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No.21792の一覧
[0] 狼の娘・滅日の銃 【エピローグ】【完結】[なじらね](2010/12/26 22:48)
[1] 第二話/マスミ・ツンデレ・ステレオタイプ[なじらね](2010/09/10 22:02)
[2] 第三話/馬鹿が舞い降りた[なじらね](2010/09/11 22:10)
[3] 第四話/馬鹿がおうちにやって来た[なじらね](2010/09/12 22:01)
[4] 第五話/かなめ!ふしぎ![なじらね](2010/09/15 22:05)
[5] 第六話/時には昔の話をしようか[なじらね](2010/09/18 22:10)
[6] 第七話/ハー・マジェスティ[なじらね](2010/09/21 22:01)
[7] 第八話/マスミ・セブンティーン[なじらね](2010/09/24 22:05)
[8] 第九話/敵か!? 味方か? 月見のベア[なじらね](2010/09/29 22:02)
[9] 第十話/ギフト[なじらね](2010/10/04 22:03)
[10] 第十一話/ジェヴォーダンの獣[なじらね](2010/10/11 22:46)
[11] 第十ニ話/おとうさんだいすき[なじらね](2010/10/22 22:00)
[12] 第十三話/嵐の前の日[なじらね](2010/11/03 04:02)
[13] 第十四話/暴風域(前編)[なじらね](2010/11/11 22:37)
[14] 第十四話/暴風域(後編)[なじらね](2010/11/21 22:07)
[15] 第十五話/黒と黒、獣と狗[なじらね](2010/12/04 02:26)
[16] 第十六話/そして、滅日の銃[なじらね](2010/12/10 22:50)
[17] 最終話/ゆえに、狼の娘[なじらね](2010/12/19 21:42)
[18] エピローグ/一睡の夢、されど醒めぬ嘘[なじらね](2010/12/27 01:13)
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[21792] 第十話/ギフト
Name: なじらね◆6317f7b0 ID:d0758d98 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/04 22:03




月光が照らす縁側。真澄と真美、座る影ふたつ。

「お父さん、本当はどこ行ったの?」
「ん?コンビニじゃないのー?」

嘘、と真澄はつぶやく。

「あなたはそうやって嘘ばかりつく──ずるいよ」
「嘘ついたのは謝るけどさ、ズルなんかしてないってば」
「ずるいよ。あなたは私の知らないお父さんを知ってる。ずるいよ」
「ズルいのは真澄ちゃん、アンタだよ」
「私が?何で?」
「アンタは娘だから甘えたい放題出来るじゃない、アタシなんてさあ」
「違う。これは復讐だから」
「復讐?なにそれ」
「お父さんは私を捨てたの」

だから私は甘えるの。甘えて甘えてお父さんを甘え殺すの。これが契約。復讐の契約。
真澄の言葉に真美は思う。なるほど、そうやって抑えているのかと。そうやってこの子は娘であろうとしているのだと。
健気にもこの子は、そうやって自身の欲望を親子の愛に置換しているのだと。
つまり私たちは──対等ではなかったのだ。

「そうだね。ゴメン。やっぱズルは良くないわ」

この戦い、自分にとっては分が悪いと思っていた。
あの男はこの娘しか見ていない。何度アプローチを重ねても暖簾に腕押し。しかし上等、その方が燃える。
圧倒的なハンデを受けても戦うだけの価値がある。それはこの娘も同じだ。自分と同じくハンデがある。
いくら男の愛情を一身に受けようが所詮それは親の愛。血の鎖には抗えない。
つまり対等、お互いハンデはイーブン、一方通行の愛なのだ。
面白い、そうでなくては。押して押して推して参る。押し切った方が勝ちだ。そう思っていた。
だが違った。この娘はハンデを受けたのではない。自ら背負ったのだ。
戦争にハンデもクソも無いが、この娘と戦うのにそれは嫌だ。何故ならこの娘が好きだから。
姉の血を引く最後の同胞が堪らなく愛しいから。あの男と同じくらい好きだから。そして真美は決意する。
ならばせめてフェアに。条件を対等に。この子の荷物を降ろしてやろうと。

