「やった、90階をクリアしたぞ!」
「おめでとう、俺達! 凄いぞ、俺達!」
喜びあい、手を叩きあうプレイヤー達。
そこには、ミア1やヒースクリフ1、50階から同行が始まったテレサ1がいた。
ミア1は、うっすらと微笑み、二本の剣を取り出した。
「どうした? ミア……」
ミア1が、プレイヤーを次々と殺傷してくる。
「ちょ……バグ!? バグなのか!?」
「ミッション、5分間生き残れだぁ!? イベントか!」
「防御を固めろ!」
激しい戦いの後、100人近くいたボス戦攻略チームの内、生き残ったのはたった12人だった。
その一人に向かって、ミア1は笑う。
「あっははははははははは! ついに、ついにこの時が来たわ! 魔物を引きこんだのは私! 私なの。作っておいて危険だと封印しやがった奴らを殺して、私がこの城に君臨する為に! ヒースクリフ、よくぞこの階まで辿りついたわ。全てを滅ぼしたその後に、貴方を私の夫にしてあげる。そうして私達の子供に、私の魂を注入して、私は魔法の力と剣の力の両方を手に入れるのよ」
「させません! ヒースクリフは私が守ります!」
ミア1の言葉に、テレサ1がヒースクリフ1を庇う。
「あら、テレサ。ヒースクリフが好きなの?」
テレサは戸惑い、言った。
「こ、これは友情です。友情なんですから!」
「まあ、いいわ。どの道、こんな所でやられるような男は私には相応しくないもの」
巨大な魔物が出現し、ミア1はそれに飛び乗った。
プレイヤー達は、おぞましいそれにあからさまにビビった。
そんな中、ヒースクリフ1が、ミア1に声を掛ける。
「待ってくれ! なら、妖精族の皆を殺したのは……嘘だろう、ミア! 嘘だと言ってくれ!」
「そうよ。まさか全員が出立するとは思わなかったけど……私の夫を選定する為に必要な事だったの。魔物の目を通してみていたわ。とても楽しかった!」
哄笑するミア1に、ヒースクリフ1は涙をこぼす。
「そんな……嘘だ、嘘だ……嘘だ――――――!」
ヒースクリフ1の叫びにニタリと笑って、魔物と共にミア1は去る。
90階、攻略完了。
ちょっと前のニュースに、私は目を細めた。
この展開は、ちょっとした話題になっている。
クリアが行われたら即、ファンタジック2を稼働する予定だ。
その開発も既に終盤に入っているから、プレイヤー達との競争だった。
私もまた、ファンタジック2稼働に向けて、せっせとナーヴギアを作った。
狼人間の募集はホグワーツから帰ってきてすぐにしてある。
新聞に広告も出したし、ダイアゴン横町にチラシも張った。いくら世間と隔絶しているであろう狼人間でも、わりとすぐに見つかるはずだ。
作業をしていると、案の定、スティーブが私を呼びに来た。
ガラの悪そうな男が、そこにいた。
「初めまして。私はミアよ。就職条件は読んである?」
「ナーヴギアの着用と、絶対服従だろう。本当に、それだけで、食堂が無料で利用できて金も貰えるのか?」
「ええ、そうよ。最初は掃除をお願いするわ。マグル式のやり方でね。それで、出来る事がある人から徐々に仕事を増やしてあげてもいい。ただ、私はヴォルと敵対する可能性もあるわ。そんな時、私を守りなさい。破壊衝動がある時は言って。ナーヴギア内でそれなりの環境を用意するから。条件は以上よ」
「わかった。嘘じゃない証拠に、前払いで金が欲しい」
「良いわ」
私はスティーブにお金を持ってこさせ、狼人間に渡した。
狼人間は、差し出されたガリオン金貨一枚に唾を飲み込む。
「そこには支度金も入っているから。実際の賃金は、ナーヴギア使用料と、寮の代金、食堂の料金が差し引かれて大分安くなるわ。明後日には働ける準備をして。いい? 仲間にも広めてもらえるともっといいわ」
「わ、わかった。住む所と食べる場所がありゃ十分だ」
狼人間はスティーブに連れられ、手続きに向かう。
