「(話の)流れに身を任せ同化する」
こちらに一歩踏み出してきた一方さんに視線を向けつつ、俺はじりっと一歩下がる。今持っている武器はハンカチと石ころのみ、そして麦のん達は近くに居ない。まぁ、麦のん達と一方さんを戦わせる訳にはいかないし、何より麦のんが一方さんに勝てるなんて少しも思ってはいないんですがな。初期一方さんはマジでチートに近いと思う。
状況はマジで絶望的……か? 大人しくしていれば殺されたりはしないのがせめてもの救いかもしれない。だけど一方さんの邪魔(一方さんも乗り気ではなかったとしても)をしちゃってるから痛い目に会わせられたりするかもしれん……い、いや、考えすぎだよね? 一方さんは絶対にそんな事しない筈……だと思いたい。
先程一歩踏み出した時以外一方さんは動こうとせず、そして俺も全く動けません。下手に動いて刺激してもあれという理由で俺は動けないんですが、一方さんが動きを止めたのは何でだろう? もしかしたら対処に困っているのかもしれないね。こんな所に前回自分を邪魔した小娘がいるなんて思わないだろうしな。
「テメェ……」
「な、何?」
苦々しく歪める様な表情をこちらに向けて一方さんが口を開く。反射的に強張った返事を返してしまった……だけどこれはこれで仕方のない事だよね? 一方さんのあんな顔見て話すのだけでも神経使います。
「何でこンな所にいやがンですかァ? もしかしてアレか、あの時怪我させた事に対するお礼参りか何かか?」
「へ? い、いや……」
「ハッ! だとすりゃ丁度いいってもンだ! 俺もテメェに煮え湯飲まされてンだからよォ……探す手間が省けたってもンじゃねェか!」
一方さんが更に一歩踏み出すのと同時に大地が揺れる。いや、比喩表現じゃなくて本当に地面が揺れてます。多分能力だと思うけれど実際には何をしているのかはさっぱり分かりません。
というかどうしましょう? あんまり深刻に考えてない様に見えますが、ぶっちゃけ混乱し過ぎてどうしていいのか分からなくなっているだけです。逃げるのが正解だとは思うんだけど、一方さん相手に逃げ切れるとは思えないし……このままではフルボッコにされてまう!
「ハッ、ボケッとしやがってよォ……アレですかァ? もしかして俺と喧嘩とか考えちゃってる訳ですかァ? 全然笑えねェぞ!」
赤い瞳に殺気を込めて一方さんが俺を睨みつける。それを見て俺は一瞬体が震え、一歩後ずさってしまった。あの視線……マジで人殺せそうな視線ですね。いや、実際に『妹達』(不本意ながらも)を殺害している訳ですし、人殺した事はあるんですよね。
だけどそれ以上の距離を詰めてくる様子はない。それどころかイライラとした様子を隠そうともせずに俺に向けた視線を細め、その場に立ち止まる。
うーむ、何故にそこで立ち止まるし。いや、こっちに来られても怖いから正直勘弁と言いたい所なんですけど、生殺しは生殺しできついもんですよ?
「……」
「え、えっと……?」
一方さんはそのまま立ち止まってこちらに視線を向けたまま動く様子が無い。こちらも何をして良いのか分からずに停止する事しか出来ないんだけれども、一体何を求めていらっしゃるのでせうか?
「逃げねェのか?」
「え?」
「この前の戦いで学習しただろうが。テメェはどうやったって俺には勝てねェ、せいぜい出来た所で時間稼ぎって所だろォ?」
「え、えーと……まぁ、うん」
「……チッ」
ぬ、ぬぅ……何か呆れられた気がしますのですよ! 一体今の俺の発言に何の問題があったというのですか!? いやね、一方さんの前に出ている事自体が大問題の気もするんだけど、それはそれとして考えておきましょう。というか一方さんはやっぱり俺の事見逃してくれるのかな? 本当に心優しすぎるでしょう?
