斥候は、ボスの間の扉をそっと開く。
すると、宙から地響きを立てて巨大な蜘蛛が落ちてきた。
がちがちと金属音を立てて足をすり合わせ、ボッボッと火を吹く蜘蛛。
蜘蛛と斥候の目があった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
逃げ帰る斥候。
だが、それも仕方がないだろう。
彼らは知っていた。あの蜘蛛の恐ろしさを。
逃げ帰って来た斥候の報告を聞いて、経験者の面々は難しい顔をした。
「巨大蜘蛛はミアが特に力を入れているモンスターだ。ファンタジック1テストプレイ、ファンタジック1の50階、ファンタジック2の中ボスとしてでているが、どれも何人も死者が出てる」
「ミアめ……」
「いや、いくらミアでもクリア可能なものにするはずだ。この階で可能な限りレベルをあげれば……40レベル、いや60レベル……できれば80レベルは欲しいな。セブルス、加速を最大にしてくれ。この攻略にはとてつもなく時間がかかりそうだ」
「けれど、こんな階層で80レベルまで育てるのは無理です」
そこへ、そろそろと手をあげる者がいた。
「日本出身のキャラネーム、ムサシです。僕のレベル……82です。ファンタジック1のテストプレイの世界、クリア後も正式スタートするまで消えてなかったんですよね。ミスかと思うんですが。ゲームクリアした後もずっと皆で交代でレベル上げしてて」
「アメリカのキャラネーム、ヒーローだ。ゲームクリア後にガードがおろそかになっていたから、ちょこちょこっとまあ……プログラムを……。今思うと、凄く危険な事だったんだろうけど……レベル、99」
「キャラネーム、プリティフェアリーです。任務があって記念イベント参加できなくて。ファンタジック2、最終決戦行ってます。レベル97です」
「勝ったぞ―!」
喜びに沸く軍人達。
それを見て、少女は吹いた。
「良かったね、良かったね―アイラ! あれ? どうしたの?」
「いえ、なんでもないわ……スティーブとセブルスの奴……」
そう思いながらも、少女の心には警報が鳴っていた。これはいくらなんでも、おかしくはないか? 次々と見つかるミス、偶然、奇跡……。いや、そもそも……。
しかし、少女の頭はノイズで埋め尽くされていく。
「アイラ? どうしたの?」
少女の友人が心配そうに聞く。少女は頭を振った。
「大丈夫よ。ちょっと立ちくらみがしただけ。何があろうと、私はぶれない。問題はないはずよ……」
しかし、少女の心の警報は鳴り続けていた。
そして、ゲーム内時間で一ヶ月後。レベル30越えのメンバーを厳選し、ボス戦である。
これ以上の待機は、食料の高騰の関係で許されなかった。効率的な狩場を各メンバーに割り振ってのレベル上げである。
「よし、GOGOGO!」
中に入った者から、蜘蛛がプレイヤーを串刺しにする。あるいは火達磨にする。
「とにかく間合いを取るんだ! 体勢を整えた物から援護に映れ! もがけもがけ! でないといつまでも貫かれたままだぞ!」
武蔵はさすが廃プレイヤーで、蜘蛛の足を巧みに避けて中に入り、援護に向かう。
ヒーローが真正面から蜘蛛の足と力比べをする。
プリティフェアリーが魔法を掛けて、蜘蛛の動きを止めた。
「今です!」
「全員、10秒で配置につけ! ……5、4、3、2、1……ファイア!」
蜘蛛に襲いかかるピックの山。ぐいっと減るHPのバー。
「思ったよりもHPの減りが大きい! 行けるぞ! アメリカチーム、全軍突撃!」
「ロシアも突撃だ! アメリカに後れをとるな」
「イギリスチーム、スイッチ部隊突撃!」
そして武蔵が放つ美しき10連撃。ヒーローの渾身の一撃。プリティフェアリーの攻撃呪文。それらを持って、蜘蛛は倒れた。悲鳴に耳をふさぎながら、軍人達は歓声を上げる。
ボスを倒した後、ボスの間の床に大きな扉が現れた。錠前がついていて、それはセブルスの服にある紋章と同じ紋章がついている。
