SIDE 一方通行
俺はその後、いろいろと各地を巡ることにした。
超包子の路面電車を見たときは思わず開店時間を覗こうと思ったが、なんと開店期間は麻帆良祭だけだという。
絶望した。
俺の半端な原作知識に絶望した。
絶望して疲れてしまったので、必要最低限の買い物を済ませる。
とりあえず生活必需品を中心に。
今日の夕食がラーメンとか、惨め過ぎる。
俺は真っ先に炊飯器を購入した。
そして替えの服や動きやすい靴などを買い、最後に食料を確保。
これでも俺は自炊派だ!
このかには敵わないがな!
虚しい叫び声を上げつつそれらを購入し、俺はマイホームへと帰還した。
買ってきた物を整理し、それぞれクローゼットにしまったり台所においてきたリ冷蔵庫に入れたりして保存する。
家電製品などは送ってもらう事にした。
主に炊飯器とか。
どうして自炊にこだわるのかというと、この一言に尽きる。
外食は金がかかり過ぎる。
……俺が食い過ぎるだけだが。
俺はその整理を終えると疲れたので、一旦寝ることにした。
ぐっすり。
軽く3時間も眠ってしまった。
昼寝にしては長すぎるだろう。
やはり、俺の身体は無駄にエネルギー消費が激しいのだろうか。
よくわからんが、大きな力にもやはりデメリットは存在するんだと思った。
デメリットだとしたら、凶悪なメリットのわりには地味に困るデメリットだと思った。
それから、俺はまたもや外に繰り出した。
周辺の地理は理解したので今度は世界樹方面の探索に向かうことにした。
もっとも、漫画で世界樹を見たときにやってみたいと思った事をやるためだが。
歩いて十分ほど。
世界樹公園前広場にて、その全景を拝める事ができた。
俺は目の前にあるバカみたいにでかい大木を見上げる。
ト○ロか。
思わずポツリと呟いてしまうほどデカかった。
広場は特筆すべき点は見当たらなかったので、俺はそのまま世界樹の上で一服する事にした。
ベクトル変換。
足先で軽く地面を蹴るだけで、俺は十何メートルもジャンプする。
もはや飛翔と言ったほうが良いかもしれない。
一回の跳躍で世界樹の中間辺りまでやって来ると、手ごろな太い枝に捕まり、その上に着地する。
一つ一つが巨大な丸太のような枝なので、異常なまでの安定感を感じた。
どれだけ揺らしても枝一本折れないような頑強さが感じられる。
流石、麻帆良の地下深くまで根を生やしているだけはある。
そう思いながら俺は上へ上へと登っていった。
どうやら監視を振りきってしまったらしく、視線が感じられない。
俺にとってはどうでもいいが。
登るのは空を飛んだほうが早いのだが、他の一般人に見られるとまずいのでジャンプして枝に飛び移りながら登っていく。
そして、頂上にやってきた。
買った安物の腕時計を見ると、今は五時半頃。
世界樹の頂上から見下ろすと、小さな人の群れがいくつも見える。
ふはははは!人がまるでアリの……いや、やめておこう、そんなキャラじゃないし。
相当な高さだな、と思うことにしつつ、俺は自分の横顔を照らす赤い光に目を向けた。
見事な夕日だった。
それがゆっくりと山の向こうに沈んでいく。
良く晴れた日だったので、真っ赤になった夕日がじりじりと静かに地平線の向こうに消えていく。
一日の昼と夜との一瞬の隙間。
少ししか見れないから綺麗というのは、まさにその通りだと思う。
ホタルと一緒に東京タワーの上というのもいいが、世界樹の上で見る夕日もなかなか良い。
無意識的な反射で紫外線などをすべて跳ね除けつつ、だが日の光によるジリジリとした温度だけは受けつつ、俺は夕日を見てポツリと呟いた。
「……綺麗だ」
俺がロマンチストなのか、一方通行がロマンチストなのか……それはわからない。
おそらく俺だろう。
