石油類が大量に存在するこの空間に、突然現れた巨大な火球――下手をすれば、この建物が更地になってもおかしくはない。
だが、そんなことは杞憂であった。巨大な火炎はタマモの車を一瞬で包むが――その塗装をすら焼くことはない。その代わりに――
「なっ……え、エンジンがっ!?」
ガヤルドのエンジンが、静かに停止する。エンジンストール――そんな馬鹿な、タマモほどの腕を持つドライバーが、クラッチミートをミスする筈もない――だが、その僅かな時間で、彼女自身はその理由に行き着いたらしい。
「――まさか、あんたっ!?」
「さすがのウチも、その車に追いつくのは骨ですからなあ――せやけど、車のエンジンっちゅうもんは、存外ウチに相性がええのんですわ」
「エアインテーク周辺の酸素を、狐火で奪い尽くして――嘘でしょ!? そんな器用なこと、ただの妖狐に出来るわけが」
「ただの妖狐やありませんえ? これでもウチ――それなりに、車は好きなんよ」
運転席で呆然とするタマモににっこりと、眼鏡を掛けたラフな格好の女性――天ヶ崎千草は、微笑みかけた。
「ほなら、行きましょか? ええ加減、千道はんと所長さんには、節税と脱税の違いをわかってもらいませんと――折角情状酌量で豚箱に入らず済んだウチが、脱税で捕まったなんちゅうて、笑い話にもなりませんからなあ」
「そっ……それなら、私をこんなところまで追いかけてきている暇なんか無いわよ! あの守銭奴、もといウチの所長が、悠長にあんたの説教なんて――」
襟首を掴まれ、今まさに連れ去られようとするタマモは、それでも必死の抵抗を試みる。仮に所長である美神令子が目の前の女性から逃げおおせたところで、それで自分に何か救済があるわけではない。憚ることなく利己主義者を自称するタマモにとっては、らしくない言い訳である。
だが――そんな苦しい言い訳を口に仕掛けた瞬間、大地が、揺れた。
否、これは上層階からの振動である。ほんの一瞬、まるで地震のような揺れが、美神令子除霊事務所を襲ったのだ。
「上の方でもカタがついたようですなあ」
タマモの襟を片手で掴んだまま、千草はジーパンのポケットから携帯電話を取り出す。
「花戸はんですか? 首尾は――ああ、上々ですなあ。ほなら仕上げに例のアレを――ええ、それくらいやらんと止まるようなお方ですかいな。一文字はんもそちらにおりますの? ほなら、よろしゅう頼みますえ?」
電話口の向こうから、『私は引田天功か――ッ!?』という美神令子所長の絶叫が聞こえたような気がしたが、事務所の上階で何があったのか、それを問う勇気はない。ケイにもひのめにも――もちろん、タマモにも。
「ほなら逝きますえ? いい加減世界最高のゴースト・スイーパーと、伝説の九尾の狐のお二方には――社会常識言うもんを、知ってもらわなあきまへん」
「社会常識云々はともかくとして、あんたいまとんでもないこと言わなかった!?」
「はあ、主旨は同じやさかい」
「否定してよそこは!? ちょっ……け、ケイっ! ひのめっ! 助けて! たすけ……」
ばたり、と。
古めかしい音と共に、ガレージの扉が閉じられる。
その場に残されたのは、中途半端な位置でドアが開いたまま放置される車と、呆然と一連の出来事を見守っていた青年と少女のみ。二人はしばらく、閉じられたドアを見つめていたが、ややあって、
「……それじゃシャワー浴びて、用意しようか、ケイお兄ちゃん?」
「え!? 今の無かったことにする気?」
何事もなかったかのように、花が咲いたような笑顔を浮かべた少女に、ケイは顔を引きつらせながら振り返る。
「だからって、私たちがどうこうできるものじゃないし――しようとも思わないし。お姉ちゃん達にも、たまには良い薬でしょ」
手遅れかも知れないけれど、と言って、ひのめは笑う。実の姉に対して、それは何とも酷薄なのではないだろうか――そう思わないでもないケイであるが、それを口に出す勇気はない。第一、心底彼もそう思う。
「まあ、千草さんをスカウトするって言い出したのはタマモさんだし、採用を決めたのは美神さんだし――言い方としてはおかしいけど、自業自得と言えなくもないか」
「そう言うこと。あの二人にしたって、いい加減オトナになってもらわなきゃ。そう言う意味では、図らずもベストな人選だったんじゃない?」
