「ファードン男爵を殺害した暗殺者の追跡調査ですが、やはりロウガが関連している可能性が高いとのことです。ただそれ以上の追跡調査は不要と」
「ロウガですか……陛下らは彼の地に呪いの対象が移ってしまえば、我が国は安泰と?」
傅く騎士の報告を聞く、生気の少ない青白い肌色の若き女性は、膝に抱えた歪な造形をした人形を慈しむように撫でながら、か細い声で憂いを発する。
まだ幼き童女を象った人形の顔は血涙を流す刺繍が施され、口は開かぬように太い糸で厳重に縫い付けられる。
細い首には禍々しい赤黒い色に染まる縄が幾重にもまかれる。
両腕は何かを支えるように頭上に伸ばされ、足かせを付けられた両足首から下には炎を象った綿が揺らめく。
苦しみと憎しみの末に死した少女。
それはかつて男爵が行った国内の敵対勢力への焼き討ちにより殺された少女。
象ったのではない。人形でもない。
女性の手によってでは無く僅かに動きながら、縫い合わされた口からは聞く者全てを呪い、病ます呪詛をはき続ける。
”それ”は怨霊と化した少女その者だ。
「そこまでは……ですがその少女霊の顕現厄災は大火。木造建築の多い我が国で呪いが発動すれば、多くの死傷者が出る恐れがあります。厄災が厄災を呼ぶ大厄災となる可能性が高くなるよりはと」
「私が抑えていられる時間はさほどありません。彼の大都市に贄となるべき者が逃げ込んだのであれば、より多くの者が死すでしょう。1人の贄で、多数の市民が救われるというならば彼の地の施政者達も差し出すことを躊躇しないでしょうに」
クレファルド王国は、かつての暗黒時代に龍に故郷を追われた周辺国家の人々が多数逃げ込んだ大森林地帯の跡地に立つ。
深い森に逃げ込んだ人々の数は、今となっては杳として知れない。
その数は数十万だったのだろうか、それとも数百万、あるいは数千万。
それは誰も知らない。知るはずが無い。その森に逃げ込んだ人々は全て龍によって森諸共焼き払われ、全て死に絶えたのだから。
龍によって殺された無数の死骸と魂魄。彼らはその後に龍によって産み出された火山が吐きだした溶岩流の奥底に沈み閉じ込められていた。
その上にクレファルド王国は築かれた。築いてしまった。誰もその事を知らぬまま。豊かな森と大穀倉地帯を持つ近隣有数の農業国家として発展してしまった。
そんな悲劇があった地だという事実さえ、遥か過去となってしまっていたが故に。
故にここは呪われた王国。非業な死を迎えた者に共感し、時折地の底の底からわき上がってくる救われぬ魂によって、厄災を巻き起こす怨霊が産み出されてしまう。
彼らが眠るのは人の手が届かない地の底。鎮魂しようと深い穴を掘ろうとしても、そこにたどり着く遥か前に発狂して死を迎えてしまう。
しかし今更、国を捨てるわけにはいかない。それほどに発展してしまった。
だから鎮めるために贄を与えるしか無い。産み出された怨霊の核となる者を鎮めるための贄を。
「いくら姫とはいえ、他国も絡むとなりますと王の意向を無視なさるわけにはまいりませんが、いかがなさいますか?」
「ならばそちらの線は捨てます。男爵の配下に忍び込んでいた者がいましたね。彼が襲われたという少女の線から当たりましょう。ファードン領と魔禁沼は距離はありますが、全くの無関係というにはタイミングが良すぎます」
大火厄災少女霊の贄はファードン男爵。だがその男爵は、目前で謎の暗殺者によって殺されてしまった。
深く暗い呪いは伝播する。贄を殺した者はまた贄となる。
あの暗殺者を贄として捧げなければ、少女霊は怨霊の炎となりてロウガの街さえ焼き尽くす大火を巻き起こすだろう。
女性はそれを防ぐために、その青い顔に決意の色をみせる。
「畏まりました。特徴的な可憐な容姿と、正確無比な剣を振るったという事でしたので、対象の人物を絞り込んでみます」
クレファルド王国王宮翡翠の館。王宮北に残されたうっそうとした森の中に、ひっそりとその館は建つ。
その館に住むのはクレファルド王族の中でも、もっとも特別にして、最も重要な使命を持つ王族。
国土の安寧と鎮守を守る守人。
荒ぶる魂を鎮め鎮魂を司る巫女姫。
厄災に対する贄を見つけ出し、生殺与奪の自由を与えられた死霊術師の王女。
その一族の長は代々【人形姫】と呼ばれている。