一方通行はリアリストの気がするから。
だから、そう素直に言えたのかもしれない。
この世界に来て初めて言えた心の底からの本音が誰かに聞かれていると気づいたのは、この三秒後の事だった。
SIDE 桜咲刹那
昨日が濃い一日だったせいか、私はいつもより疲労していた。
アクセラレータという謎のイレギュラーの出現によって、このかお嬢様がさらわれたりしないだろうかと言う気苦労が増えたから、と言うのもあるだろう。
寝るのが遅かったから、と言う単純な理由が一番だろうが。
そんな私は、今日もお嬢様の身辺警護をしている。
もちろん、気づかれないように、だが。
こう言う時は麻帆良大結界は重宝している。
何故かというと、この結界はどんな人でもおおらかにしてしまう効果を持つらしいので、些細な事など気にもとめない状況を作り上げてしまうのだ。
こうやって私がお嬢様を尾行していても、私に怪しいと注意しないのは気配を消しているというだけではないのだ。
決して私の影が薄いからというわけではない。
もう日が沈んできたのでお嬢様が寮に入ると、私は木刀で素振りをするために世界樹の周辺にある公園に向かった。
都会で日が沈む夕暮れの公園というのは女子中学生が向かうところではないが、ここは学生の街。
もちろん大学生や高校生、はたまた中学生でも変な考えを持つ者はいるが、私はこれでも剣道部最強の実力を持つ。
古さんや龍宮ほどの実力者でなければ負ける気はない。
ジャージ姿に着替えて、私は体をほぐすために軽く走りながら公園に向かった。
寮で同室である龍宮には既に周知の事実。
気軽に留守にできる家というのは良い物だ。
そう思っていると、私は公園に辿りつく。
いつも通り夕凪を地面に置き、素振りを始めようとする。
だが、一振りした瞬間、念話が私の頭に飛び込んできた。
『桜咲刹那君かい?』
「は……その声はガンドルフィーニ先生、ですか?」
私は魔法生徒ではあるが、西洋魔法のことには疎い……というか興味がないので、担任である高畑先生以外の魔法先生のことはよく知らない。
だが、この声はガンドルフィーニ先生のものに間違いはなかった。
しかし、どうして特に接点もない私に念話をかけて来るんだろうか。
異常事態か?
『そうだ。実は情けない事に、君のいる周囲でアクセラレータを見失ってしまったんだ』
「!」
私の考えを読んだかのようにガンドルフィーニ先生が言った。
アクセラレータ……例の白髪の青年だ。
『世界樹の方にいたのはわかっているんだが……私の部下が周辺を捜索するから、君は世界樹の上の方を頼みたい。いいかい?』
「はい、わかりました」
夕凪を持ち、全速力で世界樹の方に向かった。
ものの数秒で辿りつくが、辺りの気配を捜索しても確かに見つからない。
ここにはいないのか。
得体の知れない彼の事だから、もしかしたらどこかに隠れて私達を狙い撃つつもりなのだろうか。
彼の使う風の無詠唱魔法のようなものなら捕縛する事も容易だろう。
変な気配があったら夕凪で叩き切ってやる。
私はその決意を固めながら、抜身の夕凪をもち、上に目をやった。
この巨大な世界樹の中を探すのは骨が折れるが……その内見つかるだろう。
ネコとなんとかは高い所が好きというから、とりあえず一番上まで行ってみて、そこから虱潰しに探そう。
カヒュ!と風を切って私はそこから飛びあがる。
気で強化された私の体は古さんのそれを遥かに凌ぐ。
長瀬さんには流石に負けるが。
なにしろ、あれは生粋の忍者だ。
本人は否定しているが、全然忍んでないしモロわかりだ。
……関係ない話になってしまった。
とにかく、今はアクセラレータの捜索だ。
緊張で汗ばむ手をグッと握り締め、辺りを警戒する。