「……ひのめちゃんって、僕より年下だよね?」
「そう見えないなら病院に付き添ってあげるけど、折角の休日をそんな風には過ごしたくないかな?」
いまだ人間としても、この業界に身を置くプロとしても青二才である若造だと、ケイは自分を評価している。自虐するわけでもなく、その評価に間違いはないだろう。だが、そんな彼の半分も生きていない少女が浮かべたその表情に、彼は何だか背中を妙な物がはい回るような錯覚に襲われた。
「結局あの姉にしてこの妹あり、か……」
「私、お姉ちゃんの事は嫌いじゃないけど、一緒にされたくはないよ? 時々本当に私と血が繋がってるのかなって、そう思うときがあるし」
「絶対に間違ってないと思うよ? キミが生まれた所に立ち会ってない僕でさえそう思う」
「それ、どういう意味?」
「いや、深い意味は」
じっとりとした目線で見上げられて、ケイは思わず目をそらす。
同時に――また、事務所が揺れた。
果たして二人は押し黙り、細かなホコリが落ちてきた天井を見上げる。
「……さて、シャワーでも浴びようか」
「そだね。ここでこうしてても仕方ないし――一緒に浴びよ?」
「嫌だよ」
「……照れるでもごまかすでも無くハッキリ『嫌だ』ってケイお兄ちゃん……さすがに私、ちょっと傷ついたんだけど」
「僕はいろんな意味でまだ死にたくないってだけさ」
可愛らしく頬を膨らませる少女を尻目に、ケイは閉じた扉のノブを回す。
扉を開き、階上へ通じる通路へと一歩足を踏み入れる。ふと、彼の動きが止まった。
「ケイお兄ちゃん?」
その後ろからついてこようとしたひのめは、怪訝な顔をして彼を見上げた。
彼はそんな彼女の様子に気がつき――何でもないと、首を横に振る。
「いつの間にか雨――降ってきたみたいだ」
同時刻、東北地方某所。
辺りを見回せば、天をつく程に高く聳え立つ山々の間を、目が眩むほどの深い谷が縦横にはい回る。ここは本当に日本なのだろうかと疑ってしまうほどの急峻な山脈地帯のただ中に、その場所はある。
谷間に建てられた、高く聳え立つ塀。それを見ただけで、思わず歩みを止めてしまうほどの圧迫感。それを越えて中に入ろうと――もとい、その「内側の世界」を想像させる事すら諦めてしまいそうな堅牢な城壁。
唯一開かれた朱塗りの扉は、どちらかと言えば大陸風の拵えである。どのような木材を使用したのかとあきれかえりそうな巨大な門には、恐ろしい形相をした鬼の顔が二つ、左右の門扉に堂々と据えられている。
そしてその扉の両脇には、首のない、筋骨隆々とした男の石像が、まるで門番のように立っている。気の弱い人間ならば、この光景を見ただけですくみ上がってしまうだろう。もっとも、そのような人間が、この険しい山道を抜けて、この場所までたどり着くことが出来るとは到底思えないが。
その扉の前には、立て札が立っている。刻まれた文字は果たして――
『この扉をくぐる者、汝その一切の望みを捨てよ ――管理人』
何の冗談かと辺りを見回しても、すくみ上がるような圧迫感は変わらずに存在する。知らぬ者ならば、ここは一体何なのだろうと頭を抱えたくもなるだろう。
だがそのような者は――少なくともここを訪れるのに者には、存在しない。ここを訪れる者は皆、ここがどういう場所であるかを理解し、高い志と鋼の覚悟を持ってして、その扉を叩くのである。
妙神山修行場――その場所は古来より、そう呼ばれていた。
地球上に点在する、この世界とは別の世界を繋ぐ扉のうちの一つであり、この場所を治めるは、れっきとした「神」と呼ばれる存在。そう――ここは、己の命さえ賭する覚悟と引き替えに、神々の試練を受けることが出来る、そんな奇跡の場所なのである。
そしてその奥――今日も今日とて、修行を積む者達の声が、響き渡る。
「そら、どうした! その大層な口は飾りかっ! そうでないなら声を出してみろ、このウジ虫共がっ!」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
「弾よけにもならんクソッタレ新兵共め、それなら牧場の雌豚の方が余程良い声で鳴くわ! もっと人間らしい声を出さんか!!」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