「なら教えてあげようか。師匠が何故、真澄ちゃんから離れたのか」

この子が愛しいからこそイーブンに戦おう──そして真美はカードを切る。






狼の娘・滅日の銃
第十話 - ギフト -





バイヨネット・バレル。銃剣砲筒。
その名の通りベアの得物は、柄に砲身を内蔵する剣だった。
射出される光弾、ラインに直結されたそれは弾装の尽きる事無く、雨あられの如く藤原目掛け降り注ぐ。

「くそったれッ」

絶え間無い光弾を避けて避けて紙一重でかわし前へ進むも。

「エクセレンツ!」

ベアの間合いに入った途端、二本の剣先が藤原の鼻先で交差する。

「こンのッ!卑怯モンがッ!」

左右二対の剣撃を受け止めるフクロナガサ四尺五寸。

「何言いまスカ!これでイーブンでス!」

刃先と刃先が火花を散らす。しかし瞬間、柄の先から再び光弾が放たれる。藤原瞬時に身を引けば、なびく前髪が焼け落ちる。
文字通り間一髪。同時に彼の右手のゴー・ナナが火を噴きベアに向け二発放つも着弾間際、ベアの体がかすみの如く消え失せる。

「なるホド、点は駄目でスカ」

藤原の視界斜め四十五度より彼の声。同時にフクロナガサを逆手に持ち代え突き降ろせばまた火花。
ベアの剣先がナガサを受け止めギリギリと拮抗する。

「ならば線デッ!」

言うが早いか柄から迸る光芒が一本の線に収束し、光の鞭となりて藤原を襲う。

「──ふん」

藤原慌てず半眼となり、光る鞭の軌道を読み、そのまま動ぜず半歩踏み込む。

「オウッ!」

ベアは見た。
フクロナガサが光鞭に触れた刹那、そのまま刃先がしなる光鞭の先をギチギチと音を立て滑り出す。
鋼をも両断する光をナガサの刃先で受け流し迫り来る男。
すかさずベア、もう一本の鞭を振るい相手を裂こうとするも、藤原これを紙一重で避け、滑り込むようにベアの懐へと肉薄、再び火を噴くゴー・ナナ。

「──ッ!」

耳元をかすめる5.7mm弾頭のソニックブーム。
外れた?否!フェイク!瞬時に理解し飛び退けばナガサの刃先が空を切る。
夜空を舞う黒い影──着地。同時にゴー・ナナの射線がベアを捉え間髪入れずスリーショット。
二発避けるも一発喰らい倒れこむベア──と思われたが。

「器用な奴だな、おめえ」

穴の空いたコートが宙を舞い、ぱさり──と落ちる。

「流石でス、フジワラさン。アナタ本当に──強イ」

そうでなくては、とベア・グリーズは笑う。
ヴォクスホールに象徴されるライン使役者は、火を放ち雷を落し空を翔け傷を癒し瞬時に移動する様から擬似的魔法使いと揶揄される。
しかしドリフターにはその様な力は欠片も無い。異能の力を持つ者ではなく存在自体が異能なのだ。
瞬発力、持続力、耐久力、反応力、眼力、敏捷性、これら人を遥かに超えた身体能力に特化し、
極めて高い生存能力を持つ彼等は、ヒトの形を模した獣ともいえる。
誰かが言う。ラインとは弱きものの剣であると。つまり強きもの、ドリフターには必要無いものなのだと。

