ジリリリリリリリリリン、と電話のベルが事務所に響く。
いつの時代も電話の呼び出し音の癇に障る感じは変わらない。
出て欲しいなら、もっと耳障りのいい音にしたらどうなんだと思わないでもない。
「はい。お電話有難うございます。パンドラ剣装部です…って、あれ、社長すか?」
ガチャっと受話器を上げると、電話先からは見知ったよく響くアルトの声がした。
『あ、タケちゃん?悪いんだけど、今からトラックで現場来てくれる?ちょっと部材足りなそうでさぁ』
「またっすか。先月もそんなこと言ってませんでしたっけ?」
『いーじゃん。ウチとタケちゃんの仲じゃーん』
「いや、意味わかんないし」
『いーから来てよー。来てくんないと来月の納品分他社に回しちゃうかもー』
「わかりましたよ。今、現場どこなんですか?」
『だからタケちゃん好きー。ええっと、DRK0034地区の第5層』
「はいはい・・・ってそこ公共じゃなかったですっけ?」
『1時間以内に来てねー』
「いや、流石に無理・・・って、社長!うわ、電話切りやがった」
ツーツーと言う音を立てる受話器に俺が悪態をついていると、隣の席の同僚が同情染みた表情を浮かべて曖昧に笑う。
何だって俺の客はジコチューな奴が多いのだろう。俺がそう考えて溜息をついてると、同僚がぽつりと呟いた。
「客は営業に似るっていうけどな」
「うるせー」
第一話 (有)鈴木攻務店
大急ぎでトラックに荷物を積んだ俺は、高速を飛ばしてDRK0034地区の、採掘場入り口にジャスト1時間後にたどり着いた。
「あ、材料屋のパンドラです」
「はいはい。ここ、認証して貰えますか?」
門衛のおっちゃんがタブレット型PCを出してきたので、俺は社員証をそこにかざす。ピと音がして、おっちゃんがどうぞーと言って俺のトラックを見送ってくれた。
俺はそのままトラックを直進させ、搬送用の大型エレベーターに乗り入れる。
車から降りて「第五層」のボタンを押すと、俺はゆっくりと地階に降ろされて行った。
パンドラは武装系商社の中では一応トップ企業だ。客先は中小から大手までのゼネコンと幅広く、営業が受け持つ客層もまた幅広い。
俺に電話を掛けてきたのは鈴木攻務店の鈴木社長。女手一つで会社を切り盛りする敏腕社長だが、やや性格に難がある。
まぁ、うちの社長含めて、社長なんてやってる人間は、どこか性格がおかしいものであるが。
「お、来た来た。悪いな、タケちゃん」
トラックを止めて現場事務所に顔を出すと、図面を広げたテーブルの周りに、数人の男女が集まって何事かを話していた。
ゼネコン(ゼネラル・コントラクター;総合請負業)の仕事の幅は矢鱈と広い。目的物の採掘から地層の調査、判定、神話考証や分類などと多岐にわたる。おまけに常に危険と隣り合わせの現場では一瞬の油断が死を招く。
こんなご時世であるから、発掘関係の従事者は多いが、殉職率もハンパないので給料もそれなりにもらえる。どうにも未だ一攫千金のイメージが強い業界である。
鈴木レイコ社長はウチの上得意の一人で、俺の売り上げの30%くらいはこの人で成り立っている。肩口でばっさりと切り揃えられた黒髪の美人で、年は確か26。俺の一つ上だ。ちなみに巨乳。俺の推定ではEかF。作業着の胸が、今日もいい感じに盛り上がっている。
俺は胸を見ていることがばれないように、でもしっかり見てから、声を張り上げて挨拶した。現場では大きな声が大事である。
「ちわー。どうすか、新しい現場は・・・ってか、ここ公共ですよね」
「そうそう。色々厳しいんだわ」
「よく落札出来ましたね」
「あぁ、たまたま担当者がウチのよく知ってる奴でさ」
「滅茶苦茶談合じゃないですか」
そんな微笑ましい(?)会話をしている間でも、後ろではプロジェクターで映し出された映像を、所員が真剣に検討している。
「地層はどうですか?」
「うーん、難しいね。まだ大したもんは出てきてないけど、北欧3、インド4、南米1、他2ってとこかな」
「うわぁ。絵に書いたような複合神話層ですね」
「そんなだからお役所が手出すんだけどさ。持ってきたもん見るから、ちょっと見せてよ」
「はいはい」
俺は社長を伴ってトラックまで戻っていき、どでかい鉄の扉を開く。
「何、持ってきた?」
「ええっと、銃弾2000ダースに短銃20、装剣が100ですね。装剣は、ちょっと面白いやつを3つだけ持ってきました」
「へー。新作?」
「えぇ。この前、旧ドイツ地区で神剣フラガラッハが出たでしょ?」
「あぁ、状態がいいって奴?」
