転移水晶を使って、クレイジータウンに戻る。スネイプは無事な皆の姿を見ると、転ばん限りに駆けよった。
「し、心配していたわけじゃないんだからな! 大丈夫か? PTSDを負っている者はいないか?」
その時、シリウスがハッとして魔法大臣に駆け寄ろうとした。
私はその頭に話しかける。
『私が言えた事じゃないけれど、無粋な真似はやめて下さらない? どうせ彼がヴォルだとわかっても、ゲームの中では何も出来ないわ。不快な思いをさせるだけよ』
シリウスはぐっと唇を噛みしめる。
『そうね、もっと早くこうすべきだったわ』
私はシリウス達からあの食堂での記憶を封印する。
シリウス達は、途端に楽しそうな顔になった。
「見たか、俺達、あの蜘蛛をやっつけたんだ!」
「ああ、凄かったな」
「ぼ、僕も一撃だけ与えたよ」
「君は逃げ回ってばかりのように見えたけど」
私はそれを微笑ましく見守って、青ざめた顔をするスネイプに歩み寄る。
GMで、他よりも一段高い権限を持っているスネイプは、私のやった事に気づいているのだ。
「大丈夫よ、スネイプ。貴方は物わかりが良いもの」
私はにこやかにスネイプに歩み寄った。何かを、庇うしぐさ。
そこで私はようやく気付いた。リリーとペチュニアを、透明にして迎え入れる事を許可したのだった。その姿は、スネイプにしか見えないようにしてある。
『あら? どこまで見られたのかしら?』
『リリーは何も知らない。少し遅れて出発したから。本当だ』
どこか懇願の響きが入った声。聞いた私が愚かだった。自分で調べればいい事だ。
スネイプの言った事は真実だった。
『リリー、楽しかった?』
『ちょっと怖かったわ。蜘蛛よりも、楽しそうに戦う貴方が』
『すっごかった!』
少し眉を顰めているであろう事が分かるリリーの声と、ペチュニアの弾む声。私は頷き、銀行へ自分のアイテムを取り出しに行った。
少なくとも今は、ショックで使い物にならなくなった僅かな兵……主に殺された兵達……を置いて、私達は出発した。
スネイプは堅くなったとはいえ、やっぱり迷宮レベルの敵は二撃でゲームオーバーになってしまうので、殺気だって守護する。
スネイプは障害物のある所では律儀に転んだりしながら、ゆっくりゆっくり先へ進んだ。
迷宮では、斥候と先発隊を送り、掃討してから進む。
一番の問題は、人の侵入を感知するとその人数に応じて魔物がポップする大広間だ。
やはり、そこは混戦になった。
「スニベルス! 早く行け!」
シリウスが叫ぶ。
「敵ばかりでどこへ逃げろと言うんだ! っく」
敵が剣を振りかぶってきて、ジェームズがそれを実を挺して庇う。
「ああもう、仕方ねーな!」
シリウスはスネイプをお姫様抱っこし、スネイプは驚き、顔を赤らめた。
よし。今のシーン撮った。
シリウスは大人達の援護を受けながら広間を駆け抜ける。
斥候が先の敵を排除し、目の前にボスの扉が……。
ボスの扉を開けると、スネイプはシリウスから降ろしてもらい、鍵を掲げ、朗々と呪文を唱えた。
スネイプの体が発光し、ボスの間に魔法陣が浮き上がる。
皆が、美しいエフェクトに息をのんだ。
そして、私達は二階の町の広場についた。
「ありがとう、リリー。僕はやり遂げたぞ!」
スネイプはどこかで見ているであろうリリーに答える。すると、シリウスがスネイプの頭を叩いた。軽く壁に跳ね返される手。
「お前じゃなくて、俺達がやり遂げたんだろうが。俺に運ばれているだけだった癖に。大体お前、ドジ過ぎだ。その馬鹿でかい羽、バランス悪いんじゃねーの?」
「足を引っ張るのが僕の仕事だから、仕方ないだろう」
演技を忘れてぽろっと言った一言に、ジェームズとシリウスはそろって蹴りを入れた。
それはやっぱり壁に跳ね返された。
「二階のボスの扉は閉鎖されているわ。ボス戦は出来ないけど、観光しましょ。ようこそ、始まりの町へ」
私達は大いに楽しみ、プレイ期間を終えた。
私はこの時、迂闊にも気づいていなかった。全員分、一時間ずつ講義をしなくてはいけない事に。残りの夏休みは、全て講義と宿題に費やされる事になるのだった。