「つーかよォ、テメェは何でこんな所にいやがるンですかァ? もしかして本当に俺に対してお礼参りでもするつもりだったのかァ?」
「そ、そんな事ないよ。ここにいたのは偶然というか必然というか……」
「ハッ、意味が分からねェよ」
「む……」
反論しようとしたら一方さんに鼻で笑われたでござるの巻。小馬鹿にしたようにこちらを見やる一方さん……流石に俺もそんな馬鹿にされたら怒りますよ? あまり私を怒らせない方がいい……どうなっても知らんぞ。主に私が。
「そういう貴方こそこんな所で何してるのさ」
「見て分かンねェのか?」
「第一位による公開蹂躙ショー、って感じ?」
実際のところは買い物か何かの帰りに絡まれたっていうのが本当かな? その証拠に一方さんの手には何かが満載したビニール袋が握られているし。まぁ、十中八九缶コーヒーなんだろうけど。そして一方さんに対して喧嘩腰で話しかけてしまった……つい先程小馬鹿にされたのが悔しくてつい出来心で……今は反省している。
「あァ?」
「……と、言いたいところだけど買い物の帰りに『武装無能力集団』にでも絡まれた?」
一方さんに睨みつけられてすぐに先程の一言を撤回する俺マジヘタレ。いや、恨まれたり変な誤解受けるのは勘弁だからね……
「絡まれたァ……? ハッ、絡まれたってワケでもねェがな」
「?」
「俺は何もしてねェし、何かしようと思ったワケでもねェ。ただコイツ等が勝手に騒いで、勝手に向かってきて、勝手に自爆しただけだァ。俺からしてみれば戦いですらねェんだなこれが」
あー、確かに一方さんの能力ならただ相手に殴られただけでもその相手が終わってしまうんですよね。戦った時は直接触れなかったから実際どうなるのかはさっぱり分かりませんが、自分の力プラス一方さんのベクトル操作の一撃をもらうという訳ですね。洒落にならん。
それにしたって一部の『武装無能力集団』はアホですなぁ。確かに一方さんは上条さんに負けたけれども、それは上条さんが勝っただけであって自分達が勝てた訳でもなんでもないんですよ? なのに弱体化したと勘違いをして一方さんに襲い掛かるのは勇気があるのかアホなのか……
「……つーかよォ」
「ん?」
「テメェは何で俺と仲良しこよしでお話してンだ? あの時俺に何されたかもう忘れちまう程バカだったのかァ?」
「へ……?」
「へ? じゃねェっつゥの。あン時俺と戦って自分がどンな目にあったのかもう忘れちまったっててェのか? どンだけ緩い脳ミソしてンだテメェは」
な、なにおぅ……! 別に覚えてますしィ、ぶっちゃけ貴方と会う気は全くありませんでしたしィ。ただ『打ち止め』を危ない目に合わせられないから先行偵察かましたら貴方と鉢合わせただけですから。別に会いたかったとか全然ありませんから!
「ちゃんと覚えてるよ、失礼だなぁ」
「なら何で俺と仲良くお喋りしてンだよ。普通なら……」
「普通なら?」
そこで一方さんはいきなり言葉を止め、ただでさえ怖い目付きを更に細めた目で俺を睨みつけてくる。相変わらず本来は優しいという事が分かっててもこえぇ……しかも一方さん一般人は手にかけなくても俺みたいな暗部構成員には手加減しなそうだからなぁ……あれ? 暗部って事が知られたらぶち殺されちゃいそうな気がするよ! 絶対にばれない様にせんとな……
互いに無言が続く。というか俺から何を話していいのか分からないし、一方さんから話しかけて来てくれないと話が完全に消失します。空気は先程よりは険悪ではないけれど、この沈黙は何だかんだできつい……こ、ここはもう用事がないからお別れし……
「あー、いたいた! ってミサカはミサカは話も聞かずに行っちゃった貴方をようやく見つけてみたり」
俺が先程来た方向から一人の少女が姿を現し、それに合わせて俺と一方さんの視線もそちらの方へと向く。というか何で来たし! ちゃんと待ってなさいと言ったばかりでしょうが! いや、危険だからという理由もあるんですが、それ以上にこの二人が出会う場面に俺みたいなどうでもいいキャラが追加されているのはマジで不味い事なんじゃないでしょうか?