――訂正。
確かに鍛錬には違いないのだろう。だが、「修行」と言うには、些かベクトルのずれた光景が、このところの妙神山では展開されている。
「ようしそこの貴様! 名前は何だ、言ってみろ!」
「三原一等陸曹であります、サー!!」
「だらだらと弛みやがって貴様にそんな大層な肩書きは必要ない! 俺は今から貴様をクソ虫と呼ぶ、わかったかこのクソ虫が!」
「サー! イエス・サー!!」
揃いの迷彩服を身に纏い整列する、数十人からの男女。彼らは皆一様に直立不動であり、浴びせられる罵声に、壊れたレコーダーのようにただただ同じ文句を返し続ける。
そんな彼らの間を歩き回りながら、耳を覆いたくなるような罵声を投げかけ続けるのは、一人の若い男である。だが彼は、一見して、ただの人間ではない。
オリーブグリーンの軍服姿に身を包み、ベレー帽を被ったその人物は、一言で言えば優男であった。口汚い言葉に似合わぬ恐ろしいほど整った顔立ちに、流れるような銀色の髪。
しかし――その耳は鋭く尖り、肌は人間にはあり得ないほどに青白い。
彼の名はジークフリート。人間とは違う、邪悪な存在が棲まう世界――「魔界」の軍隊に所属する、人外の軍人であり――北欧の神話に登場する、れっきとした神の一柱でもある。
「貴様ら俺が憎いか! そうだ、存分に憎め! 俺は貴様らを一人前になるまで徹底的にいたぶってやる! そうすれば貴様らは俺を憎む! しかし、憎めば憎んだだけ成長する! ありがたくて涙が出るだろう、どうだ!?」
「「「サー! イエス・サー!!」」」
もっとも唾を飛ばしながらどこぞの映画に登場する鬼軍曹のような事を喚き散らすその姿に、神話に登場する神の神々しさを期待できるかと言えば――その回答は難しいだろうけれども。
ふと――罵声を浴びせられ続ける男女のうち、一人が小さく呟く。
「自己満足野郎が、偉そうに吠えやがる」
その声に、人外の青年士官が立てる靴の音が、止まる。
「……誰だ? 上等だ。中々面白いことを言ってくれる――」
そう言って、彼はすぐ隣に立っていた男の胸ぐらを掴む。
「貴様か!?」
「サー! ノー・サー!!」
「ならば貴様か!? 返事をしろっ!」
「サー! ノー・サー!!」
次には、その後ろに立っていた女性。しかし彼女もまた悲鳴をあげるでもなく、ただ、自分の知っている言葉はそれだけだとばかりに、声を張り上げる。
果たして――少し離れた所に立ってた大柄な男が、小さく言った。
「サー・今のは自分であります、サー!」
「ほう」
ジークフリートは、踵を返し、その男の前に立つ。
白人系の大柄な男である。背丈だけで言えば、長身の部類に入るだろうジークフリートよりも更に高く、体の“厚さ”など、もはや比べようもない。
そんな彼を――まるで逆に見下すような目線で、ジークフリートは言う。
「良い度胸だ」
「サー・光栄であります」
「よし――気に入った。家に来て姉上をファックしていいぞ」
そのまま男の腹に、拳を叩き込むべく彼は――
「サー! 大変光栄でありますが、それは遠慮させていただきたく思います!!」
「何だと? ……貴様、姉上の何が気に入らんと言うのだ?」
「サー! 自分はワルキューレ少佐をお慕いしております、ですが、後ろをご覧ください、サー!」
「……?」
言われて振り返ったジークフリートの動きが、そこで止まる。
いつしか彼の背後には、何処か彼と似通った――恐ろしいほどの美貌を持つ、しかし彼と同じように人にあらざる肌の色をした女性軍人が立っていた。
「面白い事を抜かしてくれるな、ジーク。我が家で誰をファックしてもいいと?」
「あ……姉上――いつからそこに?」
「貴様らが飽きもせず何処ぞの映画の真似事を始めた時からだ。全く何度目だ。情報戦部隊に追いやられたお前が、久方ぶりに力を振るえることにはしゃぐのはわかるが、よくもまあ――それで、だ」
不気味な色の――しかし底冷えがするような色気を感じる唇を歪め、彼女――ワルキューレは、言う。
「お前は誰をどうしていいんだと?」
「いえ、姉上ですからこれはものの弾みと言いますか、予定調和と言いますかそのですね。大体姉上だってさっき言ってたじゃないですか映画の真似事だって、それがわかってるなら――……」