アクセラレータは正体不明の風の魔法を使う。
それも、かなり強力な。
それにまだ鬼の一撃をまともに受けて無事だった原理もよくわかっていないらしい。
彼の記憶がないからのようだが、本当なのだろうか。
かなり胡散臭い。
彼の態度や見た目は言葉使いもそれに拍車をかけている。
鬼と戦ったのは関西呪術協会の敵だと誤認させて、本当は世界樹やこのかお嬢様の情報を探りに来た間諜なのかもしれない。
それがすんなり通るほど麻帆良も甘くはないが。
学園長が許しても、私は許さないからだ。
決意を固めつつ、私は更に先を急いでいると……。
止まった。
気配が感じられたからだ。
世界樹の、頂上。
天辺に一般人ほどの小さな気配が感じられる。
だが、ただの一般人がそこまで登れるはずがない。
魔力も気も一般人並みの者でここまで登れる者。
アクセラレータだ。
一体何をやっているのだろうか。
私は好奇心にかられ、彼の動きを観察する事にした。
もちろん、よからぬことをやっていれば即座に拘束できるように夕凪を握り締めながら。
見てみると、どうやら彼は手ごろな枝の上で幹を背にして空を見上げているようだ。
不可解な行動だが、何をしているのだろうか。
私は更に近づく。
近づく。
近づく。
「……綺麗だ」
は!?
不意打ちだったが故に、私は思わず動揺してしまった。
き、き、綺麗!?
わ、私が!?
いやいやいや、ありえないありえない。
何を自惚れてるんだ、そそそ、そんなわけないだろう。
その動揺が命取りになり、私は木の葉をがさりと鳴らしてしまった。
「誰だ?」
心臓が止まるかと思った。
SIDE 一方通行
心臓が止まったかと思った。
まさか、斜め後ろ十メートルそこそこの位置に刹那がいるとは思わなかった。
いつの間に接近されたのか、全く見当がつかない。
気配とか消されたらここまで近づく事ができるというわけか。
今度、誰かに教えてもらおうかな。
そんな事を思いながら、俺は刹那を一瞥して前を向いた。
「テメェか。何か用か?」
内心のビビりを押し隠しているが、一方通行の体は豪胆だった。
余裕や見栄を張るときの仕草が普通過ぎる。
刹那は俺の余裕の仕草に何か感じたのか、それとも舐められているとでも思ったのか多少硬い声で聞いてきた。
「あなたこそ、何をしてるんですか?監視を振りきって世界樹の中に消えたと聞いて、探しに来たんです」
「あァ、そりゃあ悪かった」
監視はウザかったが、それにより刹那に迷惑がかかってしまったのは申し訳なかった。
しかしあの程度の速度、タカミチや刹那とか楓とかならすぐに出せると思うのだが……それを追って来れない人間が監視についてどうするんだ。
監視は監視するからこそ監視なのだ。
できないのなら、それはただの役立たずだ。
こうやって生徒にも迷惑かけるんだしな。
俺の事は棚に上げながら、俺はえらそうに心の中でそう思った。
「こっち来いよ。いいモンが見れるぜ」
俺が手招きしても、刹那は最初動く気配を見せなかった。
ま、当然か。
俺は正体不明の魔法使いという位置付けなんだし、警戒されてて当然だ。
少し寂しい気持ちになっていると、刹那がそろそろとこちらに動いて来ていた。
ゆっくり動いて辺りを警戒しながらこちらに向かってきている様子。
別に警戒するならこっちに来なくてもいいんだが。
たっぷり三十秒くらい経ってから、十メートルの距離を刹那はほぼ一メートル前後までに縮めた。
「いいものとはなんですか?」
「あっちだ」
俺が葉と葉の隙間を指差すと、そこからは地平線の彼方に沈む真っ赤な夕日が見えていた。
既に半分沈んでいるが、この光景が誰もが簡単に想像する『夕日』だろう。
ゆらゆらと山の境界線を陽炎のようにゆらめかせ、目に見える速度でゆっくりと沈んでいく。
