朝、朝食を食べていると、なんとシリウスから懇願の手紙が来た。
討伐の日だけ、ナーヴギアを後三つ貸してほしいというのがそれだった。
まあ、あれからナーヴギアがいくつか量産されてきたから、可能と言えば可能だけど。
彼らを招待するなら、姿を透明にしてリリーとペチュニアに見学させてやるのもいいかもしれない。それなら、誰にも内緒で済む。
私は一つ借りよと念を押して、急いで梟に届けさせた。
ルシウスにも人質にされる心配はないからと物凄い勢いで懇願されて、一つナーヴギアを融通させられている。
ペチュニアと違う所は、彼らは対価を支払える所だ。
シリウスとルシウス。この二人に借りを作っておく事は私にとって悪い事ではなかった。
「全く、ジェームズ達に貸すなどと……。今でさえ物凄く大変なのに……」
「それでも、ジェームズ達をしっかりとアドバイスする貴方はとても偉いと思うわ。さすがプロよ。大人顔負けね」
私が褒めると、スネイプは頬をぴくぴくさせながら当然だと胸を張った。
毎日送られるファンレターと、公式サイトで更新される本日のヒースクリフ、ファンタジック1のファンのイラストや小説、ゲームを公開する投稿掲示板、自分のグッズ、高い報酬、母親からの手紙……驚くべき事に、スネイプの事を父親が自慢していたと書いてあった……そういったものが、スネイプに自信とジェームズ達の苛めに耐える忍耐を与えていた。
私はもっと多くの事……スネイプxテレサやスネイプxミネアのファンサイトとか、スネイプの人造人間ハーレムものとか、スネイプ女体化のファンサイトとか、スネイプ受けのやおいとか……もちろん、私はブームを煽るよう細工した……を知っているが、それは有名税と言うものだろう。私だって将校x私とか、私x将校とか、相手がスネイプやテレサや他の人、ファンタジック1に存在していないはずの触手の魔物とか……私は平等に、こちらのブームも煽った……好き勝手書かれている。
日本でコミケが出来るまで後四年だが、それに先駆けてイギリスと日本支社でファンタジック1のオンリーイベントの開催も企画されていた。
もちろん、杖を取り上げたうえでスネイプも連れて行くつもりだ。びっくりしてくれると私も嬉しい。
サクラとして様々な、本当に様々な本を漫画家、小説家に書かせて準備もしてあるし、それとは別に企業ブース用意して様々なグッズ、サウンドトラック、公式漫画の商品も用意している。
ファンタジック1のテストプレイが終了したら、アニメや映画にも手を伸ばす事になっている。
ゲームを広める意味もあるが、やはりこういう副次的な楽しみもいい物だ。
朝食を終えて、軽く朝の運動をしてシャワーを浴びると、ナーヴギアを被る。
時間は大分早いが、準備があるのだ。
私はログインすると、早速、溜めておいた回復アイテムの材料と、スネイプのご飯をスネイプの所に持って行く。
私の手にある果物を見て、スネイプは顔を輝かせた。
「魔力の実か! それは美味しいから好きだ。当たると良いんだが」
スネイプは腰のバックから、一定時間ごとに一つ、ランダムで食事を取り出して食べる。
その食事を集めるのはプレイヤーの役目で、食料にはそれぞれ賞味期限が決まっている。
その食事によってのみ、スネイプは強化される。
ジェームズ達はスネイプの嫌がりそうな物、アーサー達は変わった物、ルシウスは怪しげなもの、他のプレイヤー達は堅くて食べにくい防御の実を中心として食べさせるから、スネイプにとっては私が持ってくる美味しい実が唯一の救いだった。
回復アイテムの材料を渡すと、スネイプは回復薬を作り、私に渡す。
ちらほらとログインする者が現れ始め、やがてスネイプの前には列が出来た。
私はそれを横目に、モンスターを倒して時間を潰す。
私は開発者としての、未来のラスボスとしての矜持にかけて、スターレイン……片手剣七連撃を習得していた。
拍手がして振り返ると、アメリカの将校がそこにいた。
「ミア女史、そろそろ出発の時間です。食事を一緒にしませんか?」
「ええ、そうね」
レストラン街に行くと、どこもかしこもいっぱいだった。
私は、将校を連れて、路地裏へと連れて行く。
すると、そこには一見普通の家にしか見えない小さな店があった。
「お。そうか、ミアも開発者だから知ってるか。やれやれ、スニベルスもルシウスにここの事を教えちゃうし、僕達だけの隠れ家かと思ってたのになぁ」
ジェームズが残念そうに言う。ルシウスは二人で食事に来ていた。
「デートかい、ミアくん」
ルシウスの揶揄する声に私は頷く。
「マジで? だって相手は大人じゃないか!」
「まあね」
「……貴様がスリザリン始まって以来の欲望を持つ女か。俺様と一緒に食事をする事を許す」
おやおや、私の世界で随分と偉そうね?