「いよっし! まずは誰も死なせず一階突破だ! 後は、王子を死なせずここに移動させるだけだ。絶対にしくじるなよ」
そして、五百人もの護衛を引き連れてセブルスの大移動が始まった。
その中に、見知った姿を見て、セブルスは驚愕する。
「ヴォル! どうしてここに」
「俺様は母を超える。今度こそ、母の土俵で」
「ヴォル……だって、野望はいいのか? こんな危険な事、ヴォルにして欲しくは……」
「俺様を心配するか、父よ。心配するな。俺様には分霊箱がある。脳を焼かれても死なぬよ」
そしてボスの間につくと、皆の脳裏に文字が浮かぶ。
『セブルス皇子の遠征NO227、ボスの間までの移動をクリアしました。セブルス皇子に経験値2000、全ての遠征軍に経験値200が入ります』
「遠征NO227……!? まさか、ミッションにセブルス皇子を連れ歩けと!?」
「いや、ファンタジック1でも確かにヒースクリフを強化しないとクリア出来なかった」
「ミア……! クリアさせるつもりがあるのか!?」
「慎重に行動するしかない。それに、この方法なら要人に戦わないで経験値を得てもらう事が出来る。ここは全員がレベルをあげた方がいい」
その場で話し合った結果、とにかく進む事になった。
扉を開けて、現れた階段を下っていく。
そして、彼らは現れた町を見て、正確には町の上のシステムメッセージを見て呻く。
陣営:中立。中立とはつまり、女王側の町もあるという事だ。
そして、そこにあったのは、女帝からの誘い。
「セブルスを殺せば、自分と後一名に限り助命をする……だと!? しかも、セブルス皇子を殺すには、邪悪度100……100人プレイヤーを殺さないといけないとは!」
「こっちは音楽家の誘いだ。報酬は大金と定期的な食料供与、ただし二度とセブルスのミッションに参加できないとシステムメッセージがある」
「おい、俺達に高額の賞金が掛かっているぞ!」
「セブルス皇子のミッションもある……おい、これを見ろ。反乱軍の中のスパイを見つけろぉ!? どういう事だ! NPCが入りこんでいるという事か?」
「ゲームオーバー時に助かる設定をされている可能性もあるな」
「待て、プレイヤーとは限らない。反乱軍とタグのついたNPCもいたぞ」
「は……はは。やってくれる……!」
少女は混乱する軍人を見てうっすらと微笑んだ。初めは、笑って拒絶をするだろう。
でも、一万人が死に、二万人が死に、三万人が死んで、死が身近になったら?
飢えてきたら? 余裕が無くなってくれば、必ず心が揺れてくる。
それを見て楽しみたいのだ。
どうか、あっさりゲームオーバーなんてざまは見せないで頂戴?
だがしかし、少女の読みは、甘かった。
プレイヤーの中に、情報部の者が何人かいたのだ。
彼らを変装させて女王陣営の町に放ち、情報を集めさせてはその町のミッションをクリアしていく。
そうして、プレイヤー達は着々とセブルス陣営の町を増やして行った。
「おかしい……何かが、私の中で警報を鳴らしてる……」
「アイラくん、どうしたんだい?」
「マイケル」
少女が悩んでいると、凛々しい剣士が少女の元に寄ってきた。あのアメリカの将校、マイケルも来ていたのだ。彼は、良く少女に話しかけた。
「なんでもないわ。ただ、胸がもやもやしているのにその正体がわからないの」
「意外だね。君は迷わないと思った」
「そうね。私、どうかしているわ」
マイケルは少女を抱きしめる。
「できれば、僕にどうかしていて欲しい。僕は、君と二人で生き残りたい」
「そう? 思い出の中で生き続けるのもロマンチックじゃない?」
「生きている事より素晴らしい事など無いよ」
「そうかしら……」
「そうだよ」
彼はよく、生きている事は素晴らしい、一緒に生きようと少女に語りかけた。それは、ノイズで荒らされた少女の心の隙間に入り込んでいった。マイケルの思惑通りに。