「やはりアナタは、眩しすぎまス」

ベアもまたドリフターと呼ばれる者だった。
それゆえ世界でも屈指の特殊部隊、英国SAS在籍中も常に一線で活躍し、今日まで生き残ってきた。
しかし彼は常々思っていた。ドリフターとは実際異能でも何でも無く、ヒトの本来持つ潜在能力を使い切れるだけの存在に過ぎないのではと。
つまりヒトは元々強い。だが火を起こし道具を使い始めた時からヒトは本来持つ力を捨てた。過分な力は自身を殺すことになりかねないからだ。
それはまさしくサーベルタイガーのようだ。弧を描くその牙はやがて自身を突き刺すという。ラインとはそういうものなのだ。
使役者をバイパスとして放出されるその力は、やがて使役者自身をも蝕み破壊する。弱きものの剣は、弱きものに優しく無い。
ならば強きものがその剣を取ればどうなるのか。ドリフターがラインの力を得れば果たして。
その誘惑にベアは抗う事が出来なかった。最強。誰もが憧れる言葉だ。しかし。

「ワタシは、弱くなりマシタ」

ラインの力を得たものはドリフターでは無くなる。
借り物の力に抗うからこそドリフターは強きもので居られる。
その矜持を捨てた今、自分はもう弱きものに過ぎないと。

「知るか。そんな卑怯なモンに頼るからだバーカ」

まったくでス、とベアは苦笑する。
バイヨネット・バレルから発する光の弾は装甲を貫き、光鞭は鋼をも切り裂く。本来、一撃必殺の武器なのだ。
しかし藤原はそれを弾き、あまつさえ受け流した。左手に握る鍛造の小刃一本でそれを行う。
刃先の向きを調整し光が最大限反射する角度で文字通り滑らせる。彼は一瞬でそれをやってのけた。計算して出来るものではない。
獣の勘と蓄積された経験、生まれついて持つセンスが彼の体をそのように反応させたのだ。
ドリフターとは異能ではない、その考えは今も変わらない。しかしベアは痛感する。
この男だけは別格だ。シンヤ・フジワラ、より強きもの。彼こそが異能なのだと。

「ハー・マジェスティが御執心するのも解りまス」
「だから知らねえって、んなクソババア」

ゴー・ナナとフクロナガサを構え、じりじりと間合いを詰める藤原。

「フジワラさン、アナタは女王が娘さんを欲していると勘違いされているようデスガ」
「あ?違うんか?」
「女王が欲するのはアナタでス。ゆえにご心配なされているのでス」
「ああ?言うに事欠いて心配だあ?笑わせんな」
「あの娘を傍らに置く事は、アナタにとって良き事ではアリマセン」

藤原の動きが止まる。

「てめえ、今──何て言った?」
「あの娘、真澄サンは──獣の直系なのでス」



教えてあげようか。真美の言葉に目を剥く真澄。

「知っているの?」
「アタシも詳しくは知らないけどね。だけど想像はつくよ」

師匠、教えてくれないけどね、と真美は笑う。

「真澄ちゃん。師匠はね、アンタを捨てたんじゃないと思う」
「だってお父さん、そんな事」
「自分がそう思っていてもね、周りから見たらそうじゃないって事、あるよね?」

真美は思う。
あの男は未だ自身を責めている。だからこそ捨てたと思い込んでいるのだと。

「詳しくは言えないけれどね、アタシ達の仕事は危険と背中合わせなんだ」

今もそうなの?という真澄の問いに、少なくとも今の師匠は違うかな、と軽い嘘を付く真美。
この町の事情やヴォクスホールとの危うい均衡、そして駐在調整官の役目などこの子に理解出来るはずも無い。
藤原は現在、傍目から見れば半引退に近いが、それでも命を賭して居る事に変わりはないのだ。