実に美しい光景だ。
夜桜を一人で眺めながら静かに酒を飲むのが密かな夢である俺にとって、こういう感性は必然らしい。
そういえば最後にこんな高いところで夕日を眺めたのは小学校の時に東京タワーの展望台に上ったとき以来だったか。
学生の街であるから、暗くなりつつある現在の時刻はそれほど街はうるさくない。
無音、とはいえないが、それなりに静かな場所で夕日を眺めるというのは俺の感性に深く響く物だった。
大自然の儚さ、偉大さを象徴している……といったら言い過ぎか。
だが、俺はそう思える。
ロマンチストだろうと何とでも言え。
この光景を美しく思わないのは感性がイカれているとしか思えない。
俺の感性がまともなのかどうかは定かではないのだが。
そんな事を思っているうちに、夕日は沈んでしまった。
目の中に残る夕日の残滓を脳内に焼きつけていると、隣にいる刹那が尋ねてきた。
「これを見るために、わざわざここに?」
「悪ィか?」
「監視を振り切った事は悪い事です」
「……違ェねェな」
俺は軽くため息をつくと、じっと夕日の赤みを眺めた。
刹那に怒られてしまったが、必要経費として諦めよう。
それにしても、どうしてわざわざ刹那なのか。
監視を振り切った事は知っているそうだから……もしかして刹那が監視だったのか?
このかはどうした?
「オイ、テメェが俺の監視って訳じゃねェよな?」
「違います。私は近くで素振りをしていたところを協力要請が入ってあなたを探しに来たまでです」
「律儀だな。与えられた役割でもねェのに?」
「麻帆良に協力することになっていますから。頼まれれば断れません」
「生真面目なこった」
やがて赤みがなくなると、俺はベクトルを操作してはね起きた。
日常的にこれを使うと癖になりそうだ。
楽だし。
刹那は俺を見て目を見開いている。
まあ、足を伸ばして座っていたのにケツが跳ねあがって立ち上がったように見えるからな。
不自然といえば不自然だろう。
「さて、俺も帰って飯にすっかァ」
「……本当に夕日を見に来ただけだったんですね」
「他にナンだと思ってたンだよ」
俺はまだ疑っている刹那にため息をつきながら、そこからバッと飛び降りた。
「なっ!?」
刹那が驚いている。
無理も無い。
魔力も気も使えない一般人並みの力しか持たない俺がこんな高さから飛び降りたらどうなるか、わからない彼女ではないからだ。
だが俺はことごとく常識を覆す。
風を操作する。
下から見える太い枝を避けるように、横に風を吹き出してブースト代わりにする。
もちろん肌に当たる葉は全て反射。
太い枝をいくつか避けると、ものの数秒で密林のような空域を抜けた。
そのまま、一秒と経たずに地面に着地する……のではなく、下へ風を爆風のようにして吹き降ろし、俺の体を一瞬浮き上げる。
そして、着地。
そのまま俺が歩き去ろうとすると、遅れて刹那が木から飛び出してきた。
俺の横に着地する。
「い、いきなり飛び降りないでください!びっくりするじゃないですか!」
「あァ?俺からすれば鬼が出て来た時の方がよっぽどびっくりしたがな」
「そう言う問題じゃありません!しかもなんで傷一つなく無事なんですか!?」
「そりゃァなンかこう……壁みてェなのを張ってだな」
「なんで感覚的にそんな事ができるのか謎過ぎるんですが!?」
彼女達魔法使いや神鳴流剣士などといった存在からすれば、魔力も気も使わないのに魔法のような現象を起こす俺は異常な存在なのだろう。
まあ、超能力者も能力を使いすぎると疲労するから、精神力でも使ってんのかな?
あれ?
そうなると俺も魔力を使ってるんじゃないのか?
精神力は魔力ってネギまでも説明されてなかったっけ?