「そうそう。あれのレプリカをGE社が今度出すんですけど、それの試作が会社に回ってきたんで、持ってきました」
「ほほう」
「社長、ケルト系好きでしょ?」
「分かってるねぇ、タケちゃんは」
俺はトラックの荷台から1.8メートルのどでかい黒いケースを取り出して地面に降ろした。厳重な封を外してケースを開くと、鈴木社長が興味津々と言った感じで覗き込んで来る。
「おおー。格好いいねー」
「でしょ?」
「換装して見ていい?」
「どうぞ」
言うなりケースの中から装剣を取り出した社長はそれをびゅんびゅんと2、3度宙で振るう。銀色の金属をベースに作られた片刃の刀身は、どこか航空機のような先鋭されたデザインである。
「換装」
社長がキーワード(起動語)を口にすると、フラガラッハレプリカver.4.0の刀身が淡く光る。次いで社長の全身が光に覆われ、次の瞬間には、社長の豊満な肉体を、銀色の鎧が包み込んでいた。
「へー。軽いじゃん」
社長の作業着は、神理学的置換作用によって、煌く銀色の鎧に取って代わられていた。原理はよく分からん。神理学は専攻じゃなかったんで。
装剣の換装は現場に入るものには必ず義務付けられている。現場の危険度によってその等級はことなるが、この現場の様な難易度の高そうな現場には少なくとも2級以上の装備が必要となるだろう。装剣を持たずに現場に入っているところを見つかったら出入り禁止になっても文句は言えない。
裸でサバンナを闊歩するようなもので、使用者の安全管理が問われるからである。
社長の足の先から膝までは銀色のブーツに覆われ、指先から肘までが同じく金属の篭手に覆われている。
胸元はばっくりと開いて白い胸の谷間を見せつけ、スカート上に広がった鎧とブーツの隙間の白い肌がまた目にまぶしい。
ガテン系の職業とは言え、力仕事は人工筋肉が神力学的補ってくれるので、ムキムキマッチョはかえって少ない。寧ろ、女性は美しく魅力的でなくてはいけないので、かえって美容には気を遣うと聞いている。俺の知ってる現場の人の中にはモデル並の美人が何人もいる。鈴木社長もその一人である。
ところで、どうしても神通値は男性よりも女性が高いので、装剣での武装が必須な発掘現場では女性の比率が高くなる。神様も美人にはエコヒイキするというわけだ。
そして、神力学的作用により女性的魅力と防御力が相関関係にある女性の装備では、どうしても露出度が高くなりがちである。
我々にとってはとてつもない眼福であるが。ごちそうさまです。
「でしょ。並の使い手だと神力学的恩寵より装甲の強度が勝って動きにくいですけど、社長なら取り回しも問題ないでしょ?」
「うん、ぜんぜん違和感無いね。人工筋肉(サイバーマッスル)の反応も全然いい。これ、市場に出回ったらうちに500くらい下ろしてよ」
「毎度です」
鈴木社長はいいものには相応の金を払うタイプの経営者である。そうすることで、営業が優先的に出来のいい新作を持ってくることを知っているのだ。
誰でも高く買ってくれる人のところに、いいものを真っ先に持っていくに決まっているのである。
「丁度いいや。今新規の発掘箇所にデモンが湧き出て作業が止まってたんだよね。タケちゃん、息抜きにちょっと暴れていきなよ」
「ええー。今日はいいっすよ。仕事放っぽりだして着ちゃったし」
「いいから、行こうよ。ウチ、タケちゃんと狩りするの好きなんだ」
そう言ってびゅんと剣を振るう鈴木社長。
その振動でぷるるっと巨乳が揺れる。一緒に狩りをするってことは、あのチチ揺れを間近で鑑賞できるってことで。
神力学的効果によってポロリも期待できるわけで。
「お供します」
「よろしい」
本当は作業員以外がデモンが湧き出た現場に立ち入るなどご法度もいいとこだが、社長はよく俺とデモン狩りに行きたがる。
神話的埋設物を採掘するときには、デモンと呼ばれる種々の攻撃性擬似生物に作業を邪魔されることが常であり、現場作業員にはだから、一定レベル以上の戦闘能力が要求される。
俺は助手席に積んでる使い慣れた装剣を換装すると、社長の後に続いて現場の奥に入る。よく鍛えられた形のいい尻が左右に揺れているのが実に眼福である。
まぁこうして遊んで帰った俺のデスクには、たまった書類が雪崩をおこしているわけであるが。
神話的埋設物の恩恵がお茶の間から最先端のテクノロジーまで浸透して早百年。旧日本地区に構える総合商社に勤めるタケちゃんこと武村トモキという俺の日常は、大体こんな感じで続くのである。