「あらワルキューレ、もうこちらに来ていたのですか。先程までジークが訓練の指揮をしていたはずですが」
ひょいと、奥の方から顔を出した若い女性が――しかし頭髪の間から見え隠れする角が、彼女もまた人間でないことを物語っている――先の女性軍人に声を掛けた時、彼女の足下にはモザイクが掛かったような何かが横たわっていた。
どうやら彼女には、その物体が何なのかは判断できなかったようである。
「ヒャクメの奴はまだ報告書に掛かっているからこちらに来るには暫く時間が掛かろうが――結論から言えば、我々が追っていた反デタント主義者とテロリスト共は関係がなかった」
妙神山宿坊――主に修行者達が寝泊まりする、それなりに広い敷地を持つその建物の一角。表の巨大な門と同じく、こちらも中華風の建造物であるが、その片隅にある一室。
そこで二人の女性が、漆が塗られたテーブルに置かれたお茶を前に、向かい合っていた。
一人は、怜悧な美貌を持ち、妖艶な魅力を秘めた肢体を軍服に包んだ人外の軍人、ワルキューレ。つい先程何だか良く分からない物体と成り果てた魔界正規軍士官、ジークフリートの姉でもある。
「そうですか――やはりそう簡単に尻尾を見せるような相手ではありませんね」
難しそうな表情を浮かべて湯飲みを傾けたのは、この妙神山修行場の管理人でもある小竜姫である。
見た目は小柄で華奢な、せいぜいが二十歳にもならないような少女にしか見えないが、頭髪から伸びる角が示すとおり、彼女もまた見た目通りの存在ではない。それこそ人間など塵芥も変わらないほどの膨大な力を持つ竜の化身――“龍神”の一族であり、千年以上もの時間を生きてきた正真正銘の神様である。
かたや北欧神話の戦乙女、かたや古より大陸に伝わる伝説の竜。
見るものが見れば腰を抜かすだろう彼女たちがこうして顔を突き合わせているには、訳がある。
この世界は、聖なる力と悪しき力のせめぎ合いによって、バランスが保たれている。
それは何処ぞの思想を表すような比喩でなければ、単純に彼女たちのような強大な力を持つ存在がぶつかり合えば、ただでは済まないなどというわけでもない。後者に関してはそう言った意味合いもまあ、無くはないが。
しかし、神とは、魔物とは何であるのか、それを考えて見れば、事は力の持つ危険さなどには収まらない。
たとえば彼女、ワルキューレは、神話の存在が具現化したものである。言ってしまえば神だとか悪魔だとかいう存在は、概念が、形を持って、そこに存在しているのだ。
この世界を構成する概念が、まるっきり神と魔物に分けられるというわけではない。しかしそれらが争った結果どちらかが勝つと言うことは――負けた方の概念の「消失」を意味する。
今までそこにあって当然だったものが、無かった事にされる。世界を世界たらしめる何かが、欠け落ちてしまう。そうなったとき、世界はきっと今の姿を維持できない。
だから彼らは、手を取り合い、しかし、対立する道を選んだ。
秩序ある対立――「デタント」と言われる状態である。
神と魔物は対立する。相反する。しかし、そうしている限り、世界は存在することが出来るのだ。
むろん――それが理想の状態であるとは言えないのかも知れない。けれど、神の目からしても、歪ながらも立派に成長したこの世界を成り立たせるのに、少なくともベターな選択肢ではある。
だから当然、そんなことをしていれば跳ね返りが現れるのも当然である。
かつてその茶番に、茶番の中で悪役を演じるしかない運命に耐えられなかった一人の男が、悲壮な覚悟と共に立ち上がったのはそれ故に。しかしその話は――今は、語られるべきではないだろうが。
ともかくワルキューレは、このデタントに反対する過激派の悪魔が、中東のテロリストを手引きしているという情報を得て、現地に内偵調査に出向いていたのだった。高位の魔物である彼女は、いくら世界にとって危険な状況であるからと言って、人間の世界に於いてそれほど自由には動けない。その任務は楽な物ではなかっただろう。
その割に――自分の仕事を空振りだと言う彼女の表情に、疲労はない。
「だが――一つ、気になる噂を耳にした」