……まあ、いいや。
別に能力を無限に使えるわけじゃないって覚えておけばそれでいい。
俺には他人とは別の魔力があるっていうことだ。
その方が認識が楽で済む。
俺はギャーギャー喚く刹那の声を反射で遮断し、手をひらひらと振ってその場から立ち去っていった。
SIDE 桜咲刹那
しまった、と思ったが既に遅い。
アクセラレータはこちらに気付いて顔を向けていた。
その赤い目の中には密かな動揺が覗えたが、すぐにそれも覆い隠され、いつも通りどこか尊大な口調で告げる。
「テメェか。何か用か?」
なんだかそれが威圧感を持っている気がして、私はその場から動けなかった。
エヴァンジェリンさんの尊大な口調とは違う……あっちの口調が形式的な物だとしたらこっちは実践的なものだ。
……やはりよく説明しきれない。
こちらの方が重みがある、と言ったほうが良いのだろう。
その重みに負けないように、私は緊張で声を硬くしながら言った。
「あなたこそ、何をしてるんですか?監視を振りきって世界樹の中に消えたと聞いて、探しに来たんです」
「あァ、そりゃあ悪かった」
拍子抜けした。
前々から思っていたが、アクセラレータという男は非常に思考が本人の纏っている空気とはそぐわない。
こうやって素直に謝ってくるのが良い例だ。
だからこちらはペースが乱される。
まさかそれを狙っていないだろうな、と思うが。
「こっち来いよ。いいモンが見れるぜ」
アクセラレータは手招きをした。
彼は得体のしれない風の魔法を使うので、まさか罠に誘っているのかと勘ぐってしまった。
緊張を最大限にし、暫く様子を覗うが……彼はこれ以上行動する気はないらしい。
ずっとこちらを気配でうかがっていたようだが……やがて彼は別の方向に興味を向けたようだった。
何故か気の幹からはみ出している彼の半身がやけに寂しそうに見えた。
あのドアが閉まる時に一瞬見えた哀愁を漂わせた背中は嘘ではなかったのだ。
しかし、彼ほどの人物がどうして寂しさを覚えるのだろう。
俺に近づくな、みたいな雰囲気を纏っているから話しかけられないのだろうに。
もしかして気付いていないのだろうか。
流石にそれはないと思うが。
私は彼が私に対して興味を失ったと判断し、そろそろと罠を警戒しながら彼に近づいた。
彼とは一メートルほどの距離に来ると、彼に尋ねる。
「いいものとはなんですか?」
「あっちだ」
彼が葉と葉の隙間を指差すと、そこからは地平線の彼方に沈む真っ赤な夕日が見えていた。
既に半分沈んでいるが……何故だろう。
夕暮れの空に浮かぶ夕日よりも、地平線に落ちこんでいる夕日の方が夕日っぽく見える。
ゆらゆらと山の境界線を陽炎のようにゆらめかせ、目に見える速度でゆっくりと沈んでいく。
さきほどの『綺麗だ』という言葉はこれを見ていて言っていたのか。
まったく、私は何を勘違いしていたんだか。
警戒をある程度までといて、私は彼と同じく夕日をじっと見つめる。
暖かい陽射しが私の肌をジリジリと照りつける。
肌寒い季節なので、これくらいが丁度良い。
しかし、見事な夕日だ。
この辺りには同じ高さの建物が多いから、地平線に沈む夕日なんてくっきりと見えることはないだろう。
私も、これほど見事な夕日を見るのは初めてだった。
横目で彼を見た。
彼はじっと、変わらずに夕日を眺めている。
記憶喪失だと言っていたが、夕日に何か感じるものがあるのだろうか。
早く思い出して欲しい、と思う。
そうすれば彼が敵か味方かはっきりするというのに。
そんな事を思っているうちに夕日は沈んでしまった。
私はどこか残念そうにしている彼に尋ねる。
「これを見るために、わざわざここに?」
「悪ィか?」
開き直るな。
「監視を振り切った事は悪い事です」
「……違ェねェな」
認めた?