「もう、貴方はもう少し落ち着いてミサカの話を聞いてくれないと困るよ! ってミサカはミサカは何故か汗だくでこちらを見る貴方に対して笑顔でそう言ってみる」
「ラ、『打ち止め』ちゃん……待っててって言ったのにぃ……」
頭の中パニック状態で、つい声が震えてしまった。この二人が出会う場面には出くわしたくなかったし、何より『打ち止め』……即ち『妹達』のクローンを連れまわしている俺を一方さんがどう思うのか……下手したらあの乱入の事も含めて実験関係者と疑われて、そして……
「ミサカ、だとォ……?」
そして一方さん気付くの早ぁい! 正直ここはスルーして、俺はいつの間にかいなくなったりするモブ的な扱いを期待していたんですけれど、そういう訳にはいかないみたいです。何だよ、どうせなら原作でやつてたみたいに音を反射していれば良かったのに。いや、直前まで俺と会話してたんだから反射している筈ないんですけどね。泣ける。
「お、やっと会えたってミサカはミサカは嬉しくなって体をそわそわさせてみたり! いやー、最近は寝るのも外で辛かっ……」
「オマエ、その毛布取っ払ってよく顔見せてみろ」
……おぉ、俺の存在を完全にスルーして原作通りの会話になつていますね? 詳しい内容は覚えていないけれど、ここでロリコ……じゃなくて一方さんが『打ち止め』の毛布を剥ぎ取るんですよね? 相手が裸だった事を知らないとはいえども、一方さんロリコン説が浮上してしまうイベントの一つです。
「えー、この毛布はミサカの唯一無二の相棒だからとりたくないなぁ、ってミサカはミサカは遠回しに嫌だと拒否してみたり。そもそも往来で人に服を脱げっていうのは、些か酷いというか何と言うか……」
「……」
目を反らしたりそわそわしながら一方さんに対して拒否する『打ち止め』に対し、一方さんはしばらく黙っていたものの無言で『打ち止め』の毛布に手をかける。何か『打ち止め』が必死で抵抗している様に見えたけど、一方さんにそんなものが通用する筈もない。哀れ『打ち止め』は「にょわー!」 という叫び声と同時に毛布を剥ぎ取られ、その下にある柔肌を露出させてしまいました。何でこういう所だけは原作通りに行くのだろうか……
「……テメェ」
「あ、えっと……」
毛布を剥ぎ取った一方さんは『打ち止め』に対して最初こ驚いた様子を見せていたが、今は俺に対して何か含む様な視線を浴びせてきている。どう見ても睨みつけられている様にしか見えないのだけれど、マジで俺が実験関係者とか勘違いしてませんよね? もしそんな事になったら俺は一方さんに……い、嫌だぁぁぁぁ!
「ひゃあああ!? って、ミサカはミサカは毛布を取り返そうとしながら乙女らしく叫び声を上げてみたりぃぃ!」
睨みあう俺と一方さんを余所に、『打ち止め』の甲高い悲鳴が路地裏に響き渡る。その声を聞きながら俺はこう思いました。
ここに来る前に俺が言ってた台詞って、もしかして死亡フラグじゃね?
*
「もう、いくらなんでもデリカシーがないと思うの、ってミサカはミサカは頬を膨らませながら貴方に言ってみる」
「あァ、そうですねェ」
「人の話はちゃんと聞かなきゃ駄目なんだよ、ってミサカはミサカは適当に聞き流してる貴方に強く言ってみたり!」
「そうですかァ」
そうやって言い合いながら先に進む一方さんと『打ち止め』、そしてその後ろに続いて歩く俺ことフレンダが路地裏を進んでいるのでございます。