アーサー達とシリウス達は、私とは何なのか、という講義で満足してくれた。
それと、ヴォルはルシウスは合同で良いとの事で、夏休みが終わる前日に講義の予定を入れた。
その間、第一開発チームはファンタジック1のアイデア応募と開発を続け、第二開発チームはなんとか間に合わせたゲームを本体と合わせて郵送し終わり、新しいゲームの開発に移行し、漫画家や作家達はイベント用の本を書きあげ、急ピッチでアニメと映画の予告編が作られ、スネイプは教科書のデータの打ち込みと勉強と宿題、夏休みがもう終わると言う所で、ようやくファンタジック1のイベントの日は来た。
既に梟でシリウス達、リリーとペチュニアに日程を送ってある。
私は含み笑いをしながら、スネイプをイベント会場に連れて行った。
「へぇー、色々やっているんだな、凄い……」
「あー、すみません、これ全部買いで。あ、年齢確認いるんだっけ? スティーブ、これ買って」
「ミ、ミア女史の意外な一面が……貴方にはいつも驚かされますが、こう斜め上な驚きは初めてですね」
きょろきょろしていたスネイプは、私とスティーブの会話を聞いて寄って来た。
「ファンタジック1の漫画とかが売られているんだろう? 僕の出ている漫画……は……なんだこれはぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃあああああ! 待て、お前こんなものを売ってただで済むと思っているんだろうな!?」
スネイプがシリスネを見て絶叫する。同じタイミングでも叫び声が聞こえた。
「あら、シリウス。良かったわね、これで貴方も有名人よ」
「どどど、どういう事だ、ミア!」
「ファンタジック1のテストプレイは全世界に公開され、漫画、映画などの題材にされる事があります。ご了承下さいって書いてあるでしょ? 私と貴方達以外のプレイヤーが皆外見と名前を変えていたのに気付かなかった? アーサー達でさえ、名前と姿を変えていたじゃない。まさか、安心なさいな、正式な公開の時は個人情報は保護されるから」
「今保護されなきゃ意味ねーよ!」
「うわ……凄い……」
ワームテールが中身を見ようとして、取り上げられた。
「こんな仕事の内容聞いてない!」
「有名税よ、有名税。ほら、私のも」
「げっ」
「こ、これは酷い……」
「驚き恐れる顔が見れて良かったわ。それだけでもこのイベントを開いた価値はあるわね。ふふふ、これに懲りたら良く調べもせずに他人の契約を横取りしない事ね! あ、スネイプ。わかっていると思うけど、貴方はもう逃げらんないから」
スネイプは崩れ落ちた。いつの間にやら、とんでもない深みにはまっている事はスネイプもとっくに気づいていただろう。でも、さすがにこれは予想していなかったようだ。
私はスネイプやシリウス達の悲鳴を聞いて満足する。
ある客がドン引きしている。でも買った。ある客が悲鳴をあげた。でも買った。ある客がけしからんと言った。でも買った。売れ行きは良いようだ。それを見て、私は笑む。
「んー。強い印象は与えられたわね。これでゲームに興味がない層もぐっと引き寄せられるわ。後は、時間加速が学習にも使える事をアピールして……誰も逃がさないわ」
「君、商売の為なら何でもやるんだね……」
「あら、ルーピン。だから私はお金持なのよ。ところでルーピン、貴方実験台にならない? 報酬は弾むわよ」
「ルーピン、ミアの奴何するかわからないぞ」
「えーと、えーと……」
ルーピンが悩み始めると、三人が競って止めた。
私は周囲を見回し、企業ブースでも商品が売れに売れているのを見て微笑んだ。
イベントは大盛況で終わった。日本は更に盛況で、なんと全ての商品が完売した。
「あー、笑った。最高の誕生日ね。これで心おきなくヴォルの講義に行けるわ」
「え……!?」
「ヴォルって誰だ?」
シリウスが不思議そうに聞く。スネイプは、顔色を蒼くして言った。
「帝王様の事だ……ミア、危ない。やめてくれ」
その言葉に、シリウス達も驚く。
「心配しないで。マグルにはマグルの戦い方があるのよ」
私は皆に微笑んで、イベント会場を後にした。