「だからアタシ達、家族を持つ事はタブーに近いの」
「何で?」
「その危険が、家族に及ぶかも知れないからね」

解る?真澄ちゃん。師匠はそのタブーを破ったんだよ。
真美の言葉に娘はうつむく。

「そんなの──勝手じゃない」

勝手に破って、勝手に捨てて。
うつむいた口元から漏れる小さな声。

「そうだね、勝手だよね。だから師匠、引退しようとしたらしいの」

解る?真澄ちゃん。師匠はアンタを選んだんだよ。
真美の言葉に娘は顔を上げ、叫ぶ。

「なら!なんでッ!」

涙ぐむ瞳は訴えていた。ならば何故、そうならなかったのかと。

「引退させてもらえなかったの。それだけ師匠は──凄すぎた」

鬼包丁藤原の名は半ば伝説と化していた。
魔道師団と単騎で渡り合える稀有なる存在として、その名は抑止力ともなっていた。
一発の弾丸として使い切るにはあまりにも大き過ぎる存在。つまり彼はこの国が持つ切札でもあったのだ。それを手放せる筈は無い。

「師匠、悩んだと思うよ。だって家族を持つ事はあの人の夢だったんだから」

藤原は孤児だったと記録にある。唯一の肉親であった妹も、成人前に亡くしたらしい。だから家族を持つという事は彼の夢だったのだろう。
幸せに包まれた家族。甘い甘い砂糖菓子の夢。口に含めば蕩けるほど甘く、けれどその砂糖菓子は脆く、手の平の上で崩れ去る。
残るのは甘さという記憶だけ。彼はそれを知ってしまったのだ。

「そんなのエゴじゃない!それが夢ならなんで手放すのよ!」
「手放しちゃいないよ。だから離れるしかなかったの」
「わけわかんない!何を言っているのか訳がっ」
「これしか手がなかったんだろうね」

直接聞いた訳ではないが、当時の状況から推察するに間違いないだろう、と真美は確信する。
藤原はこう思った筈だ。自分といる限り必ず家族には害が及ぶ。
鬼包丁の唯一にして最大のウィークポイントが家族ならば、それを狙わない手は無いからだ。
選択肢は三つ。全てを捨て家族と共に逃げるか、今のままで家族を守り抜くか、家族を遠ざけ自分が身を引くか。
その中で最も家族にリスクが及ばないのはどれか。つまり──選択肢などなかったのだ。

「アンタを守る為に師匠は、身を引いたんだよ」

その言葉に身を固める真澄。

「それでも──お父さん、は、私を──捨て」
「本当にそう思う?」

その問いに真澄は、返す事が出来ず言葉を止める。

「師匠はアンタを捨てるような男かな?」

共に暮らした五年間、償いの為だけにあの男はお前の傍らに居たのかと真美は問う。
娘の前でだらしなく頬を緩めるその顔、嬉しそうに泣き笑うその顔、それは償いや、ましてや偽りなどではないだろう。
嬉しいのだ。嬉しくて堪らないのだ。違うか?藤原真澄──と。

「別にさ、甘えるのに理由なんかいらないんじゃない?」

たった二人きりの親子なんだし。ね?真澄ちゃん。
言葉を返せず、ただ俯くだけの娘を抱き寄せる真美。抗う事無く寄りかかる真澄を抱き彼女は思う。
この子はこれで、真っ直ぐに父を見る事が出来る。歪んだ愛憎をあの男にぶつける事はないだろう。
お前は愛されているのだ。だからもう無理をする事は無いのだ。これでイーブン。お前は娘として父を愛し、私は女として彼を愛す。
これで対等正々堂々戦おう。愛しい子よ、もう離さない。私はあの男とお前を手に入れる。家族を。彼と姉が夢にまで見た家族を。
しかし、不意に得体の知れぬ胸騒ぎが真美を襲う──何故だと。
アルファは、姉は、藤原真来は何故こんな簡単な事が出来ずに──しかし、その時。