いや、どうしてこうなったと言わざるをえない。あの後、毛布を一方さんから強引に取り戻した『打ち止め』は、とりあえず一方さんに着いていくという旨を強引に伝えていました(同意が得られたかどうかは別として)。そして俺はどさくさに紛れてその場から逃亡しようとしたんですけど、一方さんはこちらへ注意を向けまくってるわ、毛布を再装備した『打ち止め』が俺に着いてきて欲しいと言うわで逃げる暇なんてありませんでした。お陰で俺は二人が歩く様子を見ながらげんなりしそうな感じになってます。
これからどうすればいいのかさっぱり分からん……まだ一緒にいても大きな変化はないだろうけれど、少なくとも朝までには別れないと駄目だ。『打ち止め』と一方さんがメインになる話は確か翌日だった筈。多分これから一方さんの部屋に向かう事になるんだろう。その後は二人が寝るのを待ってとんずらするしかない。そう、まだ絶望的な状態ではないんだ……だからクールになるんだ俺よ。
そうこうしている内に目の前に見えてくる建物。あれは何だろ……学生寮かマンションのどっちか判別がつかないな。一方さんって学生寮に入ってたっけ? そもそも学校に通っているのかどうかも分からんが。もし学校に入るとするならばどこになるんでしょうねぇ……少なくとも上条さんの学校はないと思いますがな。
「素敵な所だね、ってミサカはミサカは羨ましげな視線を向けてみたり」
「どこがだよ、皮肉ですかァ?」
「自分だけの部屋、空間があるっていうのはそれだけで素晴らしい事だと思うよ、ってミサカはミサカはうきうきしながら応えてみる」
その純真無垢な言葉に対し、一方さんは舌打ちすると俺達を置いて先に進む。純真無垢な子供の言葉って、それだけで否定しづらいのは分かります。良く経験してるしな。
「つゥか」
階段を昇る一方さんがふと立ち止まり、こちらに視線を向ける。それと同時に『打ち止め』は不思議そうな顔をして一方さんを見て、俺は緊張で体を固くするのですよ。
「オマエ等はいつまで着いてく」
「お世話になります、ってミサカはミサカは先手必勝」
「……ァ?」
「ゴチになります! ってミサカはミサカは街頭テレビで見た知識を早速披露してみる」
一方さん、顔がポカーン状態になってますよ。確かにいきなりこんな事言われたら呆然とするのも仕方のない事ですよね。しかも毛布身に纏った幼女だし。途中で『警備員』とかに呼び止められていたら、間違いなく御用される事間違いなしだったな。
「テメェ……チッ、もういい。勝手にしろ」
「イェーイ! お世話になります、ってミサカはミサカは歓喜してみたり!」
「あはは……」
とんとん拍子に話が進んでいきますねぇ。俺としてはこのまま『打ち止め』が泊まってくれないと色々と不都合が生じそうなので全く問題ないんだけどさ。
「テメェは」
「え?」
「え? じゃねェよ。テメェは一体どこまで着いてくるつもりなんだァ? まさかとは思うけど、俺の寝込みでも襲う気満々なのかよ。用事がねェならさっさとどっかに行きやがれ」
「むー、その人は私に付き添ってくれてるの! って、ミサカはミサカは」
「テメェには聞いてねェ」
何か反論しようとした『打ち止め』をその一言で黙らせると、一方さんは俺の事を睨みつける。うぅ、この殺気すら感じられる凄まじい眼力……やっぱり何か勘違いしておられるとしか思えない。いや、前回の事もあるしもう遅いのかもしれないけど、一方さんに目を付けられたまま生きていくとかそれ何て無理ゲー? 正直このまま誤解されて別れた暁には、暗部編で一方さんに目を付けられたりしてヌッ殺されそうな気がして堪らないのですが。
こ、これは少しでも誤解を解いておいた方が良いよね? 俺はこの実験とは無関係なんですよー、と少しでもアピールしておかないと。つまり、この場でホイホイと居なくなるのは間違いだな!