……素直なんだか素直じゃないんだか、はっきりしてくれ。
対応に困る。
ため息をついていると言う事は、悪い事をしたと反省しているのだろうか。
ますますわからない。
混乱していると、彼は思いついたかのように私に聞いてきた。
「オイ、テメェが俺の監視って訳じゃねェよな?」
「違います。私は近くで素振りをしていたところを協力要請が入ってあなたを探しに来たまでです」
「律儀だな。与えられた役割でもねェのに?」
「麻帆良に協力することになっていますから。頼まれれば断れません」
「生真面目なこった」
と言われても、しょうがない。
私のような禁忌の存在は魔法使いや、同じ異端の種族にも忌み嫌われる存在である。
そんな私を一般生徒としてここに置いてくれている学園長には本当に感謝しているし、麻帆良の空気も嫌いではない。
彼等の願いなら、できる限り聞いてあげたいのだ。
そんな事で多大な恩を返せるとは思っていないが……。
こう思うのは私が生真面目なのだからだろうが、生まれつきだ。
しょうがない。
やがて空に赤みがなくなると、彼ははね起きた。
……馬鹿な。
なんだ今のは?
足を伸ばして座っていたのに、下から跳ね上げられるようにして立ちあがったのだ。
物理的に……いや、常識的に考えて不可能だ。
これが彼の能力の一端なのだろうか。
無詠唱だから尚更良くわからない。
……こんな事に魔法を使う自体、おかしいのだが。
そう思っていると、彼は暢気にも間延びした声で言った。
「さて、俺も帰って飯にすっかァ」
「……本当に夕日を見に来ただけだったんですね」
「他にナンだと思ってたンだよ」
不機嫌そうに彼はそう呟くと、いきなり枝から飛び降りた。
「なっ!?」
私は驚愕する。
彼には一切魔力も気も纏っていなかった。
重力に逆らわずに猛スピードで落下していく彼を慌てて追いかける。
すると、彼は太い枝にぶつかりそうになると空中で横にすべるようにして回避しているのがわかった。
はっきり言おう。
出鱈目だ。
しょーもないことばっかりに魔法のような能力を使う。
マギステル・マギとやらを目指す魔法使いからすれば考えられないことだ。
私は遅れて世界樹から飛び出すと、彼の隣に着地した。
私は思ったより動揺していたらしい。
思わず彼に詰め寄った。
「い、いきなり飛び降りないでください!びっくりするじゃないですか!」
「あァ?俺からすれば鬼が出て来た時の方がよっぽどびっくりしたがな」
「そう言う問題じゃありません!しかもなんで傷一つなく無事なんですか!?」
「そりゃァなンかこう……壁みてェなのを張ってだな」
「なんで感覚的にそんな事ができるのか謎過ぎるんですが!?」
本当に理解できない。
前に鬼と戦闘していた時も『ぐるっ』とかいうふざけた表現をしていたが……彼の能力は非常に感覚的なものなのだろうか。
魔法や私達神鳴流剣士も呪文や技名を唱える事で一種の自己暗示をかけ、特定の技を繰り出すことができる。
無詠唱魔法は自己暗示をかけなくてもできる簡単な魔法しかできないらしい。
よく知らないが。
私が一通り不満を吐き出していると、彼はまるで私の言葉が聞こえていないかのように背中を向けると、ひらひらと片手を振って立ち去ろうとした。
「ま、待ちなさい!」
しかし、彼は止まらなかった。
そのまま広場の方に消えていく彼を見送って、私はため息をついた。
「……あんな訳がわからない人なんて、初めてだ」
訳がわからないといえば学園長の頭だが、それよりも遥かにややこしくてわかりづらい人格を持っているようだった。
本音が分かりづらいのか、それとも他人に興味がないのか。
まったく、いろんな意味で厄介な人だ。
私は疲れてため息をつくと、今日の鍛練はサボることにして、念話でガンドルフィーニ先生に報告を行う事にした。
~あとがき~
見づらいかもしれませんが、一つの場面でアクセラレータと刹那の心情をそれぞれ描写してみました。
二つに分ける方が二人の気持ちが良く描写できると考えたからです。
混乱しないように注意してください。