「──あは、あはは」

抱き寄せた胸元に顔を埋め、真澄が笑い出す。

「あははっ、あははははっ」

その笑い声は、安堵の声では無かった。

「なあんだ、何も問題無いじゃない」

その笑い声は、嘲笑の如く真美の心に突き刺さる。

「お父さんは私を愛してる。私もお父さんを愛してる。うん、何の問題も無いじゃない」
「──真澄、ちゃん?」

ずるり、と真美の胸元に埋めた顔が起き上がる。

「なあんだ、私たち両思いだったんじゃない」

真美は息を呑む。顔を上げた真澄は──笑っていた。

「嬉しい。マミさん有難う。嬉しい、私、本当に嬉しい」

あの狼の眼を爛々と輝かせ、口の端々を吊り上げて。

「ごめんね。アナタはもう、敵じゃないんだね」

その言葉に鳥肌が走る。その意味を理解し悪寒が駆ける。
今この子は宣言した。お前はもう敵ではないと。敵ですらないのだと。
その瞬間、脳裏に浮かぶ藤原の言葉。

──いやまあ、ちょっとしたトラップに引っかかっちまってよぉ。

罠だったのだ。
この子は狙っていたのだ。自分に課せられた戒めを解く言葉を、今か今かと待っていたのだ。
それに自分は、まんまと囚われてしまったのだ。嗚呼、私は何と言う事を!

「あははっ!あははははっ!」

笑いながら抱き締める細い腕は、まるで鋼のように固く、振りほどこうにもほどけない。
いや、その気すら起きず彼女は茫然と、自分が解き放ってしまった狼の娘をただ見ている事しか出来なかった。
遂に真美は気付いた。自分の愚かさを。姉が何故そうしなかったのかを。

自分が切ったカードこそ、鬼札(ジョーカー)だったのだ。



獣だと?ゴー・ナナの射線を離さず藤原は問う。

「ハイ、それも極上にして最凶の獣、女王の獣。名を──ジェヴォーダン」

魔獣にして伝説の狼の名でスヨ、とベアは言う。

「女王がアナタに贈ったギフト──失礼、アナタの奥様、マキさンのベースでス」

あの恐るべき獣より血を分け与えられたのでスヨ、とベアは言う。

「レムナント・シックス──対ドリフター戦略を示す暗号名でス。ご存知ですヨネ?」

藤原は軽く頷く。照準より視線を外さぬ程度に。

「これは以前より何度も行われて来ましタ。シックスとは、各段階を示すワードでス」

調査し攻撃し殲滅し時には謀殺し、または懐柔し招聘し戦力として吸収する、
これらドリフターに対し行われた戦略群がレムナント計画と総称される。それは藤原にとっても馴染み深い言葉だった。
ですが、とベアは言葉を代える。

「二十年前、女王直々の命で一度だけ第七段階、セブンが遂行されたと聞いていまス」

レムナント・セブン──ドリフター採集計画。
採集者を刺客として放ち、ドリフターと戦わせ、その力を記録し、転写させる事を目的としたプロジェクトだとベアは告げる。
最強のドリフターには最強の刺客を。そして創られたのが獣の血を分けた七つのトランクだったのだと。

「アレは、自分より強きものを喰らおうとする本能が植え付けられていたのでス」

女王の獣、その特性が刻まれていたのだと彼は言う。
二十年前、藤原が事件に遭遇したのは決して偶然では無いと。
あれは女王よりお前に贈られたギフトだったのだと。

「セブンは第七段階を示すと同時に、送り込まれた個体数を示す言葉でもありマス」

フジワラさン、あなたの為だけに遂行された計画でスヨ、とベアは言う。

「何言ってやがる。そん時、俺ぁ二十歳そこそこの青二才だ、それを」
「それ以前よりアナタはマークされていたのでス。最強となりうる個体とシテ。
 アナタはあの事件で力を開花させマシタ。そのアナタに固執するよう創生されたのがギフト──」

その瞬間、銃声。
言葉終わらぬうちに躊躇無くトリガーを引く藤原。しかし同時にベアの腕が反応し両手の銃剣を交差させ放たれた弾丸を弾く。
金属音、火花、火薬の匂い、そして静寂。