「私も行くよ、『打ち止め』ちゃんが心配だからね……」
「……チッ」
苦々しく舌打ちをし、一方さんは俺から視線を外すと先に進み始めた。とりあえず少しでも俺と『打ち止め』は関係ない……というか、俺が研究所関連の人間じゃないという事を認識させないとね……『妹達』をもて遊んだ連中はヒャッハーしてやんぜ、となった場合俺まで巻き込まれたら洒落にならん。
「安心した」
「へ?」
声がした方向に視線を向けると、そこには笑顔を浮かべた『打ち止め』が俺の上着の裾を掴んでこちらを見上げていた。その笑顔はマジで天使レベルの可愛さがあるな……施設の子達の事思い出した。今頃寝てる時間だけど、ちゃんと夜更かししないで寝てるかなぁ。
「安心、って何が?」
「大したことじゃないよ、ってミサカはミサカは誤魔化してあの人に突撃してみたり!」
そう言うと俺から離れて一方さんの方へ向かい、何事か話している。そして『打ち止め』だけがルートを外れてどこかの部屋に入って行ったけれど、これはアレだな。原作であった嘘の部屋番号教える奴の話だな。案の定『打ち止め』は意気消沈した様子で部屋から出てきて、そいでまたチャレンジしてるし。一方さん子供のあしらい方上手だねぃ。保育士一方さん……想像したら何か笑えるな。
「何笑ってンだよ?」
「え?」
顔を上げるとそこにはこちらを睨んでいる一方さんの姿。あらヤダ、迂闊にも先程の光景を見て笑みを浮かべてしまっていたのでしょうか? こんな事で不快になられても困る……何と応えて良いものか。
「いや、ちょっと……」
「何だよ」
「意外と子供の扱い上手なんだなぁ、って思って」
そう言いながらニコッ、と笑みを浮かべてみた。若干フレンドリーに接しつつ、最後は万国共通の会話だと思っている笑顔でトドメですよ。とりあえず私は貴方の事馬鹿にしたんじゃないですよー、ただ微笑ましい光景に顔が緩んでしまっただけなのですよー、と言外にアピールしている訳です。これで怒られたら理不尽な事に泣くしかねぇ。
「ハァ? テメェ、正真正銘のバカなンですかァ?」
「馬鹿とは酷いなぁ」
麦のんにも良く言われてます(馬鹿とかアホとか)。良く失敗とかするしねぇ……仕方ないといえば仕方ない事なんだけれど、何度も何度も言われると流石の俺も傷つきます。
「バカだろうが、テメェと俺が殺し合いした事も忘れちまってるみてェだしよォ」
「……忘れてないよ」
あんなトラウマそう簡単に忘れられる筈ないでしょうが。少なくとも一生モンのトラウマだよ。
「んじゃあ何でノコノコと着いてきやがンだよ。俺が何したか忘れた訳じゃねェだろ?」
「それは……」
そうだね、俺に大怪我させましたよね。そしてミサカも殺しかけましたよね……うーむ、冷静に考えると少し腹立つな。まぁ、フルボッコにされて恨まない人なんていないだろうし、それこそ一方さんが弱いなら一発くらいぶん殴ってやる所なんです。しかしそれは儚い夢、一方さんに勝てる気なんて全くないのです。
とりあえず何と返したら良いもんか。変に慰めたりするのは何か違う気がするし、かといって俺が何か言える立場でない事は確か。ならばどうするか……結論、とりあえず自分が今からする事を言おうと思いますです。
「確かに、貴方がした事は許される事じゃないと思う」
「テメェに許してもらいたいなンて思いもしねェけどなァ。大体誰が許す許さないなんて決めたンだよ? 俺は第一位の……」
「でも人間でしょう?」
俺がそう言うと一方さんは眉を顰めて言葉を止めた。つーか人が話してる時に自分がベラベラ喋るんじゃありませんよ。お陰で本来言わなくても良い台詞言っちゃったし、これで喧嘩腰になってるととられなければ良いんだけどな。
「見てみたかったんだ」
「……何がだ」
「貴方という人間を見たかった。それだけだよ」
「オレが何だってンだ?」