手伝いに来ていたアンナが、眉を顰めた。
「本気ですか、ミア様? 狼人間を引っ張りこむなんて!」
「いいのよ、アンナ。ナーヴギアさえかぶせればこちらのものだから」
「ああ……。それもそうですね。さすがはミア様です」
アンナは私にとろけるような視線を送った。最近、アンナは私に更に心酔してくるようになった。セブルスとぶつからないようにもなったし、良い傾向である。
もちろん、セブルスも来ている。
セブルスは、昼はこちらで仕事や勉強をして、夜は家に帰っていた。
それに、たまに、首相家族と一緒に出かけているようだった。
順調にマグルに溶け込んで、喜ばしい限りだ。
それから何十日かして、ようやくクリアの時は訪れた。
最後に生き残ったプレイヤーが、渾身の力を込めてミア1を攻撃する。
ようやく、ミア1のHPが0になった。
ミア1は、足元からゆっくりと砕けていく。
その時、ヒースクリフ1は気付いた。気付いてしまった。
「ミア……お前……自分が死ぬと、プログラムが消えるように設定しているのか……?」
ミアは、何でもない事のように笑う。
「だって、なんのリスクも無しじゃつまらないじゃない。まあ、楽しかったわ」
「馬鹿な! そんな、それだけで……」
「何何、何なんだ?」
何も知らず、戸惑うプレイヤー。
テレサは、呆然として口元に手を当てた。
ミア1が頭だけになった時。
ヒースクリフ1は、とっさにミア1に口づける。見開かれる、ミア1の目。
「行かせない」
――ミア1にアクセス。消失の中止は不可能。
――ミア1をコピーします。
しかし、ここでヒースクリフ1はミスを犯してしまう。ミアの消失プログラムまで取りこんでしまったのだ。一緒に消えていくヒースクリフ1。
テレサがそこに介入した。
「消させません! ヒースクリフ1、貴方は私が絶対に守ると決めました!」
ヒースクリフ1とテレサ1の努力はむなしく、それは犠牲者をまた一人増やしただけに過ぎなかった。
そこに、一陣の風が訪れる。
――記憶が欲しいんじゃ、なかったのか。僕達の、もっとも大切な記憶を。
セブルス1だった。彼は、諦めた、そして優しげな瞳で、三人を包んだ。
ヒースクリフ1の脳裏に、この世で最も美しい人の笑顔が浮かんできた……。
それを見て、ヒースクリフ1は満足しながら溶けあって消えて行った。
そして……全てが終わった時、そこに立っていたのは、ミア一人だった。
4つのプログラムが一つに交わった時、一番強く出たのがミア1だったのだ。
ミア1は、泣いていた。
心にあふれ出る温かさに泣いていた。
「ヒースクリフ……ならば、私は悪の女神ではなく、善の女神となるわ」
そうして、ミア1は風に溶けて行ったのだった……。
変質したミア1に興味はなかった。私はミア1を捨て置いた。
後に、それを酷く後悔する羽目になる。
とにかく、その私ですら想像も出来なかったエンドは、その後様々な憶測を呼んだ。
セブルス1はプレイヤーには見えなかったものの、ヒースクリフ1とテレサ1が身を犠牲にしてミア1を助けた事は話題に昇り続けた。
そして、プレイヤーは途方に暮れて先に進む。
最奥にあった扉は、プレイヤーが手を触れると重い音を立てて開き、奥の宝箱の中には鍵が。
その鍵は、一階の地下迷宮の奥にある扉のカギだった。
プレイヤーは仲間を集め、地下迷宮に突入する。そして、扉を開けると、もう一つの扉が立ち塞がる。
その扉は、外からしか開けられないと記されていた。
そして、ファンタジック2~フェアリィダンス~のオープニングと、ファンタジック1プレイヤーには無料で一か月のプレイの権利が与えられる事がアナウンスされる……。
そこまで見守って、私はナーヴギアを二つ、リリーの家に郵送した。
プレイヤー達は大分習熟していた。
そろそろ、虐殺の準備を開始しよう。
私はニコリと微笑むのだった。