彼女が言うには、本来の任務は空振りに終わったという。テロリストを指揮していたのは、悪魔などではなく、単に欲に目が眩んだ人々だった。それはそれで許すことの出来ないものであるにせよ、彼女にはもう、そんなことは関係ない。
「気になる噂、ですか?」
「中東のオカルト組織を探っていた時のことだ。小竜姫、お前は、“ムンドゥス・マギクス”という言葉を知っているか?」
「……いえ、聞き覚えはありませんね」
何となれば横文字が苦手な東洋の女神は、小さく咳払いをしてお茶を啜る。
「こちらの言葉に言い換えれば――“魔法世界”と言ったところか」
湯飲みを持ち上げた小竜姫の手が、止まる。
「ふん――詳しくを言うまでもなく、お前には引っかかるところのある言葉ではないか?」
「……それは、横島さんの」
「そう、戦友・横島の赴いた地――あそこは、その“魔法使い”を牛耳る者ども。つまりは“魔法使い”の治める土地だと。魔鈴はそう言っていたな」
「……」
「当然、それ自体は戦友・横島とは何の関係も無いことだ。戦友・横島とパピリオ――今は“あげは”だったか。今のあの二人にとって、あの土地はあつらえたかのように都合が良い。むろん最良の環境をと言うのなら、どうにか私が魔界の上層部に掛け合って、実際に“あつらえた”場所を用意してやるのだが」
「しかしそれでは」
そう、と、小竜姫の反論に、ワルキューレはため息をつく。
「デタントに縛られた我々にそうそう出来る事ではないし、仮に出来たとしても、あの連中がそれを喜んでくれるとは思えんがな。どうせこういう話が出たとき、神族の側にも似たような意見はあったんだろう? 先の大戦の功績がどうだとか、神魔交流のテストケースであるパピリオの存在がどうだとか、色々と理由を付けてな」
その言葉に、竜の女神は返答を返さなかった。生真面目で優しい彼女の事である。言葉を濁すことが出来なかったのだろう。つまりは、それは肯定に等しい。
むろん、彼女の人となりを知る魔性の戦乙女にとって、もはやそのような事を気にするまでもないが。
話を元に戻そう、と、ワルキューレは言った。
「どうやらその世界も色々と話題には事欠かんようでな。特に過激な連中の動きが、近頃活発なのだそうだ」
「……“魔法使い”が元々人間である以上、我々は過度に首を突っ込む事は出来ませんが――その彼らの動きが、我々の追っている者にたどり着くと?」
「その内容までは、知ることは出来なかった」
だが、と、彼女は言う。
整った怜悧な容貌が、僅かに歪む。
「奴らは少し前に――この日本。もっと言えば京都で、とある人物に接触をしたらしい」
「……?」
「そいつは少し前に“魔法世界”の戦争で活躍した英雄の息子だそうだ。その英雄は大戦の後に行方不明となり、死亡説も流れ。そんな中注目を一心に浴びるその息子に接触した跳ね返り共――まあ、そう言うのは何処にでもある話だろう。話題性は十分だし、さりとて、取り立てて我々が騒ぐ事ではない」
「はあ」
「……だが小竜姫――その英雄の名は“ナギ・スプリングフィールド”と言うそうだ」
「!?」
その瞬間、強大な力を誇る竜の女神の顔に浮かんだのは――隠しようもない、驚愕。
彼女はその名前を――いや、それによく似た名前を、ここ最近目にしたことがある。
定期的に妙神山に送られてくる、神魔交流――いわば留学生の様な存在として、彼女に身柄を預けられていた少女の報告書。
今はかつての名を捨て、“芦名野あげは”を名乗る彼女の記した書類に、その名前はあった。
“ネギ・スプリングフィールド”
「そう――戦友・横島の所に無理を言って転がり込んだあの人狼の娘――犬塚シロと言ったか。あの娘の通う学舎の教師はな。その英雄の、一粒種だ」
「ワルキューレ――」
戦乙女は、その震える声に、応えない。
細められた瞳は、部屋の窓――その向こうに見える、妙神山の修行場に向けられていた。
「……ジークを叩き起こしてくる。今の今まで、さっきのような悪ふざけばかりをしていたわけでもないのだろう。なあ、小竜姫。連中は、どの程度使えるようになった?」
その問いかけに、小竜姫は少しの逡巡の後で、応える。
「十分な備えがあれば――人間界で“動ける”程度の奴らには、ひけは取りません」
「上々だ」