「分からないよ。貴方が何を望んでるのか、そして何がしたかったのか。だから見にきた、それだけ」
くせぇ……ゲロ以下の臭いがプンプンするぜェー! というのは冗談にしても、とりあえず嘘は言ってません。一方さん自体を見たかった訳ではありませんが、貴方を発見しようと躍起になつていたのは事実。そして『打ち止め』と出会ったのは偶然だったとしても、とりあえず一方さんと出会う所を確認したかったのでそれを見たかったというのも嘘にはならないですわ! 嘘塗れで本当にごめんなさい。
「テメェは……チッ」
そこまで口を開いたが、一方さんはそこで言葉を止めると一度舌打ちをして背を向けて歩き始めました。そこに現れる更に意気消沈した『打ち止め』。二回も部屋間違えて叱られたら、それはヘコむでしょうなぁ。とりあえず頭を撫で撫でしてあげ、それに驚いた『打ち止め』を見つつ一方さんの後ろに着いていく。そしてようやく一方さんの部屋が……って、これは。
「うわぁ、何か大変な事になってるね、ってミサカはミサカは部屋を見回しながら驚いたみたり」
「勝手に入ってンじゃねェっつうの」
『打ち止め』に続いて一方さん、そして俺が入室する。しかしこれは酷いね……ソファー、ベッドは中身が出るまで切り裂かれたりしているし、テレビや電化製品等の類はバットか何かの鈍器で修理不可能レベルにまで壊されている。電気も点かないので明かりは窓から入る月明かりくらいのものしかない。それでも街の灯りもあってかそれなりに明るいんだけどね。
「……くっだらねェ」
「あ、『打ち止め』ちゃん。土足だとガラスとか危ないからベッドの上に座っててね」
「はーい、ってミサカはミサカは素直に指示に従ってみる」
部屋の事を完全にスルーしてソファーに寝転がる一方さんる出来る事ならそこは『打ち止め』を座らせてあげたかったんだけど、先に行かれちゃ仕方ないのでとりあえずベッドに座ってもらう。じゃないと裸足の『打ち止め』はガラスやら何やらが散乱してるここは危険すぎるからな。乙女の柔足に傷をつける訳にはいかんぜ。
「というか、『風紀委員』……じゃないですね。『警備員』呼んだりしなくて良いんですか? ここまでされてるなら絶対に動いてくれますよ?」
「興味ねェな……通報した所で何か変わるワケでもねェし、どォでもいい」
あー、原作でもこんな感じの事言ってたっけか? 確か『打ち止め』に言われてた気もするけど、その台詞を俺が取ってしまったな。まぁ、重要な台詞でも何でもないし問題はないと思うけれど。
「で、テメェ等はどうすンだ?」
「どう、とは?」
「この部屋見て理解出来てねェのか? 別に俺の邪魔さえしなけりゃ、そこいらにある残骸にでも何でも適当に寝泊まりしても構わねェけどよォ、ハッキリ言ってスラム街のド真ン中で大の字ンなって寝るのと同じくらい危険だと思うけどなァ」
淡々と話すねぇ……今まで自分が使ってきた物とかに愛着とか湧かないんだろうか? 俺だったら愛用してるレンジとか炊飯器、裁縫道具等を壊されたらマジ泣きする自信がある。使い続けてると相棒みたいな感覚が生まれるのですよ。
「うーん、ミサカは他に行くところもないし、元々ここに来る予定だったからいさせて下さい、って深々と頭を下げてお願いしてみたり」
「外で寝てた方が幾分マシだと思うがなァ」
「ううん、そんな事ないよ」
そこで『打ち止め』は一度言葉を切り、一瞬だけ俺に視線を向けた。何を求めているのか分からないけど、とりあえず軽く笑顔で返してみると『打ち止め』も笑顔で返してくれました。やつぱり笑顔は万国共通の代物ですねぇ。
「一人は寂しいもの、ってミサカはミサカは自分の心中を口にしてみたり」
その言葉を聞いた一方さんは軽く眉を顰め、天井へと視線を移す。ずっと一人だった一方さんはこの台詞をどういう気持ちで聞いてるんだろ? 『打ち止め』って偶にこういう重い一言放ちますよね。重いというか、深いか?
