クリスマス。お祝いムードのただ中を、私とセブルスはひた走っていた。
「やっぱりクリスマスはホグワーツにいるべきだったんだ」
「そして人狼達を見殺しにして、追われるのを夏休みに先延ばしにしようって? はっ」
私に笑い飛ばされて、セブルスはぐっと黙る。
しかし、私は確かにヴォルデモートとその配下を過小評価していたようだった。
警備用AIのミア15が突破され、何人もの人狼が負傷した。
私とセブルスもまた、こうして追われている。
横合いから何かが飛び出して来て、私とセブルスは気を失った。
次に気がつくと、私とセブルスは囚われていた。
「はぁい、ヴォル」
「ごきげんよう、ミア」
死食い人達とヴォル。転がる死体。研究所。私はそれだけ確認して、ヴォルに微笑んだ。ヴォルのその瞳は油断なく私を見据えていた。
「贈り物が喜んでもらえなかったようで、残念だ」
「そうね。でも貴方だって分霊箱を壊されたら怒ったでしょう? 私は貴方が泣かない限り、手駒を壊す事をやめないわ」
「その状態で、まだ軽口をたたくか」
「私を殺しなさい、ヴォル。そうすれば、世界は貴方の敵になる」
「ミア!」
セブルスが暴れる。
「そうしてやる!」
ベラトリックスが吠えた。しかし、ヴォルは手振りだけでそれを止める。
「やめよ。恐らく、ミアの言っている事は真実だ。我が婚約者は、油断がならぬ。殺すよりも……」
ヴォルがルシウスに目配せする。
ルシウスが、薬を差し出した。愛の妙薬だ。
「愛。愛ね。貴方がそれに頼るとは驚きだわ。服従の呪文ではないの?」
「服従の呪文は恋人同士の間ではあまりにも無粋だ。そうは思わぬか?」
そう言って、ヴォルは私の口にそれを流し込む。
その瞬間から、私の胸に愛が満ち溢れた。
私は、ヴォルを愛している。私のやり方で。
「ナーヴギアでやれる事を教えろ」
「ナーヴギアを使えば、私の王国が創れるのよ、愛しいヴォル。貴方も私の王国に来て欲しい。そうして私の王国を見て欲しいわ。お願い、ヴォル……」
「俺様にやったような洗脳もできるのか」
「簡単よ」
「記憶を読む事も? 俺様の記憶を読んだ?」
「必要な所しか読まなかったわ」
ヴォルは嫌悪感に顔を歪ませる。
「俺様の為にそれをやるか?」
「ええ、いいわ」
「ならば、まずお前自身に俺様に逆らわぬよう細工しろ」
「自分自身に呪縛を掛ける事は出来ないわ。でも、ヴォル……貴方がナーヴギアをつけて、私の導きで私の頭に細工をする事ならできるわ」
ヴォルは躊躇した。ベラトリックスがヴォルデモートを心配し、止める。
「ヴォル……私の王国に来なさいよ。今まで見た事のないものを見せてあげる……」
そう……可愛がってあげる。
私は愛情をたっぷり滲ませた声で囁いた。
ヴォルデモートはしばらく悩んでいたが、頷いた。
「ナーヴギアを俺様に寄こせ。そしてミア、得体のしれないお前の全てを俺様に見せるのだ」
「私にナーヴギアを。ヴォル。嬉しい……」
ヴォルは、ナーヴギアを被り、スイッチを入れた。
ミアと同時にスイッチを入れる。
――ミアオリジナルの精神に異常を感知。
――ミア0に全権を委譲します。
――状況D,確認しました。……考えうる限り、最高の状況ね?
そして、ヴォルデモートは言った。
「ああ、それとセブルスにもナーヴギアを。ついでに洗脳してやる」
ヴォルデモートは次の瞬間、目も見えず、体も動かず、耳も聞こえず、口も聞けない状態になっていた。そして、自分が自分であることを忘れていた。
一方、セブルスはこじんまりとした家に放り出されて呆然としていた。
「ここは……」
セブルスが周囲を見回すと、聖母の笑みをしたミアが、赤子を抱いていた。
ミアとすぐにわかったが、顔立ちは東洋的なものに、体は大人の物に変わっていた。
「貴方……。どうしたの?」
「貴方? どういう事だ」
そこに、別のミアからの声が頭に響く。
「そこは楽園で牢獄よ。今、最高速で時間を加速しているわ。ここでヴォルと家族ごっこをやろうってわけ。目覚めた時に、ヴォルもまた私を愛してくれるように。ああ、オリジナル! 私に感謝して! 偽物の愛とはいえ、愛する人との愛を成就させようと言うのだから。あははははははは! セブルス、精々殺されない為に良い父親としてヴォルを可愛がるのね!」
「どういう事だ!」
声は途絶え、二度と聞こえる事はなかった。目の前のミアに聞いても、訝しげにするばかりで、必要な事以外何も認識できないようだった。
最初は抵抗していたセブルスだったが、数年で脱出を諦め、ミアに従った。
そして、強制的に子育てが始まった。
元が大人の頭脳だから、ヴォルの成長は早かった。
ミアオリジナルの盲目的な愛をそそがれ、すくすくとヴォルは育つ。
「ヴォル……可愛い子」
十分に育った頃、ミアが、ヴォルを押し倒す。
「母様!」
記憶を持たぬヴォルは、母しか女を知らぬいたいけな少年は、母の暴挙に絶望と期待に声をあげ、セブルスは、それに対して何も出来なかった。
歪んだ生活は、ある日唐突に終わりを告げる。
ベラトリックスが、ナーヴギアを強制的に外したのだ。
「大丈夫ですか、帝王様!」
途端、蘇る記憶。赤ちゃんの頃の記憶、セブルスの膝で遊んだ事、母(ミア)との情事……。
「ああああぁぁぁぁぁあああああ! ミア! セブルス!」
叫んで、ヴォルデモートは二人にアバダ・ケダブラを掛けた。
瞳から、涙が滴り落ちる。これは、自分の感情ではない、これは……。
どこからともなく、笑い声が聞こえた。
「あっははは! 泣いた! 泣いた! ヴォルが泣いた! 想像以上に効いたわね!」
「ミア!」
そしてヴォルデモートは気付き、ぞっとする。ここはまだ、ナーヴギアの中だ!
「ヴォル! 愛を知らない貴方に、愛を教えてあげるわ。犯罪を犯しても、愛を知らないから仕方ないなんて思われるのは真っ平でしょう? だから、親子愛を恋人愛を夫婦愛を姉弟愛を、教えてあげる! 私とセブルス、それにスティーブ主演でね! 何度でも、何度でも、何度でも、何度でも、何度でも、何度でも、何度でも……教えてあげる! あ、体の事は心配しないで。もう死食い人を解散させて、ナーヴギアをさせたまま生活させてるから。ナーヴギアって、操作の遮断だけじゃなくて操作もできるのよ。さすがに魔法までは使えさせられなかったけどね! 魔法使いを捕えてアダブケダブラの反対呪文の研究をしようと思っていたのに、ざーんねん!」
諦めた目で、セブルスは視線を落とした。
後日、ヴォルデモートとミアの和解はなったと発表された。
五年生としての残りの生活、ミアは真実闇の皇女として過ごしたのだった。