少なくともそれは、ワルキューレにとって満足できる返答だったのだろう。彼女は小さく、しかししっかりと頷くと――何かに気がついたように、顔を上げる。
「……一雨来そうだな」
同日午後、埼玉県麻帆良市某所。
とある大手ファーストフード店のボックス席にて向かい合う、一組の男女の姿がある。片方は、短めの髪を側頭部でひとまとめに括り、活発な印象を受ける少女。そしてもう一人はと言えば――ボックス席の脇に杖を立てかけた白髪の青年。言わずもがな、我らが横島忠夫その人である。
「だーかーらー、そうじゃないって言ってるじゃん。どうしてわかんないかな横島さん、この線引きが」
「どうしてって言われてもなあ……」
ラージサイズのドリンクカップを両手で抱えた少女は、鼻息も荒く横島に言う。対する彼は、はっきり言うなれば弱腰である。
目の前の少女はと言えば、あどけなさを残してはいるが、それでもそれなりに整った顔立ちと、幼さを残す顔とは正反対に自らの女性を主張するスタイルが目を引く――つまりは“美少女”である。
いつもの彼ならば骨抜きになることはあっても、今のようにコーヒーを片手に苦笑を浮かべるようなことはしないだろう。たとえ彼女が、彼の好みの年齢から少々下方向に外れ気味であると言っても、である。
「もう一度言うけど、私はファザコンって言われても開き直るくらいには、お父さんの事が大好きなの。でも決して、人の道を踏み外して禁断の恋心を抱こうとは思わないわけよ」
「そりゃそうだろ。もしそうなら俺は発狂するよ。しかし何とも羨ましい話じゃねえか。世の中のお父さんはすべからく、年頃の娘の扱いに苦慮して居るというのに――事もあろうにこんな美少女にっ!! 裕奈ちゃん、俺の娘になってくれんか!?」
「そう言うの本末転倒って言うんだと思うよ横島さん。娘に手は出せないんでしょ?」
「俺は煩悩の塊やが外道やないわ。まあ……偶然を装って風呂場のドアを開けるくらいはするかも知れんが」
「割と最低だと思うよそれ」
腕を組んで深々と頷く横島に、少女――明石裕奈は、冷たい視線を向ける。言うまでもなく、いくら父親好きを公言する彼女であってもそんな父親はごめんだろう。
「だから、そう言うことはシロちゃんにやりなって」
「やった瞬間に喰われるわ性的な意味で」
「煩悩の塊なら望む所じゃないの?」
「せやから俺は外道やないっちゅうねん。裕奈ちゃんが言ったんじゃねーかよ。お父さんが大好きだってのは、そういう禁断のアレコレの意味じゃねーって」
「だってシロちゃんはそうじゃないでしょ」
「あん?」
そもそもどうしてこの二人が、こんな場所で顔を突き合わせて居るのかと言えば、数十分ばかり前のこと。学校帰りに近くのコンビニに立ち寄った裕奈が、そこで時間を潰していた横島と出くわしたのだ。
具体的には――人目も憚らず、成人向け雑誌のコーナーで、目を血走らせて熱心に立ち読みをしていた彼と。
どう考えても声を掛けたい相手ではない。彼女のような年頃の少女なら尚更だ。だがだまって通りすぎるには、彼はあまりに目立ちすぎる。一見して若々しい顔立ちであるにもかかわらず、色素の抜け落ちた白い髪――そして、体を支える為の障害者用の杖。
その特徴は、この春、彼女のクラスに転入してきた少女の「保護者」に一致する。
何故にそのような人物の事が、すんなりと頭に湧いて出るのであるかと言えば――言うまでもないだろう。言わぬが華と言うべきかも知れない。主にその転校生の少女――“犬塚シロ”に取ってみれば。
幾ばくかの葛藤の後に、裕奈は彼に声を掛けた。
――いやあかん、これはちゃうねん!? この間おキヌちゃんにお宝画像を消されてしまったからとかそう言うワケや――せやからワイを汚物を見る様な目で見んといてえな!? このままやと『二十代くらいの男が猥褻な本を持って少女に声を掛ける事案が発生』とか防犯ネットに書かれてまうねんで!?――
その時にどのような場面が展開されたかはあえて割愛する。
「シロちゃんにとっての横島さんは、“お父さん”じゃないでしょ? って、そう言う話」
「あー……」
そこまでストレートに口に出して、ようやくこの青年には通じたようである。
場所をこのファーストフード店に移してから延々数十分――明石裕奈という少女は、目の前の青年がどれだけ乙女心と言うものを理解しない男であるか、骨身にしみて理解したと言う。