「じゃあミサカはこのベッドにそのまま寝てみよう。うーむ……段ボールと違って柔らかい……けど破れてて少し残念、ってミサカはミサカは意気消沈してみたり」
ベッドの上でゴソゴソと『打ち止め』が寝転がる。まぁ、あのベッドもかなり破かれたりしてるからな……って、そうだ。
「『打ち止め』ちゃん、ちょっと待ってて」
「ん?」
不思議そうな顔をこちらに向ける『打ち止め』を尻目に、俺は部屋にあるクローゼットらしき物を開ける。思った通り細かいこういう所まではそれほど荒らしていかなかった様で、色々と無事に残っている物がありました。特にベッドシーツの予備が無事に残っていたのは最大の誤算にして嬉しい事ですな。
「よいしょっ……これで良いよ」
「おおー!」
中身がかなりやられていても、ベッドシーツを取り換えて外見だけども取り繕うとかなり立派に見えるな。実際寝てみると大した変りはないけれど、『打ち止め』はこれでも喜んでいるみたい。
「わーい! ってミサカはミサカは喜びでベッドの上で跳ねてみたり!」
「大した事は出来てないけどね。少なくともそのまま寝るよりは良いと思うよ」
無事だったタオルケットを寝転がる『打ち止め』にかける。いくら夏になったとはいえども、全て空けっぱなしの部屋みたいな感じだし風邪引かれても困るしな。確かこの翌日には『打ち止め』が倒れて、一方さんが脳に障害を負うんでしたっけ? 心苦しい事件だけど、これに介入するとこれからどうなるのか想像も出来ないのでスルーするしかないよねぇ……憂鬱になりそうだわ。
「本当にありがとね、ってミサカはミサカは優しい貴方にそう言ってみたり」
「優しいって……そうでもないよ。私はただ自分の思う通りにしてるだけだし……」
「ううん、貴方は優しい人だよ、ってミサカはミサカは断言してみる」
寝転がったままこちらに視線を向けてくる『打ち止め』の視線の強さに、俺は一瞬怯んで息を呑んでしまった。何というか、滝壺の能力使用してる時に近い感覚を感じましたですよ……見た目は子供なんだけど、物凄い威圧感みたいなものを感じる……
「本当にありがとう」
「?」
「私達を助けてくれたのは、紛れもなく貴方なんだよ。ってミサカはミサカは感謝の気持ちを述べてみる」
「え、えっと?」
いやいやいや。実際に貴方達を助けたのは上条さんですよ。俺はただ少しの時間稼ぎと少しの関わりを持った貧弱一般人に過ぎないのでございますよ? そりゃあ死なないに越した事はないだろうし、助ける事が出来たのは非常に嬉しかったけれど、それを言うのはまず最初に上条さん、そしてこれからの事になるけれど一方さんに言うべき台詞でしょうや。
「貴方も一緒に寝ようよ! ってミサカはミサカは口にしてみる」
「えぇ!?」
って、こっちが悩んでいる間に先程の威圧感は消え、出会った時みたいな天真爛漫状態になってしまっているし。それに一緒に寝ようですと? 俺はこれから貴方達が寝静まった後にこっそりと出ていくつもりなんですけれど……そればかりは……
「誰かと一緒に寝ると暖かいんだって、ミサカはミサカは試してみたいの。駄目、かな?」
「ぅ……」
な、何という上目づかい……! 施設の子達が甘えてくる時と通じるものがありますな……お世話したい本能が呼びさまされ、断ろうと口を開こうとしても中々言葉が出てこない。それに一人は寂しいとかさっき言ってたし……そんな子供を置いて俺はこそこそと逃げる……
あ、あれですね。明日のファミレスとかそういう出かけた時でも抜ける事が出来ますよね? 今日の夜くらいは一緒に寝て上げるのもいい筈……いや、良いんだ! 明日逃げよう!
「うん、分かったよ。じゃあ少しそっちに……」
「はーい! ってミサカはミサカは貴方が寝る事の出来るスペースを作ってみたり!」
そう言って『打ち止め』が空けた場所に体を寝かせ、一緒にタオルケットをかける。『打ち止め』が笑顔を浮かべ、それに釣られた俺の顔も軽く笑みを浮かべるのでした。
「本当にありがとう……って、ミサカはミサカは……」
そんな言葉を子守唄にしながら、俺はゆっくりと眠りに着くのでありました……
<おまけ>
「貴方という人間を見たかった。それだけだよ」
ワケが分からないと正直に思う。あんだけ痛めつけられて、あんな実験を目の当たりにして自分を見てみたいなんていう考え……イカレてるのかとも思ったが、別段そういう訳でもなさそうだ。
そもそも何でこのクローンと一緒にいるのかが分からない? まさかとは思うが実験の関係者だった……いや、研究所で見た事もないし、それに関係者ならわざわざ邪魔をして実験を中止にさせる意味もない筈だ。
それなら敵対してる連中かとも思ったが、何となく雰囲気で違うと断言出来る。第一位ともあろう人間が勘に頼っている事実に一瞬眉を顰めるが、すぐにそれはいつもの無機質な表情へと戻った。
(ケッ、別に関係ねェな)
天井を見据えながらそう結論付けて、『一方通行』は瞳を閉じる。その胸に何かを秘めたまま、意識をまどろみの中へと沈めていった。