「おめえちとお喋りが過ねえか?」
「隠さず伝えよ──これが女王の命でゴザイマス」
「何を企む、言え」
「あの娘より離れろ、と女王は申されておりまス」
「誰が離れるか。お前らに奪わせやしねえ」
「アナタやはり勘違いされてまス」

勅使は告げる。
女王はお前の娘など要らぬ、お前だけを欲しているのだと。

「何故俺に固執する、言え」
「世界の安寧の為にでス」
「安寧?良く言うわ。世界に混乱をばら撒いてんのはてめえらじゃねえか」
「安寧の為には秩序が必要でス、しかし秩序は水と同じでス、流れぬ水は腐りまス、秩序もまた同じなのでス。
 混乱とは秩序を腐らせぬ為に必要な流れでス」
「それが俺と何の関わりがあるってんだ」
「つまりヴォクスホールにとってもドリフターとは必要不可欠な存在なのでス。
 ドリフターの中でもより強きものであるアナタの血、稀有なる血統は残さねばならぬのでス」
「ふざけんな、ひとを客寄せパンダみたく言いやがって」
「離れなさいフジワラさん。あの娘はアナタを破滅させまス」
「バカヤロウ、あの子は俺の全てだ」
「それゆえにでス。あの娘は今に牙を剥く」
「上等じゃねえか。あの子に殺されるなら本望」
「殺ス?そうでしょうネ。あの娘はアナタを殺しまス。アナタの──心を」

その刹那、銃声二発。
避けられぬと察し、右手で握る柄に力を篭めれば、バイヨネット・バレルの射出口が一際眩しい光を放ち八角形に拡散、盾となりて弾を弾く。
三発四発五発六発、次々と打ち込まれるゴー・ナナの弾丸、その度に光の盾が弾をはじくも、弾く火花がベアの視界を塞ぐ。
一瞬のホワイトアウト。反射的にもう一対の得物その刃先を左手で構えた瞬間、ギンッ、と脇腹より鈍い音。
ベアが視線を移せば自分の脇腹をえぐる寸前、剣先で止められたナガサの刃先が見えた。その先、鋼のような藤原の眼。
身を翻し飛び退くベア。しかし読まれる。着地点はゴー・ナナの射線。打ち込まれる弾丸二発、これを避け身を崩すベア。
構える間もなく懐に滑り込んだ藤原のナガサが喉元に。間一髪、銃剣が防ぐ。
銃と刀が織り成す武踏、ガンソードアーツに翻弄されるベア。
彼の間合いは既に崩れた。強力なバイヨネット・バレルさえ身を守る盾にしかならない。
ここまでか──否。それでもなお、あきらめを踏破するのなら。

「──ほう」

ベアに灯る眼光を見た瞬間、藤原は一歩引く。この男の中で何かが弾けたと

「所詮、ラインの力は、蕎麦で言う具に等しいのでスネ」

供給を断ち、光が消える。ただの銃剣と化した左右の得物を胸元で交差させ彼はつぶやく。

「具とは所詮、中年女の厚化粧。麺を引き立てる彩りに過ぎず、飽くまでも本質は麺ッ!」

立喰師の口上を吐きながら一気呵成に飛び込むベア。
発射された弾丸を皮一枚で避け、二対の銃剣が右に左に縦に横に、目にも止まらぬ螺旋を描き、縦横無尽に藤原を襲う。

「ハッハァッ!なんだおめえ!やれば出来る子じゃねえかッ!」

剣先と刃先が火花を散らし交差する。
パンパパパンと藤原右手のゴー・ナナが火を噴く度にベアの銃剣がそれを弾く。
徐々に欠けていく剣先もお構い無しになおも勢いは止まらない。

「今のワタシはSEM!タチグイシは無敵なのでスッ!」

パパンッと最後の一発と共にゴー・ナナがスライドオープン。
撃ち尽くし空になった弾装を落し真美から渡された予備を手にした瞬間、勝機とばかりに迫るベアの剣先。
しかし藤原これを読み軽くナガサで流しつつ左足を軸にぐるりと回り、突き出した右肘がベアの脇腹深くねじりこむ。
くの字に折れるベアの体。その隙に装填完了、ゴー・ナナのスライドが落ち引き金を引けば再び放たれる弾丸。
しかしベアはブリッジで避け勢いつけて起き上がり第二弾を銃剣ではじきプフーッと息吐きニヤリと笑う。

