「私こと藤田 真はまだ元気です」
うん、まずは落ち着いて聞いてほしい。というか俺が落ち着きたい気分だ。
まずいきなり、大の男が幼女に変身しました。なんて言っても理解出来ないと思う。というよりも俺も良く理解出来ていない。なのにパニックになっていないのは、次から次へと自分頭の中に入ってくる情報があるからだ。
その情報によると、なんとここは「とある魔術の禁書目録」の世界であるという。その情報に唖然とするが、次々と書き込まれていく情報はそんな驚きをどんどん埋めていくほど膨大な量であった。特に今自分の体となっているこの幼女の記憶が続々と入ってきた。
まずこの娘(俺)には身寄りがいない。
俺はいわゆる『置き去り(チャイルドエラー)』らしい。両親は幼い俺を学園都市に預けてそのまま行方知れずとなってしまった訳だ。原作での置き去りの扱いを知ってしまっている俺としては既に絶望状態な訳だが、それ以上にアレな情報が頭の中に転がりこんできてしまった。
俺の名前は「フレンダ」、本名は長いので省略。
苗字がないのは置き去りにされてから付けられたコードネームみたいなモンだったのね……
*
「よりによってフレンダはないだろ……」
話は冒頭に戻り、俺は未だ鏡の前でorzのポーズのままネガっていた。
フレンダというのはいずれ暗部組織の一つである『アイテム』の一員となり、様々な裏仕事をやってのける脇役キャラである。
……え? 『アイテム』のキャラは主人公の一人である浜面がいるから全員目立つんじゃないのって? いや、確かに麦のんはターミネーターになるし、滝壺はメインヒロインだし、絹旗は目立てなくてもなんだかんだで活躍をしていくことは間違いないよね。
だが、フレンダは別なのだ。
本編知ってる人達ならフレンダの末路は言わずもがなだろう。暗部組織である『スクール』に脅された挙句に情報喋ってしまい、『アイテム』のリーダーである麦のんの手によって真っ二つになってしまうのだ。
「確かに禁書の世界には行きたいと言ったさ…でも神様、いくらなんでもこれはないだろこれは……」
本当にどうしたら良いものか……と立ち上がりつつ考える。が、全くいい考えが思い浮かばない。ちっくしょー、大体フレンダが悪いんじゃ。簡単に情報なんて漏らしちゃって麦のんの『原子崩し(メルトダウナー)』で真っ二つにされちゃうんだから……
まぁ、俺だって学園都市の『第二位』に凄まれたらペラペラと喋ってしまう自信がある。だがあんな末路になると分かっていれば絶対に……って、そうだ! 俺は未来を知っているじゃないか! 確かにフレンダはあの時『スクール』に捕まってしまい情報を話してしまうが、俺はその事を知っている。そしてあの時麦のんは捕まっていなかった、つまりは麦のんと一緒にいれば最低でも一人で捕まってしまう様な事はない筈。
フレンダがどう捕まったのか分からないという不確定要素こそあるが、あの時の戦いを知っているという事はそれだけで有利な筈。
そしてもう一つ、そもそも『アイテム』に所属しなければいいじゃない。
フレンダがどういう経緯で『アイテム』に所属するかは知らないが、そもそも所属しない様にすれば良い。置き去りだからという理由だけで暗部には落ちないだろうし、いい子ちゃんでいれば格段に入る確率だって下がる筈である。
そもそもフレンダは確かに脇役だが、鏡で俺の姿を確認すると凄まじく容姿端麗である。現実の俺はどこにでもいる容姿だったが、フレンダは間違いなく美人とかそういった類に分類されるだろう。残念なのはちっぱいである事だが、これは幼女だから仕方ない。
考えればそう悪い事ばかりでもない今の状況に、気分が高揚していくの感じる。冷静に考えればこの世界を体験し、そして生きていく事だって不可能ではない事なのだ。危ない事はヒーロー達に任せて、俺はゆっくりとして人生をこの世界で過ごしていけばいい。
「にひひひひ♪」
自然と笑みを浮かべ、ニヤリと微笑む。希望を持ってしまうと現金なもので、俺は小躍りしながら鏡の前で跳ね回った。せっかく来た禁書の世界、楽しまなきゃ損、ぐらいの気持ちでやっていこう! と意気込んで鏡の前で跳ねていた時、突如部屋の扉が開いて一人の女性が訝しげな視線を向けてきた