「皆、無欲よね? ちょうど良いわ、私も貴方には聞きたい事があったの」
私は将校と共に、ルシウスと男に同席した。
そして、隠しメニューの暴れ牛ステーキを二つ頼む。
「そんなものがあったのか!? 開発者ってずるいよなぁ」
シリウスが声をあげるが、私は涼しい顔で食事を始めた。
「俺様に聞きたい事だと? 良かろう、質問するのを許してやる」
「ありがとう。……どうして、貴方はマグルを排斥しようとするの? 貴方も半分はマグルじゃない。マグルが穢れた血なら、混血の貴方も穢れた血の持ち主よ。それは貴方がどう足掻こうと、動かしようがない事実だわ。トム・リドル」
トムはガタリと立ち上がり、凄まじい目で私を見た。そして、そんな反応をする事を恥じたように席に座り、にこやかな笑みの仮面を被った。ルシウスは、蒼白な顔で私を見ている。
「女……どこまで知っている」
「私にはミアと言う名前があるわ。トム・リドル」
「俺様にも、ヴォルデモートと言う名前がある」
シリウス達は次々と蒼白な顔をして立ち上がった。
ピーターは丸くなって縮む。
「そう。でもその名前は長いわね。ヴォルと呼んでいいかしら?」
「そんな事を言うのはお前が初めてだ。命が惜しくないのか?」
「惜しいわ。でも、だからって這いつくばるのは嫌。何より、ここは私の世界なのよ、ヴォル。貴方を捕まえるか逃がすか。選択肢を持っているのは私。ログアウト出来ないでしょう?」
「ミア、この方は一体……」
「マフィアの首領よ、マイケル」
ヴォルは、ぴくりと表情を動かす。
「笑わせる。ナーヴギアを外させれば済む事……」
『その前に、貴方の脳を沸騰させる事だって出来るのよ。いくら不死の貴方でも、苦しい思いをするのは嫌でしょう? 代わりの体を手に入れるまで、どれくらいかかるかしら?』
「それはそうね。だからあえて貴方を逃がしてあげる、ヴォル。一つ貸しよ?」
「やってみるが良い。俺様も、這いつくばる方がごめんだ」
「あら、私達気が合うのね。仲良くやっていけそうで良かったわ」
ヴォルの獰猛な笑みと、私の穏やかな笑みがぶつかった。
「ミア、ミア。レディはマフィアに喧嘩を売るものではないよ」
将校は心配して声を掛ける。
「そうそう、マグルについてもう一つ。私達は、純潔を保つにはあまりにも数が少なすぎるわ。近親婚を繰り返せば、特殊な病気にかかる事が多くなる。血が濃すぎるのは、悪い結果をもたらすのよ。貴方が優秀なのだって、恐らくマグルという新鮮な血と出会ったのが良い結果を生んだんだわ。そりゃ、血が薄くなりすぎるのは良くないけど。私達の種族を維持するには、マグルの存在が不可欠なのよ。賢い貴方ならわかるはずよ。絶対に認めはしないでしょうけど」
「ああ、俺様は認めはしない。穢れた血など。マグルなど!」
『ミア……! 大丈夫なのか!?』
スネイプが異常を察して、会話のログを読んだのだろう。狼狽して声を掛けてきた。
『そうね。閉心術と闇の魔術の防衛術の研究を急がないとね。スネイプ、手伝ってくれない?』
『そんな、呑気な……!』
「そう。半分穢れていて子供相手に激昂して私に大きな貸しのあるヴォル? 一つお願いがあるの」
それを聞いて、ヴォルは余裕を取り戻した。
「ふん、マグルに手を出すなとでも言うつもりか?」
「まさか。火の粉が自分に振りかかるなら容赦はしないけど、そうでないならどれほど死のうと興味ないわ」
「……正しく第二の俺様だな。今殺しておいた方がいいのかもしれん」
苦々しくヴォルデモートが言う。
「馬鹿言わないで。私は私。他の何者でもないわ。そんなことより、このゲームを楽しんでいってくれない? ファンタジック1はそれなりに楽しい世界でしょう? 魔法使いにとっても。ファンタジック2では魔法を実装するのよ? 楽しみにしていて。自ら虎の口に入る勇気があるならば」
「……最初に喧嘩を売ったのはお前だろうに。まあいい。俺様は寛大だ。楽しんでやろう」
「ありがとう、ヴォル。さ、そろそろ出立の時間よ。一緒に行きましょう」