「せやかて、しゃーないやん……俺みたいなブサメンが、女の子からどういう目で見られとるかくらい、理解してるっつーの」
「別に横島さんって不細工じゃないと思うけどにゃ。でもそれってあり得ないっしょ。そこいらの女の子はともかく、シロちゃんの気持ちくらいわかってるんでしょ? 私、あの子のことも横島さんの事もよく知らないけど――あの子、本気だよ? 関係ない筈の私が、初対面の横島さんに、こういうことズケズケ言っちゃうくらいには」
「……」
「ホントだよ? 最近もう、クラス全員一喜一憂するんだから。シロちゃん、面白いくらいに思ってること顔に出るから。嬉しそうなときは先生が、先生がってもう――その逆も然りで」
「あいつはクラスで何をやっとるんじゃ」
少なくとも悪い風には言ってないよ、と、裕奈は言った。
「だからこそ、クラスみんなあの子の事応援したくなっちゃうんだけど」
「――勘弁してくれよ」
「そう言う言い方無いと思うな。で、どうなの横島さん? シロちゃんのこと――嫌いなの?」
「んなわけねーだろ」
案外にすんなりと、横島は首を横に振る。
「そう言う言い方は卑怯だぜ裕奈ちゃん」
「女の子とはずる賢い物なのですにゃ」
「心底そうだとは思ってるよ。どうしてとは言わないがな」
彼は苦笑してこの際だから、と言い、カップに残っていた飲み物を氷ごと口の中に流し込んで、奥歯で氷を噛み鳴らす。それを見た裕奈は思わず頬を両手で押さえた。
「ん? 裕奈ちゃん虫歯でもあんの?」
「今はちゃんと治してるよ。けどそういうの見てたらそれだけで奥歯に染みそうって言うか詰め物が剥がれそうだって言うか――じゃなくてっ!」
「ち」
はぐらかそうとしたってそうはいかないよ、と、裕奈は年の割に豊かな胸を張る。その仕草に対面に座る男が反応することくらいはまあ、承知の上なのだろうが。
ともかく会話の誘導に失敗した横島は、それを穂悔しがる様子も見せず、一つ息を吐いた。
「あいつが俺をどう思ってるかくらい、わかってるつもりだよ。出会ってからこっち、ろくな事してやった記憶がねーっつうのに、いつまでも俺を先生、先生、ってな。ああ、先生ってのは、霊能力の先生の事なんだが。才能だとか霊的センスだとか、そう言うのにかけちゃあいつの方が俺より数段上だって言うのに、笑えない話だ」
「その辺の事はよくわかんにゃい」
「だろうな。俺も裕奈ちゃんみたいな美少女相手に愚痴っぽい事は言いたくねえから、まあ、この辺はオフレコで頼むわ。けどよく考えたら、そもそも俺が裕奈ちゃん相手にこんな懺悔みてーな事する必要もなくね?」
「今更そう言うこと言わないでよ」
だったらこういうのはどう? と、裕奈は言った。
「横島さんに出会ったのは偶然だけど、割かし気が合うみたいだし、何か年の離れたお兄さんと話してるようで楽しい感じもする。で、私もあのクラスの一員だから、シロちゃんの事は応援したいって思ってる。悪戯半分に首を突っ込もうとは思わないけれど――だから、横島さんの気持ちって奴は知りたいんだよ」
心配しなくてもシロちゃんにはオフレコだから、と、彼女は付け加える。
「だからこそ、か?」
「そういうこと」
間違っても裕奈は、ここで横島と話した事をシロに伝える気はない。
だからこそ――彼女を素直に応援できる。
ややあって、横島はかなわないな、と、肩をすくめて見せた。
「さっきの話――正直シロに慕われてる事に悪い気はしねえよ。多少は変わってるが呆れるくらいに根は良い奴だし、正直まあ……見た目も悪くないしな」
「あれを悪くないとか言うかにゃあ横島さんは。同性から見たら羨ましいですよあの美貌とスタイルの良さは」
「55のDだとよ」
「カップで互角だけどアンダーがっ!? スレンダーだとは思ってたけどあの子ってば!? 私あの子に勝ってるところなんて一つもないじゃない!?」
「いや、そこは太ってる痩せてるっつうよりは骨格の問題だから裕奈ちゃんが卑屈にならんでも……と言うか十四歳でDは反則だろ……反則だろ……」
「赤い涙は気持ち悪すぎるからやめてください」
「裕奈ちゃんは俺が今どれほどの苦悶を味わっているかわからんだろう。キミが高校生なら一度は封印したルパンダイブを復活させても悔いはないくらいだ」