「伊達に生卵食ってねえなあッ!」
「ノゥ!月見デス!」

閃光、炸裂、火花、火花。
二対の銃剣、フクロナガサとゴー・ナナが目まぐるしく交差する。

「カケにしろ!カケに!」
「卵グッドプロティン!」
「生なんか止めとけ!焼けッ!極甘に焼けッ!」
「オオウ!オムレットスイーツ!そんな手がッ!」
「うちの子の好物なんだ、よッ!」
「レシピを!レシピを希望しまス!」

バンババンッ、キンキキキンッと交差するたび金属音。

「いいか卵はかき混ぜすぎんな混ぜた後ちょいと日本酒垂らせ!砂糖は白糖使え黒糖だと色が濃くなる!隠し味は白ダシだ間違ってもめんつゆ使うな色がつく!あと焼く時ぁ最初強火であとはじっくり弱火で仕上げろ絶対混ぜんな慎重に慎重に返せ表面に軽い焦げ目付いたら返して繰り返してじっくり仕上げろ解ったか!」

バンバンバン!バンバンババン!キンキキンキキンギンギギギン!

「オゥ!しかし日本酒ありまセンそれでは駄目ですかあと故郷には白ダシありませン!砂糖ならオウケイねこだわりの奴ありますねあとバター使うのありですかね仕上げに香り付けにいいかもですネ!しかし困った日本酒と白ダシありませんどうしましょうワインでは駄目ですかシェリーでは駄目ですかネッ!」

スッドンズッドン!ズッドンドン!ギンギギンギギンギンキンキン!

「知るか買ってけばいいじゃねえか今日は水曜だフードシミズの特売日じゃねえか確か白ダシあったっけ!あ!しまったあそこまだやってんのかよクソっ閉まるの早ぇんだあの店ッ!」

バンバンバババンバッバンズッドン!ギンギンギラギラキンギンギン!

「オウそぉれはいけまセン!ならば一時休戦しかないではないですかッ!」

はぁはぁ、ぜぇぜぇ。暗い路地裏で息を切らす男が二人。
弾は尽きた。銃剣の刃先は既に形を失って久しい。というか途中から何話してたんだっけ?
かなり重要な事を話していた筈なのに、いつのまにか藤原秘伝極甘玉子焼レシピで盛り上がってしまった二人。
あれだけの喧騒だったというのに路地は静かなまま青白い月光に照らされていた。無傷。跳弾の跡すら見えない。
まるで全て夢の出来事のようだ。馬鹿らしい、とお互い興が冷めたかのように同時に得物を収める。

「おめえ、仕事より玉子焼き取るか」
「ハイ、ワークとはイートする為のものでス」
「まあ、そりゃそうなんだけどよ」
「というか、これでワタシの仕事はコンプリートでス」

あとは残り少ない滞在機関をライフワークに費やすのみでス、と親指を上げ笑うベア。

「何か良くわかんねえ奴だな、おめえ」
「フジワラサン。さっきの話ですが。確かに伝えましたカラネ」
「おう。うっせえバーカって返しておけ」

俺ぁもう覚悟出来てんだよ。その言葉を笑い飛ばす藤原。その姿を見ながら肩をすくめるベア。
彼は思う。これ以上何を言っても無駄だ。ならば身を以って思い知るしかないのだ。
あの娘は獣の直系。故にお前に固執する。その意味を履き違えてはならない。

「という訳でワタシはスーパーへ急ぎマス!ではアディオス!」

言うが早いか身を翻し風の様に去るベア・グリーズ。
彼の後姿を見送りながらふと腕時計に目をやると時刻は既に午後九時を過ぎていた。
藤原は苦笑する。残念、あの店は七時閉店だと。