次の日の朝。新聞では、叩く者と擁護する者呆れる者が喧々諤々と紙面上で争っていた。
それを見て笑い転げてから、私は買い物へと向かう。
午前中にダイアゴン横町で買い物を済ませ、SPと共に講義の場所へと向かった。
スネイプも、我儘を言ってついてきたので、好きにさせた。
講義の場所に行くと、ヴォルはまずSP達を宙に浮かばせ、吹き飛ばした。
スネイプは跪き、私を許してくれるように請うた。私は涼しい顔で言う。
「あら、乱暴ね。講義の邪魔をさせるつもりはなかったのに」
「ミア。俺様は決めた。お前を死食い人に、俺様の右腕にしてやる。だが、その前に……どこまで俺の事を知っている?」
「何故貴方はマグルを憎むのか、教えてもらってないわ」
私達はにこやかに睨みあった。
「少し、痛い目にあわせなければなら……!? 」
ヴォルは、頭痛に呻く。
見張りをさせられていたルシウスが、心配してヴォルデモートの元に駆け寄った。
「ねぇ、貴方、魔法使いなのに習わなかったの? 得体のしれない道具には決して手を出しちゃいけないって。それがどんなに魅力的に見えてもね」
「女、俺様に何をした!?」
「私の名はミアよ」
ぴしゃりと言いきった私に、ヴォルは激しく歯ぎしりをした。
格下にしてやられている屈辱感が、ヴォルから冷静さを奪っていた。
私を殺そうとすればするほどに、スイッチによって条件づけられた苦痛がヴォルデモートを襲う。
前世での度重なる実験の成果だ。
「お前は何者だ! 開心! レジリメンス!」
この術にはスイッチが作動しない事に、私は舌打ちした。まあ、いい。この術は、恐らくその瞬間の心を読むだけの物。隠そうとするから秘密を暴かれるのだ。私の見せたいものを念じてみよう。
――楽しいでしょう?
思い出すのは実験の風景。
――楽しいでしょう?
ナーヴギアを操作して、飛びきりの苦痛を、飛びきりの快楽を与えてやる。そうすると、素敵な声で叫ぶのだ。
――楽しいでしょう?
逆に、全ての感覚を取り去った事もある。あれは楽しいものだった。
――楽しいでしょう?
もちろん、私自身も試してみた事がある。あれは現実では出来ない経験だ。
――楽しいでしょう?
さあ、ヴォル。貴方も私と同じムジナの穴なのでしょう? もう一度、私の世界に来なさいよ……。
ヴォルは、物凄い勢いで飛び下がり、痛みを押して呪文を唱えた。
ルシウスが、引っ張ってそれを外させる。
ルシウスは顔を蒼褪めさせていった。
「あ、あの、帝王様。御無礼をお許しください。ミアはスリザリンです。役に立ちます。どうか殺すのは……」
ヴォルは我に返り、乾いた笑い声をあげた。笑い声は、次第に、次第に大きくなってくる。狂ったような笑い声をあげ、ヴォルは宣言した。
「狂っている、お前は狂っているのだな! 良いだろう! 良いだろう、俺様は必ずお前を俺様の女にしてやろう! 17になるのを心待ちにするが良い」
「残念だけど、無理だと思うわ。私達二人とも、支配する側だもの。合わないわ。幸い、魔法使いの世界とマグルの世界で縄張りが交わる事はなさそうだけど。ま、二時間分の講義は今の読心術で充分よね。勉強になったでしょう? 貴方が何をされたか、これでわかったわね? じゃあ私、帰るから」
私はSP達と跪いたままぽかんとしているスネイプを起こし、ヴォルに反撃しようとするのを止めて帰った。
スネイプが、我に帰って私に叫ぶ。
「ミア、お前は無鉄砲すぎる!」
「知ってる? マグルも分霊箱を持っているのよ。準備は出来ているの。イベントの時確信したわ。私は必ず野望を達成できるって」
「分霊箱!? どういう事だ!」
私は微笑んだ。
「魔法使いの分霊箱を作るのも面白いかもね。後で教えてよ、スネイプ」
「知らない! 僕は何も知らない。危険な術は全てだ!」
「そんな事を言わないでよ、スネイプ。……どのみち、死食い人になりたかったんでしょう? 似たようなものよ。それともスネイプ、ヴォルの方が好みなの?」
スネイプは、言い淀んだ。
「僕が……僕が望んでいたのは……」
スネイプが私の気にいらない答えを見つける前に、私はスネイプの手を引っ張った。
明日から、学校が始まる。