「それは正直捕まるからやめといたほうがいいよ」
でもそれなら、と、裕奈は言う。
「何でシロちゃんの恋人になってあげないの?」
「俺とあいつはそういうんじゃねーって」
「なればいいじゃん」
「ならねーよ」
迷い無く言う横島に、裕奈は頬を膨らませる。
むろん――そんな彼女の反応を、彼はわかっているのだろう。ややあって、首を横に振った。
「……色々あるんだよ、俺にもな」
「色々って何?」
「今の俺が無理してあいつと――恋人なんかになったとして。きっとろくな事には、ならんからな」
いつしか、麻帆良の空には鈍色の雲が厚くたれ込め、今にも雨粒が落ちてきそうな空模様であった。傘を持ってこなかった事を後悔しつつ、しかしまだ間に合うかも知れないと、裕奈は寮への道を足早に辿る。
刻まれて間もない記憶を――頭の中で反芻しながら。
(でもま――)
彼が言っていた事の、深い意味は結局彼女にはわからなかった。けれど、何となく彼女は思ったのだ。
(何だかんだ言って――シロちゃん、脈アリ?)
自然と、頬が緩む。女子高に通っていて、未だ異性に好意を向けた事のない自分の身の上を振り返って、級友が羨ましいと思わないわけではない。が、それ以上に、シロの事は応援してやりたいと思う。自分だけでなく、クラスの大半がそうだろう。
(横島さんも面白い人だし――こりゃ、楽しくなりそうだ)
結局最後には苦悶のあまり奇妙な踊りを踊っていた白髪の青年を思い出す。果たしてげんなりとした表情で、寮まで送っていこうかという彼の申し出を辞退したのだが――この空模様である。その言葉に甘えてしまってもよかったかも知れないと、今になって思う。
もっとも、今更それを言っても仕方がない。ともかく寮に戻ったら、まずは友人にこの出来事を――
「Excuse me.」
「!?」
突然、声を掛けられた。盛大に肩を跳ね上げつつも振り返れば、そこには一人の初老の男性が立っている。見上げるような長身に、夏場だというのにきっちりとスーツを着こなし、ステッキを突いて帽子を被った、まるで映画に出てくるような風貌のその男は――
(ヤバい、明らかに国産じゃない)
裕奈は身構える。彼女はそれほど英語の成績が悪いわけではない。とはいえ、受験にしか使えないと悪名高い日本の英語教育を受ける中学三年生の語学力など、たかが知れたものだ。彼女らの英語の授業を担当してるネギは生粋のイギリス人であるから、他の中学生より幾分恵まれた環境ではあるかも知れないが――
(だからっていきなり外人と英会話しろとかレベル高すぎだよお!?)
「Sorry. Please tell me the way to――」
「お、おおっ? 確かその言い回しはアレだ定番の――何だっけ!? じゃ、ジャスト・ア・モーメント!?」
「ああ、これは失敬、お嬢さん。ここは英語の通じる国では無かったのだね」
「……は?」
こうなったら往来で「ヘルプミー!」とでも絶叫してやろうかと、半ば錯乱しかけていた裕奈であったが、果たしてそんな彼女に気がついたその男は、にこやかな笑みと共に――流暢な日本語で、彼女に語りかけた。
「すまないが道に迷ってしまってね。麻帆良学園理事棟というのは、どっちに行ったら?」
「……」
ぽたり、と。
空から落ちてきた滴が、彼女の頬に触れた。
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何だかんだ言ってはいますが、シロのスリーサイズなんて知りません。
中学生時分の少女の平均サイズも。つか知ってたら自分が嫌だ。
以前友人(♀)に
「男は大抵女性の胸のサイズを語る時、トップ+カップで語るけど、普通サイズの表記はアンダー+カップなんだけどどうしてだろうスパイク」
と言われたのを思い出したので女性主観表記に。
男ってのはたぶんインパクトが大事だから数字は大きいほどいいんだと思うよわが友よ。
そういう言い方したら男ってホントに馬鹿な生き物だとおもうけどもw
あんまり深く考えてもアレなのでその辺りは適当です。
身長とか体重とかキャラクターのデータを考えるのが一等苦手な当方に、女性のスタイルのことなんて聞かないでくれw