「……君はやはり子供だ。マフィアの怖さを知らない」
マイケルが、私に言い含めた。
「ええ。確かにそうね。でも、貴方だって私の怖さを知らないわ」
私はそれにニコリと答える。
もちろん、ただヴォルを逃がすつもりはない。ささやかな贈り物をするつもりだ。
彼の脳内に。
私達は連れだって集合場所へと向かった。スネイプが心配して来ていた。
「あの……帝王様。ミアは、ミアはまだ子供です。無鉄砲な」
スネイプは震えながらも、意を決したように言う。
「やめて、スネイプ。私達はただ単純にこのゲームを楽しむと決めたばかりなの」
「そういう事だ」
そうして、一団は出発した。
所詮は一階だ。効率よく魔物を排除し、私達は進軍した。
途中で村によって食事を取りながら、私達はついに迷宮についた。
迷宮前で30分ほど休憩をし、迷宮の中に入る。
私はプレイヤー達が三連撃、四連撃の剣を振るうのを見て内心舌を巻いていた。
ざっとレベルを見ると、皆二十レベルを超えていた。効率的に、且つやりこまねばここまで出来ない。
事実、シリウス達は十レベルほど、ヴォルは五レベルだ。効率的なやり方は知っていても睡眠を取っていた私だって一五レベルでしかない。
これでは、楽勝だろう。斥候が全滅したと言っていたが、素早さに極振りしていたし……。
ボスの扉の前につき、斥候プレイヤーが扉を開ける。
見上げるほどの大蜘蛛が、こちらをじっと見つめていた。
斥候がパタンと大扉を閉めてしまったとしても、誰もそれを責める事は出来ないだろう。
『ちょっと、どういう事? あの大蜘蛛は高い階で使う予定だったのだけど?』
『あ、ミア女史! 見て下さいましたか、あのボスを! いや、舐められちゃいけないと思いまして。大丈夫、計算上十五レベル突破で勝てるよう弱体化させています。ミア女史の雄姿、見せて下さい!』
私はため息をついた。
「ごめんなさい。高位ボスをここに持ってきてしまったみたい。十五レベルで勝てるように設定してあるそうよ」
「なら、私達にも勝てるはずだ。行け、行くんだ! GO、GO、GO!」
扉を開けて、一気になだれ込んで展開する。
蜘蛛が突進し、その足でプレイヤーを貫き、振りまわした!
「ぎゃあああああ!」
「落ち着きなさい! 暴れて足から外れて。HPの減りはゆっくりでしょう?」
蜘蛛が身の毛もよだつ声をあげ、ザカザカザカと進んでくる。
私は真正面から切りかかった。
「ミア! お前ら、開発者とはいえ一二歳の研究者に後れを取っていいのか! それでも兵士か!」
将校が発破をかけ、各国の隊長らしきものが指揮を始めた。
指示の元、いっせいに投げられるピックに、HPがグイッと減り、九割ほどになった。
「でやぁぁぁぁぁ!」
背丈ほどの大剣を持ったプレイヤーが蜘蛛に思い切り切りかかる。
カウンターで一撃を食らい、HPがぐっと減った。
医療部隊がすぐさまそれを回復する。
ここに至るまでヴォルを気にしていたシリウス達も、小柄な体を生かしてチクチクと蜘蛛達を攻撃しだした。恐怖に駆られたように見えるのは多分気のせいだ。
ヴォルと私だけが、純粋に戦いを楽しんでいた。
「ミア女史、補給が尽きかけている。何か攻略法はありませんかな?」
「仕方ないわね。内緒よ? スイッチよ。攻撃モーションを終えた後、後ろの攻撃モーションに入った人と交代するの。これで隙が消せるわ」
「ならば私と共にスイッチを」
「喜んで」
私と将校はゲーム中、長い時間を共にしてきた。相手のタイミングはわかっている。
プレイヤー達もそれを聞き、ペアになって戦い始めた。
長い時間が立ち、何人か脱落した後。
蜘蛛を取り囲んだプレイヤー達の四連撃が炸裂し、蜘蛛はついにHPを空にした。
凄まじい悲鳴に、プレイヤー達は思わず下がった。
またしても、私とヴォルだけが心地よさそうな顔で聞いていた。
そして、ヴォルは私の方を見て、笑った。
遅れて喜びが広がり、皆で肩を叩きあう。
しかし、本当の問題はこれからだ。スネイプ……いや、ヒースクリフの護衛をしくじると今までの一か月は全てパーになるのだから。