「フレンダちゃん、あなたに頼み事が……何してるの?」
綺麗な女の人に小躍りしてるの見られた。死にたい……
*
先程の女性の後ろを歩く。用事がなんなのかは言ってくれなかったが、気分が高揚している自分は素直に「了解!」と応えた。その元気な返事に好印象を持ったのか女性は眉をしかめちゃってました。べ、別に外したとか思ってないんだからねっ。
女性の後ろについたまま、俺は今自分が歩いているところはどこなのか考える。記憶のせいかこの建物の構造は理解出来た。どうやら一階のロビーらしき場所に向かっているようだ。
あっ、ちなみにこの科学者さんの名前は田辺さん。俺の担当なので名前だけでも覚えてあげてね。とか何とか考えてる間にロビー入り口前に到着。どうやらロビーには人がいるらしく、話し声が扉越しに聞こえてきた。
「ちょっと待っててね。」
田辺さんはそう言うと俺を置いてロビーに入っていってしまった。
「しかし俺にお客さんかぁ……」
あまりにも暇すぎるので独り言を呟き、あくびをして考える。俺ことフレンダには既に肉親はいない上、あくまで記憶の中でだがフレンダは無能力者のため研究者等の人間も考えにくい。だからといってこの学園都市でどこにでもいる『置き去り』の一人に用事があるっていう人間はそういないだろうが。
もしかすると施設に出資してる団体のお偉いさんとかなのかもしれない。それに対して田辺さんは元気溢れる俺に挨拶をして欲しいというわけなのかも。ウチの施設の子供はこんなに元気があるのでございましてよ~オホホホ、みたいな……嫌味すぎるわ。だからといって親もいない幼女に特別な客なんて来ないだろうし……と考えている間に話は終わったらしく、田辺さんが扉を開けて手招きをした。
「フレンダちゃん、お話が終わったから入ってもいいわよ」
「あ……はーい」
先程とは違う返事に満足したのか笑顔を浮かべた田辺さんは俺の右手を軽く掴むとそのままロビーの待合席へと向かう。視線の先には二人の人間がいた。
一人は明らかに科学者といった感じの初老の男性。もう一人は男性が影になっていて見えないが、背丈からするに俺より少しだけ年上と思えるの女の子だ。手元だけはハッキリと見えるが何かゲームをしているらしくぴこぴこと音が聞こえる。俺にくれ。
「お待たせしました、この子が話していたフレンダですわ」
「ほぉ、愛らしい子じゃありませんか」
「ご希望に添えられればよろしいのですが…フレンダちゃん、挨拶して」
「あ、はい。えーと、おr…じゃなくて私の名前はフレンダって言います。よろしくお願いします」
記憶によれば確かフレンダの一人称は私だったはずだし、女の子が俺は不味いだろうということで一人称は私でいこう。ちなみに俺っ娘は大好物でございますのことよ。
しかしコイツが邪魔で後ろの子が全然見えないじゃないか……別に野郎を見ても楽しくないので即刻どいてもらいたいところだったが、その瞬間は早速訪れた。
「ははは、礼儀正しくて良い子だ。実は今日は君に大切なお願いがあって来たんだよ」
そう言って立ち上がって横へずれると、視線を隣にいた子へ向けた。
栗色の長くて少しパーマのかかった髪、鋭いが猛禽類の様な美しさを感じさせる瞳、恐らく自分より二、三歳程度しか離れていないにも関わらず、若干だが女性を感じさせる部分が既に見え始めている。
それを見た瞬間、俺の思考は停止した。エアコンが効いているロビーなのにどっと汗が吹き出、声が出ない。
(ちょ、ちょちょちょ……!?)
少女は全く意に介さないといった感じでゲームから目を離さない。周囲など知った事ではない、と言いたげな態度だ。まるで女王…いや、女帝。
男はニコニコしながらこちらに視線を戻して口を開く。
「フレンダちゃん、彼女の名は」
(む、むむむむむむむむ)
「麦野 沈利だ」
(麦のおぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォんんん!!?)
クソオッサンの声と俺のソウルボイスが同時に響く。俺は心の中で思った。
もう神様なんて信じない……