「遅いッ!」
「チッうっせーな──本当に申し訳御座いませんでしたッ!」

玄関に入るや否やお父さんジャンピング土下座の巻。

「まあいいわ。ほら、早く着替えて?ご飯温めなおすから」

蹴りの一発は覚悟していたにも関わらず、意外と上機嫌な娘に肩透かしを食らったお父さん。
ジャージに着替え居間のちゃぶ台前に腰を降ろし、ふと気付く。

「あれ?真美どこ行った?」

やけに静かだと思ったらあの馬鹿が居ない。

「なんか急用で帰ったぽいよ、マミさん」

藤原は気付かない。
マミさん──娘が五年ぶりにその名を呼んだ事に。

「え?そうなん?何だあいつ、終電間に合うんかな」

まあいいか。気を取り直し、娘から手渡された茶碗を持つ藤原。

「なんかおなかすいちゃった。私も食べよっと」

父と向かい合い、自分の茶碗を手に笑う真澄。

「──太るぞ?」
「いいの!成長期だからしっかり食べるの!」
「はいはい」

たくさん食べて大きくならないと。早く大人にならないと。

「ん?何か言ったか?」
「べっつにー」

茶碗に隠れ、藤原にはその口元が良く見えなかった。けれど確かに、真澄は笑っていた。
彼は見るべきだったのだ。ならば気付けたのだ。その笑みは、彼があの女と初めて出会った時に目にしたもの。
あの女──藤原真来と瓜二つだという事に。



月明かりが障子戸を通し、薄暗い部屋に注がれる。

「そうですか」

畳張りの広い部屋、その中央で静かに座す黒髪の童女。

「もう、止められぬのですね」

彼女の前に置かれた物。錆付いた鉄塊。一挺の古い銃。

「五年。ひと時ではありますが、楽しき日々でありました」

繭子の言葉に応えるかのように、銃の錆付いた撃鉄がギチギチと音を立てて起き上がる。
その動きに連動し回り始めるシリンダー。
空洞の回転筒は、収まるべき何かを欲するかの如くギリギリと回り、撃鉄が昇り切ると同時に動きを止めた。

「そうですか。お前もそう思いますか」

その声は相変わらず抑揚が無く、その顔は相変わらずの無表情で。
けれどもし、ここが今、隣の借家の縁側で、いつも通り大家の隣で茶を啜る藤原が居たとすれば、
彼はこう言っただろう──何だおめえ、やけに寂しそうな顔してんじゃねえか。

「嗚呼、本当に楽しき日々でした」

一瞬、繭子は目を伏せ、そして微笑む。
この存在は知っていた。始まりがあれば必ず終わりは来るのだと。そしてまた、始まるのだと。
永劫すら一瞬、されど彼女は呟く。

「──これが寂しさというものですか」

やがて口元から笑みが消える。ゆるりと首を上げ、障子戸を見つめる無機質な瞳。
戸の向こうには藤原の家がある。その向こう、山と海を越えた遥か西方の彼方には、かの地がある。
彼女が何を想うのか、それは誰にも解らない。しかし彼女は知っていた。今日、隣家で起きた事を。
あの男が未だそれに気付かぬ事も。暗い路地裏起きたひと時の喧騒の後始末は彼女が行った。
ベアが仕事を早めなくてはならなくなった意味も知っている。それは半日前、かの地で起きた出来事が発端だ。
彼女は知っている。始まりがあれば必ず終わりが来る事に。終わりとは始まりに過ぎぬ事に。もう、元には戻らぬ事に。
そして繭子は告げる。

「炎の時よ、来たれ」

ガチン。
暗い部屋、撃鉄の落ちる音だけが響いた。















■狼の娘・滅日の銃
■第十話/ギフト■了

■次回■第十一話「ジェヴォーダンの獣」


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